――――――――――Heroes' Side――――――――――
「どうしたの本条さん?」
麗日 お茶子のその言葉は周りの心の声を代表した疑問だった。
黒い霧のヴィランを撃退した後に彼らは周りの安全を確認していると座り込んでいる少女に視線が集まった。
うつむき、よく見れば肩を震わせている。
普通に考えれば単純だ。この窮地に彼女が怯えている。ただそれだけだろう。
だが目の前の人物に限って言えば、それはないと皆が断じる。
これはクラスメイトの共通認識だった。
常にクラスの成績はトップ、他の追随を許さない実力と、孤高を貫く氷のような態度。
強靭な力と精神を兼ね備えた傑物。
それが彼らの知る本条桃子だ。
ひとたび戦闘に入れば一切の容赦がない、底抜けた冷徹さを発揮する彼女が何故か地面に座り込んでいる。
実に不可解だ。
彼女の身に何が起きているのか確認するため、麗日は純粋な疑問を問いかけた。
ヴィランの攻撃を受けている? 彼女の知らない個性の活用か? 彼女のことだ何か意味があることに違いない。
「うわぁぁぁぁああああ!!!!!!!」
そうして帰ってきたのはただの悲鳴、直視できない現実に壊れそうなただの少女の悲鳴にしか聞こえなかった。
「本条さん!?」
「本条!」
まるで何かに追い立てられるように彼女はがむしゃらに背を向けて走りだす。
皆あまりのことに呆ける。
彼女が見えなくなっても、彼らは目の前で起きたことが理解できなかった。
ただ一人、砂藤だけがすぐさま少女を追いかけようとする。
「あっちは敵がいて危ない、俺はあいつを追う! 先生を頼んだ!」
「危険だ、本条の個性なら問題はないはず……」
「……あんなに怖がって平気なわけがねぇだろ!!」
そのまま砂藤が駆け出しながらこぼしたその一言に皆がはっとした。
残された者たちはすぐさま行動を始める。
「私たちも後を追おう!」
「先生は私に任せて!」
「ではこの場は芦戸に任せて他で向かうことになるな」
「おぅッ! 行こうぜ!」
本条と砂藤を追いかける一行は広場まで降り、そこで凄惨な現場を目撃する。
「あーあー、まっ誰でもいいか、はいはい、ゲームオーバー、さっさと帰ろうぜ、たくとんだクソゲーだったぜ」
心底つまらなそうに首を掻く醜悪な男、座り込んだ本条の前には血だまりの中、彼らのクラスメイトが沈んでいた。
男がその場から背を向けて歩き出そうとしたとき、その背後でゆらりと本条は立ち上がる。
「なにがゲームだよ……」
押し殺した声は、どろどろとした怒りを隠しきれていない。
「あ?」
「人が精いっぱい生きてるのにそれをゲームとか面白いとおもってるの?」
「なんだコイツ、急に? ゲームのザコキャラのくせに」
「あのさぁ…………」
死柄木の妄執じみた狂眼を、本条は真正面に睨み返した。
「私は!! 現実をまるでゲームみたいに扱う奴が大っ嫌いなんだよ!!!」
怒りが爆発する。
普段感情を見せない彼女がここまで激するのは、あの放課後以来だ。
だがこの怒りはそんなものがかわいく見えるほどの物であった。
髪は逆立ち、目は血走り、歯は絶えず軋んではじけ、体の筋肉は隆起し、肩をいからせる。
人が鬼に転ずる話とは、つまりこういうことであったのだろうと見た者が思うほどの変化。
ただ弱弱しく震えていた少女が鬼に変わる姿は周りの者にある種の凄みを与えた。
だがその後にもっと恐ろしく、グロテスクな変化が彼女に訪れる。
彼女の表情から徐々に感情の色が失われていく。
体はだらんと力なくたらし、頭は明後日の角度を向いた後、ゆっくりと目の前の男に体を向ける。
その目玉はいつの間にかすべての感情が消え去って……いかなかった。
いつか見た屋内訓練の彼女ではない、もっと悍ましい何か。
目の奥にはもっとグチャグチャした混沌が浮かんでいる。
これは違うと彼らは直感した。
これは決して感情が高ぶった結果その緊張が切れたとか、彼女が怒りのあまり冷静になるといったことでは決してない。
もっと異質な、まるで一人の美しい人間を裏返して、その内臓を外側にさらけ出したくらいに醜悪で激的な変化だ。
「ゲーム開始だよ……はいよーいスタート、なんてね……」
その声は、彼女の持つヘルメットを通した機械音よりも硬質で、一切生命としての温もりを感じさせない暗い声。
怪物の声だった。
――――――――――Villain's Side――――――――――
「ゲーム開始だよ……はいよーいスタート、なんてね……」
死柄木は困惑していた。
ザコと侮った目の前の女の異質さを徐々に理解していたからだ。
「はぁ……? 意味わかんねぇ奴だな」
先ほどの宣言とは全く正反対の言葉を言い放つ女に、死柄木はえもいわれぬ不快感を覚える。
「死柄木、何やら雰囲気がおかしい、先ほどまでとはあまりに目つきが違う、慎重に行くべきです」
「……チッ、ゲートをだせ」
死柄木も目の前の女が何か別のものになったことは理解していた。
よって繰り出すのは必殺必中、必ず相手を葬る方法をとる。
黒霧のゲートと死柄木の崩壊、二つの個性を合わせた攻撃は、タイムラグなく、目の前の女の死角からその頭をつかまんと迫った。
だが女はそれをよけた。
なんの予備動作なく、電源が切れたように崩れ落ちた女はこちらから一切目をそらさず。手を掲げた。
死柄木の中指にそっと細い指が絡まる。その温かで柔らかな感触に怖気を感じた。
引き抜かねば
そう思いたった時には中指が圧搾される。
捻るでも折るでもない圧搾、ばかげた力が均等に中指に加わる。
よって骨は折れない、ちょうど彼の個性のように粉々に潰れるのだ。
「があぁぁぁぁぁ!!!」
経験のない痛みに死柄木は絶叫する。
それと同時に、ふつふつと憎悪が沸いてくるがそれを全く気にせず目の前の女は別の指を握りつぶしてくる。
このままではゲートを閉じても死柄木の腕は残ったまま、動けない彼にできることは少ない。
「くそ、手を抜いてください死柄木、このまま閉じたらあなたの腕ごと空間に引きちぎられる!」
「ぐわぁぁぁあ!!!! ちくしょう!! 指を潰しやがった!!! 脳無! そいつを殺れ!! 黒霧はゲートを広げろ!!」
死柄木は脳無を動かし、広げたゲートへ残る腕を突き出して目の前の目障りな女を殺そうと心に決める。
黒霧によりワープゲートは広がった。
死柄木は怒りに我を忘れて腕を振りかぶる。
が、その自分の顔面に拳が叩き込まれるとなればその動きは止まった。
「だめですこの威力、まともに当たったら頭が吹き飛びます!!」
拳圧で髪が後ろにまくり上げられる。まともに当たれば確実な死を予感させた。
ワープゲートは双方向に通じる、なら死柄木の拳の届く距離は相手の拳の届く距離なのは当たり前である。
死柄木がそれを避けられたのは黒霧が瞬間的にワープゲートを盾に女の拳をその後頭部にワープさせたからである。
そしてふざけたことに、自分の拳が後頭部に移ったはずだというのに、目の前の女は首を傾げてそれをよけた。
こちらにあの目を向けたまま。
「黒霧ぃ!! 脳無に協力して早くソイツを殺せ!!」
女は止まらない、死柄木の腕を執拗に殴り続ける。
いくつかの拳は黒霧のワープゲートに吸い込まれ、女自身に返っていくというのにそのすべてを避けきる。
そしてそれを避けるために不自然な体勢になりながらも、その目を死柄木から決して離そうとしない。
その常軌を逸した光景に、死柄木は痛みに対する脂汗以外の汗もかいていく。
だがそれでも、彼には最強の手札があった。
脳無だ。
いくら目の前の女が強かろうが、対オールマイトの為に調整した改造人間を倒せるわけがない。
その巨体が女に迫る。
だがひらりと、まるで落ちる木の葉をつかみ損ねたように彼女は避けた。
1度も、2度目も、3度目も。
まるで追い詰めていない、むしろ避ければ避けるほどその動きは洗練されていくその姿は死柄木にとって悪夢以外の何物でもなかった。
4度目の突撃をする脳無を見て、死柄木にありもしない悪寒を想像させる。それは直感とも言い換えていい何かだった。
「ウォォォォォオオオオオ!!!!!!」
その獣のごとき叫びに思考を打ち切られる。
先ほど倒したはずの男が、その巨体を起こして脳無にしがみついていたのだ。
死にぞこないではあるが見事に脳無の足を止めている。すぐには動けない状態だ。
時間もない、手下はほぼ倒された。自分自身も追い込まれている。
死柄木は苦虫を噛み潰した顔で決意する。
「……撤退だ」
目の前の女の顔を焼き付けながら、死柄木はワープゲートに消えた。
――――――――――HOMO's Side――――――――――
『おっぶぇ!!!!!
よしよし、無事にゲームスタート!!
普通に考えたら二連続で戦闘回避とかありえねぇからな、はー、心配して損しましたね
この怒りを竹下通りに居そうな奇抜な格好の男にぶつけましょう』
「ゲーム開始だよ……はいよーいスタート、なんてね……」
この男は絶対に許さない、許してはいけない。
「はぁ……? 意味わかんねぇ奴だな」
『はい、始まりました死柄木戦、これはオールマイトが来るまでの持久戦です。
時間経過でクリアですがRTAなので撃破を狙います。当り前だよなぁ!
撃破の場合、敵三体の内いずれかの体力を半分に削る必要があります。
そしてこの勝負、死柄木戦と銘打ちながらその実態は、クソ強脳無+物理ほぼ無敵どこでもドア君+おまけのマドハンドしゅきしゅきマン
当然くそザコナメクジの死柄木を狙いましょう』
「死柄木、何やら雰囲気がおかしい、先ほどまでとはあまりに目つきが違う、慎重に行くべきです」
「……チッ、ゲートをだせ」
『はい、では死柄木戦の攻略をお伝えします。
警戒すべき脳無はまだ動きません、敵に一撃与え、脅威認定されると動き出します。
なので初めは脳無を気にせず、遠目の距離でウロウロしましょう
そうすることで手を入れる専門家(意味深)の攻撃を誘発できます』
私の背後でゲートが開く音がする。
それで奇襲のつもりだろうか、遅すぎて遅すぎてあくびが出る。
ほぼゼロ距離で私の後頭部に掴みかかったが、私に恐怖はない。
『ここの死柄木と黒霧による、ゴ○ゴムのピストルなんですけど、食らうと先生が個性で助けてくれる時もありますが基本即死です。
予備動作も大きいので大きく避けがちですがこの攻撃、あたり判定と同時に敵の判定も残っていますし、どちらもロックオンをかけることができます。
なのでうまいこと迎撃するとわずかにダメージを与えられるんですが、そうするとこの遠距離攻撃をしてくる頻度がすごく少なくなりますし、敵が脳無をガンガンに使ってきます。
ではどうするか』
私の膝が折れ曲がり、敵の腕が私の頭の上を間抜けに通りすぎる。
それと同時にその指先の一つをつかむと、そのまま握りつぶした。
「があぁぁぁぁぁ!!!」
『掴み攻撃が通じます。
ここで重要なのは死柄木の本体側にロックオンをかけながら、分離された手につかみ攻撃を行うことです。
これにより、判定バグなのか、掴んでいる最中の死柄木は何故か棒立ちです。振りほどいてこないので延々とマドハンドのマドハンドに攻撃を加え続けましょう。
ただし攻撃を受けると中断するので、脳無が来る前に狂ったようにボタンを連打しましょう。
これを行えば体感9割の確率で脳無が来る前に倒せます
どうでもいいことを今思ったんですが崩壊の個性って、ケツふくときとかすっごい大変そう(小並)
この子ウンコ拭いている時に紙が崩壊したとき絶対ありますよ、ばっちぃ! エンガチョ!』
ひたすらに突き出した腕を、苦しむよう、苦しむよう、長く痛めつけられるように指先から潰していく。
「くそ、手を抜いてください死柄木、このまま閉じたらあなたの腕ごと空間に引きちぎられる!」
「ぐわぁぁぁあ!!!! ちくしょう!! 指を潰しやがった!!! 脳無! そいつを殺れ!! 黒霧はゲートを広げろ!!」
男は広げたゲートに体を滑り込ませて私の拘束を解くつもりのようだが、馬鹿なのだろうか? そちらがこちら側に来れるということはもちろん、私の拳も向こうに届くことになる。
そう思い腕を突き出すが、男の顔面を破砕するはずの拳はワープに呑み込まれる。
どうやら黒い靄が防いで私の後頭部に出口を開こうとしているようだ。
まるで馬鹿の一つ覚えだ。
私は首をひねって避けると、引きちぎられる前に腕を素早く抜き、再度男の腕を殴りつける。
『よくわかりませんが連打してると時々相手に大ダメージが序盤で出る時があります。
出る時は連続でダメージの判定が出て一瞬で終わるんですが、今回はしぶといですね』
「だめですこの威力、まともに当たったら頭が吹き飛びます!!」
「黒霧ぃ!! 脳無に協力して早くソイツを殺せ!!」
黒い霧は男を守るが手数が足りない、時間をかけてこの男の腕を破壊していく。
だが視界の片隅で相澤先生を押さえつけていた怪物がこちらに駆け寄ろうとするのが見えた。
これは少しまずい、だが私には心のどこかでこの攻撃をよけられる確信があった。
『脳無が来ますがこのバトル、時間経過で仲間達も参戦します。
大抵は緑谷、爆豪、轟の3人のそれぞれが9割の確率で、追加で他おまけ1、2名が来てくれます。
こいつら肉壁が脳無を相手にしてくれることでしょう。
さーて今回の仲間は…………
ん? これ仲間まだ来てなくない?
…………え?』
すでに怪物はスタートを切ろうと体を傾けている。
こい、返り討ちにしてやる。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛↑ア゛↑
おかしいだろ!! なんでいないんだよ!! 最低1人はいただろうが!!
9割の9割の9割だぞ!! いい加減にしろ!!! やっぱりバグってんだろお前んち!!』
体を引き絞り、こちらに突進するつもりのようだ。
おそらく弾丸のようにこちらを食い破るつもりだろう。
速いだけだ。なにも恐れる必要はない。
『協力者は誰一人来ませんでした。誰一人来ることなかったですぅ。残念ながら。はい。
一人くらい来るやろうなーと思ってたんですけども、スゥー、結局待っても誰一人来ませんでしたね、えぇ。
えー今回のRTAは残念ながら、こういう悲しい結果で終わりですね(諦観)
というわけで次の動画でお会いしましょう。またのぉーい、やっ!(ヤケクソ)』
ゆっくりと余裕をもって避ける。
力任せの動きは単調で、飛び上がってそれを避けた。
次はもっとひきつけて、次の次はもっと、もっと
『生きてるゥー!』
3度目の突進で敵の底は知れた。
4度目で確実にやれる。
『もう無理っす……
仏の顔も三度まで、三回耐えた私は仏を超えてどこに行くのですか!? おぉ!! ブッダよ!!(錯乱)』
だが怪物の動きは、横合いから飛び出した影に防がれた。
あーあ、そんなことしなくてもいいのに、じゃまだなぁ……、あんなにお腹から血をだして……、血を……。
「ウォォォォォオオオオオ!!!!!!」
「なにをしている脳無!! そんな奴早く振り切れ!!」
あっ
その姿を見た時、声と重なる自分の体が急激に冷めていくのを感じる。
『良質タックル! すっごい高品質かつ良質なタックルですねぇ!!(称賛)
よーしよしよしよしよし大したやつだよ砂藤お前は、ご褒美をやるぞ、角砂糖をやろう、3個か? 甘いの3個ほしいのか? 3個……、イヤしんぼめ!!(狂喜)』
今私は何をしようとしていた……?
今までの自分が酷く恐ろしい。
殺そうとしてた……、人を?
いつも通りの声の操作で動く体は先ほどの動きよりも精彩を欠く。
だがその拳は、男の腕の一番太い骨をたたき折るには十分だった。
「……撤退だ」
男がこちらをにらみつけながらそうつぶやく。
『死柄木……、お前は強かったよ。
でも、間違った強さだった……。
まあ、こっちもダメダメだったし!
全員間違ってるってことで、はいヨロシクゥ!!』
私の体が声の支配から完全に外れる。
その脱力から思わず私は手を放してしまう。
「黒霧、ゲートを閉じろ」
「それは……」
「早くしろ……、あ? なんで放しやがった……くそ、帰るぞ黒霧」
『はーいここからはイベント垂れ流し、オールマイトが来て、委員長と愉快な先生到着!!
ヒーローは遅れてくるものとはいえ、なんだこの体たらく(嘲弄)
ハァーーー(クソデカ溜め息)辞めたらこの仕事?
お前らも学生を見習わないかんのとちゃうんか (イニ義)』
「覚えていろよ、雄英……、次は必ず殺すぞオールマイト……」
『オールマイトと会う前に撤退させるとこのセリフめちゃ滑稽ですね……』
全てが終わった後、私は広場の真ん中に立っていた。
誰も私に話しかけてこない。
少し振り返ればわかる。みんな私を気持ち悪いものを見る様な目をしている。ようやく皆も私を嫌ってくれたんだ。
はははははは、ようやくスッキリした。
吹っ切れた。
私が人を人とも思わなければ、人も私を人と思わない。
「ひさしぶりだな」
だというのにたった一人だけ、私に近づく人がいた。
こんなことをしている場合ではない、すぐに治療を受けなきゃいけないのに、彼は息も絶え絶えで、私に追いすがる。
「なぁ……」
「ねぇ……」
本当に、なんで君がここにいるのかなぁ……
「ねぇ聞いていい?」
私は無理やり言葉を遮って逆に聞き返す。
「なんだ」
だというのに、この人は律儀にまずはこちらの話を聞こうとしているのが何だがおかしかった。
「私にあえてうれしい?」
「うれしい。俺はあの時からお前をずっと……」
彼の顔を見て、あの時から何一つ変わっていないことを私は感じ取った。
「私の気分は最悪。ここであなたにだけには会いたくなかったよ」
精一杯の嫌悪感を込めた表情でそう伝えた。
私は黙り込んだ彼を一切無視して、その場を離れた。