私の個性は自慢のようではあるが万能だ。
この個性は鍛えたい部分を意識して酷使すれば強くなる。
ボロボロにされた私の体はそのたびにヒトから離れ、硬く、しなやかになっていく。
そしてふと思った。それならば心だって同じではないだろうか?
恐怖を感じない、動揺しない、常に平静を保つことができる究極の精神。
そんな心を望めば、私はそう成長できるはずなのだ。
ある時、私が帰ろうとすると切島君が話しかけてくる。
「今度の休みにみんなでクラス会をするんだけど、どうだ本条! お前も参……」
「別に興味ないかな、私もう帰るから退いて」
「おっ、おう……」
私の言葉にクラスメイトのみんなが会話が途切れこちらを見る。
こんなとき、私はいつも通り、吐き気を催すほどの緊張を感じていたが、それを押さえつけ、形だけでも誘ってくれた切島君を無視して一人、教室のドアを抜けた。
教室を出た後も心臓の鼓動が痛いほど止まらない、でもだめだ。もっと痛めつけて成長させなければこの感情は消えない。
後ろから声がする。
「はは、切島には興味ないってよ、フラれたな!」
「クラスみんなを誘ってんだよ!!」
上鳴君の絶妙なフォローでクラスの悪い雰囲気は霧散していた。
校門を出た後、気づけば私は走っていた。
なんてことはない、平均的な女学生の域を出ない速度だ。
個性から考えれば体への負荷はほんの爪の先にも及ばない消耗だ。
だが、私の息は切れ切れで動悸が激しく胸が痛い。
無様に逃げるように電車へ駆け込んでそのまま自分の家にかけこむ。
私の顔を見た母はなにかあったのかと心配してくれるが、愚かな私は八つ当たりのように不機嫌そうに否定すると部屋に閉じこもる。
心配した母は私の部屋に何度も入ろうとするが私は追い返した。
しばらくして、それを聞いた父が私の部屋に来たが、そのころになって冷静になった私は母にしでかしたことを理解して死にたくなった。
だが、この愛すべき人たちこそ私に関わらないほうがいい、そう考えて心無い言葉を浴びせて私はベッドにもぐりこむ。
布団をかぶりながら私はありもしない夢想をする。
もし……、もし彼らと友達になれたらどんなに楽しいのだろうか……
『一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……、会話を避け続けるコミュ障シミュレーションゲームRTA part6はぁじまぁるよー!』
次の日も私は教室の椅子の上に周りと関わらず座っていた。
『いやー、峰田と八百万は強かった。長く厳しい戦い(直喩)でしたね。
明らかに敵の繰り出す武器や罠の偏りが酷かった上に、味方の核への到達速度がどう見ても不自然でした。
これは記録にも残してありますし、晒して検証ですね。
もしかして今回の走り、かなり荒れるかもしれません……(今まで荒れてなかったとは言ってない)』
「先日の戦闘訓練お疲れ、映像と成績を見させてもらった。爆豪お前もうガキみてえなマネすんな、能力あるんだから」
「……わかってる」
『しかしあれからどうなったかといいますと、なんと乱数がデレにデレてます』
「で、緑谷はまた暴走、腕をぶっ壊して一件落着か、いつまでもできないじゃ通さねえぞ、……それさえクリアすればやれることは多い、焦れよ緑谷」
「っはい!」
『あれ以降はロスがかけらもありません、会話イベントも最低限でイベントを回避しています。
ウンチー理論は正しかった……?』
「そして本条、お前も緑谷と同じだ。お前、個性で自分の体を傷つけていただろ、しっかりばれてるぞ、制御しろ」
私は正論に反論する。
「同じじゃないです先生、緑谷君は制御できないで暴走させてますが、私は制御の上で暴走させています」
「なお悪いんだよ」
「私の個性の成長のために必要な合理的行為です。個性を育てるためですよ、教師がそれを阻むんですか」
「時間の無駄だ。今ここで問答はしない、だが本条、お前は焦り過ぎだ。……じゃあHRを始めるぞ」
先生に諫められて私はおとなしくする。
『ここで恒例の委員長決めです。
学級委員長とかいう教師の調教を受ける人間便器マスクになりたいなら犬のように周りに媚びを売って好感度を上げておきましょう。
本RTAではそもそもの好感度が足りていないので委員長にはなれません』
声の予言通りにHRの内容は誰が委員長かを決める流れへと移っていった。私に関係のない話なので、そのまま手元の本に目を落とす。
クラス委員長なんて声に言わせれば時間の無駄だろう。
「委員長やりたいです! ソレ俺!!」
「ウチもやりたいス」
「おいらのマニフェストは女子全員膝上30㎝!!」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「やらせろオラ!!」
そう考えていた私はしかし周りの勢いを見て、困惑する。
委員長をクラスの雑用と考える私に対して、真剣にヒーローを目指す彼らにとってリーダーという肩書はたとえクラス委員長程度でも重要という考えに私は至らなかった。
『自分で自分を推薦とはたまげたなぁ……、自分を売る(至言)』
「静粛にしたまえ!! 周りを引っ張る責任重大な責務だ。やりたいものがやれるというものではない! ここは民主主義に乗っ取り多数決で決めるべき議案だ!!!」
一気に沸き立つクラスメイト達に飯田君が活を入れ、投票で決めることになった。
そんな風にみんなをまとめる飯田君の姿を見ればどう考えても彼が向いてる仕事だと私は思える。
私がなる可能性は無いだろうが、念のため、一番委員長に向いてそうな飯田君に投票して終わりでいいだろう。
さっさと手元の紙に書き込むと折りたたんで集計に返した。
『ここの委員長決めは投票したキャラの好感度が上がるので当然のように自分に入れるよう願いましょう(屑運)
ホモ子が選んだのは飯田でした。
操作感が戻ってきた感じがするな(白目)
緑谷、爆豪、轟とかいう腐った方々の玩具に次いで女主人公関連で濃いイベントがあるのは飯田や切島な気がします。
RTAでしませんが、飯田と主人公でクラス委員長副委員長を務めるとフラグが立ち、正史との差異が生まれて面白いのですが見たい奴は自分でしてください(宣伝)』
……自分に投票することが正解だったらしい。
気が緩んでいた。
次はおとなしく声の指示をなぞらなければ……
気を抜き過ぎていた自分を戒めて授業に臨めば、午前の授業はすぐに終わり、昼休みのチャイムが鳴った。
当然私は周りの人間と距離を取るためすぐに教室を後にする。
向かう場所はヒーロー科の教室から離れた一般科本棟の方だ。
都合のいいことに、この雄英高校は一人でいてもさほど不審がられない。
雄英高校は森に囲まれた小高い山の上にあり、一部の施設へはバスを使って向かわなければいけないほど敷地が広く、いくつもの学科に分かれた生徒の数は数えきれない。
その結果、たとえ昼休みを一人で過ごしていてもさほど奇異の目で見られることはないのは素直に嬉しい。
もっとも、前の学校と違い一人でご飯を食べることには困らないなと気付いたのが、この学校に来てから初めての良かったと思えたことというのは泣けてくるが……
そんな考え事をしながら、いつも弁当と参考書の入れているトートバッグを片手に歩くと広場の片隅にたどり着く。
特に何があるわけでもない立地上の隙間、その空いたスペースを埋めようと適当に配置されたベンチの一つ、そこに私は腰掛ける。
ちらりと周りを見れば、まったく人通りがないわけではないため、同じような一人になりたい人たちが各々好き勝手に過ごしている。
静かに読書をしている人、何やら製図のようなものをにらみつけてる人、一心不乱にノートパソコンに何かを打ち込んでいる人、何もせずただぼんやりしている人。
ここの他人に無干渉でありながら、適度に人のいる空気が好きだった。
こうして私は弁当を食べようとトートバッグを開けるがとんでもないことに気付く。
……………弁当がない。
そういえば昨日、お母さんとの言い争いの中で、いちいち弁当なんて作らなくていいと愚かにも喚いたのは私だった。
本来弁当が入れてある場所には、弁当代のお金が几帳面にケースにしまって入っている。
今日帰ったら絶対に謝ろう。
そう考えてため息を一つついたあと、私は立ち上がると購買へと向かった。
何もかもスケールの大きい雄英は購買もすごかった。
おいしそうなお弁当は栄養を考えられたヘルシーなものからガツンと食べられる高カロリーなものまでそろっているし、パンは焼き立ての香ばしいにおいを漂わせるものが置いてある。
寄る気はなかったが、食堂は購買の横に併設されているため、その中がのぞける。
その中は下手な大型スーパーよりも広いフードコートのような場所になっていた。
人も多く、様々な科が入り乱れて誰が誰だか分からない。
意外にも一人席も結構あり、そこで食べてる人も多いようだ。
せっかくなので今日はここで食べるのもいいかもしれない。
これだけ賑わっていればクラスメイトに会う心配もないし、温かいものが食べられる。
そう考えた私はあたりを見まわし、少しワクワクしながら何を食べようか考える。
カレー、ラーメン、定食、丼もの、ハンバーガー、思い当たる食べ物は大抵メニューにあるとは流石雄英。
最終的に、旬菜五目あんかけラーメン+ミニチャーハン餃子セットと熾烈な争いを繰り広げた新玉ねぎのタルタルソースとチキン南蛮定食チキンダブルに軍配が上がると私はいそいそとかばんからお金を取り出した。
「ご飯大盛無料だよ」
「ご飯大盛で」
料理は驚くほど素早く出てきたというのに出来立てだ。
私は顔にパイプが付いたマスクにコック帽をのせた彼にお礼を言うと適当な席に座ろうとする。
「むっ! 本条君じゃないか」
この広くごった返した中で、たまたま寄った私とクラスメイトが出会う確率はいったいどれほどであろうか
「本条さんも食堂なんだ、弁当派だと思ってたよ」
「どうせなら一緒に食べちゃわない?」
話しかけてくる飯田君、会話を広げようとする緑谷君、食事に誘ってくれる麗日さん。
この人たちはただ純粋に普通のクラスメイトとして話しかけているだけで、変な気はないことは見ればわかる。
だけれども、客観的に見て私のような人間を誘う理由がわからない、これもヒーローの義務というやつであろうか。
「……人に食べている所を見られるのが大っ嫌いなの、一人で食べさせてもらうよ」
「本条さんって意外に食べるんだね」
突然ポツリとつぶやいた緑谷君の目は私のチキン南蛮定食チキンダブルご飯大盛を見つめていた。
言われた言葉の意味を考えた途端に顔が熱くなる。
「わ、わ……」
私の勝手でしょ、そう言いたかったが声がどもる。
「デクくん、女の子にそういうこと言うのはいただけないなぁ」
「そうだぞ緑谷くん」
「えっ!? ごめん……」
弁当ではいつも少しだけ物足りないと思っていた所に、好きに食べていいとお金を渡されたので、たまには重いものが食べたかっただけ、いつもはこんなに食べてるわけじゃない。
そう言い訳したいがいまさらできるわけがない。
「私が何を食べようと関係ないよね、もういくから」
少し取り乱した私は無理やり話を打ち切ると席に座った。
しばらくすれば彼らも自分の料理を頼みに行ってしまった。
さっさと食べてここを出ようと私は料理に手を伸ばした。
「じゃあここにしよっか」
私が食べ進めていると、なぜかわざわざ戻ってきた彼らは私の席から一個空けて隣の長机に座った。
……おかしい、声に同調するわけではないが、こういう時はふつう気を使ってもっと離れた場所で座るものではないだろうか
「それにしても僕が委員長なんて……、務まるかなぁ」
「大丈夫さ、君のいざという判断や勇気は他を牽引するにふさわしい、いや、正しいと感じた。だからこそ君に投票したのだ」
私は飯田君に投票したが、あの個性的なクラスメイトをまとめるのには案外緑谷君のような柔らかな物腰の人が良いのかもしれない
「あれ、飯田君はデク君に入れたの? 飯田君にも一票はいってたよね」
額に冷汗が一筋流れる
「そうなんだ。ありがたいことに俺が委員長に相応しいと感じてくれた人もいるらしい」
「そういえば麗日さんも自分に票がなかったけどもしかして誰かに入れたの?」
「まさかッ麗日くん!! 君が俺に!!!」
「いや~ごめん、デク君に……」
「えぇッ!!??」
「む、そうか、では誰が……、自分に投票していなかったのは轟君と……」
「あっ、轟君は八百万さんに入れたらしいよ」
私は嫌な予感をひしひしと感じながら手と口を急いで動かすが間に合う気がしない。
「あとは本条さんだね」
「まさか本条君!! 君が入れてくれたのか!!」
勢いよく立ち上がり、そのまま遠慮なくこちらの横に距離を詰めてくる飯田君に私はどう言い訳したものか頭を悩ます。
『自分以外に投票した場合、このように会話イベントが発生します。
大したロスではありませんがメガネ委員長のみ投票した場合、食堂に飛ばされ、流れでイベントへとつながるため、20分の1のババを引いたわけです。
正確には他の生徒と同じように、半分の確率で自分に投票もするので40分の1ですね。
普通だな!(屑運)』
「……委員長なんて雑用やりたくなかっただけ、メガネで真面目腐ってて雑用が好きそうな顔してたから投票したの、それだけで他意なんてないよ」
「俺は今感動している。どうであれ、君が俺をふさわしいと認めてくれた!! その気持ちに感謝したいんだ!!!」
嫌味もものともせず飯田君は喜んでいる。
これだ。このヒーロー科の人たち特有の前向きさが私の心をかき乱す。
「……今たべてるから、もういい?」
彼らはあまりにも魅力的で、心のどこかでその輪に憧れている自分がいる。
「確かに食事中にすまなかった。本条君、ではな」
その時、食堂の空気が震えるほどのサイレンが鳴り響く。
その人の危機感を煽るような高音に生徒たちは皆何事かと静止している。
《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。》
『ここのイベントは飯田に投票した時点で確定してました。
おかしなことに主人公は吸い込まれるように食堂へ向かいます。
ここではマスコミが校門からネタを求めて敷地の中をグルグルしますし、学内の警報が鳴り、生徒も出口を求めて大混乱となるわけですが、陰毛ニウム(弟)がとっさの機転でけが人を出さずに場をおさめます。
玉(度胸)も竿(意志)もでけぇなお前。
ここではテレパス関連や一部の個性しかストーリーに介入することはできません。
操作パートすら入らず原作イベントの垂れ流しです。
脳筋ができること?
心穏やかに時間が過ぎるのを待ちましょう(ロス)』
マスコミによる不法侵入、あぁ……、なんてことだ……
どうやらただゆっくりと食事をすることすらできないらしい
「え、なにどういうこと」
「誰かが校内に侵入してきたってことだ。いいから逃げるぞ!! 」
「おいおい、こんなの3年間で初めてだぞ……!?」
人々が立ち上がると出口に殺到する
声の指示通り私は何もしない、あわただしく動く生徒たちを見ながらも動けないままだ。
声はけが人は出ないといった。
ならば問題はないはずだ。
「いてぇ!」
「押さないでよ!!」
「倒れるぞ!」
『溺れる! 溺れる!』
「やめて……、体が……」
「あぶねぇってば」
生徒たちの悲鳴がそれぞれ私に届く、耳を塞いでも意味はないので心を塞ぐ、何もかも興味ないような顔をして黙って突っ立っている。
声がそうすればいいといったのだ。そこに間違いは発生しない。
悲劇が起きるとすればそれはいつだって私が間違った行動を起こす時だ。
「おっ、押さないで……、もぅ……」
私が勝手に動いて結局は何になる? みんな逆効果だった。
あの時だって私の小さな自己満足が周りに犠牲を振りまいた。
「ぃ……たい、息が……」
数多くの生徒たちがすぐさま出口へと殺到していく
とても危険だ。
もし将棋倒しにでもなったら潰されてケガをする人も出てしまうだろう。
でも私は動かない、私には関係ない、私は痛くない。
そもそも私は自分を助けるためにこの学校に来たひどく利己的な人間だ。いまさら私が他人を見捨てても、犯した罪に大した違いはない
もう疲れた。いちいち人を傷つけたからなんだというんだ。
自分の幸福の為に他人を踏みにじる覚悟をしろ。
本当に守りたいものは何だ。決まってる。自分と家族の幸せ、それくらいだ。
ならばそれを守るためだけに動くんだ。
「だれか……、たすけて……」
「頑張ったね、もう大丈夫、私の手を握って……」
は?
なぜ体が勝手に動いている?
いつ、声の支配が来ていたんだ? 気配がしなかったのに。
私の体は自然に立ち上がると、その人波にさらわれながら、不意に現れる人の隙間を泳いでいた。
私の体幹と平衡感覚で転ぶということは起こり得ない。
「あ、ありがとう……えっ、誰もいない?」
「遅ぇよ!! 早くどけって、オラ!! って壁!? 動かねぇ!?」
「人が倒れたぞ! ってあれ? もう立ってる」
転びそうになっている人を支え、倒れた人を引き起こし、潰れそうになった生徒同士の間に割って入った。
私はいったい何をしているんだろうか?
声を無視した行動は周りにどう影響するか分からないというのに、なんて身勝手な自己満足だ。
「大丈夫!!!! 侵入者はただのマスコミです! 何もパニックになることはありません、雄英の生徒としてふさわしい行動をとりましょう!!」
その大声に私は力なく首をあげる。
いつの間にか飛び上がった飯田君が、出口の壁面に張り付いた。
その行動に興奮状態と化していた生徒たちは落ち着きを取り戻していく。
ああいうのが本物だ。
ヒーローを目指す英雄の卵だ。
こそこそと人を助ける振りをして己の心の平穏を保とうとする人間なんかと同じクラスだとは信じられない。
『あれ、経験値が入ってますね……。
取得したスキルがスイッチになったのでしょうか、このゲーム、フラグ管理がガバガバなせいなのか小さなバグがかなり報告されているんですよね。
バグとランダム性がそなわり、最凶に見えますが、走者は頭がおかしくなって死にます。
……まぁ、バグプレイを特に縛っているわけでもないのでいいでしょう!
バグといっても別に剣戟アクションがいつの間にか空中スイミングゲーと化すほどのどでかいバグではないのでヘーキヘーキ』
結局、この騒動は昼休みが終わるころには警察が駆けつけてすぐに収束した。
声の言う通り、けが人は出なかった。
私が手を出さなくてもきっと結果は変わらなかったのではないかと思う。
つまりはこの行動は無駄な行為だ。
昼休みが終わった午後の授業を受けながら私は自分がしでかした不合理な行動を考える。
不用意だった。
あの行動は私の目的と合致していない、もう一度よく考えろ、私の第一の目的は声からの解放だ。
私が声から解放されるためにはヒーローにならなければいけない。
そのためには、ヒーローになる力がない私は声の支配を受け入れる必要がある。
声から逃れるために声に従う、これは矛盾するようだがそれ以外の方法はあまりにも不確かだ。
声の言うゲームオーバーとは? 再走って? リセット?
もしも声に見捨てられたとき、私はいったいどうなるのだろう
それらの不穏な言葉の先に私が私でいられる保証なんてあるのだろうか
この理論で言えばゲームクリアという言葉すら確実ではないのはわかっている。
しかし、もう頭がおかしくなりそうで、 私は残酷な言葉の中に浮かんだゲームクリアという言葉に縋ることだけしかできない。
だからこそ、どんなに気に食わなくても、声の指示に私は完璧に従わなければいけない、それが私が救われるかもしれない唯一の道だからだ。
だというのに今回、私のちっぽけなプライドがそれを阻んだ。
あの時、自分の為には生徒たちを見捨てるべきだったというのに、私は動いた。
考えるより先に体が動いていたなんて言い訳にもならない。
私は、私自身何が大切かもう一度心に刻む必要がある。
たとえ今後、周りに危機が訪れたとしても心を凍らせて大切なもの以外は見捨てる覚悟が必要だ。
私が守るのは私と、私の大切な人たちだ。
それ以外を望もうとすれば、私は私の目的すら果たせずに身動きできなくなることはあきらかだった。
ふとクラスメイト達の顔がちらちらと頭に浮かびだす。
……彼らは違う、大切な人ではない。
なにせ彼らは私にとってただの他人だ。
だって、そう思うために今まで他人に嫌われようと必死に努力してきたんだ。
いまさらそんな……、そんなことは……、すべてが嘘になってしまうじゃないか……
私が意識を思考から引き揚げた時
いつの間にか授業は終わり、放課後になっていた。
「任せたぞ非常口!」
「非常口飯田! しっかりやれよー!!」
気づけば私と違い、正しく生徒を守った飯田君は周りに囲まれ、にぎやかに食堂でのことをからかわれていた。
事件のその後だが、飯田君はその活躍で緑谷君から委員長の職を譲り受けた。
せっかく手に入れた委員長という地位をどうして緑谷君は簡単に譲り渡してしまったのかと私は驚くが、緑谷君いわく、飯田君がやるのが正しいから彼がやるべきだということだ。
彼らの行動は未来の英雄としてふさわしく、邪な打算や思惑なんてものはない清廉な行動だ。
正しい正しさに目が潰れてしまいそうになる。
「ではこの非常口飯田! 委員長としてこのクラスのために粉骨砕身で励ませてもらう!!」
「おっいいぞ!」
「やれ、やれー」
はやし立てる周りに飯田君本人はうれしそうに眼を細めている。
そんな姿を見ていると飯田君が突然こちらの方に顔を向けてきた。
「本条君!! 君に言いたいことがある!!!」
なぜか飯田君はこちらにツカツカと歩み寄ってくる。
「俺は上にいたから気づいた。君は君で生徒たちを守ってくれていたのだろう、多くの生徒を体を張って守っているのを見たよ」
……最悪だ。
「……別に、全部私の評価のためだよ」
「ふっ……、隠れて助けたというのに評価のためというのは妙な話だ。 隠れての信は顕れての徳、君のその行動はヒーローだった」
……やめて欲しい、そんなものではない。
「マジか、やるな本条!」
やめろ、だから違う。
「君の態度は爆豪君と双璧をなす問題児だが、俺たちは皆同じようにその根底にヒーローの志がある、俺はそれを確信した!!」
そんな目で見ないで。
「まさかのツンデレなのか本条、わかりにく過ぎるぜ」
「……人に見られていない場所、影にこそ人の本性は現れる……」
やめてください、お願いします。
「だから言ってたでしょ、本条さんはそんなに怖い人じゃないって!」
やめて。
「やっぱりさ、同じ1-Aの仲間なんだから今度の休み本条さんもクラス会に参……」
「……違う」
震えた声がやけに教室にひびく。
「今すぐその妄言をやめて、あなた達とこの私が同じ? 仲間? 冗談にしても笑えない」
私は心からあふれる声をそのまま口から垂れ流す。
「ありえない、ありえないよ、私とあなたたちの間には何一つない、何一つなくていい、何一つあってはならない」
一度話出せば口は止まらない。
「あなたたちは協力してヒーローを目指せばいい、でもそこに私はいらない、絶対にいらない、邪魔、余分、無駄、無意味」
自分でも何をしゃべっているかよくわからないが捲し立てた。
「私は一人でヒーローになる」
一息で言い切った後、大きく息継ぎをすると驚いた様子で固まったクラスメイト達がこちらを見ている。
表情まで見たくなくて、私はかばんを引っ掴むと早足でクラスを離れた。
気づけば私は家に帰って、自分の部屋にいた。
布団をかぶりながら私はありもしない夢想をする。
もし……、もし彼らと友達になれたらどんなに楽しいのだろうか……
「……ふざけるなよこのうす汚い人殺しが……」
そこまで考えた自分の感情に気づくと、憎しみを込めてそれを握りつぶす。
眺めることすらおこがましいというのに、ましてや触りたいと願うなんて、そんなことは決して許されない。
あの中に私のようなものは混ぜてはいけない。
好きになってはいけない。
心を動かすな、感情を殺せ、そういう風に心を作り替えろ。
そうして心を止めればいつか終わる。いつか終わって……
いつかおわって…………、おわっ……て…………、その後は…………?