六章プロローグ
六章は毎日6時に更新する予定です。
世に正義というものはない。
前世、真面目に生きてきた俺を正義は助けたか?
悪徳領主である俺を、今世の誰が裁く?
結論から言えば――この世に正義など存在しない。
正義を語る奴は悪人だ。
何故って?
その正義を語るこの俺が、まさしく悪人だからだ!
「正義は我らにあり! ――乾杯!」
「乾杯!」
パーティー会場。
クレオ殿下の派閥に所属する貴族を集めた俺は、耳心地のいい台詞を並べた演説をしていた。
やれ、正義の戦いだの、これが貴族の義務だの――自分で言っていて反吐が出る。
だが、この場にいる連中は、誰もそんなことを本気で信じてなどいない。
何故か?
揃いも揃って悪人面の貴族たちだ。
腹の中は真っ黒な連中だ。
それが何百人と集まっている。
悪人共も最初から分かっているのだ。
俺がこいつらを集めクレオ殿下を担ぎ上げたことに、正義など微塵もないということが。
正義など建前。
全員が己の利益のために動いている。
パーティーが始まると、俺はすぐに集まった連中と話をする。
「バンフィールド伯爵は剛毅ですな。首都星でこれだけの規模のパーティーを開ける貴族も少ないですよ」
「少々見栄を張りました。ですので、楽しんでいただければ幸いですよ、子爵」
「クレオ殿下のために身銭を削って、ですか?」
「そんなところです」
クレオ殿下への投資だ。
見返りはしっかり求めている。
「バンフィールド伯爵がいれば、クレオ殿下も心強いでしょう。小身の身ではありますが、私も派閥のために頑張らせていただきます」
パーティーに参加している貴族は領主貴族が多い。
俺が呼び寄せたのだが、その際の交通費やら宿泊費は俺持ちだ。
何故って?
わざわざ金を払ってこんなパーティーに出たいと思うか?
遠い宇宙を旅してやって来たら、俺の中身のない演説を聴くだけ――俺なら絶対に参加しない。
だが、俺も派閥のトップとして人を集めないと面子が立たない。
結果、費用は全て俺が持った。
もっとも、金など俺には関係ない。
錬金箱という案内人の贈り物があり、金の問題などないに等しい。
大盤振る舞いをしてもなんともないのだ。
こんな面倒なことをしているのも、クレオ派閥の皆と首都星で騒ぐためである。
皇位継承権第一位のカルヴァン派閥を煽るためのパフォーマンスだ。
ただ、これが思うように進まない。
以前にライナスという第二皇子を後ろから刺すような形で葬ったが、カルヴァンは違う。
皇太子として盤石とは言わないが、大きな支持基盤を持つ。
おまけに余裕があるため、無理して俺たちを潰そうとしないのだ。
しかし、こちらが隙を見せれば――確実にそこを突いてくる。
こいつが本当に厄介だった。
厄介すぎて、俺が帝国大学を卒業したのに動きがない。
俺が話をしている相手――子爵が大学卒業後の話をしてくる。
「話は変わりますが、バンフィールド伯爵は役人として働くのですよね?」
貴族は学校を卒業すると修行と称した労働の義務が課せられる。
まぁ、真面目に働くのも馬鹿らしいので手を抜くつもりだ。
「はい。帝国のために粉骨砕身――力の限りを尽くしますよ」
「ご立派ですな。うちの息子にも見習わせたいものですよ」
――本気で思ってなどいないし、相手も冗談に付き合ってくれている。
俺が真面目に働くわけがない。
「それで、どこに配属されるのですか?」
「最初は役所で雑用ですね」
◇
リアム・セラ・バンフィールドは忙しい。
帝国大学に在籍中には、第三皇位継承権を持つクレオ殿下を担ぎ上げて派閥の立ち上げを行った。
卒業するまで精力的に活動し、学生生活のほとんどを授業と派閥の立ち上げに費やす。
周囲の学生たちが遊ぶ中、リアムだけはそうした遊びは少なかった。
「ダーリンは今日もパーティーなのかしら?」
高級ホテルで留守番をしているロゼッタは、自分も参加するべきなのか悩んでいた。
だが、リアムはロゼッタを連れていかない。
毎日のように授業か派閥関係で忙しいリアムを手伝いたいのだが、ロゼッタに出来ることは少なかった。
思い悩むロゼッタに、メイドが話しかけてくる。
めでたくロゼッタ付きのメイドになれた【シエル・セラ・エクスナー】だ。
「――リアム様はそんなにお忙しいのでしょうか? 毎日パーティーに出かけて、楽しそうに見えるのですが?」
シエルはあまりパーティーに参加した経験がない。
それを知っているロゼッタは、あまり強く責めなかった。
(私は――パーティーにあまり良い思い出がありませんけどね。でも、今の厳しい状況を考えれば、ダーリンも楽しんではいられないはず)
「シエル、パーティーというものは楽しんでやるものばかりではないのよ。その中には色々と意味合いが含まれています」
過去、ロゼッタの実家は見世物のように蔑まれるパーティーに強制参加させられていた。
まったく楽しめなかった。
「差し出がましい口を挟みました。申し訳ありません、ロゼッタ様」
「いいのよ。分からない事があったら素直に聞きなさい。貴女は、我がバンフィールド家がエクスナー家から修業先として預かったのだから」
シエルは普通のメイドとは違う。
リアムの盟友であるエクスナー男爵や、その跡取りであるクルトの家族だ。
ぞんざいになど扱えない。
また、リアムの寄子である家から預かった子供たちとも違う。
彼らはリアムの寄子だが、シエルの実家は爵位の差はあっても帝国の直臣同士――同格の相手なのだ。
他に預かっている娘たちよりも、一段上の教育が行われている。
ハッキリ言えば、他の子よりも厳しい教育を受けている。
ロゼッタの側に置かれているのも甘さからではない。
ロゼッタの近くにいれば、嫌でも色んな経験を積むことになるから置かれている。
「――ダーリン、無理をしていなければいいのだけど」
リアムを心配するロゼッタを、シエルはどこか悲しそうに見ている。
◇
(あいつ最低だ)
シエルは、リアムを心配するロゼッタを見ていた。
シエルの中で、ロゼッタの評価は可もなく不可もなく――無難という言葉に尽きる。
特別有能でもなければ、無能でもない。
本人の努力する姿勢には感心もするし、個人的に応援もしている。
だが、男を見る目がない。
(この人、いい人なのに――普通に騙されている)
リアムがパーティーで忙しい日々を過ごしているが、本人はノリノリだった。
この前など、御用商人の一人とパーティーの件で話をして盛り上がっていた。
皆がリアムは凄い、最高だともてはやす。
しかし、シエルだけは疑っていた。
本当にそんな聖人君子がいるのだろうか、と。
そのため近くで様子を見られるロゼッタ付きのメイドに、自ら志願した。
厳しい教育を受けても耐えたのは、大好きだった兄――クルトの目を覚まさせるためだ。
リアムと出会ってから、人が変わったようだった。
以前は凜々しく優しかった兄が、リアムと出会ってから――リアムの話ばかりするようになった。
妹として許せなかった。
そして、シエルも何度かリアムと会っている。
その際に気になったのが――リアムの言動だ。
どう考えても小悪党なのだ。
やっている事は確かに凄いし、質素倹約を心掛けている。
それは分かるが、妙に引っかかる。
自分の勘が「こいつは何かある!」と告げている。
(皆の目を覚まさせてやる。絶対に、リアムの化けの皮を剥いでやるわ)
一人の少女が、リアムの側に近付きその真実を探ろうとしていた。
◇
その頃。
リアムの真の敵である案内人は苦悩していた。
「どうすればリアムを倒せる? どうすればいい? どうすれば――あいつを倒すことが出来るのだ?」
考えても答えが出ない。
これまでにも不幸になるように色々と手を出してきた。
その度に、リアムが予想を超えてくる。
そして、仕返しでもするかのように――感謝してくる。
そのリアムの感謝の気持ちは、民たちの感謝も背負って非常に辛いものになっていた。
リアム一人の感謝なら気持ち悪い程度で済んだのに、民たちから圧倒的に感謝されている。
一部では、まるで神のごとく崇めていた。
そんな感謝の気持ちも上乗せされては、案内人だって苦しい。
「こんなの許されない! 絶対にリアムを不幸にしてやる!」
しかし、毎回失敗してきた。
リアムを不幸にしてやった。
リアムの敵に助力してやった。
それなのに、一度も復讐は成功しない。
案内人は自信を喪失している。
「私の何が駄目なんだ? むしろ、逆をすれば成功するのか? リアムを助力し、敵を不幸にすれば――まさか」
案内人はリアムを助けるなど絶対にしたくない。
そんなことをすれば、また感謝されて――今度は消されてしまうかもしれないのだ。
案内人は自分が消されるところを想像して震える。
「つ、次は失敗できない」
しかし、だ。
幾ら考えても妙案が浮かばない。
どれだけ不幸にしようとしても、今のリアムは自力で克服してしまうのだ。
しかも強い。
強すぎる。
「どうやったら倒せるんだ? 何なんだよ、一閃流って――安士の阿呆が。どうして詐欺師にあんな化け物が育てられるんだ」
その安士が育てたリアムを倒すための同種の怪物たちがいる。
しかし、これは案内人にとっても切り札だ。
あの二人が、リアムに近付けるように動きたいが――それが駄目な方に傾いたら、と思うと怖くて動けない。
「ほ、本当にどうすれば良いんだ? 私は――私は――」
色々と考えたあげく、一つの答えを導き出す。
「そうだ。物は試しとして、リアムに助力して敵側を不幸にしてみよう。これで駄目なら、違う方法を考えよう! そう、ちょっとだけリアムに助力して様子を見ればいいのだ!」
追い詰められて、自分が何をしているのかあまり考えない案内人だった。
◇
皇位継承権第一位――皇太子カルヴァンは、自分を支援する貴族たちを前にして少し疲れた表情をする。
「そんなに危険なのかな?」
その理由は、オクシス連合王国にある。
死んだライナスとの密約を理由に、帝国領内に侵攻してきたのだ。
「死んだ後もライナス殿下は厄介ですな」
「しかし、連合王国は本気です。ライナス殿下に引っかき回されましたからな」
「その報復と、国内への締め付けが目的でしょう」
ライナスとの密約を理由に連合王国内は荒れた。
だが、はしごを外された連合王国内の国王や貴族たちは面白くない。
それに、内乱まで起こしておいて、裏切った側が謝ったところで許してなどもらえない。
相応の対価を支払う必要があり、それが帝国領の切り取りという行為だ。
カルヴァンを支持する貴族たちが焦っていた。
「皇太子殿下、今の情勢は少しまずいです。あのリアムが精力的に活動しておりますが、潜り込ませた貴族からの話では正義を掲げております」
正義を掲げる――これがその辺の貴族なら大きな口を叩いている、で済まされる。
しかし、相手はリアムだ。
ライナスが隙を見せたとは言え、その隙を突いて葬った男だ。
クレオという駄馬を、ダークホースにした張本人。
そして、海賊を許さぬ高潔さを持ち、そんな人物が現在の帝国に不満を持っていると公言している。
有象無象の一貴族ではない――力を持った強敵だ。
地方の義心にあふれる貴族たちが、そんなリアムを中心に集まっているのもまずかった。
「ここで放置すれば、ますますリアム君の名声が高まってしまうね」
これを見過ごせば、やはり今の帝国は頼りにならないと反感を持つ貴族たちがクレオ派閥に移るか力を貸してしまう。
普段なら軍に丸投げするか、いずれ取り戻せば良いと放置する。
それが出来なかった。
あと、連合王国の状況も悪い。
内乱騒ぎのみそぎもあって、本気で攻め込んできている。
これを退けるとなれば、被害が大きくなってしまう。
カルヴァンは思案する。
「大規模な艦隊を編成して討伐に向かえば、首都星が手薄になる。その隙をリアム君は見逃してはくれないだろうね」
「あの男は確実に動きますからね。敵にしたのは失敗でした」
「――だが、ここで領地を取られては、こちらの信用が落ちて困る、か」
「情勢はクレオ殿下に傾いております。いえ、あのリアムに傾きました。皇太子殿下、ここは我々も動かねばなりません」
だが、カルヴァンも
「――いや、我々は動かない」
「皇太子殿下!?」
「動くのはクレオだ。クレオに花を持たせてやろうじゃないか」
それを聞いて、派閥の貴族たちは察した。
「クレオ殿下に――いえ、リアムに大きな被害を出させるのですね?」
「そうだ。リアム君が失敗すればそれもいい。成功しても、きっと戦力は大きく失うだろう。そのようにこちらが動くからね」
つまり、リアムを潰すために、攻め込んできた連合王国軍と手を組む――ということだ。
「手薄になった首都星で、リアム君の派閥は削らせてもらう」
貴族たちはカルヴァンの指示を受けて、迅速に動くのだった。
ブライアン(´;ω;`)「お久しぶりです。ブライアンでございます。六章にして残念なお知らせがございます。――リアム様のハーレム人数は未だにゼロでございます! ――辛いです」