『林間学校初日、とうとう始まってしまいました。
恐怖の林間合宿、区間練習をいくら繰り返しても安定しない糞イベ、ここの立ち回りはズバリ、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応することです
……いつも通りだな!(白目)
行き当たりばったりに見えますが、これはチャートの不備ではなく、不可避の運で分岐する場所がこの先にあるからです
そこで最速行動が変わるため、チャートにちゃーんとそれぞれの行動を書いておきましょう』
ショッピングモールの事件の後、私達は事情聴取を受けた。
この騒ぎを受けた雄英は、
その余波として事前に通知していた合宿場所を急遽変更し当日まで明かさないこととなる。
今までの私なら下調べが無駄になったと、顔を青くするところだったが、今は事前に場所を知っていたので問題はない。
本当の問題は時間である。
この林間合宿で私がどう動くべきかの
初めに寝る時間を削った。
次は学校での休憩時間
とうとう授業の最中、普段人前に出ている時間すらつぎ込む。
このせいで初めは他者に気取られかけもしたが、今はそんなものはおくびにも出さないですんでいる。
私の観測する未来は日が離れているほど拡散し、時間が経つに従い収束していく。
日が開けば多くの可能性で何も見えず、かといって時間が経てば取れる選択が狭まるというジレンマに私の精神は追い詰められていった。
これを解決するため、私はとにかく未来の観測と日々の行動の固定化に意識を割くことになる。
時間のかかるような出来事は事前に回避して、時間を捻出した。
日常生活の行動、いつどこで何をするか、それさえも固定化して未来の誤差をなくす。
クラスメイトとの会話はもはや独り言も同じ、授業も穴埋め問題に近い
特に家族との接触は時間的に不味いし疲れるので苦心した。
最低限の接触で済むようにあらかじめ決まった文面を決まった時間に送った。
メールの内容はあまりの過干渉は学業の妨げになるという風な文を送れば、合宿6日前には連絡がこなくなり、宿舎に家族が乗り込んでくるという出来事も回避できるので楽なものだ。
そうして
時間が経過し、次第に取れる選択肢が狭まっていく閉塞感の中、何とか間に合った時、私は放心した。
『何度も言うようですがこの林間合宿で抑えるべきポイントは優先目標の撃破とイベントの短縮のためのフラグ管理です。
といってもうまく行かなければ別の方法に切り替えることも考えて、冷静に対処していきましょう』
しかし
「よーし、休憩だ。全員一度バスから降りろ」
雄英から、その誰も知らされていない目的地へバスで向かうこと一時間、私たちは相澤先生の一言で道中にある待避所のような場所で降ろされた。
「あれ? ここパーキングじゃなくね?」
「トイレ行きたいんだけどどこだよ」
困惑するクラスメイト達を尻目に、相澤先生はあたりを見回すと、なにか目当てのものを見つけたようでバスから離れていく
そこにはすでに止められたオフロード向けの大きな車があり、そこから女性が二人、子供が一人降りてくる。
「よーう、イレイザー!!」
「ご無沙汰してます」
近づいてきた女性2人は私達の顔を軽く見渡すと、見栄を切るように力強くこちらに一歩踏み出した。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ(31歳)です
見てください、この彼女たちの鍛え上げられた足、……太いぜ!
そろそろ年齢的に生足スカートはきついのでは? そんな限界を己で感じながらも一切曇りを見せないプロ意識
メルヘンなコスチュームに身を包んだいい歳の彼女らに対して、ある種の方々の根強い支持を得るプロヒーロー達です
31……普通だな! 女ざかりは30からなんだよ!(迫真)という感じの方々に大人気です
私が抱いた感想は名前がヤベェの一言に尽きますね、プッシーは子猫ちゃんという意味ですが、スラングだとお○んこになります
ワイルド×2なプッシーキャッツ……、お●んこぉ^~(気さくな挨拶)』
プッシーキャットは可愛い子猫ぐらいの意味であって、そういった歪んだ解釈をするのは、その人が邪な考えを初めから持ってるからである。
「……えー、今回お世話になるプッシーキャッツの皆さんだ」
「すごい! マンダレイとピクシーボブだ! 連盟事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! キャリアは全員で12年、今年で全員31歳にな……へぶッ!」
「心は18だぞ!」
「……デク君……」
『おっと、己の身1つで三十路をこえた女性の心はガラスのように硬く、脆く、鋭いぞ! みんなも言葉遣いには気を付けよう(注意喚起)』
学ばない緑谷君はピクシーボブからの容赦ないツッコミを受け、それを麗日さんが何とも言えない目で見ていた。
そんな様子を気にもせず、マンダレイはこちらに近付いて今回の合宿について説明を始める。
「みんなよろしく、ここら一帯は私らの所有地だから個性の制限はないわ、そして肝心の宿泊施設なんだけど、あそこ、あの山のふもとね」
「遠ッ!!」
「えー、じゃあなんでこんな半端なところで降ろされたの?」
指さされた場所は、前方はるか遠くの山、施設はそのふもとで視力2.0で何とか目視できる距離である。
「なぁ、みんな、早くバスに戻らね?」
「……やな予感がしてきたぜ」
彼女たちのいきなりの説明にヴィランの襲撃を乗り越え、危機管理能力が強まったA組の何人かは次第に状況を理解し始めたようだがもう遅い。
「ふふ、今は9時30分、早ければ12時前後かしらん」
「ダメだ……、おい……!」
「戻ろう!」
「早くバスに戻れ!! 走るんだ!」
「わるいね諸君、合宿はもう始まってる」
相澤先生のどこか楽しんでいるような一言をきっかけに、ピクシーボブが地面に手をついた。
その瞬間にピクシーボブを中心に地面が波打ち、バス側の崖が液体のように崩れて私たちの体をさらう。
圧倒的な質量に踏み込めないほど柔らかい土は、私達全員を包み込んで怪我無く崖下の森へと叩き込んだ。
「今から3時間! 自分の足で施設までおいでませ!! この“魔獣の森”を抜けて」
『もう始まってる!(合宿)
はい、それでは、林間合宿第一の試練、魔獣の森攻略ですが、目的地までの複数回エンカウント、3~9回ほどの振れ幅でピクシーボブの操る土人形に襲われます。
さっさと魔獣の森を通るには、敵を最速でガン処理すればいいという訳ではありません
戦闘ごとで最速行動をとった場合、次の敵の強度と配置数が上がり、戦闘回数も多くなりますので結果としてロスです。
速度と経験値調整として、本RTAでは戦闘回数4回で済むように調整していきましょう
こういう主人公のレベルに連動して敵のレベルが上がるタイプ嫌いじゃないし好きだけど、育成高レベで脳死無双プレイも好きなの……』
「なんだアレ!!!」
「ギャーーー!! マジュウだー!」
崖から落とされ、待ち受けていたのは土気色の怪物達
岩が牙に、土が肉となり、木の根を血管のように浮き出させた獣、巨人、果てにはドラゴン。
現実とは思えないような異形の者が私たちに襲い掛かる。
「
「凍てつけ!」
「死ねぇッ!!」
しかし、この奇襲をものともしないA組のエース達がそれを防ぎ、一息の時間を作ると、すぐにでも彼らは纏まって行動を始めた。
「12時までに施設に行かなきゃ昼飯抜きだぜ」
「なら、ここを最短ルートで突破するしかありませんわ!」
副委員長の八百万さんの言葉に皆が頷く
「よし! いくぞA組!!」
続けて委員長の飯田君が号令をかければ、皆力強く呼応した。
『基本的に戦闘は仲間任せで十分です
マップの外れにいる敵などを処理して、仲間が無駄な距離を移動してロスらないように注意しましょう』
「前方左右から、それぞれ3匹! 後方から2匹だ!」
「それぞれに大きい足音が1匹ずつ混ざってる! みんな! 来るよ!」
障子君と耳郎さんが索敵を行い、それぞれが個性を連携して魔獣に立ち向かっていく
私もやりすぎないよう、移動を続けながら集団から外れている魔獣を打ち落とす。
『特にタイムのブレに繋がるのは飛行型であるドラゴンタイプです
時々こちらを攻撃するでもなくマップ端に残って面倒な時がありますので優先して倒しましょう
遅延行為を行う龍の屑がこの野郎……、動物裁判だ……(憤怒)
一定時間の経過で、飯田のセリフのカットインが入りますのでそのタイミングを目安に敵を全滅させるのが理想です』
遠距離攻撃はないといったが、この段階ではピクシーボブがそこまでしないだけで、彼女を本気にさせれば、魔獣達は口から固めた土塊を飛ばしてくる。
私も初めのうちは、魔獣の森での戦闘を毎回最速で抜けようとあれこれ試したが、試行錯誤を繰り返すうちに声の言う通り遠回りこそが一番の近道であることに途中で気づいた。
つまりピクシーボブを刺激しないで森を抜ける方法が結果として一番はやく、消耗が少ない。
ピクシーボブの個性『土流』は土を自由に操作できるという、セメントス先生と同じタイプの環境に作用する反則じみた個性だ。
しかも個性の制御の面で言えば先生以上かもしれない
ピクシーボブは魔獣を生成して使役してくる。
魔獣たちは一定のダメージを与えるか、形を崩すと崩壊していくようにも見えるが、それは全くのまやかしだ。
実際はピクシーボブのさじ加減であり、怖ろしいことに、現状はかなり手を抜かれている。
本気を出せばもっと固くできる上、崩壊した部分も少しずつ直すことが出来るため、もしここを最速で抜けるつもりなら地獄を見ることになるだろう。
実際に戦闘で最速に拘った結果、何とか行きついた最後の襲撃で小山ほどの土塊を動かされ“これはスライムだから魔獣の範囲だにゃ!”と言われた時、私は最善行動での攻略を諦めた。
対等に戦わされたら真っ当な方法で勝てる気がしない。
弱点を強いてあげるなら、魔獣を操るための
土くれ自体には耳も目もないので魔獣自体に巧妙にカメラを隠し、その映像を自身のバイザーに投影することでピクシーボブは魔獣を操っている。
それさえ破壊すれば大きく動きを制限できるだろう。
……が、露骨にカメラだけを破壊していると感づかれ、ピクシーボブが面白がり結局は難易度が跳ね上がるのでこれも弱点とは言えない。
ピクシーボブと距離を開けて、まともに相対した状況自体が詰みなのだ。
なので私が出来ることと言ったら、ばれない程度の妨害
全体を俯瞰して状況を観測させているドラゴン型の魔獣、それを偶然を装って破壊することしか出きない。
……思うに、もしやこれが声の言う、こちらを攻撃するでもないドラゴンのことだろうか
「みんな! 全員無事か!!!」
『ドンピシャで倒せました(ご満悦)』
飯田君が声を張り上げて全員の安否を確認するのと、私が最後に残った魔獣の一体を踏み砕くのは、全くの同時だった。
「ようやくたどり着いた……、い、今何時だ……?」
「じゅ……、16時くらい……」
「腹減った……」
あれから、3度の襲撃を乗り越えた私たちは、普通より早い時間に着いた。……と言ってもその普通の時間が皆には分からないだろうが
『魔獣の森での活躍が反映され、原作より、1時間ぐらい早く着きました。経験値はそこそこですね
2時間早く着くごとに、仲間とのコミュが増えるので、こんなもんでいいです
大切なのは手抜きとそのバランスってはっきり分かんだね
合宿は残念なことにコミュニケーションパートが最低1日2回あります。最終日は肝試しイベントで一緒のペアの好感度と攻略分岐が決まりますので祈祷力が試されます
日ごろから功徳を積みましょう』
「やーーーっと、来たにゃん、お昼は抜くまでもなかったねぇ」
「何が3時間ですか……」
「あぁ、あれ、私達ならって意味ね、でも思ったよりやるじゃん、予想以上!」
「き、きたねぇ、大人はなんて汚いんだ。若者の純真さが大人にはないんだ……」
「えぇおい!? 誰が肌のハリが失われているですって!」
「誰も言ってません!!」
クラスメイト達の集団に紛れ、私は緑谷君の場所に少し近付く、そのタイミングで彼は視線を壁にもたれ掛かっている男の子に目を向けた。
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど、その子は誰かのお子さんですか?」
見た目は小学校に入っているかいないかぐらいの男の子
特徴的な角の生えた帽子、はねた黒髪、目つきはキリリとしている。
何も知らない人が見たなら、ずいぶん大人びた子供だなんて思ってしまうかもしれない。
その男の子の名前は知っている。どういう生い立ちであるかも既に分かっている。
「あぁ違うの、この子は私のイトコの子供、ほら洸汰、挨拶しな、1週間一緒に過ごすんだから」
マンダレイに言われ、渋々といった様子で前に出てきた彼だが、知らない人に囲まれる中、堂々と立ってみせている。
「あ、えと僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷、よろしくね」
近くにいた緑谷君は相手に向けて右手を差し出した。
その瞬間、洸汰くんは勢いよく真正面へ右手を突き出す。
「フンッ!」
緑谷君の急所に洸汰くんの拳が直撃した。
「きゅう」
「み、緑谷君! おのれ従甥!! なぜ緑谷君の陰嚢を!」
「ヒーローになりたい連中とつるむ気はねぇよ」
「つるむ!!? いくつだ君!!」
『がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛ごう゛だぐん゛
緑谷の緑谷Jrを思いっきりしばいた彼は洸汰くん、林間合宿編のキーマンです
紹介しましょう
マンダレイのイトコの息子の現在5歳、野原さんちのSNNSKくんと同い年だゾ!
例にもれず彼にも悲しき過去、ありがちですが両親がヴィランに殺されてます。
物心つく前に両親を殺された洸汰ボーイ
彼の親はウォーターホースという夫婦ヒーローでしたがヴィランから市民を守るために死亡
個性があったから両親はヒーローになり、個性があったから犯罪者と戦うこととなり、個性があったからヴィランに殺された。
個性さえなければ自分の両親は死ななかったはずなのに……、次第にKUT君は個性そのもの嫌うようになってしまうのであった……って感じですかね!
私の意見としては、まずウォーターホースという名前が良くないな
ウォーターホース=シーホースとも取れる。
そんな星5で攻撃力が1350の産廃みたいな名前じゃ、初めから戦いを放棄しているようなものです』
いつもなら怒りでも湧いてくるのだろうが、今は忙しいのでそんな余裕はない。
『イキ過ぎた力である個性がなければ悲劇は起きなかった? なるほど一理あります
じゃあ誰もが力を持つ社会なら、この世で一番正しい俺様が一番強大な力を持つのが正しいよなぁ!?(LIFL協会感)
RTAじゃ善悪問わず、俺があの世に送ってやるぜ! おれの公平さを称えルルォ!』
誰にも気づかれぬように呼吸を整えてから私は自然なふるまいを努める。
「荷物を部屋に運んだら、1時間後に食堂で夕食、その後入浴で就寝だ。本格的な訓練は明日からになるぞ」
ひと悶着ありながらも、その一言に疲れ切っていた皆は、荷物を掴むと各々の部屋へと向かっていく。
私はその中に紛れながら、背を向けて合宿場に歩いていく洸汰君を視界の端でまとわり付くようにじっと見つめた。