米国の政策研究機関(民間シンクタンク)「戦略国際問題研究所(CSIS)」が4日、第6次となる日米同盟への提言「アーミテージ・ナイレポート」を発表した。これはアーミテージ元米国務副長官、ジョセフ・ナイ元米国防次官補らがまとめた提言だが、その実態は宗主国米国が植民地日本に押しつける政策命令書だ。今回は岸田政府が2022年末に閣議決定した安保関連三文書で「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有」を明記して以後初のレポートで、米国側は台湾有事などの実戦を想定した「より統合された同盟」への転換を要求している。
民間シンクタンクが内政に干渉 丸呑みする岸田政府
第6次レポートは「はじめに」でウクライナに侵攻したロシアや覇権拡大を進める中国に対処するため「日米同盟はかつてなく重要」と強調している。同時にバイデン政府のもとでQuad(日米豪印)の強化、AUKUS(米英豪の軍事同盟)の立ち上げ、日韓豪を軸にした同盟国間の軍事連携の強化を推進してきたが、米大統領選の結果次第で政策が変化する不安定要素があると指摘し「世界のリーダーシップの負担は短期的に日本が担うことになる」と主張している。
そして「日本は前例のない政策変更で厳しい安全保障環境に対応し、2027年までに防衛費を倍増させ、長距離精密攻撃ミサイルなど東アジアの抑止力に貢献する新たな能力を獲得する計画を立てている」「岸田首相のリーダーシップの下、日本はウクライナ支援で大きな役割を果たし、2023年にはG7の実質的なリーダーとなった」と岸田政府を持ち上げ「日本と日米同盟にはさらに多くのことが求められる」と明記。これまでとは異なり、多様な要求を突きつける方針をむき出しにした。
レポート本文は冒頭、対中国を想定し「さらに強力な行動が求められる。日本が野心的な戦略の実行に踏み出した今、同レポートは日米同盟を次のステップ、つまり軍事作戦の計画立案と実行を含む同盟に進むべきだ」と強調。在日米軍司令部の機能強化で日米間の迅速な意志決定を可能にし、対中国戦略を支援する新たな二国間及び多国間の協力体制を構築することを提唱した。
さらに「安全保障同盟の推進」の項で「かつては軍事調整の仕組みがなくても同盟は効果的だったが今は不可能だ。より統合された同盟には、指揮系統の近代化、情報協力の深化、防衛産業と技術協力の積極的な推進が必要」と明記し、軍事力行使を支える体制の構築を要求。その手始めに「日本はセキュリティクリアランスシステム(政府が保有する機密情報へのアクセス許可のため個人の適正を評価する制度)を強化・拡張する必要がある」と指摘した。
同時に陸海空自衛隊を束ねる「統合作戦司令部」(J-JOC)を2025年3月までに創設する計画とセットで、日米共同軍事作戦の調整をおこなう常設の「二国間計画調整事務所」設立を要求。その実現にむけて「日米同盟の弱点であるインテリジェンス(諜報)関係とサイバーセキュリティ(サイバー攻撃でデジタル情報が改ざんされたり漏洩することを防ぐ対策)の強化」を求め「サイバー脅威に関する官民の情報共有やサイバー防衛を強化する法案の成立を急ぐべきだ」と強調した。また「あらゆる国家安全保障情報にアクセスできる関係省庁横断型の情報分析組織を内閣官房の下に設立すべきだ」とも指摘した。
加えて「ウクライナ戦争は同盟国の強固な防衛産業能力の重要性を浮き彫りにした」と明記し、弾薬・兵器不足を防ぐため日本が紛争当時国へ武器を供給する体制を整えることも要求。同時に「革新的な日本の防衛産業を支援することは米国の利益であり、日本の防衛装備品輸出規制の緩和は(まだ不十分であるが)協力を拡大する機会となる」「日本の産業界は自衛隊の能力構築のみに力を注いできたことから脱皮し、外国の防衛産業との連携を強化する必要がある」と記述し、米国のためにも武器増産と武器の大量輸出を重視するよう求めた。
台湾や中東へ軍事関与を要求
また「パートナーシップと連合の拡大」の項では日米同盟のより深い統合にむけて「志を同じくするパートナー、特に豪州、フィリピン、韓国、台湾とのつながりの改善」を提唱。日本が中東への関与を強化するよう促している。
豪州との関係では昨年8月に発効した日豪部隊間協力円滑化協定で日豪軍事演習を強化したことを評価し、軍事作戦や装備購入も含むより緊密な安保協力を促進するよう提唱。フィリピンに関しては「南シナ海で中国に立ち向かい、米国との同盟を再構築するマルコス政府の決定は米国と日本にとって重要なチャンス」と記述し「日本政府はフィリピンとの部隊間協力円滑化協定締結を優先すべき」と明記した。
韓国との関係では日米韓の軍事連携強化がこれまで以上に必要と強調し「司令部の連絡将校交換、二国間演習へのオブザーバー参加、三国間緊急時対応計画室の設立を通じて、作戦レベルの関係確立に向けて動くべきだ」と主張。日本には韓国との関係改善を急ぎ「韓米同盟の橋渡し」を担うよう要求している。
台湾については「次期頼政府は米日その他の民主主義諸国からの支援に値する」と評価し「米国と日本の長年にわたる“一つの中国”政策の範囲内で、両国は軍事的経済的抑圧に抵抗する台湾の勢力を支援すべきだ。日本政府は米国と台湾との定期的な安全保障政策対話の一部への定期的な参加を含め、台湾の国家安全保障体制との目立たない関係を拡大すべきだ。現在このつながりがないことは台湾海峡有事に備える上で重大な弱点だ」と指摘。「日本は通信、エネルギー供給、交通網など台湾の重要インフラの強化を支援する方法を模索すべきだ」と圧力をかけている。
中東に関しては「日本は米国より中東のシーレーンに依存しているにもかかわらず紅海の商船に対するテロ対応が不十分」と指摘。「日本は紅海の商船保護を支援すべき」「ジブチの自衛隊基地を活用し目に見える役割を果たすべき」と要求している。
対中政策として統合作戦司令部創設
経済面では「重要技術の保護、サプライチェーンの強化、主要な戦略分野におけるフレンドショアリング(同盟国や友好国などに限定したサプライチェーンの構築)の促進がもっとも重要な政策課題」と強調。中国に対抗するため「G7を含む志を同じくするパートナーと協力して、米国と日本はアプローチを調整し集団的な政策対応を策定すべきだ」とのべ「自由貿易協定の新たなモデル」の具体化を提唱した。
同時に「日米政府が産業政策、技術促進、輸出規制などの調整を促進するため、ホワイトハウスと内閣官房が主導する新たな対話メカニズムの設立」も要求している。
また近年、日米間で学生の留学者数が激減したことにふれ「長期的に日米関係の基盤が損なわれる危険性がある」とし、人的交流の拡大を提唱。「両国のパートナーシップの価値を認識し、それを維持する決意を共有する新世代のリーダー育成は両国の永遠の課題」と主張している。
こうした第6次レポートの内容を頭に叩き込んで訪米したのが岸田首相だった。米国では岸田首相に同行した上川陽子外務相が訪米早々アーミテージ元米国務副長官と会食で意見を交換。翌日の日米首脳会談にむけて周到に準備した。そして10日に発表した日米共同声明では、グローバルなパートナーシップ構築、自衛隊と米軍の指揮統制の一体化、防衛産業の連携へ向けた関係省庁の定期協議、米英豪の軍事同盟「AUKUS」と日本の協力強化等、第6次レポートが示した課題の実行を約束。米国に忠実な姿勢に米連邦議会が拍手喝采すると岸田首相は「日本の国会でこれほどすてきな拍手を受けることはまずありません」と満面の笑みで表明した。
また、日本国内では4日に改定防衛省設置法案(陸海空3自衛を一元的に指揮する常設の統合作戦司令部創設が柱)を衆院で審議入りさせ、9日にはセキュリティクリアランス法案(漏洩すれば処罰される機密情報の範囲を経済分野に広げ、機密情報にアクセスする人の身辺調査を民間人に拡大)を衆院通過させ、11日には衆院憲法審査会で自民党が改憲原案の条文作成を提案した。国益や国民への影響は顧みず、米国の要求を一心不乱に実行する岸田政府の本性があらわになっている。
過去には派遣拡大や郵政潰しも
アーミテージ・ナイレポートのルーツである年次改革要望書は、1993年の宮沢―クリントン会談で合意し、翌年から毎年10月に日米両国が互いに交換し始めた。しかし実行されるのは米国の要求のみ。それは米国側が一方的に日本へ押しつける政策命令書でしかなかった。
しかも米国の要求は通信、医療機器・医薬品、金融、エネルギー、流通など多岐にわたり、法律業務や競争政策も含めて、憲法の原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)を根こそぎ覆していく内政干渉が実態だった。
1990年代の米国側年次改革要望書を見てみると、「商法」関連で米国型企業統治の導入や日本企業を買収しやすくする株式交換型M&A(三角合併)解禁を求め、「競争政策」で独占禁止法の罰則強化や公正取引委員会の権限強化を要求していた。これはNTTなど日本の巨大企業を規制し外資が日本市場に殴りこみをかける地ならしだった。郵政民営化や米国の弁護士が日本へ進出し易くする司法制度改革なども盛りこんでいた。
この要求にそって日本政府は1997年に独占禁止法を改定し、持株会社を解禁(自由な企業間競争を確保するため戦後は持ち株会社の設立を禁じていた)した。98年には地元小売店や商店街を守るための大規模小売店舗法(大店法)を廃止し、大型店出店を野放しにした。さらに「約半世紀ぶり」となる建築基準法の改定も強行した。日本の建築基準は地震国であるため国際基準より厳しく建築物の建て方(仕様)を規制した「仕様規定」だったが、それを「国民の生命、健康、財産の保護のため必要な最低限の性能があればよい」とする「性能規定」へ変えた。日本古来の建築基準を崩したことで外国の建材がなだれこみ工法も変化。それが現在の自然災害での家屋被害拡大にもつながっている。
1999年には労働者派遣法改悪で人材派遣を自由化した。技術者を育成する終身雇用を崩壊させ、必要なときだけ連れてきて働かせる不安定雇用を拡大した結果、現役世代の貧困化と技術の断絶が拡大。それは海外への技術流出を加速させ、深刻な少子高齢化を生み出す要因になった。
こうしたなか2001年に小泉首相(当時)とブッシュ米大統領(当時)が、年次改革要望書を「日米規制改革イニシアティブ」という名で継続すると決定。小泉政府が主導した「聖域なき構造改革」や「郵政民営化」は年次改革要望書の具体化だった。
巨額な郵貯資産の強奪を狙う米国が2003年の年次改革要望書で「2004年秋までの郵政三事業の民営化計画作成」を求めると小泉政府は「骨太の方針2004」に郵政民営化を明記。2005年8月に郵政民営化関連法が参院本会議で否決されると「自民党をぶっ壊す」と叫び劇場型郵政解散選挙を演出した。郵政民営化に反対した議員の選挙区には刺客を送り込んで叩き潰し、同年10月に郵政民営化法を成立させた。
この郵政民営化以後、米国の対日要求を首相諮問会議が「国の方針」に作りかえ、それを素早く閣議決定して法案作成、国会採決へと進む流れが常態化した。年次改革要望書は、自民党が総選挙で大惨敗したことで生まれた民主党の鳩山政府時(2009年)に廃止され、その後はアーミテージ・ナイレポートへ引き継がれた。
加速する日本の浮沈空母化
アーミテージ・ナイレポートは米大統領選を控えた2000年に、民主党と共和党のどちらが勝っても実行をすすめる日米同盟のビジョンを示すため策定を開始した。政策立案の中心には1991年の湾岸戦争時に戦費負担のみで自衛隊派遣に応じない日本に「ショウ・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」と猛烈な圧力をかけた共和党系のアーミテージ元米国務副長官と「ソフトパワー」(他国を無理に従わせるのではなく文化、イデオロギーなど目に見えにくい力で味方につける手法)を提唱してきた民主党系のジョセフ・ナイ元米国防次官補らを据えた。
2000年に発表した第1次アーミテージ・ナイレポートでは活動領域を太平洋全域に広げた「安保再定義」について「日本の役割の下限を定めたと見なすべきで上限を示すものではない」とのべ「もっとダイナミックなとりくみ」を要求。そして集団的自衛権の行使容認、有事法制の国会通過、米軍と自衛隊の施設共用と訓練統合、PKF(国連平和維持軍)本体業務への参加凍結解除、米軍再編計画の実行、ミサイル防衛に関する日米協力の拡大、軍事情報共有にむけた秘密保護法制定等、多様な要求を突きつけた。
これを受けて小泉政府(当時)は2001年にPKO(国連平和維持活動)法を改定しPKF本体業務への参加凍結を解除した。しかし2003年3月のイラク戦争開戦で米英軍が攻撃に踏み切ったとき日本が同一歩調をとらなかったため、アーミテージ米国務副長官が「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊を派遣せよ)」と恫喝。すると小泉政府は2003年6月に有事関連3法(武力攻撃事態法など)、イラク復興支援特措法(非戦闘地域への自衛隊派遣を可能にした)を成立させ、同年末に弾道ミサイル防衛システムの導入も決定した。2004年6月には有事の際米軍が民間施設を接収したり、国民の行動を制限することを定めた有事関連七法(国民保護法や米軍行動関連措置法)も成立させた。翌7月にアーミテージ米国務副長官が「憲法九条は日米同盟の妨げ」と主張し改憲要求すると、2005年10月に自民党が「自衛軍保持」を明記した初の新憲法草案を公表した。
2007年に発表した第2次アーミテージ・ナイレポートでは武器輸出禁止3原則の緩和とミサイル防衛の強化を要求した。さらに東日本大震災を経て2012年に発表した第3次アーミテージ・ナイレポートは「日本は今後も世界のなかで“一流国”であり続けたいのか、それとも“二流国”に甘んじるのか」と日本側に迫り「一流国であり続けたいなら、国際社会で一定の役割を果たすべきだ」と要求。それは「専守防衛などの時代遅れの規定を解消し、米国の軍事戦略にこれまで以上に関与すること」「アジア太平洋地域の海洋安全保障で米軍の役割を補完し米中の戦略的均衡の要になること」を日本に押しつける内容だった。
具体的には機密情報保護能力の向上、原発再稼働、TPP推進、日韓「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)締結、新たな安保法制の制定、武器輸出三原則の撤廃などを要求。安保関連では「平時から緊張、危機、戦争状態まで安全保障のあらゆる事態において、米軍と自衛隊が日本国内で全面協力できるための法制化を日本側の権限で責任をもっておこなうべき」「米陸軍と海兵隊は陸上自衛隊との相互運用性を高め、水陸両用作戦を展開しやすい体制へ発展させるべきだ」と指摘した。「平和憲法の改正」も要求項目として明記。これらは日本を対中国戦争の矢面に立たせるという意図に基づいている。安倍政府が実行した政策はみなこの要求にそったものにすぎない【上表参照】。
岸田政府も対日要求にそって2022年末に反撃能力保有や防衛予算の1・5倍化を盛りこんだ国家安全保障戦略を閣議決定。それは日本が戦後堅持し続けてきた戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認の国是を踏みにじり、攻撃兵器を大量に配備し先制攻撃も辞さないという宣言だった。この新段階で更なる要求を突きつけたのが第6次アーミテージレポートであり、それは米本土防衛のために日本全土を兵站・出撃拠点に変貌させ、挙げ句の果てはミサイル攻撃に晒され捨て石にされる道へ通じている。
こうした日本の現実が示すことは、戦後70年以上経ても日本は独立しておらず、あらゆる施策が海の向こうで作られ、しかもなんの外交的権限もない一民間シンクタンクが内政に関与するという異常さである。これをしゃにむに実践するのが日本政府であり、訪米した歴代首相の振舞いを見てもアメリカの日本統治代理人といっても過言ではない。そこには占領体制の継続させるための秘密会合である日米合同委員会、それを着実に実行させるための官僚機構などの構造問題が根底にある。この属国状態を打破するには国会内に巣くう売国勢力を総選挙で一掃し、日本独自の外交で近隣諸国と平和・友好関係を築くしかない。平和で豊かな日本の未来を目指すうえで、対米従属の打破は避けられない喫緊課題になっている。