パトロール艦隊
もうすぐコミカライズ版『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』が更新ですね。
毎月第一週の金曜日に更新です。
「パトロール艦隊?」
士官学校の食堂でウォーレスと話をしていた。
ここでの生活も三年目に入り、随分と暮らしにも慣れてきた。
「そうだよ。私と同じように後宮を出た兄と話をしてね。軍人として生きていく道を選んだんだが、正規艦隊が受け入れを拒否してパトロール艦隊送りだそうだ」
正規艦隊が皇族の受け入れを拒否するというのもおかしな話だが、皇族にもランクがある。以前のウォーレスのように、継承権がないに等しい立場の皇族が多すぎるのだ。
面倒も多いため、出来るだけ受け入れたくない正規艦隊がほとんどである。
「パトロール艦隊で司令官にでもなれば、最低でも数百隻を率いる立場だ。悪い話じゃないだろうに」
俺がそう言うと、ウォーレスは何とも微妙な顔をしていた。
「掃き溜めみたいな艦隊も多いから問題でね。兄の【セドリック】が送られたのは、旧式の艦艇を集めた三十隻程度の艦隊だよ。何もない宙域をパトロールするのは、気が滅入って仕方がないらしい」
「艦内でノンビリすればいい。仕事をしなくていいじゃないか」
「狭くて環境の悪い戦艦の中で、ノンビリ出来るわけがない。何のために仕事をしているのかも分からず、腐っている兵士ばかりだそうだよ」
軍隊の左遷先ということか。
会社で言えば閑職――窓際族という感じか?
そんなパトロール艦隊を無駄に増やしているそうで、結構な数が遊んでいる状態が続いているらしい。
――馬鹿なのか?
「どうしてそんな状況になったんだ?」
ウォーレスはドロドロの食事をフォークで突きながら、いくつかの理由を俺に教える。
「軍人もライバルを蹴落とす場所が欲しかった、ということだろうね。ただの左遷先じゃなくて、精神が折れるような職場を用意したのさ。後は――貴族たちを押し込める場所だね」
「貴族を?」
「立場を利用して好き勝手にする奴らが多いからね。軍ではそれが命取りになるし、それならパトロール艦隊の司令官にでもしておけ、ってね。おかげで数が増えて、艦隊を再編するにも金がかかるから放置だってさ」
「維持する方が大変だろうに」
「補給物資を渡しておけば稼働するし、ほとんど見捨てられた環境だよ。あと、真面目にパトロール艦隊は必要だからね。何もない場所に海賊たちの住処が出来たら笑えない」
大勢の複雑な事情が絡み合い、無駄の極みを維持しているということか。
――いや、悪くないな。
「面白い話じゃないか」
「興味があるのか? リアムは黙っていても正規艦隊配属だろうに」
「そっちには興味がない」
そう、俺は内々に正規艦隊から配属の打診を受けている。
是非ともうちの艦隊に! と、各所から声がかかっているのだ。
正規艦隊にも色々とあり、国境配置の艦隊もいれば地方に配置された艦隊もある。
首都星防衛のために必ず三個艦隊が存在しており、正規艦隊の中でもエリートが集まる近衛艦隊だ。
近衛艦隊からもうちに来いと声がかかっているが、ハッキリ言って興味がない。
上から命令されるのは嫌いだし、自分の好き勝手に出来るパトロール艦隊は最高ではないだろうか?
「俺はパトロール艦隊を希望する!」
「――リアム、君は馬鹿か?」
「何故だ?」
「私の話を聞いていたのか? 兄が閑職に回されて、心が死にそうだと泣き言を呟いてくるんだぞ。自らそんな場所に配属されたいなんて阿呆だよ。おまけに、パトロール艦隊の装備は全て旧式だ。艦内環境も悪い。そんな場所で四年も過ごしたいのか?」
ウォーレスは何も分かっていない。
お金持ちの俺がパトロール艦隊に配属になるのだ。
当然、艦隊に投資するに決まっている。
「艦艇など買えばいい。豪華客船並みの艦艇を用意すれば、暇な仕事も楽しくなるだろうさ」
「――軍が金を出すわけがないだろ」
「金を出すのは俺だ」
「え?」
「俺が金を出して艦艇を買う」
「いや、でも――リアムだけ豪華客船に乗っていれば、周囲の反感を買うよ」
「問題ない。全て買い換えればいい。だが、そうなると配属時に投資しても間に合わないな。――よし、今から俺に相応しい艦隊を用意しよう」
「――え、本当に用意するの?」
「もちろんだ。ティアが来年には士官学校を卒業する。あいつには先に俺の艦隊を用意させることにしよう」
寄付をして希望の配属先を得るのではない。
望む配属先は自分で作るのだ!
軍に文句を付けて、自分の艦隊を用意する――何と悪徳領主らしいことだろう。
金の力で軍すら従えるというのが、俺の心に響いた。
「色んな貴族がいたけど、リアムみたいな奴は流石にいなかったと思うよ」
「帝国初か? それはいいな。早速、ティアに命令しておく」
◇
通信室。
ティアが話をしている相手は、かつての上司である宰相だった。
『――自ら艦艇を用意する貴族は多い。パトロール艦隊を丸ごと用意する貴族もいた。だが、伯爵のような貴族は初めてだよ』
宰相も驚きを隠せない様子だ。
その姿を見ながら、ティアは自信満々に言うのだ。
「帝国の問題が一つ解決するのです。悪い話ではないと思いますが?」
『伯爵の息のかかった艦隊が生まれるというデメリットもある。だが、艦隊の補充と無駄に膨れ上がったパトロール艦隊の削減――かなりの費用がかかるぞ』
「リアム様から“俺に相応しい艦隊を用意せよ”と命令されております。そのための予算は与えられていますので、何の問題もありません」
リアムはパトロール艦隊を用意しろと言ったのだが、ティアにとってリアムに相応しい艦隊の規模は正規艦隊並である。
予算も十分にあるため、無駄なパトロール艦隊をかき集めて正規艦隊並みの規模を編成することにした。
その許可を宰相に求めたのだ。
軍の上層部は認めない可能性が高く、帝国の財政状況にメリットがあると言っても理解しないだろう。
なので、この問題を認識している宰相に連絡を入れた。
『――軍を離れる際には、艦隊は帝国で運用する。それから、表向きの司令官はこちらで用意する』
「表向き? リアム様が指揮を執るのは不安だと?」
『君も含めて若すぎる。正式に配属されても階級も足りていないだろう。無理に昇進させると軍部が五月蠅い。表向きの司令官は用意するが、実権は君たちだ』
ティアは思う。
(こちらの負担が大きい割に見返りは少ないが、こんなところだろうな)
「――分かりました」
『実に素晴らしい提案だった。帝国は大きな問題を二つも解決できる』
通信が終わると、ティアは気合を入れる。
「リアム様に相応しい艦隊を用意しなければ――二年で無駄なパトロール艦隊をかき集め、人員の再教育と訓練が必要だな。艦艇の用意も進めて――リアム様が正式に配属されるまでに間に合わせなければ」
ポンコツぶりを発揮することも多いティアだが、能力は本物だった。
「リアム様に相応しい艦隊――お側で支えるのは私」
両手を頬に当ててウットリするティアだが――能力は本物だった。
◇
リアムたちが士官学校で動き出している頃。
バークリー家でも動きがあった。
「くそっ!」
カシミロが次々に上がってくる報告に不満を募らせていた。
リアムとの数年に渡る経済戦争だが、どれも調子がよくなかった。
理由は単純で、札束での殴り合いが終わらないからだ。
「何なんだ? 何なんだ、あの小僧は!」
惑星開発装置――エリクサーを生み出す装置を持つカシミロにどこまでも食らいついてくる。
おまけに、リアムが軍に大量に投資したという噂話も聞こえてくる。
バークリー家と争いながら、軍に投資するだけの余裕があると見せつけられていた。
「エリクサーをどれだけばらまいたと思っている!? ここまでして追い詰められないということは――そうか、奴も持っていたのか!」
リアムも何かとんでもない装置を持っている可能性が出て来た。
ただ、デリックが失った惑星開発装置を回収した可能性が高いだろう。
あれがあれば、確かに自分とも戦える。
――まさか、回収したあの装置を正しく扱えるとは、カシミロは思ってもいなかった。見た目はただのわけの分からない球体だからだ。
ただ、そんな装置もバークリー家には複数存在しているので、最終的にはカシミロが有利だ。
しかし、互いにつぶし合っている状況がどれだけ続くか分からない。
経済的な殴り合いをしてはいけない相手だった。
「このままつぶし合えば勝てる。勝てるが――失うものが多すぎる」
無駄に経済的に殴り合っていても時間の無駄だった。
そこでカシミロは、すぐにこの不毛な争いを止めることにする。
――リアムとの戦いを、ではない。
「小細工は終わりだ。あいつは本気で潰さなければ、俺たちがいずれやられる」
まだ若く、才能があるリアムだ。
カシミロとは残っている寿命が違うし、これから経験を積めば厄介な存在になるのは間違いない。
自分の息子たちでリアムに勝てるのか? ――無理だと察したカシミロは、すぐに連絡を入れた。
『どうした、親父?』
「――軍に連絡を取れ。リアムと戦争をするために専門家を集めるぞ」
『戦争!? 急ぎすぎだ、親父!』
「馬鹿野郎! 勝てる内に潰さないと、バークリー家が奴に踏み潰されるんだよ! いいから黙って従え! バンフィールド家に勝てる軍人を連れて来い。どんな奴でもいい。あの小僧に勝てるなら――どんな奴だって好待遇で受け入れてやる」
カシミロが本気でリアムに恐怖を抱いていた。
その様子を見守っているのは――案内人である。
リアムに強い関心を抱くカシミロに気が付き、足を運んだのだ。
案内人が拍手をする。
「素晴らしいぞ、カシミロ。お前はリアムを正しく脅威と判断した」
案内人が気に入ったのは、カシミロが自分好みの人間であるということと――リアム以上に軍事力を所持している事だ。
十万以上の艦艇に、海賊たちやら貴族たち。
動かせる戦力は何十万隻にもなるだろう。
対して、リアムはこれから増えても五万隻に届かない。
既に三万を越える規模の艦隊に満足しているからだ。
勝ち続けて傲慢になっている今が、リアムを倒すチャンスなのだ。
「リアム――お前の油断が命取りになるのだ」
味方が少ないため、リアムはほとんど一人で戦わなければいけない状況だった。
「カシミロ――お前なら勝てる。お前を全力で支援してやろう」
案内人から黒い煙が出てくると、カシミロの体にまとわりつく。
その姿を見ながら、案内人は両手を広げるのだ。
「今からお前には打倒リアムを掲げるだろう者たちが集まってくる。帝国の闇がリアムを殺すために集まるのだ! お前はそれらを束ね、力としろ!」
リアムの敵になり得る存在を引き寄せるように調整した。
これで更にカシミロに味方する者たちが増え、戦力差は開くだろう。
質では対応しきれない数を前に、リアムがどのような断末魔を上げるのか案内人は楽しくて仕方がない。
「今までに仕込んできた種もある。安士は間に合うかどうか分からないが――あの女もいるからな」
リアムに復讐心を抱いていた女――【ユリーシア・モリシル】。
「いずれ望み通りリアムの側につけるようにしてやろう。あの女に刺されるリアムというのも面白いからな」
どんなにあがいても、リアムでは切り抜けられない状況が出来上がりつつあった。
案内人は幸福感に包まれる。
「分かる。分かるぞ――リアムが追い詰められているのが分かる!」
リアムの前に強大な敵が現れようとしていた。
ツライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が閑職にいきたがって――辛いです」
マリエ( ゜∀゜)「もうすぐコミックの『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 1巻』が発売だからチェックしてね。原作は1~3巻まで発売中よ! 買ってね♪」
ツライアン(´;ω;`)「後書きに余計な人がいて――辛いです」