「おい入間、アイツの様子見てこい」 突如下された命令に銃兎ははい? と首を傾げる。先輩が無断欠勤を始めて三日が経っていた。電話にも出ない先輩に痺れをきらして、一番話が出来そうな銃兎に話が来たのだろう。 「先輩の家でいいんですか」 「ああ、お前なら家知ってるだろ」 そうですけど、と銃兎は口ごもる。今から銃兎はパトロールに出る予定なのだ。その事を伝えると、ぞんざいにそのついでで良いと返される。 「はあ……じゃあ、行ってきますね」 「おー行ってこい」 ひらひらと手を振られ、銃兎は交番を出て覆面パトカーに乗り込む。いつもは先輩が隣に乗っているのだが、ここ三日間は代役が充てがわれることもなく一人だ。 エンジンをかけるとパンと両膝を叩く先輩が、助手席に見えた気がした。いつも銃兎が車を出す前にそうやって、よし行くか! と笑うのだ。おかげでそれが無いと、パトロールに行くにもなんだか物足りない。 先輩の家は交番から数分のところにあるアパートだ。一度夕食をご馳走になったことがあるだけだが、多忙な割には片付いている家だった。単に物がないだけだと彼は笑っていたが、銃兎の部屋は物がないのに散らかったように見えるのだから、やはり片付いているのだろう。 そんなことを考えている間に、覆面パトカーはアパートに到着した。車を降りた銃兎は目的の部屋を目指す。二階建てのアパートの上階角部屋。いい部屋を偶然見つけたと、嬉しそうに笑っていたのを思い出した。 ドアの前に立った銃兎は、とりあえずチャイムを鳴らしてみる。応答がない。出かけているのかとも思ったが、窓からはちらつく明かりが見える。おそらく部屋の中にはいるのだろう。寝ているのか、居留守を使っているのかはわからないが。 とりあえず、ドアに設置されている覗き穴を覗いてみる。外からは見えにくいが人の形をしたような、何かが見えた気がした。 「え⁉」 思わず声をあげた銃兎はドアを叩く。 「先輩!先輩⁉」 しかしそのドンドンという音にも、人間の形をしたようなそれは、一切動かない。なんとなく嫌な予感がして銃兎は階段を駆け下り、管理人の部屋のチャイムを鳴らした。 「ハーイ………………え? 警察?」 「あ……すみません、二階の」 勘の良い管理人はそれだけで全てを察したようだった。そういえば、先輩が時々飲みに行く仲だと言っていた気がする。 「ああ、あの人? なんかあった?」 「もしかしたら、倒れてるかもしれなくて」 え? と頓狂な声をあげた管理人は少しの間固まっていたが、やがて正気を取り戻したようにドアを閉めた。暫く待っていると鍵を持った管理人が出てくる。 「これ部屋の鍵だけど……」 「ありがとうございます」 二階に上がっていく彼を銃兎は後から追いかけた。程なくカチャン、と軽い音がしてドアが解錠される。管理人が鍵を引き抜くよりも速く、銃兎はドアを引き開けた。 「先輩‼」 玄関に倒れていた先輩の身体に向かって銃兎は叫ぶ。後ろから踏み入った管理人は驚きで声も出ないようだった。銃兎は思わず身体に触れようとして、思い留まる。代わりに口元に手を伸ばした。左手を無線に伸ばし、電源を入れる。震えた声で報告をする横で、管理人は腰を抜かしたように嗚呼、と声にならない声をあげていた。 手袋をはめた銃兎はそっと部屋に足を踏み入れる。良くないことだとはわかっていた。何も見ず、先輩のことを信用した方がよっぽど気が楽だったろう。それでも、嫌な予感が銃兎を掻き立てた。 部屋の中は酷い有様だ。カーテンが引かれた薄暗い部屋に、何かが散らばっている。袋だ。ドアの近くに落ちていたそれを、銃兎は震える手で拾い上げる。目頭が燃えるように熱くなるのが嫌でもわかった。嘘だ。先輩が、まさか。 「おいお前‼ 何してるんだ!」 サッと振り向くと、思ったより早く到着したらしい警察官に睨まれる。どうやら近くを走っていたようだ。内心舌打ちをしながら、銃兎はそっとその袋をその場に置く。フンと鼻を鳴らしたその警察官に一礼をして、銃兎はその場を離れた。
捜査が進んだ結果、先輩の死因は薬物過剰摂取による心停止。先輩が使っていた薬の出処は、最後までわからずじまいだった。明らかに売買された形跡の残る麻薬が入った袋を、俺は一生忘れないだろう。
先輩。先輩は『警察官は例え悪人でも赦して、更生させるきっかけを作る仕事だ』って言ってましたよね。でも俺は、どうしても薬の売人だけは許せないんです。アイツらが更生したって意味がない。アイツらは何度だって同じ事を繰り返して、何人もの人を殺してるんです。それを赦せるほど俺の器は大きくないんです。幻滅しましたか。それでも俺は、この手を赤く黒く染めてでも、薬をこの世から消すために、この命を捧げると決めたんです。両親への弔いでなくても、先輩への贖罪でなくても良いんです。俺が、自分で定めた、生きる意味なんです。だから先輩、貴方は気に病まないでください…………