うさぎと暮らすこと
初めて左銃に手を出しました.習作とすら言えないであろうレベルのお粗末さですご了承ください.
みんなをいかに可愛く書くかに重きをおいたらこうなりましたみたいな.
ていうか前半理銃とか乱銃に見えなくもない……と今思ってしまいましたご注意ください.
心が折れたらこっそり消すかもしれません……
左銃含めタグのCPは主に絡んでるだけなので、恋愛要素は皆無です(恋愛に見えたらすみません).必要に応じてタグは編集してください┏○))
※注意事項
☆一人称・三人称改変
☆原作完全無視の人間関係・職業改変.世界線が違うと思ってくださいパロなので(言い訳)
☆捏造まみれだしみんな仲良し
この小説におけるうさぎバースの説明
→novel/13644558
※致命的な誤植など,何か問題がありましたら教えていただけると幸いです.
Twitterやってます.こっちにしか載せてない話もありますのでよければどうぞ┏○))
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※一次創作との共用ですのでご注意ください
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コンコンと控えめなノックの音がして、間もなく扉が開く。椅子に座り込んでいる部屋の主に一礼したその男は、後ろに何かを隠すように部屋の中央までやってきた。その様子をこの部屋の主、火貂退紅は興味深げに見る。
「また、貴殿には世話になる」
低く紡がれた声に退紅はハハ、と笑い声で応えた。
「毎回毎回、そう思ってるなら土産の一つでも持ってこいってんだ。まあお前さんの思う土産ってのが何なのか分からんがなあ、理鶯」
退紅のその発言をどう捉えたのか、理鶯と呼ばれた男も笑みを返す。
「まあいい、先程からお前の背中に張り付いているのが今日のフラッフィか」
ああ、と一つ頷いて、理鶯は自分の背中を見下ろした。正確には背中にしがみついて震える生き物を、だが。
理鶯が安心させるように笑みを見せ、黒い髪を撫でてやるとやっと落ち着いたように息を吐く音が聞こえた。その流れを退紅は、少しも苛立ちを見せずに眺めている。
そろそろと、黒髪が動き出す。いや、黒髪だけではない。うさぎの耳のような黒いものが二つ、両側頭部から垂れているのが見えた。やがて顔が現れる。顔の中心を縦に走る鼻筋。薄く開いた少し小さな口。一枚の硝子で隔てられた先の瞳は鮮やかなライムグリーンとピンクに彩られ、慣れない場所に萎縮しているようだった。はたはたと瞼が上下する度に、長く生え揃った睫毛が震える。
「……ドロップか」
「ああ、尾も生えている」
理鶯の発言に退紅は眉をあげた。フラッフィ愛好家と名乗る奴らの間では、ドロップで尾が生えているのは最も優良とされている。目の前で震えるフラッフィはその全てを満たしながらも捨てられたと言うのか。
「あの、りお……」
やや高い声がして、それが理鶯の後ろから聞こえたことに退紅は気がつく。眉尻を下げたフラッフィは心配そうに瞳を揺らした。
「私はそんな良いものじゃ……それにあの人、は」
ちらりとこちらを見て、言葉は尻すぼみになる。己の見た目の厳つさは十二分に理解していた。毎度のこと過ぎて慣れてしまったが。
「銃兎、彼は火貂退紅だ。前に話したろう、貴殿の服を用意してくれた者だ」
「正確に言えぁ、俺じゃなくて乱数だがな」
唇を歪めて笑えば、銃兎は更に怖がるように理鶯の服にしがみついてしまった。
「今日は貴殿が気に入る服を用意してくれるそうだ。今の服では動きづらいだろう?」
確かに今の銃兎の服はセーターにデニムパンツと、ドロップで尾のついたフラッフィにはややきつそうな恰好だ。退紅が前に育てていたフラッフィのお下がりだったが、銃兎は細身とはいえ背が高く、着せられている感が否めない。
「ああ、少しすれば乱数も来るだろう。そろそろ来るように呼んでおいたからな」
「感謝する」
謝辞を述べた理鶯は銃兎をソファに座らせる。そして自らは傍らに立ち、窓の方を向いた。この角度からは、出入り口と退紅が同時に見える。万が一何かがあればいつでも動き出せるその位置は、理鶯の専用席のようなものだ。
銃兎は理鶯のジャケットの裾を掴み、不安そうに理鶯を見上げている。時折理鶯の手が優しくその髪を梳かした。その刺激でも不安は払拭されないらしく、銃兎は一層強く裾を掴む力を強める。
暫くして、パタパタと廊下を駆ける音、そしてゴロゴロと何かを運ぶ音が聞こえた。退紅は眼をあげたが、理鶯は眉一つ動かさない。銃兎が不思議そうに理鶯を見上げたとき、扉が勢い良く開いた。
「やっほっほ〜!」
ピンクの頭に透んだ水色の瞳、カラフルな服に身を包んだ男性──見た目は少年のようだったが──がニッコリと笑って立っている。後ろには彼が持つには些か大きいであろう、キャリーケースが見えた。
「遅かったな、乱数」
「しょーがないよ〜いいデザインが生まれてきちゃったんだもんっ、久しぶりに可愛いフラッフィに会えるしねっ」
ドスの効いた低い声の退紅に対して可愛らしい声で答えた乱数は、固まっている銃兎の前でしゃがみこんだ。
「はじめまして、飴村乱数だよ! 今日は君のお洋服を選ばせてもらえるって聞いて、すっごく楽しみにしてたんだ! 絶対、気に入るの見つけるからよろしくね!」
ニコニコと屈託なく笑う乱数は銃兎の頭を撫でようとして、ふと手をとめた。
「えっと、名前……なんだっけ?」
「………………銃兎」
驚いたように目を瞬かせていたが、辛うじて名前だけが口から発せられる。
「じゅーと、カッコイイ名前だね! 理鶯がつけてくれたの?」
こくり、と頷いた銃兎に向かってもう一度微笑み、乱数は耳に触れないように頭頂部を撫でた。
その間に理鶯は乱数の荷物を運び込み、扉をそっと閉める。乱数は立ち上がるとありがと〜、と理鶯に礼を言い、キャリーケースを開けた。中には色とりどりの布が入っている。そのうちの一枚を乱数が取り出して広げると、それはシャツの形をしていた。どうやらあの大荷物は全て洋服らしい。
「この子、尻尾はあるの?」
「ああ」
「じゃあ大きめの方がいいね……これかな」
理鶯の答えに頷きながらいくつか服を選び出すと、出された机の上に並べていく。銃兎が興味深そうに眺めるのを見て、乱数は嬉しそうに笑った。
「銃兎はどんな服が好きなの?」
「…………こういう、やつ」
暫く考えて、銃兎が指差したのはゆったりとしたブラウスだ。冬でも暖かいように裏地がついており、尾が隠れるように裾が長くなっている。
「わー、かっこいいね! これ大きめだから銃兎でも着れると思うよ! 着てみる?」
無言で、だが嬉しそうに頷いた銃兎を見て、理鶯は安堵した。かつてロトゥンに恐れ怯えていた銃兎に比べ、今の銃兎は多少なりとも乱数と会話できている。勿論乱数本人のコミュニケーションスキルの高さにも助けられているが、それにしても大きな成長だ。
出会った頃の銃兎は今では考えられない程にロトゥンに対して敵意を見せており、保護しようとしても暴れるばかりだった。およそ一月の間献身的に世話をして、やっと自分にだけ好意を見せてきたほどのフラッフィ。そんな彼が今では初対面のロトゥンとも話せているのを目の当たりにして、理鶯は感動を覚えた。
「銃兎、着れた? だいじょーぶ?」
「……はい」
過去の記憶を辿っている間に、目の前では乱数が試着用のカーテンで銃兎を囲い、着替えさせていた。開けても大丈夫かを確認してから、乱数はそっとカーテンを開ける。そこには、自らが選んだ服を身につけた銃兎が立っていた。濃いベージュのそれは黒髪によく似合っている。銃兎が不安そうに身体を揺らすと、襟に付けられた逆三角形のスタッズが煌めいた。
「やっぱ銃兎かっこいーじゃん! ねね、このパンツも履いてみてよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、乱数が黒のテーパードパンツを渡す。再び閉められたカーテンの前で、乱数はくつくつと笑った。
「銃兎、スタイルいいからモデルピッタリだよー。ねね理鶯、これからも銃兎モデルに服作ってもいい?いいよね?」
理鶯に確認を取るが、乱数の中では決定事項なのだろう。理鶯は溜息をつき、退紅はクックッと喉を鳴らした。
「……銃兎が承諾したらな」
「それはモチのロン! あ、別に着て写真を撮ってとか雑誌とかに出ろとか言わないよ? ただ作った服を着てほしいだけだから!」
そのほうが僕も作りがいあるし、銃兎は気に入ったらその服がもらえるわけだし。乱数はそう言ってまた銃兎の様子を伺う。ここ最近見ることのできなかった楽しそうな乱数の様子を、退紅が目を細めて見ていた。
■ □
すよすよと眠る銃兎をソファに寝かせ、理鶯は頭を撫でた。乱数は子守唄のような鼻歌を歌いながら、大量の洋服をキャリーケースに詰め直している。
結局、今日選んだ服は普段着を十数着、寝間着が三着、正装であるスーツが一着である。一般的な店で購入すればなかなかの金額になるが、乱数の計らいで通常の半額以下で済んだ。そもそもフラッフィは富裕層のペットであるという認識が未だに根強い。それを着飾る物の値段が釣り上がるのは自然な流れであった。
「ねー理鶯、訊いてもいーい?」
「なんだ」
理鶯は少し緊張を孕んだ声で答える。
「銃兎ってなんで捨てられてたの? ドロップで尻尾もあるのに」
乱数の疑問はもっともだ。おまけにあの美貌である。見た目だけで考えれば、通常より遥かに高額で取引されてもおかしくないのだ。
「…………銃兎は……スイッチが入れられない」
重々しく、理鶯は答えた。乱数はピクリと眉を動かす。こういうところは退紅とそっくりだ。
「……シーズンは来るの?」
「ああ、声が出ない時期があったからな。ただ……発情の兆候が全く見られない。多少眠くなったり甘えたになる事はあるがフェロモンが出ている様子がない」
ふむ、と声を発したのは退紅だった。そうと分かれば今までの銃兎の言動に納得がいく。良いものではないと言ったのも、自らの繁殖能力の無さを自覚しているからだ。それどころか、おそらく愛好家共に罵倒されて、挙げ句の果てに捨てられたのだろう。退紅はやりきれない思いで頭を掻いた。
「……欠陥品、ってことか……」
乱数が小さく呟く。怒りを抑えた哀しそうなその響きは、辛そうでありながら微かに喜色が混じっていた。何も問題がなければ、今頃銃兎はどこかの富裕層に飼われ奴隷のような扱いを受けていただろう。逆に言ってしまうと銃兎が欠陥品であるからこそ、理鶯たちは銃兎と会うことができたのだ。どちらが良いか、なんて決められない。欠陥品と罵られて捨てられるのも、飼われて恥辱を味わうのも、どちらにせよ未来に幸せを見出だせなくなってしまう。理鶯は主に捨てられたフラッフィを保護しているが、それはあくまでも氷山の一角だ。根底からフラッフィの待遇を改善しない限り、フラッフィが幸せに暮らせる未来は無い。
物思いに耽っていると、コンコンと扉を叩く音がした。続いて親爺、と言う低い声が聞こえる。退紅がそれに答えると、乱数よりは静かに扉が開いた。
「……なんだあ? えれぇメンツがいるなあ」
姿を現したのは白髪にルビーのような赤い瞳の男だった。乱数がぴょんぴょんと跳ねながら男に近づく。
「左っ馬刻〜! 会いたかったよ〜!」
げっ……と顔を顰める左馬刻を意に介さず、乱数は彼に抱きつく。
「おいお前離れろって!」
「え〜つれないな〜!」
「邪魔だっつうの!」
「お前らそこまでにしろ」
低い声が室内に響く。声の主、退紅はぎろりと二人を睨めつけた。
「先客の邪魔をするな」
退紅はソファの方に顎をしゃくった。そこで初めて左馬刻は、理鶯の背後に何かがいる事を理解する。
「…………んぅ……」
小さく呻く声がして、やがてソファから何かがむくりと起き上がる。目を覚ましたらしいその生き物は、ぱちぱちと瞬きをして理鶯から乱数、退紅、そして左馬刻を順に見た。
「……フラッフィ?」
左馬刻が低い声を出すとそれはビクリと震え、理鶯の陰に身を隠してしまう。
「左馬刻、あまり銃兎を怖がらせるな」
「そーだよ! 銃兎を傷つけたらメッ、だからね!」
二人から縦続けに怒られへいへい、と左馬刻はおざなりに返事をする。
「ほーら左馬刻も自己紹介、して!」
「んで俺様が」
「いーから! 仲直りしなきゃ駄目なの!」
再び乱数に怒られ、左馬刻は不承不承といったふうにソファの前にしゃがんだ。理鶯がそっと身体を離すと、銃兎は上目遣いで左馬刻を見つめる。
「……あーその……すまん。そんで…………」
考えてみれば、親爺以外まともに自己紹介をした相手がいない事に気がつく。どうやって接すれば良いのか迷っていると、目の前の口が動いた。
「……さまとき?」
「お、おう……お前は?」
「……銃兎」
小さいがよく聞こえる声だった。自分の名前を呼ぶときの少し舌っ足らずな声が可愛いな、なんてガラにも無い事を考える。
「よーし仲直り! 銃兎ももう怖くないね?」
銃兎が頷くと、乱数は笑って銃兎の頭を撫でた。それから左馬刻に向き直る。
「左馬刻もガン飛ばさないの! 怒ったときの顔ちょー怖いんだから〜!」
「……わりぃ」
口をへの字に曲げながらも珍しく謝る左馬刻に、乱数はよろしい! と胸を張った。
「ところで、貴殿は何の用だ?」
理鶯が左馬刻に尋ねる。ああそうだ、と左馬刻は改めて退紅の机に近づいた。USBメモリを叩きつけるように机に置く。退紅は少し顔を顰めた。
「クソ売人共の情報だ。直近の会合は一週間後の夜。バラすかどうかは親爺に任せるぜ」
「ハッ、乗り込む気か。流石若頭は血気盛んだなぁ」
鼻で笑った退紅に、左馬刻は顔を歪める。
「ふざけてる場合じゃねえんだ。ウチのシマで勝手にヤクばら撒きやがって、そのうえウサギまで売り出しやがった」
「ウサギだと?」
理鶯が詰問した。左馬刻は無言で頷く。
「フラッフィにヤク打って売り捌いてやがるのか」
「らしいぜ。何でもそれで優良種がぶっ飛んだ状態だと更にクソ高く売れるんだとよ」
退紅のドスの効いた声にも負けない程、左馬刻の声は冷え切っていた。退紅がさっと理鶯に目配せをする。その意図を理鶯は正確に読み取った。
「なあ、左馬刻」
退紅が声を出す。怒りを無理やり抑え込んだ声はひどく静かだった。
「お前、一人フラッフィを頼まれてくれねえか」
「はあ!?」
突然の提案に左馬刻は目を瞬かせる。
「銃兎は尾がついている。奴らに狙われないとも限らないだろう」
理鶯が後に続ける。話に上がっている本人は何が起こっているのか分からないといった顔で、理鶯と退紅、それに左馬刻を見た。
「いーじゃん!」
明るい声で言ったのは乱数だ。怪訝な顔で乱数を見る左馬刻に、乱数はにっこりと笑って見せた。
「銃兎も左馬刻のこと気に入ったんでしょ? そんで左馬刻も銃兎のこと可愛いな~って思ったんでしょ? いいじゃん!」
「おいこら待て可愛いなんて一言も」
「思ってたでしょ~さっき名前呼ばれた時顔にやけてたもんっ♡」
顔を真っ赤にしてプルプルと震える左馬刻を見て、乱数はニヤニヤと笑う。そして銃兎の前に座り、両手でその顔を包んだ。
「ね、銃兎。今ね、銃兎が危ない目に遭っちゃうようなことが起こってるの。僕たちもそれは嫌だから、安全なところに居てほしいのね。でも理鶯は銃兎みたいなフラッフィを保護するのがお仕事で、それはみんな知ってるから、理鶯と一緒にいると狙われちゃうかもしれない」
いつに無く真剣な声色の乱数に、銃兎はひくりと身体を震わせる。乱数は安心させるように背中を撫でた。
「だからね、安全になるまで左馬刻のお家にいてほしいの。理鶯と離れちゃうのは寂しいけどちょっとだけ、我慢できる?」
ドロップのフラッフィは寂しがりだ。愛情を与えられないと衰弱してしまう。加えて銃兎は、愛情を素直に受け止められる程愛を経験していない。乱数はそれを十分理解していた。しかしだからこそ、この提案は通したいのだ。愛されて良いのだと、そしてロトゥンを愛しても良いのだと、教えてやりたかった。
銃兎は縋るような目で理鶯を見つめる。まるで迷子のように揺れる瞳に、理鶯は耐え切れず一度目を閉じた。
「じゅーと」
柔らかい声が静かな部屋に落ちる。理鶯が瞼を上げると、左馬刻が銃兎の前でしゃがみこんでいた。乱数は銃兎を勇気づけるように背中を撫でている。
「俺様と一緒に住むの、イヤ?」
銃兎は少し首を傾げた後、ふるふると横に振る。言葉で言わなきゃわかんねえよ、と左馬刻が笑うと、銃兎は唇を戦慄かせた。
「…………イヤじゃない……けどっ……」
「けど?」
唇を噛み締めてしまった銃兎に、左馬刻は優しく尋ねる。泣きそうな顔の銃兎は、それでも懸命に口を抉じ開けた。
「けど俺……上手くスイッチ入れれないし……孕めない、欠陥品、だから嫌われるっ……」
堪えきれなかった涙が頬を伝う。泣きながら必死に訴える銃兎の頭を、左馬刻は無意識に撫でていた。寂しがり屋のフラッフィ。愛されなければ生きていけないのに、自ら愛される事を拒み恐れている。
左馬刻自身が今までフラッフィに会ったことはなかったが、その性格は親爺から散々聞かされていた。子を成す事をフラッフィの幸せとするのはロトゥンの自惚れだ。互いを信頼し愛を渡し合う、そんな関係。ロトゥンにとフラッフィとの間に本来あるべき関係は、ペットと飼い主ではなく家族なのだ。それが退紅の持論だった。左馬刻はそれに則って行動していただけにすぎない。
しかし、今目の前にいるフラッフィだけはその他大勢の彼らと同じだと思えなかった。それが、初めてフラッフィに会ったからなのかどうかは分からない。ただ、銃兎に愛も信頼も、彼の望むものを全て与えてやりたいと思った。
「欠陥品なんかじゃねえよ、お前。少なくとも此処にいる全員はお前のこと嫌いになったりしねーから」
「そーだぞ!自分のことを悪く言うなんてメッ! だからね!」
乱数は銃兎の頬をむにむにとつつく。そのまま銃兎と戯れながら理鶯に視線を移すと、彼は少し泣きそうな、それでいてとても幸せそうな顔をしていた。
「銃兎、良かったな」
「理鶯……」
銃兎はゆっくりと立ち上がると、理鶯に抱きついた。理鶯はそれを抱きとめ、優しく背中を撫でる。
「銃兎、泣くな。左馬刻が貴殿の世話をしてくれる。彼はきちんとしたロトゥンだ」
「だって、理鶯も一緒に……暮らしたい……」
「ああ、またすぐ暮らせるようになる。それまでの辛抱だ」
だから泣くな、と理鶯は言い含めるように呟く。
「銃兎ぉ、そんなに理鶯のこと好きならいくらでも電話させてやんよ、理鶯ならいつでも出てくれンぞ」
「ああそうだな。寂しくなったら電話するといい。左馬刻との暮らしの様子を教えてくれ」
左馬刻は笑いながら銃兎に話しかけた。それに幾分か安心したのか、銃兎の腕の力が少し緩む。
「理鶯ばっかりズルーイ! ボクにも左馬刻サマの暮らし教えてよ〜!」
「おいこっそりプライベート覗こうとすんじゃねえ!」
戯けたように銃兎に抱きついた乱数は、やんわりと理鶯に抱きついた手を離させる。そんな乱数に喚く左馬刻を見て、理鶯は笑った。
銃兎の言動は親と無理矢理引き離される子供のそれだ。今の彼に必要なのは親代わりのロトゥンの愛ではない。理鶯だって、いつまでも銃兎とは一緒にいられないのだ。だからこの機会に、少しでも他人の愛を受け止められるようになってほしいと、理鶯は切実に思う。
「左馬刻」
退紅が声をあげる。左馬刻が振り向くと厳しい顔つきの退紅と目が合った。
「わかってるな、くれぐれも傷つけるような真似はするなよ」
「ハッ、わかってらぁ。命に替えても守ってやんよ」
ニヤリと笑った左馬刻は、乱数に抱かれたままの銃兎の頭を撫でた。
「わ〜左馬刻男前〜! カッコイイ〜!」
「うっせぇ」
ぱちぱちと茶化すように手を叩く乱数を左馬刻が睨む。理鶯は珍しく肩を震わせて笑っていた。
「あの……」
銃兎が左馬刻を見上げる。左馬刻が首を傾げて銃兎の方を見ると、やけにもじもじとした銃兎と目があった。
「……よろしく……お願いします」
いじらしくそう言う銃兎は、ロトゥンの庇護欲を掻き立てるには十分だった。左馬刻と乱数の表情が目に見えて和らぐ。
「あーもう銃兎は可愛いなあ〜! いくらでも守ってあげるよ〜!」
乱数が抱きつく手を強める。銃兎が息苦しさに顔を歪めたのを見て、慌てて理鶯が止めに入っていた。
■ □
「では、これにて失礼させてもらう。また何かあれば連絡してくれ」 銃兎についての大まかな情報や関わり方などを伝え終わると、理鶯は立ち上がった。 「…………おい、理鶯」 ソファに座っていた左馬刻は、部屋を出ていこうとする理鶯を呼び止める。彼は咎められるのを分かっていたのか、ゆっくりと振り返った。 「……あいつは、フラッフィのままでいることを望んでいるのか?」 左馬刻は窓の外に目をやる。視線の先には、銃兎を家まで連れ帰る為、舎弟が事務所から転がしてきた一台の車があった。きっと銃兎は舎弟の顔面に萎縮しているのを、乱数にでも宥められているのだろう。 発情できないフラッフィは欠陥品だと涙ながらに訴えた銃兎の顔は、そうやすやすと忘れられるようなものではない。フラッフィである限り彼が名も無い罪の意識に苛まれるのなら、いっそその性を捨ててしまえば良いのではないかと、左馬刻は思った。そうすればもう、彼を縛るものは何もない。左馬刻と暮らすまでもなく、彼は自らの手で生きる術を拓いていくだろう。 「……銃兎は、自分が世話をされているという意識が強い。愛を知らないからな。どんな好意を受けてもそれは『自分がフラッフィだから』で片付けられてしまう」 理鶯は一瞬だったが、珍しく目を伏せた。そんな仕草が、いくら愛情を注いでもそれを受け入れてもらえない寂しさを物語っている。しかし、想いを振り払うように理鶯は直ぐに顔を上げた。 「……貴殿なら、真っ当な愛を与えられるだろう?銃兎にとっては初めてのパートナーになり得るロトゥンだ。彼が人からの愛情を素直に受け取れるように、見守ってやって欲しい」 理鶯の縋るような眼は、同性であるはずの左馬刻をも引き込む強さがあった。暖かいライトブルーの中に見える、一筋の意志。その瞳で幾人の心を動かして来たのだろうか。 「……そーかよ」 ぶっきらぼうな声が出たが、理鶯はその意味を正しく理解して笑った。左馬刻がふいと視線を逸らすと、その笑いはより一層大きくなる。 「……笑ってんじゃねぇ」 争う気を無くしたように呟いて、左馬刻は椅子に座り込んだ。 「ふふ……感謝する」 謝辞を口にすれば片手を振られる。理鶯は小さく礼をして、扉を閉めた。
■ □
「……銃兎はさ、理鶯のコト大好きなんだね」 乱数の言葉に銃兎は首を傾げる。ふふ、と乱数は笑みを零してまた頭を撫でた。顔が怖い! 銃兎が怖がる! と乱数に怒られた舎弟は大人しく運転席に座り、何も声を発さない。 「銃兎は理鶯のこと信頼してるし、理鶯も銃兎のこと大事にしてくれるもんね」 それってとっても幸せなんだよね、と切なげに乱数は笑う。それは銃兎を慈しむ顔であり、それと同時に哀しむ顔にも見えた。 「……あの」 銃兎は上目遣いで乱数を見る。首を傾げた乱数に、銃兎は口を開いた。 「理鶯は……もう私と会ってくれないんですかね……」 「え! なんで?」 乱数は目を見開いた。銃兎は苦しそうに口ごもる。 「だって……またすぐって……言われて、そんなのわかんないじゃないですか……! わかんないんです……なんで理鶯は私を世話してくれるのか……貴方だって、左馬刻だってそうです、なんで私と関わろうとするんですか……!」 耳を塞ぐようにして銃兎は頭を押さえる。涙を溜めた瞳はこんな時でさえ、美しかった。 「……理鶯はさ、銃兎みたいなフラッフィが安心して暮らせるような世界を作りたいんだよ。今の世界じゃフラッフィは子供を作れるペットか奴隷としか扱われてない。それが現実で、残酷な現状。でもそれは決して普通じゃない。銃兎が今まで理鶯からもらったもの、美味しいご飯も、気持ちいいベッドも、何もかも普通のことなの。フラッフィだから、世話をしなきゃいけないから、とかじゃない。理鶯がそうしたいから、するの」 いつしか銃兎は、目を見開いて乱数を見つめていた。 「それぐらい理鶯だって銃兎のことが大好きだし、本当は離れたくないんだよ。ただ、それだと銃兎が危険に晒されちゃうから。大好きな人を傷つけないように、寂しいけど理鶯は銃兎と離れるんだよ」 乱数の手が銃兎の頬を優しく撫で、目尻に溜まった涙をゆっくりと絡め取って行く。その時、コンコンと窓を叩く音がした。窓を開けると、理鶯が微笑んでいる。 「銃兎、大丈夫か」 「……はい、あの……」 気をきかせた乱数はドアを開け、助手席に移動する。理鶯は目線を合わせるように、その場にしゃがんだ。 「あの、理鶯……ごめんなさい……私、貴方のこと……」 引っ込んだはずの涙が再び溢れそうになる。慌てて拭おうとする銃兎の手を、そっと理鶯が握った。 「銃兎、大丈夫だ。きちんと伝わっている」 理鶯は、銃兎の額にそっと唇を合わせた。驚いてひくりと身体を震わせた銃兎に向かって、理鶯は柔らかく微笑んで見せる。 「寂しくなったらいつでも連絡してくるといい。連絡が来ないと小官だって寂しいのだからな」 そう言うと理鶯は立ち上がる。助手席にいた乱数と少し話していたが、やがて建物の陰へと歩いていった。その後ろ姿を半ば呆然と見ていると、乱数がニコニコと笑いかけてくる。 「ね、言った通りでしょ? 理鶯だって寂しいって」 無言でこくりと頷く銃兎に、乱数は横着をして助手席から後部座席に戻ってくる。 「さ、疲れたでしょ。寝てて大丈夫だよ、着いたら左馬刻が起こしてくれるから」 あやすように頭を撫でると、よほど疲れていたのか、素直に後部座席に倒れ込むように横になる。しばらく撫で続けていると、やがて静かな寝息が聞こえてきた。ふふ、と笑うと乱数はそっと後部座席のドアを閉める。 「左馬刻〜」 乱数は階段を降りてきた左馬刻に手を振った。不機嫌そうに眉をひそめる左馬刻に乱数は笑いかける。 「銃兎なら後ろで寝てるから、起こしちゃダメだからね!」 それじゃばいばーい! と大きく手を振り、乱数は建物の階段を駆け上がっていく。左馬刻は一つ舌打ちをすると、助手席に乗り込んだ。 出せや、と短く声を出せば寂しそうな顔の舎弟が慌てて返事をする。後部座席を覗くと、安らかな顔で眠る銃兎が見えた。