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セイデンキ‐異世界平安草子‐ 作者:蘭桐生

第一伝:幼少期~バンドー叛乱編~

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百三十五話 乙女の自覚

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 目を開けるとまだそれほど時間は経っていないのか空の色に変わりはなさそうだ。

 眼前に桃色の髪でくりくりとした黒碧の瞳でこちらを見下ろす可愛らしい天使が現れた。

 見覚えのある天使だったので、どうやらまだ天国ではないようだ。


「おはようございます。兄様。良い夢は見られましたか?」

「おはよ。夢か......。見たような見てないような?」


 少々顔色が紅い天使に問い掛けられると、なんとなく本当に夢を見たような感じがした。

 何を見たのかは思い出せないが、ぼんやりと夢の中で何か柔らかく温かなものが俺に触れた感触があったような気がする。


「さて、俺はどれくらい寝てた?」

「ほんの一刻も無いほどです。まだお眠りになられますか?」

「いや、そうしていたいのは山々だけど、戦場の真っ只中だしね」

「休んでいても良いですよ。姉上の話では本隊の方も多少は手古摺ったもののマサードと思わしき人物を討ち取ったとのことです。身体が錆ていたので想定よりも楽に斃せたとサモリ殿が喜んでいたそうですよ」


 マサードの身体が錆ていた?

 馬鹿な。味方の鎧が錆て使い物にならないのを見ていたアイツがずっと同じ黒鉄を張り付けている訳はあるまいに。


 俺が首を傾げて眉根を顰めるとエタケが少し上擦った吐息を吐いた。


「どうした?」

「いえ、こそばゆいのであまり頭を動かさないでいただけると助かります......」


 言われて気付いた。

 頭の下にある枕の温かで柔らかな感触に。

 エタケに膝枕をされていたのか。


 慌てて飛び退くとさらに仰天した。

 エタケは下袴を履いておらず、俺が先ほどまで頭を置いていた太腿は生足だったのだ。


「な、なにをしてるんだよ!?」

「なにもやましいことなどありませんよ? し、下履きはヤシャのせいで少々障りがありましたので、兄様の頭が汚れてはいけないと思っただけです!」

「い、いやそれでももう少し慎みをだな——」

「煩いわよ! あんたたち! 巫女が治癒に集中できないでしょ!!」


 気遣いは嬉しいが、やることが大胆過ぎる。

 エタケはまだ縁談の話など数年先のことだがそれでももう立派な一人の女性だと自覚を持って欲しい。


 怒鳴って止めてくれた姉の方を向いて謝罪しようとすると呆気に取られる。

 こちらもエタケと同じように鎧直垂を脱いでおり、襦袢(じゅばん)という肌着の着物の上から大鎧を着けるというとんでもない姿になっていた。


 年頃を考えるとエタケよりももっと自覚を持って欲しい。

 いや、こちらを見て顔を赤らめていることから自分が恥ずかしい格好で居る自覚はあるのか。

 だったらせめてもう少し工夫してくれ。

 こんな格好の女性たちが捕まったらどんな目に合わされるかなど火を見るよりも明らかだ。

 それも敵味方関係なく。


 盛大に溜息を吐いて自分の大鎧を外すと鎧直垂を脱いでサダ姉に渡す。


「姉様。少々血と汗が臭いますが我慢してこれを着てください」

「あ、ありがと......」


 照れた様子で俺の服を受け取ると月毛馬の陰で着替えていた。

 さっき受け取ったときに何度も俺の顔をチラチラと見ていたのはなんだったのだろう。

 ......汗臭かったかな?


 いや、ここは戦場だし、ヒノ国ではまだ入浴文化が根付いていないから特に汗臭いくらいは気にしていないと思いたい……。

 入浴と言えばシナノ国の中には幾つか温泉があるらしい。

 マサードが本当に討たれて戦が終わったのであれば帰りにでも寄りたいものだ。


 俺も褌に鎧を着けるわけにもいかず、転がっている敵兵の死体からなるべく小柄な者の比較的綺麗な衣服を引き剥がして着る。

 同じようにもう二着脱がすと刀で上下に割いて袖同士を結びエタケの腰に巻き付けると即席のロングスカートになった。

 

「布の中がスースーして不思議な感覚なのです」


 エタケの感想はさておき、これでさっきよりは煽情的ではなくなったかな。

 身なりを整え? 終えるとキント兄の様子を見舞う。

 治癒魔法によって外傷は消え、どんな術なのか体力も戻ったようで顔色も普段と変わりなくなっていた。

 俺の方の傷は携帯していた師匠特製の塗り薬をエタケとサダ姉が塗ってくれていたようだ。


 無理をして連れて来てしまった巫女を労っておこう。

 ヨシツナの声を出すために喉の調子を整えて声を掛ける。


「彼は魔神鬼を撃退した功労者だから死なせるわけにはいかない。よくやってくれた。ありがとう」

「い、いえ、巫女として役目を全うしただけです。ツナ・トール様」


 へ? 正体バレてら。なんで? 

 確かにこの巫女さんとはウスイ峠の時から顔見知りではあるが、今の俺には認識阻害の包帯が......。

 

 そう思って自分の頬に触れると、そこに巻いてあるはずの包帯は無い。


 あ、そうか! 人工呼吸の時に空気が送りにくいからと外したんだった!


 あの時は慌てていたとはいえ、自分で外したことを今の今まで失念していたうえに、ヨシツナ状態だと思って口調を変えて労っていた自分の間抜けぶりに顔から火が出そうになる。


「な、なにも見てませんっ!! 誰にも言いませんのでお許しを!!」

「あ、うん! 黙っててくれると助かります! てか許すも何も、キント兄を助けてもらった恩人になにかしたりなんてしないから!!」

「はぁ。なにやってんのよ......」


 何か察したのか俺の顔を見て赤くなって慌てる巫女と先ほどの羞恥から真っ赤になっているであろう俺。

 二人でおかしなやり取りをしていると呆れた表情のサダ姉にツッコミを入れられた。


 冷静になって外した包帯を拾ってくると再び口元に巻き直す。

 解いてしまったことで認識阻害術式は消えてしまったが、ちょっとした変装にはなるだろう。

 キント兄の容態も安定したようなので周囲の状況を確認し、着々と帰参の準備を進めていく。


 捕虜にした敵兵八人のうち、五人が近距離でヤシャの殺気を浴びたせいで心臓麻痺を起こして亡くなっていた。

 改めてとんでもない殺気だったと分かる。


 糧秣を燃やした荷車は奇跡的に無事だった。

 積んでいた馬用の飼葉が水分を多く含んでいたようで半分ほど焼け残っていたためだ。

 後で知ったことだが戦場で馬に水分を取らせる為に事前に川の水で濡らしておいたのだと聞いた。

 水を直接運ぶのは大変だからな。

 

 焼け残った荷車に未だに意識を取り戻さないキント兄を寝かせ俺が曳いて本隊へ向かうことにした。

 疲れるから無理をするなと断ったのだが、エタケがどうしても後ろから押すと言って聞かなかったので手伝ってもらっている。


 サダ姉は月毛馬に乗り、巫女にもそちらへ同乗してもらった。

 その後ろには縄で繋がれた生き残った三人の捕虜が連行されている。


 キント兄が目を覚ます時期によって左右されるが、このまま戦いが終われば俺たちは3週間ほどで皇京に帰れるだろう。



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