五章プロローグ
アルグランド帝国の首都星。
そこにある後宮は、一つの都市だった。
皇帝陛下の家族が住むその場所には、そこで全てが完結するように何でも揃うようになっている。
皇帝陛下の家族を支えるために、何百万人という人間が仕えていた。
そんな後宮にある高層ビルの一つには、継承権第三位を持つ皇子が暮らしていた。
名前を【クレオ・ノーア・アルバレイト】。
赤毛の髪をショートヘアーにしているが、右側だけ長めにして肩にかかるようにいる。
中性的な顔立ちをしており、とても美しい――男性に見える。
上半身裸で、ズボンを穿いているクレオは窓の外を見ていた。
年齢は成人したばかりで、十三歳前後の姿に見える。
そんな弟の姿を後ろから見ているのは、少し癖のある髪をポニーテールにしている姉の【リシテア・ノーア・アルバレイト】だ。
女性でありながら背が高く、鍛えられた体の持ち主だ。
皇族というよりも、騎士らしい格好をしている。
実際、リシテアはクレオの騎士として側にいた。
「クレオ、上を隠したらどうだ?」
姉の小言に振り返るクレオは、細身ながら鍛えられた上半身を見る。
中性的だが、胸はなく男であると分かる。
「見られても恥ずかしくありませんよ。俺は男ですからね」
言われて納得するリシテアだが、それでも弟に服を着るように頼むのだ。
「いつまでも上半身裸でいるのはどうかと思うぞ。それより、バンフィールド伯爵から返事が来た。――面会するそうだ」
クレオはそれを聞いて、また窓の外を見る。
「そうですか」
自分から声をかけておいて、あまり興味がない態度を見せている。
そんなクレオに、リシテアは態度を改めるように言う。
「お前の気持ちも分かるが、面会してくれる者も少ない。あまり態度に出すなよ」
クレオは自嘲する。
「俺のような立場の人間を見て笑いたいだけかもしれませんからね。実際、そういう連中も多かった」
クレオが暮らしている高層ビルだが、そこには建物の割に人が少なかった。
継承権上位の皇子たちが暮らしている場所は、どこも人が多く面会を求める者たちで毎日行列が出来ている。
それなのに、継承権第三位という立場にありながら、クレオの暮らしている場所には訪れるものが少なかった。
それはクレオの特殊な立場が影響している。
「まったく――母上にも困ったものですね。いつまでも現実を受け入れられず、こうして醜くあがいた結果を子供に押しつける」
リシテアは何も言い返せなかった。
今の自分たちの状況を考えると、母親どころか皇帝にすら文句を言ってやりたい。
だが、言った瞬間に自分たちの首が飛ぶだろう。
そして、このまま何もしなくても明日の命が危うい状況にある。
「クレオ、何としても力のある貴族を味方に付ける必要がある」
リシテアは弟を説得する。
「分かっていますよ」
「ならばもっと真剣になれ! それに、バンフィールド伯爵は若いが実力だけではなく、高潔な精神の持ち主と聞く。事情を知れば、お前に力を貸してくれるはずだ」
クレオは俯いて笑い出すと、自分を抱きしめた。
「このような道化に力を貸す貴族がいるとでも? 母上の実家すら俺を見捨てたのですよ。期待するだけ無駄です」
継承権第三位――この地位は、言ってしまえば皇帝のお遊びだ。
それを知っている貴族たちは、誰もクレオの派閥に入ろうとしない。
むしろ、せせら笑っている。
そんなクレオたちが、頭角を現したリアムに接近したのは――簡単に言えば、後継者争いの激化である。
バークリー家が倒れ、各地でその影響が出ている。
その余波は後宮にも届き、派閥の再編が進められていた。
そうなると、このチャンスを活かして継承権を上げようとする者も出てくる。
クレオの持つ名ばかりの継承権も、他の誰かが持てば意味が変わってくるのだ。
クレオもリシテアも、
ただ、それでも自分たちを助けてはくれないだろうと、半ば諦めている。
「それに姉上――兄上たちがバンフィールド家を取り込む準備を進めています」
それを聞いたリシテアが目を見開く。
「継承権一位と二位のあの方たちが? 実力はあるだろうが、二人がわざわざ接触するとは思えないが?」
皇位継承権第一位の皇太子は【カルヴァン・ノーア・アルバレイト】だ。
カルヴァンには多くの貴族たちが派閥におり、もっとも皇帝に近い男と言われている。
だが、皇族の歴史を見れば、その程度の下馬評など当てにならない。
第二位の【ライナス・ノーア・アルバレイト】など、露骨に皇帝の椅子を狙っている男だ。
少しでも邪魔になりそうな存在がいれば、これまでに何度も蹴落としてきた。
そんなライナスでも、カルヴァンを蹴落とすのは難しいようだ。
派閥の大きさやら、色々な状況もあって継承権第一位から第三位までは落ち着いていた。
しかし、バークリー家が滅び、宮廷も浮き足立っている。
これを見逃すライナスではないし、カルヴァンも必死に守りに入るだろう。
結果――力のある貴族を二人が求めた。
それがリアムだ。
クレオは自分の力のなさが恨めしい。
「後手に回ってしまいましたね」
◇
『リアム様が無事に帝国大学へと入学され、このブライアンは感激のあまり涙が止まりませんぞぉぉぉ!』
空中に浮かぶ映像で泣いているのは、執事のブライアンだった。
首都星暮らしの俺と通信で会話をしている。
俺は私服姿でソファーに座りながら、ブライアンの泣き顔を見ていた。
「朝から五月蠅い奴だな。その話は何度目だ? もう入学式も終わって、大学に通っているのに、いつまでも泣くんじゃない」
すぐに泣いてしまう俺の執事って大丈夫なのだろうか?
ただ、ブライアンも仕事はしっかりしているらしい。
俺の屋敷をちゃんと管理している。
『何を言われますか! 士官学校を無事に卒業されたのならば、残すは帝国大学で学び、文官として働くのみ! その後は領地に戻っていただき、領内の発展に尽力してもらわねばなりません』
講義まで時間もあり、朝からノンビリと過ごしていた。
天城が用意したお茶を飲みつつ、ブライアンとの会話をしている。
「そうだった。それよりも、領内は順調に発展しているんだろうな?」
ブライアンが何度も頷き、喜んでいた。
『もちろんでございます! リアム様が修行中の間も、領内は発展しておりますぞ。詳しい数字は資料をご確認ください』
俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「楽しみだな」
『リアム様が戻ってこられるのを、領民一同がお待ちしております!』
何も知らずに領民たちは浮かれているようだ。
お前らの主人が悪徳領主とは知らずに、間抜けにも俺の帰りを待っているらしい。
俺【リアム・セラ・バンフィールド】は転生者だ。
このファンタジー世界に転生し、悪徳領主を目指している悪人である。
前世で善行がいかに無駄かを学んだ俺は、生きている間に自分が楽しむことだけを考えて動いている。
そのために――俺が領地にいない間は、領内の発展に力を入れていた。
いずれ領地に戻ったら、肥え太った領民たちから搾り取るためだ。
今から楽しみで仕方がない。
俺が意味ありげに笑みを浮かべながら、お茶を飲んでいるとブライアンがぶっ込んでくる。
『ところでリアム様、ユリーシア様はいつ正式に側室として迎えられるのですか?』
「ぶっ! ――な、何の話だ!?」
ユリーシア――元第三兵器工場のセールスレディみたいな立場で、軍に戻って特殊部隊に入った変わり者だ。
その理由が、俺に告白された後にふりたいという理由だった。
非常に残念な娘だが、今はふるよりもこのまま愛人コースでよくね? と、考えを改めたのか、俺のところで世話になっている。
だから、俺は正式にあいつを側に置くつもりはない。
ないのだが、俺から誘ったために話がややこしくなっていた。
『違うのですか?』
振り返って天城を見れば、俺が噴きこぼしたお茶の片付けを始めている。
「あ、天城!? お前からも説明しろ。アレは勘違いだ、と」
天城は俺の顔を見て、そして微笑む。
その微笑みがどうにも怖い。
まるで妻に「あの女との関係は誤解なんだ!」と、弁解しているみたいだ。
「よろしいのではないでしょうか? そもそも、リアム様はハーレムを用意すると言いながら、実質一人も抱いておりませんからね」
「お前がいるじゃん!」
「ノーカウントです」
「嘘だろ!?」
「いえ、事実です。リアム様はまだ清い体ですよ」
「――俺はまだ清い体だったのか」
天城に笑顔で返された俺は、ここで驚きの真実に気が付いてしまう。
つまり俺って――今世では童貞なのか? と。
フリーズ状態の俺に、ブライアンが急かしてくる。
『ロゼッタ様とご婚約中であるのは理解しますが、バンフィールド家は跡取り不在の状況ですぞ。ここは多少はしたなくとも、まずは跡取りを用意するのが貴族としての務めでございます』
「うるっせーよ! そんな理由で子供を作れるわけないだろ!」
『そんな理由とは何ですか! リアム様に万が一のことがあれば、バンフィールド家は潰れてしまうのですぞ! それをそんな理由などと! こちらは本気で心配しているのです! それなのに、どうして生身の女性に手を出してくださらないのか!』
本気で怒ってくるブライアンに、俺は言い返せなかった。
俺は好き勝手に生きたい。
誰の命令にも従いたくない。
しかし、本気で心配しているブライアンを前に、関係ないとも言えない。
「か、考えておくから、この話は保留だ」
『そうやっていつも逃げる! リアム様、このブライアンは心配で夜も眠れませんぞ。それに帝国大学ともなれば、一発逆転を狙う者たちも――』
俺はブライアンの小言が嫌になって通信を切った。
汗を拭う。
「――俺のハーレムは厳選されるべきだ。その程度の理由でユリーシアのハーレム入りを認められるものか」
そう。俺のハーレムは選び抜かれた精鋭たちを用意することになっている。
ユリーシアみたいな残念娘を、少し可愛いからといってハーレム入りなど認めない。
天城が新しいお茶を用意していた。
「その言い訳は、通信が繋がっている際にするべきではないでしょうか?」
天城からの視線に耐えられない俺は、お茶を一気に飲み干してから立ち上がった。
「もう大学に行く」
天城が頭を下げてきた。
「かしこまりました。車を用意させます」
どうして俺は、朝から自分のハーレムのことで執事に小言をもらわないといけないのか?
それも、駄目というのではなくさっさと増やせ、である。
理解に苦しむ。
真面目な執事なら、主人の女遊びを注意して品行方正を心掛けろ! くらい言うはずだ。
「こうなれば、大学で美人を数人ひっかけるか?」
天城とブライアンを黙らせるために、女遊びでもしようかと考えて――俺は気付いた。
どうして言い訳のために女遊びをしようと考えているのか?
第二の人生、俺は我慢をしないと決めているのだ。
もっと堂々と遊べばいいのである。
我ながら肝っ玉が小さくて嫌になる。
「天城、ウォーレスを呼べ」
「ウォーレス殿ですか? しかし、まだ起きていないかと」
昨日朝帰りをしてきたらしく、まだ眠っているらしい。
俺に黙って遊んでくるとは、本当に腹が立つ。
「叩き起こせ!」
ウォーレスを使って合コンを開こう。
毎日のように女遊びを繰り返し、ロゼッタを困らせてやる。
どうしてこんな男と結婚したのかと、後悔させてやるのだ!
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。女遊びをしないリアム様が、真面目すぎて辛いです」