モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第5話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 魔法大学付属高校は一高から九高までの全校とも、9月1日から第2学期が始まる。

 これは九校戦の開催に伴うカリキュラムの統一に基づいており、普通科高校に見られる地域差は魔法科高校において存在しない。北海道の八高から九州熊本の九高まで、各学期の始まりと終わりは同一だ。

 金沢に所在する第三高校も例外ではなく、新学期初日を1週間後に控えたこの日、最寄りの駅前には制服姿の三高生が散見された。

 

 正門へと続く道を歩きながら、栞は相変わらずの夏空に小さくため息を吐く。

 暦の上では秋が始まって3週間が経過したのだが、気温が下がる気配は未だ遠い。朝から汗ばむ陽気となった今日も真夏日まで上がる予報で、屋内暮らしが続いた栞にとっては辟易する暑さだった。

 

 九校戦が終わり本格的な夏休みに突入してからというもの、栞は研究協力のために大半を金沢魔法理学研究所で過ごしていた。

 一色家の計らいで十七夜家へ養子に出た栞にとって研究への協力は欠かせない要件であり、同時に自身の特異な演算能力を高める絶好の機会だ。提携企業からの派遣技師と話すこともできるため、出来る限りの時間をそこに費やしてきた。

 

 そうして本職の研究員以上に缶詰め状態となっていた栞へ『最後の1週間くらいは』と半ば強制的に休みを与えられたのが一昨日のこと。

 週末には愛梨や沓子とのバカンスの予定もあり、ならば気遣いに甘えてと自宅でゆっくり過ごすつもりだったのだが、蓋を開けてみればこうして学校への道を歩いている。

 

 予定変更のきっかけとなったのは一本の電話。

 昨晩遅くに掛かってきたそれは、ゆっくり読書でもと考えていた栞の足を学校へ向けさせるに十分な内容だった。

 

(論文コンペと特殊相対性理論に何の関係があるのかしら)

 

 通話越しに囁かれた忠告はいやに具体的で、しかし裏にある意図を語ろうとはしなかった。世に広く知られた理論とそれを利用した魔法研究の論文を勧めておきながら、それらが何の役に立つのかはわからないままだ。

 

 都合よく利用されていることはわかっていて、それでも愛梨の為になるならと忠告に沿うことを決めた。

 予定を変えて学校へ向かうのは、魔法大学付属校の図書館でしか閲覧できない資料のためだ。

 

 夏休み前よりも少しだけ静かな通りを栞は黙々と歩く。

 駅を出て10分ほどが経つと、やがて角の向こうに正門が見えてきた。片側だけが開かれた門扉の脇には守衛が立ち、招かれざる客の侵入に目を光らせている。

 

 軽く会釈をして通過し、構内の端にある図書館へ足を向ける。

 と、丁度本棟前の階段を降りる親友の姿が目に留まった。

 

「おはよう、愛梨」

 

 声を掛けると愛梨は少し驚き、間もなく表情を綻ばせた。

 

「あら栞、おはよう。今日は家で休むと聞いていたけど、何か用事でも?」

 

「図書館へ少し。調べものがしたくて」

 

 栞の答えに、愛梨は何とも言えない苦笑いを浮かべた。

 ハードワーク癖のある親友に心配と呆れはあるものの、愛梨自身も何かと根を詰めがちな似た者同士。栞の気持ちは十分に理解でき、だからこそ諭すような真似はしなかった。

 

「なら、途中まで一緒に行きましょう。私も急ぎの用というわけではないから」

 

 促す愛梨へ頷いて、栞が隣に並ぶ。

 図書館へ向かう2人の足取りは、授業で移動する時よりも緩やかだった。

 

 

 

 

 

 

「――そういえば、今朝のニュースは見た?」

 

 図書館までの道すがら、唐突に投げかけられた問いへ栞は記憶を探る。

 昨晩から今朝家を出るまでに見た報道の内、愛梨がニュースと呼んで持ち出すほどのモノはどれか。FLTによる飛行デバイスの市販モデル発表も栞にとっては興味深いことではあるが、愛梨の立場を考えればもう一方だろう。

 

「中学生が反魔法主義の集団に襲われたっていうアレ?」

 

 顔を戻すと、愛梨は笑みを浮かべて頷いた。

 

「ええ、そう。昨日、有明で起きた事件のことよ」

 

 どこか高揚すら滲ませた愛梨が「どう思うか」と視線で問いかける。

 言葉足らずな意図を付き合いの深さで察して、栞は数秒考えた末に口を開いた。

 

「悪質な犯行だと思うわ。メディアによって文面に差異はあるけれど、多数で取り囲んだ上にCADを奪って、脅迫紛いな主張をぶつけたことは間違いない」

 

 昨晩の第一報から今朝語られた続報までを加味して答える。

 紙面によっては反魔法師主義の側を擁護するものや、被害者の挑発行為を槍玉に上げるものもあったが、大半は加害者側の過剰な行動を批判する内容となっていた。

 

「違いがあるとすればその後かしら。ただ事実だけを綴った記事もあれば、背景に触れた記事もある。中には魔法師排斥運動に肯定的なものもあったから、良くも悪くも反魔法主義の主張に関心が集まってしまった」

 

 そう言って意見を締めくくると、愛梨は真剣な表情で首肯した。

 胸の前に組んだ手を(おとがい)に当て、僅かに俯いた格好で続ける。

 

「私も同じ印象を抱いたわ。事件そのものには憤りを覚えるけれど、同じくらい反魔法主義の動向が気掛かりになった。最近になって彼らの活動が盛んになっているのも、どうやら無関係ではないようだし」

 

 呟かれた言葉に、栞は目敏く反応した。

 

「それは一色家の調べで?」

 

 昨日有明で起きた事件を含め、反魔法主義活発化の兆候は随所に見られていた。これまで散発的に起きていた抗議デモは頻度を増していて、海を隔てたUSNAではそれがより顕著に表れている。

 

 極一部を除き大きな情報網を持たない栞でもそれは推し測ることができる。

 けれどそれを愛梨が――『一色家』の娘が口にしたとなれば推測に留まらない。

 

「十師族以下、師補十八家に対して触れ出されたことよ。といっても、表向きは政治団体に過ぎないから手出しはできないけれど。今回の一件も末端の支援者が暴走しただけで、中核組織にはほとんど影響がないそうよ」

 

 正解とばかりに口角を上げた愛梨は、不承不承の体を装って呟く。

 師補十八家の立場を引き合いとしたポーズに栞はくすりと笑みを零した。

 

 学内の、それも周囲に人がいない状況だからこそできるやり取りだ。

 他人の目がある前では『一色の娘』として振る舞っていて、栞や沓子、水尾などの前でだけ愛梨はこうした悪戯心を見せることがあった。

 

 数日会わない間にストレスが溜まっているのかもしれない。

 聡明が故に推察が加速し始めた栞へ、愛梨は諫めるように待ったを掛けた。

 

「問題なのはここから。有明で捕まった連中だけど、アンティナイトを使ったそうよ」

 

「……アンティナイトって、キャストジャミングの? 本当に?」

 

 栞の反応は愛梨が期待した通りのものだった。

 親友の注意が自身へ戻ったことを確認して、愛梨は密かに笑みを浮かべる。

 

「けれど、あれは世界でも極僅かにしか産出しない軍用物資よ。用途と目的はともかく、政治団体に過ぎない人間主義者の、それも末端の構成員が持っていたなんて」

 

 一方で、栞は投下された新情報へ考察を巡らせるのに忙しく、愛梨の笑みには気付かなかった。

 頼もしく、そして微笑ましく見られているとも知らずに、報道から得た知識と新しく知らされた情報を織り交ぜた栞が一つの仮説に辿り着く。

 

「まさか、彼らの背後にいるのは……」

 

「さすが栞ね。自力でその可能性に思い至るなんて。私は独りじゃわからなかったわ」

 

 ハッと目を見張った栞へ、愛梨は心からの称賛を送った。

 

 限られた情報とヒントから背後関係を推測してみせた栞なら、不穏さが理由で口外を控えさせられたことも冷静に受け止められるだろう。

 栞の沈着で聡明な人柄を見込んで、一段声を潜めた愛梨が続きを語る。

 

「そう。彼ら反魔法師主義団体の中には、対立国の支援を受けている組織があるわ。具体的に何処がというのはわかっていないけれど、大陸と繋がりのある者がいることだけは判明している」

 

 語り口の変化を察して、栞の表情が冷たく引き締まった。

 黙したままそっと距離を詰め、視線は前へ向けたまま静かに耳を傾ける。

 

 肩を寄せた栞をちらと横目に覗き、やがて愛梨は話の核心を囁いた。

 

「アンティナイトの出処は大亜連合。日本の反魔法師主義を扇動してキャンペーンを行い、国内での魔法師の立場を揺るがすのが連中の目的だと、それが師族会議の見解よ」

 

 極小さな声で囁かれた内容は栞に小さくない衝撃を与えた。

 

 大亜連合――大亜細亜連合は前身にあたる中国が東南アジア北部、朝鮮半島を征服して誕生した東アジア大陸国家だ。第三次大戦以降日本との講和は結ばれておらず、国際法上の交戦国に当たる。

 実際、過去に佐渡へ侵攻した事件に加え、3年前の沖縄侵攻も大亜連合によるもの。暗黙のうちに停戦状態となっているとはいえ、いつまた侵攻を企図するかわからない対立国と認識されているのがこの大国だった。

 

 大亜連合の潜在的な脅威は知っている。

 とはいえ、実感があったかと問われれば答えは否だった。

 

 しかし愛梨の言葉を聞いて、対岸の火事が間近に迫ってきたかような感覚に栞は自ずと目を鋭く細めていた。

 

「――仮に師族会議の見解が正しいとして、けれどそれだけじゃ決定打にはならないんじゃないかしら」

 

 腕を組んで考えを口にする栞へ、愛梨はゆっくりと頷いて後を引き継いだ。

 

「ええ。私もそう思う。魔法師排斥の声が大きいUSNAならともかく、日本ではそれほど大きな活動には至っていない。政府や軍の認識を揺るがすほどの影響はないわ。だから目下の疑問はそこじゃなくて――」

 

「どうして今なのか、ね」

 

 当主である父から話を聞き愛梨自身が抱いた問いを、栞はピタリと言い当てた。

 愛梨の口元にふっと笑みが浮かび、穏やかになった声音で最後までを語る。

 

「何かきっかけがあったのならともかく、九校戦後のこの時期に動き出す理由はわからない。もしかしたら何か別の理由があるのかもしれないけれど」

 

 何故、今なのか。

 愛梨と話しながら考えを巡らせて、しかし栞にも見当はつかなかった。

 

「……これ以上は考えても無駄ね。実際、師族会議でも明確な理由はわからなかったそうよ。それよりも、昨日の事件について興味深いことを聞いたの」

 

 軽くため息を吐いて、愛梨はふっと表情を和らげる。

 まるで重苦しい雰囲気を払拭するかのように、振り向いた愛梨は声を弾ませた。

 

「アンティナイトを使ったキャストジャミングが魔法師を無力化できることは知っているわよね? 非魔法師にも使える効果的な魔法妨害の方法だということも」

 

「……ええ。無秩序なサイオンノイズでイデアを満たすことで、魔法の発動を妨害すると聞いているわ。対処するにはジャミング波の発生を止めるか、イデアに充満したノイズを晴らすしかないとか」

 

 あからさまにも思える口調の変化に戸惑いつつ、知る限りを答える。

 すると愛梨はわざとらしい手振りと一緒に再度語り始めた。

 

「そのキャストジャミングが昨日の有明でも使われた。多勢に無勢とはいえ、魔法資質のある被害者が一切抵抗できなかったのもそれが理由よ」

 

 報道では語られなかった内容に一転して栞の興味が引かれる。

 未だ感じる違和感はひとまず脇へ置き、愛梨の語り口に耳を傾けた。

 

「怪我がなかったのは不幸中の幸いね。尤も、それは被害者を助けに入った人がいたからだけど」

 

 愛梨の声は傍からでも判るほどに高揚していた。

 気付かぬは本人ばかり。無自覚に盛り上がった愛梨は、興奮冷めやらぬ様子で聞き知った事情を語る。

 

「被害者の救援に駆け付けたのは魔法師だったそうよ。驚くことに、キャストジャミングを吹き飛ばす魔法を使ったんだとか。高密度に重ねたサイオンを全周へ放出して、イデアに満ちたノイズを吹き飛ばしたんですって」

 

 高密度に重ねたサイオンを放出し、ノイズを吹き飛ばした。

 それを聞いた栞の脳裏に、すぐさま一つの魔法が思い浮かんだ。

 

「愛梨、それってもしかして――」

 

「《術式解体(グラム・デモリッション)》によく似ている、でしょ?」

 

 心底から楽しそうに語るその顔を見て、栞はなるほどとため息を吐く。

 呆れが由来のため息は長く、真剣に耳を傾けていた栞から緊張と気力の双方を奪っていった。

 

「助けに入ったのは『彼』だって、愛梨は考えているのね」

 

 道理でテンションが高いわけだ。

 本棟前で顔を合わせた直後から感じていた疑問がようやく解消された気分だった。

 

「《術式解体》を使える魔法師なんてほとんどいないのよ。一高のある東京で、そんな特殊な魔法を使ったんだとしたら、候補者は絞られるんじゃないかしら」

 

「司波さんのお兄さんも使っていたわ。それに、他に使える人がまったくいないとも限らないでしょ」

 

 子どものように唇を尖らせる愛梨を窘める。

 単純な確率でいえば、愛梨の想像通りである可能性は極小さい。東京都内に住む人口は膨大で、魔法師だけで見ても数えきれないほどいるのだ。そもそも愛梨が根拠に挙げた魔法も、本当に『術式解体』なのか定かではない。

 

 恩人のこととなると暴走気味になることは知っていたが、直接顔を合わせたせいで余計に拍車が掛かったかもしれない。

 

「――まあ、愛梨は一度救われているものね。白馬の王子が助けに入ったと聞けば、彼の顔が思い浮かぶのも仕方ないんじゃないかしら」

 

 親友のいじらしい姿へ向け、細やかな意地悪をため息と一緒に吐き出す。

 弊害も障害も多いと知りながら、それでも純粋に想い慕う姿には絆されずにいられなかった。

 

 

 

 正道を往く親友を支えるため、道を舗装するのが自身の務めだと栞は自任する。

 過去の栄光に縋るしかない両親の下から見出し、掬い上げてくれた愛梨のために、できることはすべてやるのだと。

 

 だからこそ、栞にとってその提案は魅力的だった。

 正体を一切明かさない、全く信用できない相手にもかかわらず協力を結んだのは、それが愛梨の願いを叶えることに繋がると考えたから。

 

R(アール)の思惑通り彼が『英雄』になれば、家格の劣る彼でも師補十八家に見合うと認められる。一色家が彼を迎えるためにも、彼には功績を示してもらわないと)

 

 恥じらい交じりに語る愛梨の横で、栞は静かにそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 第2学期を前に迎えた最後の週末。

 この日、僕は連日通い詰めた有明ではなく別の場所を訪れていた。

 

 車窓から見える街並みは薄明にぼんやりと浮かび、下方の道を走る自走車の光がまばらに列を成す。

 利用客の多い首都環状ラインもこの時間ならまだ空いていて、待ち時間なくキャビネットから降車することができた。

 

 自宅の最寄り駅から交通機関を利用して約30分。

 大手町の一角にある高層ビルへ入った僕は、こちらを見るなり立ち上がった受付の人を制して自動ゲートを通り抜ける。

 通い慣れた通路を抜けて更衣室へ入り、着替えと準備を済ませて隣のミーティングルームへ。声を掛けてくる同僚たちの歓待をやり過ごして、最後列の窓側の席に腰かけた。

 

 次々にやってくる同僚の声に応えていると、やがて前方側の扉が開く。

 

 入ってきたのは大柄な壮年男性。

 ダークスーツに身を包み、よく砥がれた刀のような雰囲気の彼は僕の叔父――森崎繕(もりさきぜん)だ。

 

「全員集まっているな。ではブリーフィングを始める」

 

 低く轟くような声で宣言した叔父の目がふとこちらを捉える。

 射貫くような眼差しに載せられた感情は複雑で、それも一瞬後には逸れていた。

 

「既に知っての通り、今日の仕事は危険を伴う可能性が高い。各人、常以上の集中力を発揮して臨むように。まずは配置の確認を行う」

 

 言って、叔父はメンバー一人一人の配置と関連事項を示達していく。

 やがて最後の一人となり、僕の方へ向いた叔父は厳然と告げた。

 

「最後に駿。お前はいつもの通りバックアップだ。くれぐれも職分を弁えた行動を徹底するように。いいな」

 

「了解しました」

 

 答えた瞬間、ほんの一瞬だけ叔父の瞳に憂いが生じたような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 


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