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 陸が島か、海が池か - SSRの小説 - pixiv
 陸が島か、海が池か - SSRの小説 - pixiv
4,696文字
陸が島か、海が池か
カリム・アルアジームによる夕焼けの草原環境改善論。
レオナとカリムが汚水問題について話すだけ。学校の勉強は苦手だけど、こう言う事に関しては知識があるカリムくんが見たかったんです。
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2020年5月27日 15:53

 魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジ──その大食堂の一角。
 不機嫌そうに尻尾を揺らすサバナクロー寮長の姿に、多くの生徒は縮こまりながら覚束ない手つきで食事をとっていた。
‪「あ゛ー、また干上がったか」
 短いため息と共にそう呟いたのは、他でもないレオナ・キングスカラーだった。苛立ちに任せて尾を逆立て、無意識に人を寄せ付けないオーラを放っている。‬
‪「ようレオナ!一人か?溜池作戦はダメだったみたいだな」‬
 だが、そんなオーラを物ともしない男がいる。スカラビア寮の寮長、カリム・アルアジームだ。
 明朗闊達を体現したような彼はレオナの右隣に腰を落ち着けると、そのまま手元を覗き込んでくる。
 唸るレオナの手中には、夕焼けの草原の国章が刻まれた紙が握られていた。母国から定期的に届く、近況報告の書類である。
‪「そもそも街の真ん中に水囲ったって有限なんだ、いつかは無くなる」‬
‪「でもスラムの医療環境は改善できたんだろ?」‬
‪「一時的だっつってんだろ。チッ、‬どいつもこいつも脳無しか」
 能天気に笑うカリムに、レオナは不機嫌を隠さず眉を寄せた。

◆◆◆

 事の発端は二ヶ月前。
 今まで怠惰を着飾り、国政など歯牙にもかけなかったレオナが実家へ手紙を送ったのは、何も国に献身するためではない。チェカに対する小言、という名の面会拒絶だった。学園に入学後も度々送られてきていた手紙だったが、何度返答しようも終わりの見えない文通合戦。終いには大会に乗じて学園に乗り込んできたのだから、将来は余程豪胆な王になることだろう。
 閑話休題。そんな訳で久しく兄に向けて手紙を書いたところ、望んでもいない国内の情勢が事細かに綴られた文面が送り付けられてきた。正直、阿呆かとしか思えなかった。第二王子がスクールライフ中に母国の心配などするものか。
 しかし、その手紙を丸めて放り投げられなかった理由はまさしくその母国の様子だった。曰く、スラム街で疫病が流行り大事になっているらしい。そのキーワードを見て見ぬ振りができる程、レオナは冷淡ではなかった。
 スラム街──言わずもがな、レオナに付き従うラギーの生まれ育った場所である。彼は自身の出身を快く思っていないらしいが、なんやかんや思い入れはあるらしい。彼の耳にこの情報が入ったら、一度は帰国を望むのだろうか。
『レオナ、邪魔するぜ!』
 そんな思考の最中、ズカズカと入り込んできた白い塊は耳元で飛び回る煩わしい虫のようだ。
 植物園のガラス戸を開け、レオナの元まで一直線に飛んでくる。
『……何のようだ』
『材料補充!鬼灯の種の在庫が切れていたんだ』
 きょろきょろとレオナの近くを見渡し、目的のものが無かったのだろう、そのまま植物園の中を右往左往し出す。
 全く見当違いのところを探すカリムを早急に追い出すべく、レオナは口を開いた。
『馬鹿かお前は。なんで鬼灯の種探す為に木の上を見るんだ』
『えー?ここじゃないのか?』
『どう考えても低い位置だろうが……違う、もっと右だ』
『こっちか?』
『そっちは左……っ、たっく!』
 どうして目の前にあるのにそこまで手際が悪いのか。立ち上がり、カリムの近くまで行くと彼を除けて座り込む。
『これ、持ってろ』
 カリムにそれまで持っていた手紙を押し付け、生えていた鬼灯から手早く種を採取した。鬼灯の種はひとつから取れる数が少なく、要領が悪いと時間がかかる。庇護欲が出たわけではない。カリムに任せるより自分がやってしまった方が早く事が済むだろうという、合理的な行動だった。
『おらよ、これでいいんだろ』
 片手に余るくらいの種を背後の彼に見せ付ける。さっさと出て行け、と言外に意味を込めて。しかしカリムは先程レオナから受け取った手紙をじっと読んでいた。
『……おい、人様の手紙を勝手に読んでんじゃねぇよ』
『あ、ああ、悪い……なあレオナ。これまでもスラム街で病は頻発していたのか?』
『軽いもんだったら誰かしらは罹ってんだろ。疫病規模までいくのは久々だけどな』
『疫病……』
 その言葉を聞いた途端、カリムはピタリと動きを止めた。普段鳴り物をつけて歩いているような彼が瞬き一つせず停止している様は中々に不気味で、レオナもつい手紙を奪い取る為の手が宙をかく。
『……産業発達』
『は?』
『新しい貿易を始めたんだな』
 カリムの視線は手紙の向けられたままだ。そう言えば、スラム街の様子の前にそんな文面があった気がする。確か、工場がかなり増えたとかそのくらいの内容だ。スラム街の近くにも工場地帯ができ、働き口になっているお陰で経済は前向きだとか。
『みてぇだな。俺の知ったこっちゃねーが。……それよりいい加減に』
『雨だ』
 断定した言い方だった。
 はあ?と漏れそうになる声を抑える。これまでの寮長会議でも度々目にしたが、こういう時のカリム・アルアジームは酷く──違和感を覚える程、明瞭な発言をするのだ。
『レオナ、スラム街で飲み水はどうやって確保しているんだ?』
『知るかよ。ラギーに聞いた方がよっぽど早い』
『聞きに行こう、今すぐに』
『やなこった。どうして俺が』
『手遅れになる』
 シン、と辺りが静まり返る。否。先ほどからこの植物園には二人しか居ないのだから、元々静かではあった。
 目の前の男の気迫。それに自分が押されている。この、レオナ・キングスカラーが。
 忌々しくも稀有な事だ。レオナは笑った。
『……今回だけだ』
『おう!そうこなくっちゃ!』


 カリムの読みは当たっていた。
 スラム街では雨水を溜め、それを濾過して生活用水に使用していた。だが、その濾過装置も完璧ではない。その証拠に工場から排出された有害ガスを除き切ることが出来ず、国民を襲ったのだ。
 後日、夕焼けの草原のど真ん中に屋根付きの貯水場が造られた。カリムのユニーク魔法により満ちた新鮮な水に、国民の目は輝いていた。
『病が流行る時、基本的に広めているのは人間だ。だから人間がやった事から原因を探す方が楽なんだ』
 そう言って、歯を見せて笑うカリムは確かに『アジーム家の嫡男』だった。

◆◆◆

 改めて、レオナは自身の右を陣取るカリムに目を向けた。自寮の副寮長お手製だという弁当(マジフト部員が見たら、涎を垂らして媚び諂いそうな肉料理の数々だ)をゆっくりと口に運んでいる。そこそこな頻度で一口と一口の間に飲み物を挟む……会食し慣れている者の食べ方だ。
「おい」
「なんだ?」
 咀嚼が終わったタイミングで声をかけると、待っていました!とでも言うかのように紅色の目がこちらに向く。
「お前が首を突っ込ませたんだ。最後までやって行け」
 レオナはカリムの目の前に手紙を置くと、カリムが勝手に押し付けてきたニーファを口に投げ入れた。
 本件で見直された汚水問題に関して、王室はより高度な濾過装置の発明と工場の排気ガス削減に務める対策を実施。スラム街を始めとする国内の疫病死亡率は圧倒的に下がった。例の貯水場は日夜問わずの大反響。あっという間に人が群がり、あっという間に枯れるのだと言う。
 そしてその枯渇に対する解決案が無く、再びカリムを国に連れて来るように、などと無遠慮な要請がそこには綴られていた。
 濾過装置は完成したのだから、なんとか貯水場の水を枯らさないようにすればいい。しかし、それが簡単な問題でない事はレオナも承知している。
 手紙は相変わらず夕焼けの草原の母国語で書かれているが、前例でカリムが読めることは分かっていた。翻訳の手間が要らないことは有り難い。
「──なぁ、レオナは陸が島だと思うか?それとも海が池だと思うか?」
「はあ?」
 むしろ、こっちの方が翻訳してもらいたいくらいだ。
「大陸はでっかいし、海もでかいだろ?どっちが上で、どっちが下なんだろうなって思ったんだ!」
「何トンチキな事言ってやがる」
 まるで謎掛けだ。レオナは顎の下を掻きながら、呆れたように首を倒した。
 陸が島か、海が池か。どちらが上でどちらが下か。
 例えば海が池──陸の一部が窪み、大量の水が溜まって出来ているものならば、海の水は無限ではない。街中の人工池同様、いつかは尽きる資源だろう。
 では逆に陸が島ならば──海の上に漂う、巨大な浮島だとしたら。水源は常に地下にある。
「……犬っころみたく穴でも掘れって?冗談だろ」
 レオナの返答は花丸だったらしい。カリムは目を細めて気色満面、といった面持ちだ。
「でもさ、陸には山があるだろ?分厚い土地があるなら、薄い土地もあるかもしれないじゃんか!」
「厚い薄いって、テメェには平地がパンケーキにでも見えてんのか?」
「あ!それいいな!凄く美味しそうな土地だ……地区ごとに味付けを変えてさ、毎日スイーツパーティーをするんだ!ジャミルに歯を磨けって怒られそうだけど」
 パンケーキの大地に思いを馳せるカリムを置いて、レオナは思考に没頭する。
 もしもカリムの言う通り、土が薄い場所があるとしたら。深く掘れば海を街中に作り出すことが出来るかもしれない。しかし夕焼けの草原で掘削技術は発展途上、魔法で掘り進むにも時間とコストが見合わない。
 いや、単純に地面を凹ますだけでいいのなら──。
「……なるほど」
「おっ、なんか閃いたか?」
「まあな。食い終わったし俺は行くぞ」
「ああ!一人飯は苦手なんだ、付き合ってくれてありがとうな、レオナ!」
 大袈裟なまでに勢い良く手を振る彼を置き、席を立つ。大食堂から出た辺りで、何処からともなく彼の忠臣が主人を探し回る声が聞こえた気がした。

◆◆◆

 ウィンターホリデー明け。
 多くの寮生が数週間離れていた侘しさを分かち合う中、レオナは清々とした気持ちで学園に帰ってきた。
 外に出ようが部屋に引き籠ろうが、鉛玉のように飛んでくる甥っ子に(レオナ曰く)心身共に痛めつけられ、休むどころでなかった。春は絶対に帰らないと内心、固く誓う。
 鏡の間からメインストリートに向かって歩いていた時、前方に見覚えのある白い背中を見つけた。
 彼は何故か、やけに畏まった身なりをしていた。そして憑物が落ちたような……意志を秘めた目を真っ直ぐと何処かに向けている。その視線の先では、カリムの従者がオンボロ寮の監督生に深く礼をしているようだった。
「お、レオナ!良いホリデーは過ごせたか?」
 いつの間にこちらを見たのだろうか。カリムははにかみながら手を振り、周りに響くほど大きな声で話しかけて来た。
 その声を聞いて、一瞬従者が振り返るものも、レオナの姿を確認すると監督生との話に戻る。……その様子は、自然だからこそ不自然で。
「……アイツと何かあったのか」
「えっ?」
 カリムはきょとん、と目を見開いて、レオナとジャミルを数回見比べてから「分かるか」と呟いた。
「分かるに決まってんだろ。少しは母親離れできたみてぇだな」
「へ?ジャミルはオレのかーちゃんじゃなくて、友達だぜ?」
「物の例えだ、馬鹿が」
「へへっ」
 罵られたと言うのに、目の前のボンボンは何が嬉しいのか口の端を緩ませて笑っている。相変わらず変な奴だ、と結論付けて歩き出そうとしたレオナだったが、二歩進んだところで立ち止まった。カリムが服の裾を引いたせいだ。
「なぁ、蟻地獄作戦は上手くいったか?」
 先程とは打って変わって密やかに呟かれた言葉に、レオナは短く返した。
「お陰様で」

陸が島か、海が池か
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レオナとカリムが汚水問題について話すだけ。学校の勉強は苦手だけど、こう言う事に関しては知識があるカリムくんが見たかったんです。
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2020年5月27日 15:53
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