ルストワール統合政府
商船の一団を率いてきたパトリスは、宇宙港でルストワール統合政府の役人と面会していた。
二人は握手を交わす。
「ニューランズ商会のパトリス様ですね。お待ちしておりました」
「こちらこそ」
統合政府は、いくつもの民主主義国家の集まりだ。
帝国のような貴族政治は行っていない。
帝国よりも人工知能に頼る割合が大きく、軍隊に人型兵器はあっても騎士はいない。
統合政府からすれば、帝国など時代錯誤の政治体系だ。
そんな統合政府の役人が、パトリスの到着を待ち望んでいた。
役人に案内されて取引を行う部屋へと向かう。
そこに待っていたのは統合政府の役人だけではなく、政治家や軍人たちの姿があった。
「そうそうたる面々ですね」
パトリスがそう言うと、軍人たちは苦々しい顔をする。
そんなパトリスの護衛として随伴しているのはマリーだ。
(将官クラスが取引の場に来ている? かなり焦っているのか?)
パトリスが席に着くと、マリーはその斜め後ろに立った。
案内をした役人がこの場を仕切る。
「こちらも急いでいますので、早速取引の内容を確認しましょう。そして、今後とも継続的に取引を――」
「それは保証できませんね」
パトリスが継続的な取引を断ると、この場にいる統合政府の面々が殺気立つ。
随分と焦っているのは分かっていたが、かなり追い詰められている様子だ。
「――理由をお伺いしても?」
「こちらの商品を揃えたのはバンフィールド伯爵です。伯爵は大義なき陣営に加担することを嫌っておられる」
それを聞いた軍人の一人が拳を振り下ろした。
「ヌケヌケとよくも!」
「待ってください! ――失礼しました。そちらは状況がまだ理解できていないのですね」
怒りをあらわにする軍人を周囲が押しとどめていた。
役人が今回の内乱の経緯を語る。
「統合政府に加盟している国々の中に、独立して新しい星間国家を立ち上げる動きがありました」
それ自体は珍しい話ではなく、帝国にも時々そうした動きがある。
すぐに鎮圧されるのがオチとなるが、統合政府はまた事情が異なる。
「独裁者が誕生して独立を宣言したならば、我々も即座に鎮圧します。ですが、民主主義により独立が決められた場合、我々では簡単には手が出せません」
軍隊を率いて無理矢理従わせるような相手なら、統合政府もすぐに鎮圧する。
だが、民主的に選ばれたリーダーが独立を宣言すると困るのだ。
それが民主主義により選ばれてしまった結果だから、だ。
パトリスは面白そうに話を聞いている。
「帝国とは事情が違いますね」
「――はい。そして、独立を主張する国家が集まり、統合政府に戦争を仕掛けてきました」
マリーは後ろで話を聞きながら、ピースが埋まっていくのを感じ取った。
(帝国が支援したか。いや――帝国の誰かが、かな?)
「彼らの使う兵器は偽装されていますが、帝国の物であると調べはついています」
空中に投影される映像を見て、マリーはすぐにどこの兵器工場が建造した艦艇かを割り当てる。
(これは――第一兵器工場か? 第二兵器工場も関わっているな。それも新型じゃないか)
バークリー家に味方した兵器工場の艦艇だった。
バークリー家が滅ぼされ、彼らの艦艇が統合政府に流れ着いてしまったようだ。
(こんなことが出来るとすれば、帝国でもかなり上の立場の人間が絡んでいるな)
パトリスは興味深く映像を見ていた。
「その独立したばかりの国家を支援しているのが帝国である、ということですね? それで皆さんがお怒りのわけだ。ですが、それを私にぶつけられても困りますよ。私は商人です。それに、私の後援者であるバンフィールド伯爵はあなた方の敵を支援していません」
役人も理解しているようだ。
「はい。ですが、問題なのは各地で独立の気運が高まりつつある事です。統合政府の軍隊は不用意に動けず、各地を監視していて戦力を思うように集められません」
だが、敵は最新鋭の武器を揃えて周辺を武力で制圧していた。
パトリスが問う。
「――敵を支援している方の名前は?」
役人が少し困りつつも「可能性としてもっとも有力なのは」と言いながら答える。
「帝国のライナス殿下と考えられています。正確に言えば、その関係者が動いているとこちらでは情報を得ています」
マリーはそれを聞いて、目を大きく開き
(ロゼッタ様が悩まれていたのはこのことね。それにしても面白くなってきたわ)
パトリスが小さく溜息を吐く。
「――ライナス殿下、ですか。さて、まずは持ち込んだ商品の取引をはじめましょうか」
◇
ヘンフリー商会の宇宙船がやって来たのは、オクシス連合王国だった。
星間国家としては帝国と似ており、王国が集まり共和政治を行っている。
トーマスは以前に連合王国で商売をしており、その伝を使って貴族の一人と面会していた。
パイプを吹かす貴族は、トーマスに連合王国の内情を暴露する。
もちろん、トーマスが多額の金を支払った後に、だ。
「帝国のライナス皇子が連合王国を構成する複数の国家に支援をしている。ライナス皇子が皇帝になった際は、係争地を連合王国に譲るという裏取引があってね」
「裏取引ですと!?」
驚いてみせるが、そのような話があっても不思議ではなかった。
そもそも、帝国の領地は広い。
少し削れたところで、ライナスには痛くも痒くもない。
そもそも、譲る領地も貴族の物で、本来ではライナスが自由に出来る土地ではなかった。
「連合王国内で裏取引をした連中が勢いを付けている。国内の小競り合いも増えているから、必要な物資をかき集めているのさ。うちにも商売に来なさい。安くしてくれるのだろう?」
当然のように安く売れと言ってくる貴族に、トーマスは情報料代わりと割り切って納得して見せた。
「ライナス皇子に与している国が分かりますかな?」
「君、国と貴族は別だよ。私が仕えている国もライナス皇子に協力しているが、私個人は違うからね」
トーマスは信用できなかった。
「――ライナス殿下が積極的に動いているのですね」
「連合王国としては、支援を受けられ係争地も得られる。帝国でライナス殿下が即位すれば、利益も大きいからな」
どこか他人事のように言っている。
ただ、貴族も首をかしげていた。
「ただ、今までは帝国が干渉しているからといって、ここまで荒れることはなかった。タイミングの問題もあるだろうが、今回は小競り合いが長引きそうだよ」
おかげで懐事情が苦しいと言う貴族に、トーマスは更にたかられるのだった。
◇
帝国大学。
講義を受けている俺は、隣で日々やつれて行くウォーレスを横目で見る。
「――毎晩朝まで飲むと体に悪いぞ」
そうは言っても、この世界には優れた薬がある。
二日酔いなどすぐに治る薬もあるから、浴びるように毎晩飲んでも大丈夫だ。
そもそも、肉体からして強化されているので問題ない。
ウォーレスがやつれているのは、精神的な問題だ。
「放っておいてくれ。どうせ私はすぐに殺されるんだ。暗殺者を向けられて、病死として扱われ消えていく――ふふ、これがその他大勢の皇族の末路さ」
悲観的すぎて嫌になる。
「お前にも護衛を付けているから安心しろよ」
「皇族のドロドロした歴史は長いんだ。その長い歴史の間に、特殊な暗殺集団がいくつも生まれている。リアムは強いけど、それだけじゃ勝てない相手もいるって気付いた方がいいよ」
嫌な理由で誕生した暗殺集団だな。
ふむ、俺ももっと自分の護衛には金をかけるとしよう。
悲観しているウォーレスを慰めていると、緊急の報告が送られてきた。
それをすぐに確認すると、外国で活動しているトーマスとパトリスからだった。
ついでに、マリーからの報告もある。
トーマスからの報告では、オクシス連合王国内でライナスが関わっている動きがあるらしい。
あいつも悪い奴だな。
それよりも、連合王国だ。
味方の情報を売る貴族がいるとか、気に入った!
トーマスには、そのまま味方を売る貴族と繋がりを持つように指示を出しておく。
ただし、ライナスは敵なので、ライナスが協力している国と敵対している国を支援するように付け加えておく。
パトリスからの報告は――ルストワール統合政府で独立気運が高まっており、それを支援しているのがライナスらしい。
こいつはどこにでも名前が出てくるな。
帝国としては独立しそうな国を支援したいところだが、俺個人の考えではライナスは敵なので統合政府に力を貸そう。
帝国のことなど一切考えず、身勝手な判断をする自分が恐ろしくなってくる。
俺も悪徳領主として少しは自覚が出て来たようだ。
マリーの報告を読む。
そこにはどうでもいいことが書かれていた。
「何だこいつ。誰がオカルト話を報告しろと言った?」
マリーの報告書には、どうにも帝国が介入したために周辺国で争いが起きているとは考えられないと書かれている。
これまでにも他国に干渉もしてきたし、干渉されてきた歴史がある。
今までにも普通にある事だ。
だが、今回ばかりは何かがおかしく、裏で何か動いている気がすると書かれていた。
陰謀論でも考えているのか? 馬鹿馬鹿しい。
年がら年中戦っているような世界だ。
たまたまタイミングが噛み合っただけだろう。
そんな裏で動いている――いや、待て。
ここで一つの可能性に辿り着いた。
俺が皇子たちと争おうとしているタイミングで、周辺国で動きが出た。
「ま、まさか!」
俺は大声を出しそうになり、自分の手で口を塞ぐ。
思わずニヤけてしまいそうになった。
俺にとって都合が良すぎるタイミング――この働きの裏には奴がいるはずだ。
そう、案内人だ!
「どうした、リアム?」
ウォーレスが疲れた顔で俺を見てくるので、とびきりの笑顔を見せてやった。
「喜べ、ウォーレス。どうやら俺の勝ちが確定したぞ」
「寝ぼけているの?」
俺が真剣なのをまったく理解しないウォーレスの頭を引っぱたいてやった。
◇
「かんぱ~い!」
そこは薄暗く高級感漂う飲み屋だった。
着飾った女性たちがリアムの周囲に侍り、酒を注いでいる。
そんなリアムの近くには、泣きながら酒を飲んでいるウォーレスの姿があった。
「ちくしょうぉぉぉ!」
やけ酒である。
「ウォーレス、せっかく高級店に来たんだからもっと楽しめよ」
「楽しめないよ! 全然楽しめないの!」
暗殺の危機に怯えているウォーレスは、酒で気を紛らわせていた。
皇族として生まれ、いかに暗殺が高度化しているのか知っているためだ。
さて、ここで思い出して欲しい。
もっとも過激な時代に帝国の裏で暗躍していた集団はどこにいるのか?
二千年前に増えすぎた皇族たちによる、血みどろの争いが長く続いた時代があった。
そんな時代に活躍した裏の集団は――最後に、雇い主である皇帝から裏切られ、石にされたのだ。
リアムたちが騒いでいるテーブルから、一人の女性がトイレに向かう。
トイレで一人になると、その女性は小さな鞄の中から針を取り出した。
「――馬鹿な男。剣の腕だけで生き残れると思っているのかしら? 男を殺すのに、強さなんていらないのよ」
そう言ってリアムのもとに戻ろうとすると、目の前に大きな壁が立ちはだかる。
黒い壁は笑っていた。
「その意見には賛成ですよ。ただ~し、あの方を殺すにはその程度の針では届きませんけどね~」
楽しそうに笑っている大男は、仮面を付けてローブ姿だった。
ローブが揺らめき、女性が声を出そうとすると後ろから手で塞がれる。
後ろにも似たような仮面を付けた女がいた。
仮面の女が女性の顔を剥ぐと、そこには違う顔があった。
仮面の男――ククリが女性に顔を近付ける。
「変装もお粗末ですね。やはり、色々と失伝しているようだ。我々の時代では考えられない技量ですよ」
女性が何とか抜け出そうと関節を外して体を柔らかくするが、羽交い締めにしている仮面の女から離れられなかった。
仮面の女の皮膚が、体に吸い付き離れない。
そして、ゆっくりと三人が床に吸い込まれていく。
「ん~!」
抵抗する女を見ながら、ククリは興味深そうにしていた。
「弱体化したと考えてもいいですが、違った技術を身につけている可能性もある。ふむ、君には色々と聞きましょう。何しろ、我々には二千年のブランクがありますからね」
女が何かしようとすると、仮面の女が意識を奪い取った。
「――これが今の皇帝に仕える暗部でしょうか?」
仮面の女の素朴な疑問に、ククリは困ったように答えるのだ。
「質が落ちたのでしょうかね? まぁ、我々とは違う方向に進んだのかもしれません。その辺りもゆっくり調べましょう。あ、お前はこいつに成り代わってリアム様のお相手をしなさい」
「はい」
仮面の女が沈み込むのを止め、そして肉体を変化させると先程の女性に姿を変える。
そして、女性の頭部を掴んで魔法を使用する。
女性がガクガクと震えだし、そして泡を吹き始める。
「――どうやら末端のようです。ろくな知識も技術もありません」
女性から記憶を読み取った部下の答えに、ククリは残念そうに肩を落とした。
「リアム様の命を狙うのに、こんな下っ端を送り込むとは予想外でしたね。まぁ、いいでしょう。では、後は頼みますよ」
女性とククリが消えると、仮面を外した女が衣装すら一瞬で着替える。
すると、足音が聞こえてきた。
男性スタッフだ。
「キャサリン、早く戻ってよ~。今日のお客様は怒らせたくないからさ~」
猫なで声の男性スタッフに、女は少し苛立ちながら答える。
(こいつは気の強い女と成り代わったから、ここでの受け答えは――)
「分かっているわよ! もう、あっちに行って!」
「もう、いつも刺々しいんだから~」
男性スタッフが去って行くと、女もリアムのもとへ向かう。
ブライアン( ・ω・)「キャッサリ~ン」