呪星の毒
「コミカライズ版 乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 1巻」『6月8日』発売です!
原画:潮里潤先生 キャラクターデザイン:孟達先生 原作:自分!
※男主人公が苦手な方にはお勧めしません。男性向けです。
原作もよろしくね。
士官学校の一室。
そこにはバークリー家出身の貴族が、取り巻きと共にアタッシュケースに入った代物を確認していた。
「こいつが
アタッシュケースには厳重に保管されたカプセルに入った紫色の液体があった。
小さなカプセルに入っている液体は――毒だ。
「無闇に触らないでくださいよ。そいつは毒と言うよりも呪いの類いですからね」
「これ一つで、本当に相手が呪われるのか?」
取り巻きが呪星毒について説明する。
「こいつを使えば、あのリアムも毒殺とバレることなく殺せますよ。おまけに、こいつの呪いは本物です。何しろ、惑星を焼かれて死んでいった者たちの怨念を物質化したものですからね」
惑星ごと滅ぼされた人間や生物、そして星の怒りが液体となったものだ。
これを摂取すると呪われて苦しみながら死んでいく。
そして治療法はエリクサーくらいしかなく、手元になければ治療も間に合わない。
時間が過ぎればエリクサーですら治療できず、苦しみ抜いて死ぬ。
「――爺様や親父たちは臆病なんだよ。俺がこいつでリアムを殺して、ファミリーの幹部になってやるぜ」
取り巻きがへこへこと頭を下げる。
「その時は俺の手柄も忘れないでくださいよ」
「分かっている。それより、こんなものをどこから手に入れたんだ?」
取り巻きがニヤニヤしながら、意外な名前を答える。
「“惑星再生活動団体”って知っています?」
「聞いたことがあるな」
「あいつら、裏ではこうした品を取り扱っていましてね。表向きは慈善事業をしていても、滅んだ惑星から色々な物を奪い去っていくわけです。惑星の再生なんて、本気でやっちゃいませんよ」
出来ればするが、本気で惑星を再生しようとはしていなかった。
代わりにこのような危険な品を取り扱い、莫大な利益を得ている団体だ。
「ま、どうでもいいけどな。こいつをリアムの食事に入れればいいんだな?」
「カプセルは溶けますが、中身は外に出ません。スープにでも混ぜてやれば、中身の具材と間違えますよ」
「――へへへ、あいつも今日でこの世からおさらばだ」
◇
取調室。
向かい合って座っている相手は、憲兵隊の准将だった。
そんな相手を前に太々しい態度を取っている俺は、士官学校で起きた不審死事件の犯人にされている。
「伯爵、貴方はバークリー家との間に因縁がありますね」
候補生に過ぎない俺を、准将閣下が気を使って対応する。
だって俺は偉いから。
だが、無実なのに犯人扱いは止めて欲しい。
「言いがかりは止めてもらおうか。俺が殺したという証拠がどこにある?」
「死んだ候補生はバークリー家の関係者です」
「それがどうした? バークリーなんて苗字は多いからな。どのバークリーか分からない。俺に喧嘩を売った馬鹿共の関係者なのか?」
そもそも死んだ候補生に興味もなかった。
そして、取調室のドアの向こうでは――。
「てめぇ、リアム様をこんなところに閉じ込めやがって! ぶっ殺してやろうか! 証拠もないのに閉じ込めて、責任取れると思ってんのか? あ゛ぁ?」
――マリーが荒々しい言葉を使っていた。
憲兵が何人も集まり、マリーを押さえ込んでいるようだ。
「お、落ち着いてください!」
「士官学校の許可は得ています」
「だから、アリバイを確認しているだけですって!」
そんな声が聞こえてくると、俺は目の前の准将を見る。
「犯人と決めつけているのはお前の判断か?」
「い、いえ。しかし、この状況はどう考えても」
俺がバークリー家と喧嘩しているから、俺が殺したとか何だよ。
俺はこういう冤罪が大嫌いだ。
前世で離婚した時に、一方的に悪者にされたことを思い出す。
部屋の外には新しい人物が現れた。
どうやら、士官学校で四年生になったティアらしい。
「この化石が。お前が側にいながら、リアム様をこんな場所に閉じ込めるとは――やっぱりロートルは駄目ね」
「ミンチ女ぁぁぁ!」
俺を助けに来たのかと思ったが、マリーに喧嘩を売りに来ただけのようだ。
ドアの前が騒がしくなっているから、きっと取っ組み合いの喧嘩をしているのだろう。
「だ、誰か二人を止めろ!」
「人を呼べ!」
「士官学校の教官を連れて来い!」
憲兵たちが大騒ぎをしており、准将も右手で顔を押さえて溜息を吐いている。
どうでもいいが、あいつらは俺を助けるつもりがないのか?
俺の中であいつらの評価がグーンと下がったね。
「化石は粉々にしてやるわ!」
「挽肉にしてやんよ!」
ドアがもの凄い勢いで叩かれ、歪み、壁にはひびが入っていた。
あいつら本当に何がしたいんだ?
俺の筆頭騎士と、次席騎士の自覚がないんじゃないか?
腹が立ってきた。
「証拠がないならもういくぞ。いつまでも付き合っていられるか」
そう言って立ち上がると、准将が俺を制止する。
「お待ちください!」
「五月蠅い。証拠を持って出直してこい」
取調室の中も外も騒がしくなってくると、一人の憲兵が息を切らして部屋に入ってきた。
「閣下! 証拠が見つかりました!」
「何!? そうか、でかした! 伯爵、これで言い逃れは出来ませんぞ!」
俺を捕まえる気の准将に、部下の憲兵が首を横に振る。
「ち、違います。証拠が出て来たのは――死亡した候補生の部屋からです。それから、呪星毒を持ち込んでいました」
「――な、何だと? す、すぐに本部に連絡しろ! 士官学校も候補生たちを校舎から退避させろ!」
俺を捕まえようとしたことを無視して、何やら慌て始めている。
それにしても呪星毒――聞いたことはあるが、確か呪いの塊だったような気がするな。
飲むと不幸になるとか何とか。
そんなものを飲むとか、バークリー家の連中は馬鹿なのか?
◇
遺体の安置室。
そこには苦しみ抜いて死んだ――リアムを暗殺しようとした男がいた。
部屋にやって来た案内人は、その男を見て心底嫌そうな顔をする。
「――呪い殺そうとした発想は悪くないのですけどね」
暗殺に成功していれば、多少残念だが案内人も喜べた。
しかし、結果は失敗。
毒殺を仕掛け、危険を察知したククリにより逆に毒殺されてしまうという体たらくである。
「だが、お前はリアムと縁のある存在だ。その苦しみも絶望も、全てが効率よく私の糧になる」
案内人が男の顔に手を当てると、随分と安らかな顔になるのだった。
リアムと縁を持ちすぎてしまった案内人は、リアムと無関係の負の感情は吸収効率が悪い。ただ、逆に縁さえあれば、普段以上に吸収効率がよくなる。
まるで美酒でも味わうかのように、案内人は男の感情を楽しんでいた。
「一つの惑星が滅ぼされた負の感情も相まって、何とも美味だ。名前も知らぬ子よ、お前は間抜けであったが私の糧になったぞ」
案内人が更に力を大きく取り戻し、口元が三日月のように広がった。
「随分と力も戻ってきた。リアムを地獄に叩き落とすために、もう一手――いや、二手、三手と用意しておくか」
ここまで自分を苦しめたのはリアムが初めてである。
だから、案内人は絶対に手を抜かないと決めていた。
今まで油断していたために、何度も足下をすくわれてしまった。
取るに足らない存在だと決め付けたために、自分は苦しんできたのだ。
「リアムの敵を集めるのだ。慎重に――そして、いずれリアムを!」
案内人は高笑いをしながらその場から消えていく。
◇
帝国の宮殿。
そこで宰相は、士官学校からの報告書を読んで憤っていた。
周囲にいる部下たちも緊張している。
「――呪星毒の無許可での取り扱いはどのような扱いだったかな?」
部下たちに問うが、宰相もどのような刑罰が相応しいのかは当然のように知っている。
問題は相手がバークリーファミリーということだ。
普通に処罰すると面倒が起きてしまう。
落としどころを見つける必要がある。
「お家断絶が適当でしょうが、バークリー家は一つの家を切り捨てて終わりです。たいした痛手にはならないでしょう」
小さな男爵家の集合体と見せているだけで、実際は公爵家規模だ。
表向きは男爵家の集まりなので、処罰してもトカゲの尻尾切りを行うだけ。
バークリー家――カシミロの首は取れない。
どうしてバークリー家がここまで栄えることが出来たのか? それは、エリクサーを安定供給するのとは別に、先代の皇帝陛下から寵愛を受けていたからだ。
エリクサー献上の功績で近付き、色々と支援して悪行を働いてももみ消してもらえていた。
気が付けば大きくなりすぎており、宰相としても頭の痛い問題になっている。
だが、正義のためにバークリー家を切って、帝国に大きな問題が発生しても困る。
バークリー家はそれだけの影響力を持っていた。
「カシミロの首にはどうせ届かぬか」
「はい。それでしたら、エリクサーを献上させた方が帝国のためになるかと」
「歯がゆいものだな」
宰相が内心でリアムに期待しているのも、この状況を打破できる可能性を持っているからだ。
帝国が動けばこの問題も片付くが、巨大すぎる帝国は動きも遅い。
そして、動き出してしまえば止まるのも難しい。
そのまま帝国崩壊に繋がる可能性もあるため、安易に動けないというのが現状である。
部下の一人が別の件を報告してくる。
「宰相。軍部からレアメタル不足の解決を理由に、失った正規艦隊の補充を求める声が上がっています」
「――軍部も無理を言う」
星間国家は帝国だけではない。
隣接――と言っても、かなり離れているお隣の国と帝国は交易もあれば争いもある。
当然のように国境に定められている場所では、軍隊が存在して守りを固めている。
時に攻め込み相手の領地を奪う。
そして、広大な領地を持つということは――帝国の抱えている国境は非常に多いという意味だ。更に、常にどこかで戦争が起きている。
補充する側から、消費されているようなものだった。
レアメタルは艦艇などの重要機関に使用されることが多い。
代用金属も使用されるが、性能に明らかな差が出てくるため前線ではレアメタルを使用した艦艇を求める声が多かった。
リアムが大量のレアメタルを納めたと軍部が聞きつけ、当然のように補充を求めてきたのだ。
宰相が最近の戦争の結果を見る。
「各地で押し込まれているな」
部下がその理由を述べる。
「色々と理由はありますが、一つにリソースの効率的な運用が出来ていないからではないでしょうか? 無闇にパトロール艦隊を増やしすぎたツケもありますし」
パトロール艦隊。
帝国領内を守る重要な艦隊だが、その中には貴族のボンボンたちを押し込めるような艦隊も用意されていた。
中には人の下につきたくない貴族が、士官学校を出てすぐにパトロール艦隊の司令官になるケースもある。
一部の軍人たちが、ライバルなどの左遷先として無駄に旧式装備のパトロール艦隊を用意した経緯もある。
とにかく、無駄に膨れ上がっていた。
中には脱走して海賊になる者たちもいて、早期に解決が求められるのだが――その予算やら人員、その他諸々を手配している余裕がない。
「頭の痛い問題ばかりだな。再編するにも金がかかる。いや、むしろ金がかかりすぎる」
解散と言えば全て終わるわけではなく、艦隊の装備の扱いやら人員の再配置。
そもそも扱いの悪いパトロール艦隊も多く、兵士たちはまともに訓練を受けていない。
訓練を定期的に行わない艦隊は、すぐに練度が落ちてしまうため兵士たちの再教育も必要になってくる。
帝国の国力は凄いが、全てを行えるほどに手が足りているわけではなかった。
「さて、どうしたものか」
次々に出てくる問題に、宰相は頭を悩ませるのだった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。うちの騎士たちが――辛いです」