『暗殺教室RPG』RTA 殺せんせー札害チャート


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作:朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足
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「球技大会」


 夏――じめじめとした梅雨が明けた後に訪れる季節。

 雲一つない空からは太陽がぎらぎらと照りつけ、空気中の水分はからからに乾ききっている。その暑さから熱中症で倒れる人も少なくなく、世間では既にこまめな水分補給や身軽な服装が推奨されていた。

 

 ここ、椚ヶ丘中学校でも夏服が解禁され、生徒たちは皆思う存分に肌を露出している。

 

 現在、E組の教室では男子と女子でグループに分かれ、それぞれでとある話し合いが行われていた。その内容は、近い内に来る『球技大会』について。

 大会の締めに行われるエキシビションマッチへの参加を義務づけられているE組は全校生徒が見ている前で、男子は野球部の、女子はバスケットボール部の選抜メンバーと試合をしなければならない。当然勝つのは難しい。言わばこれは単なる見世物に過ぎないのだ。

 

 しかし、だからと言って彼らに負ける意思はない。

 殺せんせーが新たに赴任してからE組全体の空気はいい方向へ変わりつつある。いつまでも馬鹿にされ続けるのは悔しい、必ずどこかで見返してやりたい。そんな熱い思いを胸に男子は野球経験者の友人が、女子はリーダーシップのあるメグが主に中心となり話し合いを進めていく。

 

「それにしても、何から話し合えばいいんだろ?」

「そうだねー……」

 

 ところが、男子はともかくとして女子の方はというと、実は話があまり進展していなかった。というのも女子にはバスケットボールの経験者がおらず、加えて殺せんせーは今回男子の方を精力的に指導する様子。そのため具体的な作戦などは全て自分たちだけで考えなければならない。

 

「とりあえず軽くルールだけおさらいしとこっか。質問があったら手挙げてね」

 

 ひとまずはルールの確認から始めることにした。

 試合人数や試合時間、ボールの扱い方といった基本的なところから、ファウルやバイオレーションといった細かいところまで。中々に覚えることが多い。

 

 一通りそれを確認し終えた後、次はいよいよ作戦を練る段階に入ったのだが……これがかなり難航していた。

 やはり経験者がいないという穴は大きく、作戦を練ろうにも一体何から考えればいいのか誰も分からない。せめて対戦相手の詳細なデータでもあれば――

 

「皆、どうやらお困りのようね!」

 

 その時、突如として教室の扉が勢いよく開かれた。

 姿を見せたのは、今ではもうすっかりとE組に馴染んだA組の元優等生、水雲である。妖精の異名で有名な彼女は片手に分厚いファイルを抱え、そしてなぜか黒縁の眼鏡をかけていた。まるで諜報員のような風貌だ。

 

「あ、穂波さん。どこ行ってたの?」

「この作戦会議に多分あった方がいいかなって思うものを持ってきたよ」

「多分あった方がいいもの?」

 

 そう言って持参したファイルを机の上に広げる水雲。

 何だ何だと周囲に集まった皆は、そのファイルの中身を確認して驚愕する。果たしてそこに記載されていたのは、今度の球技大会での対戦相手に関するありとあらゆる情報だったのだ。簡単なプロフィールはもちろん、その人物の癖や趣味、思想傾向といった内面までつぶさに記されている。

 

 いつの間にか行方をくらましていた彼女はこれ程までに貴重なものを用意していたらしい。確かにこれがあるのとないのとでは作戦の立て易さも大きく変わってくる。

 

「すごい……! これ、どうやって集めたの!?」

「まあ、ちょっとね。他にもバスケットボールに関係する資料を幾つか集めておいたよ。……どう? これで少しは話し合いも進みそう?」

「ありがとう! すっごく助かる!」

「さすが過ぎるぞー、この万能少女め。相変わらず格好いいところ見せてくれるじゃん。ちょっと揉ませろー」

「んっ……。ちょっと中村さん、脇腹は駄目だって……」

「本当にすごいです、穂波さん。……そういえばどうして眼鏡を? 普段はかけてませんでしたよね?」

「ああ、これ伊達だよ。ほら、情報収集といえば何となく眼鏡って感じしない? だから試しにかけてみたんだ〜。奥田さんとおそろだね!」

「ふふっ、とてもよく似合っていますよ」

 

 彼女がもたらした情報により先程まで停滞していた状況が動き出した。資料を参考にしつつ女性陣は様々な意見を出し合う。やがて大体の方針が決まった。

 

「――よし! じゃあ皆、試合に勝って全校生徒の気分を盛り下げよう!」

 

(……女子チームは問題なさそうですねぇ)

 

 負ける気は毛頭ない、むしろ勝って彼らの鼻を明かしてやろう――そう意気込む彼女たちを殺せんせーは遠くから穏やかな眼差しで見守る。

 彼女たちならこの逆境にも立ち向かえるに違いないと、そう信じて。

 

 

 

 

 

「台ちゃ――じゃなくて、律ちゃん! ちょっとお願いがあるんだけど……今度の球技大会関連のことで、少しだけ貴女の手を貸して欲しいの」

『……私にですか? それは構いませんが、私は当日参加できないので穂波さんのお役に立てるかは……』

「もう、そんな寂しいこと言わないで。貴女だけを除け者にはしないよ。……律ちゃんじゃないと駄目なの」

『……分かりました。私は何をすれば?』

「それはね――」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 球技大会当日。四つのクラスによって争われた本戦は、順当にA組が勝ち抜く結果となった。司会からA組の優勝が告げられ、体育館内に大きな拍手が響き渡る。

 しかし、これで終わりではない。むしろここからが本番だと言わんばかりに何かを待ち望んでいる者もいる。

 

 これから行われるのはエキシビションマッチという名の公開処刑、バスケットボール部の選抜メンバーたちによるE組への制裁である。

 

 強者から一方的に負かされる弱者のあり様を全校生徒に知らしめることだけを目的とした試合。当然E組の勝利を願っている生徒など一人もいない。

 この会場にいる誰しもが、彼らが無様に敗北する光景を心待ちにしているのだ。

 

(ま、そもそもE組に勝ち目なんてある訳ないけど)

 

 女子バスケットボール部マネージャー、獅堂鳴子は内心そう呟く。

 片や全国に出場経験のあるチーム、片や経験者のいない素人だらけの集団。どちらに勝ちの目があるのか、そんなものは火を見るより明らかだ。

 仮にE組を応援する間抜けな生徒がいたところで、この勝敗は決して覆ることはない。

 

 いよいよ試合が始まった。

 ジャンプボールを易々と制した選抜チームは早速相手の陣地へ攻めにかかる。

 

(ふーん……ゾーンディフェンスとはね)

 

 ボールが取られるや否やE組はすぐさま自陣のゴール下へと移動し、そこで台形に陣を組んでいた。

 ゾーンディフェンス――常に特定の相手選手に一対一で張りつくマンツーマンディフェンスとは対となる戦術。

 

 なるほど。ただで負ける気はないのか、どうやら向こうは色々と考えてきたらしい。相手に一対一でついたところでどうせ抜かれるのだから、それなら最初からゴールの下で守備を固めていた方が効率的ということか。

 だが、その戦術にもデメリットはある。

 ゾーンディフェンスにおいて最も重要なのは連携能力。マークの受け渡しの判断や、それによって起こる能力差のミスマッチにどう対応していくのかなど課題も多い。

 そしてその連携能力に関しても、現状選抜チームの方が圧倒的に上だ。

 

(地力が違うのよ、地力が)

 

 固めていた守備をあっさり突破され、E組はシュートを決められた。周囲から歓声が上がる。

 

(素人の小細工が私たちに通用する訳ない。E組の士気は下がる一方ね。……これで心も折れたでしょ)

 

 ちっぽけな蟻が巨大な象に敵う筈もない。

 加えて、あちらからすればこの空間はアウェー過ぎる。点を取る度にいちいちブーイングが巻き起こり、逆に点を取られればその都度大歓声。……こちら側が思わず同情を覚えてしまう程の不遇っぷりである。

 

 まもなく第一ピリオドが終了する。今のところそこまで点差は開いていないが、彼らの精神状況によってはこの先もっと広がるだろう。

 少なくともここから逆転することは絶対にあり得ない。冷静に分析を済ませた鳴子は心底退屈そうな表情で試合の成り行きを傍観するのだった。

 

 ところが、第二ピリオドから彼女の想定を遥かに上回る事態が起き始める。

 

 今まで温存してきた主戦力を一気に投下しE組が怒濤の追い上げを見せ始めたのだ。開いていた点差がじわじわと縮まりだし、選抜チームも焦りを隠せずにいる。

 中でも特に目覚ましい動きをしていたのは、キャプテンとポイントガードの選手。この二人を中心に向こうは猛攻を加えてくる。……いや、二人だけではない。かの妖精、金髪碧眼の彼女もまた地味に見事な働きをしている。

 

(へぇ、E組にもあんなに動ける子がいるんだ)

 

 彼らがここまで渡り合えるとは思いもしなかった。逆境を物ともしない姿勢はまさしく称賛に値する。

 

(でも……あーあ、おかげで皆を本気にさせちゃったね)

 

 僅かに残っていた慢心が完全に抜けたことで選抜チームの目の色が変わった。彼らの頑張りが、皮肉にも彼女たちに本気を出させる結果となってしまったのだ。

 

 間違いなく今度こそE組は終わりだ。

 全力を出した選抜チームを前に、もはや対抗する術などありはしない――

 

「……え?」

 

 一瞬目の前で何が起こったのか分からず、鳴子は呆けた声を出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 第二ピリオドが終わり、E組はあの選抜チームを相手になんと六点差まで詰め寄っていた。メグとひなたの著しい活躍、水雲が事前に集めた対戦相手の情報、暗殺によって培われた基礎体力と協調性……この中からどれか一つでも欠けていればこうも健闘することはできなかった。

 

 この試合、このままいけば本当に勝てるかも知れない。

 思わずそんな淡い幻想を抱いてしまう程に今のE組には勢いがあった。

 

 しかし、現実はそう甘くない。

 インターバルを挟んでの最後のピリオド、相手の動きが明らかに変化したのだ。今まで以上に速く、鋭く、統率の取れた動きで攻めてくる。

 そのうえ守備の方法まで変えてきた。E組と同様の戦術――ゾーンディフェンス。ただし、練度では天と地の差が存在する。手本を見せてやるとでも言わんばかりだ。

 あえて同様の戦術を取ることでこちら側の心を徹底的に折るつもりなのだろう。

 

 もはや選抜チームはE組を弱者と認識していなかった。

 弱者以前にこの連中は、あろうことか強者に逆らうことをよしとする身の程を弁えない愚者である。思い上がりも甚だしい。弱者は弱者らしくふるまっていろ。お前たちは敗北者なのだ。地面に這いつくばうのがお似合いだ。

 

「いよいよ向こうも本気か……」

「リーダー、どうする?」

「どうするも何もこっちにはもう作戦がないからね……。とにかく全力で殺るしかない……」

 

 だが、当然ながらあちらの守りはこちら以上に堅固だ。

 これを突破するのは正直かなり厳しい。到底一筋縄ではいかないだろう。

 

 先程とは打って変わってE組内に暗雲が漂い始める。

 

「大丈夫だよ! 何とかなるって!」

 

 そんな危機的状況の中でも笑みを崩さない人物が一人、彼女――水雲だけは平時と同じような面持ちでいた。

 

「とりあえず、まずは相手を引きずり出そうか。あのまま籠られてたらいつまで経っても攻め込めないもんね」

「引きずり出すって……一体どうするの?」

 

 メグからボールを受け取った彼女はそのままコート上のセンターラインまで進んでいき、そこで何を思ったのか、なんと突然()()()()()()()()()()()()()

 

 ――はぁ? そんなところで何を……。

 

 相手チームや会場にいる観客、試合の審判、そして彼女のチームメイトですらその意図を理解することができずに首を傾げる。そんな場所からシュートを放ったところで、ゴールに入るどころか擦りもしないだろう。そもそも筋力が足りない。水雲が男性だったならば、あるいはゴールに入れられたのかも知れないが――

 

「嘘でしょ!?」

「そんな馬鹿な! あり得ない!」

 

 だからこそ全員が次の光景に驚嘆した。

 彼女から直上に打ち上げられたボール、それは体育館の天井付近まで到達するとゴールへ向かって落下していき、やがてそのままリングやボードに当たることもなく綺麗にネットの中をすり抜けていったのだ。

 

 まさに異常としか言いようがなかった。

 そのシュート方法も、精度も。

 

「ふふふ……一応言っておくと、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ブラフだ。

 

 選抜チームのキャプテンは直感でそう断じる。

 実際、それは虚偽であった。距離が遠過ぎればさしもの彼女もゴールを決められない。センターラインまでが限界だった。加えて律と編み出したこのシュート方法は体力をかなり消費する。積極的に放つことはできない。

 

 ――けれども、万が一それが事実だったら? こちらもスリーポイントを決め返さない限り、少なくとも一点ずつ差を詰められることになる。

 

 そのうえ周囲からの印象の問題もある。

 このまま彼女を放置してシュートを決め続けられたら、当然チームとしての実力を疑われてしまう。実はそんなに大した集団じゃなかった、なんて噂が流れた日には怒りのあまり発狂するだろう。

 

 これ以上E組を調子づかせてはならない。

 数ある選手たちの中から()()かれたというプライドにかけて、この劣等どもを叩き潰す。正真正銘、ここからがお互いに小細工なしの本気でのぶつかり合いである。

 

 

 

 

 

「……穂波さん」

「ん? なあに?」

「……相手をこっちと同じ土俵まで引っ張ってこれたのはいいんだけどさ、なんか迫力が増してない? これ本当に大丈夫なのかな……。何か策はあるの?」

「……。大丈夫だよ! 何とかなるって!

 

(あ、特に何も考えてなかったんだ)

(何も考えてなかったんですね)

(なんだろう……さっきから割と結構とんでもないことをやってる筈なのに、漂うポンコツ臭もすさまじい……)

 

「とにかくここからが正念場だよ! こっちも負けてらんないね! さあ張りきっていこう、野郎どもー!」

 

(……私たち女なんだけど)

(狙って言ってんのか素で間違えてんのか分からん)

(なんか色々締まらないなぁ……。穂波さんらしいっちゃらしいけど)

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

エキシビションマッチの興奮を語る

 

 

 女子バスケ部マネージャー獅堂鳴子さんにインタビュー!(聞き手:3-A 放送部 和泉仙太郎)

 

 

 ――球技大会ではお疲れ様でした。

 

 獅堂 ありがとうございます。まさかE組があそこまで健闘するとは意外でしたけどね。

 

 ――非常に接戦だったと聞いています。E組の中で特に手強かった選手はいましたか?

 

 獅堂 そうですね。あのキャプテンはとてもいい動きをしていました。E組にしておくのが惜しいくらいに。後はポイントガードのショートカットの子。とにかく運動量が多くて、ボールを持たせるのが怖かったですね。それからパワーフォワードのぽっちゃりの子。彼女のゴール下での威圧感と包容力には苦しめられました……。でも、個人的に一番印象に残ったのは……。

 

 ――印象に残ったのは?

 

 獅堂 やはり“妖精”の彼女でしょう。彼女が試合終盤で見せたセンターラインからの超ロングシュート、あれには本当に度肝を抜かれました。思わず笑っちゃいましたよ。あんなに離れた場所から、あんなに綺麗にゴールが決まるなんて普通想像できません。漫画かよ、って(笑)

 

 ――試合の流れを変えかねない得点だったと。

 

 獅堂 はい。ですから、チームの皆はよく戦ってくれたと思います。特に最後の最後までE組にゲームの主導権を握らせなかったところはさすがでしたね。

 

 ――それでは最後に一言お願いします。

 

 獅堂 当バスケ部ではまだまだ部員を募集しています。もちろん未経験者の方でも構いません。この球技大会でバスケに興味をもたれた方は私や部員、顧問の先生に一声かけて頂けると嬉しいです。一緒に頑張りましょう!

 

 ――本日はありがとうございました。

 

 獅堂 ありがとうございました。

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