首都星の商人
KindleでSFマンガの部門で「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です コミカライズ1巻」が1位になっていました。
これも読者の皆さんが応援してくれたおかげですね。
ありがとうございます!
――と、いうわけで自分も「俺は星間国家の悪徳領主!」四章の更新を頑張ります。
高級ホテルのラウンジ。
俺の御用商人であるトーマスが手配したホテルは、歴史ある高級ホテルだった。
実に無駄の極みであるが、これこそ悪徳領主らしい金の使い方だ。
ソファーに座り脚を組む俺は、トーマスの仲介で面会した二人を見る。
金髪を七三にしたスーツ姿のエリオットは、クラーベ商会の若き当主――会長だ。
二十代前半の姿で、実際にまだ若いそうだ。
ニコニコ笑顔を浮かべている。
「本日は面会していただきありがとうございます」
その隣に座っているのは、ニューランズ商会の幹部――パトリスだ。
赤い髪に緑の瞳。
胸元を強調したスーツは、色仕掛けでも狙っているのだろうか?
「有名な伯爵様と――いえ、いずれ公爵となられるリアム様と面会できて大変嬉しいですわ」
美女が甘えるような声で俺をおだててくるが、この手の女は苦手だ。
――前世の元妻を思い出す。
派手な女はどうやら俺の好みではないらしい。
トーマスを見れば、何とも縮こまっていた。
「リアム様、今日はお二人がどうしてもお話したい件があるそうです。その――御用商人の件についてです」
首都星の大商人と幹部が、俺の御用商人になりたいとやって来た。
トーマスの商会よりも規模が大きいため、色々と役立ちそうではある。
「俺の御用商人ね」
「はい。是非ともリアム様のお手伝いをさせてください。クラーベ商会は帝国の御用商人でもあり、伝統と歴史もある商家です。きっとお役に立ちますよ」
エリオットが笑顔でそう言えば、隣のパトリスもアピールしてくる。
「確かにクラーベ商会は首都星でも指折りですが、我がニューランズ商会は帝国中で商売をしています。領主の方たちに幅広く支持されているニューランズ商会が、リアム様のお役に立つと思いますけどね」
俺は媚びを売ってくる奴が大好きだ。
だが――うまい話には裏がある。
そして、俺を手伝いたいとか言うだけの奴を信用するつもりもない。
「俺の御用商人はトーマスだ。そこに割り込むという意味を理解しているのか?」
トーマスがオロオロとしていた。
お前はもっと堂々としていろ。
エリオットが身振り手振りを加えて俺を説得してくる。
「もちろんです。ヘンフリー商会を追い出そうなどと思ってはいません。ただ、クラーベ商会もご利用いただければ嬉しいというお話です」
パトリスも同じようだ。
二人して俺に笑顔で、今後のことを語ってくる。
うちと手を組めば、こんな事をしますよ~と言ってくるのだが――俺にとって都合が良すぎた。
「――それで? お前らの目的は何だ?」
俺が尋ねると、エリオットもパトリスも張り付けた笑顔のまま問いかけてくる。
「目的ですか? 私も商人ですからね。当然、儲けを考えていますよ」
「ニューランズ商会は、飛ぶ鳥落とす勢いのバンフィールド家を高く評価しております」
張り付けたような笑顔をよく見てきた。
元妻の笑顔だ。
俺を騙してきた女の顔は、今でも忘れない。
「その張り付けた笑顔を止めろ」
そう言うと、エリオットから表情が消えた。
「――慈愛に満ちた名君という噂でしたが、やはりこうして対面してみないと分からない事がありますね」
パトリスは笑顔だが、先程とは質の違う笑顔だ。
随分と楽しそうにしているが、焦りのようなものを感じる。
「そちらが本性なのでしょうか? ただ、私としては好みですね」
「そうか。それで? お前らは俺に何を求める?」
二人の雰囲気が変わったところで、トーマスが俺に説明するのだ。
「リアム様、お二人が求められているのは、バンフィールド家の戦力です」
「妥当なところだな。ただ、大商家が俺を頼るのが信じられないけどな」
バンフィールド家の看板を使用して商売がしたいという商人は多い。
ただ、こいつらは既に頼りにしている貴族がいるはずだ。
そうでなければ、大商家になってなどいない。
クラーベ商会など、帝国の御用商人だ。
バンフィールド家の看板など必要ないはずだ。
エリオットが口の前で手を組む。
「私は数年前に当主の座についたばかりでしてね。何かと幹部たちと衝突が多いのですよ」
こいつの事情だが、クラーベ商会自体がある貴族に近付きすぎているらしい。
「若輩者ならいいように操れると考えている連中が多くて困りますね。――実は父の死因が少し気になり調べたのですが、暗殺されていました」
大きな商会にも色々とあるのだろう。
「帝国に泣きついたらどうだ?」
「帝国が必要なのはクラーベ商会であって私ではない。そして、帝国には私の父を殺した奴らの手先が多いわけです」
このまま幹部たちの言いなりになるくらいなら、自分を支援する貴族を得たいと考えたようだ。
パトリスに視線を向けると、事情を話してくれるが――こっちは野心家だった。
「守りに入ったエリオット殿と違いまして、私はニューランズ商会が欲しいのですよ」
エリオットは面白くなさそうにしているが、俺は興味がわいた。
「続けろ」
「ニューランズ商会は私も含め親族が幹部に多いわけです。支店の多くに親族がいるのですが、代替わりをする際は荒れるんですよ。誰が次の当主になるのか、とね」
パトリスは胸を強調して俺に見せてくる。
「リアム様のお力で、私を未来のニューランズ商会の会長にしてみませんか? もちろん、見返りはご用意させていただきますよ」
トーマスが二人から顔を背けていた。
「リアム様、この二人の力を借りれば、バンフィールド家は大きく飛躍できるでしょう。しかし、同時に厄介事も舞い込みます」
「だろうな」
大商家も内部争いで力が必要だから、俺にすり寄ってきたわけだ。
実に分かりやすいじゃないか。
つまり、こいつらは暴力装置として俺を高く評価しているわけだ。
俺は二人を前にして告げる。
「――面白そうだから力を貸してやる」
エリオットもパトリスも真剣な顔付きをしていた。
「その意味を理解されていると考えて良いのですよね?」
エリオットが念を押してくるが、俺のような男に頼ってくる時点でこいつらも相当な悪である。
俺が今まで何をしてきたのか、トーマスから聞いているはずだ。
「構わない好きにしろ。だが、これだけは言っておく。――お前らは俺を儲けさせろ。そして、お前らも儲けろ。両方に利益がある関係がベストだと思わないか?」
忠誠? 恩? 義理?
そんなものは信じられない。
利益があるなら人は裏切らない。
実にシンプルじゃないか。
パトリスが唇に手を当てる。
「――リアム様は想像していた方と違いますね。もちろん良い意味で、ですけどね。もっと利益よりも義理を重視する方かと思っていましたよ」
義理? 悪徳領主に義理? あぁ、任侠ドラマとかで出てくる義理みたいな?
俺、そういうのは昔ならともかく、今は嫌いなんだよね。
「お前らは義理を重視して儲けを捨てるのか? そいつはめでたい商人だな。お前もそう思うだろ、トーマス?」
話を振ると、トーマスが困った顔をしていた。
「な、何と言いましょうか」
「――お前らが俺を儲けさせるなら、俺はお前らに手を貸してやる。実にシンプルな契約だろ?」
エリオットが笑みを浮かべるが、最初に見せていた好青年の笑顔ではなかった。
「もちろんです。目に見えない義理や人情よりも、契約によって縛られたものが信用できますからね」
パトリスは少し興奮しているのか頬が赤い。
「さっそく契約を結んでいただきましょうか。リアム様と――私個人との契約を」
いいね。
最初のいい人ぶった顔よりも、今のこいつらの方が俺は好きだ。
◇
リアムとの契約を結んだエリオットとパトリスは、エレベーターで二人だけとなっていた。
壁はガラス張りになっており、首都星の夜景が見えて実に綺麗だ。
エリオットはネクタイを少しだけ緩め、パトリスに話しかけるのだ。
「――思っていたよりも話しやすい人でしたね」
パトリスは腕を組み、エリオットに背中を見せない。
「馴れ馴れしいわね。お互いに敵同士なのは変わらないわよ」
「おや、互いに協力すればメリットがあると思いますけどね」
「――力のない当主と手を組んでも意味がないわ」
「言ってくれますね」
互いにリアムに近付いた理由だが、エリオットの場合は商会の幹部たちがバークリー家に近すぎていた。
海賊貴族だろうと金払いが良ければ客だが、世の中はそれだけではない。
海賊が幅を利かせるようになれば、商売にだって問題が出る。
エリオットはそれを嫌い、バークリー家と正面から争うリアムに手を貸すことにしたのだ。
真面目すぎるという話を聞いていたので心配もしたが、これがどうして――非常に興味深い人物だった。
「そちらも私と同じ事情だと思っていたのですけどね。幹部の多くがバークリー家と親しいそうじゃないですか」
「同じ事をしても意味がないわ。周りがバークリー家に賭けるなら、私はバンフィールド家に近付くだけよ」
パトリスの方は、商会の中で成り上がるためにリアムを利用したいだけだ。
本来なら言葉巧みに操るつもりだったが、パトリスとしては予定が外れたらしい。
「でも、思っていたよりも楽しめそうね。ただのいい子ちゃんじゃないのが気に入ったわ」
多くの貴族は自分の儲けを優先するが、リアムはそのような関係を信用していない。
「――伯爵にはどうしても勝ってもらわないといけませんね」
エリオットがそう言うと、パトリスも頷く。
「もちろん。勝ってもらわないと困るもの」
◇
リアムが研修を行うと、補給に関して明らかに問題が出てきた。
影響を受けたのは――不良軍人たちだ。
「くそ! バンフィールドが偉そうに!」
パトロール艦隊でダラダラ過ごしていた貴族に加え、正規艦隊に配属された今まで甘い汁を吸ってきた軍人たちが怒りを覚えていた。
「まったくだ。支給される酒が減ったぞ」
「貴族のために高級な酒一つ用意できないとは何事か!」
「おまけに艦隊だ。私の艦隊は理由を付けられ、数を減らされた!」
全てバンフィールドのリアムが悪い。
彼らの意見はまとまっていた。
その様子を案内人が見ている。
椅子に腰掛け、足を揺らしながら拍手をしていた。
「順調に敵を作っているようで何より。さて、こいつらにも働いてもらうとしましょうか」
指を鳴らすと、案内人の体から黒い煙が漂い始める。
部屋に充満した黒い煙を吸った貴族たちだが、まるで気にした様子がない。
そして、一人が言うのだ。
「――バークリー家がバンフィールド家と決着をつけるという噂がある」
すると、集まっていた軍人たちがその話に興味を持った。
「本当か?」
「誘いを受けている軍人も多い。ここはどうだろう? ――帝国貴族として、軍を正しい姿に戻すためにバークリー家に手を貸さないか? 今ならバークリー家が報酬を山ほど用意するだろうよ」
ニヤニヤ笑う軍人たち。
軍の中でバークリー家に加担する人間たちを用意する案内人は、また一つリアムの敵を増やしてやった。
「仕込みはまだ足りないな。あのリアムを倒すためには手を抜けない」
今まで油断をしていた。
もう、リアムを侮ることはしない。
案内人は立ち上がると、帽子をかぶり直して部屋を出ていく。
ただ、部屋の隅でその様子を見ていた犬の姿をした淡い光が、案内人の後を静かに追いかけるのだった。
ブライアン(´・ω・)「辛いです。リアム様が、御用商人を増やすのに相談もしてくれなくて――辛いです。いや、別に反対しませんが」