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「嫌でござるうぅぅぁぁあああああああ!! 嫌、ちょっ、無理無理マジ無理死んじゃう死んじゃう死にます待ってヤダ助けて放して嫌だあああああっ!!!」
朝っぱらからイグニハイド寮長イデア・シュラウドの悲鳴が響き渡るここはポムフィオーレ寮門。
細身に見える割に狩人としてしっかりと筋肉も体幹も鍛えているポムフィオーレ副寮長、ルーク・ハントに引きこもり運動音痴イデアが敵う筈も無く、購買部に駄菓子を買いに行ったところをロックオン。イデアはルークに狩られてここまで引き摺られてきてしまった。
通常、知った仲のアズールでさえ聞き取れないことのある程小声の彼がここまで声帯をフル活用することはまず無い。つまり断末魔。
きらきらしく華やかな寮内に引きずり込まれる前にイデアは最後の抵抗を試みて門にしがみ付いていた。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬルーク氏死ぬから拙者死ぬからこんなところでそっちのきらきらしい陽キャ軍団の視線の集中砲火浴びたら灰も残らないからあああ!!」
「Roi de ta chambre、怯えないで? 確かに私は君を狩りはしたけれど、それは我が毒の君が是非君をこのchâteauに招きたいと仰せだったからさ。食べたりはしないから安心してくれたまえ」
「捕食されてもされなくてもこんなとこ居たら拙者死にます死ぬ死ぬ死ぬって無理無理無理無理待って、ちょっ、なっ、力、強っ!? ちょっ……わっ……たっ助けてオルト~~~ッ!!」
当たり前だがナイトレイブンカレッジにも休日がある。
休日は学生にもある程度の自由は許可されている訳で、学園外へ出ることこそ申請が必要ではあるものの、例えば街に出たり、例えば自室で過ごしたり、例えば友人と遊んだり、例えば自習をしたりして皆思い思いに過ごしている。
イデアはその日、誰もいない早朝に駄菓子を購買部で買い込んで寮に戻ったら、一日中部屋から出ないつもりで居た。
それが何故、ポムフィオーレ談話室等という場違いも場違いな場所でそこの寮生達の視線に蜂の巣にされなければならないのか。
「頼み事なら呼びつけるな、そっちから来いってアンタは思ってるでしょうけど」
と、イデアの目の前の、見るからに高級そうなソファにさながら王よろしく鎮座ましますのは、真実ポムフィオーレ寮皇帝、ヴィル・シェーンハイト様。
「アタシだってそう思って何度もそっちに行ったのよ? でもアンタ出て来てくれなかったじゃないの」
多数の寮生達の前で罪人の如く王の前に引き出されて聞いた罪状には心当たりがあり過ぎた。半べそをかくも、話を聞く限り完全に自業自得。
有罪である。
後悔とは、先に出来ないから後で悔いると書く。
イデアは歯が鳴りそうな程震えながら、どうにかこうにか、口を開いた。
「あ…ああああああのっ……」
「何?」
そしていきなり心折れる。
「……何でも無いです……」
「聞くから言って頂戴。頼み事をしたいのはアタシの方なの。無理強いをして半端な仕事をされたくないわ」
つまり拒否権はない。
イデアはますます身を縮めて、しかしなけなしの気力で反論した。
半笑いになってしまっているのは相手を馬鹿にしているから……ではなく、緊張のあまり引きつっているから。
だが余り理解されない。
「ヴッ、ヴィル氏が、たったのっ頼みたいことを、ぼっ、ぼぼ僕が出来るとは、おお、思えないっ……けどっ……」
案の定、イデアが針の筵の中、小声でようやっとそう告げると……。
「シェーンハイト様が直々に御依頼なさっているというのに何て態度だ!!」
「ヒィィ! ごめんなさいっ!!」
寮生に怒鳴られ、あっけなく再び心折れて縮こまった。
死にたい。控えめに言って死にたい。それか死にたい。
しかしヴィルはその瞬間、眉を吊り上げた。
「ア、タ、シ、が! 話をしているの。外野は黙ってなさい!」
「す、済みません……寮長……」
ヴィルは溜息を吐き、イデアを手招きする。
「うちの連中が、悪いわね。ちょっとこっちに来て。見て欲しいものがあるの」
「ひゃい……」
自分が到底持たない迫力に、当該ポムフィオーレ寮生よりも気圧されてしまったイデアに抵抗できよう筈も無い。すごすごとヴィルの座るソファへ寄れば、ヴィルはテーブルに置かれたガラストレーの上に光るものを置いた。
ピアス、指輪、ブレスレット、アンクレット、カフス、ブローチ、etc……
全てハイブランド品だ。引きこもり陰キャオタクのイデアも一目見ればブランドが解るレベルのハイブランド品。……解るのは家柄的な事情であって、望んで解るようになった訳では無いが。
「あ、き、きき、綺麗、だね……」
それは本当だ。既製品という誹謗を寄せ付けない技術を駆使して製造し世に発表しているからブランド品には価値がある。それは例えプラスチック製でも、真鍮製でも、ステンレス、銀、金、プラチナでも変わらない。
しかしヴィルはそれを訊いて眉を歪め立ち上がった。
イデアは大いにびくついて逃げの体勢に入る。
……勿論、逃げるなんてことは許されなかったが。
「あばばばばごっごめんなさいすいませんななななな何か気に触っ……」
直ぐにルークに背後から羽交い締めにされ、暴れるも抜け出せない。
……短い人生だった……。
イデアの脳裏をこれまでの思い出が走馬灯のように……。
……。
いや碌でもない人生だった。これからの人生の方が長いことを考えれば命は惜しいがこれまでの人生を思うに走馬灯を思い浮かべる程のものではない。
イデアは早々に暴れるのをやめた。疲れたとも言う。
さて、真の陽キャとはコミュニケーションが達者な人間を指して言う。コミュニケーションが達者、とは、きちんと自分の意見を述べ相手の言葉を聞ける、ということだ。それを踏まえればイデアは確かに(対面式で自分の意見を言えないと言う意味で)人とコミュニケーションが取れない。
が、ヴィルは違った。ヴィルは真に陽キャである。華やかな世界に身一つで飛び込んで今の地位を築き上げてきたヴィルは、自分の話を聞かせる術だけではなく相手の意見を引き出す術にも長けていた。ましてやイデアとは同級生。一年生の時から知っている。
故にヴィルはイデアという人物に対する物の頼み方を解っている。
「怯えないで頂戴。アンタにはこの写真を見て欲しいんだけど」
ヴィルは1枚の写真を手に、ルークに羽交い締めにされているイデアに近付いた。
「し、写真、デスカ?」
「今度、業界の重鎮が集まる夜会パーティがあるの。その夜会に着ていくボーイズフォーマルドレスに、そのドレスを製造してるブランド企業からテーブルのあのジュエリーを指定されて合わせた時のアタシの写真なんだけど。『人形』だと思って見て頂戴。本当に綺麗かしら?」
「はぇ……? ドール……?」
イデアから逃げたいムーブが弱まったことを察したルークがイデアを解放する。
ルークから解放され、イデアはヴィルが差し出した写真をおずおずと受け取って視線を写真に落とした。
「……ハァ!?」
途端、イデアの表情、雰囲気、声のトーン、全てが変わった。
近くのルークはおろか、周りの寮生達ですら引く程に。
豹変、とは、こういうことを言うのだろう。
「これマ? ガチでコレ合わせて合うと思ってんの? は? マジで言ってる? 駄目駄目まるで駄目全っ然解ってないっすわ」
ヴィルのにんまりと笑うこと笑うこと。
「やっぱりそう思うでしょ? ただねぇ、完全に合うようにフルオーダーするとほら、半年くらいかかるのよブランドだから。夜会は一ヶ月後だし、本当に困ってて。企業からはノンブランド品なら他社製でもいいって言われてるけど、そこらの宝飾量販店にオーダーしたところで、一ヶ月でアタシが納得いくようなものを作れるとは思えない。正味アンタしかアテがない訳。アンタがセンスは悪くないの知ってるし。費用に糸目は付けないわ。お願いできるわね?」
「おっけ余裕、したら採寸と……あ、待って」
言ってイデアはヴィルを上から下まで無遠慮に眺め回した。
寮生達からすればガチギレ案件だがイデアは意に介さなかった。どのくらい意に介さなかったかというと……。
「……つかヴィル氏、色味とかメイクとか髪型とかさぁ。実際見て確認したいし、拙者に頼むんだったらアクセ以外全部揃えてから呼んでくんないかなぁ?」
このくらい。
だがヴィルもヴィルでそんなイデアの豹変を意に介さず、逆に目を見開いて自分を見下ろした。
「あらヤダごめんなさい。これはアタシの失態だわ。ちゃんと準備するから夕方にもう一度来て貰えるかしら?」
「畏まり。ついでにここの灯りもできたら夜会の時と似たような灯りにしといて」
言い捨てて、手に持ったヴィルの写真をガン見しながらイデアはヴィルに背を向けた。
写真を持たない方の手の爪を噛みつつ、ぶつぶつと何か呟きながらポムフィオーレ寮を後にする。
イデアの姿が完全に見えなくなってから、ヴィルに同じく満面の笑みのルークはヴィルに向き直った。
「marvelous! 流石だね」
ヴィルは満足そうに笑みを深めた。
「当然よ」
─────────────────────────
イデア曰く。ドールカスタムとアクセ作成はドール系オタクの嗜みである。
……まあ自分ドール系オタクと言うよりかはオタクオールラウンダーですが。
夕方、再びポムフィオーレ寮を訪れたイデアは分厚いスケッチブックと、このご時世にしてはやや大きく無骨なカメラを持ち込んでいた。
そのカメラで、ふんわりとした印象のドレスを纏い歩くヴィルの動画やら写真やらを遠慮容赦なく360度全方位から撮影し、初っ端から寮生の反感を買う。
が、完全にスイッチが入ってしまっているオタクを、例え彼が苦手とする陽キャとは言え止められる筈もない。その上ポムフィオーレ寮生はヴィルから「外野は黙っていろ」と言われてしまっている。口など出せよう筈も無く、場違いなオタクを殺意マシマシで睨むしか出来なかった。
対してイデアはイデアでカスタム魂フルスロットル。視線だけで人を殺せそうな寮生の視線なぞ眼中に無く、ストーカーも舌を巻く枚数のヴィルの写真を撮り、自分でもスケッチを何枚も描き連ねて採寸をして……。
「……つーかどっからどー見ても整い過ぎてて専用のドレスアクセ揃えないと合わん造形て、等身大フルカスタムドール素体としちゃ失敗造形なんよなぁ……。ある程度汎用性無いとカスタムの楽しみ無いし」
「遊戯用無機物のお人形ならそうかもね。けど残念ながら現実の人間なのよアタシ」
「有機立体の最先端も大変すな。失敗造型にならんといかんとか現実はやはりクソ。はっきり解んだね」
ぱっと聞きでは貶しているように聞こえるイデアの言葉に、何故ヴィルもルークも怒らないとかと周りの寮生達は不満この上ないが、良く聞けばイデアは、ヴィルはこの上なく美しいと世辞でも社交辞令でも無く事実として淡々と延べているに過ぎない。
これでヴィルの機嫌が悪くなろう筈が無い。
「……鍍金も真鍮もナシだな」
真近でヴィルの耳をガン見しながら、眉根を寄せてイデアは呟いた。
ヴィルは視線だけをイデアに向けて答える。
「あらそう? 手を抜かずに造られたもので、且つ合っていて美しければいいのよ鍍金でも真鍮でも。特に金属アレルギー持ってないし」
「いやいやナシナシ、ナシ寄りのナシ。鍍金も真鍮も似合わんこと山の如し。プラ(プラスチック)もレジンもナシ。……銀……も合わん合わん……。やっぱモノホンの顔面黄金比には金かプラチナ……」
ブツブツと呟きながらスケッチを捲る。
「この模様のこのドレスにこの造形にこの肌色でこのメイクでこの髪でしょ……プラチナ……いや金だな。肌や髪の色を殺さない割り金……うーん……」
言いながらヴィルの側を離れ、イデアは談話室のテーブルに無造作に置いたやや大型の無骨なカメラにつかつかと寄ると、撮影した画像をディスプレイでズームする。
ズームする。
ズームする。
ズームする。
「え、待って」
ヴィルはズームされた自分の髪の、金とライラックの色味の堺を見て早足でイデアに近付き、目を剥いて画像を見た。
「アンタこれ何万画素!?」
「さぁ?」
「さあ、って……!」
「リミット夕方だったし他にも用意しなきゃならん物あったし学校の宿題も課題もございますし? ゼロから組んでたんじゃ時間に間に合わんからウチの寮の第一破砕室行き大型廃材置き場にあった何かの機材のカメラだけ引っこ抜いてあり合わせで機能積んだだけの突貫of間に合わせでございますからして。ヴィル氏のアクセ作る為だけに作ったヤツだから終わったら棄てるし画素数なんて必要以上積めるだけ積んだらそれでいいでしょわざわざ把握せんでも」
それを訊いたヴィルの表情が、驚愕から少し不満に逸れる。
「……これ既製品じゃなくてアンタが作ったの? アンタが作ったにしては造型が雑だけど」
「うんシンプルに気に入らない」
今日一旦帰った後から作り始めて、またここに来るまでの間に完成させて持って来たということだが、ヴィルとルークにはイデアがそうした短期で何か物を作り上げて来ることに今更驚きはしなかった。寧ろオルトの装甲にあれだけ拘るイデアが造ったものにしては外装が適当なことに顔を見合わせるが、イデアは最初から外装までちゃんと作る気は無かったのだ。と言う。
「ホントに間に合わせなんだよね。ああでも機能はちゃんと積んだよ。特に画質と色」
更にズームしながら、イデアはどうでもよさそうに真顔で言った。
ヴィルの取り巻きであるポムフィオーレ寮生達がイデアをどう思っているかは大体察しはつくものの、イデアは完全自律成長型AIを搭載したオルトのボディであるアスレチック・ギアをゼロから三日で作り上げる男である。現物と同じ色でどれほどズームしても全く粗くならない画像が撮れるカメラなぞ、しかも既にある程度の部材が付いている状態からの組み上げなぞ、数時間もあれば造作もなかった。
「……アメ(アメジスト)使う? ……アメトリン……いや安直過ぎ愚の骨頂。色合わせ下手くそ過ぎか草なんだが?」
「イデア?」
ぶつぶつと口の中で独り言を呟くイデアに声を掛けたヴィルを、イデアは振り返り真正面から無視して、言った。
「おkヴィル氏、4日後会えますかな?」
否。無視した訳ではなく、ただ集中し過ぎて耳に入っていないだけだ。
ポムフィオーレ寮生には理解されないそれを、しかしヴィルとルークは理解出来ていた。いきなり振り向いたイデアに気を悪くもせず……ただ流石に多少は驚いてヴィルは一歩下がる。
「よ、4日後? 4日後……は、悪いけどアタシ放課後に仕事入ってるのよ。昼休みなら……。中庭で待ってましょうか?」
でもアンタ中庭まで来れないでしょ? と続けてヴィルが言う前にイデアは応答した。
「んじゃ、行きますわ」
「は!?」
これにはヴィルだけでなくルークも驚愕の声を上げる。
「Roi de ta chambre? 本気かい!?」
「アンタ来れるの!? 昼休みの中庭よ!? 本気!?」
「昼休みの食堂や購買より全然マシ。それにヴィル氏急ぐんでしょ? だからルーク氏も無理矢理拙者を連れてきたんじゃないの?」
「それは……」
「そうだけど……」
ヴィルとルークが顔を見合わせるのに、イデアは委細を構わず続ける。
「夜会ってのが1ヶ月後ならその前から着けて馴染ませなきゃだし正味3週間じゃん。それに造ったところでどーしたって微調整も必要っしょJK。だぁら拙者も急ぎたいのでござる」
ルークと顔を見合わせていたヴィルはルークから視線を外し……。
1つ。頷いた。
「……ありがと、解ったわ。じゃあ4日後の昼に」
「畏まり」
欲しい資料は集まったのか、手早く手荷物を纏めて早足で談話室を去るイデアは既に頭の中で構想を練っていた。
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自室に資料を持ち帰ったイデアが先ず行ったことは純金インゴット発注、それと各種宝石のデータ収集だった。
純金をジュエリーに耐えうる強度の合金……一般的に言う18金イエローゴールドにするには金の比率75%に対し割り金25%。故にこれを750イエローゴールドとも呼ぶ。
割り金の比率はイエローゴールドの場合、銀が15%、銅が10%で、この二つの素材は手持ちの工業用金属板を使う。
しかしヴィルの髪は金髪としてはやや薄い色味をしており、また肌の色も薄め。これに普通の割合のイエローゴールドを合わせてはゴールドのカラーが勝ってしまう。
装飾品は素体に勝ってはならない。しかし負けてはならない。だから通常の合金の割合にはせず、手持ちのパラジウム板を1%から4%加えてホワイトに寄せ、その分銅の比率を9%から6%に減らした試作合金をそれぞれ一つづつ作成。先ずは色味を見る。0.1%以下の調整も必要だが、今はまだ大まかで良いだろう。
金の融点は1064℃、銀は961.8℃、銅1084℃、パラジウム1555℃。これらの融合にはオルトの部材製造に使用している炉を使う。
ジュエリー用の金糸を作る為の、溶融した合金を引き延ばしながら巻き上げる機械も、オルトの部材製造の為に作った金糸の製造機が使えるだろう。もし使えずに機械の製造から始めることになったとしても、期限が三週間なら間に合う。最悪、巻き上げは既製工業品でいい。あのカメラのように、1から作るより既存品の改造の方が早い。
とまれ、先ずは兎に角色味を決めなければ先に進めない。
地金部分の算段が付けば残るは宝石。先述の通りヴィルの髪や肌は色味が薄い為、全面に金地金を持ってくると地金が勝ってしまうし柔らかい印象のあるドレスを着たヴィルに合わない。
……『柔らかい印象のドレス』に合わないのではなく、『柔らかい印象のドレスを着たヴィルという素体』に合わない。
故にカラーストーンで金属の持つ硬質な印象を抑え、かつ宝石の持つ輝きで素体を引き立てる……。
「デュフフ……魔導部材やタリスマン以外の用法で宝石を扱うなんて初の試みですぞ……!」
とはいえ、『部品』ではなく『観賞用』となると僅かな色味の違いが致命的になる。ヴィルのように完璧であるが故に現存するジュエリーのほぼ大半が似合わない失敗造形の素体に合わせる物としては特に。
イデアが本日突貫で作ったカメラなら、撮った画像をディスプレイに現実そのままの色で映してくれるが、他だとそうも行かない。ということをイデアは知っている。イデアは通販などで表示されている現物写真の色味を信じていない。故にデザインもまだ決まっていない段階で発注は出来ない。
そもそも何だ「※お使いのディスプレイによってはカラーに差異がございます」って。写真載せてる意味無いじゃん。まぁそれは兎も角……。
「とりま石の色味の特徴を確認しますかな~デュフフ」
イデアはインゴットを必要量よりもやや多めに、それとカラーストーンチャートを発注。その後の晩は明け方になるまで撮影した画像や動画、スケッチを焦げる程注視しながらジュエリーのデザイン制作に費やそうとするのだった。
「兄さん寝て?」
「だが断る」
「もーっ!!」
─────────────────────────
かくて4日後の昼休み。
オープンテラス状に設えられた一画の丸テーブル。丁度木陰になっているそこにヴィルとルークは陣取っていた。
ざわめきが支配する中庭は食堂とまではいかないまでも酷く騒がしく、そこかしこに多数の生徒が陣取って思い思いに過ごしていた。
喧噪が青い空に立ち上って、木々の葉の隙間から落ちる日の光が、ヴィルやルーク、丸テーブルや下草に日と影の模様を描き、それが穏やかな風が吹く度に揺れて模様を変えていった。
「別にアンタは来る必要ないのよ?」
と、ヴィルは斜め向かいで丸テーブルに着いているルークに言う。
「Roi de poison、つれないことを言わないでおくれ。私は君という至高の美に相応しい飾りが生まれ出ずる様を片時も見逃したくないのさ」
ルークの楽しそうなそんな声に、ヴィルは半眼になってルークを見る。
「何でもいいけど、アイツの邪魔になるようなことだけは謹んで頂戴よ?」
「勿論さ! 心得ているよ。ここ4日間、彼が購買に通い詰めて宝石の色味をサムさんと良く良く相談し合っていた時も、彼が私物の高性能溶融炉で君に合う色味の貴金属を研究していた時も、君の画像や動画やスケッチを何度も見返しながらジュエリーのデザイン構成を考えていた時も、決して私が見ていると悟らせなかったさ!」
ルークのこの言葉は想定に無かったらしく、あまりの観察模様に流石のヴィルも噴き出した。
喉奥でひとしきり笑って……再びルークを、今度は苦笑して見遣る。
「……アタシが見る前にアンタが現物を見るのは、流石にアンタとはいえ許容しかねるのだけど……?」
「それも心得ているとも。ジュエリー以外しか見ていないよ」
「……アイツがアンタに見られてたことを知ったら発狂しそうね……?」
「獲物に気配を悟らせないのがハンターさ」
くつくつと。
気の知れた間で笑い合うこと、暫し。
あまりの人の多さに気後れして来ないのではないかと思っていたヴィルだったが、イデアは横長の木箱を抱えて本当にふらりと中庭に現れた。
暫く、まばらに人の行き交う明るい中庭を見渡して……。
中庭の一画にあるオープンテラスにヴィル達の姿を見留めて、早足で近付いて来た。
そうして、空いていた席にするりと座ると、おもむろに持ってきていた横長の木箱を開ける。
唐突にイデアは言った。
「早速だけど、色味見たいからヴィル氏腕出して」
箱に入っていたのは、腕輪の形をした飾り気の無い金属板と、黒い天鵞絨の台の上にきっちりと並べられた宝石類。但し腕輪は上半分しかなく、頂点の部分には窪みがついていた。
「これは?」
躊躇いなく袖を引き上げてテーブルの上に腕を置きながらヴィルは問う。
イデアは言った。
「色味見本。通常の金の合金配分だとヴィル氏が着けるんじゃ色が勝ち過ぎるから配合変えたんでござる。金属自体はその配合でFAだと思うのでその最終確認」
イデアはヴィルの差し出した腕に遠慮容赦無く半円形の金属板を填めるように置いてみせる。
「バッチリですな流石拙者」
通常の金よりもやや黄色みの薄いその金属板は、ヴィルの白い肌に合わせた特注配合。確実に金色だが必要以上に主張しない。しかし存在感はあって……。
色味を見て、してやったりと鋭い歯を見せて良い笑みを浮かべるイデアに、ヴィルは目を丸くして半円金属板を乗せられた自分の腕を見下ろしていた。
……今まで、学生の自分に合金の配合まで拘って作ってくれた職人が居たかしら?
ヴィルは黙って半円金属板を手に取り、そっと自分の顔の近く……耳付近へ寄せて手鏡を取り出した。
……代々のポムフィオーレ寮長が受け継ぐあの黄金のティアラとは違う色。薄い金髪に勝ち過ぎない。しかし負けない。確かに金色で、毛先のライラックに重なれば強く主張する。
「ルーク、どう?」
自分より自分の美に拘ってくれるルークに思わず訊いた。同じように目を丸くして此方を見ていたルークが、声を掛けられた瞬間、少し大きな声を出す。
「Marvelous! 正に君の為の色だ!」
「そりゃヴィル氏の為に作りましたしおすし」
と、イデアは言う。
「地金が決まれば次は宝石なんですが、これがまぁ~決まりませんでな~。実際本人の好みとかもあるし。好みと似合う似合わないが一致しないホモサピエンスは多いでしょうが、ヴィル氏に限ってそんなことは無いでしょ。カスタムドールなら一応コンセプトカラーがある程度決まってる素体もあるけどヴィル氏はカスタムの幅が無い完璧黄金比の失敗有機立体であるからして、ヴィル氏に訊くのが一番早いんでござる。一応ヴィル氏とその輪っかに合うだろうって色の宝石揃えてきたから、ソレ腕に戻して好きに試してみて欲しいんすわ。無かったら探してくるから言って」
「色の好み、ねぇ…」
と、自分の腕に半輪を戻してヴィルは呟く。
「個人的にはライラックが好みだけれど、だからって安直にアメジストやアメトリンが好きかっていったらそうでもないのよね」
「ただ単に紫ってだけならヴァイオレットサファイアやロードライト(ガーネット)にタンザ(タンザナイト)、アレキ(アレキサンドライト)とか色々あるのもご存知なのでは?」
「まぁね。でもね」
イデアが首を傾けるのに、ヴィルは手元の半輪と宝石類から目を離さずに、突然。
それこそ。
何の前触れも無く。
豹変、と呼ぶにも躊躇われるほど自然に。
酷く。
凶悪な妖艶さで深い笑みを浮かべた。
それは……多分。無意識のもの。
本心がそのまま露出した、完全に素直な感情。
だからこそそれは、より鋭利な艶となって辺りを無差別に威圧した。
近くに座るルークの二の腕に鳥肌が立って、ルークは目を丸くする。
ちり……と。テーブルの縁辺りで何かが灼ける音がした。
……昼休みの中庭。喧噪が波の引くように、すう、と引いていき、極度に緊張した、緊迫した表情になった生徒達の視線が三人に集中した。
静まり返った辺りを、彼等は意に介さなかった。
ヴィルは言う。
「確かにアタシの『好み』で選べば確実なんでしょうけど。アタシの為だけの特別合金なんて持って来られたら、着けたことのない色を従えてみたくなっちゃうのよね」
普段、人の何でもない仕草にすら極度に怯えて悪い方へと考えるイデアはしかし、このヴィルの凶悪な微笑みに全く動じていなかった。寧ろ、耳まで裂けそうな程に口角を上げ鋭い歯を見せ、両の腕でテーブルに頬杖をつき笑みを返すまで、してみせた。
ちり……。
もう一度。
テーブルの縁が鳴った。
イデアは言う。
笑いながら、言う。
「デュフッ。パールとかどうです? ヴィル氏、白パールは兎も角黒とか金とかコンクとか着けたことないでしょ」
「有りか無しかで言ったら確実に有りよね」
「ふひひっ」
為政者達の他を圧倒する暴力的な微笑みに、ルークは胸がはち切れんばかりの悦びに笑った。
ルークは寮長という為政者達を疑わない。その美しさは質は違えど誰よりも抜きん出て素晴らしいからだ。
だからこそ寮長。だからこその王……Roiなのだ。
だからルークは彼等を疑わない。
……だからこれは、単なる確認の為のもの。
単に興味を満足させる為だけのもの。
「Roi de ta chambre」
ルークは言った。
呼ばれたイデアは口角を上げることをやめ、原色の黄色い虹彩をした目だけでルークを見た。
邪魔をするな。と、その目は言っていた。
邪魔をする気は毛頭ない。ルークは問う。
「ヴィルも認める君のセンスは疑うべくもないことを前提として訊かせてくれないかい? 最も美しく宝石の王たる輝きの頂点、ダイヤモンドを君がこの場に持っては来なかった理由をね」
愚問、と、イデアの瞼が半分落とされ、その黄色の虹彩の覗く範囲がすー、と細くなった。
イデアの口が開く。
「ヴィル氏は寮生の誰かを無視するの?」
「!?」
突拍子もないイデアの問いに、とんでもない! とルークは首を横に振った。
話がダイヤモンドから何故寮やヴィルの話になるのかは不明だが、これは否定しておかなくてはならない。
ルークは言う。
「ヴィルは完璧なポムフィオーレの王だ。選んで寮生を爪弾くなど……」
「だからだよ」
「Quoi?」
イデアは頬杖を解き、両腕を広げて耳まで避けるような笑みを見せた。
地の底を伝う溶岩のような声で笑いながら、叩き付けるように、言う。
「ダイヤモンドは宝石の王! 王は全ての民を支配し、全ての民に対応する! 返して言えば誰にだって合うんだよダイヤモンドって石は。魔法で使う時だってそうでしょ!? どんな魔法、どんな人、どんな使われ方したってとりま最低限失敗はしない安牌! それが宝石の王様、ダイヤモンドでござる!!」
ヴィルは顔を上げなかった。
視線すら上げなかった。
相変わらず寒気のする完璧な笑顔で自分の腕の半輪の金属板を見詰め、宝石を試していた。
イデアは続けた。
「ダイヤモンドだって質はピンキリあるし、そりゃ質が良くて馬鹿デカくてバチクソ高額なの持ってくりゃゴージャスだの何だのって褒めそやされるだろうさ! でもそれって決して似合うから誉められたんじゃない! 皆『金額が高いダイヤモンドを購入できるその財力』を褒めそやすんだ! 『似合うのが当たり前』だからだ! そんな『取り敢えず着けとけば事故は無い』みたいな無難of無難なシロモンをハイブランド製アクセ蹴ってまで自分専用のアクセ造れって言ってきた御仁に造るか!? そんなモン着けて満足な出来になるか!? ヴィル氏なんか特にどう頑張って貶そうとしたって髪の先からつま先まで完全無欠に黄金比の絶対失敗造形なんだからダイヤモンド塡まったモンなんざどう造ったって似合うに決まってんでしょ! より完璧な失敗造形になるの目指す相手だって解ってるのに合うと解りきった宝石なんぞ持ち込んでぶっとばされるのなんか真っ平御免被りますわ!」
びり、と、丸テーブルが震動を受けたような音を発した。決して強く風が吹いている訳ではないのに、木の葉が一度、大きく軋んで揺れた。
ヴィルは爆笑した。
辺りの空気を凍らせるような声で、楽しそうに、笑った。
「人々の畏怖の対象は昔から常に一極集中突破型の何かだと相場が決まっていたわ」
映画でもそうだとヴィルは言う。
「ホラー映画で人々がより恐怖し、生を諦めて膝を折る対象はいつも、人の予想を遥かに超えた醜悪な意志や、筆舌に尽くし難い外見のモンスター。或いは、場を凍らせ目が合った瞬間に死を覚悟させる美貌を持った死者。アタシは後者でありたいし、死者としてではなく、生者としてそうでありたい。その為には、そうね。ダイヤモンドは優し過ぎて……」
ヴィルは怖気の走る底冷えした笑顔のまま顔を上げてイデアを見た。
濃淡のある不思議な薄紫の虹彩が、日陰では銀色を帯びてイデアを射った。
完璧な形の美しい薄紅の唇は笑みの形のまま。
「……役不足!」
イデアはにやりとして、ヴィルの凄まじい笑顔に応えた。
「お優しい宝石の王を役不足とは流石ヴィル氏。まぁ一極集中が畏怖の対象なのは否定する要素ゼロ完全同意。畏怖の対象ってアレでしょ? 例えば血の色をした絶対王政」
イデアの言葉に、ヴィルは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。
しかしその意味を理解した次の瞬間には本当に場が凍りつきそうな声で笑い出した。ルークも、一瞬首を傾けたが、意味が分かった次の瞬間には噴き出していた。
ヴィルは笑いながら応える
「世が世なら本当に首が落ちていそうだものね。ええ。ええ、そう。そうよ」
そうして、イデアへ続けて言う。
「或いは枯葉の色をした権力、とかね」
「世が世なら、じゃなくて現代でもそれ致死性なんじゃないかなぁ」
イデアは笑う。
喉の奥で、地の底を這う溶岩の音を立てて、じゃあさ、と、笑う。
「次に来るのは、空の色をした執念っすかね」
「アイツ、相手の態度や自分の機嫌によって仕打ちや口調が変わるの、本当にそういうところよ。悪くないわ」
と、ヴィルは言う。
「なら次は差し詰め、砂の色をした善意ってところかしら」
「プラス感情に砂噛ますの最っ高!」
そう言って、笑う。
二人は、笑う。
なら、とヴィルは言う。
「アンタはアタシを何て形容するのかしら?」
「ヴィル氏は」
と、イデアは言う。
「果実の色をした死病っすね」
ヴィルは再び。爆笑した。
周囲を凍えさせて高らかに笑った。
「いいじゃない、気に入ったわ! アタシ今度の夜会の参加者全員、アタシという死病に罹けて来るわね!」
だから、と、ヴィルは言った。
「アタシが致死性の果実になれるものを完璧に造るのよ? Roi de Orfevre」
イデアは鋭い歯を見せる笑顔のまま鼻で嗤った。
「誰に言ってます? ソレ出来るのが拙者しか居ないからヴィル氏はルーク氏に拙者を狩らせたのでは? 心配しなくても完璧な失敗作にしてやるから黙って飾られてろよ、Roi de Ouvrages d’art」
互いに。
相手を殺しそうな笑顔で笑い合い……。
ヴィルは艶やかな唇の口角を上げたまま口を開いた。
「……アタシがアタシの美しさを磨くことに全てを掛けているのは、知っているわね?」
「ソレ知らないヤツこの学園に居ないのでは?」
「ならその上でそこまで言うってことよね」
凍てつく吹雪に似た声で、ヴィルは言う。
「それってもし」
恐ろしいまでに美しく完璧な形の目に、更に美麗な喜悦を浮かべて微笑んで。
「もしアンタの作ったものが少しでも合わなかったら、アンタを殺していいってことよね?」
「どうぞ?」
珍しい原色の黄色い虹彩にねらりと燃える強い光でヴィルを見据え、地底で煮えたぎる岩に似た笑い声でイデアは即答した。
「『ヴィル氏に殺されるのは了承済です』って拇印付きで念書でも書こうか? こちとら本気で造るモンにはガチで命懸ける系のオタクなんで心配御無用。まぁ万が一にもそんなことは有り得ませんが? 億が一そんな事態になったとして? そん時ゃヴィル氏の御手を煩わせるまでもなくてめぇで勝手に死にますんでお構いなく」
……。
比喩でなく。
そこかしこで本当に何かが爆ぜる音をさせる殺意を伴い、一途に、無邪気に、嬉しそうに微笑み合い睨み合う寮長クラスの魔法士二人に戦場となった中庭。そんな中で、一般生徒が平常を保ち続けられる訳がない。
うららかな日差しの暖かい穏やかさが欠片も感じられない中庭で、ある者は逃げだし、ある者は腰を抜かし……。
到底、昼「休み」など出来ない状態の中、寮長二人の最も近くに座っていたルークは。
「嗚呼……」
目を潤ませ、輝かせて……。
「互いに最高の美を求めて本気でぶつかり合う……。素晴らしい……素晴らしいよ! 何て……何……って、美しいんだ……!!」
頬を紅潮させて感激し空を仰いでいた。
傍目には、一見暢気な反応ではあった。
しかし、もしヴィルに似合わない宝飾品をイデアが持って来たなら、当のヴィルよりも先ずルークが激昂するであろうことも、当の本人は勿論、ヴィルも、そしてイデアにも解っていた。
「イデア先輩……」
「んぁ、どったのジャミル氏青い顔して。具合悪いの? ダイジョブ?」
「……あの……先輩が大丈夫ですか? ヴィル先輩と私闘をなさったとか……」
「はぇ!? してませぬが!? それドコ情報!?」
「えっ、してないんですか!?」
「してないししないでござる! してたら拙者今病院送りになってる。ヴィル氏マジめっちゃ強いから」
「ヴィル先輩……」
「あらジャックじゃない。……ちょっとアンタ顔色悪いわよどうしたの? 熱は無い?」
「ヴィル先輩こそどうしたんすか……イグニハイドの寮長とサシで私闘したって……」
「は? してないけど……。嫌ね、それ誰が言ってたの?」
「えっ、してねぇんすか!?」
「してないししないわよ。してたらアタシ今頃社会的に死んでるわ。アイツ本っ当に頭が良いんだから」
─────────────────────────
一部生徒に「私闘はしていない」とは言ったものの、あの日、中庭のそこかしこで爆ぜる音がする程の笑顔で睨め付け合い遣り合った後日からの二人は、傍目から見れば完全に戦争状態だった。
廊下で、教室で、学園内の至る所で。
片方はその殆どがタブレットだったけれども。
会う度会う度に学び舎に響き渡る怒号。教室の玻璃も凍るヴィルの声と地が割れていくようなイデアの声の応酬に、聞いている周りの生徒の方が怯え疲弊していくのだが、当人達には喧嘩・戦争をしている自覚はまるで無かった。
寧ろ片方が片方を見付けたら寄っていくまでしており、その「通称・戦争」が終わればいたって二人の機嫌は良く、故に学園長に呼び出しを受けても二人には晴天の霹靂で。
『私闘?』
二人は理解できない様子で眉間に皺を寄せ、学園長室で顔を見合わせた。
学園長の方に顔を戻して、ヴィルは腕を組み首を傾ける。
「……ねぇ学園長。最近ソレ本当に周りの連中から何度も聞くんだけど、アタシ達がいつそんなことしたっていうの?」
「つーか喧嘩する原因なくない? 僕とヴィル氏が私闘になり得る要因って何?」
「……アンタの『弟』?」
「ヴィル氏のスポンサーとか? でもヴィル氏オルトに手ぇ出さないでしょ?」
「今のところ手を出す予定は無いわね。アンタだってアタシのスポンサーどころかアタシの事務所すら知らないでしょ?」
「知らないっつか興味ないですしおすし」
……実際、二人とも相手に手は出していないし学園の施設や備品に傷の一つもつけておらず、勿論魔法も使ってはいないのだ。
故に学園長も、現場を見たことのある多数の教師も頭を抱えながら二人の退室を許可するしかなかった。
当然だ。彼等は互いを罵倒し合ってすらいない。彼等のここ最近の遣り合いは全てヴィルが夜会に着ける為の宝飾品に対してのもの。私闘ではなく口喧嘩ですらない。単なる案の出し合いに過ぎない。
二人に「妥協」「中間点」の選択肢は無い。
理屈、理由、思想、価値観、原理、意志。全てを用いて相手を論破し合って初めて形成されていくそれは魔法に似ていた。古代より理屈、理由、思想、価値観、原理、元素、意志、魔力、呪文を用いて現代においては様々な力を発揮するに到った多種の魔法は、発現当初は明日の天気を占うしか出来ず、それも精度は完璧には程遠い、形の無い、弱い、弱い代物だった。
或いはそれは、工学に似ていた。現在においては工学なくして人が生活出来ない程に世界に浸透したそれも、当初は人が一生を費やしてすら、夜も過ごせない小さな小さな灯りを灯すことが精一杯の、儚い夢のような代物でしかなかった。
研鑽に研鑽を重ねられて今日までの発展を見たこれらは、ただ一人の努力でここまでの発展に到ったのではなく、ただ一つを軸に多岐の発達を見たのでもない。
人の数を陵駕する否定と、星の数に匹敵する肯定を繰り返し、数多の人々との間で研磨に研磨を重ねられてきたのが、現在の魔法。そして現在の工学。
それは、或いは魔法薬学。
或いは天文学。
或いは飛行術。
或いは電気工学。
或いは毒薬学。
或いは色彩学。
或いは錬金術。
或いは電気工学。
或いは実践魔法。
或いは光学。
或いは古代呪文語学。
或いは磁気学。
或いは動物言語学。
或いは幾何学。
或いは魔法解析学。
或いは音響。
或いは占星術。
或いは数学。
或いは召喚術。
或いは魔導工学。
或いは……。
……。
イデアの指先や手や手首、腕には、生身で会う度に火傷や切傷、刺傷、摩擦による火傷等の手当の跡や包帯が増え、生身で会う度に血と肉の臭いが濃くなってゆくことにヴィルは気付いていた。
当然だ。イデアは魔導工学の天才と名高く美的センスも高いが金工師ではない。扱ったこともない道具や初めての扱い方をする金属に身を傷めるのは当然のことだった。
だがイデアは一つ、宝飾品が完成を見る度に嬉しそうで、誰にも何も言わず、痛みなどおくびにも出さなかった。
だからヴィルも敢えて気付こうとせず、見ても何も言わなかった。
……ヴィルと案の出し合いをする度に、質の悪い生徒が遠巻きに撮影してはスキャンダルとして三流雑誌社にそれを売っていることに、イデアは気付いていた。
当然だ。有名になればなるほど味方も増えるが敵も増える。ヴィルは世界的モデルなのだから輪を掛けて敵も多く、敵から受ける攻撃も強く大きいことだろう。
だがヴィルは一つ、宝飾品が完成を見る度に嬉しそうで、誰にも何も言わず、失礼な記者に受けるインタビューという名の詰問やレッテル記事へ思うことなどおくびにも出さなかった。
だからイデアも敢えて気付こうとはせず、見ても何も言わなかった。
彼等が今創り出そうとしているものは、決して歴史を、世界を動かすようなものではなかった。それどころか、人によっては興味がなく、また価値もない、極々小さな、一つの学校の中の小さな小さな事象でしかなかった。。
しかし、例えそれが一個人の、身を飾る為だけの規模の極めて小さな、終わってしまえばいずれ時間と共に忘れられてしまうようなものであったとしても、生きて、まだ誰も創り出したことのないものを身を削ってまで創ろうとする様は、歴史の中で不可能と嘲笑われながらも現代にまで残る様々な学問の、技術の、魔法の、礎を築き上げてきた、後世に名を連ねる偉大な先駆者達のそれに似ていた。
だからだろう。
二人で何かを創り出そうと必死になっていることに気付いた教師達は、気付いた直後から彼等への干渉や仲裁の一切をやめた。そして他の生徒達の仲裁願いの一切を退けた。
不可能を、可能に。非現実を、現実に。
それは彼等が志す魔法士の、そもそもの存在意義でもある筈だ。
一つ。また一つ。
完成をみては渡して、その度に試して、調整をして、また渡して……。
「……出来……た!」
最後のピアスが出来たのは、約束の夜会の一週間前、その更に3日前の明け方だった。
イグニハイド寮、溶接用作業場の一画。常時起動させていた為か洒落にならない熱を持った不格好なあのカメラのディスプレイにヴィルの顔面を映し、出来上がったばかりのピアスを寄せる。
大きく削り出した宝石を支える縁や爪は、ヴィルが夜会で着るドレスのショートグローブ、その華奢で繊細な縁レースの形を模した。ピンは耳に通した裏側をバネ式の金具で挟むイヤリング形式にし、外れにくい構造を設計。ピンと本体部分は噛み合わせにして本体の宝石部分が自由に揺れるように誂えた。
後ろから覗き込んできたオルトが感嘆の声を上げる。
「わあ! 凄いや兄さん! 綺麗!!」
「そうでしょ? そうでしょ!? いやー自分の才能が恐いですわ我ながら」
「これならヴィル・シェーンハイトさんの夜会もバッチリだよね!」
自分のことのように喜んだオルトが次の瞬間、イデアの指や手に新たについた摩擦火傷を見付けて、包帯と薬を持ってくるから、と慌てて作業場を後にする。
その背中を見送って、イデアは再びピアスと画像に視線を戻した。
作業台の強い光に、同じくらい強い照りを返して揺れるピアスのピンを摘まみ、イデアは作業台に肘を付いて画面のヴィルとピアスを見比べ、疲れた表情で呆れ果てた溜息を吐く。
「……ほんっっっと……専用で完璧なものでなきゃ似合わんとか、マジ今世紀最大の失敗造形っすわ……」
─────────────────────────
次の日の夜。ポムフィオーレ寮談話室。
夜会用ドレスと、イデア作の宝飾品全てを身に着けたヴィルは。
「ねぇ、ちょっと……」
頭身鏡に身を映した後、ルークを振り返った。
「完璧じゃない!?」
「嗚呼、ヴィル、我がRoi de poison……」
ルークは両手を広げてそれに応える。
「Marvelous! 素晴らしいよ! きっと夜会の参加者も皆、君に目を奪われることだろう! 君の全てを知りたくなり、君を追わずには居られなくなるだろう……! 君の虜となり、生活の全てが君に毒される……嗚呼、それは致死性のpoison……正に『死病』に相応しい……!!」
ルークの賞賛を美しい笑顔で受け止め、ヴィルは今度はソファに収まってにまりと笑うイデアに向き直った。
「アンタ、思った以上にやるじゃない!」
「当然でしょ? いやほんとスイマセンね天才過ぎて」
言いながら、イデアは豪奢なテーブルの上に無遠慮に置いた、不格好なあのカメラのディスプレイに今のヴィルの背面を表示させて、ぞんざいにヴィルに向けた。
「まぁ文句の付けようも無いでしょうが、一応背面も確認しといて」
ヴィルはカメラに近付いて、入念に自分の姿を確認し……。
一つ、頷く。
「……いいじゃない」
「んじゃ、お役御免ってことで」
ぱっとカメラの電源を落として、イデアはソファから立ち上がった。
そのままカメラをやや乱雑に掴み、いつも通りの猫背で談話室を後にしようと踵を返す。
早足で談話室の出入り口から出ようとするイデアの背に、ヴィルの声が掛かった。
「請求書を作っておいて頂戴。後でルークを行かせるから、渡しておいて」
「寮まで来なくていいよ……」
そろそろフルスロットルだったオタクとしてのスイッチが切れ始めているのだろうイデアは、ヴィルの申し出を肩を落として拒否する。
「明日の実践魔法、ルーク氏のクラスと合同だからその時に渡すんでいいでしょ……」
「おや、残念だ!」
と、ルークは笑う。
「イグニハイド寮へ正面からお邪魔させて頂く良い機会だと思ったのだけれど!」
「いや来ないでホント……つか正面からってどゆこと……マジ無理セキュリティ強化しよ……」
げっそりと呟いた後、イデアは何か思い出したように「あ」と呟き、カメラを提げていた手を持ち替えてパーカーのポケットの中を漁る。
そうして目当てのものを引き出すと、それぞれヴィルとルークに一つづつ投げた。
「あげる」
受け取ったヴィルとルークはそれぞれ受け止めた掌を開いてそれを見て……。
「今回のヴィルのジュエリーに使われている宝石だね」
「そうね。でもイデア、何故?」
イデアは肩を竦めた。
「二人とも、その宝石の異名とか逸話とかに興味ある?」
「無いわね」
ヴィルは即答した。
「アタシにとって宝石は第一に宝飾、装飾品だわ。呪符に使わないことはないけれど、通常は思考の範囲外ね」
ルークもヴィルの言葉に頷いて同意を示す。
「私もヴィルと基本は同意見だよ。宝石はそれに纏わる逸話や背景を含めて美しいとは思うけれども、それはあくまで宝石を引き立てるエッセンスだと考えているね」
「拙者、逆なんすわ」
イデアはヴィルとルークのきっぱりとした物言いに歯を見せて口角を引き上げ、笑い。
そうして、言った。
「宝石類は呪符や媒体、媒介、魔導部材に使うことが多いもんで。成分や組織は勿論、そーゆー異名や逸話、宝石自体が持つ力とか割と大事で。ソレは」
と、ヴィルとルークに投げ渡した宝石を顎で示す。
「作ってる時に夢中になりすぎて拙者の魔力が入っちゃったんでござる。まぁ特に何に使うとか考えてないで集中してた時に無意識に入ってしまいましたもんで、属性も思想も何も無い単なる純粋な魔力でしかないんだけど。だからこそ媒体や呪符にはもう使えないし、かといって幾つかあるアクセの中で二つだけ魔力入りのを使うのもそれはそれで揃ってない感じがして気分悪いから使わなかったんだよね。けどヴィル氏達がソレを装飾としてしか見ないんなら単体で使う分には問題無いっしょ。だからあげる。僕の失敗だから請求には乗せないよ。安心して」
……ポムフィオーレ寮の外出禁止時間を知らせる予鈴が鳴る。
イデアはその予鈴の音に驚いたのか、突然、片手で下げていたカメラをぴゃっと両手で胸に抱えておどおどと後退った。
「ごっごごごごめんなさいキモオタ陰キャの魔力入った石投げて渡すとか失礼かつキモいよね済みません是非捨ててくださいそれじゃ!!」
声を掛ける間もあらばこそ。
イデアは脱兎の如くその場から逃げ出した。
後に残されたヴィルとルークはぽかんとその背を見送り……。
同時に噴き出した。
「どうやら」
と、ルークはヴィルに言う。
「君がシンデレラに掛けた魔法が切れたようだ」
「そのようね」
しかもガラスの靴より高価な、こんなものを片方どころか両方残して。と。ヴィルはルークに応え、投げ渡された大振りの宝石を人差し指と親指でつまみ、頭上にかざして天井の灯りに透かした。
それは人工灯の光を受け、音が鳴りそうな程に強く光った。
「アタシがいくら呪符としての宝石は二の次って言ったって」
と、溜息を吐く。
「……宝石が宝石と呼ばれるのは、その成分が宝石と呼ばれる精度と配列配分で凝固すること自体が稀だからよ。殆どがこんなに大きく実を結ぶことはないわ。そんな稀な宝石の、更にこんなに大きく切り出せたもの。それだけでも希少なのに、その上更にグレート・セブンの一人、冥界の王ハデス様その人の蒼炎の髪を継ぐ者の純粋な魔力が込められた宝石、ですって? こんなものを投げて寄越した上、捨てろだなんて、アイツ物の価値ってものをほんっとうに解っていないのね……」
「……解っていないのではなくて」
と、静かに。ルークは言った。
「彼と我々では『価値あるもの』とする基準が、僅かばかり異なるだけなのかもしれないよ」
「……それだけのことなのかしら?」
体勢を戻し、訝しげに首を傾けるヴィルに、ルークは、
「意外と」
と、笑う。
「意外と、もしかしたら、彼が『価値あるもの』と思うものは、我々が普段は気に留める事のない程に興味の向かないものなのかもしれない。この宝石は」
ルークは自分の掌の宝石に視線を落とした後、視線だけをちらりとヴィルに向けて微笑む。
「彼にとって、それだけのことなのでないかな?」
……。
暫く。ヴィルは無言だった。
が。ややあって。
「……そうかもね」
それだけを呟いて。ヴィルは着替える為に自室へと踵を返した。
そのヴィルの背中にルークは言う。
ところでヴィル、と言う。
「君の姿が大量に収められたカメラを持たせたまま帰してしまって良かったのかい?」
足を止めてヴィルは言う。
良いのよ、と背中で言う。
「アンタの言葉を借りれば、アタシ達が『価値あるもの』と思うものはアイツにとってそうではないんでしょう」
だから良いのよ、と。
ルークは笑った。
それを聞いて、笑った。
そうして、ヴィルの後について歩き出した。
夜会の報告を楽しみにしているよ。我が毒の君。
ええ、勿論よ。
そんな会話をする彼等の手と、ヴィルが身に纏うジュエリーの数々に燦めく宝石の色は鮮やかな黄緑色。果実を結んだ枝に閃く美しい葉の色。
夜会で見事、麗しい果実の姿と色をして死病を振り撒くヴィルの姿は想像に難くなくて……。
─────────────────────────
ペリドット。
ヴィルが選んだ宝石はそれだった。
カメラを胸に抱えたイデアは無表情でその宝石のことを考えながら猫背を深くしてイグニハイド寮、その深部にある、小型機材破砕用の第二破砕室に向かう。
ペリドット。
ヴィルが好きな色だと言ったライラックの対色。
マグネシウムと鉄を主成分とする珪酸塩鉱物。
俗に言うカンラン石。
主成分はマグネシウムと鉄。比率は約4:1。微量のニッケルを含み、美しい黄緑の発色はニッケルによるもの。8月の誕生石。
カンラン石自体は非常にありふれた鉱物だが、ニッケルによって黄緑色に発色した希少色の石のみをペリドットと呼び宝石として扱う。
硬度6.5。最高硬度を10とする宝石としては比較的脆い。
魔法面から見たペリドットは生命力、希望、発展を象徴し、闇を消し悪魔を払い精神を安定させる力に優れている。
「人を選ぶ宝石っすわ」
呟いて、イデアはカメラを抱え直した。
ペリドットはその色の他にも、複屈折、という他の宝石にはあまり見られない特徴がある。
これは宝石に差し込んだ光が、宝石を構成する成分の結合配列の作用で二重になって反射し外部へ放射される現象のこと。故に魔力面でのペリドットは使う魔法の威力や精度を底上げし、宝飾としてのペリドットは光を強く反射し、昼の太陽の下でも夜の灯りの下でも変わらない輝きを放つ。
寧ろ灯りの弱い夜に輝きが弱くなる他の宝石と比べれば、夜にこそ輝く宝石と言って差し支え無い。
このことからペリドットを示して呼ばれる異名は……。
「……夜会のエメラルド。夜のダイヤモンド……」
ヴィルは宝石の異名や逸話に興味は無いと言った。ならば恐らく、あの日、中庭で宝石を選んだ時、完全にその時の気分や色への支配欲で選んだのだろう。それなのに今回の使用用途である「夜会」の異名を持ち、更に宝石の王たるダイヤモンドをすら異名に持つ石を選ぶとは。
「ほんと、そゆとこ」
ま、どーでもいーんですけどね。
破砕室に着いた。
イデアは厳重な防護扉の横に着いたナンバーディスプレイにコードナンバーを打ち込んで鍵を開ける。扉が開いたその直ぐ目の前の部屋は半円形の操作室。目の前十歩の距離に操作台があって、その直ぐ奧は一面が強化防護ガラスの開かない窓になっていた。
イデアが足を踏み入れると、室内全体に人工灯が自動で点灯する。
扉の並びにある壁際の、引き戸が開いたままになった棚からドライバーを探し出して、イデアは抱えていたカメラを一部分解し、レンズだけを抜き取った。
後はそのカメラを操作板の下を通るベルトコンベアにぞんざいに放って、操作板のレバーを引く。
動き出したベルトコンベアに委細構わず、イデアは操作台に腰を預けて寄りかかり、開かないガラス窓に背を向けて手の中のレンズを見た。
イデアの求めるズームに対応できるレンズはそう易々と見つかるものではない。ビーンズ・カモのシューターやフェアリー・ガラのドローンに使ったレンズは相当に値が張ったし、オルトの両眼に使ったレンズの製造に掛かった時間と経費は製造途中で数えるのをやめた。
レンズは生命体の目以外では自然が作り出すことの出来ない人造の英知の結晶の一つだ。このレンズを誰が持ち込んで何に使ったのかは解らないが、あの場で見付けられたのは奇跡と言うより他は無い。とても良い拾い物だった。正に僥倖。非常に運が良かった。まさかこんなに高性能なレンズが廃棄されていたなんて。破砕に掛けられる前に見付けられて本当に良かった。
イデアは普段、誰にも見せない微笑みを見せてレンズを裏返す。
素手で触ってしまった。入念に洗浄しなければ。
それにしても……。
「……綺麗だなぁ……」
操作室に警告音が響き渡る。
イデアの背後の防護ガラスの窓の向こうで、つい先刻まで使われていたカメラに高圧電流が流されてデータが破壊され、剣山を連想するプレス機がレンズの無いカメラを粉々に刺し砕いた。
カメラに入っていたデータは、ヴィルのファンなら垂涎ものの画像や動画。ファンのみならず、マスメディアにしても確実に数字が取れる宝ばかりが収められていた筈だった。普通に使用するにしろ、悪用するにしろ、莫大な金を動かせた筈だった。
だがイデアはレンズを見詰めたまま。破壊されていくカメラの委細を構わず、ガラス窓やその向こうを振り返ることも無く破砕室を出て扉を閉めた。
誰も居なくなった破砕室は、破砕されたカメラを溶融炉行きの分別ダクトへ放り込んだ数秒の後、自動的に灯りが落ちて静かになった。
……後日。
イデアは愛用のタブレットの画面に、ハマっているゲーム内のフレンドからのメッセージ着信を知らせる表示を見つけた。
すぐさまそのメッセージを開けようとして……。
ふと。
その直ぐ上に新着ニュースの表示を見かけた。
見覚えのある名前の男性スーパーモデルが参加していた夜会の記事。随分話題になったようで、関連ニュースのリンクも大量に表示されていた。
イデアは鋭い歯を僅かに見せて苦笑をし……。
一度だけ瞠目すると、タブレットに向かって絆創膏だらけの指を上げて……。
終