二人と二人(後)
※こちらは長編シリーズです.はじめから読まないとよく分からないと思います.
第1話(序章前編)→novel/13462560
登場人物紹介・設定など→illust/83353405
これにて序章終了です.しばらくは短編が続くと思います.
前回見てくださった方ありがとうございました
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※二次創作もかいてますのでご注意ください
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僕と永瑠は同じ病を抱えている。いや、病とは少し違うかもしれない。
僕には睡眠欲がない。だから眠いとも思わないし、どうすれば眠れるのかも知らない。でも寝ないと普通の人と同じように変調をきたす。
そんな中で永瑠に出会って、無理やりではあるけれどこいつの隣なら眠れるようにはなった。何故か、なんてわからない。でも永瑠は僕の欲を満たしてくれる存在で、永瑠にとっての僕もそういう存在だから、もう互いに手放せない。傷付けてでも、動けなくしてでも、隣に置いておかなきゃいけない。
だから、永瑠がほかの人間の匂いをつけているのが嫌だ。僕は永瑠の匂いの中でしか生きていけないのに、それが壊れるのが嫌だった。
僕も永瑠も他人と関わる仕事をしているから、多少のそういうのはしょうがない。それはわかってる、だけどこんなに匂いに強く反応したのは初めてだった。僕が眠っている間に何があったんだ。嫌だ。僕が知らない永瑠がいるのが嫌だ。
***
ある日、稀依はいつものように病棟を訪れた。永瑠の部屋は病棟の奥にある。入院患者が間違って入れないようになっていると、教えてくれたのは佑芽だった。
扉を開ける前にノックをして、部屋に入る。永瑠は席を外しているらしく、いつもの机の上にはコーヒーの入ったカップと暗号のような文字が書かれたノートが置いてあった。
珍しいな、と思った。几帳面な永瑠は、物を放置してどこかに行かない。いくら急いでいても、せめてノートを閉じて行くはずだ。
そこまで考えた時、後ろの扉が開く音がした。
「誰……?」
警戒した声が部屋に響く。振り返ると、見たことのない顔がこちらを睨んでいた。赤毛をサイドポニーに束ねた童顔は、威嚇するように頭から爪先までじろじろと稀依を眺める。
「…………そちらこそ」
辛うじて出た声は掠れていた。見たことがない、というより見たことがあるのに思い出せない、そんな感覚。記憶の蓋を無理矢理抉じ開けられているように目眩がする。
「…………稀依⁉」
遠くから永瑠の声が聞こえる。あたり一面真っ白で、自分が立っているのかどうかさえわからない。永瑠の声が聞こえる方向に手を伸ばしたが、その手さえ見えなかった。永瑠、どこにいるの。何も見えない。怖い。助けて──
唐突に覚醒した。瞼を上げればそこは見慣れた部屋の天井で、気がついた永瑠が駆け寄ってくる。 大丈夫? と問われ頷いた稀依はゆっくりとあたりを見回した。先程見た赤毛は見当たらない。 「さっきの……人」 稀依が小さく呟くと、永瑠は心配そうに首を傾げた。 「稀依……ううん、あとにしようか。佑芽が来てからの方がいいよね」 「佑芽、来るの?」 永瑠は安心させるように頷いて、頭を撫でた。 「来たら起こすから、寝てていいよ」 稀依が不安そうに目を泳がせる。しかし赤髪が目の端にちらつくのに耐えられず、結局瞼を下ろした。
「…………影十」 佑芽は思わず呟いた。まさかここに来るとは思っていなかった、というか何故ここにいるのかが分からない。永瑠に影十を頼んだのは自分だが、てっきりもう永瑠とは関わりのないところにいると思っていたのだ。そうでなければ、そもそも永瑠のところに稀依を連れて行かなかっただろう。 「ゆーがじゃあん! どうしたのさ」 「やめろ」 戯れるように抱きついてくる影十を払うように、佑芽は身を捩る。 「なんでここにいるんだ」 「それはこっちの台詞だよ。ああ、今はあのコの世話してるから? 迎えに来たとか?」 影十はニコニコと笑って地雷を踏み抜いていく。佑芽が思わず睨むと、遂にケラケラと声をあげて笑い出した。 「で? どんな言い訳なのかなあ? なんでアイツがここにいるのか」 「黙れ」 佑芽が怒りを含んだ声で唸るような声を出すと、大袈裟に怖がってみせた。完全に弄ばれている事には、この際目を瞑ってやる。それよりも。 「稀依に会ったのか」 「会ったよ、向こうは僕のことちっとも覚えてなかったみたいだけど。今日で思い出したんじゃない?」 だから佑芽に永瑠から連絡が行ったんでしょ、と影十はあっけらかんと言った。 「じゃあもう一つ聞いてやる。お前の所属は調査部のはずだ。なぜここにいる」 「永瑠は僕に依存してるからね。アイツの性欲を発散できるのは僕だけだし、それに僕だって永瑠を離すつもりはない」 佑芽は眉を顰めたが、何も言わなかった。怒りが収まったわけではないが、その矛先は影十ではない。 「……行くぞ。どうせ永瑠に呼ばれてるんだろ、お前も」 ご名答、と影十は満足げに笑った。
***
永瑠の部屋の扉を開ける。ベッドに横たわる稀依は眠っているようで、永瑠はその頭を撫でていた。扉が開く音に顔をあげ、悲しそうな顔で微笑む。 「…………佑芽」 黙ったまま佑芽は永瑠の元に歩み寄った。無言で永瑠を見下ろす顔は冷ややかだったが、永瑠は臆することなく佑芽を見つめる。 「……なんで黙ってた」 感情の無い声で尋ねれば、永瑠は顔を僅かに歪めた。そんな顔をされても、怒りたいのはむしろこっちの方だ。 「……ごめんって。まさか会うと思ってなかったから」 「ざけんなよ!」 永瑠の弁明を遮ったのは影十だった。ぎょっとした顔の佑芽を押しのけて、影十は永瑠の前に立ちはだかる。 「僕はお前の実験体じゃねえんだ! お前がどんだけそういう事に頭突っ込んでるか知らねえけどお前だって被害者だったんだから、わかるだろ……」 座ったままの永瑠の身体を揺さぶる。うん、と頷いたのを見て、顔を歪めた影十は手を離した。 「……それより稀依だ。こいつのせいで倒れたんだろ? いない方が良いんじゃないのか」 佑芽が話の軌道修正をする。しかし永瑠は首を振った。 「ううん……あの子のことだし、もう無駄だよ。きっともう、影十のことも、自分がしたこともわかってる」 言い含めるように、永瑠は呟いた。 「だからって……!」 「影十のことも考えろよ! なんでこいつばっかり否定されてるんだよ! 元はと言えば稀依から始まってるんじゃないか!」 佑芽の声を遮るように永瑠が叫ぶ。泣きそうな顔をしていたが、自分の言ったことを認めるとさっと蒼くなった。気まずい沈黙が部屋を覆う。 「……ごめん」 そう言い残して、永瑠は部屋を出ていった。佑芽は後を追おうとしたが、影十が引き留める。 「……今は、一人にしてあげて」 悲しそうに言う影十を、佑芽が睨みつけたその時だった。 「…………佑芽?」 二人がぱっとベッドの方を見ると、ぽかんとした顔の稀依がこちらを見ていた。ぐっと唇を噛みしめる影十を他所に、佑芽はベッドに駆け寄る。 「稀依! 大丈夫か?気分悪いとか……」 「気分……? 別になんともないけど」 首を傾げて返事をする稀依に、佑芽は安堵の息をつく。口をへの字に曲げた影十がその様子を見ていると、気がついた稀依が声をもらした。 「…………刑事さん」 「……もう刑事じゃないよ」 ふいと目を逸らした影十に、稀依は悲しそうな顔をした。 「……僕のせい」 「いや……」 ふと零れた言葉に自分で驚く。ずっとこいつのせいだと思ってきたのに、いざ本人を目の前にすると詰る言葉が出てこない。 「お前があの事件を起こしたのは確かだけど、介入してきたのは国だ。だから、お前のせいじゃない」 はっきりと言い切った影十は心なしか、少し晴れやかな顔をしていた。 「……いいのか」 佑芽の声にも、影十は頷いてみせる。 「うん、正直もうどうでもいいんだ。どうせ僕は刑事に向いてなかったしね」 今の仕事の方が向いてるんだ。そう言った影十の顔に稀依は笑った。 「……なんだよ」 「ううん、すごいなと思って。刑事さん、なんでもできるんだね」 「だから刑事じゃ……影十、僕の名前」 少しぶっきらぼうになってしまったが、それは影十なりの照れ隠しだ。 「じゃ、僕はそろそろ永瑠を慰めてくるからさ、佑芽は稀依をなんとかしてよね」 そう言い残して、永瑠の部屋を出る。永瑠はああ見えて単純だから、だいたいどこにいるかは予想がつく。 そして思ったとおり、永瑠は屋上の柵に凭れていた。風になびく髪が日光を反射した永瑠はとても綺麗だった。それは憂いた表情のせいだったのかもしれない。 「えーるっ」 「……影十…………」 ぴょんと抱きつけば逃げない。それを良いことに、影十は永瑠の顔を覗きこんだ。 「なに、しにきたの」 永瑠の声には覇気がない。涙を我慢しているから、顔が少し歪んでいるのがわかった。 「何って、永瑠を迎えに来た」 「そっか……稀依は、目を覚ました?」 稀依の名前を出した途端、影十の機嫌が悪くなる。慌てて永瑠も謝るように、影十の方に向き直った。 「……ごめん」 「別にいいよ、もうどっちとも仲直りしたし」 「……そっか」 そっと抱きしめると、影十が永瑠の頭を撫でた。永瑠を見上げる瞳はちゃんと笑っていた。
***
「おはよ、永瑠ならトイレ行ってる」 「そっか」 あれから永瑠の部屋にはいつも影十がいた。大体は永瑠と話していて稀依が来ると出ていくのだが、たまにこうやって連絡役もしてくれる。 最初こそギクシャクしていたが、お互いの話をするようになってからはある程度気楽に話せるようになった。 「影十は? 体調とか大丈夫?」 「見たら分かるくせに」 影十はそう言って苦笑いを零す。前に会った時よりもやつれたような顔をしていたが、本人は何かを書いていた。 「……眠らなくても良いからって仕事押し付けて来やがって」 「あはは……大変だねぇ」 くっそ、と笑い混じりに言う影十は机に突っ伏した。 「稀依はさ、この国、どう思う?」 「どう、思う……? って言われても……」 突然尋ねられて戸惑う稀依とは対照的に、けらけらと影十は笑う。 「僕たちに働かせて情報だけ持ってって自分たちの良いように使う国。稀依だってそう思ったからアイツを殺したんでしょ?」 「…………わからない」 どんな意図であんなことをしたのか覚えていない。覚えているのはただ、消さなくてはいけないという使命感だけ。殺せば生き残る、生かせば殺される。頭の中にはそれしか浮かばなかった。 「あそ、覚えてないなら別に良いけど。でも、多分その記憶も書き換えられてるから」 「どういうこと?」 稀依が聞き返した瞬間、ガチャンと音がして扉が開いた。そこには怪訝そうな顔の永瑠が立っている。 「あなた達何話してたの?」 「べっつにー」 口を尖らせた影十はぴょんと永瑠に飛びつく。危なげなく受け止めた永瑠はそんな影十に見向きもせず、稀依の方を向いた。 「稀依は大丈夫? 食事とかちゃんと摂れてる?」 「うん……毎日佑芽が作ってくれてるし……食べないと怒られる」 佑芽らしいな、と笑う永瑠に影十は頬を膨らませる。 「ねー僕寝たいんだけど」 「資料は」 「別に明日でも間に合うし」 わがままに振る舞う影十にため息をつくと、永瑠は稀依に向き直った。 「ごめん、今日はこれぐらいで良いよ、また今度ね」 何も出せなくてごめん、と重ねて謝る永瑠に向かって首を振り、稀依は部屋を出る。外で待ってくれている佑芽の元に向かう足取りは、心なしか覚束なかった。 影十に言われたことは正直、ショックだった。確かに、国が自分たちを働かせているという認識は間違いではない。しかし、何よりもそれに反抗しながら働かなければならない影十を、稀依は悲しく思った。稀依はまだ記憶が無いから無関心に働くことができるが、影十は嫌がっても逆らうことはできないのだ。 「稀依? どうした?」 車に乗り込むと、不思議そうな顔をした佑芽に尋ねられる。なんでもない、と答えると変な顔をしながらも佑芽は車を出した。