遠征軍
本日は「セブンス9巻」の発売日!
セブンスもよろしくお願いします。
まだ詳細はご報告できませんが、セブンスもコミカライズ化するそうです!
六百万を超える艦艇が集まった宇宙。
なんとも壮大な光景ではあるが、これだけの規模を動かすとなると莫大な予算が必要となる。
星間国家として巨大な帝国を以てしても、それはかなり厳しい。
しかし、オクシス連合王国をなんとしても退ける必要があった。
総旗艦である戦艦の中では、実質的に総司令官にさせられたクラウスが胃の痛みに耐えながらクレオ殿下の隣に立っている。
(数だけ揃ってもここまでの大規模戦闘では意味がない。本当に勝てるのだろうか?)
数で言えば二倍の戦力を用意できたが、これだけの数を一箇所で運用はしない。
宇宙は広い。
敵も分散するため、帝国側も分散して戦うことになる。
そうなると、いくつもの戦場を抱えることになる。
大小合わせて数百を、下手をすれば数千の戦場が出来る。
小競り合いも合わせれば万単位となる。
局所的に負けても大局で勝てばいいが、ここまで数が膨れ上がると何が起きるか分からない。
オペレーターたちが悲鳴を上げている。
「クラウス副司令! パトロール艦隊から補給物資が届かないと苦情が来ています!」
「クラウス副司令! 参加した貴族たちから、いつになったら晩餐会をするのかと苦情が!」
「クラウス副司令! 一部の部隊が、揉めています! 味方同士で交戦を開始!」
苦情が来ているのは、クレオ派閥の足を引っ張るために参加させられた貴族たちを押し込めるためのパトロール艦隊からだった。
クレオ派閥とは関係ない貴族たちも、足を引っ張るために行動している。
カルヴァン派閥との間で取引があったのだろう。
喧嘩をしているのはそうした連中だ。
彼らは戦争に勝とうが負けようがどうでもよく、負けそうになれば理由を付けて逃げるつもりだ。
敵前逃亡で銃殺刑だが、クレオを徹底的に貶めるためにカルヴァン派閥はクレオ――リアムの責任とするだろう。
(胃が痛い。――まともなのは半分の三百万で、残りは敵じゃないか)
六百万対三百万ではなく、三百万対六百万。
せめてもの救いは、半数が味方である事だろう。
リアムのおかげでもあった。
(リアム様が後方支援に回ったおかげか。そう思えば、悪くない配置ではある。あるんだが、どうして私はこの場にいる?)
クレオの近くには、クレオの騎士となったリシテアの姿がある。
少し離れて椅子に座っているのは、護衛のチェンシーだ。
爪の手入れをしていて緊張感がない。
(クレオ殿下は艦隊を指揮した経験もなく、リシテア殿下もこの規模の戦いは初めて――私だって初めてだ。チェンシーはそもそも興味がない態度だし)
リアムがいれば、クラウスだって何も考えずに従っていれば良かった。
ただ、リアムは後方支援に徹している。
これだけの艦隊を動かせたのも、リアムが後方支援に回っているからだ。
補給の手配から様々なことまで、リアムがいるから後方が安定している。
リアムが首都星にいなければ、カルヴァン派の妨害工作を受けていただろう。
胃の痛いクラウスが視線を向けるのは、目を輝かせているティアだった。
「馬鹿共が騒がしいな。オペレーター諸君、騒いだ連中はリストに加えておけ。我らには不要な存在だ」
ただ、リアムも馬鹿ではない。
クラウスにこれだけの規模の艦隊が運用できるとは考えておらず、ティアを派遣していた。
クラウスの立場は、お目付役みたいなものだ。
だが、ティアは雑事を全て無視するため、苦労性のクラウスがそれを引き受ける。
「ティア殿、連合王国と戦う策はあるのか?」
緊張した様子のクレオが、顔見知りのティアに尋ねていた。
クラウスも事前に打ち合わせはしていたが――。
「臨機応変を心掛けます。そもそも、これだけの規模の戦闘になりますと、予想通りにはいきませんからね」
リシテアが不安そうにしている。
「勝てるのか? 実質、敵は我らの二倍だぞ」
リシテアも味方が全てこちらの指示に従うとは思ってもいなかった。
そんなリシテアに、ティアは首をかしげて笑っている。
「二倍? リシテア殿下、正しい認識をお持ちください。これは言わば三つ巴の状況ですよ。連合王国軍は帝国軍を見て敵味方などと判断はつきませんからね」
六百万もの艦隊が動く光景がデフォルメされ、クラウスたちの前に表示された。
戦場に到着するのを前にして、こちらの命令を無視して動いている艦隊がある。
パトロール艦隊をまとめた混成艦隊だ。
そして、戦場に到着した艦隊は、予定されている配置場所へと向かおうとする。
そんな中、命令を無視する艦隊がいた。
「おや、早速裏切り者が出ましたね。――では、まずはこいつらから消していきましょう」
ティアが目の前の画面を操作して艦隊に指示を出していく。
「我らが目指すのは、リアム様の勝利! ――裏切り者にも働いてもらうとしましょう」
最後の一言は周囲が驚くほど冷たい声だった。
「ノーデン――リアム様を裏切ったことを悔いるがいい」
◇
連合王国軍。
ノーデン伯爵が率いる六千隻の艦艇は、他の貴族たちと一緒に艦隊を組んでいた。
十万隻近い艦隊で、帝国領内にある惑星の一つを占拠している。
戦艦のブリッジで葉巻を吹かしているノーデン伯爵は、帝国軍から届いた通信を受け取っていた。
「伯爵様、帝国軍より定時連絡です。次の作戦が発表されました」
部下からの報告書を受け取り、内容を確認する。
「ふむ、クレオ殿下は数を減らして総旗艦の偽物を配置――本物は少数の艦隊だと? 帝国軍は戦を知らないようだな」
敵の目をくらませる作戦だった。
だが、過去にこれが成功した事例もあるため、疑うこともない。
総旗艦が少数の艦隊で動くわけがない! そう思い込み、負けた星間国家も存在する。
ノーデン伯爵は、これを上司へと報告することにした。
「我が君にご報告しろ。まったく、戦争を見物しているだけでいいのは楽だな。本気で殺し合っている連中が憐れでならないよ」
このまま前線に出ずに、ノーデン伯爵はやり過ごそうと考えていた。
周囲の貴族たちも同様だ。
「ま、悪く思わないでくれ」
それがリアムに対してなのか、味方に対してなのか――周囲は判断がつかなかった。
◇
一方、帝国軍の総旗艦には新しい情報が届く。
「連合王国軍が三十万隻で、混成艦隊を撃破! 我が方は六万隻の被害が出ています!」
その報告を聞いたティアは、胸を痛めている演技をする。
胸を手で押さえ、反対側の手で顔を押さえる。
「なんと悲しいことだろう。急いで配置に戻れと指示を出したというのに――混成艦隊には最後まで聞き入れてもらえなかったか」
邪魔な不良軍人たちと、邪魔な貴族の子弟たちが情報一つで消えてしまった。
貴族の中には、カルヴァン派の関係者も大勢いた。
言ってしまえばリアムの敵たちだ。
だが、同じ帝国軍でもある。
それを、情報操作で消してしまったのだ。
クラウスは背筋が寒くなる。
(この女――やりやがった!?)
いきなり味方を六万隻も失ったが、悲壮感はゼロである。
何しろ、減ったのは敵だ。
クレオがティアを見る目は、どこか怯えを含んでいた。
「――味方同士で足を引っ張り合うなどと」
そんなクレオの感情を、ティアは微笑ましく思ったようだ。
「かつては私もそう考えていましたよ。しかし、殿下――これだけの規模での戦闘では、足を引っ張り合うものです。事実、一つでも間違えば、混成艦隊のように消えていたのは我々なのですから」
リシテアは青ざめた顔をしているが、椅子に座ったチェンシーはニヤニヤしている。
チェンシーも興味が出て来たようだ。
「これぞ戦争。いえ、人間の正しい姿ですわ。戦場でこそ、人が一番醜く、そして美しく輝く」
クラウスは胃が痛い。
(こいつらは本当に――どうしてうちの騎士団には、まともな騎士が少ないのか?)
ティアは次の命令を出す。
「よし、クレオ殿下は何とか逃げ延びたと触れ回れ。こちらに潜んだ敵のスパイ共の情報と、こちらの情報で敵が混乱するわ。動きの鈍い敵を探して、我々は有利な戦いを進める!」
その後、混乱した連合王国軍の十万隻を撃破したクレオの艦隊は――すぐに次の作戦を実行する。
「さて、混乱した敵を狩りに行こうか。敵は絶讃疑心暗鬼中だ。ここから戦場はもっと混沌とするだろうな」
ティアはノリノリだった。
「全ては、リアム様の勝利のために!」
◇
一つの戦場を舞台に、九百万隻の艦隊が戦争を繰り返す。
広大な宇宙を舞台にした戦略シミュレーションゲームとでも言った方が正しい。
惑星を確保、基地を建造、奪い、奪われ――そして、裏切り、裏切られていく。
この戦争一つに、とんでもない物語が生まれていく。
下手をすれば何百年と続いてもおかしくないこの戦争だが、予想よりも早く終わりを迎えつつあった。
ノーデン伯爵は、味方である連合王国軍に追われていた。
三千隻にまで減ってしまった味方。
追いかけてくるのは、連合王国軍の二万隻だ。
『ノーデン、貴様は我々を
『我らの味方のふりをして、帝国と手を組んでいたとは!』
『貴様だけは生かしては帰さん!』
貴族、軍人――家族、友人、恋人を殺された味方から、
それというのも、ノーデン伯爵の情報が原因だ。
帝国軍は内部分裂をしており、分散していたクレオ派閥が起死回生のために集結しているという情報を得た。
そこを狙えばいい。
クレオ派閥を敵視する帝国軍は、協力する――と。
連合王国軍も敵を随分と削り、士気も高くこれを信じた。
結果――集結していたのはクレオ派閥ではなく、逃げ回っていた帝国の協力者たちだ。
連合王国が攻撃して大打撃を与えたのは味方である。
戦闘後、武器弾薬を消耗した連合王国軍に襲いかかったのは――百万隻のクレオ派閥の艦隊だった。
そして、その場でティアが連合王国軍に通信を送った。
『ノーデン伯爵、ご苦労だった。お前のおかげで帝国は勝利する。褒美は期待していて良いぞ』
生き残ったカルヴァン派閥の貴族や軍人たち。
そして、連合王国からもノーデン伯爵は敵視されてしまったのだ。
「何故だ。何故こんなことに! 連絡員はしっかりと確認していたはずだ!」
味方に追われるノーデン伯爵は、その後に三百隻まで減った味方と共に領地へと逃げ帰るのだった。
◇
ティアの周囲に集まるカルヴァン派のスパイたち。
「――もういいぞ。貴方たちには感謝しているわ」
彼らの姿が黒い液体に包まれていくと、すぐに形を変える。
仮面をつけた暗部たちだ。
「リアム様のご命令です」
「入り込んだ他のスパイたちも処理しました」
「ノーデンはやはり裏切りましたね」
ティアは奥歯を噛みしめる。
「本当にリアム様を裏切っていたとは――愚かな男だったわね」
最初の情報でこちらに味方をすれば、その後の扱いも変わっていた。
「あいつは必ず裏切る――リアム様のお言葉です」
暗部がそう言うと、ティアは「流石はリアム様だわ」と言って微笑む。
「連合王国軍が停戦協定を求めてきたわ。三ヶ月――意外に早かったわね。でも、これでリアム様にはいい報告が出来そうね。帝国内の敵も随分と減らせたもの」
数にして百万近く。
多くが逃げ出してしまったが、戦争は勝利に終わった。
カルヴァン派の貴族や軍人たちが逃げ出し、多少の被害は出たがそれでも満足できる結果に終わっている。
暗部の一人がクツクツと笑っていた。
「被害はとんでもない数になりましたがね」
ただ、結果だけを見れば――かなりの被害を受けて、辛勝という扱いだろう。
「でも、我々の被害は少ないわ。それに勝ちは勝ち、よね? 敵前逃亡した艦隊には、相応の罰を与えたいわ」
帝国的にはぎりぎりの勝利。だが、リアムからすれば文句なくの大勝利である。
「戻ればこれを理由にカルヴァン派を追及できるわ。――あぁ、リアム様の勝利が見える! それをお側で支えるのは、わ、た、し!」
妄想の世界に浸りだしたティアを放置して、暗部たちは影の中に消えていくのだった。
◇
「あぁ、リアムの敗北が見える!」
首都星。
最近になって調子の良い案内人は、帝国軍が甚大な被害を出しながらも勝利したニュースを見て微笑んでいた。
「リアムの奴がパーティーで遊び呆けている間に、帝国軍は甚大な被害を受けていた。これはもう、責任問題だな」
どんどん不幸になっていくリアムを見ていると、案内人は笑いが止まらなかった。
もう、常に笑顔だ。
身を焼くようなリアムの感謝も、今は笑って許せてしまう。
何しろ、今のリアムは常に激怒している。
領地から届けられる情報を聞いてからは、常に激怒だ。
きっと領地も大変なのだろう。
「もうすぐだ。もうすぐ、リアムが全てを知り不幸になる」
スキップをしながら首都星を歩き回る案内人は、そこに不幸があれば吸い込んでいた。
絶望した顔の男が路地に座り込み酒を飲んでいた。
「ちくしょう! 何をやってもうまくいかない。なんで俺が――」
飲んだくれた男の横を通り過ぎ、案内人は自分の栄養を取るため男の不幸を吸い上げてやった。
「お、今の男の不幸はなかなかの物でしたね。う~ん、今日も不幸がおいしいっ!」
すると、男の胸ポケットに入れてある端末に通信が入った。
男が無愛想に返事をしている。
「何だよ!? どうせ俺なんか――え!? ほ、本当なのか? 貴族様に気に入られた? 俺のデザインした服が!?」
これまで鳴かず飛ばずのデザイナーだった男に、どうやら依頼が来たようだ。
それも、かなり高額な報酬の仕事である。
案内人は幸福に興味がない。
「不幸を吸い上げるといつもこれだ。はぁ~、ヤだ、ヤだ。さっさとリアムを不幸に――いや、幸福にしてやらないといけないな」
自分がリアムを幸福にすればするほどに、リアムが不幸になっていく。
今日も案内人は、不幸を集めてリアムを幸福にしようと活動していた。
案内人が離れていくと、路地に置かれたゴミ箱の裏から犬が一匹――案内人の姿を見て首をかしげていた。
酔っていた男の方は、新しい仕事に意欲を示している。
「バンフィールド伯爵のご夫人と侍女? その二人のドレスをデザインすればいいんだな!? 何着だ? ――最低でも十着!? ほ、報酬は!? ――やる! 十着でも二十着でも作る! よかった。これで家族を養える」
デザイナーは涙を流し喜び――そして、走り出す。
犬は――そのデザイナーについていくのだった。
クラウス( ;∀;)「同僚がみんな酷くて、胃が痛いです」
ブライアン(´;ω;`)「胃痛仲間のクラウス殿がピンチで辛いです」
モニカ( ゜∀゜)「でも私は痛くない! むしろ絶好調ですよ! チキン野郎が活躍する セブンス9巻 は、本日発売ですからね! みなさん、書店や通販サイトにゴーですよ! 電子書籍版もありますから、電子書籍派の読者さんもご安心ください」