うさぎと外に出ること
※明確な表現が無いため全年齢公開していますが,陵辱描写があります.更にモブ銃は歪んだ愛玩です.これらが苦手な方は閲覧を控えてください.
タグのCPは主に絡んでるだけなので,基本恋愛要素は皆無です.必要に応じてタグは編集してください┏○))
※注意事項
☆一人称・三人称改変
☆原作完全無視の人間関係・職業改変.世界線が違うと思ってくださいパロなので(言い訳)
☆捏造まみれだしみんな仲良し
この小説におけるうさぎバースの説明
→novel/13644558
割と一番書きたかった部分です.銃兎の過去はかなりぼかしましたが,裏設定的にはもっと酷いことをされています(尺の都合で消されました……).
一般的に見て酷いことをされていてもその人は不幸では無い.それがその人にとっての「普通」である限りは.
実は自分が不幸であるということを知っている状態が,一番の生地獄なのかもしれません.
Twitterやってます.こっちにしか載せてない話もありますのでよければどうぞ┏○))
https://mobile.twitter.com/tali_aoitto_eb
※一次創作との共用ですのでご注意ください
- 107
- 99
- 2,938
「銃兎、大丈夫か?」 名前を呼ばれ、緩慢な動作で声のした方を向く。心配そうな表情の理鶯がこちらを覗き込むように首を傾げていた。 「…………大丈夫、だと思う……」 弱々しい声に、左馬刻は知れず眉をひそめる。広い後部座席で理鶯に擦り寄る銃兎は、完全に弱っていた。 外を見るぶんには平気そうだったので、人のいないあたりを見計らって三人で車の外に出たのだ。耳が隠れるよう帽子をかぶった銃兎に合わせて、ゆっくりと車の近くを歩いた。はじめは理鶯に手を繋がれて嬉しそうだった銃兎だが、二分もしないうちに怖がる表情が顕著に見え出した。慌てて車に戻ろうとしたのだが、それより前に銃兎の方がダウンしてしまった。 左馬刻もまさか、ここまで外が苦手などとは思っていなかったのだ。誘ってもあまりいい顔をしていなかったのは確かだが、少なくとも理鶯と落ち合ったときはぴょんと耳が揺れるぐらいには喜んでいた。 「……外には出れたもんな。頑張ったな、銃兎」 「そうだな、少しずつ慣れていけばいい」 理鶯が頬を撫でると、銃兎はほうと息を吐き出した。暫く理鶯を見上げていたが、やがて身体を離す。目を閉じてしまったのは、明らかに外界への拒絶だった。 「……兄貴、着きました」 「おう」 いつもの舎弟がドアの鍵をガチャンと開ける。理鶯がそっと銃兎に話しかけ、その身体を抱き上げた。銃兎もそれを拒絶することはしない。左馬刻が車のドアを閉めると、車はゆっくりと走り出した。 左馬刻の家にあがり、ベッドに銃兎を寝かせると理鶯はそっとその頭を撫でる。 「銃兎、外に出れるようになんのかな……」 その様子をじっと見ていた左馬刻がぽつりと呟くと、理鶯は小さく微笑んだ。 「貴殿に出会ってから銃兎はどんどん成長していると感じる。今までであれば外に出るどころか、テレビの映像ですら目を背けていたからな。今日は外に出られただけでも大きな収穫だ。これから少しずつ慣れていけばいい」 「ああ……」 やや不満そうだったが左馬刻が頷くと理鶯はそれに、と言葉を続ける。 「いつか自由に外を歩くことができれば、銃兎の生きる世界も大きくなる。そうすれば以前貴殿が言っていた、『銃兎がどう生きたいか』というのも彼の中で生まれてくるだろう」
■ □
いつもと違う匂いがして、銃兎は目を覚ました。辺りは窓から光が射し込むほかは暗く、人の姿も見当たらない。そうでなくともここがどこか分からないという事実は、銃兎の身体が強張るには十分すぎるほどだった。
おかしい。さっきまで、いつもみたいに左馬刻と理鶯と外を歩いていたはずなのに。
「……さまとき、りお…………」
さっきまでいたはず人間の名前を呼び、声が出せることにほんの少しだけ安堵する。それでも声が返ってこないというのは、やはり酷く恐怖を感じさせた。
僅かに身じろぐと、足首につけられた鉄丸の鎖がかちゃんと音を立てる。目を見開いた銃兎は脚をバタつかせようとしたが、鉄球は銃兎の力ではびくともしなかった。手で動かそうにも、身体の後ろで縛られた両手は球にすら届かない。
「ようやく目覚めたかい、ハニーバニー」
突如聞こえた声に、銃兎はびくりと身を震わせた。声がした方を向くと、僅かに入る月光に照らされた人影がこちらを見下ろしている。
先程まで聞こえなかったカツン、カツンという硬い音を響かせて、その人影は銃兎の前に立ち塞がった。
「ずっと、君を探していたんだ。ああ、なんて愛くるしい顔……!」
するり、と手の甲で頬を撫でられる。思わず顔を背けるとそれをどう捉えたのか、人影は笑い声をあげた。
「あっはは! 撫でられるのはお気に召さなかったかい?」
必死に顔を隠しながら、銃兎は恨みがましい眼を向ける。人影──見知らぬ男だった──は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、銃兎がもぞもぞと動いている様子を笑顔で見つめている。
「ハニーバニー、君は良い子だ。こうやって僕の前に出てきてくれただろう? だからご褒美をあげないとね」
一瞬見えた凶悪な笑みを、銃兎は見たことがあった。
まだ理鶯にも出会えていない、子供の頃。「ご褒美」と称して様々な陵辱を受け、それらを嫌がれば暴力を振るわれた。ご褒美と銘打たれるには程遠いその行為の数々を思い出して、銃兎は恐怖でぎゅうと目を瞑る。
「……ねえ、こっち見てよ」
無理矢理顔を向けさせられ、銃兎は嫌悪感で顔を歪めた。そんな銃兎を見て怒った君も可愛らしい、などと言うこの男は、暗がりから何かを持ち出してきた。
「…………っう!」
突然、腕に痛みが走る。恐る恐る目を開くと、肩の辺りに針が刺さっているのが見えた。幼い頃何度も見た光景が走馬灯のようにかけ巡る。恐怖で声が出ない銃兎を見て、男は不敵な笑いを浮かべた。
「遊ぼうよ。ほら、ココが疼いて来たでしょう? いっぱい満たしてあげるから……」
「やぁっ!」
男に下腹部を撫でられて悪寒が走る。なけなしの力で僅かな理性を振り絞った銃兎は、抵抗するように身を捩った。しかし無理やり発情させられた身体は浅ましく人の肌を求める。それがたとえ憎いロトゥンの手だったとしても。嫌なのに。もうこんな思いはしたくないのに。本能と理性とで、もうぐちゃぐちゃにされた心が悲鳴をあげる。
──触れたい。触れられたい。気持ちいい。嫌だ気持ち悪い。もっとあったかいのがほしい。でもやだ、いやだ触らないで。
いつの間にか外された足枷がかしゃんと音をたてる。男が覆い被さって来るのに避けられない。必死に脚で蹴り飛ばそうとしても、恐怖で固まった身体はなんの抵抗もなく押さえつけられてしまった。
「怖くないよ……一緒にキモチヨクなろ……?」
「や……‼」
狂悪な笑みを浮かべた顔をずいと近づけられ、息が止まる。全然、気持ちよくなんてならない。胃と、あとおへその下辺りがぎゅっとねじ曲がったような感覚が消えない。
ぐっと腰のあたりを持たれて、服が引きずり降ろされた。半ば無理やり引き千切るような手付きはまるでこの世全てを征服するように、銃兎の目には映る。必死に手首を押さえ込もうとしたが、逆に片手で両腕を掴まれて地面に押し付けられた。そのまま器用にも自分の下半身を露出させるその男の姿をなんとか見ないように、銃兎は目をぎゅっと瞑って顔を背ける。
しかし男はそんな抵抗を意に介さず、無理やりで強引な行為を押し進めた。恐怖と圧迫感とに身体中を蝕まれ、理性的でない涙が流れる。知ってる。この感覚は。
──嫌だ‼
「銃兎!」
突然、部屋が明るくなる。それが誰かがドアを開けたのだと理解するまで、少し時間がかかった。次の瞬間、銃兎を押さえつけていた力が緩む。目の前で男が殴られて、倒れ込んだ。それでもなお攻撃を止めない突撃者の腕を、別の人間が掴む。
「やめろ、今は銃兎の安全が優先だ」
「…………り……お」
必死に声の主の名前を呼ぶ。呼ばれた男の腕が銃兎を包み込み、優しく抱き起こした。銃兎はそのまま男の胸に飛び込む。
「…………うっ……りお……ひっく……」
「頑張ったな……遅くなってすまない……」
ぎゅっと抱きつくと、理鶯も同じくらいの力で抱きしめてくれる。久方ぶりの理鶯の匂いに、思わず力が抜けた。ずるずると崩れ落ちる銃兎の身体を、もう一人の男の手がそっと支える。
「……もー大丈夫だからな」
「…………さまとき……」
目を真っ赤にして縋ってくる銃兎を、理鶯ごと抱きしめた。すんすんと匂いを嗅いでいるのは、左馬刻の匂いを確認しているのだろう。納得したのか抱きついてくるので、頭を撫でてやった。銃兎は暫く二人に抱きついていたが、やがてすうと瞼が落ちる。
「…………寝たな」
「ああ、肉体的にも精神的にも疲れたのだろう」
意識を落とした銃兎を、理鶯が横抱きにした。また、左馬刻が銃兎の頭を撫でる。
「おいお前ら、これ運んどけ。親父に渡す前に殺すなよ」
「はいっ」
待機していた舎弟に言い残すと、左馬刻は理鶯に連れだって建物を出ていった。
■ □
──おいお前ら、
…………また戻ってきたの? ここはもう嫌なのに。
食事は一日三回。お風呂は二日に一回。ただほかのフラッフィと一緒の部屋で暮らすだけ。たまにぽろぽろと、昨日一緒に居たはずのフラッフィがいなくなる。それが「売られたのだ」と分かるまでには少し時間がかかった。
少なくとも一緒の部屋にいるフラッフィはみんな優しかった。ドロップは愛情を注がれないと孤独死してしまう。そのことを知っているほかのフラッフィはみな、特にドロップには愛を持って接した。
それは「孕まさせる性」だからこそ持つ母性本能のようなものだったのかもしれないが、それをロトゥンが利用したのは間違いなかった。年齢を重ねれば知恵が働く。自らを「愛好家」と自称するロトゥンは部屋でフラッフィが死ぬと、それを全てフラッフィの責任にした。それを俺が知ったのはある程度大きくなってからであるが、ほかのフラッフィはもっと昔から知っていたのかもしれない。わからない。
──黙ってついて来い
初めてシーズン状態のフラッフィを見た。まるで自分が自分でないように喚くフラッフィを、誰かが連れて行く。自分もいずれこうなるのだと話しかけられ、背筋が寒くなる。怖い。自分が消えてしまうみたいで。
この頃から、急にいなくなるフラッフィをよく見るようになった。性奴隷として買われていったモノも、偶然良いお家に行くことができた者も、色々あった。
しかし、俺には一切発情期というものは来なかった。シーズンになると別の場所へと連れて行かれるフラッフィたちを見送るばかり。初めてシーズンが来たときも声が出ない、とても眠くなる、以外の事が起こらなかった。周りのフラッフィは心配こそしてくれたが、俺はそれが自分自身を心配しているわけではない、ということを既に知った後だった。彼らが心配していたのは欠陥品を育ててしまった自分たちが、どのような仕打ちを受けさせられるのかということなのだと。
──ほら、ごほーび
今なら分かる。これは発情剤。フラッフィを無理やりシーズン状態にして犯す薬。でも何故か俺には効かなかった。いつまでたっても胃が、それからおへその辺りが収縮した感じで気持ち悪い。いつまでも蹲ったままの俺は蹴られて、無理やり服を剥ぎとられた。嫌がれば余計に痛い思いをさせられる。それが怖くて、本気で抵抗することもできなかった。
何度も何度も薬を入れられ、反応が無いと犯された。いや、反応したフリをしても同じことだった。いつしか俺は抵抗を諦め、体裁だけはこの陵辱を甘んじて受け入れるようになった。
怖い。気持ち悪い。触らないで。嫌な感情ばかり湧いて出ては言葉にもならずに堕ちていく。
「…………銃兎くん、聞こえる?……」 せんせい? どこにいるの、せんせ…… 「……手、握ってるのがわかるかい。大丈夫、ここにいるから。銃兎くん」 せんせいのて、わかる。おっきくて、あんしんする。あたま、なでてほしい。でも、わるいことしたから、きっとなでてくれない。 「……銃兎くん!」 ぱちりと目が開くと、目の前に寂雷の顔があった。悲痛な顔をしていた寂雷に、銃兎は首を傾げて見せる。 「…………良かった……」 寂雷はそう言葉を零すと、そっと頬に触れた。そこで初めて、銃兎は自分が涙を流していることに気がつく。 「声は出ないかい……?」 そう問われて、声を出そうと口を開ける。しかし出てきたのは掠れた息の音ばかりだった。 「そう……ショック性のシーズンかな……喉が痛いとか、そういうのはない?」 ふるふると首を振ると、少し頭が痛い。寂雷の手をつんつんとつつき、頭に手をおいてまたその手をつついた。理鶯に教えてもらった意思伝達手段。寂雷もそれを正しく理解したらしく、ごめんね、と謝ってきた。 「でも頭痛薬……はちょっと危ないかな……」 何かほかに、と寂雷は辺りを見渡していたがやがてタオルを持って戻ってくる。 「ちょっと頭動かすからね。痛かったら言ってね」 寂雷はそう言うと、ゆっくりと頭の下にタオルを敷いてくれた。温められたタオルはじんわりと熱を伝えてきて、頭痛もいくらか治まった気がする。 「大丈夫かな……あとは? どこか痛いところは無い?」 大丈夫、と口の形で喋るとそう、と寂雷はまた頬を撫でた。頬を擦り寄せると寂雷はふふ、と笑う。 「……左馬刻くんも今夜には顔を出すって言ってたし……理鶯が帰ってきたらお昼ごはんでも食べようか」 理鶯? と首を傾げると寂雷は微笑んだ。 「彼は今銃兎くんの荷物を取ってきてくれてるよ」 だから安心して、と今度は頭を撫でてくれる。嬉しくてくうくうと喉を鳴らしたその時、ドアが開いて理鶯が入ってきた。 「……銃兎、目が覚めたのか」 嬉しそうな顔をした理鶯は真っ先に銃兎のベッドに近づく。その表情に銃兎は一瞬首を傾げた。 「ほら、うさぎを連れてきたぞ」 背中に背負われたうさぎを下ろしてやると、銃兎の目が輝く。理鶯が苦笑してそれを渡すと、銃兎は飛びつくようにして抱きしめた。 「これかい、左馬刻くんが言っていたのは」 「ああ、偶然見かけて買ってやったらそれ以来、寝るとき以外は触らせてもらえないそうだ」 微笑ましく見守る二人の前で、銃兎は今にも寝てしまいそうにうつらうつらとしている。慣れたぬくもりに安心したのだろう。 「……でも良かった、目を覚ましてくれて」 「ああ……この二日間、左馬刻も気が気でなさそうだったからな」 銃兎が眠っていた二日間はとても長かったように思う。今回の犯人──フラッフィを襲う強姦魔だった──は左馬刻が直々に退紅に引き渡し、そちらで適切な処理をしてもらった。それがどんなものなのかは空恐ろしくて聞くことはできないが。 やっと銃兎が外を自由に歩けるようになった頃だったというのに。寂雷の見立てによると、銃兎は過去の記憶に惑わされている可能性があるということだった。極限まで追い込まれて昏睡状態に陥った銃兎が目を覚ますのか、寂雷でさえも難しい顔をしていたのだ。 「……左馬刻くん、相当可愛がってくれてるんだね」
理鶯がフラッフィを病院につれてくるのはいつも突然で、だいたいが倒れているところを保護したというものだ。栄養失調であったり怪我をしていたりすることが多いフラッフィだが、銃兎のそれは初めて見た夜は思わず顔を歪めてしまった。
身体中いたるところにつけられた火傷痕、打撲痕。ところどころ切りつけられた傷痕があれば、局部には裂傷も見られた。無理やり犯されてつけられた傷ばかりなのはすぐに分かる。
理鶯が銃兎を見つけたときは既に虫の息だったらしい。ある程度きちんとした服を着ていたということは、犯され放置されたフラッフィではない。つまり意図的に捨てられたのだ。欠陥品、または売れ残りとして。
一通りの手当を終えて目を覚ました銃兎はもちろん暴れた。犯されたフラッフィからすれば、憎むべきロトゥンに無理やり寝かしつけられているのだから当たり前だ。今までもそんなフラッフィを何人も見てきたから、対処には慣れていた。とにかく優しく話しかけること。自分は敵ではないのだと、教えることから信頼関係を築くのだ。
しかし銃兎はドロップだった。今までここに運ばれてきたフラッフィは、殆どが売れ残りと称されているレプスかネザー。ドロップがここに運ばれてきたのは初めてのことだ。それ故に寂雷も対話の方法には悩まされた。
銃兎は警戒心が強く、すぐに暴れることをやめたはものの一切の治療を拒む。それどころか食事すらも拒否し、ぼやけたような瞳で天井を眺めるばかり。理鶯は仕事の合間をぬって毎日足を運んでいたが、彼も銃兎には手こずらされているようだった。
銃兎がこの病院に来て三日目のことだった。初めて銃兎が病院の食事を口にしてくれたのだ。彼の機嫌が良い時だけではあったけれど、寂雷も理鶯も純粋に喜んだ。
少しずつ少しずつ、彼の中にあるロトゥンへの恐怖を取り除いていく。一月もすると、理鶯が銃兎の頭を撫でている光景を見るようになった。そのころには銃兎の身体の傷痕はすっかり消え、銃兎は理鶯と寂雷の前で時たま声を発するようにもなった。
「寂雷?」 理鶯に声をかけられ現実に引き戻される。見ると、眠ってしまったらしい銃兎の枕元に座った理鶯が、心配そうにこちらを見ていた。 「なに?」 「いや……ぼーっとしていたからな」 笑いかけられて顔が熱くなる。ふいと横を向くと、笑いを堪えるように震える理鶯が見えて、むうと頬を膨らませた。 「すまない。怒らせるつもりはなかった」 「笑ってる時点で謝る気ないじゃないか」 言葉こそ怒っているが、寂雷の声は笑う時のそれだ。本人もどうやら可笑しいらしい。 「……銃兎くん、寝ちゃったね」 「ああ。昼食も一緒に持ってきたのだがな」 ようやく悪夢も見ずに寝られるのなら寝かしてやろう。そう言って理鶯は、愛おしそうに銃兎の頭を撫でる。銃兎はんぅ、とむずがるようにうさぎをぎゅうと抱きしめた。
■ □
左馬刻が寂雷の病院を訪れたのは、理鶯たちが晩ごはんを済ませた頃のことだった。目が覚めたことは理鶯が連絡済みだったのでそこまで驚くことは無かったが、それでもいざ病室で銃兎の姿を認めると安堵した顔をした。
「……今は割と情緒が安定しているけど、元々ショックから来たシーズンだからね。ものすごく精神的に不安定なんだ。だから今回のはちょっと長引くかもしれないね」
「そーか、わかった」
寂雷と左馬刻が銃兎の状態について話している間、銃兎はずっと左馬刻に抱きついている。ベッドに座った左馬刻は後ろから抱きつかれながら、銃兎の頭を撫でていた。
「銃兎くん、君はとにかく安静にしているんだよ。君の身体はまだ何が起こるか分からないんだから。何かあったら教えてね」
寂雷が銃兎に話しかけると一応聴いてはいたようだが、コクリと頷くとまた左馬刻の背中で遊び始める。左馬刻が来る前まで理鶯と三人で背中に文字を書いて当てるというゲームをしていたのだが、どうやらそれにハマったらしい。
「なあじゅーと、何書いてんの」
左馬刻が柔い声で尋ねると、くふくふと笑った銃兎は先程よりも大きく字を書き出す。横棒、縦棒、横棒。それから少し間を開けて横棒が二本と縦棒が一本、と思えば縦棒の最後に円を描く。また間を開けて縦棒と左がカーブした放物線。間を開けて最後は横棒二本に縦棒、もう一度横棒を書いた。書ききった銃兎は得意げにこちらを覗き込んで来る。しかし残念ながら左馬刻は二文字目辺りで、既に次の文字が予想できてしまっていた。
「そんなに俺のこと好きか?」
意地悪でもするように手で両頬を包んでふにふにと動かすと、怒ったように頬を膨らませた銃兎はぷいとそっぽを向いてしまう。その様子を見てふふ、と笑いを零したのは理鶯だった。
「……どしたよ理鶯」
「いや……銃兎の怒り方があまりにも寂雷に似ていたものでな」
寂雷と銃兎がお互いに顔を見合わせる。かあっと頬を染めた銃兎を見て、理鶯と左馬刻が更に大きな声で笑った。
「あー……久しぶりにマジで笑ったわ……」
銃兎に抗議するように背中をぽかぽかと叩かれながら、左馬刻が浮かんだ涙を拭う。寂雷も笑っていたが、はっとしたように咳払いをした。
「……とにかく、無理はしないこと。嫌なら無理に外に出る必要もないからね。最近はまたフラッフィ関連の犯罪が増えてきているから……」
左馬刻が頷く。今回の事件の責任を感じているのだろう。確かに左馬刻が言い出したことだが、だからといって彼のせいでは決してない。
今でこそフラッフィが被害者になることができる社会だが、一昔前まではフラッフィは今以上に搾取される対象であった。それほどまでにフラッフィは愛玩動物であり、性行為が可能なペットというレッテルを貼られてきていた。そしてそれは法が敷かれた今も対して変わりはしない。
理鶯が子供の頃はまだ法律が作られておらず、近くの豪邸にはフラッフィが住んでいた。いや、おそらく飼われていたのだろう。彼が時折悲しそうな眼で窓の外の世界を覗いているのを、理鶯は通学路から見ていた。どうにかしてそんなフラッフィを救えないかと、子供ながらによく考えた。そしてそれは、今もなお続いている。
フラッフィが安心して生きていける世界は、未だ夢のまた夢。しかし先は遠くとも、きっとこの願いは叶えてみせる。左馬刻を抱きしめて安心したように眠る銃兎を見て、理鶯はその意志を再確認するのだった。