モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第3話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 およそ一か月ぶりに訪れた研究室はいつになく緊張感で満ちていた。これから行われる施術がそれだけ意義のあることで、同時に難しいものだからだろう。博士以下研究チームの集大成であり、後の発展に繋がる大事なステップでもある。

 

 普段のようなお喋りはほとんどないまま薄手の貫頭衣に着替え、例の個室で博士と向き合う。

 対面の椅子に腰かけた博士は、いつも通り真意の読めない微笑みで切り出した。

 

「さて、施術の準備はすべて整ったし、君自身のデータも揃った。これも君の多大な協力あってこそだ。改めてお礼を言わせて欲しい」

 

「お礼を言いたいのはこちらです。博士の研究がなければ、僕は取り返しのつかない失敗を繰り返していたでしょうから」

 

 ジェネレーター一人と刺し違えるのが精一杯な程度では、誰かを守りながら戦うなど到底望めない。原作以上の戦力が押し寄せるかもしれないとなれば尚更だ。

 小手先の通じない戦場で伸び代のない僕がそれでも戦おうとするのなら、通常の鍛錬とは違うアプローチが必要だ。お世話になった博士の研究へ協力するのは渡りに船だった。

 

「この一月の間にまた色々とあったようだね。参考までに、どんなことがあったのか聞かせてもらっても構わないかな?」

 

 問われるまま、夏休みの間に起きた差異について語る。

 唯一雫の家を訪れたことだけは言わずにおいたが、こちらは雫や北山家のプライベートに関わることだ。原作の大筋に関わらない限り話す必要もないだろう。

 

「――なるほど。以前君から聞いた筋書とは確かに異なっているね。大亜連合だけでなくオーストラリアの精鋭魔法師も、或いはそれ以上の戦力が加わっているかもしれない、と」

 

 一連の話を聞いた博士は顎筋を撫でながら諳んじるように繰り返す。

 目を膝へと落とし、微笑を口元に貼り付けたままの博士へ頷いて続けた。

 

「横浜への侵攻勢力は僕の知るものより大きくなっているでしょう。そして九重八雲法師の忠告通りなら、原因の一端は間違いなく僕だ」

 

 大亜連合が掴んだ『常識を超えた力を持つ魔法師』の存在。これが達也と僕のどちらを指しているのか、或いはもっと別の誰かのことなのか、本当のところはわからない。

 だが情報の出処はまず間違いなく僕だ。沖縄で囚われていた時の記憶は曖昧だし繋がれていた船は沈められたそうだが、生き残りが情報を持ち帰っていたのだろう。

 

 『常識を超えた力』が原作知識を指していると考えれば大亜連合が僕を狙うのも、連中を探っていた八雲法師がそれを知っているのも納得できる。

 そして僕が連中に捕まった場合、僕が知る以上の被害が起きることも――。

 

「ふむ。仮に君が狙われているのだとすれば、例の剣術使いも現れるかもしれないね」

 

「……久沙凪煉。彼が、横浜に?」

 

 博士の口にした推測に思わず息が詰まった。

 身体の内で何かが小さく揺れたような気がして、自ずと右手が胸へと伸びる。

 

「確証はないけれどね。でも君と因縁があって、テロリストと通じているような人間だ。大亜連合が君を狙うのなら、同じように君を狙っている彼がいてもおかしくはないだろう」

 

 深呼吸をする間も博士の推論は続いていて、口調とは裏腹に眼差しはいつになく鋭い。

 まるで何かを知っているような、それを隠そうともしないような口振りで、らしくないと思いながらも一先ずは頷いておいた。

 

「肝に銘じておきます」

 

 答えると、博士は満足げに頷いて席を立つ。

 

「さて、そろそろ時間だ。皆も準備を終えて待っている頃だろう」

 

 後に付いて扉の前まで行き、操作盤に手を添える直前、博士は顔だけで振り向いた。

 

「最後にもう一度だけ確認させてもらうよ。――本当に、いいんだね?」

 

「はい。お願いします」

 

 考えるまでもなく頷く。

 そもそもがこちらから依頼したことだ。迷いも躊躇いもあるはずがない。

 

「……君の覚悟と献身に敬意を表するよ」

 

 扉へと顔を戻す直前、博士の口元からはいつもの笑みが消え、白衣を纏った背中もどこか小さく見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 生徒会長選挙の実施が公示されてから5日が過ぎ、一高の各所では早くも新たな生徒会長への期待が囁かれていた。

 風紀委員の一員として校内を巡回する雫は、耳に入る声の多くが好意的なものであることに大きな納得と小さな安堵を抱く。

 

 立候補の締め切りは9月16日の17時。今からおよそ1時間後だ。

 現時点で立候補を表明したのは現生徒会書記の中条あずさ唯一人。副会長の服部は出馬せず、このまま締め切りの時刻を迎えれば選挙はあずさの信任投票となるだろう。

 

 あずさを推していた雫としては当然の帰結と思える状況だ。校内での反応も大方は好意的なもので、一部の懐疑的な意見も本人の気質を思えば不自然ではない。不安要素は深雪を始め他の役員が補佐するだろうと、雫は当たり前のように受け入れていた。

 

 不思議に感じることがあるとすれば、難色を示していたらしいあずさがあっさりと立候補したことくらいか。

 先週時点では消極的だと伝え聞いていただけに、週末を挟んでどんな心境の変化があったのか興味を引かれる部分はあった。

 

 緊張を紛らわすための考え事は何にも遮られることなく続き、風紀委員就任後4回目の巡回当番はすんなりと終わりを迎えた。

 委員会本部へ続く廊下を歩きながら、雫は人知れず安堵の息を漏らす。

 

「お疲れ様です、千代田先輩。本日の巡回、終了しました」

 

 小さな緊張と共に入室した本部には花音だけが残っていた。

 次期委員長として摩利の代理を務める花音は、役員や一般生徒からの通報に備え待機するのが仕事だ。一高女子の中でも特にアグレッシブな花音は当初この配役に難色を示していたものの、摩利と婚約者の五十里から説得されて受け入れたのだとか。

 

 そんな花音だが存外雫との相性は良く、委員会へ同時に加入したことや数少ない女性メンバーということも相まって早くも友好的な関係を築いていた。

 

「ご苦労様。戻ってきて早々で悪いんだけど、一緒に生徒会室へ来てもらえる?」

 

「……? わかりました」

 

 言葉通りの苦笑いを浮かべた花音に、雫は首を傾げながらも了承を返す。

 デスクから立った彼女が向かう先は生徒会室への直通階段で、初めて利用するそれに若干の困惑を抱きながらも雫は花音の背を追った。

 

 廊下の階段よりも狭いそれを上り、前を歩く花音が扉脇の端末へと触れる。

 短い電子音と共に端末上部のLEDが灯り、手を離した花音はセンサーに向けて語りかけた。

 

「風紀委員の千代田です。七草会長、北山さんを連れて参りました」

 

 間もなくロックの解除される音が鳴り、扉が独りでに開く。

 スライド式の入り口を花音に続いて潜ると、二人は真由美の微笑に出迎えられた。

 

「ありがとう、千代田さん。北山さんも、呼びつけちゃってごめんなさいね」

 

 口元に笑みを湛えたまま、真由美は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 生徒会室には真由美の他にも役員が揃っていて、不在なのは副会長の服部のみ。深雪を除けば上級生ばかりの光景に、雫の背が自ずと張り詰めた。

 

「お気になさらないでください。それで、あの、どのようなご用件でしょうか」

 

 礼を失することのないよう気を張って応じる雫。

 見るからに緊張した様子を見て、真由美の笑みが苦笑いに変わる。

 

「そんなに畏まらないで。お願いがあるのはこっちの方なんだから」

 

 困ったように執り成すも効果があったとは言い難く、どうしたものかと考え始めたところで横合いから淡々とした声が差し込まれた。

 

「一年生を名指しで呼び出したのですから、北山さんの反応も当然のことかと。せめて司波さんが迎えに行っていれば違ったかもしれませんが」

 

「それは……仕方ないじゃない。手が足りなかったんだから。鈴ちゃんだって、深雪さんがいなかったら大変だったでしょう」

 

 身内からの思わぬ一言に堪らず振り返り、大袈裟に唇を尖らせる。大方の生徒がタジタジになる真由美の視線を、けれど鈴音は素知らぬ顔で受け流した。

 これが服部であれば面白い反応の一つも見られたのだろうが、同い年で同性の鈴音には通用しない。ダシにされた形の真由美としては

 

「あの、会長? あまり時間がなかったんじゃ……」

 

「それは、そうなんだけど」

 

 とはいえ、あずさからこう言われてしまってはそれ以上引き摺る気もなかった。

 せめてもの反撃にため息を吐いて見せ、置きざりにしていた後輩たちへ向き直る。

 

「もういいわ。あーちゃんの言う通り時間もあんまりないし。千代田さんも北山さんも、変なところを見せちゃってごめんなさいね」

 

 手を合わせた先にすっかり脱力した花音と雫の姿を認める。

 どうあれ、緊張を解すという目的は達成されたようだ。

 

「話を元に戻すと、北山さんにはお願いがあって来てもらったのよ」

 

 仕切り直しに前置きを添え、真由美は表情を改めて事情を語る。

 

「実は生徒会長選挙の件で森崎くんに連絡を取りたいのだけど、プライベートナンバーを知っている人が見つからなくて。深雪さんに訊いたら、北山さんなら知っているかもしれないって教えてもらったの」

 

 話してみれば大した用件でもない。生徒会役員の誰も駿の連絡先を知らなかったというだけだ。

 名指しで呼び出され何事かと身構えていた雫は内心で大きなため息を吐いた。

 

「そういうことでしたら、もちろんご協力します」

 

「ありがとう。ギリギリだったから、とても助かるわ」

 

 雫の快諾に真由美が安堵の笑みを浮かべる。

 表情と言動のどちらもが「間に合ってよかった」と示していて、雫も花音も特に違和感を抱くことなく納得した。

 

「時間がないとなると、立候補の締め切りが関係しているってことですか?」

 

 とはいえ、何も疑問がないわけではなかったらしい。

 花音の問いに、真由美は小さく頷いて応じる。

 

「ええ。実はついさっき、森崎くんを生徒会長にって推薦が届いたのよ」

 

「推薦……?」

 

 続く疑問は雫の口から漏れ出た。

 言葉の意味としてはともかく、生徒会長選挙に関わる会話の中でその単語を耳にした覚えはない。立候補が原則というのは雫も耳にしていた一方、推薦制度の存在などについては考えもしていなかった。

 

 真由美の反応は穏やかながら鋭敏だった。

 

「北山さんは知らなかったんだ。てっきり話が行っていると思ってたんだけど。――いえ、もしかしたら、北山さんだからこそ訊かなかったのかもしれないわね」

 

 相手に聞かせるというよりも口にすることで自身を納得させるために。

 独りでに頷いた後、真由美は会長卓から一冊の紙束を取り上げた。

 

「これが届いた推薦人名簿よ。放課後すぐ、ここへ届けられたの」

 

 雫と花音を手招いて側に寄らせ、卓上に置いた束に目を通させる。

 

一高(うち)の選挙では本人の立候補が原則だからそれ自体には何の強制力もないんだけど、推薦人の数がそれなりに多くて。完全に無視するのもどうかと思うから、本人の意志を確認したいのよ。でも彼、今週はずっとお休みしているのよね」

 

 悩ましげに言葉を結んで、真由美は(おとがい)へ指を添えた。

 一通りの事情を聞いた雫は少しの間視線を落として考え、求められている所を予想し問いかける。

 

「推薦人がいることを伝えて、その上で立候補の意思を訊けばいいんですね」

 

「それで問題ないわ。よろしくお願いします」

 

 正解とばかりに笑みを浮かべる真由美。

 釣られて口角の上がるまま一礼し、雫は端末を手に窓際へと寄る。連絡先のリストから目当ての名前を探り当て、コールの音を鳴らすそれを耳元へ近付けた。

 

 知らず知らず漏れる息と拍動の音に、雫は緊張を自覚する。

 

 考えてみればこの一週間、顔を合わせることはおろか会話一つしていなかった。

 寂しさを感じることもあり、実際ほのかから指摘されもしたものの、忙しいかもしれないと思うと連絡を取ることも躊躇われたのだ。

 

『――はい』

 

 何度目かのコールの後、端末越しに聞こえた声が一際大きく鼓動を誘う。

 映像通話にしなくてよかったと安堵しつつ、雫は平静を装って口を開いた。

 

「こんにちは、駿くん。今、少し大丈夫?」

 

『……ああ。大丈夫だ』

 

 返答が遅れたのは周囲を確認していたからだろうか。

 普段より声を潜めているのも会話が憚られる状況にあるからかもしれない。

 

 手短に済ませるべきだろう。

 雫は浮き立つ内心に蓋をして用件を切り出した。

 

「ありがとう。実は今、君を生徒会長にって推薦が届いていて、生徒会としても無視できないみたい。それで駿くんに立候補する意思があるか、七草会長が知りたいって言ってて」

 

 掻い摘んだ説明ではあったものの、駿は問題なく理解したようだった。

 考える時間も言葉に詰まる様子もなく、淡々とした声が返ってくる。

 

『前にも断ったが、立候補の意思はない。そう伝えてくれ』

 

「わかった。ちゃんと伝えておくね。それで、あの……」

 

 首肯と一緒に了承して、通話を終えようとした矢先に未練が顔を覗かせる。

 長引かせるべきでないとわかっていながら、不安と心配が口を衝いて出た。

 

「来週からは、来られるんだよね? 怪我とか、体調は大丈夫?」

 

 通話口の駿が押し黙ったのがわかった。

 一瞬の沈黙に衝動が膨らみかけ、続く返答にそれを呑み込む。

 

『問題ない。月曜からはちゃんと登校するよ』

 

「――そっか。それなら、よかった」

 

 幸い駿が気付いた様子はなく、端的な挨拶で一週間ぶりの会話は締めくくられた。

 

『ああ。それじゃあ、また』

 

「うん。また学校で」

 

 きっかり3秒の間を置いて通話は切られた。

 端末を耳元から離し、元の電話帳が表示された画面を雫はじっと見つめる。言葉にならない違和感が纏わりつくようで、もどかしさが思考を占有していた。

 

「どうかしら。連絡は取れた?」

 

 真由美に横合いから声を掛けられ、雫はようやく我に返った。

 ハッとして振り向き、表情を繕う暇もなく結果を伝える。

 

「はい。立候補の意思はないからと、言伝(ことづて)られました」

 

「出るつもりはないということね。わかったわ」

 

 安堵の息を漏らした真由美はそのまま微笑を浮かべ続ける。

 

「ありがとう、北山さん。お陰で助かりました。お礼と言ってはなんなんだけど、今からお茶にしようと思うの。一緒にどうかしら」

 

 ちらと時計に目を向ければ、バイアスロン部の活動終了まで今少し時間があった。

 見れば委員長代理の花音も既にテーブルへ着いていて、生徒会役員の中に風紀委員が一人だけという肩身の狭い想いをすることもない。

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」

 

 断る道理もなく、快諾した雫は誘われるまま深雪の隣へと腰かける。

 

 女子生徒ばかり6人でのお茶会は賑やかしく、女子高生らしい話題に雫は何度となく頬を染める羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 選挙準備の慰労会とあずさの壮行会を兼ねたお茶会の後、生徒会室には最上級生二人だけが残っていた。

 すっかり秋めいてきた夕焼けの赤みが差し込む中、卓上に置かれた紙束を見下ろして真由美が問いかける。

 

「鈴ちゃんはこのリスト、どう思う?」

 

 ひどく抽象的な質問ではあったものの、鈴音はその意図を正確に察して答えた。

 

「あり得ない発想だとまでは言い切れませんが、不自然だとは思います」

 

「やっぱり、そうよね」

 

 ため息と一緒に吐き出された声には苦々しさが滲んでいた。

 不安や懸念を潜めがちな真由美にしては珍しいことで、それだけ心労が溜まっているということだろう。そう結論付けて、鈴音は推論の牽引役に回ることを決めた。

 

「当校の規定では、候補者自身による立候補が選挙へ出馬する条件として定められています。候補者以外による推薦制度は規定されておらず、言及すらされていません」

 

 真由美の脇に立った鈴音は手元のタブレット端末を操作して差し出す。

 受け取ったそこに表示されていたのは議事録や関連資料で、すべてが生徒会長選挙に関するデータだ。

 

「創立後30年の資料を参照してみましたが、やはり推薦による候補者の擁立は一度もありませんでした。記録に残らない内に却下された可能性はありますが、どちらにせよ本校の生徒が推薦人を募るという方策へ至るとは考えづらいでしょう」

 

 議事録データを流し読みしながら聞いていた真由美は、鈴音の口にした結論を受けて手を止めた。微笑むことで感謝を表しつつ、端末を返して机上の紙束へと視線を戻す。

 

「つまり、これを考えた人は自力でその発想に辿り着いたか――」

 

「或いは第三者からこの方法を教えられたか。こちらの場合、学外からの影響も考慮に入れる必要がありますね」

 

 第三者の関与――。

 推薦人リストが届けられ、間もなくその可能性に至ったときから、二人の最大の懸念はそこにあった。ましてや学外の人間の思惑が絡んでいるかもしれないとなれば、不採用だからと簡単に破棄・返却することもできない。

 一高の代表、延いては学校の政策にまで関わる選挙に、またしても学外からの影響を疑うような事が起きたのだ。春の一件を思えば杞憂で済ませるわけにはいかなかった。

 

「どういう経緯でこれが作られたかはわからないけど、実際に彼を生徒会長へ推薦したいと考える人がこれだけいるのは事実だわ」

 

 再度ため息を吐いた真由美は頬杖を突いてリストを持ち上げ、顔の前で揺らして見せる。

 

「男女問わず三学年すべて、しかも二科生の名前まであるんだから。もし立候補してたら、あーちゃんといい勝負になったかもしれないわね」

 

 A4判の用紙一枚につき10人の名前が記載されたリストが全部で4枚。

 計35人の生徒が、駿を生徒会長へ推薦するべく名を連ねていた。

 

「リストに記載されているのは百家の中でも支流の出身者を始め、魔法的資質にあまり秀でていない生徒が大半です。先天的な魔法力に依らず奮闘する森崎くんは、彼らにとって憧れの存在として映るのかもしれませんね」

 

 鈴音の分析を耳にして思い出す。

 およそ一か月前、達也と幹比古を代理のメンバーに加えた新人戦モノリス・コードのチームは、一科生と二科生の隔てなく沢山の一年生に囲まれていた。

 その中心に駿が居たのは間違いなく、選手としての駿が注目を集めていたのもまた疑いようのない事実だ。

 

「努力と工夫次第で才能の差を覆せると示した。九校戦での活躍がそう思わせた、か」

 

 『カーディナル・ジョージ』を二度破り、『クリムゾン・プリンス』が率いるチームすらも下したのだ。

 血統による資質の差を覆し、「努力は無駄にならない」と思わせる駿の姿に憧れを抱く者は、今後も少なからず出てくるだろう。

 

 或いはそうした人々に祭り上げられる可能性もないとは言い切れない。

 

「森崎くん自身は乗り気じゃないみたいだから変なことにはならないと思うけど、少し気を配っておいた方がよさそうね」

 

 真由美の呟きを受けて、鈴音の目がリストへと落ちる。

 

 既に何度か目を通したその内の3枚目。

 五十音順に並べられた名前の一つを思い浮かべて、鈴音はほんの僅か眉を顰めた。

 

(五十里くんから話を聞いてみる必要がありそうですね)

 

 内心で呟く鈴音の脳裏には、担当の事故に打ちひしがれるエンジニアの姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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