雄英体育祭をベスト4という好成績で終えた砂藤であったが、彼はその結果に何一つ満足してなどいなかった。
先の雄英体育祭では、自分と壁を隔てた強者たち、その実力差を思い知ることとなる。
そしてそんな中で先日行われていたヒーロー事務所への職業体験
砂藤は
彼にとって同系統の個性を持つ先達のもとで己の個性を磨いた日々は充実した者であった。
そして今日はその実習が終わって皆がクラスに勢揃いする日
実習前とは見違えた面構えに、それぞれが刺激を受けながら、それぞれが学んだ部分を語り合う。
そんな中、砂藤にはどうしても気になることがあった。
「本条くん、この前の時はありがとう、改めてあの言葉の意味を理解したよ」
「あぁ、あれね、いいのあんなのは、気にしないで」
どうやら彼女の雰囲気がいつもと違う、常に周りを拒絶するオーラを纏っていた彼女だが、今日はどこかそれが鳴りを潜めている。
「君はそういうが、あの一言で俺は自分を……、いや周りを顧みることが出来た。改めて礼を言わせてくれ」
「フフッ、そうだね、一人の力じゃできることも限られちゃうからね」
そしてまさか、あの本条が、最低限以上の会話に応じ、あまつさえ笑顔を見せていることに、その様子にたまたま見ていたクラスメイト達は衝撃を受け固まってしまう。
「……? どうしたの?」
「いや、君が笑ったのを初めて見た」
この中でもっとも衝撃を受けたであろう砂藤は、遠目に彼女をまじまじと見つめる。
「あれ、そうかな? あぁ、もしかして私の行ったヒーロー事務所のせいかも、そこがとにかくユーモアを重視する変わった場所でさ」
「なるほど、本条君にもいい出会いがあったようだな」
穏やかな会話、だが不意に彼女はその表情を歪めた。
泣いているのか笑っているのか分からない顔に、話していた飯田は困惑している様子だ。
「本条君……?」
しかし、その表情は一瞬、先ほどの穏やかな表情に戻った彼女は、それ以上の話を打ち切る様に時計に目を移した。
「おっと、もうチャイムだよ委員長」
「……あぁ、そうだな!」
気になる砂藤だが、授業が始まってはそれだけに集中するわけにもいかない、砂藤は彼女の表情に引っかかりを感じながらも、それが良い変化であるならば歓迎すべきだと、頭にわだかまる不安を無視して授業の準備を始めた。
それからの本条の変化には目を張るものがあった。
まず、あのいつも刺々しくトップを狙う姿勢が変わった。
「その……、本条さん、先ほどの人質救助の模擬戦、なぜあのような要求まで呑んだのですか? あの時の本条さんならそのまま人質の安全が確保できたしょう?」
「確かにそうだけど……、さっきのシチュエーションだと立てこもり犯に対するネゴシエーションがあの授業の評価基準だったよね? 己の個性の我を通すことじゃなくて、人質の安全、興奮した個性犯にどう対応するか、先生はそれを求めていた。あそこで人質は助けられたけど、それじゃあ授業の意味がないでしょ?」
「あぁ、なるほど、だから敵が食事の用意を要求した時、人質の方の分の食料やコップも用意していらっしゃったんですね」
「まぁ人質も敵もクラスのみんなが割り振られたから、そこら辺の目的がぼやけちゃったのは仕方がないけどね」
触れれば切れるほどに張り詰めた態度は軟化し、授業の内容次第では仲間にアドバイスを送る姿すら見せる。
「ちょちょちょ! なんでお前がここにいて俺が奇襲されてんだ! なんで俺の不意打ちが分かんだよ!」
「いや、だって如何にもな誘導してきたから……、はい次は瀬呂君が私を追いかける番だよ」
だからといって、相手の裏をかくような狡猾さは衰えるどころか磨きがかかり、どのような条件であっても、彼女は勝利をもぎ取っていく。
もともと成績は優秀で、唯一の欠点であった授業態度に関しても問題がなくなり、他の学生から見れば完璧といってもいい
「今回の複数の敵によるテロ等に対する想定訓練、MVPは……、あぁ……本条だな、よくあそこで一度踏みとどまって周りを確認した」
「いえ、仮想敵の犯行声明、目の前の敵の個性だけでは説明できない妨害など、増援の可能性を示唆するものはいくつか意図的に置いてありましたので」
「まぁ、それが咄嗟にできれば上等だ。ただ弾みに乗り過ぎて踏み外すなよ、今回はうまく行った。だがヒーローなら常に最善を尽くすと同時に最悪も考えろ」
「……えぇ、それはもちろんです」
ヒーロー科の授業は初期の座学に比べ、より実践的な内容が増え、仲間たちと日々競い合うものが多くなるなか、その授業の複雑性は増していく
しかし、彼女は誰も目で見ても分かる模範解答を示し続けた。
さしものプロヒーローでもある教師からも調子に乗り過ぎて失敗しないようにという、なんとも負け惜しみのような言葉を贈ることしかできない
「すごい、本条さん、最近は絶好調だね!」
「運がいいんだよ」
「いやぁ、あそこまでの実力見せられちゃ運じゃすまないよ!」
「ううん、本当に私の“運”が良いからだよ?」
唯一と言って良い対人関係もだいぶマシ……、あまり長話はしないが日常会話程度なら行えるようになった彼女に、もはや欠点は見当たらない
「またまた~、ご謙遜を~、なんか秘訣とかあるんじゃな~い?」
「嘘じゃないんだけど……、うーん、そういえば最近寮から学校に通うことにしたから、自分の時間が多く取れるの、それが原因かな」
「えっ! じゃあ今一人暮らしなの!? じゃあじゃあ今度さ!」
「……あっ、そういえば次の数学、前の授業の進み具合から考えると芦戸さんが当てられるんじゃない?」
「えっ! ヤバッ! ホントだ!」
そう、これは端的に言って、いい変化と呼ぶべきものである。
「本条ってさ、体験学習あたりからトゲがちょっと取れたよな、まだガードは固いけど」
「あぁ、分かる! 無視とか嫌味とか確実に減ったよな! よかったよかった」
だが
「……そうか? 俺は、前のツンケンしていた方がまだマシだったと思うよ」
なぜかそんな言葉が浮かぶ
「いやいや、誰が見ても今の方が……、まさか、お前ドMか!?」
「なんでもアイツが行った先の事務所が変わった場所らしくて……
自分で言語化できないその違和感に人を納得できるだけの力などあるはずもなく、砂藤の理由も分からない焦燥感はただひとり砂藤の胸の内を焦がしていく。
そんな気持ちを抱えたまま、それでも砂藤はなんとか気分を変えようと、雄英のトレーニングルームに足を向けていた。
並みのジムを超えた最高品質のマシンたち、潤沢な予算で作られたそこは学校という枠になど収まらないトップレベルの環境
そしてその場にいる学生たちも、思い思いに汗を流しながら黙々とトレーニングを行っていた。
(やっぱジムはこういう雰囲気が落ち着くよなぁ)
実を言うなら、この最高水準と評したここさえ超えた場所が、この雄英には存在する。
ヒーロー科のみに解放されているトレーニングルームだ。
完全に個人向けに作られたメニューや、その生徒に合わせたトレーニングマシンをサポート科の協力のもと作成されるそこは、最早ジムというより個性開発の場と言っても過言ではない。
(たまには純粋にこっちでやりたくなるんだよな。このガシャガシャと控えめに鳴るマシンの音、ランニングマシンの駆動音、みんな自分の世界で戦ってるっていうか……、落ち着くぜ)
その感性は一般的かは置いておき、彼は迷うことなく目的のマシンへ歩いていくと、ふと目の端に気になるものがうつる。
その男子生徒はベンチプレスを行っているのだが、傍目にもオーバーワークだと分かる程、息を切らしていた。
(たしかアイツは本条の……)
しかも砂藤は彼に見覚えがある。
教室での宣戦布告、購買での騒ぎ、雄英体育祭での騎馬戦
印象深かったので名前も知っている。
(名前はたしか心操だったか……? 個性が洗脳のすげぇ奴)
そんな姿を見て思わず声をかけようかと思うが、それは彼の集中状態を見て躊躇した。
(ずいぶん追い込んでるな……、セーフティーバーはあるが、少し危なくねぇか……、いや、余計な茶々入れる方が違げぇか……、スタッフは……、いない……)
「グッ……」
彼が周りをチラリとみて視線を戻した時、男子生徒の腕から力が抜ける。
(潰れた!)
一瞬の出来事に反応出来たのは、その場にいる砂藤だけ
限界まで伸ばされた腕から瓦解する直前、さっとバーベルを抑えてみせる。
「ッはぁ!」
「っと、ナイスファイト」
「はぁ、はぁ、はぁ、すま、はぁ、すまねぇ」
「息を整えてからでいいぜ、」
「はぁ、はぁ、すぅ……、ハァー……、はぁーー……、すまねぇ、助かった」
「大丈夫か? どっか痛めてねぇよな」
砂藤は心配から彼の体に手を伸ばす。
それと同時に息が落ち着いてきた男子生徒は、ようやく言葉を話そうとするが、砂藤を見てその表情を一変させる。
「ヒーロー科ッ……!」
砂藤がちょうど伸ばした手を彼は弾いた。
元々ヒーロー科をライバル視し、宣戦布告してる様子も見ていた砂藤だが、そのあからさま過ぎる敵意に思わず驚いてしまう。
「うぉっと、おいおいどうしたんだよ急に」
「……助けてくれたことには感謝している。だが俺に構わないでくれ」
「ぎらつきすぎだぜ、気持ちはわかるがオーバーワークだ。やり過ぎには気を付けろよ」
「……偽善かよ」
静かな声とは裏腹に激しい感情が渦巻いていると感じた砂藤はそれ以上何か言うことを止めようと思ったが、そのあまりにも攻撃的な態度にムッとする。
「いや、偽善って……、困ってる奴を助けるのがヒーローの仕事だろうが」
「あの女みてぇに善人面して近づいてくるヒーロー科どもはもう信用できねぇ、ここじゃなくてもヒーロー科様は専用の場所があるんだろ? わりぃがそっちに行ってくれ」
だがその言葉を出されて、思わず砂藤は反応してしまう。
「あの女って本条のことか……?」
その名前を聞いた男の反応は劇的だった。
「あのクソ女の名前を俺の前で出すんじゃねぇ……!」
ギロリと憎悪を滾らせて砂藤を睨むと吐き捨てるように呟いた。
その一言に砂藤も瞬間的に臓腑が熱くなる。
「何? おい、人様にクソなんて言うもんじゃねぇだろうよ……!」
「あの女をクソ以外になんて言えばいい? ヒーロー科の恥知らず、雄英の面汚し、卑怯者、色々言われてるが……、それともアバズレの方だったか?」
「テメェッ!!!」
砂藤は心操に詰め寄り、片手でその胸倉を掴み、もう片方の拳を握る……、その直前で体を抑えた。
周りの生徒が何事かとこっちを見る
砂藤は落ち着くために、大きく息を吐いて腹の熱を吐き出した。
「っフー……、確かお前トーナメントまで残った心操だろ? おまえ、本条と仲良かったんじゃねぇのかよ」
「……仲がいい? ハッ、あんなのは全部嘘さ、あいつと俺の間にあったものなんて全部な」
口では笑いながらも、目は怒りに震える男、心操人使はそのまま負の感情が乗った言葉を吐く
「アイツのおかげで俺はヒーローになるためのチャンスを不意にされた。俺にとっちゃそれだけだ……!」
「……あいつはダチを売るようなことはしねぇ、それに悔しいだろうがアンタが負けたのは実力だ。他人のせいなんて僻みが過ぎるぜ」
砂藤の一言に心操が口元をゆがめた。
「ハッハハ……、そりゃそう見えるだろうな、それに俺とアイツは友達でもなんでもない、赤の他人だ」
そんな風に彼女のことを語る男を見て、砂藤は俯いた。
砂藤は目の前の男を知っていた。
始めは1-Aの教室で起きた宣戦布告で気合の入った男がいるなと思う程度であった。
それが本条の隣に肩を並べ、彼女に笑顔を浮かべさせることができる姿をみて、感謝をこえて膝をついて拝みたくなるほどに、砂藤は救われた。
「アイツは良い奴だ。お前だって本当は知ってるはずだ……、なのにどうして、よりによって、お前がそんなこと言うんだよ……」
だからこそ、そんな彼が彼女を憎悪する姿をみて口から出た言葉は、悲しみに満ちた声色であった。
それを聞いた心操は、まるで自分が侮辱されているかのように怒気を放つ。
「あ゛?」
俯きがちな顔から、鈍く光る眼がねめつける。
「……おいヒーロー科、いいか? よく聞け、あの嘘にまみれた女は俺の敵だ」
「ッ……!」
「それだけは嘘じゃない……、それだけが俺の中に残った事実だ。俺の中のそれすら否定するつもりなら……」
いつか対峙した
「お前も、敵だ」
いつの間にか砂藤は両こぶしを胸の前まで上げて握っていることに気づいた。
「やる気か? いいぜ、結局ヒーローになるなら単純な力がなくちゃ話にならねぇことは骨身にしみた。殴り合いなんてそう出くわさねぇしな」
「いや、これは……、違う……」
いつの間にか身構えさせられていた砂藤は弁明のように腕を下すが、それを見て心操の眉間のしわはより深くなる。
「なら俺の邪魔だ、デカブツ」
心操は砂藤の体の脇を通り過ぎてジムから出ていった。
内心が打ちのめされた砂藤は、足に根が生えたように動けない、頭の中では先ほどのことがぐるぐると回り続けていた。
本条と心操、彼らに何があったのか?
まさか、本条が心操を裏切ったのか?
あの時に見た笑顔は嘘であったのか?
彼女はそこまで壊れてしまったのか?
どうしても彼女が、そんなことをするとは思いたくない砂藤は答えの出ない問いを考え続ける。
(あの時心操を助けたのも、あの笑顔も、みんな嘘だったのか……?)
分からない、自分はどうするべきか、何が正しいのかさえ分からない
それでも言えるのは
「……ここで立ち止まるなんて奴がフリでもヒーローがつとまるわけがねぇ……!」
砂藤は建物から出た心操を追った。
自分が何をしたいのか、何をすべきなのか、そんなことも分からずに進む自分の間抜けさに歯噛みしながらも、砂藤は心操を探す。
「いた……!」
心操は校舎すぐ横、まばらに置かれたベンチの前で、走り込み前のウォーミングアップをしているところであった。
「おい、心操」
「……なんだヒーロー科、俺をぶん殴るのに人の目を気にしてたってわけか?」
「確かに俺はヒーロー科だが、砂藤力道って名前もある」
「知らねぇよ」
心操はその名前を本当に聞き覚えのないことが一瞬気になった。
だがその興味はすぐに失せる。
「ケンカに来たわけじゃねぇよ」
「そうか、じゃあ失せろ」
「失せるわけにもいかねぇ、俺は話に来たんだ。お前がそこまで本条を憎む理由はなんだ?」
「お前には関係ない、教える義理もない、そもそもテメェはアイツのなんだ?」
「……友達だ」
「嘘だな、この学校にあの女の友達なんていない、ましてやヒーロー科は全員アイツの敵だ」
心操の言葉は限りなく正解に近い、自分が本条に徹底的に無視されていることは彼自身が知っていた。
「それでも俺は、アイツのことを友達で、良い奴だと思っている」
二人はにらみ合う。
「そうか、じゃあお前も俺の敵だ」
心操は半歩足を前に出し、砂藤も深く息を吐いて真正面のまま地面を踏みしめる。
徐々に濃くなる不穏な空気、爆発寸前に膨らんだ緊張感で場が張り詰めていく。
そんな時である。
「おい、そこの暇人二人、無駄な行為を止めろ」
突然、ベンチの前に立つ、長身の男、シングルスーツに白いワイシャツ、スクエア型の眼鏡
神経質そうな見た目からはやり手のビジネスマンや辣腕の税理士といった印象を受けるその男は、二人に悟られること無く、いつの間にか彼らの横に立っていた。
「ずいぶんと元気が有り余っているようだ。時間の浪費は若人の特権といえど、ヒーローには許されん、やるべきことの多さを考えればこんな諍いなどする暇がないはずだがな」
男は突然に乱入し、場の緊張に対して冷や水をぶっかけるが如く言葉を撒き、二人の気勢を削いだ。
「君が砂藤力道か?」
「……俺が砂藤ですが」
学校内の見知らぬ大人、見れば教師でもない男だ。
話しかけられた砂藤は、至極真っ当な疑問として、誰何を行うため、口を開こうとするが、背の高いその男に先んじられてしまう。
「私はヒーローをしているものだ。許可証もある」
そのプロヒーローを名乗る男は疑問に対して先回りするように答えると、胸に下げたセキュリティカードを片手で摘まみ上げた。
「私はプロヒーロー、サー・ナイトアイ、ヒーロー科なら本条桃子が実習した事務所のヒーローと言えば分かるか?」
「本条の実習先のプロヒーローですか……?」
その言葉に砂藤と心操は反応するが、相手が誰か分かっても二人の微妙な緊張は解けない
「その、本条ならともかく、俺にいったい何のようで?」
実習先に行ったのは本条であるのだから、彼女に用があるというのはまだ分かるが、自分に対する用事など思いつきもしない
「あー、その、俺は席外した方がいいですか?」
何やらヒーロー科の話らしいと気づいた心操は、努めて興味がなさそうにふるまい、その場から去ろうとする。
「一年普通科の心操人使だな、申し訳ないが同席してもらう」
だが、その全くもって予想外の言葉に心操は困惑する。
「はい?」
「私はお前たち二人に用事があってきた。落ち着いて聞け」
その言葉に砂藤も困惑しながら、心操と二人でヒーローを名乗る男の話を聞いていると、その男はとんでもないことを言ってのけた。
「お前ら二人は恐らく近い将来、死んでもおかしくない目に遭うぞ」
「私の個性は“予知”そして私が視た未来を鑑みれば、お前らはこれからなんらかの事件に巻き込まれる可能性が非常に高い」
あなたに近い将来不幸が訪れる。
もし、よく知りもしない人間にそんなことを言われたのならどうするか、ここでの反応は二つに分けられた。
「はい? 急にそんなこと言われても……、」
「おい、アンタ本当にヒーローなのか?」
つまり困惑か懐疑だ。
「事実だ。お前らはこのままではその事件に巻き込まれ、高い可能性で不幸な目にあうだろう、私はヒーローとして貴様らを保護する義務があるということだ」
男は続けて自分の胸元を指さす。
「そして、私はつい先ほど、学校側からいくつかの権限が与えられた」
首から下げられているカードの名前の上、その隅を指さすサー
砂藤はそこの文字に目を凝らした。
「外部指導員?」
「そうだ。部活動の技術的な指導を行う、学外の部活顧問と考えてもらえばいい」
間を置かずに、すらすらと語られる言葉に、二人は質問する間もなく流されていった。
「単刀直入に言えば、貴様らは来るべき未来に備え、私が指導する部活に入る必要がある」
筋が通らない、滅茶苦茶な理論を強引に展開した後、命令のように告げられた。
「そもそも入れっつったっても、何部に入部するぐらい教えてもらわないと……」
「おい! そもそも俺は入るとも言ってねぇぞ」
砂藤の問いかけにサーは顎を撫でて少しの逡巡の後、ぽつりと
「そもさん、部活の中で、これからのちのことを考える部活は何だと思う?」
「は?」
「“そもさん”と“せっぱ”謎かけか……?」
「いや、急になんで……?」
心操は一瞬、ボランティア部だの真面目に答えを考えかけるが、一拍おいてその行為の意味のなさに気付いて渋面を浮かべる。
「いったい何部なんですか?」
「つーかそもそも入らねぇよ……」
「これからのちのこと……、つまり
「「…………………………」」
…………………………
心操人使は目の前のこの大人を限りなく不審者に近い何者かと定義していた。
「いや、入んねーよ」
いきなり話しかけられてから、胡散臭い男だと警戒していた心操だったが、直截が過ぎる言葉の数々を受け、事ここに至っては敬語すら外れてしまう
「私の個性を信じさせるのは簡単だが面倒だ……」
「個性だけじゃなくてアンタを信用できる要素がないんだが」
しかしヒーローを名乗る男は疑いの眼差しなど気にもせずに、砂藤たちを見下ろすと忌々しそうに腕時計に目をやる。
「だが、まぁ、結局はお前らは私を顧問とする囲碁部に入部することになるだろう、そう以後だけに……」
「……それっていったいどこがジョークに……、いやなんでもねぇ」
心操には自分の言ったジョークに、わざわざ解説させるなどということを強要しない優しさだけは最低限備えていた。
「まぁ、若いお前に、私のユーモアはまだ早かったようだ」
若干可哀そうなものを見る目をして、男は心操の肩を慰めるように
心操は睨みそうになるのを抑えて全力で無表情を作って男の目を
(ヒーローになる項目には身勝手でなければいけないとでも定められてんのか……!?)
心操の最低限のやさしさは限界を越えようとしている。
「……ふむ、お前らが私の指導を求める未来はもう確定している。今日中にお前らは私に頭を垂れることになるぞ」
「絶対にない」
「そうか、そこまで言うなら、もしも私の言う通りになったのなら、大人しく認めることだな」
「ハン、そんなことになったらな」
「信じてないな、……ならもう一つ未来でも当てて見せようか、よく聞くことだ。私はこの手の力のひけらかしが本当なら大嫌いなのだから」
サーは人差し指を額に当てるとベンチに座る二人を見つめる。
「手を出せ。じゃんけんだ」
突如目の前に突き出された拳、そのまま拍子をとるように腕を振ってくる。
元来の付き合いの良さなのか砂藤は思わずパーを出す。
そしてサーはチョキ、サーの勝ちである。
「まさかじゃんけん程度で未来が見えるなんて言うんじゃ……」
「なら試してみろ」
心操がその言葉を言い切る前に、今度はおろしていた拳を心操に突き出す。
振られる拳、心操は睨みつけながらチョキを出す。
しかしサーはグー、またもサーの勝ちである。
「2連勝だ」
「こんなん、なんかのタネが……」
その言葉に答えるようにサーは両手の拳を次々と突き出す。
「8連勝」
「16連勝」
「30連勝」
始めは胡乱な目をしていた二人ではあったが、両腕を出しながら無表情に勝ち続けるサーを見て、二人はとうとう手を動かすことをやめてしまう。
「少しは“予知”を信じる気にはなったか?」
「くッ…… なにが予知だ? 胡散くせぇ……」
「で、でもよ、たしかに当たってはいたぞ」
「なら次だ」
今だ半信半疑の二人の感情が追いつく前にサーは突然、校舎の方を指さす。
「あそこの建物の陰から通り過ぎる人は男か女か、当てて見せよう、男だ」
突然の宣言に二人は顔を見合わせる。
「予知で当ててやろうってことか?」
「……そんな二分の一の当てずっぽうぐらいで……」
「しかも教師だ。慌てたようで走って抜けていく、急いだせいで荷物を落としかけるぞ」
心操の疑いの言葉を遮るようにサーは宣言する。
その言葉が言いきった正にそのタイミングで、心操にとっては見覚えのある普通科の教師が通り過ぎた。
遠くからでも慌てた様子で、抱え込んだプリントの束を取り落としかける姿が見て取れる。
砂藤と心操は顔を見合わせた。
「お、おい心操……」
「……まてよ、こいつが指示してやらせた可能性だってあるぞ、オレの個性でも……、このくらいはできる」
「用心深いことは良いことだ、だが判断が遅いことを慎重とは言わんぞ」
「……じゃあ今度はこっちから予知の内容を指定させろ」
「あぁ、構わんぞ」
せせら笑う男を睨みながら、心操は、今度は校舎の間に駆けられている渡り廊下の屋根を指さした。
「あそこの渡り廊下の屋根に止まった鳩の群れ、あれが1分でどれだけ飛び立つか予想してみろよ」
「今から1分とするなら、1羽だけだな」
間髪入れずに即答するサー、それを見て心操はニヤリと笑い、しゃがみ込みながら何かを拾った。
「言ったな……、おいデカブツ、この石を屋根に投げろ」
「……そんな事したら鳩さんが可哀想だろ」
「別に当てなくていいんだよ! 驚かせて散らしちまえば!」
「まぁ分かったぜ……」
砂藤は浮かない顔をしながらも、石を握りこんで、片足を軽く引いた。
「へっ、まさか卑怯なんて言うなよな」
「言っただろ、構わんさ、もう20秒たってるぞ、やるなら急ぐんだな」
心操の言葉にサーは大した反応を返さずにただ見守っていた。
砂藤のきれいな投球フォームから投げられた石は、緩い放物線を描き、校舎の屋根、鳩の集団ど真ん中に着弾する軌道を描いていた。
それは校舎の屋根を越えようとして、
「は?」
宙でピタリと止まっていた。
「クォラァ!! 自らの学び舎である校舎に向かって石を投げるとは何事だ!!」
そして屋根の下から開け放たれた窓から、教師と思われる顔が飛び出す。
呆気にとられ、固まる二人は見上げたままだ。
「いや、すみません! 彼らの個性のコントロールする訓練をしていたのですが、力加減を誤ってしまいまして、そうだな? 二人とも」
驚いた二人の背後から待っていたかのように声がかけられる。
急に胡散臭い笑顔を浮かべ、丁寧な物腰になったサーは二人に顔を向けて話を合わせるように促す。
「えっ、えぇ……」
「あ、あぁそうです。」
「むっ、ヒーロー科の生徒と……、お前心操か、これは……、ふむ、そうなると貴方は……」
「外部指導員として来た。サー・ナイトアイです」
「話には聞いていましたがそうでしたか……、しかし! 個性の訓練はしかるべき場所でやっていただかなければ困りますよ! 私の個性“サイコキネシス”がなければどうなっていたことか!」
「はい、大変申し訳ない」
「……雄英は広い、慣れない所もあるでしょう、くれぐれも生徒達をお願いしますよサー、君たちもだ!! 安全に気を付けるのだぞ!」
「は、はい!」
「コラ心操! お前もわかってるのか! 顧問の言うことをよく聞くように!」
「……はい」
「よし! では生徒達をよろしくお願いいたします。」
「はい、承知いたしました」
窓を静かに閉めた後、見上げていたサーは振りかえりながら問いかける。
「では、つつがなくこうして貴様らは私に指導を請いながら頭を垂れているわけであるが……、おっと、今でちょうど一分だ」
サーは時計から目線を外す。
ちょうどそこに1羽の鳩が下りてくる。
先ほどの教師の怒声で驚いて飛び立った鳩であった。
「これは仕込みじゃ説明できねぇぜ……」
「くそっ、マジかよ……」
「ようやく私の話を聞く気になったか、最近の若い奴はどうしてこうも指導まで行きつくのに手間がかかるのか……、今から一つ、これから伝える言葉の前にお前らには言っておくことがある」
呆れたようにため息をつきながら、メガネを押し上げるサーは彼らにこう告げる。
「砂藤、お前は素直といえば聞こえはいいが妄信的にはなるな、いいか? 物事は単純ではない、まずは思慮深く行動しろ」
「……似たようなことを担任に言われました」
次いでサーの目線は隣に移る。
「次に心操といったか、お前は逆に人に言われたことに反骨心を覚えやすい奴のようだな、まずは私の言葉を落ち着いて聞いて、冷静に考えろ」
「……だから何だよ、そもそも急になんなんだ」
サーは二人を同時に見据えて告げた。
「お前らに訪れる不幸はお前たちだけではなく、周りにも大きな被害が出るものだ」
二人が息をのむ。
今までの常識離れした出来事から、この言葉が嘘ではないと強く意識づけられる。
「そしてその事件の渦中には本条桃子がいる」
そして次の言葉で同時に動いた。
一人は詰め寄らんと迫る勢いのまま進み、もう一人はサーを睨んだ。
サーは前者を片手で制し、後者の目を冷静に見つめ返す。
硬直する三者、初めに動いたのは当然この状況を知っていたサーだ。
「お前らが協力してくれれば、自分も、人々も、本条も救えるかもしれない」