弟子
LINEノベルのライトノベル部門で総合1位!
「孤島の学園迷宮」
は、LINEノベルで公開中です!
俺は時々、自分の幸運が怖くなる。
「あいつには感謝するしかないな」
俺の呟きに困惑しているのは、トーマスとパトリスだ。
「感謝ですか?」
困っているトーマスを前に、俺は「何でもない。続きを話せ」と急かしてやる。
それにしても、俺が困っているといつもこれだ。
どこからともなく、解決策がやって来る。
いや、この世に奇跡など存在しないから、きっと案内人が裏で動き回っているのだろう。
そうでなければ説明がつかない。
パトリスが先程の説明を再開する。
「ルストワール統合政府、並びにオクシス連合王国からの亡命者の受け入れです。後ろ盾になっていたライナス殿下の失脚により、反抗した勢力は一気に力を弱めましたからね」
俺は天城の用意したお茶を飲む。
悪党らしく酒が良かったのだが、天城が「昼間からお酒ですか?」と、責めるような目を向けてくるので止めた。
俺は鼻で笑う。
「裏切るような連中はお断りだが、俺も今は戦力が欲しいからな」
トーマスがハンカチで汗を拭っている。
「いえ、首謀者たちはそれぞれの国で処罰を受けます。問題なのは、巻き込まれた者たちです。主家に逆らえない騎士や兵士たちもおりますし、関連が薄い者たちの扱いについては両国も頭を悩ませているので」
反乱を起こした連中は処罰されるが、関わった者が多すぎて困っているわけだ。
簡単に言うなら、倒産する会社の平社員だな。
責任はないが、今後の扱いに困っているのだろう。
それに、手厚く迎え入れることも出来ない。
何しろ裏切り者たちだ。
消えてくれた方がいいのだが、巻き込まれた連中まで苛烈な処分をするのは気が引ける、というところか?
「受け入れてやる。領地は余っているからな」
そんな俺の発言に、天城が注意してくるのだ。
「旦那様、政治環境が違う領民を受け入れるのは簡単ではありませんが?」
「――統合政府は難しそうだな」
統合政府は民主主義を採用している。
貴族制の帝国では、そもそも政治体系が違いすぎる。
パトリスもそれを不安視していた。
「民が政治に参加していましたからね。リアム様の領地に、民主主義を持ち込む輩もいるかもしれません」
「民主主義か――俺は嫌いだな」
「でしょうね。好きな貴族様は今までに数人しかお会いしていませんし」
「――いたのか? 貴族なのに民主主義が好きな奴が?」
封建政治なんてやっている国で、民主主義に憧れる貴族なんているのかよ!?
世の中、馬鹿って多いんだな。
「楽が出来るなら賛成という方はいましたよ。他にも、民主主義は素晴らしい政治体系であると仰られる方もいます」
「そいつは馬鹿だな」
俺は民主主義が嫌いだ。
いや、誰かが俺の上にいるのが嫌いだ。
現在の俺が領内で絶対的な権力者であるのも嫌いな理由だが、問題は政治体系ではない。
結局、人が扱う時点で不完全なのだ。
どんなに素晴らしいシステムも、人が駄目にする。
政治体系が問題なのではなく、どこまでいっても人の問題だ。
俺は人間を信用しない。だから、どんな政治体系も完璧ではないと理解している。それなら、俺が王様として君臨できる今の状態が最高だ。
俺は天城に視線を向ける。
「旦那様、何か?」
「いや――別に」
かつて、この世界の人々は、人工知能に全てを預けたために失敗した。
だが、人間の醜さを見てきた過去の人間たちが、すがるような気持ちで人工知能に完璧を求めたとしたら――度し難いと言えるだろうか?
まぁ、人工知能も人間が作り出している時点で不完全である。
不完全な人間から作り出されているのだから。
「天城――お前は今日も可愛いな」
そんな風に色々と考えたが、俺の理想を追求した美女を――天城を見ていると、そんなことはどうでも良くなった。
俺に取って天城は完璧なのだ。
「ありがとうございます。ですが――お二人が困惑されているので、時と場所をお選びになった方がよろしいかと」
亡命の受け入れを求めてきた二人を前に、俺は咳払いをする。
「一箇所にまとめると面倒だから、分散して配置する。これでいいか?」
トーマスが頷いた。
「連合王国の民は問題ないでしょう。政治体系は似ていると思いますからね」
パトリスは難しそうな表情をしている。
「こちらは統合政府に恩が売れるのでいいのですが、本当によろしいのですか? 民主化運動など起きると、領内が面倒なことになりますが?」
こいつらは俺をまったく理解していない。
俺が善良な為政者なら悩むだろうし、受け入れにも慎重になるだろう。
だが、俺は悪党だ。
「主義主張は大いに結構。ただ、俺の領地で騒ぐなら――叩き潰すだけだ」
トーマスもパトリスも息をのむ。
それはそうと、気になっていることがあった。
「ところでトーマス、お前と繋がっている裏切り者の貴族はどうなった? あいつが潰れているとなると、俺としては面白くないんだが」
トーマスは苦笑いをしている。
「主君のせいにして、何とか責任から逃げ切って立場を守られましたよ」
「最高だな! 今後も支援してやろう」
外国の悪徳領主も頑張っているようだ。
俺も頑張ろう。
◇
久しぶりの領地。
俺は身分を隠して領内を散策することにした。
俺に舐めた態度を取る奴に、身分を明かして処刑するという遊びを思い付いたからだ。
もう、ウキウキした気分で出かけたよ。
悪徳領主として、ようやく振る舞えるのだ。
そう思っていたのだが――。
「――どういうことだ。俺に喧嘩を売ってくる馬鹿がいないじゃないか」
アイスを片手に持ってベンチに座る俺は、治安の悪いと言われている場所に来ていた。
確かにちょっと雑多な感じはあるが、周囲は平和な光景が広がっている。
俺はもっとスラムみたいな場所を想像していたのに――家族連れが普通に歩いている。
「治安が悪い場所はどこだと聞いたのに、どうしてこんなところを答えるんだ。あの警官、俺に嘘を吐いたな」
道を尋ねた警官の野郎が、俺に嘘を吐きやがったに違いない。
後で降格処分にしてやる。
それにしても、屋台が並んで食べ物の良い匂いがする。
家族連れを見ていると――前世を思い出す。
休日に子供を連れて三人で出かけて――何も知らない比較的幸せな時期だった。
「思い出したら腹が立ってきた」
家族連れを見ていると苛々してくる。
俺はこの場を去ろうと立ち上がり、アイスを食べていると声が聞こえてくる。
「てめぇ、どこに目を付けて歩いていやがる!」
何やら揉め事のようだ。
野次馬根性で様子を見にいくと、そこには明らかに柄の悪い連中がいた。
黒い革ジャン。
刺々しいアクセサリー。
髪は金色で逆立てている。
見るからに悪い連中が、母子を前に苛立っている。
子供がぶつかったのか、ピチピチしたズボンにはアイスがついていた。
母親が子供を抱きしめて庇っている。
「ご、ごめんなさい。クリーニング代はこちらが――」
「クリーニングだぁ!? この方をどなたと心得る? バンフィールド家を支える十二家、ノーデン男爵家に仕えるクローバー準男爵家の嫡男様だぞ!」
それを聞いて、母子――母親の顔が青ざめ、周囲も驚いていた。
「十二家?」
「まずいぞ。あの母子、どうなることか」
「貴族様にぶつかるなんて、あの子も運がないわね」
俺は絶句した。
十二家って何だよ。
俺を支えるノーデン男爵家? 俺にたかりに来た貴族は多いが、その中にノーデン男爵もいた気がする。
というか、支えてもらってなどいない。
支えてやっているのは俺の方だ。
あとお前ら――周りで貴族様云々と言っているお前ら!
何で下っ端の下っ端みたいな奴に媚びへつらっているの!?
お前らが媚びへつらう相手は俺だぞ!
素の俺がここにいるのに、他の奴に怯えるってどういうこと!?
俺は沸々と怒りがこみ上げてくる。
馬鹿な領民たちにも腹が立つが――。
「俺の領地で悪人プレイとはいい度胸だ、木っ端貴族が」
そもそも、準男爵家は正式に貴族ではなく、一代限りの騎士家みたいなものだ。
いちいち、帝国が騎士を任命して領地に派遣するのが面倒だから、世襲を暗黙のルールとして認めている。
領地を持った騎士――しかも、領地規模は色々だ。
惑星一つに百人くらい領主たちがひしめき合っている場合もあるが、時に一つの惑星を支配する騎士家もいる。
そういった場合、領地は荒廃して総人口は百万人もいないとかそんなレベルだ。
つまり――役に立たない奴が多い。
俺の領地で威張り散らしている理由が分からない。
腹が立ったので持っていた食べかけのアイスを、その嫡男様に投擲してやった。
アイスが顔面にぶち当たり、周囲に飛び散ると一気に場が静かになった。
全員が俺の方を見るので、ニヤニヤして前に出てやった。
「おい、アイスをぶつけたらどうなるんだ? 俺にも教えてくれよ」
そうやって前に出ると、三人組の男たちは俺を前に睨み付けてくる。
――え?
「貴族を舐めてんじゃねーぞ。おい、こいつを消せ」
男の部下たちがその手に武器を手に取った。
剣の柄だけを取り出すと、刃が出てくる。
俺は驚いた。
「おい、待て。お、お前ら――俺を知らないのか?」
男が顔についたアイスを手で取りながら、唾を飛ばしながら怒鳴ってくる。
「今更怖じ気づいても遅いんだよ! お前ら、やれ! どうせ平民が一人消えたところで、警察は文句も言えないからな」
――この慣れた態度、もしかしてこれまでにも何度もやっているのか?
俺の部下がこいつらの尻拭いをしている?
そんなの許せない。
こいつらの罪をもみ消した連中は、戻ったらすぐに処罰してやる。
俺の領地で威張っていいのは――俺の領地で領民をいじめていいのは――この世でたった一人。
――俺だけだ。
俺は向かってきた二人の剣を避けて、そのまま頭部を掴むと地面に叩き付けた。
鍛えられている騎士だから、この程度では死なないだろう。
地面に後頭部が埋まり、ピクピクと痙攣しているが無視する。
死んだって別に問題ない。
男が俺を見て驚いていた。
「お、お前も騎士だったのか? どこの家だ! ノーデン男爵家は、バンフィールド家の重鎮だぞ。伯爵の片腕が俺の寄親だって知ってるのか?」
苛々して仕方がない。
「てめぇは、飼い主の顔も知らないのか? その程度の木っ端が、俺の領地で好き勝手にしてんじゃねーよ。お前は死ね」
男が銃を手に取って銃口を向けてくると、ナイフが投擲されて弾かれる。
どうやら、ククリの部下が見張っているようだ。
俺の目の前に刀が投げられたので、受け取って男を睨む。
「――さて、質問だ。お前は本当に貴族か?」
男が震え出す。
「ほ、本当だ! 俺を殺したら、バンフィールド伯爵が黙っていないぞ!」
男に難癖をつけられた母子が震えていた。
周囲の野次馬たちもそれを聞いてまずいと思ったのか、口々に「リアム様が」「リアム様は厳しいお方だぞ」「ま、まずいぞ、下手に騒げばここいら一帯がどうなるか――」随分と怯えている様子だ。
大変結構。
「バンフィールド伯爵だぁ? それがどうした?」
男が俺を指さしてくる。
「お前、知らないのか? あの人は敵対する奴に容赦しねー! お前、家族全員が殺されるぞ。それでもいいのか? 俺を殺したら、バンフィールド家と争うことに――」
五月蠅いので斬った。
男の首が落ちると、俺は背伸びをする。
「三下すぎる。ノーデン家への支援は打ち切りだな。俺を不快にさせた罰を受けるべきだ」
周囲が青ざめていると、ようやくパトカーがやって来る。
空飛ぶ車に乗った警察官――中でも騎士として鍛えられた警察官たちが降りてくると、俺を囲みだした。
武器を手に持っているので、俺の前に護衛をしていたらしいマリーが舞い降りてきた。
「お前ら、この方に武器を向けたら――全員この場で首を斬り落とすぞ」
鉈のような剣を両手に持ち、マリーが威嚇すると警察官たちが怯えていた。
警察官の一人が気付いたようだ。
「ぶ、武器を向けるな! あの方はリアム様だ!」
それを聞いて周囲の野次馬たちも騒がしくなる。
「リアム様?」
「だが、貴族様を斬ったぞ」
「あれがリアム様か」
俺としてはもっと悪い目立ち方をしたかったが、目の前で貴族を斬り捨てたのだ。
乱暴者と見られるだろう。
マリーが興奮した様子で、後頭部が埋まっている騎士二人を見ていた。
「リアム様、こいつらは確かにクローバー準男爵家の嫡男とその取り巻きたちですわ」
うちの屋敷で一時的に預かっていたそうだが、今は俺の領内で暮らしていたそうだ。
俺の領内で随分と遊び回っているらしい。
それは許そう。だが、俺の領民をいじめていいのは俺だけだ。
人の持ち物に手を出すような奴は、大嫌いである。
「そうか。こいつの実家と、寄親のノーデン男爵を呼び出せ。俺が問い詰めてやる。好き勝手に暴れやがって。何が十二家だ。ぶっ潰してやる」
マリーが獰猛な笑みを浮かべる。
「その際には是非とも先陣を切らせてください! 次こそは、必ずリアム様のお役に立って――」
だが、マリーがその先を言わなかった。
俺は持っていた刀の鞘が掴まれたことに気が付き、後ろを振り返ると怯えた母親に抱かれている女の子を見た。
手を伸ばして俺の刀の鞘を掴んでいる。
マリーが無言のまま、その母子を斬り捨てようと剣を振り下ろしたので手で握って止めた。
「マリー、手を出すな。話がしたい」
「――はい」
普通ならぶち切れて斬り捨てているところだが、殺気もなかったので油断した。
女の子の顔を覗き込むため屈むと、俺を真っ直ぐに見ている。
赤毛の髪を持つ可愛い子は、俺の鞘を握って離さない。
母親が怯えていた。
「す、すみません。すみません! この子は何も知らなくて!」
そんな母親に、マリーが怒気を放っている。
「知らないだと? この領地でリアム様を知らないなど、万死に値する。返答次第では楽に死ねると思うなよ」
一般人たちが怯えている。
うん、こいつもたまには役に立つ。
俺がこんな危ない騎士を側に置いていると、周りの野次馬共には宣伝してもらうとしよう。
う~ん、いかにも悪徳領主っぽい! ――たぶん。
というか、手本となる悪徳領主なんて前世の時代劇でしか見たことがない。
これであっていると思うのだが――どうだろうか?
俺はマリーを止める。話を続けたいから。
「マリー、俺の話を遮るな」
「も、申し訳ありません」
マリーが下がると、俺は再び女の子の顔を覗き込む。
「どうした? この刀が欲しいのか?」
俺は金持ちなので刀も色々と持っている。
その中でも、今回使用したのは刃にまで装飾された刀だった。
金持ちが持つに相応しい刀なので購入したが、意外と使えるので気に入っている。
俺のお気に入りの一つだが、女の子は首を横に振る。
「綺麗だったから」
「綺麗?」
「綺麗な刃だったから」
それを聞いて俺は驚いた。
「――お前、見えたのか? 刃の模様は?」
「金色で――猫さん」
猫じゃなくて虎だが、知らないのかもしれない。
だが、こいつ――刃の柄を言い当てやがった。
刃には金色で虎の絵が細工されている。
鞘から抜いたのを見たというのか!?
「お前の名前は?」
「エレン――エレン・タイラーです」
幼いながらもしっかり受け応えている。
だから俺は聞いてみた。
「お前、騎士に興味はあるか? 剣に人生を捧げられるか? お前の人生を剣に捧げるなら、この刀はくれてやる」
女の子は首をかしげた後に――よく分からないまま頷いていた。
ブライアン(・ω・` )「リアム様が可愛いお弟子さんを連れてきましたが、教育によろしくない騎士ばかりがいる職場です。あの子の性格が歪まないか心配で、辛いです」