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 国際サッカー連盟会長になってしまったただの凡人だが、引退カウントダウンを始めたい - †№§の小説 - pixiv
 国際サッカー連盟会長になってしまったただの凡人だが、引退カウントダウンを始めたい - †№§の小説 - pixiv
31,666文字
国際サッカー連盟会長になってしまったただの凡人だが、引退カウントダウンを始めたい
003
2024年4月19日 14:01


「コレはいらない」
「コレも…暖炉行きかな?」
「うんうん、面倒だね」

 次々と暖炉に投げ込まれていく手紙の群れに、クリス・プリンスは目尻を引き攣らせた。
 次々と灰になっていく手紙の差出人はクリスでも知っているレベルのビッグネームたち。マンシャインの監督はもちろん、他のチームの監督、コーチ、有名選手。今投げ込まれた封蝋が押された豪奢な手紙にはスイス政府と書かれているように見えた。

 こんな狼藉がなぜ許されているのだ?

「よし!お掃除終了!それで、君。ノアに勝ちたいの?」
「はい」

 理由は簡単。それを補ってなお余りある功績があるから。

 インゲボルグは口元に笑みを浮かべてクリスを見た。ぱくりと割れた柘榴のような赤い目が光る。びりびりとした緊張が背筋を走った。どれだけの人間がこの目を望み、どれだけの人間が視界にすら入らなかったことか。

「俺が君に言えることはほとんどないなぁ。ノアってめちゃくちゃ合理主義。でしょ?全部が全部サッカーのため。勝てるの?」
「…」

 クリスは黙って頷いた。

「そう」

 インゲボルグはしばらく黙り込んで空を見上げた。呆れられただろうか?それとも笑いを堪えている?自分が馬鹿げたことを望んでいることはわかっている。

 それでも。

 それでも、と望むのだ。

 あのノエル・ノアに膝をつかせ、子供向けの御伽話に出てくる英雄のようにトロフィーを持ってイングランドに凱旋することを。

「じゃあ、」

 彼は笑った。本棚の隣にかけられた赤子を抱く聖母マリアの絵がやけに視界に入った。

「俺、一回見てみたいものがあったんだ。ノアのシュートって綺麗だからさ、真逆のが見てみたい。」

 適当なアレだから聞き流していいよ、と手を振りながら彼は続ける。ぞわりと身体中の毛が逆立った。クリスは頭の中にガンガンと響くその声を手掛かりに、手のほんの少し先を掠めた閃きを得ようともがく。
 これだ。
 これだ、これなのだ。
 海を越え、ファーレンハイト家の前で何時間も待って、招き入れられたこの部屋は確かに、

神託が下る部屋だ。

「あのね、超ランダムボールが見てみたい!ギュインギュインって曲がって蹴った人にもどうなるかわかんないやつ!」
「わかった!やろう!!」
「即断即決じゃん。がんばれがんばれ!ボールと分かり合えればいけるよ!多分!ボールは友達!ふれんず!」
「ああ!まさにその通りだ!」
「君目ガンギマってない?おーい?」

 合理で勝てないのであれば非合理で叩き潰せばいい。なんて簡単なことだろう!なぜそんな簡単なことに気づかなかったんだろう!

「インゲボルグ!!」

 衝動のまま、ガシリと細い肩を掴みクリスは声を張り上げた。

「!?な、なに?」
「君にトロフィーを贈ろう!」
「なんのさ?」
「数年待ってくれ。サッカーに生きる全ての人間が欲しいものを、俺は君に贈りたいんだ!」
「あ、ありがとう…?」
「だから約束してくれ。」

 それはほんの少しの弱音。比較され、否定され続けた末に生まれた小さな小さな綻び。


 俺はあのノエル・ノアに勝てるのか?


「俺の夢を笑わないと」

 真剣だった。真剣に、そう伝えたクリスに向かってインゲボルグはまるで悪質なブラックジョークでも聞いたかのように切って捨てたのである。

「俺が君の夢を笑えるわけないじゃないか。だって俺、ノエル・ノアに逆立ちしても勝てないし。睡眠時間なら勝てるかなぁ…?むしろ君こそ諦めないでね。死ぬまでに一回は超ランダムゴール見たいんだ。」

「あ、ぁ。ああ!もちろん!もちろんだ!!」

「暑苦しいよー!!ローゼェ!!!」




 ランニングを終え、鏡を確認。今日も最高の体と顔だ。次のシーズンに向け体も技術も最高の状態を維持し続ければならない。この後もそのための予定やCMの撮影などが詰まっている。食べる料理も、行うべきトレーニングも、こなすべきメディア対応も、全て分刻み。

 だが、誰にだって息抜きは必要だ。

「ふふ」

 クリス・プリンスにとっての息抜きは単純明快。
 世の女性がこぞって黄色い悲鳴をあげる甘いマスクをどろりと歪ませて、クリスは小さな長方形の画面を覗き込んだ。

「アギ!見ろ、この笑顔!ふっふふふ…甘いものが足りてない時の笑顔だな!」
「うわきも」
「ア°ッ!!喋る!!喋るぞ!!!」
「そら人間ですからね。」
「……ハ?なんでニホン?ハァ?俺の方が期待できるが?ハ?」
「国に張りあわないでくださいよ…」

 インゲボルグ鑑賞。アギはグニグニと眉間をもんだ。その動画何回目だよ。
 確かにインゲボルグはとんでもない男だ。研究対象として申し分ない、とDr.の異名を持つアギが思うほどに。そして同時に研究しきれるかわからないと恐れるほどに。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、というやつだ。
 アギとて彼には苦い思い出がある。それは、遥か昔に一度視察に来た彼に会った時のこと。少しでいいから話したいという衝動に駆られ、話しかけたところ
『君、お医者さんとか研究者さんが向いてそうだなぁ。』
 と言われてシンプルに凹んだ。サッカー選手としては認めてくれないのかと悲しんだ。確かにあの時アギは白い服を着て、矢継ぎ早に選手の能力値の解釈の仕方などを聞いたのだがまさかそれだけで判断したわけではあるまい。

 だが結果的に、インゲボルグの見様見真似で選手を解析するアギにはDr.という異名がついた。そんな二つ名がついていると知った時は頭を抱えたものだ。なんでわかるんだ。異名まで当てるんじゃねえよこの宇宙人。せめて人間に理解可能な範囲で行動しろ。

 それはそれとして、ウチのキャプテンをインゲボルグジャンキー(ガチヲタ)にしたのだけはいただけない。
 過去に何かあったのだろう。彼の根幹を築くような何かが。…それでジャンキーになるのか?なぜ?

「アー……」
「ハッ!見てくれアギ!!有志によるU-20対ブルーロック戦におけるインゲボルグ集が出たぞ!!手を!手を振っている!!俺に!!」
「違うと思います」
「ハーハッハッハッ!ならば俺も応えなければ!この
完全英雄(パーフェクトヒーロー)が、今度こそトロフィーを捧げるのだッ!!」
「なるほど」

 アギはもはや無視してプロテインバー片手にスマホをいじり始めた。半分ほどプロテインバーを食べた頃、そのパッケージにウインクをしたクリスの顔が大写しになっているのを見て食べるのをやめた。不味くなる気がする。

「ぶっ」

 てろん、と軽快な音とともにニュース速報がアギのスマホの上半分を占領した。その内容に思わずプロテインバーを吐き出す。
 目が上滑り。だらだらと流れる冷や汗を拭い、スマホの画面を閉じようとして、

『ブルーロックの申し子、潔世一 インゲボルグを誘拐か』

 ギュッと腕を掴まれた。

「どうしたアギ?」
「エッ?あ、いえ」
「……は?」

 あー、やっちまった。そんな思いが脳を埋め尽くす。ジリジリと焼かれるような焦燥。アギのスマホを覗き込んだクリスの顔がメディアでは見せられないようなものになっていくのを、アギは必死に無視した。無視しようとした。




「…………………
WHAT(殺す)?」





────────────────────────




 視界を埋め尽くす薔薇、薔薇、薔薇。いち、にぃ、さん……何本あるのかな?少なくとも百はありそうだ。

 国際サッカー連盟会長、インゲボルグ・フォン・ファーレンハイトは愛想笑いを浮かべて強烈な薔薇の花束を受け取った。

「ありがとうプリンス」
「ハッハッハッ!この程度なんてこと、」
「君にだってローゼ」
「え?」

 そして横流しした。
 だってローズだ。ローズはローゼにあげるのが一番いい。彼女美人だし。きっとこの薔薇も俺に貰われるよりは嬉しいだろうし。
 
「ではファーレンハイト家のお部屋に飾っておきますね。」
「えー…」
「ぐっ、受け取ってくれないのか?」
「うん、いらない」
「インゲボルグ様インゲボルグ様、泣いてます。やめてあげてください。」
「可哀想に…」

 誰だよ俺の完全英雄(パーフェクトヒーロー)を泣かせたのは。クリスはすごいんだ。いかに成り行きで会長の座に座らされたお飾りトップの俺でも知ってるスーパースターだぞ!
 なにせ人気投票はノエル・ノアについで二位!(得票差数は目を瞑るものとする)
 どこからでも人目を引くキラキラ輝く整った顔立ちに、トレーニングによって鍛え上げられた筋肉!
 なんかすごいプレイ!

 そして極め付けに、優しい!!!!

 俺は俺に優しい人が好きだ。大好きだ。そしてサッカー選手というのは総じて俺にナイフで切り掛かってくるようなおっそろしい連中である。できるなら関わらず生きていきたいが会長という椅子に縛り付けられている俺にそれは叶わない。
 だがそんな中、クリス・プリンスという男はまさしく王子様であった。まず優しい。殺すとか言ってこない。これだけで俺の好感度は百アップ。次にマスコミの前で暴言を吐かない。はい二百アップ。そして定期的に甘いものをくれる。はい好感度五億アップ。俺がちょろいわけではない。甘いものをくれる人に悪い人がいるわけがないのだから!ちょくちょく出てくる熱愛報道は無視してあげるよ!
 
 まぁ薔薇は嵩張るからいらないけど。

「とにもかくにも、会えて嬉しいよプリンス。でもここ日本だよ?イングランドじゃないけど、乗る飛行機間違えた?」
「ハッハッハッ!まったく、君は冗談が上手いな!そんな君にはコレ!」

 てってれー!と彼は明後日の方向に向かって右手を掲げた。

「クリス・プリンス印のチョコレートバー!甘いものを食べて落ち着こうじゃないか!砂糖控えめでリラックス効果、快眠、そして素晴らしい味を保証しよう!」
「えぇー?でもお高いんでしょう?」
「それが今ならなんと…」
「すみません、今は広告の時間ではないので。」

 サッと腕を伸ばしたローゼにため息を一つ。もうローゼってばお堅いんだから。しょっちゅう息抜きしてる俺が言っても説得力無いと思うけど、仕事には息抜きのおふざけも必要なんだ。それに広告って…。ここはブルーロック内ののっぺりした誰もいない廊下。あるのはせいぜい監視カメラぐらいだし、誰にとっての広告にもなりはしないよ。
 俺はクリスの肩を持ちたいので彼のチョコレートバーを取り上げ、美味しいよ!とぶんぶん振った。実際彼がくれるものは全部美味しいからきっとこれも美味しいんだろう。

「あぁーー……収益…先例…依頼殺到…」
「よし!スッキリ!それでプリンスはどうしてここにいるの?」
「会いたかったからだ!!」
「俺も会いたかったよプリンス〜!」
「ミ°ッ」
「あ、死んだ。ごめんよローゼ、あとお願い」
「人でなしなんですか?」
「でもプリンスってよく死ぬから…」
「あなたが殺してるんです。」
「そうなの?ごめんねプリンス。俺に免じて許して?」
「ゆるそう!!!!」
「ほら蘇生した」
「人でなしなんですか?」

 それにしても、一体なぜ多忙なクリスがこんな極東の国までやってきたんだろう。俺がクリスにメディア露出を押し付けてきたのがバレたんだろうか。だってスポンサーになりたいとか言われても俺一般金持ちピーポーだし…モデルでもすごい選手でもないから、俺は言ったのだ。

『クリス・プリンスっていうめっちゃサッカーが上手くてめっちゃかっこいい選手がいるんだよ!』

 と。つまり横流しである。俺は横流しが好きだ。会長の座も横流ししたい。ローゼ、君どう?興味ない?サッカー界のトップとか。

「ところで…ど、どうしてプリンスは日本にいるの?島国だからって日本とイギリスは全然違うよ?」
「なぁに心配いらないさ友よ!じきにみんなもここに来るだろう!…さて、俺の方からも君に聞きたいことがあるんだが。」

 答えになっているんだかなっていないんだかよくわからないことを言って、クリスは俺の顔を覗き込んだ。うん、今日もイケメンである。



「潔世一選手はどこだい?」





「どうして彼はそんなこと聞いたんだろうね?」

 俺は知らないから不審者さんに聞いた方がいいと思う、と優しく教えてあげると彼は意気揚々と不審者さんを探しに行った。髪も目も服も真っ黒のヒョロヒョロした焼きそばマンだよ。頑張って探してね。

「インゲボルグ様はU-20戦以前、ブルーロックで何人の選手に声をかけましたか?」
「イサギくんだけだよ。俺がそんな何人も教えられるわけないじゃないか。」
「そうです。そして貴方は彼に拍手を贈りました。」

 いまいち話の行く先が見えず俺は首を傾げる。

「こちらを」

 ローゼは側のカバンから一冊の雑誌を取り出した。アメリカの老舗スポーツ誌である。毎月送られてくるが “今月のインゲボルグ・フォン・ファーレンハイト” なるコーナーができてからは一度も目を通していない。なんでコーナー化してるんだろう。やめた方がいいよ。コストの無駄さ!

「わぁすごい!ブルーロック特集がされてるよ!そんなに有名になったんだねぇ!」

 なんと雑誌の半分ほども使ってブルーロックの特集がされているではないか。一人の選手につき見開き一ページ。破格の対応だ。

「…ふんふん、“今サッカーが最も熱い場所” か。」
「そうです。インゲボルグ様がいらっしゃる場所がサッカーが最も熱い場所になるのは当たり前のことですが、」
「初耳だね」
「その中でも潔世一選手の注目度は群を抜きます。」
「さっすがぁ!」

 勝利の一点を決めた選手は違うぜ。ブルーロックの申し子、なぁんてかっちょいいあだ名までつけられている。遠くに行っちゃったなぁ、イサギくん。
 パラパラとページをめくっていると、最後の方にインタビューコーナーがあった。いつの間にかイサギくんと対談していたらしい。

「イサギくんだけ?」
「他の選手にもインタビューしようとしたらしいですが、その、なんというか…口が」
「あぁ…黒塗りの雑誌はまずいね。」

 サッカー選手の口の悪さは今に始まったことではない。メディア泣かせの罵詈雑言は最初は非難が殺到していたが今ではもう、またやってるよ、ぐらいの反応に落ち着いている。その点サッカーをやっていない時のイサギくんは落ち着いた好青年そのものだからインタビューもしやすいんだろう。

「ですが問題が起こりました。」
「問題?」

 さらっとインタビュー内容を流し見るに特段問題がありそうな発言はない。サッカーを始めたきっかけとか、U-20戦で感じたこととか、そんなありきたりなことばっかりだ。

「彼はブルーロック内であったこととして、インゲボルグ様に教示してもらったことを明かしたのです。」

 ほんとだ。確かにそんなこと書いてある。俺ほど何もしないまま会長をやってる人間もいないだろう。その辺の高校の生徒会長の方が仕事をやっているはずだ。

「えぇ?俺ロクなことしてないよ?精々数十分ボール蹴っただけだし。でもさ!これ、あのイサギくんにサッカーを教えた人として俺有名になっちゃうってこと!?」
「もう有名人です。」
「照れるね…」
「わかりますかインゲボルグ様!」

 ぴっ!と指を立てて薔薇を片手にローゼは続ける。

「潔世一は無名の選手でした。確かにブルーロックという環境が彼を大きく育てたことは事実ですし、彼の実力がこの状況を勝ち取ったのも確かです!」
「素晴らしいことだね。」
「で!す!が!」
「な、ぁ、に?」
「揶揄わないでください!貴方がブルーロックで教えたたった一人の青年が、どんな形であれ勝利の一点を決め、日本のサッカーを変えたんです!そして貴方は彼がゴールを決める直前に拍手をした!認めたんです!!わかりますよね!?」
「……つまり?」

 ローゼは俺の手の中にあった雑誌を取り上げ、地面に勢いよく叩きつけた。彼女、かなりストレス溜まってるな。息抜きに温泉でも連れていってあげようか。

「全員ドン引きですッ!!」
「やだ、泣きそう」

 なんでぇ……?俺、拍手しただけ…。

 そうインゲボルグが落ち込む一方で、ローゼは無力感を噛み締めていた。
 インゲボルグが唯一自分からコンタクトを取ったのは潔世一選手のみである。その時点で気づくべきだったのだ。

 本来、スポーツは予測が難しい。もちろんどちらが勝つかやどの選手が活躍しそうかなんて予測はできないこともない。だが、展開となれば?誰がどう動き、どんな風にゴールを狙い、そして誰が試合を決めるのか。それは予測できない。予測できてはいけない。競馬の一着から最終着まで完璧に当てるようなものだ。

 だからこそ、静かなスタジアムで隣から拍手が響いた時、ローゼは身体中の筋肉が全て弛緩した感覚を覚えたのだ。

どこから計算通りだった?

どこから潔世一に目をつけていた?

どこから試合の先行きを見通せていた?


どこから、


どこから手のひらの上だった?


「…人は、理解不能を恐れます。」
「うんうん。俺も蜂とか怖いよ。どう動くかわかんなくて。ローゼはどう?」
「コレが出た以上、貴方はたった三十分で国が今まで積み上げてきたプレイスタイルを変えるレベルの選手を見出したことになります。しかも、星の数ほどいる無名の選手の中から。」
「聞いてる?」
「ですがそんなモノは悍ましい。理解できない。理解したくない。そうなるのが人間の本能です。」
「俺お暇していいかなぁ…?」
「率直に言います。インゲボルグ様、ヤラセを疑われています。」

 苦虫を千匹噛み潰したような顔で彼女は呟いた。たっぷり十秒ほどの沈黙が落ちる。


「ふーーーん」


 ……それで?

 いや、だってそうだろ。ヤラセもなにも俺なにもしてないし。一体俺は何をやらせたんだ?
 …ははーん、わかったぞ!さてはアレだな?イサギくんに攫われたヤツだな!?おいおいアレは誤解だよ。相互不理解で彼が俺を拗らせたからそうなったんだ。ヤラセじゃないって!

「イサギくんのことだね?」
「いえ違います。それもそうなんですが、U-20戦のことです。」
「そっか…でもま、関係ないよ。俺は何もしてない。」
「っ、インゲボルグ様は、いいかもしれません。」
「うん。だって実際誤解だしね。ちゃんと話したらみんなわかってくれ、」
「ブチギレてるのは選手の方です。」

 センシュ。せんしゅ、せんしゅ…選手!?

「まずい逃げようローゼ。南極あたりに。」
「無理ですもう来ます。」
「バカァ!なんでもっと早く言わないの!?」
「だって逃げるじゃないですか…」
「だって俺嫌われてるもん!!…待てよ?それにしてはプリンス怒ってなかったよね?ほ、ほら。きっとみんなもそんなに怒ってないと俺は予測するよ。この天才の俺が!」
「普通にブチギレだったじゃないですか。違う事件の方で。」
「………そう」

 まっずい。まずいぞ。なにせ俺は嫌われている。ものすごく嫌われている。俺を見るたび顔をひん曲げる選手たち。来てくださいというくせに俺が来ると顔を青くする監督たち。マジ無理病む。ノアは喋らないしラヴィーニョはうるさいしスナッフィーは怖いしカイザーは殺しに来るしロレンツォはキモイしで俺にはクリス・プリンスしかいないのだ。マジ無理好き。イングランドに永住しようかな。まぁクリス以外の選手が怖いのでそれはないが。

「プリンスに匿ってもらおう!」
「彼多分知ったら大変なことになりますよ。すでに怒ってるのに。」
「もう逃げるしかないね。南極と北極ってどっちが寒いんだっけ?大陸だから南極?」
「私寒いの嫌です…じゃなくて!」
「オッケーわかった。ちょっと待ってね検索するから。えっと、ハワイ、ボディーガード、つよい。」
「バケーションに行くつもりじゃないですか!何呑気にボディーガード探してるんです、対処を考えましょう。」

 そもそもどうしてそんなに怒るんだろう。嫌われてる俺が貶されたところでヒャッホーイ!となるのが道理だ。もし嫌いな人が叩かれていたとして、俺ならヒャッホーイ!する。うーん、うーん…ハッ!あのサッカー馬鹿たちならこう考えられるのではないだろうか!?
 そう、神聖な試合を汚された、と!彼らはサッカー馬鹿。この世の何よりもサッカーが好きなサッカージャンキーどもだ。それをど素人の俺が不可抗力とはいえ介入し汚したのであれば、怒るのもやむなし。
 うんうん、なんだかこの線が濃厚な気がしてきたぞ。

「ローゼ、俺今日冴えてるかも…」
「!?、や、やめてください」
「えっ」
「と、ともかくとして。対処を考えないと。まずはミスター不乱蔦から公式声明を出してもらうのはどうでしょう?もしくは試合を組み直して」
「そんなことしなくてもいいよ。面倒でしょ?」

 俺の気を遣った一言に対して、ローゼはぐっと眉を顰めて苦々しげに搾り出した。

「…今度は何をなさったんですか」

「何も?」

 本当に何もしていない。俺は今度こそチョコチップクッキーを部屋で作るんだ。前回は不審者さんたちの妨害により諦めざるを得なかったが、今度は誰にも邪魔させない!そして手作りクッキーを両親にあげるために俺はスイスへと帰る!!

「安心してローゼ!君にもわけてあげるからね!」
「本当に何もしないでください」



────────────────────────



 新英雄大戦。

 そして、ブルーロックチャンネル。

 俺は興奮気味に捲し立てる不審者さんの隣で愛想笑いを浮かべてコクコクと頷いていた。不審者さんお得意の謎技術、浮かぶホログラムは正確に不審者さんの動作を困惑を浮かべる収監者たちの目の前に映し出した。
 ちなみに俺はそこには写っていないらしい。面倒なことになるだろクソが、とは不審者さんのありがたいお言葉である。

「ネオエゴイストリーグだって。かっこいい名前。不審者さんが考えたんならいいセンスしてるよね。」
「声がのりますよインゲボルグ様。お静かに」

「…チッ、そんなわけでお前らは五大リーグの中から好きなチームを選べ」

「ねぇねぇブルーロックチャンネルって俺のプライベートあるのかな?それとも全部ダダ漏れ?恥ずかしー」
「流石にプライベートは見せないんじゃないでしょうか。」
「ね。俺の寝顔とか誰が見たいの?」

「……それら含めて今後のU-20のメンバー選考に、」

「ローゼ、二人でユーチューバーにならない?やってみようよ!きっと売れる!」
「恐ろしいことになりそうなので嫌です。」
「ローゼは美人さんだからいけると思うんだけどなぁ。」
「問題はインゲボルグ様なんです。」

「………すぅーー、ふぅーーー。よし。今からルールを追加する。」

 俺は不審者さんの話を聞き流しながら新しく始まるプロジェクトの予感に悲しんでいた。またスイスに帰る予定が遠ざかりそうだ。
 だが助かったこともある。不審者さんが各国の選手を棟分けしてぶち込んでくれたおかげで俺はまだ選手たちに殺されていない。まぁ猛獣の檻の中にいる現状は変わってないから早めに帰国したいところではあるな。

 どうやら収監者たちを五チームそれぞれに振り分け、そこで成長してもらおう!ということらしい。しかもその過程は全世界に放送されるとかなんとか。彼らは商品として扱われ、試合に限らずブルーロック内のことは全て放送される。しかも世界中のお偉いさんがサッカー選手として彼らに入札、つまり年俸価格の提示までするのだという。思春期の少年たちになんてことを!

 不審者さん…悲しいよ俺は。選手を呼ぶより先に、絶対やることがあった。例えば俺を国に返すとか、俺をスイスに送ってあげるとか、俺を優しく空港まで連れていくとかさ。俺が無視して帰ればいいんだろうけどこの人たちスイスまで来そうだし…。

「ワンゴール、五分。」

 そう考える俺の隣で、不審者さんが指を立てた。
 ローゼがサッと前に出る。その顔は最近よく見る焦りに歪んだ青い顔だった。

「何の数字かなローゼ。もしかして憧れのアイドルと握手できる時間とか?うまいことやるなぁ不審者さん」
「まさか、…ミスター絵心!!」

 ふむ。何か起こりそうだぞ。ここは誰も見ていなくともカッコつけるべきだろう。
 青光りする画面に溢れた、まさに黒幕がいるような現代技術の結晶の中で俺は用意された茶色い椅子に腰掛けた。カイトモの部屋にあったものによく似た、カッコいいふかふかな椅子である。ついでに死んだクソジジイから教わったかっこいい座り方もしておく。あのジジイさえ長生きしてりゃあ俺は会長なんかにならなくて済んだものを。

び、と不審者さんの不健康な細い指が俺を指差した。

「こいつの時間をくれてやる。」


「…………????」

 膝を組み、手を行儀良くその上に置いて愛想笑いを浮かべる俺に無数のカメラが向く。

 つまり、俺の映像が彼らの前に転送されたのである。


……どういうことかな????


「なんてことを…、どれだけの価値があるかわかって」
「ああわかってる。ちょっとは黙ってろローゼサン。」
「っ」
「これは投資だ。今の全世界視聴者数は…はっ、お前が出た途端三十万人分跳ね上がったぞ。おーおーどんどん上がる。どうだクソッタレ君主。」
 
 不審者さんは目を怒らせて俺を見た。俺はもう何もわからず愛想笑いを浮かべるしかない。世界の人たちはちょっと…俺の価値観とはズレているのかも。価値ないよぉ…?ブルーロックチャンネルから退会してネトフリでも見な?

「お前はサッカーの発展のためならなんでもするだろ?」

 え、しないけど。

 しかし困惑する俺の耳に画面の向こうの有り様が飛び込んできた。
 もはや声かもわからない怒涛の叫び声である。怯えつつも鉄壁な愛想笑いを守り、ちらりとそちらに目をやる。

「は……マジで?マジで言ってる?はは、頭おかしいだろ…」
「おい、お前ら俺にパスを回せ。」
「あ"?頭イカれたのか。お前より俺の方が決めれる。」
「っ、ざっけんなよクソがぁ!!!んなことで勝ち取れるなら俺が毎試合ハットトリックしてやる!!!」
「はっ、そんなことで?周りを見てみろクソエゴイスト。全員同じ考え。全員同じ欲望。全員捻り潰さないと謁見すら許されないんだぞ。」
「許すよそれぐらい」
「黙ってろ」
「はい」

 ママーーーッ!!!お家に帰りたいよーー!!!

 俺は心の中で号泣しながら微動だにしない石像になった。なんと数十万人がこの俺の勇姿を見てるのだ。下手なことは言えないしできない。もう石像になるしかない。

「だがこのルールではマスターどもにはチャンスが少ないんでその辺はあとあと考えて変更してやる。それでいいな?」
「…」

 俺は唇をギュッと結んで思考を巡らせた。彼らがここまでの反応を示すのは多分、何としても五分を勝ち取って俺をぶん殴りたいという欲があるからだ。痛いのは嫌だ。殴られるなんて死んでもごめんである。
 それを遠回しに伝えようとして、俺はふと引っかかるものを覚えた。

 原因、コレじゃね?

 もっとこう、しっかりはっきり自分の気持ちを伝えるべきなのでは?
 遠回しに婉曲して表現するからみんなが勘違いしたわけで、俺の言い方に全ての原因がある。

 そうだ、そうだ、それだ!

「おいインゲボルグ」

「任せて。…あ、あー、ねぇちょっと。静かに。」

 スパーンと気持ちいい音が響いた。それぞれの国のマスターや収監者が近場のうるさい子を叩いた音である。もっと優しく止めてあげてよ。あと急にめちゃくちゃ静かになられるとやりにくいから…三人ぐらい騒いでほしい。

「ごほん、聞こえる?まず最初に、俺の母様の撮影が終わったそうです。俺の母は綺麗だからね、モデルをやってるんだ。」

「?」

 なんだ?と首を傾げる彼らに向かって俺は喋り続ける。言い切らなければ。

「父様も仕事がひと段落してね?いつもは世界中飛び回ってるけど今は家でゆっくりしてる。なんといつもいない叔父様まで久しぶりに帰ってきてるってさ。可愛い可愛い俺のペットも、実家で俺の帰りを待ってると思う。」

 にこにこと愛想笑い。絶対にこれだけは譲らん。

「俺の最優先事項は家族です。正直、俺は今すぐにでもスイスに帰りたい。なのでルールを追加しても…いいよね?」

 一応不審者さんの顔をのぞいて確認をとる。許されよ、許されよ、俺の傲慢を許されよ。
 こくんと彼は頷いた。俺の勝ちだ!



「俺は俺が退屈だと感じたら帰る。じゃあそういうことで。みんな頑張ってね!」



 言った。言い切ったぞ俺は。しかもこの条件。俺の退屈なんて誰にもわかるわけない。俺が退屈と言えば退屈として認められる。感情は主観だ!誰にも俺の帰宅の邪魔はさせないぞ!適当なところで退屈したフリして帰ってやる!

「…映像切れた?俺自分の部屋に、どうしてローゼは手で顔を覆っているの?」
「なんででしょうね、ほんと…」
「きっと疲れてるんだよ。どうして不審者さんは声が出ないぐらいキレてるの?」
「……………ころすぞ」
「きっと疲れてるんだよ。焼きそば食べたら?奢ってあげようか?俺金ならあるよ。」

 返事がない。ただの不審者のようだ。

「すまない!一つ質問があるんだが!」

イングランドのエリアから手を上げたクリスに俺は慌ててマイクをオンにした。

「いいよプリンス!ちょっと今彼が使い物にならないから俺が答えてあげよう!声だけでごめんよ!」
「いや、インゲボルグ。君の声を聞けるだけで嬉しいとも!あー、その。」
「?」

 クリスは照れくさそうに頬を掻いてさわやかに言い放った。

「オシカメラなるものはあるのだろうか?その、日本にはあると聞くぞ。一人の人を特定で追えるカメラというものが。できればイン…とある人の行動を見守り、あー…ストーカーしたいのだが!!」

「おい言い切ったぞコイツ」
「俺このチーム嫌かもな」
「しかるべきところに突き出せよ」
「対象もしたいことも何一つ隠せてないだろ」

 イングランドの選手たちがざわりとざわめく。しかしそんな中腰に手を当てヒーローのように仁王立ちで俺にまっすぐ目を向けるクリスに、俺はいたく感動した。漢である。周りからどれだけ非難されても自分の在り方を曲げないなんて…!

「もちろんいいとも!!」
「よくねぇよ死ねアホ。クリス・プリンス、あることにはあるが追加料金だ。…倫理観は教えなかったのか?」
「どうして彼の親でもない俺が?それにプリンスはしっかりしてるから大丈夫だよ。」
「金ならあるぞ!!」
「ほらね」
「教育の賜物だな」
「でしょう?」
「もしもしアンリちゃん?うん、アイツだけゼロ一個足して。ふんだくれ。」

 あっ!俺のヒーローになんてことを!拳を振り上げようとした俺は不審者さんに睨まれあえなく腕を下ろした。俺は弱者だ…。

「このあとは説明されたチームの特色をもとにアイツらが勝手に判断して好きなチームへ行く。」
「ローゼだったらどこ行く?」
「どこも嫌です」
「俺も!」

 やっぱりローゼとは気が合うな。ウキウキとコーヒーを飲む俺をスルーして不審者さんは続ける。

「で、お前は自由にしろ。」
「ずっと部屋にいてもいいわけ?」
「ああ。部屋で見ててもいいし、直接試合に来てやってもいい。」
「さっきは五分って言ったのにかい?」
「お前の時間を奪うに足るプレーや選手を見た時は、好きに時間を使えばいい。お前の時間だ。」
「それもそうだね。」

 つまり行かなければいい!!証明終了!!!QED!!

「これは良いことを聞いた。帰ろうローゼ。」





────────────────────────


 どうしてこんなことに!!!

 俺はダラダラと流れる冷や汗を、時計を見るふりをして拭った。

 右を見る。

「…………」

 今日も仏頂面だねノア。

 左を見る。

「ヘイヘイヘーーーイ!!!」

 いた、いたい。やめて。頬突かないでラヴィーニョ。

 二つのチームのベンチのちょうど真ん中あたりに、俺は粗末なパイプ椅子に座っていた。
 そしてラスト。俺の首には俺がこの椅子に腰掛けてからずっと手が回っている。そう、手が回っている。いつでも俺の首を捩じ切れるぜとばかりに、白い指が俺の首筋を静かに這っている。

「殺す殺す殺すころすコロス」
 

 なぜこんなことになったのか?


 現実逃避のお時間だ。少し前のことを思い出してみよう。




「行きますよッ!!!!!」
「イヤッ!!イヤッ!!!」

 暖かな布団に包まれゆるゆると惰眠を貪っていた俺から、ローゼはあろうことか布団をひっぺがしたのである。この裏切り者め!俺は部屋から出ないと誓ったのに!!

「コレを見てくださいインゲボルグ様!!」
「なんだい?」

 バサササ、と俺の目の前に落ちたのは手紙の山。数えるのが億劫になるほどの数だ。一枚拾い上げて送り主を見てみると、なるほど、

「ドイツの監督かぁ」
「一応言っておきますが、これらは全てU-20戦後に送られてきたうちの、ほんの一部の手紙です。ヨーロッパ五大リーグはもちろん、連盟支部、アジアリーグ、各国大使館、その他諸々。」
「内容は?お叱りは無視の方向で。」
「ウチの国も見ろ」
「お、こ、と、わ、り!」

 やってられるか!!俺はもう会長を引退する身だぞ!?わざわざそんなとこまで行って冷たい視線を浴びる謂れはない!!

「俺、試合は部屋で見る。部屋で見るよ。」
「インゲボルグ様が足を運んだという事実が重要なのです。部屋の中までカメラはやってきません。見てくれたという確証がほしい方もいます。」
「変な人」
「さぁ行きましょうすぐ行きましょう!」
「いやぁーー……引っ張らないでぇ……」


 そんなわけで今に至る。後方にあるドアのそばではローゼがホクホク笑顔で立っている。美人だ。許そう。

「ノア、この人どけてくれる?」
「……どっちだ?」
「どっちも。ていうか三人とも自分の席に戻りなよ。パイプ椅子は俺用のやつしかないんだから。ほら!いったいった!」
「インゲボルグ!!俺は今から三十点決めるぜ!!」
「ギネスじゃん。頑張れラヴィーニョ。…君三分しか出れないよね?」
「うりうり」
「いひゃい。三点先取だよね?」
「うりうり!」
「いひゃい!」

 陽キャめ!これだから陽キャは嫌なんだ!俺のもちもちほっぺたが千切れたらどうしてくれる!!

「さてインゲボルグちゃんよぉ。」

 ラヴィーニョはスペイン、FCバルチャに所属する世界トップレベルのストライカーだ。ノアも一目置いてるほどドリブルが上手だった気がする。だけどスペイン出身というわけではなくブラジル生まれの剃り込みがイカついにーちゃん。陽気で明るいオールバック。
 正直最初はビビった。ビビり散らしてずっと半泣きだった。だって初期のラヴィーニョはなんかよくわかんないけど荒れてたし…。どっからどう見てもヤのつく自由業の方だったし…。怖くて怖くて、俺じゃなくてボールで遊んでくださいという謎の命乞いをしたのが始まりだ。それ以来なぜかラヴィーニョは俺に懐いている。

 俺のことを好きな奴のほとんどは頭がおかしい。そして俺のことを嫌いな奴は怖いから苦手。ハーハッハッハッ!!俺を攻略なんて五百万年早いぞ!


「出版社っていくつまで潰していい?」


 俺はニコリと笑った。


「一つもダメだよ」
「ちぇっ!」
「熱愛でもすっぱ抜かれたの?」
「ああ?ちげ」
「頭と同様に下半身も緩いのか?」
「よぉしコート出ろペドジジイ!!!」
「ちょっと!放送中だよ!!」
「まずは後ろのジェノサイダーだろ。」

 ラヴィーニョからの全くもってその通りな質問に俺は首を振るしかできなかった。といっても首は抑えられてるから、厳密に言うと頭を少し傾けただけ。

「そんな人いる?」
「これ以上ないほどグチャグチャにしてぶち殺してやる」

 怖すぎていないことにしてたのに!!ラヴィーニョのバカ!陽キャ!!ラテンに染まりし男!!

「俺の目指すところはご家庭でも安心して見れるブルーロックチャンネルだよ。カイザー、黙ってくれる?」
「……あ?」
「へい!やぁ、えっと…元気そうで何より。君のとこのコレどうにかできない?」
「アレクシス・ネスですクソ会長。いい加減覚えやがれください。あとカイザーのことコレって言いました?」
「言ってないよ親愛なるネス。よしみんな!試合が始まるよ!!試合をしようか!!」

 頼むから試合して。その一心で俺はみんなの背をぐいぐいと押した。イサギくんが遠くからものすごく微妙な顔をしているが見える。頑張ってねイサギくん。期待してるからね。

「はー怖かった。ノアがストレートで三点決めて十五分無言で終わらないかな。ね、ローゼ。なんでラヴィーニョは出版社潰したがってたの?」
「彼もうすでに一つ潰しかけてますよ。」
「……へ?」
「インゲボルグ様がゴーサインを出せば、すぐにでもトドメを刺したかと。」
「ほへぇ?」

 え、なに??なにぃ???

「インゲボルグ様について悪質なデタラメを書き綴っていたゴミですね。出版社は燃えるゴミなんでしょうか、それとも粗大ゴミ?よく燃えそうですけれど…」
「ローゼさん??やめてね??」
「まぁすぐに潰れるでしょう。」
「そんなことある?」

 何してるのラヴィーニョ?君関係なくない?あと多分悪質なデタラメの半分は事実に即してると思う。実はインゲボルグはバカ!とか書いてあるんでしょ。事実じゃん。

「現在ブルーロックチャンネルは世界中から大きな注目を集めています。」

 俺はこちらを向くカメラにひらひらと手を振った。この向こうに何十万人の人がいるんだろう。

「そこで名前が出されれば、悪影響にしろ好影響にしろとてつもなく大きな衝撃を伴います。彼らが疎んだ出版社ともなれば否が応でも潰れるんですよ。」
「へぇ」
「クリス・プリンスなんてそれを逆手に取ってスポンサーの宣伝までする始末。」
「商売上手だ。」
「知っていましたよね?貴方が彼と一緒に宣伝をしたから今頃運営には電話が殺到していることでしょう。それに彼が昨日潔世一を締め上げた動画は一晩で五百万再生を超えてます。」
「何してるの彼。それフェイク動画だよ。プリンスは優しいもん。」

 めっちゃ痛かった…と誰かがバスタード・ミュンヘン側のベンチでつぶやいた気がしたが、俺は無視した。クリスはそんなことしない!!ヒーローだから!!あと生放送されてたことはマジで知らなかったからヤバいやつ認定しないで!!

「そんなことより応援しようよ!ね!?」
「はい」

 俺は幾多の視線を受けながら、今度こそ力強く拳を振り上げた。

「がんばれーー!!!」





────────────────────────




 ノエル・ノアは最優である。

 世界最高峰の選手。最強のFW。ありとあらゆる選手は一度ならず彼の前で膝をついた。
 合理的で正確無比なそのプレイスタイルが多くの少年の憧れの的であることは否定しない。


 そんな彼が、一人の少年に会ったのは年齢が二十を超えたばかりのころ。
 スイスにある小汚いモーテルの駐車場であった。



「君!俺のためにサッカーしてくれない!?」



 アレが全てを狂わせた。


 たった一人の十も年下の少年。質のいい艶のある服とよく手入れされた黒髪、汚いものを漁ったことなんて一度も無さそうな白い手と頬は正直スラム育ちのノアにとって宇宙人のような存在だった。
 そのくせ、あの目。あの赤い目。鮮血が飛び散ったような目の色は、その頃から前に立つ人を黙らせる不思議な圧があった。

「ねぇ君、サッカー好きなの!?」
「あ、あぁ」
「よかったぁ!とっても上手だったから声をかけたんだよ!サッカー選手とか目指してたりする!?」

 目指すも何もその時点ですでにノアは現在所属するチームで芽が出かけている立派なサッカー選手である。

「世界一の選手になってほしいんだよ!君に!俺、後継者探してて!」
「その年でか」
「若いと色々あるんだよ。」

 十二歳らしからぬ大人びた口調で苦々しい笑みを浮かべた彼は首を振った。


 それからというもの、スイス遠征が終わる一ヶ月、ノアは彼に会い続けた。だだっ広い綺麗なコートよりも誰かが吐いたあとやら飲み終わった空き缶やらが転がっている環境を選ぶのは馬鹿げている。だがそこは生まれ育った環境のせいか居心地が良かった。

 そして彼はなぜか異常にスパルタだった。

 クライフターンに始まり、ファルカンフェイント、マルセイユルーレット。プロでも成功させるのが難しい技を彼は笑顔で要求した。かっこいいからという理由で。ノアがそれに応えたのはひとえに負けたくない、という意地によるものである。

「できるよね?全部使ってハットトリック決めてよ。」

 そう無邪気に信じ切った少年の笑みは常に脳裏にまとわりつくほど、この頃のノアにとってトラウマだった。死ぬ気でやり遂げた技を見せるともっと難しい技を要求される。正直何回か縁を切ろうかと思った。しかも完成させるだけでなく試合で使うことを要求されるのだ。難易度は格段に跳ね上がる。だがノアは愚直に彼の言うことに従い続けた。くだらないただの意地だけで。才能に恵まれたノアは結果的に、


「おめでとう」


 ノアを苦しめたあの笑顔を浮かべた少年に、数万人の観衆に囲まれながらトロフィーを渡された。

 あまりの衝撃に固まったノアの前で、彼はインゲボルグ・フォン・ファーレンハイトだと名乗った。それは不運にも孫煩悩な祖父から国際サッカー連盟会長の座を任ぜられた孫と同じ名前。世界中からブーイングを受けた幼子と同じ名前。
 そして、その全てを知能でねじ伏せることになったバケモノと同じ名前だった。

 ノアは彼をどう思っているかと聞かれれば、きっと言葉に困るだろう。
 コートの王様はノエル・ノアである。それはきっと揺るがない。そして同時にサッカーというスポーツの王様はインゲボルグであることも同時に揺るがないのだ。
 インゲボルグがどこからか連れてきた、たくさんの選手がいた。そいつらは全員突出した才能を持ってノアを叩き潰さんとした。もちろん捻り潰したが、スラムから抜け出すため、生きるための手段だったサッカーが楽しくなったのはその頃からだった。

 そんなノアにとって、インゲボルグは少し寂しそうに見えた。
 誰も彼と並び立つものがいない。手を伸ばそうとするものがいない。挑まんとするものがいない。理解者がいない。絶対王者であるがゆえに、彼はひとりぼっちであった。
 彼をどう思っているかについて一言で言い表すのは簡単ではない。だが少なくとも、ノアがサッカーを楽しいと思ってしまうようになった責任ぐらいは取らせてやらねばと思う。

 ならばやることは簡単。同じ景色を見ることはできなくとも、最も近くにいる選手になることはできる。常に蹴落とし続ければいい。ノエル・ノアがトップに立ち続けることで証明し続ければいいだけの話だ。

頂点に立ち続けているのはお前だけではない。

 そんな友情とも違うよくわからない関係は、よくわからないなりに長い間続いた。


 インゲボルグが最悪な戯言を抜かした一年前のW杯までは。


「ノア、俺辞めるよ。」

 トロフィーの受け渡しが終わり、次の大会のためにまた厳重に保管される杯を二人で見ながら、インゲボルグはなんてことのない雑談のように言った。辞める。一瞬脳に空白が生まれる。意味がわからなかった。

「……は?」

 何を、言って。

「辞める。俺辞めるんだ。辞めた後の計画はもう立ててある!まずはハワイ。それからドバイに行って、アラスカでオーロラも見たいなあって!それに」
「どういうことだ」
「え?だから辞めるん、」
「会長をか」
「そうだよ」

 インゲボルグが何か言いたげに口を開く。
 いつも通り、『そうか』と言って帰るべきだ。いつも通り、来年のためにトレーニングをして戦略を練る。それだけしていればいい。合理的に、理性的に。しかし口から出るのはそんな物分かりのいい言葉ではなかった。

「なぜ辞める」
「何が足りなかった」
「誰かにそう言われたのか?」
「今回の試合はつまらなかったのか?」

 怒涛の問いにインゲボルグは慌てて両手を振って否定した。

「待って待って待って!なに?俺、別にそんな、ちがうって!」
「じゃあなんだ」
「任期だよ」

 彼が口にした言葉を理解可能な状態まで噛み砕くのにしばらくかかり、ノアはオウム返しに言葉を発した。

「にんき」
「うん、任期。十二年なんだよね。あと…二、三年ってとこ?だからまぁ潮時じゃない?」
「………本気で言ってるのか。」
「大真面目さ」

 そんなバカな話はない。お前以外に誰がそれを務められるというのだ。お前以上にサッカーを愛していて、サッカーを守ることのできる奴なんているはずがない。ノアに政治はわからない。わからないが、彼の存在によってサッカーはありとあらゆる面倒な介入を退けられていることは知っていた。
 そう、ノアは幼い子供がサンタを信じるように、なんの疑いも持たず信じていた。
 この男はヘラヘラとした笑みを浮かべながら、誰もが膝をつく玉座の上で永遠にふんぞりかえっているのだと。
 ところが現実は違った。彼は当たり前のようにその座を投げ捨て、サッカーを捨て、選手たちを捨てて消えようとしていた。

 話したいことは山ほどある。胸ぐらを掴んで言ってやりたいことは山ほどある。しかし彼はじゃあまた来年、と固まるノアを置いていつもの薄っぺらい笑みを浮かべ、部屋を出ていった。ドアの外から叫び声がする。あの声はカイザーだろうか。足が重い。思考がまとまらない。ノアは最後まで動く気にはなれなかった。


 ゆえに、コレはチャンス。サッカーIQは高くとも平時の頭はあまり良くないノアに彼の考えていることなどわからない。しかもすぐ逃げて捕まえられない。なんと遠い極東の地で初めて聞く選手に担ぎ上げられ攫われる。そのニュースを見た瞬間ノアは飛行機のチケットを予約した。そんな状況の中もたらされたチャンス。たったワンゴールで五分も、インゲボルグと膝を突き合わせて話すことができる。


「俺にはゴールを決めなければならない理由がある。黙っていろラヴィーニョ。」
「はァーー!?こっちだってインゲボルグちゃんとお喋りしたいんですが!?」
「俺はどっちともしたくないかな……」
「インゲボルグ様、空気を読んでください。」



────────────────────────



 俺は空中に浮かぶ値段を前に口をポカンと開けた。一千万から数億円まで。選手たちにつけられた値段は圧巻の一言に尽きる。

「俺いくら…?」
「やめろ」
「不審者さん、俺もあの選手のミニキャラみたいなやつ作ってほしい。可愛くない?俺絶対可愛くなれるよ。」
「何の自信だ。」
「ありますよ。ローゼさんからきっと欲しがるだろうと依頼されたんです。」
「アンリちゃん、あんま甘やかすな。」
「渡さないと面倒なことになるかも、とも言われています。」
「チッ」
「さっすがローゼ!ありがとうガイドさん、どんなの?」
「こちらです!」
「わぁ!可愛い!」

 ガイドさんがせっせと持ってきたボードには真っ赤なぐるぐるお目目にぺったりとした黒髪のかわいらしいミニキャラがちょこんと立っていた。俺可愛い!いそいそと紙とペンを手に取り、即席で“ひゃくおくえん”と書いて貼り付けた。これで俺も選手だ!

「えぇーと…今回の試合で決めたのはカイザーとノアとラヴィーニョと、ブルーロックの子が二人?」
「はい、そうです。しめて二十五分。」
「わぁフルカウント。好きな時に来ていいよって言っておいてくれる?あと暴力行為、もちろん言葉の暴力もナシで!」

 俺は打たれ弱いのだ。試合で鍛え上げられてフィジカルもメンタルもつよつよな彼らと比べないでほしい。モヤシのような体!豆腐のようなメンタル!蝶よりも花よりも丁寧に扱うべし!

「よし!じゃあご飯でも…ビェ」

 とん、と肩に軽い衝撃が走った。

「インゲボルグ、話がある。」

 史上最も恐ろしい肩ポンである。そろそろと振り返ると、屈強な無表情の男が立っていた。色素が薄いせいで氷のような印象すら与える男。ノエル・ノアだ。

「五分だ。借りるぞ」
「エッエッ」
「仰せのままに」

 嘘だろ不審者さん!!ヤメテ!!俺をひとりにしないでぇ!!

 そして俺は半ば引きずられるようにしてマスタールームまでやってきた。中では試合後ぶっ倒れたイサギくんがスヤスヤと寝ている。まったく…急に世界トップレベルの選手と戦えることになってテンションが上がっちゃったのかな?

「イサギくん、はしゃぎすぎちゃったんだね。」
「わかるのか」
「まぁね。流石に見てればわかるよ。」

 いかに俺がバカだとて舐めないでほしい。イサギくんのテンションがバチ上げだったことぐらいはわかるさ!
 俺はコクコクと頷いた後スマホを取り出して五分のタイマーをセットした。五分、スタート。

「後任者が、潔世一のプレーを見ただけで今なぜ倒れるのかわかるとは限らない。」
「?」
「やめる、以外の選択肢は。」

 んん?もしや、会長のことを言ってるのかな?なるほどなるほど…なぜ??え、ノアって俺のこと嫌いじゃないの?少なくとも俺は怖いよ。この部屋から一刻も早く出たくて足がぷるぷるしてる。
 はっ!もしや…俺を矢面に立たなければいけない位置に据えて一人楽しくサッカーをやり続けるつもりだな!?もし何かあっても責任は全部俺に行くように!わかった!わかっちゃったぞ!エウレカ!我真意を得たり!やっぱ俺天才なんだな。

「ないよ。そんなものない。俺は会長をやめる!」

 やーいやーいバーカ!ノアの思惑通りになんて動いてやらないもんねー!

「俺ではお前を止められないのか。」
「……」
「そうか…なら、一つ提案なんだが。」
「なにかな?」

 すう、とノアが息を吸い込んだ。時間は残り三分。


「お前が会長をやめた後、バスタード・ミュンヘンの専属コーチになってくれないか。」


「………」
「………」
「……………なんだって??」

 そ、そうまでして俺にババを引かせたいのかノエル・ノア。ごめんだ。死んでもごめんである。ただでさえ怖い連中となぜ四六時中つるむような位置につかないといけない?無理無理絶対ヤダ。もし選手が怪我をすれば俺の責任。もしチームが負ければ俺の責任。俺はチームのファンからビールの空き缶やら食べかけのソーセージを投げつられるだろう。ぜぇったい、やだ!!

「ふ、ふっふっふっ、ノア?君は誰にそんなことを言ってるの?」

 人選ミスだよノエル・ノア。

「わかっている。お前は誰かの下につくような男ではない。」
「そんな男さ。社会の歯車だよ俺は。」
「社会の歯車は急に国際経済を引っ掻き回したりしない。」
「そっか……」

 覚えがないな…。

「まぁいい。五分は案外短いな。続きは次の試合の後にしよう。考えておいてくれ。」
「うんわかった。考えておくよ。」
「考えるだけはナシだ。秘書にも話を通しておけ。」
「…ノアは俺のことをわかってるなぁ。」
「ああ、それと」

 ノアはひょいひょいとスマホを動かし、ぬーんと画面を俺に向かって突き出した。

「百億円はだいたい六千五百万ユーロだそうだ。そして俺はほとんど金を使っていないから、余裕で持っている。」
「そっ、かぁ…俺、お腹痛くなってきたから帰るね…あと人に銀行口座とかあんまり見せない方がいいよ。」
「ブルーロックチャンネルのプレミアムプランなるものに入会した。」
「俺ノアの口からそんなこと聞きたくなかったな。」
「お前も口には気をつけろ。」
「はい」


 ピピピピピ!とアラームが鳴った。


「と、まぁそういうわけなんだローゼ。君どう思う?」
「や、やめ、やめる。やめる?やめ?」
「うんうんわかるよその気持ちは。俺もようやく終われるのかって気持ちでいっぱいだから。そうだね、まずはお給料使って家族と海外旅行行きたいなって。きっとローゼのことも同行オッケーだと思うよ。俺たちもう、へへ、家族みたいなもんだよね。」
「任期を抹消…」
「俺の唯一の希望になんてことを!?」

 俺はあのあとサクサクと撤退して自分の部屋に戻った。そしてローゼに事情を話し、思いっきりあのふざけた提案を否定してもらおうと思いきやのコレだ。そんなにみんなして俺を会長にし続けたいのか!残念だったな!任期は絶対だ!

「帰り際にブルーロックの子と話したよ。ラヴィーニョのところの元気な子。ハチくん?だっけ?あの子、いい子だよねぇ。頼めば会長になってくれたりしないかな。」

 インゲボルグ!インゲボルグだ!とぴょんぴょん跳ねながらまとわりついてきた子供っぽい少年を思い出す。あの雰囲気で彼はぐんぐんとドイツメンバーを抜きまくりゴールを一点決めた紛うことなきバケモノである。人は見た目によらないよね。そんなバケモノ相手に五分会話した俺はすごい!つい口が滑ってバケモノって一回言っちゃったけど、多分バレてないでしょ!

「やめる…いつ、ですか。」
「んー?正直今すぐ!って言いたいところだけどいろんなところに怒られそうだから、次のワールドカップあたりがいいんじゃない?カタールだっけ。」
「私以外にこのことは、」
「ノアが知ってる。あと、教えるつもりはなかったんだけどカイザーに聞かれちゃってさぁ。あの時は酷い目にあった。あれからずっと殺そうとしてくるんだよ?信じられる?それから…うーん、もしこの部屋とノアの部屋にも監視カメラがあるなら世界中の人に聞かれてるかも。」
「…それは大丈夫です。プライバシーは守られています。」
「それはよかった!いやー、カイザー本当に怖かったんだよ。」

 マジで殺されるかと思ったもんな、あの時は。

「さてさて、次の試合はどこぉ?ねぇ俺次はプリンスのこと見に行きたいな。プリンス用に俺、頑張ってうちわ作ったんだよ。よくファンが振ってるやつ!表は顔写真で裏にはこっち向いて!って書いた!初めてにしてはよくできてると思わない?」

 彼博愛主義だしきっとファンサービスもしてくれるはず!プリンスのそういう動画いっぱい見たからね!俺が夜なべして作ったこのクソ雑うちわにも神対応してくれるだろう。彼優しいし!

「まっ、待ってくださいインゲボルグ様!!」
「なぁに?」

 俺は扉に手をかけた状態でローゼを振り返った。思えば彼女とも長い付き合いだ。約十年、彼女は俺の尻拭いをしたりフォローをしたり面倒なことを終わらせてくれたりした。やば、俺迷惑しかかけてないかも。今度何か買ってあげよう。俺の財力をもってすれば買えないものなどないのだ!

「インゲボルグ様は、本当に、自身が会長を辞めさせられることに納得しておられるんですか。」

 泣きそうな彼女に、俺は今にもスキップしそうな気持ちを抑制しながら最高の笑顔を浮かべた。

「任期はサッカー界で一番納得できるルールだよ!」



────────────────────────



「オーナー」
「スナッフィー…久しぶりだねー。」

 次の試合が始まるまでの間、俺は昼寝をしていた。ただの昼寝ではない。なんとブルーロックの技術を結晶したリラックスルームで、フルスクリーンと立体音響を兼ね備えた最高の昼寝部屋の昼寝である。モードはもちろん『都会の喧騒』モードだ。ウチの庭が森林みたいなものだからたまには都会で昼寝したい。プァーー、とクラクションを鳴らしながら黄色いバスが俺の足先数センチを通っていった。

「どうしたの?俺は自分の限界を試してるんだ。どんなうるさい環境でも寝られるのかなって。」
「こっから、」

 スナッフィーは俺を無視してタブレットを取り出した。彼がブルーロックの中でも社交的でとっつきやすい方だというのは嘘じゃないだろうか。

「ここまで。俺今から説明するから聞いてくんない?」
「スライド百枚ぐらいない?」
「百十二枚」
「なぁんでそんなに多いのさ。」
オーナー(会長)を退屈させるわけにはいかないからね。」
「んぁーー…」

 そういえばそんなこと言ったなぁ。そろそろ退屈って言って帰るのもいいかもしれない。でもこの昼寝部屋は捨てがたいぞ。実家に同じものを作ろう。

「あといつまでいいように言わせてんの?オーナーがナメられると、面倒。」

 あーあ始まった。俺がスナッフィーを苦手としている理由その一。お小言が怖い。

「なんだよヤラセって。つまんねぇーことばっかり言いやがってさぁ。俺たちがここでこうしてリーグを代表して立ってることすらヤラセ?」

 特徴的な瞳孔をギュルギュルと回しスナッフィーは続ける。

「凡人が一から百まで予測できたとして、アンタは一から億まで雑に予測してその間に起こりうるAからZの可能性を考えた後で本来の目的に沿うように動かすだろ。側から見たらヤラセだよそりゃあね。馬鹿どもから見たら。」
「スナッフィー。五分だよ。決めたの?」
「いや?これはただの独り言。オーナーはたまたまそこに居合わせただけ。」
「なるほどね。俺は無視して帰ってもいいわけだ。」
「そ。あとこんぐらいしないとわざわざ否定しないでしょ、アンタ。」

 スナッフィーが目を向けた先に俺も目をやると、バッチリこちらを向いている監視カメラがあった。

「…え、ちょっと待って俺の昼寝シーン見られてるの!?やめてよ恥ずかしい!!」
「てなわけで今から一個ずつ戦術を読み上げていくから。これ全部独り言ね。」
「マジ?百個分の戦術の読み聞かせ?大都市のど真ん中で?カオスだよ。視聴者も困惑するって。…あと、流石にダメ。スナッフィー」
「…」
「これ、君が考えたやつでしょ?すごく賢い君が時間をかけて編み出したものを不特定多数の前で晒しちゃダメだよ。」
「皮肉がお上手」
「本気だよ」

 俺は愛想笑いを浮かべた後、恐る恐るスマホを開いてブルーロックチャンネルを開いた。俺が入ってないのはマズイかなと思ってつい最近入会した。ところどころにある監視カメラの映像はつねに生中継。だが試合も何もない今の時間は視聴者も少ないはずなんだけど…なんか視聴者数がとんでもないことになってる部屋があるな。コメントをチラ見すると、狸の化かし合いやらなんやら言われている。すごい盛り上がりようだ。おかしいな、俺は化かしてない。自分の思ったことをありのまま伝えているだけだ。化かすから最も遠いところにいると言っても過言ではない。

「スナッフィーそれ貸して。」
「…」

 俺がスナッフィーを苦手なポイントその二!!スナッフィーは多分めちゃくちゃ俺のことが嫌い!!

 もはや目が語っていた。俺はあの目を知っている。なんでお前が国際サッカー連盟会長なワケ?辞職しな?の目である。心配しないで!すぐやめるさ!

「…どーぞオーナー」
「あんがと」

 ポーズ的に見ておいた方がいいだろう。ここで去ったらマジで嫌なやつになる。
 ずらららら、とタブレットの上を並ぶコートのイラスト。色とりどりの駒が矢印と共に動き、並び、そしてゴールに向かって進む。そしてボールがゴールへと真っ直ぐ飛んでいって点が決まった。ふむふむ。
 ふむふむ……、

 まずい、何もわからない。

 え、これ百個見るの?

「ふ、ふーん…」

 俺は内心の動揺を押し隠しながら次の、彼曰く戦略、を見た。それから十個ほどパラパラと見たがわからない。何一つわからない。何が変わったんだ。辞職したい。もう嫌だ。百個全部一気に見てやる。
 バーーッと全て見終わり、何もわからなかったぜ、という諦観の笑みを浮かべてスナッフィーを見上げた。

「もう見た?相変わらず終わってる処理速度だね、ほんと。」
「え、う、うん。まぁね。次の試合はドイツとだっけ?頑張ってね」
「コメント」
「え?」
「コメントちょーだい。」

 はわわ。終わった。いみわかんなかった!なんて無邪気な笑みを浮かべようものならスナッフィーに殺される。はぐらかさないと!うまいことスナッフィーに殺されないぐらいの柔らかいオブラートに包んだコメントではぐらかさないと!

「き、君はどれぐらい満足してる?」
「…セリエAまでに?」

 なんだよ…なんでセリエAが出てくるんだよ。なんでヨーロッパ五大リーグの一つが出てくるんだよ。俺の知らないところで何かするのやめてよ。

 あからさまに動揺する俺を置いて話は進む。

「それはこれから決める。オーナー、アンタが口を出すことじゃない。俺たちはアンタのオモチャじゃないんだ。」

 なんで俺が怒られるんだよォ!不公平だ!理不尽だ!この仕事辞めます!

「…君んとこ、バローくんいたよね?」
「!、なに?」

 俺は半泣きになりながら必死に話題を変えた。もう怒れるスナッフィーを躱しこの場を切り抜けるにはそれしかなかった。

「彼に一つ頼みがあるんだよ!そんなにヤラセや、俺が口出しするのが嫌なら俺は次の試合は見に行かないよ。何もしない。部屋でゴロゴロする。そのかわり、このメモをバローくんに渡しておいてくれる?」

 メモといってもほんの一言二言分ぐらいしか書いてない走り書きのようなものだ。俺は少し前のU-20戦でバローくんのことがちょっと気になっている。絶対ヤンキーだから近づきたくはないが、あの上着脱ぎ捨て案件があまりにもカッコよかったのだ。そこで俺はローゼにこう提案した。

『カッコよかったら試合中でもユニフォームを脱ぎ捨ててオッケーってルール…追加しない?』
『ダメです』

 俺は撃沈した。しかしまだ諦めてはならない!ローゼにアレはかっこいいことなんだ!と教えることができれば、バローくん以外にもカッコよくユニフォームを投げ捨てる選手が増加するはずだ!

「じゃ、これ渡しといて。あ、試合前に見るように言っておいてね。スナッフィーは見たらダメだよ。」
「はいはい」
「ブルーロックチャンネルをご覧のみなさーん!スナッフィーが覗き見したりしないよう監視しててねー!!」
「うわー…悪質なマジック見てる気分。」
「マジック?俺マジックできないよ?」

 スナッフィーは目の前をハチがぶんぶん飛び回っているような顔でトレードマークのヘアバンドをずり下ろした。

「全部終わった時に、ゲロ吐きそうになるんだろ?今までずうっとオーナーのやることは最低最悪の種が詰まったこれ以上無いほど完璧なマジックだったよ。最初はみんな馬鹿にしたのに、何をやってるかわかるにつれ黙らざるを得なくなった…悪魔みたいなマジック。」
「ひどい言いよう!でもね、今回ばっかりは約束するさスナッフィー。」

 俺はニコニコ笑顔でスナッフィーがユニフォームを脱ぎ捨てるシーンを妄想した。絶対盛り上がるぞ!


「君は次の試合が終わった後、絶対最高な気分になれるよ!」





────────────────────────


 お前さえ生まれなければ、と思ったことがある。

 スナッフィーの親友は、ミック・ムーンは才能に絶望して自ら命を絶った。二人は才能溢れる若者であり、サッカーのイタリア代表であり、そして典型的な堕落の末路を辿った愚か者であった。

 親友は自身の才能を盲信していた。またイタリア代表として世界の舞台に出られるのだと笑っていた。だからこそ最後の最期までインゲボルグという希望が手を差し伸べてくれると、信じていた。信じて、信じて、信じきって。


 そしてインゲボルグは来なかった。

 
 お前さえ生まれなければ、ミックは愚かな希望に縋らずに済んだかもしれない。
 お前が一度もイタリアに来なければ、褒められたミックは自惚れずに済んだかもしれない。
 お前がサッカー界ではなく他の何かを選んでいれば、俺たちはもっと楽しくサッカーをやれたかもしれない。

 性格は最悪。親友を見捨てた。自己中心的で誰もが頭を垂れることを疑問にも思わない。情報は出し惜しみ。人の人生狂わせておいてそれを省みようともしない。マジのマジでクソ野郎。

 だが同時に、どうしようもなく彼は正しいと思ってしまう。インゲボルグのいないサッカー界を、これから先受け入れられるわけがないと思ってしまう。インゲボルグという誰も逆らいようがない史上最悪の天才がいるからこそ、サッカー界はいかなる政治やマスコミどもからの介入を受けず、どこまでも自由で平等。実力のみが評価される。

楽しかった。

 彼が作り出した自由な地獄を親友と共にサッカーボールと己の身だけで駆け上がったあの時間は、どうしようもなく楽しかった。二人でトロフィーを手にした瞬間は、人生で得ることのできる幸福を全部煮詰めて頭からぶっかけられたような気持ちさえした。
 あの日あの時あの瞬間、俺たちは間違いなく栄光を掴んだ世界最高の選手だった。

お前さえ、

お前さえ生まれなければ、

 ああ、お前さえ生まれなければ、俺はこんなにサッカーにハマらなくて済んだのに!






「マルク・スナッフィー…亡き親友との五大リーグを全て制覇するという夢を果たすため、移籍したチームを優勝へと導く
王冠配達人(クラウンメッセンジャー)…。最後の仕事はセリエAでのリーグ優勝となり、それを機に引退する予定でした。」
「そう……」

 俺はベットに突っ伏したままローゼの言うことに耳を傾けた。やりきった。俺はやりきったぞ。点を決めた選手に追い回されながら、一人ずつ対談し、なんと全員分(怖い人は除く)のインゲボルグタイムを終了させたのである。これがアンハッピーインゲボルグタイムというのであれば、これから訪れるのはハッピーインゲボルグタイムであるはずだ。

「うん、いんたいね、いんたい…引退!?!?」

 なんだって!?スナッフィー引退するの!?聞いてないんだけど俺!!

「彼が最初に相談したのはインゲボルグ様では?」
「ぅ、そ、そうだった、ね?」

 やば、なんにも覚えてないんだけど。スナッフィーって引退するの!?セリエAってそういうこと?引退友達!?俺たちイントモだった!?

「イントモ…カイトモに続きイントモまでもが日本という国に集まっているなんて。」

 なんてことだ。俺はなぜ今まで気づかなかったんだろう。

「ま、まだうちわ間に合うかな!?頑張ればスナッフィーうちわ作れそうじゃない?うわー、でも彼ファンサービスとかしなさそー。ノリは良さそうだけど、どうなんだろう?」
「引退……誰も彼も引退していく……」
「どしたのローゼ。病んだ?」

 俺はうちわに貼ってあったクリス・プリンスの顔写真をべりっと剥がしスナッフィーの顔写真を貼り付けた。彼はとっても試合に集中していて、ちょうどマスターが出られる三分の制限時間中にノコノコやってきた俺に気づかなかったのだ。時間が終わった後、プリンスに向かってひらひらとうちわを振ってみたが最後、彼は死んだ。王子様すぐ死ぬ。サッカー界の損失だ。可哀想に…一体誰があんな酷いことを…。

「ふんふふーん。お、うまくできたんじゃない?俺あそこには行けないからここでうちわ振るしかないね。頑張れスナッフィー!君ならセリエAリーグ優勝も夢じゃない!」

 そう、そして俺はスナッフィー引退で揺れるであろうサッカー界の影に隠れてこそこそ引退する。実家で隠居生活だ!いいぞ、プランが出来てきた!

「どうにかスナッフィーの引退を引き止めれば会長も…連盟本部は会長の意向に逆らえないし、私がなんとかするしか…会長に知恵比べで、勝つ?正気じゃないわ…」
「いけ!バローくん決めろ!脱げ!脱ぐんだ!あれ、染めてる!バローくん髪の毛染めてる!?わぁ、メッシュもかっこいいなぁ!俺もちょっと髪の毛染めてみたりして!?にしても脱がないな。」

 くそ、全然脱がない!話と違うぞ!もしかしてバローくんメッセージを読んでないんだろうか?おれが心を込めて書いたたった一行のメッセージを!しかし俺に出来ることはもう何もない。ローゼの心変わりをバローくんに託すだけ。無力だ。ここまでの無力を感じたのは、久しぶりに日本に来た時に買った雪見だいふくを片方床に落としてしまったあの事件以来である。思い出すのも悍ましい事件だ。悲しかったのでその後箱買いした。

「頑張れバローくん!頑張れイサギくん!スナッフィーを熱くするんだ!…うわロレンツォ動きキモ」

 やる気が出たスナッフィーはユニフォームを脱ぎ捨て、ローゼは俺のルール変更に納得し、そしてスナッフィーはその勢いのままセリエAを優勝して引退!俺も引退!二人はイントモ!

 はてさて、めちゃくちゃ動きがキモい男ことドン・ロレンツォくんはなかなかクセのある男である。スナッフィーがスラムから拾ってきた彼は最初に見た時、ガリガリで不健康、しかも歯が全部金色だった。意味がわからなくて俺は泣きそうだったが気合いで愛想笑いを浮かべ続けた。えらい!俺!!スナッフィーが引退するなら彼はどうなるんだろう?一緒に引退?それならもっと俺の影が薄くなるから大歓迎なんだけどなぁ。

「えぇーー…バローくん脱がない。ご家庭に配慮した健全な青少年に育っちゃって、まぁ。もういいや!ネトフリ見よ。ポップコーン貰いに食堂行くけどローゼはどうする?」
「どうすれば…私はどうすれば、」
「オッケーいらない感じだね!」

 何を見よう。ホラーが見たいな。とびきり怖いの。特に人よりもお化けが怖いタイプがいい。なぜなら人が怖いことは身に沁みて知っているので。

「ローゼはホラーが苦手だから一緒に見てくれないかもしれない、な、ぁ……」

 食堂に向かう途中、ドォッ!と扉の向こうから歓声が上がった。そこは奇しくもドイツ対イタリア、バスタード・ミュンヘン対ユーヴァースが行われている部屋だ。まずい。早く逃げよう。

『なんとスナッフィーが引退宣言撤回……!!フットボール界激震のニュースを、ブルーロックは一体どれだけ叩き出すというのか!?』
「い、いんとも?」

 ぴたりと足が止まる。意味不明だった。な、何を言っているんだろう。これはきっと何かの間違いだ。だってそんなことありえない。俺、俺はスナッフィー引退に賭けていたのだ。スナッフィーが引退することによって、俺はもっと引退しやすくなる。むしろ俺が引退することにすら気づかれないかもしれない。辞めるのを…やめる?

「ま、ま、まてまてまて」

 監視カメラに拾われない程度の小声で何度も呟く。俺の足はもうそこから動く気はないようだった。

「だって、え?おれは?俺どうなるの?俺なんか引退しにくくなってない?」

 スナッフィーは引退撤回したのにそっちは引退するんだ…みたいな目で見られたらどうしよう。俺泣いちゃう。慌ててブルーロックチャンネルを開く。熱い試合中の部屋の中は大盛り上がりだ。どうやらバローくんの活躍によりスナッフィーは引退を撤回したらしい。ずろろ、とコメントが滝のように流れていく。

『ありがとうバロー!』
『スナッフィーが引退撤回!?』
『まだ彼のプレーを見続けられるなんて嬉しいよ!』

 そして、

『なんでインゲボルグは扉の前に立ってるんだ?』

「…あ、」

 そ、そうだ。俺の位置もバレてるんだ。移動しなきゃ。
 そんな俺を無視するように怒涛の勢いでコメントが流れる。

『予測してたの?』
『そんなことできるわけないだろ』
『やばいやばいやばい』

「うんうんできるわけないできるわけないよ。知らない。俺ポップコーンせびりに行くだけ。やめて、こっち見ないで。」

 俺は知らなかった。監視カメラの向こうで不審者さんが最悪な笑みを浮かべて俺を見ていることなんて知らなかった。遠隔操作によってプシーー、と扉が開く。俺の視界の真ん中で、生バローくんがガシガシ頭を掻いたのが見えた。手には、ああ、俺の渡したメモだ。



「…で、インゲボルグから貰った紙の内容だが、

“君が盛り上げてくれたら考えを変えてくれるかも”

だとよ。天才ってのはキメェな。」

「…は、はははは!!!あ"ァーー……オーナー、マァジで大ッッ嫌い!!!」

 泣いた。心の中で号泣した。違うんだよ。ソレは、バローくんがユニフォームを脱ぎ捨ててめちゃくちゃ盛り上げてくれたら、ローゼも考えを変えてくれるかもしれないって意味で…。
 スナッフィーが引退を取り消し、バローくんは服を脱がず、カイザーには追い回され、ノアには訳のわからないことを聞かれ、プリンスは死に、そして今まさに不審者さんの嫌がらせによってスナッフィーからの暴言を聞かされた俺のメンタルはそろそろ限界が近づいていた。

「おい、インゲボルグ。どこから予測通りだ?」

 ノアが俺にいち早く気づきスタスタとやってきた。それによってみんなの視線がこちらに向く。気づかれちゃった。反吐が出そう。はやく引退したい。引退させてくださいお願いします。お金ならあります。

「俺、俺…何も。スナッフィーは引退を取り消すんだね?うん、うん、わかっ、た。じゃあ…そゆことで。」
「っ、オーナー!!待てこのクソオーナー!!!インゲボルグ!!!」

 血相を変え走ってくるスナッフィーを見てたたらを踏み、真っ直ぐ引き返して暗い一室に滑り込む。監視カメラも無いような使われていない倉庫みたいだ。とっても埃っぽい。むぎゅ、と膝を抱えてその一角で俺は一人黄昏れた。
 
「あーー……無理無理無理もう無理。引退、引退しなきゃ…。そだ、叔父さんならなんとかしてくれ、ないよなあの人クズだし。両親にも言えないしローゼは引退反対っぽいし。…あ、そうだ。」

 思いついた。



 ゲームしよう。





────────────────────────



 バケモノ。まさにその言葉が似合う。こんなのが生きていていいはずがないと思うと同時に、インゲボルグは笑みを浮かべて生きてそこに立っている。ただの人間を嘲笑うように。

「お前、どっから予測通りで…」
「不審者さん、俺、君に頼みがある。」

 同じだ。コイツがスナッフィーに馬狼への伝言を頼んだ時と同じ。
 U-20戦の結末がヤラセだというブーイングを知能で黙らせ、スナッフィーから引退を撤回させたあのクソッタレな見せ物の始まりの言葉。世界中の人間が証人となり、イカサマなしの真剣勝負を頭と口だけ使って支配した男。

「なんだ」
「あー、おれ…」

 なんだ?インゲボルグが、あの最悪の天才が、動揺しているのか?焦っている?何もかも想定内のくせにいつもしらばっくれるインゲボルグが?コイツが本気で焦るなんて明日世界が終わるぐらいのことがないと起こりえないはずだ。
 絵心は焼きそばを置いて身を起こした。これから起こることはサッカー界を揺るがす大騒動になる。その予感をビシバシ感じて。

「今からなにが起こる。」
「?…そうだね、俺、一つゲームをしたくて。」

 彼はふっと息を吐いた。じとりと汗が流れるような沈黙が部屋を包む。

「どんな、ゲームだ。」


 にこり、と彼は曖昧な笑みを浮かべた。




俺を殺すのは(俺を引退させるのは)だーれだ!ゲーム」





────────────────────────




インゲボルグ・フォン・ファーレンハイト

 祖父遺産権力系男子
 このあと地獄を生み出すことになる青年。円満引退のためならエンヤコラ。ブルーロックに来てからというもの着実に気配察知能力が上がっている。最近の怖かったことランキングは、
1カイザーとの本気鬼ごっこ
2瞬きの間に廊下の向こうから距離を詰めたロキ
3死んだ目で部屋の前に立っていた下まつげ弟

ローゼ

 任期を消すためならなんでもする美人有能秘書。

サッカー界の人たち

 殺したいぐらい大嫌いだしお前以外に会長なんて考えられないぐらい大好きだしサッカー界から消えてほしいほど憎んでるしサッカー界から消えたら許さないぐらい愛している、クッソ面倒くさい連中。拗らせている人が多い。

パパママ

 うちの子すごい!体には気をつけて!

叔父

 甥に甘いクズ。インゲボルグの父と父がつけた名前が嫌いなため、姉さんの息子、もしくは甥っ子と呼んでいる。

 







国際サッカー連盟会長になってしまったただの凡人だが、引退カウントダウンを始めたい
003
2024年4月19日 14:01
†№§
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