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この作品「心殺」は「一次創作」「小説」のタグがつけられた作品です。
心殺/立葉 葵灯の小説

心殺

2,298文字4分

抱殺(novel/14743436)
の永瑠視点.

※若干背後注意な表現があるのでご注意ください

登場人物とか設定とか→illust/83353405

この二人はお互いに劣情を抱えまくったまま死んでてほしいなと思います.

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 昔から顔が良い、なんて屈辱めいた言葉を浴びせられてきた。
 初めて身体を差し出したのは中学生の時だっただろうか、もうあまり記憶に無い。夜道を歩いていれば五十は過ぎているだろう、くたびれたスーツを纏った男性がいつものように声をかけてきたのだ。奇麗だね。何でこんな所を歩いているの。そんな言われ慣れた言葉を吐かれて、はじめはそれこそ無視を決め込んでいた。その後何を言われたのか、覚えていない。だがその時の自分はなんだかどうでもよくなって、彼を近くの公園に連れ込んだ。
 彼の手が自分の肌に直接触れる動きも、年相応の男の臭いも、全て感触としてあった。背中が土に触れ合い、首筋にゆっくりと落とされる唇。興奮しているのが丸わかりな彼の息づかいは、自分の顔に落ちた長髪を揺らした。
 少しずつ、少しずつ服が剥がされていく。大事に扱っているつもりなのか、いちいち動きがゆっくりで早くしてほしいな、なんて冴えた頭で考えた。彼はただ乱れる自分の身体ばかり見ていて、きっと僕の表情に気が付かなかった。
 何をされても声をあげない自分を不審に思ったのか、彼はそのうちこちらに顔を向けてきた。その時自分はどんな表情をしていただろうか。きっと無表情で生気のない眼をしていたんだ。急に彼は怒りで顔を歪めた。そのまま訳のわからない言葉を吐かれ、馬鹿みたいに身体を繋げられ、それでも何も感じていない自分に一方的に怒りをぶつけた。
 きっと痛かった。実際行為が終わった後は身体の何箇所かから血が滲んでいた。でもその時に痛みは無くて、ただ何かが体の中から居なくなった虚無感に襲われていた。残された服を着直し、汚れをできるだけ落としてから家に戻った。
 それからだ。身体を求められても拒まなくなったのは。汚れていて、それでいて何も感じないこの身体は、奇麗なものを求めるヒトでないものを冷めた眼に焼き付けるための道具だった。それでしか自分の意味を、自分の身体の価値を理解できないから。
 影十はこの行為をよく思っていなかった。何故抱かれるのかと尋ね、ただ好きなだけだと答えれば不服そうな顔をしていた。何度も繰り返される質問に耐えかねて、影十を誘って身体を重ねたことがある。相変わらず何も感じない僕の身体に影十は身を寄せていた。ただ、その顔は今まで見てきた滑稽な物ではなく、ただ憂いをたたえた瞳がこちらを覗き込んでいた。
 影十に全てをさらけ出したその日から、僕は身体を提供することを辞めた。そして影十に傷つけられるようになった。そうなるよう仕向けたのだ。

 ある日、僕はソファに座った影十の膝の上に座り、本を読んでいた。こういうことは割とよくある。僕がせがめば、文句を言いながらも影十は僕を抱きかかえてくれていた。何もされない。ただ僕を抱えて、僕が飽きるまでそこにいるだけだ。ただいるだけの空間が僕には心地よい。 「……いい加減に下りてくれ」 「やーだ」  諦めた口調で零(こぼ)す影十に、僕は駄々をこねる。どうせ非難の目でこっちを見ているんだ。どうせ嫌われるなら、やりたい事をやって嫌われた方がいい。 「ねえ、何で抱かれてるの」  何を訊いてくるのかと思えばそれか。何度目の質問だろう。僕はいつもと同じ答えを返す。 「だから言ってんじゃん。抱かれるのが好きだって」 「なんで、感じないくせに」  普段は踏み込んでこないところまで聞かれて一瞬考える。最後に抱かれたのはいつだったろうか。あの時はなぜ身体を重ねたのだろうか。 「…………馬鹿が見れるから」  当時思っていた事を、そのまま声に載せる。はあ という言葉が聞こえたが、無視して話し続ける。 「だから、人を見た目だけで見て抱きたいなんて思う馬鹿が逆ギレする滑稽な姿が見れるからだよ。脳がキレイなものにしか反応できなくて自らの姿が見えてない憐れな動物が見れる」  はは、と自嘲を含めた嗤いが出る。これ以上は踏み込まれたくなくて、髪をいじっていた。これは話を打ち切りたいサイン。 「そーかよ」  不満げな声が聞こえたが、それ以上は踏み込んでくる様子はない。 「なんだよ、がっかりしたか」 「別に」  そう言いながらも、影十は頬を膨らませた。 「別にこの身に誇りも何もねえんだよ。回数なんてわかんねえぐらい人間に抱かれてきた身体だ。今更抱かれたくないだなんて、さ。大事にしてるって思われたくないし思いたくない……」  一度言葉を切る。今から告げることは、きっと影十にとって裏切りの言葉だ。エゴの為にこいつを利用したと自白するような、呪いの言葉。 「だからさ、せめてお前だけはさ、この淫らな身体を大事にしてやってくれよ」  ああ、笑顔で言えただろうか。今、僕は笑えている 君は軽蔑するだろうか。哀しいかな、きっと僕は絶対に君を離さないだろう。影十が僕の前から居なくなるときは、僕がこの手で葬ってやる。そして僕は影十の亡骸とともに身投げでもすれば、あとは稀依と佑芽がなんとかしてくれる。いいな、お前の腕に抱かれて死ぬのも悪くない。  影十は何も言わず、そっと僕の右手を取った。手首には無数の傷痕が刻まれている。全て、影十の執着の証(あと)だ。  僕はこの傷に生かされている。この傷の痛みを感じる限り僕は限りなく人間に近い存在で、あの時は感じられなかった「感覚」を享受できるのだから。 「変な奴」  ふと、影十が呟いた。それは小さな空気の震えだったが、僕にはちゃんと届いた。 「……お前に言われたくないよ」  今度こそ、僕は笑う。影十の顔を見上げると、緩く微笑む美しい表情が見えた。

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