極悪人
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――宣伝でした!
バークリー家の領地。
「見るべきものがない領地だな」
本当に田舎だった。
デリックは羽振りが良いので、もっと領内は発展しているのかと思ったがそうではない。
一部は都会だが、それ以外は普通――いや、田舎だ。
暮らしぶりも酷い。
領民の生活レベルが酷い。
一部で電気は使われているが、それ以外は中世レベルだ。
バークリー家の屋敷で、当主の座る椅子にふんぞり返って座っている俺は縛られたカシミロを見る。
「――さて、お前の扱いを決めないとな」
他人の屋敷を武力で制圧し、我が物顔でふんぞり返る俺は偉そうに脚を組む。
そんな俺にカシミロが
「私の首を差し出す。それで手打ちにして欲しい」
俺の側にいたティアが、そんなカシミロを見下している。
「その程度で済む話ではないな」
マリーも同様だ。
「お前の首一つにそこまでの価値はない」
そもそもいらないからな。
勝って当たり前。
男爵家の集まりが、伯爵家に喧嘩を売ったのが悪い。
領地規模が違いすぎるのだ。
だが、一つ確信したことがある。
やはり領内を発展させることは必要だ。
バークリー家が異様に弱かった理由を考えているのだが、やはり兵士の質が大きいように感じる。
中世の暮らしをしている人間を拾い上げ、教育カプセルで即席の兵士を用意するのは実に効率が良い。
だが、それだけでは埋められない何かがあるのだろう。
あと、中世の暮らしをしている領民に魅力を感じなかった。
――奪うものがない。
やはり領内の発展は必須である。
カシミロが俺に近付こうとして、両脇に控えていた騎士たちが取り押さえて床に頭部を押しつけていた。
「頼む! 我が家の秘宝も渡す。財産も出来る限り引き渡す! だ、だから、どうかバークリー家だけは存続を許して欲しい。伯爵は慈悲深い名君と聞く。一度だけ。一度だけ、バークリー家を信じて欲しい。今後は絶対に裏切らない! 一族を君の下に付けてもいい」
家族を生き残らせるために、財産や自分の首を差し出す――素晴らしい話じゃないか。
ティアは苛立っている様子だ。
「白々しいな。お前たちのこれまでの行動を考えれば、信じられた話ではない」
カシミロが顔を上げて俺に言うのだ。
「頼む! どうか家族だけは!」
そうだな。
自分の命を差し出し、財産を差し出すのだ。
許してやっても良いだろう。
「それはいいな。よし、許してやろう」
「リアム様!?」
驚くマリーに手を上げて黙らせた俺は、カシミロに向かって言ってやる。
「許してやるよ――お前らが滅んだ後なら、恨んでも仕方がないからな」
「な、何!?」
そもそも、一族の一人であるデリックを殺されてここまで俺に粘着してくる家だ。
カシミロを殺せば、きっと今後はもっと粘着してくるだろう。
「俺に逆らったことを後悔するんだな。男爵風情が、伯爵である俺に盾突いた罪は重いぞ」
「ま、待ってくれ!」
「カシミロ――お前の領地はたいして興味もないが、今後は俺が有効活用してやる」
バークリー男爵家の領地から奪うものは何もないが、男爵家の財産を奪っておくとしよう。
略奪は悪徳領主の必須技能である。
「バークリー家の関係者は領民の前で公開処刑しろ。誰が新しい領主なのか、領民共に分かるようにしろよ」
俺の判断を聞いて、ユリーシアが少し焦っていた。
「中将、よろしいのですか? 慣例では成人前の子供は貴族の地位を剥奪後に辺境惑星送りとなりますが?」
「何だ? そんな慣例があるのか?」
「バークリー家に嫁いできた女性もいます。ここはしっかりと調査を行い――」
そこまでユリーシアが言うと、マリーが吐き捨てるように言う。
「不要よ。既に調べはついているもの」
どうやら事前に調べていたらしい。
普段は駄目すぎるのに、こういう有能なところがあるからこいつの評価が困るのだ。
「なら、すぐに処刑しろ。帝国への連絡は――」
「そちらは私が」
ティアが笑顔でそう言うので、俺は全て任せることにした。
「そうか。なら、全てお前たちで処理しろ。俺は母艦に戻ってノンビリする。流石に飽きてきたからな」
◇
リアムが去った後。
カシミロは俯いて涙を流していた。
「飽きた――飽きただと?」
まるで最初から自分たちを歯牙にもかけていないような態度だった。
自分が積み上げたものを興味もないと言い、そしてバークリー家を本当に滅ぼすつもりのようだった。
伝え聞いた話では慈悲深い名君だったのに――実際には違った。
「見誤った。――最後の最後で」
ここまで大きくしてきたバークリー家を、たった一人の小僧に破壊されたカシミロは泣きながら笑っていた。
「地獄に落ちろ、小僧ぉぉぉ! 先に地獄でお前が来るのを――」
そこから先は言えなかった。
ティアがカシミロを踏みつけたからだ。
「もう喋るな。お前のような男が、リアム様と会話をするだけで汚された気分になる」
海賊貴族。
海賊自体に恨みがあるティアは、カシミロの処分に手を抜くつもりはなかった。
「お前のために処刑方法は特別なものを用意した。精々、私を楽しませてくれよ。安心しろ――お前の家族もすぐに全員送ってやる」
加虐的な笑みを浮かべるティアに、騎士の一人が話しかけてくる。
「筆頭騎士殿、子供まで処刑すればリアム様の名前に傷がつきます」
リアムの名前を出されて、ティアは真顔になった。
「筆頭騎士はリアム様の命令で解任された。今の私は一人の騎士だ」
「え?」
「それから安心しろ。成人前の子供は辺境惑星送りだ」
過酷な辺境惑星に送られ、そこで貧しい暮らしをすることになる。
――長生きできるか分からない。
様子を見ていたマリーは、カシミロを掴み上げるのだった。
「カシミロ、お前には聞きたいことが山のようにあるの。処刑前に私とお喋りをしましょうね」
マリーがカシミロを連れて行くのを見て、騎士たちが動揺していた。
皆の視線がティアに集まる。
「ティア殿、よろしいのですか?」
マリーの勝手な行動を咎めないのか、という話だった。
しかし、普段のティアと違い様子がおかしい。
「殺さずにいるなら許すわ。あの女も、その程度は理解しているでしょうからね」
普段ならすぐに喧嘩をする二人が、今日はまったく絡もうとしていなかったことに騎士たちが動揺するのだった。
◇
バークリー家の領地に、カシミロたちの死体が晒された。
領民たちはその様子を見て溜飲を下げている。
そんな様子を、領民に交ざってみているのは案内人だ。
苦しそうにしていた。
「――リアムを恨むお前たちの負の感情をもらうぞ」
カシミロたちの恨みを吸収する。
周囲の領民たちが抱く、リアムへの負の感情も同様に吸収した。
リアムが恨まれている理由は、バークリー家の兵士たちは領民たちの家族だったからだ。
戦死して戻ってこないとなれば、リアムを恨んでも仕方がない。
それらの負の感情を吸い込み、案内人は人心地つく。
そうした恨みをかき集めた案内人は、以前仕込みをしていたユリーシアに期待する。
◇
バークリー家との戦争から三ヶ月。
リアムの副官であるユリーシアは、執務室で仕事のサポートをしていた。
今は執務室でリアムと二人きりだ。
真面目に仕事をしているリアムを見ながら、ユリーシアは目を細める。
(そろそろ頃合いね)
リアムの生活の全てを把握しているユリーシアは、今が最高の機会であると確信していた。
リアムも男だ。
性欲はある。むしろ、性欲は強い部類だろう。
だが、周囲の女性に手を出さないリアムは、性欲の発散が下手くそだ。
ムラムラしているのが分かるのだ。
ユリーシアが行動を起こそうとしているのを感じ取った案内人は、二人に気付かれないようにその様子を見ていた。
その様子を、犬が見ており――部屋から出ていく。
(いいぞ、ユリーシア! そのままリアムを殺せ!)
リアムを恨み、リアムのことだけを考えているユリーシアがペンを落とした。
わざとらしくリアムに背中を向けて上半身を曲げてペンを拾うと――ユリーシアの短いスカートから、下着が見える。
リアムがビクリと肩を揺らした。
(食いついた!)
全てユリーシアの計算通りだ。
下着は機能性を重視したものを着用している。
色気はないが、それがリアムの好みだ。
ただし、色気がなさ過ぎても駄目だ。
リアムの好みは非常に難しいというか、ストライクゾーンが狭すぎる。
それを知っているユリーシアは、側で徹底的に調べ上げ――リアムの好みを全て知っていた。
(お前はこんな下着が好きだよなぁ!)
視線を感じながらゆっくりと上半身を起こして、振り返り笑顔を見せる。
わざとらしくお尻に手をやって恥ずかしそうにする。――全て演技だ。
「し、失礼しました、中将」
「い、いや、うん」
戸惑っているリアムを見て、ユリーシアは勝利を確信するのだった。
(おいおい、顔が赤いぞ)
獣のような眼光でリアムを見ているユリーシアを、案内人が陰ながら応援していた。
ちょっと違和感はあるが、リアムへの復讐心は本物だ。
小さいことは気にしない。
「いいぞ、ユリーシア! そのまま色仕掛けでリアムを油断させ、命を奪うのだ! お前なら出来る!」
ユリーシアが微笑み、リアムを誘おうとしたところで――。
「リィアムゥ様ぁぁぁ!」
――泣きながら部屋にニアスが入ってきた。
しかも、水着姿だ。
その上に上着を羽織っているが、紺色の水着のようなものを着用して胸にはネームを書くための白い大きな布がある。
そこに「にあす」と書いていた。
その姿を見て、ユリーシアはすぐに理解した。
(またお前かぁぁぁ!)
ただ邪魔しに来たなら追い返せば良いのだが、問題はニアスの格好である。
機能的でエロさもある作業着のインナー的な服装だ。
――リアムのドストライクである。
(これだと私の下着の印象が消えて――)
ユリーシアが慌ててリアムを見ると、思っていたのと違う反応を見せる。
ボソボソと「スクール水着っぽい」と言っていた。
リアムの好みのはずなのに、何故か興味を失っているというか――むしろ、ニアスを可哀想なものを見る目で見ていた。
ニアスは気にせずリアムに泣きつく。
「リアム様、聞いてくださいよ! せっかくもらった予算と資材を上に取り上げられたんです! 開発はうちで責任持ってするから、お前は大人しくしろって! こんなのあんまりですよ~!」
こいついったい何をしたんだろう?
第七兵器工場の上層部が取り上げるとか、かなりぶっ飛んだことをしないとあり得ない。
そんなことを思うユリーシアは、首を横に振る。
「ニアス技術大尉、中将は仕事中よ。執務室から出ていきなさい」
ただ、リアムは泣いているニアスを見て――気を許していた。
「別に良いだろ。俺の仕事が遅れても誰も文句なんか言わないから。というか、半分遊びだし。それよりニアス、お前は本当に残念だよな。なんだその格好は?」
グスグス泣いているニアスは、眼鏡を外して床に座り込んでいる。
「こっちでの作業中に上から命令されたんです! せっかく、色々と試したい新技術があったのに! 爆発する危険性くらい、開発には付きものなのに!」
いや、駄目だろ。そう心の中でツッコミを入れたユリーシアだったが、リアムの態度を見て唖然とする。
「お前は本当に仕方がないな。第七兵器工場には俺から言っておくから」
「ありがとうございます!」
抱きつくニアスをうっとうしそうにしながらも、リアムは少し嬉しそうだった。
欲情とかそういう話ではなく、実に楽しそうにしている。
その笑顔を見て――ユリーシアは負けたと認識してしまった。
どれだけ努力しても天然には勝てないと見せつけられたような気分だった。
膝から崩れ落ちる。
その様子を見ていた案内人が「え!?」と驚くのだが、座り込んだユリーシアが泣き出すとリアムが驚いて声をかけてくる。
「お、おい、どうした?」
「私頑張ったのに! 何十年も貴方のことを籠絡して捨ててやろうと決めていたのに!」
何を言い出すのかという顔をするリアムとニアスを前に、ユリーシアが膝を抱えて泣き出した。
リアムが声をかける。
「――お前、俺を捨てるために籠絡するのか?」
ニアスは鼻で笑っていた。
「捨てる以前の問題だと思うけど」
スクール水着姿の大人にこの言われようである。
ユリーシアが膝に顔を埋めて泣いた。
「頑張ったのに! 私――軍に戻って特殊部隊に入って、色々と資格を取ってようやく伯爵の側に来たのに!」
リアムが何とも言えない顔をしていた。
「え、俺のためだったの?」
ユリーシアが小さくうなずく。
全てはリアムを籠絡するためだ。
案内人が部屋の隅で膝から崩れ落ちていた。
「――嘘だろ」
復讐心は確かにあったが、まさかリアムを捨てるためとは思わなかったらしい。
リアムが頬を指でかく。
「お前も残念な娘だな」
ニアスが勝ち誇った顔をしていた。
「あら、他にも残念な娘がいるんですか? リアム様も大変ですね」
「お前だよ」
「え!?」
心底驚いた顔をしているニアスを放置して、リアムが俯いているユリーシアに気を使って声をかけるのだ。
「分かったから。ほら、とりあえず俺を捨てていいぞ」
ユリーシアが泣いた。
「まだ告白されてない」
告白されてから捨てる。そこだけは譲れない。
「そこはこだわるのか? まぁ、いいか」
どうせ捨てられるなら、残念娘のために声くらいはかけてやろうとするリアムだった。
「ユリーシア、軍を離れる時は俺についてこい」
リアムの気を使った告白を聞いて、ユリーシアは満面の笑みを浮かべ――ここで気付いた。
(あれ? この誘いを蹴ったら、私って軍隊で何百年も生活するのよね?)
軍の特殊部隊に配属されるような訓練を受けてきた。
訓練もタダではない。
当然金がかかる。一人の兵士を育成するのにかかる費用は莫大だ。
更に技能を沢山持つために教育を受ければ、それだけ金がかかる。
それだけの金がかかったユリーシアを、軍は簡単に解放などしない。
あと――。
(このまま他の貴族様を籠絡しても、伯爵以上の貴族様っているのかしら?)
――本来のユリーシアの目的は、将来有望な貴族の愛人や側室枠をゲットすることにあった。
それを考えると、リアムからの話を蹴るのは――論外だ。
リアム以上の有望株は、帝国に存在しない。
クルトも有望だが、実家の実力が違いすぎる。
容姿――合格。
性格――ギリギリ合格。
資産――花丸。
将来性――ぴかいち。
ユリーシアがリアムの顔をマジマジと見ていた。
「おい、どうした? 俺の話を蹴って見返してやるんじゃないのか?」
そんなリアムにユリーシアは抱きつく。
「一生ついていきます、伯爵!」
ニアスが気付く。
「あ、こいつ! 色々と考えて逃すのが惜しくなったわね。リアム様は私のパトロンよ!」
「お前のじゃねーよ! というか、放せよ! 俺をふって見返すんじゃなかったのか!」
ユリーシアがリアムにしがみつきながら答える。
「だって、伯爵ってば将来性があるじゃないですか! 奥さん一人だし、他に側室も愛人もいないし!」
そこに側室や愛人枠で滑り込めば、ユリーシア的には勝ち組である。
よく考えたら、籠絡は出来たので問題ない。
捨てるのがもったいなかった。
「お、お前! 何でこんなに残念なんだよ!」
「連れて行ってくれるって言いました! ついてこいって言ったもん!」
騒がしい三人の姿を見ていた案内人が――ついに我慢できずに立ち上がると、リアムの前に姿を見せた。
そして、時を止める。
リアムが案内人の出現に目を見開いた。
「久しぶりだな――リアムゥ!」
案内人はリアムに全てをぶちまけることにした。
ブライアン(´・ω・)「辛いです。四章にしてようやく側室候補が一人――ハーレムがほど遠いですぞ、リアム様」