モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
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「――そんな選民思想は間違っています」
真由美の放ったその一言を耳にしたとき、達也は「言い過ぎだ」と感じた。
判断そのものを否定するわけではない。真由美の考えが正しいか否かは別として、反対派の思想が独善的で中途半端なのは確かだ。達也個人としては結果がどちらに転ぼうと構わないが、筋が通っているという点で真由美の案が通るだろうと考えていた。
それでも、反対派の暗躍が続いてきた中でそれを言うのは刺激が強すぎる。
真由美としては浅野を含む反対派を我に返らせる意図があったのだろうが、現生徒会長にして三年生の総代で、かつ十師族『七草』の真由美がそれを言っては身も蓋もない。
逆上する者が出るかもしれない。会場が大きな拍手に包まれる中、達也は講堂全体へ注意深く視線を送った。
生徒の大半が拍手を送る最中、反対派の反応に違和感を覚えたのはその時だ。
(拍手をしていないのはおよそ3割といったところか。全員が反対派とは思えないが、だとしても妙に落ち着いている)
十代半ばの高校生が自らの考えを『選民思想』だと非難され、これほど冷静でいられるだろうか。自覚がなかったのならば尚更、多少なりと衝撃を受けるのではないか。
反対派と思しき面々に違和感を覚えた達也はしかし、疑念を摩利へと伝える前に他人事ではいられなくなった。
「詭弁です! 会長の本当の目的はそこにいる一年生を生徒会に入れるためで、ただの依怙贔屓なんじゃないですか!」
真由美の優勢が明らかとなった中、その声は悲鳴の如く場内に響いた。
浅野の指先は演壇の下手にいる達也を示していて、直後、喝采を挙げていた聴衆にどよめきが広がる。
「知ってるのよ! 一年生が入学してきて以来、貴女は何度もそいつと一緒にいた。そいつは会長のお気に入りで、だから生徒会に入れさせたいんでしょう!」
およそ憶測だけの、破れかぶれの発言だった。
事実浅野の顔は引き攣っていて、或いは彼女自身言うつもりのなかったことなのかもしれない。
だがその一言は思いがけないほど大きな効果を発揮した。
講堂がしんと静まり返り、不気味な緊張感に満ちる。
聴衆の目が真由美と達也の間を往復し、壇上の真由美が妙な焦りを浮かべているのを見て疑惑が膨れ上がった。見れば微かに頬が染まっているのがわかる。
(そんな顔をしては誤解を増幅させるだけでしょう!)
よほどツッコミを入れたくなった達也だが、懐疑的な視線の最中で否定しても火に油を注ぐだけだ。素知らぬ顔で成り行きを見守ることしかできず、そうしている間にも疑念は一層広がっていく。
沈黙を破ったのは壇上の端から投げかけられた、冷ややかな声だった。
「仰りたいことはそれだけですか?」
これまで進行役に徹していた深雪が、音もなく立ち上がっていた。
ステージ上から冷たく見下ろす眼差しが浅野を貫き、年齢差にもかかわらず彼女の意志を凍らせる。凛然とした声音は女王のような凄味を帯びていて、ゴシップを捏造しようと勇み足を踏んだ上級生の唇を縫い付けた。
それまでとは別の理由で講堂が静まり返る。深雪の放つプレッシャーが生徒たちを呑み込み、まるで吹雪に直面したかのような寒気を感じさせていた。
魔法の暴走による結果ではない。
達也が細心の注意を払い確認しても魔法が発動した兆候はなく、にもかかわらず厳冬の冷気が壇上から押し寄せる錯覚が達也にすら感じられた。
「ただ今の発言には看過し難い個人的中傷が含まれていると判断します。よって議事進行係補佐の権限に基づき、質問者には退場を命じます」
女王が下した沙汰に声を上げられる者はいなかった。
深雪の眼差しに射竦められた浅野はもちろん、聴衆や真由美を含む他の生徒会役員ですら息を呑むので精一杯だった。
「不服があるなら、七草会長が特定の一年生に対して特別な感情を抱いているという発言の根拠を示してください」
「それは……」
促された浅野が口ごもる。
真由美の思慕を証明する根拠などあるはずもなく、それが今回の提案の動機だと邪推するのは中傷でしかないと彼女にも自覚があった。
項垂れて立ち尽くす浅野を、深雪は冷ややかに凝視する。
魔法ではなくその瞳で、そこに込められた軽蔑で、相手を、その心を氷結させんばかりの眼差しだった。現に浅野は身じろぎ一つできず、ただ茫然と壇上を見上げている。
真由美や克人など、一部の人間だけが稀に見せる威厳に満ちた姿。
実力や容姿はもちろん、声音や立ち居振る舞いも相まって初めて生じる風格が今の深雪にはあり、権威などとは無縁の学生が呑まれてしまうのも無理からぬことだった。
「……っ、訂正します。退場の必要はありません。ただし、質問は打ち切らせて頂きます。浅野先輩、席へお戻りください」
同じくプレッシャーに吞まれていた服部が我に返り、ようやく収拾が図られる。
優雅に一礼して席に着く深雪に対し、浅野は何も言い返せないままギクシャクと自分の席へと戻った。
「他に質問のある方はいらっしゃいますか」
気を取り直した服部が進行を再開するも、すぐに手が挙がることはなかった。
ひそひそと囁く者こそ散見されるものの、講堂全体に落ちた重苦しい雰囲気を破る者はいない。反対派も黙ったまま動かず、静寂のままおよそ1分が経過する。
壇上の服部が全体を見渡して、質疑応答の時間を繰り上げようとマイクを口元へ運ぶ。
瞬間、まっすぐに伸びた手が聴衆の中から挙がった。
口を開いた服部が発しかけた言葉を止め、挙手した生徒を質問席へと促す。
三年生の列の端、校舎側の通用口に近い位置から進み出た女子生徒は、達也にも見覚えのある人物だった。
真由美たちと同じ三年の一科生で、技術スタッフとして九校戦にも参加していた生徒だ。真由美を含む複数選手のエンジニアを務めあげ、能力の高さを示した優等生の一人でもある。
質問席へと立つ和泉を見て、壇上の真由美が訝しげに彼女の名を囁く。
声なき囁きを横目に見た達也は、真由美が楽しげに呼ぶ不本意な愛称を渋々受け入れる和泉の姿を思い出した。
講堂全体を重苦しい雰囲気が覆う最中、まるで意に介していないような表情でマイクに触れる和泉を見て、ふと違和感を抱く。
九校戦で真由美と気安く話していた彼女がなぜこのタイミングで手を挙げたのか。
深雪の一喝で妙な雰囲気になったとはいえ、妨害を試みる反対派に対し真由美が優勢だったのは間違いない。このまま静観していれば議案が可決するのはほぼ確実で、にもかかわらず質問席に立つとなれば、それは真由美の案に承服しがたい何かがあるということ。
まさかと懸念が浮かび、そこから連鎖的に疑念が繋がった。
そもそも、あれだけ慎重に立ち回ってきた反対派はなぜ浅野を質問者として抜擢したのか。
派閥内での浅野の立ち位置は不明なものの、やや直情的な印象の彼女が真由美へ挑むのは無謀だと判りそうなものだ。
春の討論会を見ていれば真由美の弁論能力が高いのは明白で、食い下がるだけでも相当な準備と作戦を要する。感情論に持ち込むつもりならまだしも、浅野独りに勝算を委ねるはずはないだろう。
もしも浅野が当て馬に過ぎないとすれば。
何らかの策のため、布石として放たれたに過ぎないとすれば。
反対派の本命は、或いは――。
「会長のお考えはよくわかりました」
そこかしこで困惑が囁かれるのを気にも留めず、和泉は壇上を見上げて口火を切る。
突き放したような口調は九校戦で見せた気安さとかけ離れていて、心境の変化があったことを認識せずにいられなかった。
「差別撤廃の足掛かりとして制度上の平等を確立する。その考えは尤もで、機会のあるなしにかかわらず保障されるべき権利というのは確かに理解できます」
冒頭、和泉は真由美の提案に理解を示して見せた。また反対派かと身構えていた生徒たちが虚を突かれ、多くの注意が彼女へと注がれる。
「ですが、それでもこの改訂案の是非には疑念が残ります。そもそも生徒会役員の選任資格が一科生に限定されていたのは、そうすることで少なくとも成績において、指名された生徒の能力が担保されると考えられたからではありませんか?」
和泉は自身へ注目が集まったのを見計らい、否定ではなく疑問の提起から持論を広げ始めた。
対する真由美は依然として眉を顰めたまま、じっと和泉へと視線を向けている。
表情こそ真剣なまま変わらないものの、身体の前で握り込んだ両手が彼女の心境を表しているように見えた。
「本校の生徒会は非常に大きな権限を有する組織です。相応の能力と適性を持つ生徒が役員として配置されるべきであり、また、それは一般生徒からの納得が得られる人選であるべきでしょう」
和泉の『演説』は止まらない。
真打ちとして質問席に立った彼女は、大役に見合う弁舌で関心を引き寄せていた。今や囁く声の一つもなく、全校生徒が固唾を呑んで演壇と質問席とを見つめている。
「能力次第で二科生を役員に指名することも可能となる。それ自体は結構なことですが、だとすれば役員に指名された生徒が的確であるかどうか、客観的に判断されるべきではありませんか?」
浅野が追及したことを指しているのだろう。達也が真由美のお気に入りだなどという認識は誤解に過ぎないが、事情を知らない生徒にはそれがわからない。
生徒会長が役員を選任するという構図が変わらない限り、こうした疑念が尽きることはないだろう。どんな人材を充てるにしろ、懐疑と不満の声がなくなることはない。
現状の生徒会が主に成績上位者で構成されているのは、より多くの納得を得られるからだという側面は多分にあるはずだ。
「現状の生徒会長による選任が続くにあたり、指名する生徒会長にはその生徒の必要性がわかっていたとして、一般生徒に生徒会の私物化と看做されない保証がありますか?」
和泉はそこで言葉を切り、真由美をまっすぐに見つめた。
無言の催促が真由美の固まった両手を解き、一方が演壇のマイクへと伸びる。
「役員の選任が生徒会長に委ねられているのは確かです。そして全校生徒の信任を負っている以上、役員の人選には最も気を遣うべきであり、また選出された生徒には選ばれるだけの能力があるのだと信頼して頂くほかありません」
真由美の答えは真摯なものである一方、疑念を払拭する根拠にはなり得なかった。
実際に不十分だと感じた生徒もいて、それは反対派の内だけに収まるものではない。囁き声がそこかしこに広がり、真由美の優勢だった空気は一転して揺らぎ始めていた。
「本校の生徒会長選挙が完全な自由選挙であれば、それで構わなかったかもしれません」
勝算を見出してか、和泉は更に一歩を踏み込んだ。
四年前の選挙以来、連綿と続いてきた立候補者の絞り込みを暗に示して言い募る。
「現状、生徒会長選挙は完全な自由選挙ではないと思われます。意図的に信任投票の状況を作っておきながら、それで全校生徒の承認を得たと言って良いのでしょうか」
一方の真由美も表情を揺るがすことなく、突き付けられた疑念に応じて見せた。
「信任投票になっているのは立候補者が一人だけだったからであり、生徒会が意図したことではありませんよ」
事実、立候補はあずさ一人しか出ていないのだ。
事前の説得で出馬を取り止めた者がどれだけいようと表に出ることはなく、また説得は真由美自身が単独で行っていたため、
対して、和泉は攻め手を緩めることなく矢継ぎ早に問いを投げかけていく。
「中条さんの他にも推薦が出ていたのではありませんか?」
「本校では候補者自身による立候補のみを受け付けています。推薦による立候補は認められていませんし、名前を挙げられた生徒も立候補を否定しています」
「生徒会が辞退を迫ったのではありませんか?」
「いいえ。そのような事実はありません」
追及を続ける和泉に対し、真由美は一切表情を揺るがすことなく応答していった。
短い睨み合いの時間が過ぎ、やがて「わかりました」と頷いた和泉はしかし、それだけで引き下がることもなかった。
「ですが役員の選任に関しては、一考の余地があると考えます。本校の生徒を纏める生徒会の役員である以上、能力はもとより人格面においても一般生徒の納得を得るべきかと」
言ってから、和泉がちらりと演壇の端へと首を向ける。
釣られた生徒たちの目に映ったのは進行役を務める二人で、深雪の姿を見た瞬間、否が応にも直前の威圧感を思い出させられた。
事ここに至り、達也は反対派の周到さを痛感せざるをえなかった。
真由美から引き出された挑発的な発言も、ゴシップを捏造し疑惑を突き付けたことも、すべてはこの後に続くだろう妥協案を飲ませるためだった。
或いは浅野の勇み足すら想定内だったのかもしれない。
「一科生と二科生の対立解消」という真由美の悲願から生じた議案に役員指名の私物化の側面があると誤認させ、事態の収拾に動いた深雪の行動をあたかも権威による一方的な威圧だと思わせた。
生徒会長や役員へ僅かでも疑念を抱かせることができれば、後に続く『妥協案』を通しやすくなる算段だったのだろう。
反対派が当初は議案の撤回を求めていたことを考えれば、それが大きな譲歩だと思わせることができる。実際の本命がどちらだったかなど明るみになるはずもない。
「そうですね――例えば、生徒会長によって選任された生徒が信任に値するか、一般生徒による投票で審査を行ってはどうでしょう」
今しがた思いついたかのように語る代案は、即興で打ち出したにしては実に堅実で効果的なものだった。
類似する制度は国政選挙でも行われており、有効性はともかく正当性は共有されている。全校でも600人に満たない一高であれば有意な結果も得られるだろう。
「この方法であれば有能な二科生を採用することも、適性に難のある生徒の採用を防ぐこともできるのではありませんか?」
真っ向から対立する意見であれば討論のしようもあった。
瑕疵を突き、具体性の欠如を指摘して、そうすることで好ましくない対案を退ける用意はあった。
だが自身の打ち出した議案をある意味で補い、かつ具体性もある提案をされてしまっては、否と首を振ることはできなかった。
結果、和泉の発案に押し切られる形で審査制度の検討が決定される。
審査案は年内に生徒総会を行い決議されることで纏まり、これを条件に『生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃』案は可決された。
今後発足される新生徒会の役員に関しては今回に限り審査等なく選出され、来年度以降の選挙において審査案の決議結果が反映されることとなった。
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真由美の提出案が賛成多数で可決され、あずさの信任投票が問題なく済んだ後、日の傾き始めた生徒会室は重苦しい雰囲気に満ちていた。
室内にいるのはあずさと服部の二年生組を除いた役員に達也と摩利が加わったお馴染みの顔触れ。その内で一人、真由美だけがあからさまに深く項垂れていた。
「予想外だったわ。まさかイズミンが出てくるなんて……」
両腕を枕に会長卓へ突っ伏す姿は力なく、演壇に立っていた時の面影はまるでない。摩利の咳払いを受けても改善は見られず、寧ろわざと落ち込んで見せているかのようだ。
周囲への気遣いの表れか、はたまた大してショックを受けていないのか。
どちらか判断しかねていると、不意に深雪が謝罪の声を上げた。
「申し訳ありません。私が差し出がましい真似をしたばかりに大変なご迷惑を」
和泉が言及したことについて言っているのだろう。浅野の軽挙な発言が元とはいえ、感情的な振る舞いをしたことは深雪自身も自覚していたし、結果的にそれが付け入る隙になってしまったことを深雪は酷く気にしているようだ。
部屋の隅で腰を折った深雪は後悔に顔を青褪めさせていた。身体の前で握った両手は小刻みに震え、達也が宥めるまで顔を上げることすらできなかった。
「気にしないで。深雪さんは私たちの代わりに怒ってくれたんだから」
見かねた真由美も苦笑いでフォローに回る。
細い声で頷いた深雪の表情は晴れず、見かねた達也は抱え込む形で頭に手を添えた。普段なら生温かな眼差しを向けられる行為も、この時ばかりは仕方ないと受け入れられる。
「なんにせよ、反対派を見誤っていたのは確かだ。妨害程度ならともかく、まさかあんな提案をしてくるとはな」
雰囲気を変えようとしてか、摩利が片手を掲げて呟く。
これに乗る形で真由美は椅子に座り直し、鈴音は頤に左手を添えて首を傾げた。
「当初の目的は達成できたのですから、それほど悲観する必要はないと思いますが」
「そうね。向こうの言い分もわからないではないし、提案自体も思ったほど無茶なことじゃなかったから」
完全な想定通りとはいかなかったものの、選任資格の制限撤廃については無事に可決されたのだ。次期生徒会長のあずさへ宿題を残す形となってしまったが、一般生徒の信任を明確化できるというのはあながち失策でもない。
真由美の目的は条件付きになったとはいえ達成された。
だからこそ、問題があるとすれば別の面だ。
「とはいえ、勢力の拡大は免れないでしょう。主張の実現に成功したという実績に加え、駆け引きをする政治力があると印象付けることもできた。今後は実力主義を掲げる派閥としてより大きな影響力を持つことになると思います」
今回の議題に反対していた勢力はこれで一定の発言力を持つに至った。
以降、選挙や生徒総会において存在感を発揮するようになるだろう。
彼らの大半は一科生の成績中位者――所謂ボリュームゾーンで占められ、特に魔法師家系の主流から外れた生まれの生徒が特に多いとされている。百家本流や
どこか聞いたことのある勢力の台頭。
偶然にしては出来すぎていると達也は感じていた。
「会長、一つ質問をさせて頂いてもよろしいですか?」
推論はある。確度としてもほぼ間違いないだろう。
達也は質問の体を取りつつ、真由美たちと認識を共有すべく口を開いた。
「生徒会長選挙の立候補期間中、推薦が出されたのは森崎に対してのみでしたか?」
立候補の締め切り間近、駿を推薦する申し出がなされたことは深雪から聞いていた。
そのときは熱心なファンもいたものだと思った程度だが、和泉が推薦の話を持ち出した時点で達也は反対派との繋がりを確信した。
「え、ええ。森崎くんを推薦する一本だけだけど……」
「では、和泉先輩が仰っていた推薦も森崎を指してのもので間違いないでしょうね」
困惑しつつも答えた真由美へ、達也は念を押すように続ける。
ハッとした表情を浮かべた真由美の後ろで、同じように気付いた鈴音が問い返す。
「――森崎くんを推薦したのが反対派だということですか?」
「直接的な繋がりがあるかは何とも。ただ無関係ではないと思います」
頷く達也を見て、摩利は「そういうことか」とため息を吐いた。
悩ましげに頭を抱え、気を取り直すまでに短い沈黙が下りる。
「反対派が森崎を担ぎ上げようとしているのはわかった。しかし、あいつがそれを了承するとはとても思えんのだがなぁ」
呆れ笑いと共に吐き出した疑問へ、達也は淡々と応じた。
「本人の意思は関係ないのだと思いますよ。ただあいつが主流とされる家系からは外れた生まれで、にもかかわらず才能の差を努力で補い実績を挙げている分、祭り上げるのに最適だったのでしょう」
各人の反応はバラバラだった。
真由美は眉を顰めて俯き、鈴音は思案するように視線を持ち上げる。
摩利は苦い顔を隠すこともなく逸らし、深雪だけが沈痛な面持ちで呟いた。
「お兄様、それでは……」
「ああ。最も面倒を被るのは、他ならぬ森崎だろう」
答えた達也はちらと窓へと目を向ける。
友人を案じた予想はその後およそ最悪の形で破られることになると、この時の達也は知る由もなかった。