個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア


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作:ばばばばば
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10話 後半(4/4)


 体験学習5日目、気分はよくない、それは何時ものことだが、それでも今日のは強烈だ。

 

 

 端末でニュースを見れば、昨日の夜から話題はどこもかしこも、同じニュースで持ち切りであった。

 

 それに気が滅入って、端末の電源を落としても、街角に置かれたモニター、人々の噂話、つけっぱなしのラジオから、念入りに同じ話題が繰り返されているので、私の耳に嫌でも入ってくる。

 

 

 

〈贋者……、誰かが正さねば……、誰かが血に染まらねば……〉

 

 

 

『はい、ステインが捕まったという時報イベントです。

 

 体験学習3~5日のどこかの時点で立教トリオとヒーロー大好きおじさんとの戦闘が発生しますが、ホモ子は特に誰とも親しくないので遅れてニュースの情報で知ったという形です。

 

 このステインの逮捕がヴィラン連合を勢い付かせる要因になる重要な話ですが、(RTA的に)関係ねぇんだよそんなもん!

 

 ちなみにこのイベントが見舞いやメールのやり取りなどのロスもないため、最速です(威風堂々)

 

 本当にホモ子のイベ回避に無駄がない、一族にあるまじき豪運、これはチルドレンの面汚しでは?

 

 まぁいいでしょう、大体なあ……、親父(親)がガバだから三浪したんだよ!!!

 

 俺悪くねぇよ……、 俺悪くねぇからな……(親をリスペクトしないチルドレンの屑)』

 

 

 

 

英雄(ヒーロー)を取り戻さねば!! 来てみろ贋物ども……、俺を殺していいのは本物の英雄だけだ!!〉

 

 

 

 いったい何度繰り返されたか分からないこの動画

 

 巷では信念があるだの、主張に見るべきところがあるだのと、はやし立てている者もいるらしいが、私に言わせれば馬鹿らしい。

 

 ヒーローとはただの職業名でしかなく、この男の脳にある白馬の王子様などでは決してない

 

 そもそも、人を殺した時点で、その主張に何一つ聞くべき点はない、理想を吐こうが汚らわしい言い訳にしか聞こえないというのに

 

 

『保須のイベントは通常プレイなら、とりあえず絡んで経験値を取りに行くところですがRTAでは論外です。

 

 強制的にあの3人との好感度が上がるうえに、オールマイト、警察組織、ヴィラン連合の開闢行動隊とかいう、後の幹部候補共に因縁を付けられます。

 

 なにより好感度が上がってしまうのが辛い

 

 流石に緑谷、轟あたりは好感度上がって消すのは、攻略において現実的ではないです。

 

 飯田あたりならなんとか……

 

 序盤で委員長指名したせいで地味に好感度が上がりそうで怖いんですよね』

 

 

 

 …………

 

 ……言われなくとも飯田君どころか、誰にだって深く関わるつもりはない。

 

 

 テレビは続けて、犯罪者の妄言を映した映像を流し続ける。

 

 NO2ヒーロー、エンデヴァーが捕まえたという話だが、ヒーロー殺し逮捕の瞬間には、ボロボロな体の飯田君、緑谷君、轟君が映っていた。

 

 どこか憑き物が落ちた表情の飯田君、もうヒーローらしく意志の強い目を持った轟君、緑谷君は言うまでもない。

 

 そっか、結局、飯田君はヒーロー殺しを殺さなかったんだ……。

 

 彼はやはり私とは違い、ヒーローということだろう。

 

 ほっとしたような、どこか妬ましいような感情を飯田君に抱きながら、嫌でも聞こえるニュースを聞き流す。

 

 

「やぁ本条!!」

 

「…………どうも」

 

 そんな風に考え事をしながら事務所に向かうところ、偶然通形先輩に出会う。

 

 先輩は私の顔を見て、元気よく挨拶をしてきた。

 

「なんだ、いつもよりさらに暗い! どうした……、ってそんな風に不安そうにもなるか、彼ら君と同じクラスだろう?」

 

 先輩は私の不機嫌さを察するとテレビに目を向け、もっともらしい理由を挙げた。

 

「そんなんじゃ……、いえ、そうですね、無事でよかったです」

 

 彼らと私に何のつながりもない、そう言いかけるが、あえて否定するのも面倒なので私は適当な返事を返してその場を濁した。

 

「……そっか、よし、事務所まで競争しよう! そういうモヤモヤした時は体を動かすんだ!」

 

「しませんよ」

 

 思えば最近、人との距離の取り方が甘い、もっと気を使わなければいけないだろう。

 

 

『保須と比べれば、この体験学習で得られる経験値はぐっと少ないですが無視できる量ではありません

 

 実習の高評価と良スキル狙いで効率的に強化して、なんとかしのぎ切りましょう』

 

 

 私は隣でいつも通り口数の多い先輩の相手をしながら、内心は焦る気持ちを抑えて事務所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、桃子ちゃんおはよう」

 

「はい、おはようございます」

 

「……今日って桃子ちゃん、お昼空いてる? 良かったら女どうしでランチなんてどう?」

 

「いえ、すいません、休憩中にも今回の体験学習のまとめをしたいので」

 

 

「本条さん、期限の切れそうなお茶請けあるんですが、どうも皆さん食べきれなくて困っているんです。良かったらどうですか?」

 

「……申し訳ないです、実は軽食を駅前でとってきたばかりなんです」 

 

 

 バブルガールさんとセンチピーダーさんが声をかけてきてくれるが、私は何時も以上に最小の会話に努める。

 

 

 事務所についた私は、そこでも考えが止まらない。

 

 保須市の事件にはヴィラン連合も一枚噛んでいるらしい、声はこの事件が重要と言ったが、それはどういう意味だろうか。

 

 それに新たな言葉が出てきた。

 

 かいびゃく行動隊? 開闢のことか?

 

 始まりを意味するその言葉を鑑みるに、革命家でも気取っているのだろうか

 

 

 声の新たな情報について考察しながら、その断片的な情報にすぐに行き詰まる。

 

 このまま何も対策も取らずにいて、本当にいいのだろうか、この道は間違ってないだろうか

 

 私はまた失敗を……

 

 

 

「フンッ……」

 

「痛っ!?」

 

 

 

 不意に頭に走る衝撃、私は何事かと振り向く。

 

「少しはマシになったと思えば、相も変わらず酷い顔だ。よくも私の事務所でそんな顔が出来たものだ」

 

 

 そこには片手を私の頭に振り下ろすサーがいた。

 

 

「今日も一段とユーモアのない表情、お前はもう少し、愛想というものを学んだ方がいい」

 

 まさかの愛想をあのサーに説かれるという理不尽、私はつい、最近やけに言いやすい憎まれ口をたたく。

 

「それはツッコミ待ちというものでしょうかサー」

 

 売り言葉に買い言葉。

 

 事務所に来てからというものいちいち私を怒らせようとするサーに、とうとう私はカチンときてしまう。

 

「そもそも、サーだって言うほどユーモアありますか?」

 

「なんだと貴様」

 

 そこからは傍から見れば、サーの地雷を踏みにじる私と、常に私の逆鱗を握るサーの言葉の応酬が始まる。

 

「ユーモアのある人っていうのは何時も笑顔を絶やさない通形先輩、話し上手で聞き上手で気遣い上手なセンチピーダーさん、常に周りを癒やしてくれるバブルガールさんみたいな人達を言うんです」

 

「そういう風に言えばお前も違うだろう、本条」

 

「私の話はしてないです。サーもそうでしょう」

 

「いつも話しかけると嫌がる。排他的な態度だ」

 

「その目、誰を睨んでるんですか? 威圧的です」

 

「表情が硬い、どうしたらそんなつまらない顔ができる?」

 

「顔が怖いです。子供とかと目があった時ないでしょう?」

 

「……それくらいある、とにかく頑固だ。もう少し周りに目を向けろ」

 

「でもすぐ逸らされた。自分の主張を無理に通すのはサーの方ですよ」

 

「全く、その口の悪さ、根が暗いんじゃないのか?」

 

「サーだって実際、かなりネガティブな人ですよね」

 

 

 言い合う私たちはここで一拍置き、お互いに近くでにらみ合う。

 

 

「フフッ、案外、サーと本条、少しづつ仲良くなってきたんじゃないかって、俺は思うんですよ!」

 

「まさか、二人がこんなに仲良くなるなんて、意外だよねー」

 

「上司と新人を揶揄うものではありません、今日も朝から面倒な案件がありますから、すぐにでも取り掛からねばいけません、あとはサーに任せて行きますよ二人とも」

 

 

「その言いようは心外です!!」

 

 

 そう反論する私のことをお構いなしに、彼らは事務所のドアを開けて出ていく。

 

 残されたのは私とサーの二人だけだった。

 

 

「…………まぁいい、少しはまともな顔になった。行くぞ」

 

「頭を叩くなんて、まったく、本当になんなんですか、急に……」

 

 

 私は小言を言いながらトレーニングルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 私だって馬鹿じゃない。

 

 事務所の人たちに気遣われていたことには気づいている。

 

 どうもまいってる私をみて、通形先輩、バブルガールさん、センチピーダーさんが気遣ってくれたようだ。

 

 でもその親切を私が受け取ることは無い。

 

 だからだろうか……

 

 一定の距離をとって関わるサーに、つい居心地の良さを感じてしまっていることは……

 

 サーのように、ケンカ腰で話しても、軽くあしらってくれて、その後も気にもせず普通に接してくる人は初めてだった。

 

 

 

 

『おっ、サー佐々木との好感度が上がりました

 

 まぁ、好感度が上がったとしてもサーはあまり気にしないでも大丈夫です

 

 流石に上がりすぎるとヤクザのカチコミによばれるので、その場合は手を打つ必要があります。

 

 タイミングは対策会議さえ開けばあとは氏んでも大勢に影響ありませんので、消すならそこがおすすめです』

 

 

 

 だからこそ自覚すべきだろう、自分が一体どんな存在かということを

 

 

 

「本条?」

 

「……トレーニングルームに行きましょう」

 

 

 

 

 

 その後、サーより早足で歩いた私は、トレーニングルームに先につく。

 

 

「じゃあ、早く始めましょう、手を出してください」

 

 開口一番抑揚のない声を出して向かい合う。

 

 

「本条、一つ聞いていいか?」

 

「いいえ、だめです。訓練を始めてください」

 

「そんな尊大な態度で訓練を始めろとはいい度胸だな……」

 

「早く手に触ってください」

 

「……」

 

 

 察しの良すぎるサーにその質問をさせてはいけないと、私は反射的に否定し、無表情で右手を突き出す。

 

 そんな私を少しだけじっと見て、サーは間抜けを見るように鼻で笑う。

 

 

「さきほどお前の頭を叩いた時、すでに条件はそろっていたぞ」

 

「……ならすぐに始めてください」

 

 

 普段なら逆上していただろう自分を想像するが、今はそんな気力すら湧かない。

 

 

「もちろん嘘だ」

 

 そしてサーは、意識の隙間にあり弛緩した私へ、再度手刀を軽く振り下ろす。

 

 

「よし、準備は良いぞ」

 

「……いい加減にしてください」

 

「ふん、それはこちらのセリフだ。なんだその顔は」

 

「サー、お願いです。早く訓練をしてください」

 

 私はつい懇願するようにサーに頼み込む。

 

「……まぁいい」

 

 

 私の頑なさが通じたのか、サーはそれ以上何も問わずにいてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「では、始める。こい本条」

 

 

 その言葉を合図に私はサーに接近すると、基本に忠実、かつ自分にできる最速のジャブを繰り出す。

 

「……ふん」

 

 私の突き出した腕をサーは軽く弾いて対処する。

 

 しかし、今までなら触れすらできなかったサーが、私のこぶしを直接防いだのだ。確かな手ごたえを感じた。

 

 この訓練のおかげで格闘戦自体の技量も相当上がった。サーの理詰めでありながら型にはまらない格闘術が私の個性にあっているのも幸いしたのだろう。

 

 

「甘い」 

 

 

 だが私とサーに隔絶した実力差があるのは変わらない。

 

 続けて、私がさらに攻めようとすればサーが機先を制し、動き出す前に攻撃の手がつぶされる。

 

 このままではいつも通りの敗北だ。

 

 

 なら……。

 

 

 私は頭から『アレ』に手を伸ばす。

 

 

 訓練の最中で息を整えるような動きも必要ない、体を動かし、思考のさなかで線を伸ばすことはすでに感覚に染みついていた。

 

 必要なのは目的

 

 私は自分の線を繋げることに気を取られてばかりで、線を繋げた時、明確な意思を持っていなかった。

 

 何がしたいか……、私は自分がどうしたいかを固定していく。

 

“とにかくサーから紙を奪う”

 

 そう強固に思うと同時に、線が『アレ』と繋がる。

 

 何時もなら昏倒しているはずのその時、私は意識を保ちながら、奇妙な光景を見た。

 

 

 振りかぶろうとした私の前に、既に拳を振り終えた私がいる。

 

 

 それは一つだけではない。

 

 私の今いる場所は変わらずに、体の先に、いくつもの私が上下左右に飛び出して動き出す。

 

 様々な動きをする、ものによっては数手先にも満たずにすぐさま霧散してしまうものもあれば、そうはならない像もあった。

 

 全く私の常識を壊す理外の光景だ。

 

 だがなぜか不思議と私は落ち着いていた。

 

 

 この霧散した道に先はない

 

 

 私は理解を拒む脳を無視し、根拠もない考えをなぜか素直に受け入れた。

 

 

 左から……、は駄目だ。

 

 奇をてらった上や下も

 

 正面、……は悪くないが、どうも像がぼやけている……

 

 

 己を最大限生かす利き足の右の像が一番はっきりとしていて濃い、そう感じた私は、いつの間にか右に潜り込んで、サーを蹴り上げていた。

 

 

「……ようやく倒れないで向かってきたか」

 

 

 サーの動きがいつもより力を込めたものとなって、私の右からの攻撃をいなす。

 

 だめだ。対応されている。 

 

 この程度ではサーには到底届かない

 

 

 

 そう焦ると私の像は、次第にその数を増やしていく。

 

 

 像が増えていくたびに、私の脳は熱を持つが、それでも私は像を見つめ続ける。

 

 もっと先へ、もっと多く、もっと詳細に

 

 私はこの時今更ながら、理解する。

 

 今私が視ているこの像は間違いなく“未来”だ。

 

 信じられないことに、限定的であるが私は今、未来を視ているのだ。

 

 

「はっ、ハハ……」

 

 

 未来! 未来だ! ようやく掴んだ!

 

 これがあれば私はもっと強くなれる。そうすれば早くこの生活を終わらせることが出来る。

 

 サーにようやくまともに抵抗出来たからだろうか? どうにも気持ちが昂っている。

 

 

 

 私はサーに向かって強く踏み込もうとし………

 

 

 

「今日の特訓はここまでとする」

 

 

 

「ハ?」

 

 

 だが、サーは突然立ち止まった。

 

 梯子を外された私は腰を低く落としたまま、呆然とした表情でサーを見る。

 

 そんなサーは、私を厳しい目で見下ろしていた。

 

 

「……いや、いやいやいや、なんで止めるんですかサー!」

 

 

 いま私は絶好調だった。

 

 サーとの訓練で自分の力が強くなっていたのを実感していたのになぜ止める?

 

 

「今、私、強くなってたんですよ? サーの助言通りやったから! 未来というのを少し見ました。すごいですよこれ! 止めるなんて意味が分からない!」

 

 私は自分でもよく分からない興奮のまま、言葉を並びたててサーに歯を見せて怒鳴った。

 

 

「本条、文句があるならこっちに来てみろ」

 

 

 言われなくても私は、文句を言うためにサーに近付こうとして……

 

 

「あれ?」

 

 

 そのまま盛大に前に倒れこむようにこけてしまう。

 

 

「酷使しすぎだ。自分の限界を理解しろ」

 

 

 それでも私は何とか立ち上がろうと腕力で上体を起こした。

 

 

「た、倒れるなんて今更です! 少し休んだらすぐ立てます! 今まで無意味に昏倒していた時とは違います! 今のを繰り返せば私は絶対に強くなれる!」

 

「いいや、今回のはわけが違う、本条、お前、飲まれかけていたぞ」

 

「飲まれる!? 何に飲まれるって言うんですか!」

 

「さぁな」

 

「ふざけないでください!!」

 

 

 語気を荒げるが、サーは全く動じないどころか私へ静かに問いかける。

 

 

「逆に聞きたいが、お前は何をそんなに焦っている?」

 

 

 焦りたくもなる。

 

 私を置いて周りの状況はどんどん加速していく、その中で自分と大切な人を守るためには嫌でも強くならなければいけない。

 

 この未来を視る力を操ることが出来るなら、それは多くの被害を未然に防ぐことが出来るというのに……!

 

「強くなれるんですよ! サーの言った通り、自分の個性を制御できるようになれるんです。ヒーローになるには大切でしょ? ヒーローを目指してるんです。 焦る理由なんてそれだけで十分ですよね」

 

「だがお前は別に、ヒーローに興味がある訳でもないのだろう?」

 

「っ! …………それが問題ですか」

 

 有無を言わせぬ言い切るサーに、私は一瞬動揺する。

 

 しかし、それを態度に出さないよう飲み込み、しばらくしてからサーを睨んで反論する。

 

「……ヒーローは社会的地位の高い仕事です。志がなくても才能があるから目指すのはおかしいことですか?」

 

「おかしくはない、だがそういう奴にヒーローは向いていない」

 

「あぁ、ヒーローは見返りを求めないってやつですかね? 自己犠牲とか、サーも最近よく見る犯罪者と同じでそういう考えですか」

 

 サーを怒らせようと、プロヒーローをあえて唾棄するような発言をとる。

 

 

「それだ」

 

 

 サーは私の言葉を割る。

 

「その繕いが不自然だ。お前は、なぜ他者を拒む」

 

 私の聞かれたくない質問を堂々とねじ込んでくるサーに私は敵意すら覚えかける。

 

「その態度が常ならばまだわかる。だがお前のその露悪癖は脈絡がない、さっきのお前がそうだが心変わりにしては唐突すぎて不自然だ。私が思うにお前の気質は本来なら対話を好むような……」

 

 

「サー」

 

 

 私はそれ以上言わせないように、低い声で止める。

 

 

「はいはい、参りました。もういいですよ、分かりました」

 

 私はおどけたように手を挙げると無理やりにでも会話を打ち切りにかかった。

 

「サーの言う通り訓練は中止します。私からこれ以上要求はしません、ですからこの話は終わりにしましょう」

 

 これ以上は危険だ。サーなら本当に私のことを暴いてしまうのではないかと恐れた。

 

「この先も使うのを止めろと言っているわけではない、その力を私といるとき以外は使わないと誓えるか」

 

「えぇ、もちろん」

 

 私は即座に肯定するがサーの顔は渋い。

 

「……この体験学習が終わったら無視をすると顔に書いてあるぞ、話にならん」

 

「それはそうでしょう、サーが私に命令できるのは、この時間が体験学習だからですよ」

 

 当たり前だ。

 

 この手に掴みかけた。そのチャンスをなぜふいにする必要があるのか、サーには悪いが、この体験学習が終われば早々にこの力を成長させる。

 

 サーへの義理があったとしても、あと数日、そこまでだ。

 

 いくらサーでも、この体験学習後のことまで私に指図することはできない、出来の悪い学生と思って見切ってもらった方が互いに楽だ。

 

 

「もういい、今日はここまでとする」

 

 

 サーも諦めたのか、立ち上がって背を向ける。

 

 

「車に乗れ、送る」

 

「……いえ、私は」

 

「体験学習の時間内だ。私の命令に従ってもらうぞ」

 

 

 サーは有無も言わさず先に行く。

 

 先ほどの意趣返しのような言い方、そのような言い方をされたら抵抗はできない、私は無言でサーについていった。

 

 

 いつものように車に乗るが、私達の間に会話はない

 

 そしてその沈黙は、私が最後に車を降りて形だけの礼を言うまで続いた。

 

 

 体験学習5日目は、互いに不満を募らせて終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6日目、私はサーの前に憮然とした態度で立つ。

 

 

「私に力を使うなと? そんな訓練に何の意味があるんですか?」

 

 

 理由は単純だ。サーの提案があまりにも受け入れられないものだったからだ。

 

 

「そうは言っていない、戦いでその予測を成長させるのはやめろといってる」

 

「つまり訓練で成長するなと? 言ってることが無茶苦茶でしょう」

 

「今制御できる段階の力の内に、その使い方を学ぶべきと言っているんだ」

 

 それでは遅すぎる。

 

 すぐそこに私が強くなる手段があるというのに、サーはそこで足踏みをしろと言っている。そんな話が通るわけがない。

 

 

 そんな私を見て、サーはなぜか大きくため息をつく。

 

 

「本条、お前に言っておかねばならないことがある」

 

「説教がしたいなら、特訓の最中でなく、車の中の時にでもしてください」

 

「お前の個性だが、ハッキリ言って危険だ」

 

 

 私の嫌味を無視して、サーは私の予知について語りだした。

 

 

「だから使うなと? ……そもそもどう危険だって言うんですか?」

 

「大きすぎるんだ」

 

 

 サーは固い声色で、私に緊張を強いる。

 

 

「底が見えず、おおよそ人が扱える力だとは思えない、だというのにそんな力の所有者は無警戒にそこへ身投げしようとしている訳だ。危険を越してただの自殺だ」

 

「それって何を根拠に言っているんですか?」

 

「馬鹿め、お前が昨日倒れたのがそうだろうが、自分を追い込むやり方では、おそらくお前の限界が先だ」

 

「まるで正しいやり方を知っているような口ぶりですね、それに倒れる程度、今に始まったことでもないでしょう」

 

「お前の問題だ。正しいやり方など知るわけがないだろう、ただ、間違っていることは分かる。そしておそらく、お前が限界を超えた時、次は昏倒じゃすまないぞ」

 

 私はサーの危惧を理解した。

 

 しかしその一方で、あの力を求める気持ちを止められない。

 

「安全に気を使えばいいんでしょう? 途中までは扱えましたし、サーの言う正しい使い方を模索する必要だってあります」

 

「その安全な方法というのが、現実、私の前でやるしかないわけだが、お前はこの実習を終えたらどうするつもりだ?」

 

「はは、流石にプロヒーローの貴重な時間は奪えませんねぇ、非常に残念ですが」

 

「……雄英生にはインターン制度があっただろう、そこで稽古をつけてやる」

 

 サーは私程度の人間に破格の申し出をしてくれる。

 

 未来を予知することが出来るサーと訓練するということは、私の先読みにとって万金に値する経験であることは疑いようもない

 

 

「結構です。これ以上ここにいるつもりはありません」

 

 

 だが、それは何時かの二の舞になることを考えれば答えは決まっていた。

 

 これ以上サーと関わるべきではない、その先どんなことが待ち受けているかは、もうすでに知っている。

 

 

「……分からんな、純粋にお前にとっても得るものの方が多いはずだが?」

 

「そうですね、でも行きません、これで話はおしまいですよ」

 

 

 サーは私の意思が変わらないと理解したようだが、それでもサーはまだこちらを見つめている。

 

 

「お前の個性は強力だ。時をかければもっと伸びる。……だというのに何をそんなに一人で急ぐ必要がある」

 

「どうするかは結局は私が選択するはずです」

 

「聞き分けの悪いお前に分かりやすく言い換えよう、お前、ヒーローになる前に潰れるぞ」

 

「それが? 死んでも私はヒーローになりますよ」

 

 

「ふざけるな」

 

 

 私の命を軽視するような発言に、サーは初めて、本心から私に怒りを抱いている。

 

 

「……何がお前をそこまでさせる」

 

 

 ごまかしは許さないと言った態度でサーはじっと私の答えを待っている。

 

 睨みつけられた私は、逃げることすらできず、サーの圧に押され、ポツリと本心がこぼれた。

 

 

「ただ“早くヒーローになりたい”ただそれだけです」

 

「なに? ……それは、いや嘘は言っていないだろうが、だがなぜ……」

 

 

 私の言葉に怪訝そうにサーはこちらを見るが、それ以上私について言えることは無い。

 

 

「さぁ? 私は別に嘘は言ってませんから」

 

 スタートが私のゴールであるなんてどうかしている事情、そんなこと誰が気づけるというのだろうか。

 

 

「……お前にとってヒーローとは何だ?」

 

 サーはそんな私のふざけた態度をみて、これもまた正論でぶつかってくる。

 

「ただの公務員です。個性(暴力)を使う犯罪者(ヴィラン)個性(暴力)で取り締まる官憲ですよ」

 

「……それだけか?」

 

「それだけです。むしろそれ以上を望む世間が可笑しいんですよ、一握りの英雄(ヒーロー)が市民全員を守る? 理念を持ったヴィランが世界を変える? 馬鹿馬鹿しい」

 

 別に政治を語りたいわけではなかったが、自分でも意外と思うほど、私の口はよく回った。

 

「1人の自己犠牲で100人を救う世界より、100人がお互いを助け合う世界の方がよっぽど強固で正常な社会です。いいですか? この世を動かすのはいかれたヒーローやヴィランではない、大多数の、普通の、ただのヒトですよ」

 

 ただ気に食わない、私はヒーローという言葉に、理想を込めようとする者達の言い分を否定したかったのだ。

 

「人がそのように生きるため、その象徴となるのが英雄(ヒーロー)だ」

 

「例えば平和の象徴(オールマイト)みたいな? ははは、そうでしょうね、なにせオールマイトは強いですから」

 

 私はあえて彼を怒らせようとオールマイトの名を出す。彼を敬愛しているサーは案の定こちらを睨んでくる。

 

「それだけの理由で彼が平和の象徴と言われているわけではない」

 

「だけではないでしょうが、もし。オールマイトの力がなくなったとしたら、本当にただの象徴でしかない、実際、世の中の平和を保つことはできないでしょうね」

 

「何……?」

 

「ヒーローに望むことなんて“早く自分を助けて”ぐらいです。そこにオールマイトかどうかなんて気にする人はいませんよ」

 

 ここで初めてサーが敵意を込めた目で私を睨む、この体験学習でサーが心の底から怒ったときは無かったのだと思うほど、その目は怒気を含んでいた。

 

 今までより数段低く、鈍い声に私の心胆は凍り付く、が、これはチャンスでもある。

 

 サーに私と関わるまいと思わせるチャンスだ。

 

「あれ、怒りました?」

 

 私は浅く息を吸って、小馬鹿にしたような表情を必死に張り付ける。

 

 

「訂正しましょうか? オールマイトは今後も平和の象徴です。はい、これでいいですか? ハハッ、サーの中じゃ、きっと鳩が世界を平和にできるんでしょうね」

 

 

 

 サーが無言でゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 それでも私は頬が引きつるのを我慢し、目と口を歪めて、まともに見えないサーの方を向いた。

 

 サーはこちらに手を伸ばす。

 

 殴られるか、そうでなくても胸倉でも掴まれるのではと、私は体をこわばらせた。

 

 

 

「そうか……、本条、お前はヒーローに興味がないのではなくて、ヒーローが嫌いだったのか」

 

 

 怒りは含んでいない、静かな語り口。

 

 別に私の返答を求めているわけでもない独り言のような呟きだ。

 

 サーはいつの間にか私の頭に手のひらを軽く置く。

 

 

「本条、話をするから聞きなさい」

 

 

 なぜ、どうして、そんな穏やかな目を私に向けられる。

 

 

「お前の言う通りヒーローは……」

 

 

『おっと、またサーの好感度が上がりましたね、好感度が上がれば獲得率も上がるのでいい感じだで……、アッアッアッアッ』

 

 

「興味、ないです」

 

 

 私はサーから距離を取り、構えた。

 

 

「約束でしたよね、サーから紙を取れば何でもしてくれるって」

 

 

 サーのスーツにしまわれた書類のあたりに向かって手刀を振り下ろす。

 

 私の攻撃は空気を割くだけで、目的のスーツを切り裂くことは叶わなかった。

 

 

「あなたから無理やりにでもそれを奪います」

 

 

 私が本気で襲い掛かれば、予知を使わざるを得ない、そんな打算もあって、私はサーに襲い掛かった。 

 

 

 “とにかく目の前のサーを黙らせたい”、その一心を願って線を繋ぐ

 

 私の像がサーに襲い掛かる。

 

 幾重にも像が重なり、塊となって動く

 

 

「言ってわからんか、全く手のかかる……」

 

 

 しかしサーは私の可能性を殺していく。

 

 

 やはりだめだ。この程度の数じゃサーには歯が立たない。

 

 もっと、もっと

 

 前と同じように頭が熱を持つ、私はそれを無視すると、さらに像が増える。

 

 次第に頭蓋に溶鉄を流し込まれたような熱さと激痛を味わいながら意識が瞬く。

 

 

 その瞬間、私の像は今までのノロノロとした等差的増加ではなく、指数関数的にその数を増やす。

 

 

「おい本条!」

 

 

 私に対してサーが大きく間合いから外れ、半歩身をひねり構える。サーと対峙してここまで追い込んだのは初めてだ。     

 

 

 酷く頭が痛んでいるような気がしたが、だんだんその痛みも良く分からなくなっていく

 

 この程度の苦しみは無視していいとすら思え始めた。

 

 

「……堪えろ! 踏みとどまれ!!」

 

 

 意識が白く染まり、自分がどこにいるのかが曖昧になる。

 

 不思議なことに、次第に苦痛は快楽へと変わり始めたのだ。

 

 脳の皺が全て広げられたかのような心地になりながら、私は深く沈んでいく。

 

 

「見極めるんだ! 本条!」

 

 

 圧倒的な全能感に全身が甘く痺れる。

 

 不安が晴れていく、未来がわかるというのはこんなに素晴らしい気持ちなのだろうか

 

 この感覚をもっと深く知りたい。

 

 

「ハッ……」

 

 

 どうしても空気が口から漏れる。

 

 サーをどう殴るか考えるのが楽しくて仕方がない。

 

 

「ハハッ! ハハハ!」

 

 

 は?

 

 いやいやいや、そんなことは考えていない。私はいったいなにを言ってるんだ?

 

 

 私は一瞬、体からかき集めたなけなしの恐怖を握りしめる。

 

 これが私か? こんな風にものを考えるような人間だっただろうか

 

 こんな怖ろしい……?

 

 ……あれ? 全然怖くない?

 

 サーの肉を抉ろうとするのも、骨を砕くのも、この際方法は全くどうでもいい、ただ、“とにかく目の前のサーを黙らせたい”それだけが何より大切だ。

 

 なぜ?

 

 だってそう私が決めたから

 

 恐怖がなくなっていく恐怖に私はゾクリと背筋を凍らせているような気もするが、もはやそれが悦楽の震えと区別ができない

 

 

 ダメだ。目をそらさなきゃ、いつものように気絶しないと取り返しがつかないことになる。

 

 

 だが、そうはならないだろう、なにせ私は理解したからだ

 

 おそらく今までと同じように気を失うことにはならない、私は理解した分、『アレ』を直視しなければいけない?

 

 

 そんな答えのみ書かれた計算式のような、突飛な考えが浮かんでくる。

 

 

 いやいや、何故いきなりそんな発想が浮かんだんだ? 脈絡がなさすぎる。 

 

 浮かんだ? どどこから? いや違がう、伝わったんだだ この考ええは私の考ええじゃなない!!

 

 ああ! 線が! 線が! 

 

 あれは私に何かを与えているだけじゃない! 私から何かを吸い上げげげてる!!

 

 いけない、はやく、線をきららないと、私が、きえるる、限界ににに

 

 

 

 

 

 

 

「仕方あるまい……、ぐッ……!!」

 

 

 

 

 あっ

 

 

 

 

 

 サーは以前と同じように突然、私の前で棒立ちとなる。

 

 

 

 当然、私のこぶしはサーのガードの上から突き刺さった。

 

 体の中の半分ほど、あり得ないくらい深く、体に沈み込み、手に嫌な感触を感じる。

 

 まるで重ねられた枝木を踏んだような、押し当てすぎた消しゴムが千切れた時のような後戻りできない感覚。

 

 

 

 その瞬間、私の脳に流れ込むなにかは嘘のようにぱったりと止まり、拳を振りぬいた姿勢そのままに倒れこむ

 

 

「ウェ゛ッ……、ハァ、ハァ、はぁ……、さ、サー……」

 

 

 サーは受け身を取ってはいたが、体を浮かせるほどの威力を受けて、壁際まで飛ばされ、強かに背中を打ち付けていた。

 

 すぐにサーへと駆け寄りたいが、頭が痛くて体が全くいう通りに動かない。

 

 私はそれでも這いずりながら、何とかサーに近づく

 

 サーは壁を背にしてピクリともしない

 

 

 それを見て私は顔面が蒼白になる。

 

 

「あ゛……ごめ、ごめんなさい……! サー……! 」

 

 

 自分のしでかしたことを理解し、懺悔する。

 

 が、すぐにそんなことに何の意味もないと気づくと、私は震える足を何とか引きずって、助けを呼ぼうとする。

 

 

「す、すぐ、うっ……」

 

 

 私は這いずるがまるで力が入らない、上半身から崩れ落ち、顎を地面に撃ちつける。

 

 

「だれか……! サーが……!」

 

 

 大声で人を呼ぼうにも上手く舌すら回らない。

 

 

「てあてを……」

 

「なに手当だと? この程度で軟弱な」

 

 

 後ろから声が聞こえる。

 

 

「いつものように白目をむいて大の字で倒れてればいいだろう」

 

 

 それどころかコツコツと近付く音すら聞こえる。

 

 

「さ、サー! うごかないでください……」

 

「ふん、それはこっちのセリフだ。あの程度の攻撃、なんということは無い」

 

 

 そんなわけがない、私が一番知っている、あの攻撃は普段の私の限界すら超えていた。立ち上がれるような威力ではなかった。

 

 

「さっきの戦いだが……、まぁ悪くはなかった。が、直接攻撃は禁止と言ったはずだ。まだまだ合格は出せんぞ」

 

 

 腕をだらりと下げたサーは、何度か大きく息を吐いて呼吸を整えると、私の前に腰を下ろした。

 

 私は小さな声でサーに謝り続けることしかできない。

 

 

「ごめんなさい」

 

「しかし、コントロールに難があったな」 

 

「ごめんなさい、サー」

 

「やめろ、訓練中の怪我など俺の不手際でしかない」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 

「本条、話をするから聞きなさい」

 

 

 サーは私の言葉を止めさせる。

 

 

「先ほどの話の続きだ。お前は人を傷つけるのは嫌いか?」

 

 私は謝罪することを止められ、何を話すこともできずに口を噤んだ。

 

「まぁ、見れば分かる。お前がヒーローを好きでないのも、お前から見ればヒーローもヴィランも同じ暴力で戦う野蛮な存在だからだろう」

 

 

 私はただ、サーの言葉を聞いていた。

 

「だが、それでも、それでもだ。ヒーローとヴィランを分ける違いがあるとするならば」

 

 サーはそう静かに私に伝えた。

 

 

「それは“意思だ”迷いながら正しき方向へと向かい続ける意思にほかならない」

 

 それがヒーローの道だとしたら、やはり尋常の道ではないだろう。

 

「私にとってそれはユーモアだ。笑顔のない社会に未来はない、そう信じて私は動く」

 

 

 そう言い切ってからサーは私を強く見つめる。

 

 

「本条、お前もそれを見つけろ。誰よりも悩むお前だからこそ、たどり着けると私は期待している」

 

 

 悪が己の悪を疑うことはしない、だがサーはお前は己の正義を常に疑いながら貫けとそんな理不尽を私に伝えた。

 

 

「無理ですよ……」

 

「まぁ、難しいだろう」

 

「……」

 

「だから、手伝う。お前が拒否しようと、影で勝手にな」

 

「頼んでません」

 

「諦めろ、なにせ私はヒーローだからな、余計なお節介が仕事だ」

 

 

 

 その一言に、私は思う通りに動かせない腕で顔を抱え込もうとするが、うまくいかない

 

 

 

「ズビッ……」

 

「ククク、なんだその顔は、止めろ、笑うと体が痛む」

 

「う゛る゛ざい゛でず」

 

 

 

 

 実習6日目の最後は大騒ぎであった。

 

 

 これは後で分かったことだが、この時、サーは左の橈骨・鎖骨・肋骨骨折の大怪我、私は体の多くの場所が肉離れ、短時間で両足は疲労骨折をおこしていたからだ。

 

 結局あの後、私たちは、先輩達が帰ってくるまでまともに動けなかった

 

 帰ってきた先輩たちは驚き、そして話を聞いて呆れると、私達2人はなぜかあったヨガマットの上にそれぞれ並べられて現在に至るというわけである。

 

 

「今日は車で送れんな」

 

「当たり前です。私は治りやすい体質でまだいいですが、サーは早く病院に行ってください」

 

「高く付くが当てを使う、おい本条、明日も特訓は続けるのでそのつもりでいろ、もう少しだ。お前の力自体は既に私に迫っているはずだ」

 

「数秒先しか見えない私と、十年先を見ることが出来るサーを比べないでください」

 

「それはお前の考え方次第だろう。きっと答えはお前の中にある。それは私には分からないがな」

 

「期待はうれしいですけど、自信はないです。……それに無理だけはしないでくださいよ」

 

「お前じゃあるまいにそんなことするわけがないだろう」

 

 

 反論もない

 

 

 こうして私はその回復力で何とか持ち直し、サーはどう見ても怪しい闇医者の治療を受け、この6日目は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最終日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと距離をとり、私達は構えていた。

 

 

 いつも二人だけの特訓には今日は3人のギャラリーがいる。

 

 観戦というよりはお目付け役で来ている彼らは心配そうにこちらを見ていた。

 

 私の方はほぼ全快、対してサーはコルセットのような器具を胸に巻いて、左腕は首に通した三角巾に吊り下げられている。

 

 だが、彼らの目はどちらかというと私の方を心配しているというのは、悔しいながら妥当であるのだ。

 

 サーは何時ものように訓練の前に私をおちょくると、握手に応じないで個性の条件を発動させていた。

 

 その身のこなしを見れば、彼がケガ人だとはとても思えない。

 

 

 

「では、始める」

 

 

 私はその言葉を合図に線を繋げる。

 

 

 サーから紙を奪う。そのために

 

 

 未来の私がサーに襲い掛かるが、そのすべてが、何かに阻まれるように霧散する

 

 明らかに読みが足りない。

 

 

 像は私の意志でじっくりと増やしていく、その中で最善の一手を模索し続けながら、サーを追い詰めようとした。

 

 そのように攻めていけば、私の方法は、確かに見えざるサーの幻影を追い詰めてはいるはずである。

 

 しかしそれはある程度までの話

 

 どれだけ像を増やしてもどんなに見える先は、集中しても5秒先程度、その程度ではサーを追い詰めきることはできない。

 

 これ以上は限界であり、無理に進めば負けるのは私だ。

 

 サーは私に期待していると言ったがそれもどうやら見込み違いらしい

 

 私の先読みではサーには届かない、これ以上先を見たいと踏み込めば昨日のように飲まれる。

 

 サーは一体私の何を見て期待してるなんて言ったんだ?

 

 私の中に答えがある? それらしいことを適当に言っているだけに違いない、なにせ、そんな都合がいいもの、一体どこにあるというのだ。

 

 現実逃避を始めた私は、自分の中の答えと言われて、走馬灯のように、成功と言われた私の失敗である過去を思い出す。

 

 

 雄英襲撃の時はとにかくアイツをすぐ倒そうとした。

 

 騎馬戦最後、緑谷君への攻撃は1000万をタイムアップの前に奪おうと手を伸ばした。

 

 トーナメント1回戦目、あれは声よりも先に、私が殴るべきだと考えた。

 

 最後に爆豪くんは、『アレ』に早くしろとせっつかれ、がむしゃらに勝つことだけを願った。

 

 

 

 思えば、これらの時は未来なんて見えずとも、直感で動けていた。 

 

 爆豪くんに至っては、自分だけじゃなくて相手の動きすら見えていたはずだ。

 

 なぜ未来を自覚した今、それができないのだろうか

 

 必死さが足りなかった?

 

 そんな訳があるか、今だって私は全力でサーに挑んでいる。

 

 

 サーはこんな私と自分が同格だという、お世辞でも、もう少し抑えなければ揶揄っているのと同じだ。

 

 今までうまく行った時だって、大したことを考えていたわけじゃない、むしろ頭は真っ白だった。

 

 それに比べれば今の方が余程よく考えているはずだ。

 

 

 時間をかけても、とにかく確実に勝つための最善手を考えた。

 

 

 そうだ。遅くとも確実に相手を……

 

 

 遅く……ても……勝つために……

 

 

 おそくても……?

 

 

 そこまで思考して、私にある……。ある馬鹿げた考えが浮かぶ。

 

 まさか、そうなのか? そんな理由が原因なのか?

 

 自分の考えを否定しようにも、今までの記憶からむしろ強固に説得力を帯び出す仮説があった。

 

 

 雄英襲撃の時はとにかく「すぐ」倒そうと

 

 騎馬戦はタイムアップの「前に」奪おうと 

 

 トーナメントは声よりも「先に」殴ろうと

 

 決勝戦での時は『アレ』に「早く」しろと

 

 

 

 私がそこまで考えた瞬間、脳の何かがカチリとはまる音がする。

 

 

 

 今まで私が求めてきたのはサーに対するより良い一手。

 

 最善手

 

 それを求め続ければ、なるほど、たしかにいつかはサーには勝てるだろう

 

 

 しかし、困ったことに、一番強い手が最善手とはならない、そしてなにより問題なのが

 

 

 最善は複数存在する。

 

 

 流動する戦いの中においては曖昧過ぎる定義なのだ。

 

 私の未来の予測はそれを走査し続け選択は膨張してしまうだろう。

 

 結果として見えるのは無数の選択と、処理しきれない膨大な可能性

 

 

 そんなものは私の限られたリソースでは捌ききれるはずがなかったのだ。

 

 ならばどうするか

 

 

 簡単だ。

 

 

 私は目標を変える。

 

 設定しなければいけない

 

 この膨大で無秩序な情報の奔流に志向性を持たせる。

 

 数多くの選択でたった一つの目標(ゴール)を設定し、地図(チャート)を構築する。

 

 目標はただ一つ。

 

 

 

 最速であること

 

 

 

 当然のことではあるが、最速であるならば、それはたった一つの最短になるのだ。

 

 

 

 

 

「サー・ナイトアイから最速で紙を奪う(撃破RTA)

 

 

 

 

 

 私の体からたった一つのヴィジョンが叩き込まれる。

 

 今までの体の負担が嘘のように楽だ。

 

 増える像よりも消失する像が多い、可能性の中で不要なものが切り捨てられ、余分なものが削がれていく。

 

 

 そしてたった一つの私の像が残った。

 

 

 固定化された像は今までと違い、私だけではない、サーの動き、周りの状況すら鮮明に映し出し、ついには、空気の震えや声すら聞こえるようになる。

 

 

 未来の私とサーは激しく位置を変えながら、お互いの優位を崩さんと動く。

 

 それは詰め将棋じみてサーを追い込んでいった……。

 

 

「くくく、これほどまでか!! こい!! ここからはサーナイトアイの全力をぶつける!」

 

 

 怪我など嘘であると信じたくなるほど、というより、サーは途中よりその一切を無視して動く。

 

 それはサーの。私が視る初めての全力であった。

 

 

 サーは吠える。

 

 私はそれを冷静に眺めた。

 

 

 骨折した左腕を執拗に狙うと、そこから血が吹き出した。

 

 それに私は一切の手心を加えず狙った。それが一番早いからだ。

 

 

 あえてサーの攻撃を、折れるのを無視して右手で受け、そのまま右手で殴りぬく。

 

 もちろんそれが一番早いからだ。

 

 

 

 血で血を洗う攻防に、最後は周りの人間が止めに入るが、それすらサーの視界を隠す壁にして、私はとどめの一撃を加えた。

 

 

 38手目。

 

 

 残虐非道であるが正々堂々

 

 とうとう私の未来の像が、サーから、紙を奪い取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「合格だ。本条」

 

 

 

 

 

 気づけば、私達はそもそも、一歩も動いてなどいなかった。

 

 

 

 

 あぁ、そうだ。そういえば初めから動いてなどいなかった。

 

 今起きたことは先を見ることが出来るサーと私の中だけで成立する。ただの白昼夢であったのだと今更ながらに思い出した。  

 

 

 私たちは、構えを解き、お互いを見つめあう。

 

 

 

 そんな私たちを周りは不思議そうに見ていた。

 

 サーは誤魔化すように、やはり体が不調で動くのが辛かった。もともと最後は負けてやるつもりだったと、周りを無理やりに納得させていた。

 

 

「お前の勝ちだ本条、全く、容赦がなさすぎる」

 

 

 思わず呆けていた私に声がかけられ、ようやくその一言で我に返る

 

 サーはゆっくりとこちらに近付き、その手に持った紙を私に差し出した。

 

 

「約束通り、実習評価はお前をホメ殺すほどの評価を書いてある。本日をもって実習は終了だ。…………持っていきなさい」

 

 

 私はその紙を両手で恭しく受け取り、深く頭を下げた。

 

 

「ありがとう……、ございました」

 

「あぁ」

 

 サーは緩慢な動きで私から離れると一言つぶやいた。

 

 

「帰りは送ろう」

 

 

 

 

 

 車の中、私達は駅に着くまで、一言も話さなかった。

 

 私は何か言おうとしたがうまく纏まらず、サーはそれを知ってか、運転のみに集中している。

 

 結局駅までたどり着いても私は、最後に頭を深く下げて車から降りるその時まで決心がつかずにいた。

 

 

「……サー、最後に握手をしてもらってもいいですか」

 

 

 なぜそんな言葉を選んだのか分からないが、最後に私はサーと何か言葉を交わしたかったのかもしれない。

 

 

 サーは私の提案に、一瞬、虚を突かれたような顔になって、その後、にやりと笑った。

 

 

「サインは……」

 

「いらないです」

 

「そうか、あの書類にまだ私は押印をしてなかったのだが……」

 

「握手した時、貴方の指紋を覚えて盗んでいるので問題ありません」

 

「おまえ、個性でそんなことが出来るのか?」

 

「ふふ、冗談です。それにハンコは押してありましたよ」

 

「クク、覚え違いだったか」

 

 

 私たちはそこで顔を見合い、お互いに手を握り合う。

 

 

「本条、お前は最もヒーローに向いてない」

 

「えぇ、そう思います」

 

 言っていることは酷いが、私は晴れ晴れとした表情でそれを肯定した。

 

「ですが笑わないでくださいね、……実は私、ヒーローを目指そうと思うんです」

 

「クク、笑わんさ、あぁ、貴様は本当にユーモアが足りんな」

 

 サーの顔のそれもいくらか険が取れた表情で、私達の間に穏やかな沈黙が流れる。

 

 しばらくして、ゆっくりとサーが口を開く

 

 

「私は思う、ヒーローを信じないお前は最もヒーローに向いていないが、最も正義(ヒーロー)に近い位置にいるとな」

 

「話が難しくて何が言いたいか分かりませんね」

 

「お前はきっと良いヒーローになるということだ」

 

「未来予知ですか?」

 

「いや、俺の願いだ」

 

 

 そう言って、サーは、今までで、一番自然に笑った。

 

 眉間の皺がないその顔は、なかなかに親しみやすく、素直にかっこいいと思った。

 

 どうせなら……

 

 

 

「全くお前は……、どうせなら、いつもそんな顔をすればいいというのに」

 

 

 

 サーに言葉を遮られた私は、本当に、本当に久しぶりに、声を出して笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーと別れてしばらく。

 

 

 

 私は駅へ向かって歩く、こんな気持ちで歩くと、同じ道でもここまで違うものだろうか

 

 

 

 

『つかの間の平和、体験学習編は終わりましたね。中間、期末試験は問題ないので、目下のところ、次のビッグイベントは「夏の林間合宿 With ヴィラン襲撃2回目編」です』

 

「……きた」

 

 

 私は声の宣言に体をこわばらせる。

 

 名前を聞いてその意味を理解したが、しかし、いつもと違い、私の心は奮って耐えた。

 

 できることがある。ただ流されるだけでなく、両の足で立って戦う勇気が今の私にはあったのだ。

 

 

『あのさぁ……、こんな……、緩い警備で日本最高峰って……、ぼったくりやろこれ!

 

 実際、このイベントの難度はぼったくりどころか、ケツ毛を永久脱毛されるほどのクソイベです。

 

 雄英1年生VSヴィラン連合、多対多で起こるランダム要素は多く、誰かが氏んだり、逆にやりすぎでヴィランを殺し、勝手に己のヒーローとしての価値観がどうのこうの言いだす糞イベに陥る生徒が出てきたり、大変タイム的にまず味

 

 敵味方の生存・撃破でタイムがかなりブレますので、設定目標はなるべく味方全員の生存、そして退場してもらうべき敵はしっかりとシュバルゴ!(捕獲)しておきましょう』

 

 

 私だ。今度こそ私がみんなを助ける。

 

 

『しかしここで気を付けておきたいのは、ヴィラン側の主要メンバーを適当に間引くと、仲間の成長イベが折れ、弱体化につながりますので気を付けましょう

 

 かわいい子には旅をさせろというわけです。

 

 なのでそういった所に関係ない、あるいはそれ以上に残しておくと面倒な敵を消しましょう。

 

 退場してもらうヴィランは……』

 

 

 一つの情報も逃すまいと私は集中する。

 

 

『1番はトゥワイス、RTAにおける許されざる敵、犬、鎖マンと同様の害悪です

 

 ここで必ず倒しましょう

 

 敵側の主要ヴィランを消すと乱数が荒ぶりますが、それ以上にこいつは危険です

 

 コイツがいなければ確実に異能解放軍とヴィラン連合との戦いの被害が拡大し、敵の勢力が減る上に、死亡イベントで敵連合の一部のキャラの覚醒条件を潰せます

 

 が、それはオマケです

 

 なにより最悪なのは、低確率で覚醒状態のトゥワイスが最後まで生き残ってしまった場合です

 

 この場合、覚醒死柄木+成長幹部勢の無限増殖とかいう別ゲーが始まり、メインシナリオの戦闘タイムが2倍(トゥワイス)どころか4倍に増えてタイムが死にます』

 

 

 声の言葉から能力を推測する。

 

 

『2番目に優先すべきキャラは二人います。

 

 一人目はスピナー、憧れが理解から最も遠い感情だと知らないステイン推しのホモトカゲ君、とぐろを巻いた竜の剣をランドセルにつけてそう(偏見)

 

 もう一人はマグ姉とかいう、マイノリティーであること恐れぬ聖人です(ホモ特有の身内贔屓)

 

 ついでに彼女の本名は引石 健磁(ひきいし けんじ) ケンジどうしたぁッ!?

 

 親近感わいちゃう……

 

 こいつらはヒーロー側が倒しても、そこまでの経験値ですが、ヴィラン側にこいつらがいることで、イベントがおき、敵側の結束力がその都度高まって性能が上がりますので、ここで倒すか捕縛するのが吉です』

 

 

 複数の襲撃、しかも合宿中、これ自体は避けられない、ならばどうすれば被害が最小になるだろうか。

 

 

『最後は優先度が下がります。マスキュラー、ムーンフィッシュ、マスタード、チェーンソー脳無、保須で見かけなかったのでUSJ脳無もいるかもしれませんね、こいつらは仲間の覚醒に関係ないくせに無駄に強い敵です。使い道がないわけではないのですが、多く残しておくと要所で邪魔なので消せたら消すぐらいの気持ちで戦いましょう。

 

 うまく行けば強化したい仲間をあてがって倒させるのが理想です。

 

 優先度は一番低いので無理そうなら無視しても大丈夫です

 

 ここら辺、気を付けていきましょう』

 

 

 

 

 …………………………………………………ムーンフィッシュ?

 

 

 

 

 震える体を抑えられない。

 

 あいつが?

 

 雄英を襲ってくる。

 

 

「………………」

 

 

 今の私なら奴を■せる。■れる。いや■す。

 

 

 私は黒い感情に飲まれかけ、その一瞬、サーの言葉が脳裏をよぎる。

 

 

“ヒーローとヴィランを分ける違いがあるとするならば、それは“意思だ”迷いながら正しき方向へと向かい続ける意思にほかならない”

 

 

 私は手のひらに指が突き刺さるほど拳を握り、奥歯が砕ける程噛みしめ、立ち尽くす。

 

 

 正しい道、それは復讐に駆られることか?

 

 それとも、もっと……

 

 

『それにしてもこの体験学習編、実りが多かったですね

 

 サーの良い所は好感度は気にしないでもいい所ですね、なんせ消さなくとも勝手に氏ぬんですから』

 

 

 あ?

 

 

『何もしなくても、ほっとけばサーは死ぬから安心!(原作厨)ここで好感度上げようがヘーキヘーキ、ヘーキだから、ちょっとヤクザとの戦いで、ワーッとやって、パパパッと逝って、終わりっ!』

 

 あぁ……

 

 

『サーを救うには稗田八方斎(うろ覚え)とかいうヤクザとうまく戦えば救えますが、RTAじゃそんなんしなくていいから(良心)

 

 彼らは女で子供である自分の娘を数えられない程しか殺したことのない、いいヤクザなので放っておきましょう

 

 ですが、あまりにもサーの好感度が高いとカチコミに呼ばれますので、その場合は手を打つ必要があります。

 

 サーがヤクザのカチコミする会議さえ開けばあとは死んでも大勢には影響ありませんので、消すならそこで消すのがおすすめです

 

 上がった好感度で適当なミッションで援軍で来たところを見殺しにするもよし、直接指名で高難易度のバトルに連れまわすのも良し

 

 まぁどう足掻いても、サーには死んでもらうわけですなガハハ』

 

 

 サー、許してください、私はどうしてもヒーローになれそうもない。

 

 

『ここで、先ほどの話になるのですが、ルドン送りの方法の1つに、逃がしたヴィランを捕まえるイベントを受け、協力者として好感度の高い仲間を呼び、謀殺する方法があります

 

 ムーンフィッシュ、マスキュラーあたりはヴィラン連合加入後も隠れず町に出没するうえ、殺しまでのタイムが早いので、残すならこの二人がおすすめです』

 

 

 

 

 

 

人殺し共が、全員、地獄におくってやる(全敵撃破RTA)

 

 

 

 

 

 

 




サー「本条、トランザムだけは使うなよ」
ホモ子「了解!トランザム!」

あのさぁ……、辞めたらこの仕事(ヒーロー)


今後の展開は胸糞が夜に影を探すようなもの(ナン ノブ マイ ビジネス)となります。

ギアを一つ上げていくぞッ!

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