クレオ派閥
帝国大学に通い出して三年が過ぎた頃だ。
「お集まりいただき感謝します」
ホテルの大会議室に集めたのは、どいつもこいつも悪い顔をしている貴族たちだ。
若いのに白髪のオールバックの優男は、飄々とした態度でいる。
このいかにも油断できそうにない悪役は――【フランシス・セラ・ギャンヌ】伯爵だ。
「いや~、まさか首都星に呼び出されて派閥の立ち上げに関われるなんて嬉しいね~」
ニコニコしているが、内心で何を考えているのか分からないタイプだな。
悪党によくいるタイプだ。
そして、眼帯を付けた筋骨隆々のオッサン――ではなく【ジェリコ・セラ・ゴール】伯爵は豪快に笑っている。
体中に傷が多いのだが、今の医療なら簡単に消せるのに消していない。
周囲を威圧する格好を好んでいるようだ。
こいつも顔も外見も悪い奴に見える。
「バンフィールド家の若造に呼び出されるとは思いもしなかったがな!」
チクリと嫌みを言ってきた。
体の割に細かい奴である。
見た目ほど強気ではなく、小物臭が漂ってくる。
そんな中、ナイスミドルという感じのエクスナー男爵がまとめ役を買って出た。
「それよりもリアム殿は本気で派閥を立ち上げるつもりかな? クレオ殿下の噂はこちらにも聞こえてきているのだが?」
もっとも帝位に遠い皇子。
クレオを支援すると聞いて、不安に思うのも無理はない。
だが、俺には勝算がある。
「もちろんです。クレオ殿下を帝位に就けると約束しました」
ざわつく貴族たち。
主に領主貴族たちで、皆が自領を持つ貴族だ。
宮廷に近付かない領主も多く、内情に詳しくない者も多い。
エクスナー男爵が不安がっている。
「陛下の覚えもその――あまりよろしくないと聞いているが?」
「でしょうね。だからこそ価値がある」
俺にとって今の陛下は敵である可能性が高いため、排除するしかないのだ。
ギャンヌ伯爵が強く興味を示していた。
「いいですね~。うちは数代前の陛下の怒りに触れて冷遇された経緯があります。これを機に、盛り返したいところです」
こいつの実家は、いったいどんな悪事を働いたんだ? まぁ、悪徳領主仲間として頼もしい限りだ。
賛成が増えると、ゴール伯爵も納得する。
「宮廷でのゴタゴタが俺の領地にまで影響するのは困るからな。都合のいい皇帝陛下が欲しいのは事実だ。だが、カルヴァン殿下もライナス殿下も手強いと聞くが?」
俺はそれを聞いて資料を提示した。
「こちらをご覧ください。ライナス殿下が外国との裏取引をした内容です」
ギャンヌ伯爵がアゴに手を当てる。
「この程度では弱いね。なくはない話だし、あっても不思議ではない。証拠があってもしらを切り通すと思うよ」
責め立てなくてもいいのだ。
ライナスが裏であくどいことをしていると、宣伝すればいい。
「後ろ暗いライナスとは違い、真っ当なクレオ殿下をアピールできます。それに、この程度で追い落とせるとは思っていません。実力で帝位を勝ち取ってもらいますよ」
エクスナー男爵が冷や汗をかいていた。
自分には手に余るとでも考えているのだろう。
「何の問題もありません。矢面に立つのはクレオ殿下で、この俺が支援します。皆さんにはそれとなく協力してもらえればいいのです」
これだけの味方がいると知れば、協力を申し出てくる奴もいるだろう。
数は力である!
それにしても、悪党を集めたのだが――思ったより少ないな?
バークリー家を滅ぼした際に、一緒に消えたのが多いのだろうか?
◇
リアムが派閥の代表となり、クレオを支持すると大々的に宣伝した。
その日の夕方には、クレオのところにライナスが面会に来る。
応接間で面会する二人は、たわいない話をしていたのだが――ライナスがしびれを切らして本題に入った。
「クレオ、私はお前を誤解していた」
「どういう意味ですか?」
「立場はともかく、慎ましく穏やかに生きてくれると思っていたのだよ。だからこそ、今日まで見逃してきた」
「――そうですか」
ライナスはソファーから立ち上がる。
「今日からお前は心穏やかに眠れる日は来ないだろう」
ライナスがクレオに宣戦布告したようなものだった。
「わざわざ宣戦布告ですか? 余裕ですね、兄上」
「――調子に乗るなよ、糞ガキが」
ライナスが取り繕うのを止めた。
「バンフィールド家の小僧を味方に付けたからと調子に乗るな。たかが百名の貴族がお前に味方したからと言って、私と並んだつもりか?」
その苛立ちからクレオは察する。
「随分と苛立っている様子ですね。――何かありましたか?」
ライナスの目が血走り、何かしようと動いたところでクレオの後ろに控えていたティアが声をかける。
「見えていますよ、ライナス殿下」
ライナスが動きを止め、背筋を伸ばして部屋を出ていく。
「――皇位争いに加わったことを後悔するのだな。貴様はもう私の敵だ」
出ていくライナスを見送り、クレオはソファーに背中を預けた。
「最初から私たちは敵同士ですよ、兄上」
そんなクレオにティアがお茶を用意する。
その所作を見て、クレオはティアがどれだけ優れた人物なのかを察していた。
自身の姉も騎士としては上位の実力だが、ティアはそれ以上だ。
「クレオ殿下はライナス殿下がお嫌いですか?」
ティアの質問に困ってしまう。
「嫌い、とは違うな。お互いに立場がある。出会いが違っていれば、仲良くなれたかもしれないとは思うよ」
皇族でないか、もしくは皇族でも帝位争いをする立場になければ、とクレオも考える。
だが、無駄だ。
そんな話に意味はない。
ティアが用意した飲み物に口を付けていると、部屋にセシリアがやって来た。
亜麻色の髪はストレートロングで、リシテアとは違って女性らしい格好をしている。
おっとりとした雰囲気の女性だ。
「クレオちゃん、ライナスお兄様が怒っていたけどどうしたの?」
クレオは長女を見て不安になる。
(出来ればこの人だけは後宮から出しておきたいな)
これから苛烈な争いが始まる。
争い事に向かないセシリアだけは、何とかしたかった。
「何でもありませんよ、姉上。それはそうと、ティア」
「何でしょう?」
「――バンフィールド伯爵に一つ頼めないだろうか? 姉上の婚約者を見つけて欲しい」
クレオ自身が微妙な立場であり、その影響は姉のセシリアにも出ていた。
セシリアは皇族ながら、継承権も低い上に婚約者もいない。
ある意味、ウォーレスより立場が悪いのだ。
ティアは少し考えてから答える。
「リアム様にお伝えしましょう」
ただ、急に婚約の話をされたセシリアは、戸惑うしかなかった。
「え? えぇぇぇ!? 何で私の婚約の話になっちゃうの!?」
◇
貴族たちとの
「分かるかな、伯爵!? 自分のポスターが売られ、オマケに部下たちのロッカーに貼られていた気持ちが!!」
何やら色々と溜め込んでいるようで、悪い方に酔っていた。
「あ~、分かりますね」
気持ちなど少しも理解できない。
男のポスターを貼って楽しいのか?
エクスナー男爵はアイドルでも何でもないというのに。
俺も男だが、自分のポスターが貼られているとすれば――暗殺者の標的として、顔を覚えるために顔写真を用意される場面くらいか?
俺のポスターを持っている奴などいないだろう。
エクスナー男爵は泣いている。
「グッズを売って稼いでいる自分が情けない。おまけに、息子の婚約は決まらないし――あ、娘の修業先で受け入れる話は消えていないだろうね?」
自分のグッズを売ってまで稼ぐ商魂には脱帽ものだ。
俺もこれくらいの悪徳領主としての気概を持たねばならない。
「任せてください。しっかり預かりますよ」
そうか。
クルトは婚約者が決まっていないのか。
あいつも立場もあって大変である。
エクスナー男爵と飲んでいると、クレオ殿下に預けたティアから連絡が入った。
「失礼、部下からです。――何だ?」
席を立ち、ティアと話をする。
小さい声で「あ~、リアム様の声」とか艶を帯びた声が聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだろう。
『リアム様、クレオ殿下からの命令――ではなく、お願いがあります』
「お願い? お金の話か?」
いくら都合してやればいいのか考えていると、どうやら違うらしい。
『いえ、クレオ殿下の姉上にセシリア殿下がおられます。年齢的に百五十歳を過ぎており、そろそろ結婚していてもおかしくないのですが、立場もあってお相手がおりません』
そんなことを言われても困る。
確か、面会した際に見かけたな。
ポワポワした感じの美人さんだった。
「俺にどうにか出来ると思うのか? 婚約も婚姻も、宮廷が決める話だぞ」
『そこについては問題ありません。お相手がいないため放置されている状態です。それなので――この際、リアム様と親しい貴族様に嫁がせてはいかがかと』
ティアの提案は、セシリア殿下を使って他家に恩を売れと言っているようなものだ。
セシリア殿下は皇族であり、帝国ではこれ以上はない血筋だ。
血筋に文句を付ける奴がいれば、それこそ大問題になる。
父は皇帝陛下で、母の実家は大貴族――ただし、クレオ殿下の姉という問題があるため、貴族たちも手が出せなかった。
ウォーレスとは違い、クレオ殿下の問題さえ片付けばすぐに結婚が決まりそうな人物だな。
「――結婚か」
『はい。血筋は確かですし、気立てのいい方です。良縁があるといいのですが』
俺は酔って眠っているエクスナー男爵を見た。
「――成り上がりの家は血筋が欲しいよな?」
『心当たりがあるのですか?』
俺はエクスナー男爵を起こして話をする。
エクスナー男爵は、意識が朦朧としているが何とか話せるようだ。
「エクスナー男爵、実はクルトの結婚についてお話があります」
「クルトですか? あ~、早く相手を見つけないといけませんね~」
「俺の知り合いに、血筋のしっかりした女性がいます。年齢はかなり年上ですけど」
「年上ですか~? いや、それは流石に――クルトが可哀想かな、と」
「確かに七十歳くらいの差があるときついですね」
「七十!? ――許容範囲内では?」
え? いけるの?
でも、よく考えると、人の寿命が長い世界だ。
七十年くらいの差は関係ないのか?
――俺はちょっとためらうけど。
「ほ、本当によろしいので?」
「年上の女性はいいらしいですからね~。クルトも頼れる姐さん女房がいると――いいと思うのですけど」
グダグダになってきた。
「クルトは大丈夫と?」
「百歳差があると悩みますが、あの子もそれくらいなら大丈夫と言っていたような――気がします」
それならすぐに紹介してやるべきだろう。
「では、すぐにお見合いをしましょう。あ、お見合いと言ってもほとんど結婚前提ですけど」
「いいですな! これでようやくクルトも一人前に~あれ? 士官学校を出てからの方がいいのか?」
「それなら士官学校を卒業してから結婚ということで」
「うむ! それなら問題なし!」
俺は会話を聞いていたティアに伝える。
「クルトとの面会は可能か?」
『はい。呼び出しますか?』
「当然だ」
ふっ――友人の結婚の面倒を見てやったぜ。
血筋もしっかりしているし、美人さんだからクルトも大喜びだろう。
俺は喜んですぐに寝てしまったエクスナー男爵を見る。
「ご祝儀は期待していてください、男爵」
◇
エクスナー男爵が領地に戻ると大騒ぎだった。
「皇女殿下が嫁いでくるってどういうことですか!?」
エクスナー男爵の妻が騒いでいた。
屋敷中が大騒ぎだ。
「し、知らない。俺は知らないんだ! 酔って眠っていたら、その間にクルトの結婚が決まっていたんだ!」
「うちは成り上がったばかりの男爵家ですよ! 皇女殿下をお迎えするにしても、格が足りませんよ!」
「お、俺だって無理だって言ったんだ。そしたら、リアム君が『いける、いける!』って言うから!」
「いけませんよ! 大体、うちは貧乏なのよ!」
その話を聞いていたのは、クルトの妹である【シエル・セラ・エクスナー】だった。
銀色のゆるふわロングの髪型で、紫色の瞳の持ち主だ。
顔立ちはクルトに似ており、目鼻立ちがくっきりした美少女だ。
小柄で、スレンダーな体つきをしている。
両親の会話を聞きながら、シエルは兄であるクルトと通信で会話をしていた。
「お兄様もお可哀想に」
『え、そう? でも、せっかくリアムがまとめてくれた縁談だし、断れないよ』
嬉しそうな兄を見て、シエルは心で泣きたくなった。
(お兄様は修業先から帰ってきたら、いつもリアム、リアムと――リアム、絶対に許せない)
憧れていた自分の兄が、いつの間にかリアムのことばかり話すようになっていた。
それが妹のシエルには許せなかった。
(それにあいつ、絶対にお兄様たちが思っているような善人じゃないわ。きっとお腹の中は真っ黒よ)
クルトは嬉しそうにしている。
『それにしても結婚か。実感がわかないかな。あ、それより今度リアムに会うんだけど、どんな服を着ていけばいいと思う? やっぱり制服がいいかな?』
お見合いをするのに、相手ではなくリアムのことを気にしている兄を見てシエルは泣いてしまった。
『お土産は何が良いかな? リアムが喜ぶお土産と言えば――』
嬉しそうなクルトから目をそらし、シエルはそっと通信を切った。
「――お兄様、必ず目を覚まさせてあげます。それまでお待ちください」
シエルはリアムの化けの皮を剥がそうと決意するのだった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が極悪人に勘違いされて辛いです。リアム様は極悪人ではありませんぞ! ――ちょっと勘違いしているだけです」