研修期間
本日は「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です コミカライズ版 1巻」の発売日です!
そしてなんと!
コミックウォーカー様、ニコニコ静画様では期間限定で6話から9話までを公開しているそうです。
一巻の続きが読めるので是非とも購入していただければと思います。
原作小説は1~3巻まで発売中ですので、そちらの応援もよろしくお願いいたします。
俺の研修先は首都星にある兵站系の部署である。
士官学校を優秀な成績で卒業し、中尉からのスタートとなったわけだが――ハッキリ言って花形の部署ではない。
エリートが研修を受けるような部署ではないが、俺としては満足していた。
何故って?
――ここで書類仕事をしていれば、一年が過ぎれば大尉に昇進が決まっているからだ。
二年目が終わった頃には、少佐に昇進しているだろう。
後方で安全にデスクワークをするだけで貴族は出世するのだ。
実に素晴らしい。
そして、正式配属となれば、ティアが用意した俺のパトロール艦隊で四年間もダラダラ過ごしておしまいだ。
修行も大きな山場を越えて、後は大学生活と役人として雑用を残すばかりだ。
貴族はエリートコースで頑張らなくても出世するし、安全な場所から苦労している連中を見て楽しむ。
まさに悪徳領主といったところだな。
研修期間は兵舎での生活が義務とされ、休日に首都星で世話になるホテルで過ごすくらいの生活となる。
毎日定時で仕事を終えて兵舎に戻り、その後はアフターファイブを楽しむ。
忙しい部署で頑張っているエリート共を嘲笑う立場が実に素晴らしい。
仕事をしていると、ウォーレスが俺に話しかけてきた。
「おいリアム、うちに怒鳴り込んできた客がいるらしいぞ」
「怒鳴り込む? 何かミスでもあったのか?」
いったい誰がミスをしたんだ?
人工知能に任せていれば、ほとんどミスなどしないはずだ。
多少は人の手がかかる部分もあるから、きっとその時に間違えたのだろう。
「いや、リアムの手配した補給物資に文句があるって」
「――何?」
◇
兵站を管理する部署は、前線に出ないため舐められる傾向が強い。
人工知能を利用して仕事が少ないのも、舐められる原因だろう。
もっとも、人の手だけでやれば、作業効率は大幅に落ちてしまう。
この帝国の戦線を維持することを考えれば、頼らざるを得ないのだ。
「お前らのような人工知能に頼る半端者が、この私の出した申請書を却下するとは何事か!」
お腹が随分と出ている大佐が怒鳴り込んできたのは、昼過ぎのことだった。
准将が相手をしているのだが、大佐は貴族出身ということもあり強気だ。
「も、申し訳ない。大佐、すぐに追加で用意するので、ここは穏便に――」
人工知能を仕事に使う割合が多いため、兵站管理に携わる軍人も負い目がある。
帝国は人工知能に頼りすぎるのを悪いと考えており、部署としては出世コースとは言えない場所だ。
「私の船の補給物資を用意した馬鹿を連れて来い! この私が直々に教育してやる!」
鞭を持ってニヤニヤしている大佐を前にして、准将が慌てて止める。
「大佐、それは駄目だ。そんなことをすれば――」
「前線にも出ない腰抜けを、この私が鍛えてやろうと言っているのだ。むしろ泣いて喜んだらどうかな?」
弱者をいたぶることが好きそうな大佐だった。
准将が肩を落とす。
「忠告はした」
准将が「中尉を呼んでくれ」と言うと、大佐は鞭で手を叩いてピシャッと音を立てる。
「ふん。その階級では新米か研修中のガキか。帝国軍人というものを、この私が教えてやる必要があるな」
最近の若い奴は~、などと言っている大佐から准将が目をそらし呟く。
「――教えてやれるなら、教えて欲しいものだな」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
すると、部屋をノックする音が聞こえ、大佐が声を張り上げる。
「入れ!」
ドアを開けて入室するのは――リアムだった。
「貴様が私の船の補給物資を担当したものか? 貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!」
太々しい態度のリアムは、大佐を見て鼻で笑う。
「お前は誰だ?」
「な、何? 貴様、階級章も分からないのか!」
「たかがパトロール艦隊の大佐が、俺に偉そうにものを言うな。准将閣下、俺も忙しいのですよ。この程度の事で呼び出さないで欲しいですね」
リアムがそう言うと、准将は「そうしたかったが、大佐がどうしても君を教育すると言って聞かなくてね」と答えていた。
それを聞いたリアムの目の色が変わる。
「――誰を教育するって?」
「お前だ! まったく、士官学校で一体何を学んできたのか。今日は帰れると思うなよ!」
大佐がどうやってリアムをいたぶってやろうか考えていると――大佐が吹き飛んだ。
「ぶべっ!?」
壁にぶつかり、何が起きたのか分からないでいるとリアムの声が聞こえてくる。
「准将閣下、こいつの上司を呼び出してもらえますか」
「い、いや、しかし」
「こいつの申請書には、高価な酒やらつまみを用意しろと書かれていましてね。そのことについてしっかり聞いておきたいんですよ。パトロール艦隊程度の閑職にいる軍人が、いったい誰に文句を言うのか、とね」
笑顔のリアムに准将が「わ、分かった」と大佐の上司を呼び出す。
相手は首都星周辺を守るパトロール艦隊を預かる少将だった。
通信で呼び出すと不機嫌そうな顔をしていた。
『いったい何事だ?』
「やぁ、少将。お前のところの部下が俺に喧嘩を売ってきた。上司として責任を取ってもらおうか」
『――は、伯爵!』
少将も貴族出身者ではあったが、現役の当主であるリアムとでは格が劣る。
おまけに、リアムはバークリー家と争っている有名人だ。
相手の少将が狼狽する。
『ぶ、部下が大変失礼した。すぐに戻ってくるように伝えて欲しい』
「伝えろ? お前がここに来て連れて帰るんだよ。お前は俺に命令するつもりか? 随分と偉そうじゃないか。軍の階級だけで、俺を見下せると思っているのか?」
『し、失礼した。すぐに迎えに行く。いや、迎えに行きます』
「早くしろよ。それから、お前のところから来る申請書は戯れ言が多すぎる。いいか、俺の時間を削るような注文を付けるな。俺は定時で帰りたいんだ。意味は分かるよな?」
『い、いや、それは』
「――文句があるなら聞いてやる。ほら、言ったらどうだ?」
『な、ないです』
普段の仕事とは別に、特別な対応をしようと思えば手間もかかる。
それをリアムは嫌がっていた。
「賢い奴は大好きだ。それから、早くお前の無能な部下を迎えに来いよ」
『――了解した』
少将が通信を切ると、リアムが現役の伯爵で相応に力を持っていると知った大佐が震えていた。
「さてと、俺を教育してくれるらしいな。デスクワークばかりで体がなまってしまうところだった。丁度良い運動になるかな?」
大佐が慌てて立ち上がり敬礼をする。
「た、大変申し訳ありませんでした!」
相手が自分よりも格上だと認めたが――少し遅かった。
リアムが大佐の肩に手を置いた。
「手の平を返すのは嫌いじゃない。だが、お前を許せるほどに俺は懐の深い男じゃない。意味は分かるな?」
大佐が震えると、リアムが胸倉を掴んで部屋から連れ出していく。
准将はその姿を見て――。
「ふっ――うちに連れてきて正解だったな」
――リアムが来たことにより、部署の仕事がスムーズになった事を喜ぶ。
兵站部署を見下し、色々と要求してくる軍人が実に多かった。
そのため、誰か有力貴族を連れてきたかったのだ。
これがバークリー家のような悪い貴族なら、嫌がるだろうし余計なことをする。
しかし、リアムのような真面目な貴族なら、きっと不正を許さないと思っていた。
「これで少しは変な要求も減ってくれるといいのだが」
准将はリアムを引っ張ってきて良かったと思いつつ、よくうちみたいな部署に来てくれたと不思議に思うのだった。
◇
最前線。
そこで歩兵として研修を受けることになったのは――マリーだった。
「おのれミンチ女がぁ」
ティアへの呪詛を呟きながら、パワードスーツに身を包み輸送機から飛び降りる。
パラシュートなどないが、着地する寸前に周囲にバリアが張られ衝撃を吸収して砕けた。
密林の中、マリーは周囲を警戒する。
『マリー、無事か?』
「問題ない」
『そうか。ならば、敵の施設へ侵入し、速やかに人質を救助してくれ。困難な任務ではあるが、君ならやり遂げると信じている』
たった一人で敵の基地に侵入させられ、人質を助けてこいと無茶振りをされるマリーは心の中で呟く。
(必ず戻って、あのミンチ女の首を取る)
特殊部隊に配属されたのだが、その理由はティアが裏で手を回したからである。
ティア曰く「リアム様の側にお前の居場所はない」だ、そうだ。
素早く密林の中を進み、見張りを見つけるとナイフで殺していく。
その手際を見守っている上司が通信で言うのだ。
『素晴らしい腕だな。かつての部下を思い出す』
「私のような凄腕がいたのか? どこのどいつだ?」
自分と同じように強い人間がいると聞いて興味を持った。
『以前は名前を変えていた。君とは違ってスパイとして活躍してくれたよ。戦闘でも間違いなく強いだろうが、どんな任務もやり遂げた』
「興味があるな」
『軍規により教えられないが、彼女も優秀な部下だったよ』
敵の基地が見えてくると、マリーは通信を切って潜入する。
「さて、リアム様のもとに戻りたいから、早く仕事を終えるとするか」
その日――犯罪組織が一つ消えた。
◇
適度な運動は気持ちがいいものだ。
「何とか定時で仕事が終わったな」
今日もやり遂げたと思っていると、疲れた顔をしたウォーレスが話しかけてくる。
「リアムは定時にこだわるな。いいのか? まだ残っている連中もいるのに」
定時で上がれない先輩たちがいる。
しかし、俺には何の関係もない。
だって俺は仕事が終わっているから。
「残業なんて何の価値もないからな」
「助けてやらないのか?」
俺に手伝って欲しいようなことを言って来た馬鹿がいたが、自分でしろと言って突き放してやった。
「それに何の価値がある?」
前世では会社のため、部下のため、後輩のため――頑張ってきたが、その努力は俺のためにならなかった。
仕事など定時で終わらせ、さっさと帰れば良いのだ。
給料分の仕事はしてやれば問題ない。
社会や会社はそれ以上を求めてくるだろうが、こちらの善意などまったく理解しないので意味がない。
口では「ありがとう」と言うだけで、こちらの努力に報いる奴は少ないからな。
だから俺は、給料分しか働かない。
職場のある建物を出ると、俺たちの前に大きなリムジンが待ち構えていた。
「随分と豪華だな。誰か偉い人間でも来るのか?」
やたら豪華なリムジンだった。
兵站関係の部署は人気がないため、貴族は少なかったように思うから客だろう。
そう思っていると、ウォーレスが何かに気付く。
「あれ? リアムを迎えに来たんじゃないか?」
「――何?」
近付くと、ドアが開いてそこから私服姿のロゼッタが飛び出してきた。
「ダーリン!」
「ロゼッタ!?」
逃げようと思ったが、下手に避けるとロゼッタが倒れてしまうかもしれないので受け止める。
「お、お前、どうしてここに?」
「今日はホテルで過ごす日でしょう? 私も修行が終わったから、今はホテルで過ごしているの。一緒に帰ろうと思って、迎えに来たのよ」
ウォーレスはそれを聞いて、すぐにリムジンに乗り込んでいた。
「お、気が利くね。なら乗らせてもらうよ。――リアム! 中も凄いぞ! 酒やつまみが揃っている! 全部極上だ!」
乗り込んで酒に手を出すウォーレスを見て、俺は止めることにした。
「お、おい! 今日はこのまま飲みに行く約束だろうが!」
「別にホテルで良いじゃん。というか、私は給料日前であまり遊べないから、お金のかからない方がいい」
こいつ!
ロゼッタが俺から離れると、上目遣いで俺を見る。
「ダーリン、これから遊びに行くの? そ、そうよね。職場の付き合いもあるものね」
ちょっと悲しんでいるロゼッタを見ていると、罪悪感がわいてくるのだった。
そもそも、ウォーレスと飲み屋を巡るというだけの話で、付き合い関係ではない。
「い、いや、今日はウォーレスと飲みに行くだけだ」
「そうなの? なら、ホテルに行きましょう。レストランも種類が豊富だから飽きないわよ。ダーリンのためにお酒も沢山用意しているみたいなの」
「そ、そうか」
以前は鉄の女――鋼の折れない心を持つ冷徹な女だと思っていたのに、俺の婚約者になった途端にこれだ。
俺をダーリンと呼んで甘えてくる。
俺はもっと、嫌がるロゼッタを期待していたのに、これでは遊べないではないか。
「――ロゼッタ、お前はホテルで何をしているんだ?」
「今は首都星で習いごとをしているわ。一緒に来ている寄子の家のお嬢さんたちと、首都星の文化を学んでいるの。楽しいわよ」
お料理教室に若い奥さんが通う感じだろうか?
それは実に楽しそうだな。――俺は少しも興味がないけどね。
ロゼッタが真剣な表情になった。
「それとね、ダーリン。――実はダーリンにお客さんが来ているの」
「客?」
また客か。お昼の大佐のような客でないことを祈ろう。
ブライアン(´;ω;`)「別に仕事をしなくても誰も文句を言わないのに、定時まで頑張るリアム様――辛いです。これで喜べるリアム様を思うと辛いです」