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エロ同人出身vsソシャゲ出身 - インドの大運動会/ドスベロの小説 - pixiv
エロ同人出身vsソシャゲ出身 - インドの大運動会/ドスベロの小説 - pixiv
45,997文字
エロ同人出身vsソシャゲ出身
エッチな同人誌にしか出てこないようなムチムチどすけべボディの未亡人とフロイドの我慢限界恋物語のラクガキ。

捏造過多。
なんでも許せる人向け。
フロイドが25歳です

なるべく調べましたが、あまりにもなんちゃって京言葉です。全然違いましたら本当にすいません。殺してください。
京言葉だったらこうだよって言うのがあったらこっそり教えて殺してください。
本場の方ごめんなさい。

蛇足↓

全ての男性向けエロ漫画に出てくるお姉さんが幸せになってほしいと思っている気持ち悪いオタクです。
このアカウントはフロイドさんにラノベ出身のかわゆいハーフエルフとかえっちなサキュバスとかツンデレ金髪ツインテ幼なじみとか、えっちな同人誌出身の爆乳ドジっ子メイドとかそんな丈あるわけねぇだろってくらい短いスカートのナースとかそんなわけねぇだろってくらいおっぱいの大きいJKとかとCPになって欲しいという欲求が一年前くらいからずっとあったので、やっと落書きしました。
FANZA同人でフロイドが竿役で居ない意味がわかりません。
たくさん検索したけど出てきませんでした。目線入っててもいいし、寝取り役で出演してもいいし、挿入の時は体が透けてていいから見たかったです。でもないから自分で書きました。
世知辛いですね。

早くフロイドさんがラノベの主人公になる話が読みたいです。ピッコマによくあるなろう系で2ページ目にはハーレム築いて欲しいです。
もしフロイドさんが銀髪ハーフエルフお嬢様と付き合ったってフロイドも人魚だし魔法使いだしバーテンダーだしヤクザだし属性勝負じゃ負け無いわけですし、なんの問題もないと思いました。
これ誰にも共感してもらえないんですけどね。

でも前回もフロイドがNetflixに出てない意味がわからない、俳優じゃない意味がわからないって暴れた時も共感してもらえなかったけどロスデュラン家の花婿書いたら納得してもらえたので今回も黙って書くことにしました。
少しでも布教できたら嬉しいです。
ボケが
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2021年8月17日 15:01

極悪浄土



「兄弟、ちょっと良ーい?」

仕事帰り、サラリーマンは後ろから突然ポンと背中を叩かれた。
振り返って見れば、立っているのは巨大な外国人。青羅紗の髪をしたちょっと人間には見えないハンサムな男である。
人間風とでも言えば良いのか。
とにかくそんな男が突然親しげに話しかけてきて、腰を抱いてきたのである。
サラリーマンは「わっ」と慌て、「ちょ、ちょっとなんですか」と肩を丸めて言った。

「オレ今困っててさ。金貸してくれない?」
「へっ」
「金。貸してくれない?」

カツアゲだった。
サラリーマンは勿論断ろうとしたが、男の力は物凄く強く、あっさりそのまま人気のない裏路地まで連れて行かれてしまった。狭くて黒い道、恐喝かセックス以外には使わないようなジメジメした場所に。
恐ろしい男に絡まれてしまった男は結局財布を差し出すしかなかった。給料日、せっかく金が入ったのに。巻き上げられてしまうのかと思うと震えと悔しさが止まらない。

「け、警察、呼びますよ」
「え?ああ、呼べば」

外国人は流暢な日本語で言った。
その威圧感は並大抵ではなく、怖くて仕方がなかった。男は車の走行音や居酒屋の呼び込みを背に、サラリーマンの財布を手に取ってお札を何枚か抜き取る。
そしてそれを手の中でペラペラ見て、「ふーん」と言った。

「で?この中で一番価値のある紙ってどれ?」
「へ?」
「どれ?」

外国人はお札をペロッと見せて言った。
こんなに日本語が上手な癖、この国の紙幣については詳しくないらしい。サラリーマンは意外に思って、同時に意趣返しをしてやりたくなった。こっちは安月給で頑張ってるんだ、少しくらい…と思って、千円札を指さそうとすると。

「あ。ごめんねぇ、悪いニュース。オレ嘘発見機付いてんの」

と、外国人がニコッと笑って、自分の金色の目を指さした。

「スグバレるよ〜〜♡」

あは。
彼は暗い場所で笑った。サラリーマンは泣きそうになりながら一万円札を指さした。
すると彼は律儀に頷いて、「ふーん」と言って。
突然、手の中で一万円札を〝増やし〟始めた。
バラバラバラバラと手の中で一万円札が印刷されていくみたいに、カードマジックみたいに。
スプリングみたいに右手から左手に一万円札が落ちて積み重なっていくのだ。

「………」

サラリーマンは目を見開いてそれを見ていた。
目の前の光景の意味が全くわからず。
外国人は一枚の紙幣を二百枚くらいまで増やして、それをポケットに突っ込んだ。
そしてサラリーマンから受け取っていたお金を、「はい、どーも」と返す。

「え、あ、か、返して、く、くれるんですか」
「え?そりゃ。貸してっつったんだから返さないと。欲しかったら頂戴って言うよ」
「か、カツアゲ…じゃなかった」
「あは、人聞き悪ぅい」

サラリーマンは財布をギュッと握りしめてダクダク汗をかいた。外国人はそれを見下ろして少し笑い、いきなり彼を抱きしめる。

「ありがと兄弟。初めて会った気がしない」
「ヒュッ」
「お返しにぃ、そぉだなあ。じゃ、魔法かけてあげる」
「な」
「帰り、どっか女の子がいるところにでも行ったら?スゲーモテるよ」
「え、あ」

目の前に突然キラキラした粉が降ってきて、それがサラリーマンの顔にかかった。
外国人はニコニコして、彼の背中を三度強く叩きながら「じゃ、またどっかで」と言う。

「良い日を」

ウィンクされた。
それは痺れるくらい様になっていた。
外国人は路地裏から去っていく。
サラリーマンはヘナヘナしゃがみ込んで、なんなんだと呟いた。
その後、結局半信半疑でキャバクラに行った。
すると彼の言う通り、彼は本当に信じられないくらい女の子にモテてしまう。驚いたサラリーマンは、神様って本当にいるのかもと思った。
相手は神様ではなく、ウツボだったが。





フロイドは仕事でミスをした。
それは結構面倒なもので、命を狙われかねないパンチのあるミスだった。
アズールは言った。
「身を隠せ」と。しかしワンダーランドのどこに身を隠しても追いかけてくるような集団を相手にしてしまったので、雲隠れも難しかった。
だからマズいなあ、殺されちゃうかもなあと思っていれば。

『異世界まで逃げれば流石に追ってきませんよ。監督生さんを頼りましょう』

と、アズールが言ったのだ。
他に手段はなく、そうすることに決まった。フロイドは鏡を通って日本にまで雲隠れをすることになったのだ。
キャリーケースを一つ持って。
小エビに日本語を教えて貰い、翻訳の魔法までかけてもらってやってきたのはサムライジャパン・東京。吉祥寺の繁華街。
フロイドは「あー、大事になっちゃったなあ」と思いつつキャリーケースを引きずって歩き、ここが小エビちゃんの世界かとキョロキョロ辺りを見ながら暫く歩いていた。

しかしそこでマドルが使えないことに気が付き、カツアゲ紛いなことをして魔法で偽札を作った。
魔法で作ったものなのでバレることは万に一つもあり得ない。
その金で適当に飯を食い、ホテルに泊まった。
異世界だろうが何だろうが、金さえあれば何とかなる。あとは言語が通じれば問題ない。
彼はホテルに止まっている間、本屋に通って日本の法律を取り敢えず頭に叩き込んだ。疑問があればデリヘルの女の子を呼んで、常識的なことや辞書に載っていない日本語まで教えて貰った。
デリヘルの女の子は「あたし、あんまり勉強できないけど」とえっちなことをしにきたのに何故か勉強会に付き合わされてキョトンとしていたが、やがて協力的になってくれた。

「勉強だったらあたしよりもっと得意な子いますよ。おんなじお店の子なんですけど、仲良くって。その子家庭教師やってるんです。もし良かったら紹介しますよ」
「んぇ、ほんと?」
「うん。ほんと」

女の子はフロイドの元に通う内、そう言ってくれた。日本人が親切なのって本当なんだなあとフロイドは思い、その子に多めにチップを払った。
女の子は「やだーっ。こんなに貰えないよぅ」とかわゆく笑ったが、やがて受け取ってフロイドに嬉しそうに抱きつき、本当にその子を紹介してくれた。
フロイドはホテルに次々女の子を呼んだ。女の子達には独自のネットワークがあって、「あのフロイド・リーチって言う外人さんのところに行ったら勉強会することになるっぽい」という顧客情報を共有し、教えるのが得意な子をオーナーが回してくれたりした。

「リーチさんってさ、なんで日本に来たの?」
「んーとねぇ、仕事でミスって飛ばされたの」
「そっかあ。大変なんだねえ」
「そーなの。大変なの」
「ね、なんでウチらに教えてするの?他の学校とか言って教えてくださいすれば良いのにぃ」
「オレ公的な身分証持ってねーからさぁ。できねーの」
「ありゃー。困ったねえ」
「ねー」

女の子達は優しくて、プライベートなところまでは聞かないでおいてくれた。
仕事は何してるのとか、深いところには一切触れない。店からそういう教育をされているのだろう。
有難い話だった。詳しく語ると薬をやっていると思われるからだ。
フロイドはデリヘルの女の子が持ってきてくれた日本映画を一緒に観て、逐一「今のどういう意味?」と聞いて教えて貰ったり、「オレ昨日これやって怒られたけど、ダメなの?」と聞いて「それは絶対ダメ」と怒られたり、移動は全て新幹線か電車か車か飛行機だと聞いて「あ、ワープできねえのか。そりゃそうか」と頷いたりと、割と楽しく過ごした。

女の子はたまに「本当に何もしなくていいんですか?」と不安そうに聞いてくる。
たくさんお金をもらっているのにえっちなサービス一つできないことに引け目を感じているのだ。
あんまり不安そうにする子もいるので、そういう時はそういうことをした。
なんか可哀想だったからだ。
そこでフロイドは日本人のセックスが少々特殊であることを知る。
女の子は明らかに嫌ではないのに、みんな大抵行為が進むと「いや」「だめ」「やめて」と言うのだ。
それにみんなアンダーヘアがあった。
ワンダーランドではツルツルにするのが常識だから、ここにもお国柄ってあるんだとびっくりした次第である。
あんまりダメダメ言われるからあとで店に怒られるかなと思えば、女の子は終わればメロメロとフロイドにしなだれかかるのであった。
全く持ってよく分からない話だ。
だが、マァ、慣れてくれば悪くもない。
照れと恥じらいだと分かってからは、むしろ色気があるとも思えた。

と、こう言うわけでフロイドは独自の方法でこの国について学び、ホテル暮らしにも飽きて自分の家を探すことにした。
自分の巣がないとやっぱり落ち着かないのである。しかし公的な身分証がないから、どうしたものかと東京内をブラブラして。
東京の中でも田舎の方にやってきた。
別にどこだって良いんだけどなあと散歩している時である。

「お」

フロイドが見つけたのは、住宅街の片隅にある絵に描いたようなボロボロのアパートだった。二階建てで、地区何年かも分からない昭和感あふれるその建物。錆びた鉄骨階段があって、扉なんかは木製である。

「すげー…」

これ、こういうの映画で見たことある。
ワンダーランドじゃちょっと見れない建物だ。
人なんか住んでんのかなと思って近づいて見てみると、人はどうやら住んでいるらしい。
ツタの這う壁、吹けば飛ぶような造り。
さくら荘と書かれている。オンボロ寮なんてこれを知ったあとでは城のように見えるほど。
フロイドは思わず写真を撮った。物珍しかったからだ。ニャンコもいたので、ニャンコも撮る。

こんな場所があるんだなあ、中見てみてーなあ、と思ってしゃがんでニャンコを撫でていると。

「あれ、入居希望の人?」

と、後ろから小(こ)んまいお婆ちゃんがニコニコ話しかけてきた。フロイドが入居者希望の看板をじーっと見ていたからだ。
フロイドはパチ、と後ろを振り返り、お婆ちゃんを見て。

「うわ!ジブリのおばあちゃんだ!かわいい!」

と目をキラキラさせた。
お婆ちゃんは「(ジブリには)出てないよ」とニコニコしていた。彼女はどうやらここの大家さんらしい。

「ねーねー、日本って本当にトトロいるの?」
「いるよ」
「スゲーッ。会える?」
「場所は知らないねえ」
「でもいるんだあ」
「日本語上手だねえ」
「おかげさまで〜」
「モデルさんかしら」
「よく言われる〜」

フロイドはお婆ちゃんを見て、妖精みたいだなーと思った。ちっこくてニコニコしてて、しわくちゃで可愛い。彼女はアパートの掃除をしていたみたいで、落ち葉を小さいホウキで、これまた小さいちりとりで集めていた。
フロイドはお婆ちゃんの隣にしゃがみ、ニャンコを撫でながらお話をする。

「オレさあ、電撃で飛び出してきたから日本にお家なくてさー」
「おやま」
「ホテル暮らし飽きちゃったのお。でも身分証オレの国のやつしかねーからどこも入れてくんねーかなーって」
「あるのかい」
「あるよ」
「見せてご覧」
「うん」

フロイドはワンダーランドの身分証を渡して見せた。お婆ちゃんは眼鏡を外してそれを見る。
そして、「なんて名前の子」と聞いた。

「フロイド〜」
「ふろいど」
「ウン」
「ウチだったら住んでも構わないよ」
「マジ?…」

そう言われて、フロイドは改めてこのオンボロなアパートを見つめた。
中を見てみたいけど住むとなると死ぬほど不便だろう。夏は暑そうだし冬は寒そう、駅からも遠いし隙間風も虫も多そう。
いや、どうかなと思ってボケッと見て、「まっくろくろすけ居るなら住みたいな」と思っていると。

「、」

アパートの一階から、綺麗な女が出てきた。
一瞬天女かと見紛うような美しい清女である。
長い黒髪をゆるく結い上げ、長い前髪を真ん中で分けてゆるく耳にかけている。
柳のような困った下がり眉と、伏し目がちの大きな目が印象的な…幸の薄そうな肌の白い美人だった。
おっぱいとお尻がかなり大きくて、身長はスラリと高い。けれど着ている薄っぺらいワンピースと貧乏くさい靴で台無しにしているといった具合である。

「……」

もうなんか、全体的にもっちもちだった。
ウエストや足は細いけれど、出るところが出ていてもっちもちである。
そのもっちもちがこちらに気が付き、お婆ちゃんにほろりと笑いかけた。

「こんにちはぁ。暑ぅなってきましたね」
「こんにちは。アンタそんな薄い服着てたら風邪引くよ」
「ふふ、ウチ体だけは頑丈なんよ」

しかも関西弁だった。
ほろほろ優しい声ではんなりと。
いつまでも聞いていたいような涼しい声で、もちもちは大家さんと少し話す。そしてフロイドに気が付き、笑い顔のまま頭を下げると。
もちもちの綺麗なお姉さんはそのまま何処かへ出かけて行った。

「………」

えっちな漫画に出てきそうなお姉さんだった。
「オンボロアパートの淫乱未亡人、花散らす」とかなんかそういうちょっと古いタイトルの。
あんまりえっちだったもので、フロイドは開いた口が塞がらなかった。
ニャンコを撫でる手が止まり、馬鹿面のままお姉さんが去って行った方角をぽかんと見つめたままである。
あんなに風情のある色気を持った女は、この人生で見たことがなかったのだ。

「Oh my Gad…」
「今のお蝶さん。綺麗でしょ」

お婆ちゃんは一生懸命枯れ葉を集めながら言った。フロイドは「…お蝶さん」と働かない頭で復唱する。
 
「え、ここに住んでんの?」
「そうよ。結構長く」
「住むわ」
「ん?」
「オレここに住む。っていうかもう住んでる」

まっくろくろすけよりもよっぽど良いものが住んでいた。トトロよりも何よりも。
えっちなお姉さんにかかっては、全てが吹き飛んでしまうのであった。

「惚れたね?」

お婆ちゃんはホッホッホと笑った。
フロイドはそのかわゆいお婆ちゃんの頭を撫でながら、「オレの」と思った。

オレの新生活が始まる───……!と。





「ア"ハハハハハ」

フロイドはのけぞって笑った。
と言うのも、自分の借りた部屋があまりに狭かったからである。
木製のドアを開ければ、まず左手側に便所。右手側にキッチンと風呂があった。
板張りの床は歩くたびギシギシ軋み、天井はかなり低い。
目の前の立て付けのガラス戸を開けると、現れたのは本物の四畳半だった。
色あせた畳が敷き詰められ、天井からは裸電球がぶら下がっている。
押入れがあって、大きな窓があって、それだけだ。

フロイドはこの独房みたいな狭さと薄暗さ、ボロさに大笑いし、そして気に入ってしまった。
体の大きな彼には全てがミニチュアサイズに見えたのだ。日本人はなんでも小(こ)んまいんだなと思って機嫌が良くなる。
彼はスグに携帯で中の写真を撮って、ヘラヘラ笑って中を見回した。
と言っても本当になにもない。
ついてきてしまったニャンコがのそのそ四畳半に入ってきて、真ん中で体を伸ばすだけ。

「はー、岩穴みてえ」

本当に〝巣〟じゃねえか。
と、フロイドは機嫌良く靴を脱いで、四畳半にゆっくりあぐらをかいた。窓を開けて煙草に火をつけ、フーッと煙を吐く。
そこで彼はこの家にはクーラーすら付いていないことに気が付いた。徹底してんなあと思いながら壁に寄りかかる。
おばあちゃんから聞いたのだが、このアパートはあの綺麗なお姉さんしか住んでいないらしい。フロイドが住んだから、ここは二人しかいないことになる。
この部屋はちょっと前まで男が住んでいたそうだが、ドアノブで首を吊って死んだらしい。曰く付きというやつだ。

フロイドはそれを聞いた瞬間思わず「ビンゴ」と言った。オンボロ・日当たり最悪・曰く付きをコンプリートしたので嬉しくなってしまったのである。
マァでもトイレと風呂が別なのは凄いことだ。
そこだけは良いとこなのかも。
と思って、フロイドは風呂場を覗きに行って。

「ブッ」

再び笑った。
青いタイルが敷き詰められた風呂場は、信じられないくらい狭かったからだ。
特に風呂釜。子供用のビニールプールみたいに狭くて四角いそれはバスタブとはまさか言えなかった。
フロイドは嬉しそうにその中に入り、あぐらもかけないことに気が付いて眉を上げた。体育座りでも自分の体ではギチギチだ。

「あは、」

最高。
これお湯入れたらどうなっちゃうんだろ。
マジで意味ねえんだろうな。
と、フロイドはヘラヘラ笑って風呂釜のヘリに肘をつき、煙草の煙をタイルの壁に笑いを含んでふっかけた。
マァどうせここでの生活も2ヶ月くらいだろう。嫌になったらまたホテルでも泊まれば良いや、と思ってから。
…あの綺麗なお姉さんもこの風呂を使っているんだろうか、と思う。
間取りは同じなのだろうか。
きっと同じだよな。グレードとかないよな。
…じゃああのもっちもちの体、毎日この狭い風呂釜に突っ込んでんの?
体育座りしてギチギチになって入ってんの?
あのもちもちが?
もっちもちがギッチギチってこと?

「…ウワ…えッろ…」

信じられない。
これが日本のエロか、とフロイドはなんだか感動してしまった。
が、しかし。
日本の風情ある色気とはこんなものではないことを、のちにフロイドは知ることになる。
あの綺麗なお姉さんの家に上がれるようになってから、これでもかと言うほど気怠げな日本のエロスを知る羽目になるのだ。

「はー、…暑…」

それも知らず、彼はよっ、こいせ、と風呂場から出て、四畳半に戻った。
あとで布団を買いに行こうと思いつつ。





『見ましたけど、なんなんですあの家は。廃墟ですか』
「えー、ひでぇ言い草。オレの新居なんだけどぉ?」
『…あの、お金なら多少送りますから。困っているのだったら』
「え?別に困ってねえし。金はあるよ」
『あるのかよ。ならなんであんな家にした』

フロイドは畳の上に敷いたマットレスに寝っ転がり、ビールを呑みながらぬるい風を体に浴びていた。

「良いとこだよぉ?大家さんのおばあちゃんがさあ、ご飯たまに持ってきてくれんのぉ。巣穴みたいで落ち着くし。動物の住んでる場所みたいでおもしれってなった」
『それだけか』
「んー。綺麗なお姉さん居てさあ、仲良くなりたくて?」
『お前…』

苦学生の新生活かよ。
アズールはため息をついた。全く、どこだろうとスグに楽しみを見つける男だ。
しかも楽しみ方がいつも変で、接合性がなく、聞いてるこっちが疲れる。悪い夢みたいな男だ。

『マァ、はい。楽しくやってるなら何より』
「あれぇ?怒んないの?反省しろーって」
『なに言っても無駄でしょう』
「えーっ。老いたねーっ、ボス」
『無駄がなくなったと言え』

ブツっと通話が切れた。
フロイドはちょっと笑ってスマホを置く。
彼らは今年で25だ。アレから8年経っている。
かと言って何か変わったわけでもない。変わったと言えば、フロイドがプライベートでもアズールをボスと呼ぶようになったことくらいだ。

今は夏になりかけている季節である。
半袖だと夜はちょっと肌寒い気がするかなくらいの時期。
このアパートは外と大して気温が変わらないので、その内灼熱地獄になるだろう。
フロイドは暇な二ヶ月をどう過ごそうかダラダラゴロゴロしながら考えた。もうほとんどここまでくれば長期休暇でありバカンスなのだ。
旅行に行っても良いし、仕事はPCでできるからどこで何をしてても良い。

さてどうしようかな、と思うのだが。
やっぱり気になるのは一階の住人お蝶さんのことであった。
あのふわふわしたもちもちである。
あんな綺麗な女がなんだってここに住んでるのだろ。
何かあったんだろうか。
話しかけてみればそれで済む話だが、フロイドは別にあの綺麗なお姉さんを抱きたいわけではなかった。
いや、エッチなことはもちろんしたいけど。そういうんじゃなくて仲良くなりたいのだ。
せっかく日本くんだりまで来てこんな所に住んでるわけだから、お友達にでもなりたい。
だからさっさと話しかけてさっさと距離を詰めるより、なんとなく、こう、ちょっとずつってやつ。
と言ったってどうせスグ飽きるんだろうけど。
二ヶ月で終わるバカンスでありロマンスなのだ。
退屈が凌げればそれで良い。…


「ああ、お蝶さん?あの子ねえ、前の亭主が死んだって話だよ」
「えっ。お蝶さん未亡人なのぉ?」
「悪い話は聞くけどね。良い話はあんまり聞かないね。優しい子なんだけど」

フロイドは大家さんの家に上がり込んで、そんな話を聞いた。
小(こ)まいお婆ちゃんはこれまた小まいお婆ちゃんを3人ばかり呼んでいて、フロイドはそんなちっこいお婆ちゃんたちに囲まれながらご飯を食べていた。
彼女達は編み物友達なのだそうだ。

「なあに、フロちゃんあの子のこと好きなのかい」
「ウン。仲良くなりたぁい」
「綺麗な子だからね。フロちゃんとお似合いだ。お似合い」

大家さんの友達のお婆ちゃんは「あっしゃっしゃっ」と変な笑い声を上げて、嬉しそうに言った。
名称のわからないおかずを食べながらゴシップを喜んでいる。この辺りじゃそういうのが娯楽なのだろう。フロイドはこの反応を見て自分の素性を明かさないことにした。近所中に知れ渡るだろうからだ。

「そうだ。あの子ねえ、借金してるんだよ。いろいろと困ってるみたいだよ」
「マジ?」
「この頃借金取りが来るんだよお。朝とか夜とか、時間帯はバラバラだけど。おっきな声出しててねえ」
「ヤクザな連中だよ。参るね、あれは」
「…へぇー。なんで借金してんの」
「子供の為にしてたみたいだよ」
「えっ、子供いんの」
「いや、死んだって。借金してまで育てようとしてたのにね。亡くなっちゃって、借金だけ残っちゃったんだ。可哀想な子だよ」

フロイドは箸を置いて、ちょっと考えるような顔をした。
どうやら随分悲しい女らしい。
曰く付きではなかったようだ。
彼は背の低いテーブルに肘を付き、煙草に火を付けた。ガラスの灰皿を手繰り寄せて、家の隅にある大きなテレビを見るでもなく見た。
アナウンサーが殺人事件を読み上げている。どこも物騒なことだ。

「フーン…。お蝶さん、仕事何してんの?」
「スーパーで働いてるよ」
「そ。…大変だねえ」

フロイドはニコ、とテレビに顔を向けたまま笑った。
最高の話を聞いた。
えっちな漫画に出てくる未亡人みたいだと思えば本当にそうらしい。そして多分、聞くに天涯孤独。それも借金付きときた。

『…困ってる人は助けなきゃね』

慈悲の精神で。
と、フロイドは本職の人間のみが出すような低い呟きを残して煙草の灰を落とした。
その言葉は英語だったから、お婆ちゃんたちは何を言ってるのか分からなくて反応しない。

「じゃーさぁ。借金取りが来たときに助けに行ったらさあ、オレヒーローだねえ」
「助けてやんのかい」
「助けるよお。仲良くなりたいもん。あ、これお蝶さんに言わないでよ?」

フロイドは彼女たちに頼み込み、出されたビールを呑んで庭を見た。大家さん家は広かったが、フロイドにとっては狭い。
どこもかしこも手狭で小まいなあと思いながら、彼は機嫌良くニコニコする。
彼女の家に借金取りが来たら、その時に助けて借りを作らせれば良い。そこから仲良くなれば良いのだ。
お姉さんにとってはヒーローになるわけだし、邪険にもできないだろう。

「借金取り早く来ないかなあ」
「縁起でもないね」
「縁起良いよぉ。恋のキューピットだもん」

どんな助け方してやろ。
やり方によっては強くてカッコ良くて素敵って思ってくんねーかな。と思いながら。

「フロちゃんグレープフルーツあるよ。食べる?」
「食う」

フロイドは孫みたいな顔で大家さんの家に居座り、るるぶを読みながら実行するかも分からない計画を立てるのだった。





「おはようございます」
「、」

しかし。
朝のゴミ出しの際。
フロイドはお蝶さんに会ってしまった。
最高の第一印象にしようと思ったのに。残念ながら彼女とまともに顔を突き合わせたのはゴミ捨て場である。
フロイドは蝉の声が薄ら聞こえ始めた炎天下、朝のお蝶さんを見て、なんだかグッと来てしまった。

彼女は安っぽい黒のバンスグリップで髪をゆるく後ろにまとめ、この前着ていた薄いワンピースを着ている。困った眉は人当たりが良さそうで、その顔は優しく微笑んでいた。
突っかけをパタパタ言わせてやって来た彼女はフロイドにゆっくり頭を下げ、とろ臭い仕草でゴミを捨てている。

「…おはよぉございます」

フロイドは挨拶を返してから、思ったよりも自分が緊張していることに驚いた。
話しかけられればいつも通りニコニコして、どうせ勝手に話せるものと思っていたのに。案外言葉がつっかえて出てこないのだ。
それくらい彼女はキラキラしていて、フロイドには綺麗だった。

…あ、どうしよ。
なんか喋んないと。
すぐ言っちゃう。
フロイドは焦って、少し考えてから。
話しかける言葉なんてなんでも良いのに僅かに躊躇ってしまった。

「あ、ねえ」
「?」
「お蝶さん、だよねぇ?名前合ってる?」

大家さんから聞いたんだけど。
そう言えば、しゃがんでいたお蝶さんはゆるゆると顔を上げてフロイドを見上げた。その仕草もとろ臭くって、なんだか無条件でキュンとする。

「…驚いた。日本語、上手なんやねえ」
「アハ。おかげさまで」
「桂木、蝶子です。ちょうちょうの蝶と、子供の子で、蝶子」

お蝶さんは「蝶々」と言いながら両手の親指を絡め、手をひらひらさせて蝶を小さくやって見せた。フロイドは「かつらぎちょうこ」と低い声で復唱する。

「Floyd.」

彼は左手を出した。
握手のジェスチャーだ。お蝶さんはその大きな手を見て、おずおず無抵抗に彼の手を両手で握る。
少しばかりしっとりした、物凄く柔らかい手だった。

「ろい…?」
「あ。えっとねえ、ふろいど」
「フロイド」

聞き取れなかったらしく、聞き返されたので。フロイドは分かりやすく発音した。するとお蝶さんは「あ」と言う顔をして頷き、「フロイド、さん」と言い直す。

「…あっ。あかん」
「え?」
「遅刻してまう。うっかりしとった」

彼女はやわっこい声で突然焦り出した。手首に付けている時計を見て慌てていた。仕事のことを思い出したのだろう。

「えらいすんません、また」
「え、ああ」

スルリと手が離された。
お蝶さんは頭を下げて、パタパタとアパートに戻って行く。フロイドはそれを眩しい日差しに目を細めて見詰めた。
ちょっと抜けてるらしい。
えっちな漫画だったらむちっ♡むちっ♡とでも効果音が付きそうな体で、彼女は木製のドアを開けて中に転びそうになりながら入っていった。

「…えー…」

かわい。
えっろ。たまんね。
ドキドキした。
と、フロイドは単純なことを思って立ち尽くす。近くで見て分かったけど、泣き黒子があった。
下がった睫毛がバサバサ濃くて、長い下睫毛が光っていたのだ。顔がすごく小さかった。
なんなら握手の仕方もえっちだった。

「んぁ」

アパートに戻ろうとすれば、トートバッグを持ったお蝶さんがパタパタ出て来た。フロイドは「行ってらっしゃい」と言おうとしてから、眉をちょっと上げる。

「…あ、ねえ。服後ろ前逆だよ」
「へ?あっ」

随分慌てていたらしい。
着替えた服は逆向きだった。お蝶さんは目を大きくして服を見て、物凄く恥ずかしそうな顔をした。

「や、ややわぁ。鈍臭くて。恥ずかしい、」
「………」
「ありがとうございます」

扉が閉まって、服を直したらしいお蝶さんが改めて出て来た。彼女は恥ずかしそうに頭を下げ、職場へ急ぎ足で去って行く。
…追加、ドジでもあるらしい。
男殺しのビジュアルだけに止まらないらしい。
フロイドは錆びた鉄骨階段に中途半端に登った格好のまま、手すりに肘を引っ掛け、これはマジで何がなんでも仲良くならなきゃなと思った。
何がなんでも借金取りから助けて、かっこいい、素敵って思ってもらわにゃならん。
あんなもん放っとけって方が難しい。

フロイドはグッと来た胸をそのままに、眉間を親指で指圧しながら自分の部屋にカン、カン、カン、と登っていった。
日本最高。ほんとに来て良かった。
異世界最高と思いつつ。
我々で例えれば、こんなもの異世界でえっちなハーフエルフとご近所さんになったようなものなのだ。

「がんばろ…」

呟いて部屋に戻り、バフ、と布団に寝っ転がる。どうやって口説こうかなとぼんやり思いながら。




数日後。
やることがないので、フロイドは買い物を終えて近所をぼんやり歩いていた。
このあたりは田舎に近く、少し歩けば緑が多い。広い公園が多く、鬱蒼と緑が生い茂っている道もあった。
苔で緑色になった地蔵があって、狸の置き物がある。ランドセルを背負った子供がフロイドのすぐそばを走って行き、駄菓子屋だってあった。
この風景は彼にはとても珍しく、興味をそそられるものばかりだ。異国感溢れる光景なのだ。

フロイドは紙袋を腕に引っ掛けて歩き、駄菓子屋で買ったチューペットを咥えたまま古本屋に入った。
おじいちゃんが1人でカウンターに座って寝ているような、古い本の匂いがする小さな店である。
彼はそこで表紙が綺麗な文庫本を気紛れで何冊か買って行った。内容は知らないから、帰ったら読もうと思う。
と、思ったのだが。
チューペットを食べ終わり。
フロイドは灰皿が近くに置かれたベンチに座って結局チンタラ本を読んだ。
中身はミステリ、作家は江戸川乱歩。
涼暮月の風は木々を通ってやってくる。
清涼な青い風の中、フロイドはボケーッと探偵小説を読み、煙草を吸っていた。

アズールが見れば思わず靴の一つでも投げ付けたくなるくらい見事な充実っぷりである。
フロイドは割りに飽きずに読み続け、日が暮れて来たものでやっと立ち上がった。
いつの間にか足元にやって来たニャンコを撫で、アパートへ遠回りをして帰る。

「あ」

すると、その中。
帰宅途中の人々に紛れ、お蝶さんが向こうからしずしず歩いているのが見えた。
フロイドはパチッと目を開けて、「お蝶さんだ」と思う。仕事帰りだろう。
どうしよう、話しかけようかな。
アパートまで一緒に帰ろうかな、と考えていると。

「え」

彼は眉をしかめた。
何故って、お蝶さんは裸足だったのだ。
彼女は困った顔で・恥ずかしそうに俯いて歩いている。かわゆい白の足がアスファルトの上を、そろそろと踏んでいるのだ。
これには流石にフロイドも彼女の元へ真っ直ぐ歩いて行き、前に立つ。お蝶さんは俯いているようでこちらに気がつかなかった。

「お蝶さん」
「、あ」
「なにそれ。どーしたの」

フロイドはアレから、お蝶さんと少し話すようになった。と言ってもゴミ出しの時間を被せて挨拶をして、一言二言会話をするという具合である。
ご近所さん付き合いの範疇を越えぬいじらしくもじれったいやりとりを続けているばかりだった。そこから飛び出して、彼はお蝶さんの素足指差す。
お蝶さんはビックリした顔で大きなフロイドを見上げ、「あ、こんにちはぁ」と困ったように言った。

「…く。靴な。なくなってしもて…」
「無くなった?」
「せ、せやね。変やねえ…。恥ずかしいところ見られてもたわ」

お蝶さんはすまなそうな顔でおどおどし、その足を隠すようにトートバッグを両手で持って足の前にぶら下げた。
フロイドは「嘘でしょ」と思った。
どう見てもそれは誰かの悪意を感じるものだった。
お蝶さんは誰かに靴を隠されたのだろう。
そんな、子供でもやらないようなことをされたのだ。

お蝶さんは多分、職場で虐められている。
察したフロイドは反射的にイラ付いたが、それを見せても仕方が無いので。
自分の背中を指差してニコ、と笑い。

「じゃあ、乗ってく?」

おぶってこーか。
とハンサムに目尻を下げて言った。
お蝶さんはビクッとして、両手を小さく前に出して赤い顔で首を振る。

「えっ、ええよぉ。すぐそこやし」
「じゃーオレの靴履く?」
「平気ですから。そんな、」

どちらも嫌らしい。
申し訳ないのと恥ずかしいのでいっぱいいっぱいなようだ。単なる同じアパートの住人にそんなことはさせられないと思っているのだろう。
フロイドは「ふーん」という顔をして、頷く。

「オレも裸足で歩こー」
「へ」

だから仕方なく、彼もサンダルを脱いで指に引っ掛けて持った。
そのまま前をゆっくり歩くので。お蝶さんは慌てて彼の背中にチョコチョコ付いて行った。

「あ、あの。フロイドさん」
「あは。砂浜歩いてるみたいだね」
「……」

流石に裸足で歩く男女がいれば、自然と視線は集まった。けれどフロイドはその一切を気にせず、彼女ばかりに恥をかかせないようにユラユラ隣を歩く。

「あ、あの、え、ええから。そんな」
「じゃあオレの靴履く?」
「………」
「すぐそこじゃん。歩いてこうよ」

すぐそこ、とお蝶さんの言葉を借りて言うが。
別にすぐそこでもない。割りに歩くのだ。

「あっ」

フロイドは電柱のゴミ捨て場に自分のサンダルを捨て、ポケットに手を突っ込んで歩いた。

「オレも靴なくなっちゃった。お揃いだね」

ニコーッと笑われ、お蝶さんはたくさんまばたきをして彼を見上げた。彼は視線や体裁、その一切を気にしていない。
「日のあるところ熱いから、日陰渡って歩こーぜ」と無邪気に笑う。
ゲームみたいに隣を歩くのだ。

お蝶さんは単なるご近所さんの彼がそんな風にしてくれるのを見て、凄く優しい人なのだなと思った。困っている人を見ると放って置けない男なのかと。
マしかしフロイド・リーチといえば歩く人体破壊型撲殺機械外道マン、地球で唯一可視化できる悪魔、理不尽のゆるキャラとして親しまれている男である。
非道徳がヒューマニズムの皮を剥いでかぶっているだけのカラフルなハリボテなのだ。
フロイド・リーチを見たら子供と女を隠せと言うことわざがある程だが、お蝶さんは気付かない。
彼女とて倫理観のない畜生を沢山飼っている家畜小屋である彼の脳味噌を覗けばキャアッと一声上げて逃げるだろうが、何も知らないから単なる「優しくてハンサムなご近所さん」としてカウントしていた。
まだ化けの皮が剥がれていないから。

「お蝶さんさぁ、いっつもこの時間に上がりなの?」
「あ…いや、今日は速いんよ。いつもは7時くらい」
「そっかあ。…いっつも靴無くしてんの?」
「え、あ…」
「シンデレラみたいだね」
「う」

フロイドは人をキュンとさせるような笑みで言って、首を少し傾けて前を見た。
そのまま、一拍目す。
「常習的にやられてんな」とこの瞬間分かったからだ。お蝶さんが帰り道に靴を買わないから面白がっているのだろう。
靴を買わない理由は、多分、しょっちゅうなくなるから。それか借金取りに追われてるくらいだから、ポンポン買ってられないのだろう。無駄な出費を切り詰めたいのか知らないが。

(許せねぇなあ)

フロイドはニコニコしながら思った。
彼の腹の中に住んでいる蛇が舌を出した。それを抑え込みながら、隣を歩く。

「…オレさあ、見た目こんなんでしょ。デケーし。怖がられるんだよね」
「?」
「だからさ。お蝶さんが挨拶してくれて嬉しかったの」

話題を逸らした。
適当な嘘をついて。
お蝶さんは困った顔で…いや、真剣に話を聞こうと一生懸命こちらを見上げている。困り眉だから、いつも困っているように見えるだけだ。

「ありがとねぇ。お話ししてくれて」
「そ。…そやったんですか」
「ウン。日本来たばっかで友達居ねーし。よかったら話し相手になってくれる?」
「…こんなおばちゃんでええなら、」
「!…あは。やったぁ」

お蝶さんはビックリした顔をして、パチパチまばたきをしながら言った。
長い睫毛がふさふさ上下するのを見て、フロイドは嬉しそうに笑う。そして、「おばちゃん?」と頭の中で反芻した。
この人、自分のこと「こんなおばちゃん」だと思ってんの?謙遜してるだけ?
いや、そうにも見えない。
これは多分本気で思ってるヤツだ。
自己評価が低い。なんでだろ。

「オレラッキーだねぇ。綺麗なお姉さんと仲良くなれちゃった」
「あ、あんまからかわんといて」

お蝶さんはほろ、と初めて笑った。
「いややわ」という言葉付きで。フロイドはそれにキュンとして、「かわいい」とじんわり思う。

「…フロイドさんは、出身はどちらなんですか?」
「ン?ンー、スウェーデン」
「スウェーデン」

適当に地球の知ってる国を言った。
お蝶さんはピンときていないようで、「寒いところから来たんやね」とポツリ呟くのである。

「ねえ、オレ日本語の敬語?まだよくわかんねぇんだよね。無しにしてくんない?」
「!あ。…そか。そういう文化ないて聞くわ…」
「ね。それにお蝶さんの方がオレよりお姉さんだし」
「…いくつなん?」
「25ぉ」
「若いなあ…」

フロイドは年齢不詳である。
もっと年上に見えるもので、お蝶さんはそんなに年下やったんや、と思った。
自分の9つ下である。お蝶さんは34歳なのだ。

「お蝶さんの日本語かわいいね。なんか、ほにゃほにゃしてて」
「方言やで。出身、京都なんよ」
「キョート?京都って、あ!あれだ。そうだ京都に行こうでしょ。知ってる。綺麗なとこだよねえ」
「…よう知っとるなあ。あ、異人さんは好きかな、ああいうん」
「ウン、好き。一回行ってみたいんだぁ。そっかあ、お蝶さんの里(くに)なんだぁ、あそこ」

お蝶さんはだんだん心がほどけてきたようで、少しずつリラックスし始めた。固かった声がほにゃほにゃしてきて、優しい声が耳を打つ。
フロイドは良し、と思って肩の力を必要以上に抜きながら遅く歩いた。まだ話していたかったから、アパートにスグ着かないように。

「フロイドさんは…お仕事でこっちに来たん?」
「んー、ウン。そんなとこぉ」
「出張?」
「なんか、色々あってさあ。ボスが日本に行けって言ってきたの。急だったからスゲー困ったあ。住むとこ探すのに時間食ったし」
「そうなんや…。…あ、なんかあったらなんでも言うてな。なんでも教えるから」
「…ほんと?じゃあさ、お蝶さんの職場教えて」
「え」
「明日迎えに行くから」
「な、」
「夜に裸足で歩いたら危ないよ。馬車もないんだし」

ハンサムな笑顔に、お蝶さんは反射的にキュッと赤くなった。その顔を隠すように僅か俯いて、「そ、そんな毎日、靴無くすわけとちゃうよ」と細い声で言う。
素足の裏に汗をかいて、砂利が少しくっついた。

「メーワク?」
「め、迷惑やないけど…フロイドさんが迷惑やろ。ええんよ、そんな…」
「ねえ」
「……」
「もっとわかりやすい口実の方が伝わる?」

フロイドは片手の指をパッと広げて言った。
目を逸らさずに甘いマスクで彼女を見て、心臓に揺さぶりをかける。お蝶さんはその途端、一瞬で耳まで真っ赤になって、トートバッグを抱きしめた。

「えっ?あ、あう」
「迎えに行くよ。明日」
「あう」
「19時上がりね」
「あ、え」
「待ってる」

彼は決定的なことは言わなかった。
あまり露骨過ぎると逃げられるからだ。
お蝶さんはアウアウ言って目をあちこちにやり、逃げるように黙って髪を耳にかけた。
緩くまとめられた髪は、時折ハラリと落ちる。フロイドはその色気たっぷりの仕草を目の端で追って、優しく笑った。

「明日も会ってくれて、嬉しい」





お蝶さんは今日も靴を捨てられてしまったので、素足だった。昨日の帰り道、フロイドと共に歩いているところを従業員に見られてしまったのである。
明らかに異国の、それも何段もステージの違うハンサムな男と裸足になって楽しそうに歩いていた姿は見事反感を買ったのであった。
お蝶さんはいつもどおり困った顔をして、雨上がりの冷たい道を、足の裏に砂利をつけながら歩いた。
俯いて心から困った顔をして。

「シンデレラ」
「、」

すると。
前から声をかけられ。
顔を上げると、そこには、スーパーの近くのガードレールに寄り掛かっているフロイド・リーチが居たのである。
約束通り、彼は本当に来たのだ。
煙草を右手に、左手にブラックのミュールを持って。

「あ…」
「アハ。まぁた靴無くしてる」
「…お、おったん」
「ヤクソクしたじゃん」

忘れちゃったの。
彼は白い煙をフ、と斜め下に吐いて、携帯灰皿に煙草を突っ込んで立ち上がった。
お蝶さんは困った顔で彼を見上げて、トートバッグを抱き締める。夜の街灯に照らされた彼の姿が怖くて美しかったからだ。

「ガラスの靴じゃないけど、持ってきたよ」
「へ」
「座って」

フロイドはガードレールに腰をかけろと目で指示をする。お蝶さんは一生懸命まばたきをして、困り眉をさらに困らせて、とにかく従った。すると目の前に大きな体が跪き、小さなタオルで足を拭こうとするのだ。

「あ、あ、ええから。そんな、」
「ン?うん」

返答は返されるが、やめてはくれなかった。
お蝶さんは大きな手で足を掴まれ、綺麗に拭かれ、美しいミュールを丁寧にはかされてしまうのである。
コツン、とアスファルトを打つヒール。
雨上がりの闇に輝くクリアクリスタルとレザーソールは、それだけで彼女には考えられない値打ちのあるものだと知れた。

「あげるぅ。似合うから」

彼は立ち上がり、白くて細い右手を取って歩く。
彼女に口を挟ませない程度には速く、しかし苦はない滑らかな仕草で。
お蝶さんはこの海外ドラマのワンシーンみたいな状況に黒目を震わせた。東京の雨上がりが、霧降るパリになっていくのだ。
単なるおばちゃんの自分が、なにだか女優にでもなったような気分になる。

「っも、貰えんよぉ、こんな、」
「カツラギだっけぇ。お蝶さんのファミリーネーム」
「?え、ぁ」
「最後母音が「い」で終わってるからぁ、言うと口角上がるし。カツラギーって呼ぶとみんなが笑顔になるね」
「、」
「良い名前。オレ好きだなぁ」

フロイドはニコ、と笑って話を逸らした。
彼は知っている。
お蝶さんが職場の怖いおじさんに「カツラギ」と怒鳴られていたことを。だってスーパーの裏口に近づいた時、聞こえてきたのだ。
お蝶さんはそのせいでカツラギと呼ばれるとビクビクする。フロイドはそれを見て、眼球にまで青筋を立てたが…大人だから割り込むのは我慢した。
その結果半端なフォローになってしまったが、マ彼女と仲良くなれたらそのうち落とし前を付けに行こうと思うのだ。

「………」

お蝶さんは赤くなって俯いた。
自然な仕草で手を繋がれているが、それに対しては一切の違和感を覚えなかった。人に触り慣れてるフロイドのボディタッチは全くの不快感を与えない。
その上彼女は「異人さんやし、距離が近いのも普通なのかもしらん」と思っているので。
フロイドは気になる乙女とあっさり手を繋ぐことができた。

「あ、ありがとぉ」
「えへ」
「…その、あんな」
「ンー?」
「実はな、靴…隠されてしもたんよ。な、なんでなんかなぁ。嫌われてしもて…」
「…ふーん」
「せやからその、次は自分でなんとかするわ。話してみる。もう大人やし…ごめんなぁ」

お蝶さんは恥ずかしそうに・もしくは嬉しそうに。困ったように言った。
年下の男の子にこんな風に面倒を見てもらったことが恥ずかしいのか、情けないのか。

「…お蝶さん」
「?うん」
「その靴さ、明日仕事なら履いてって。約束ね」
「え、」
「絶対上手くいくから。オレのこと信じて」

フロイドはトントン、と4本指で自分の胸板を軽く叩き、彼女の目をしっかりと見て言った。
お蝶さんは一瞬小さな肩をヒク、と跳ねさせたが、おずおず反射的に頷いてしまう。
柔和なのに強制力のある瞳だった。
こんなにハッキリ目を見て「信じて」と言われたのは初めてだ。取ったことのないコミュニケーションに、ただ動揺しているだけなのかもしれない。
足元で輝く、履いたこともない綺麗な靴。
自分はこれに見合う服を持っていない。
おばさんがこんなカッコいい靴を履いても、と思うけれど、彼が言うから履こうと思った。
善意でくれたものだ。
突き返すのはあまりに失礼だし…ならばせめて言うことを聞こうと思う。

「明日はリラックスして行って。肩の力抜いて…遊びに行くみたいな感じがイーかなぁ。靴が魔法かけてくれるから。お蝶さんはかかるだけ」
「わっ」
「ラフ・シモンズの加護がある」

フロイドが彼女の顔の前で、パッと手を開いた。
するとキラキラした光の粉のようなものが目の前で降り注ぎ、体を通過していく。
お蝶さんは目を大きくして、驚きに撃たれてコツンと一歩を後ずさった。そのままパチパチまばたきをして、声を無くす。

「魔法かかった?」
「…ぁ、い、…今の…」
「ハハッ」

フロイドは低く笑って、彼女の腕を引き、答えずに歩き始めた。呆然として連れて行かれる。
今のは一体なんだったのだろう。

「フ、フロイドさん。今の、なんなん、」
「あれえ?魔法かけたのに。さん付けなんだ」
「え」
「もっかいかけた方がいいかな」
「ひゃ」

振り返って顔を覗き込まれた。
金色の目とオリーブの、珍しい色の目がグッと近づき、彫りの深いハンサムな顔が笑う。
お蝶さんはカッ!とこれに肌を赤くして、「かっ、かかったわ。かかった、魔法」と逃げるように目を逸らした。

「じゃ、呼んで」
「あ、えっと、あ、ふ、フロイド…くん」
『微妙だな…』
「?今なんて言うたん」
「ンーン。それでいーやぁ」

フロイドは取り敢えずクン付けで我慢することにした。これ以上押すと萎縮すると思ったし、距離を詰め過ぎると怪しまれる。
今日抱きたいならまだしも。
いや抱きたいけど。
だってお蝶さんからは何をするにも「むち♡むち♡たぷっ♡」なんて効果音が聞こえそうな、というかまとっているような幻視さえ見えるのである。甘い顔を赤くしてもっと甘く見せ、気弱な眉が更に下がっているのだ。
ちょっと流石に男にとっては暴力的である。
だからフロイドはたまに意味もなく上を見たり、自分の靴を見たりして欲望をコントロールしていた。

とにかく、今は我慢しておいて、仲良くなる。
抱いてハイ終わりにするわけにはいかない。
こんなに良い女滅多に居ないのだ。
彼はそう思って、無意識に繋いだ手に力を僅か込めた。乾燥した彼の大きな手に、お蝶さんのしっとりとした汗が染み込むようである。
これはカチンとくる程色っぽい感触だった。
我慢、我慢、…と、唱えて歩く。

何も知らないお蝶さんはただ黙ってドキドキついてくる。
雨に濡れた黒いアスファルトが、信号機の光を反射させているのを見つめながら。





お蝶さんは頬を染めてヒールをコツコツ鳴らしながら急いでアパートに帰っていた。
ビニール袋と仕事用のトートバッグを持って、いつもより早足で。
ぬるい夏の空気の中、うなじや背中にじっとりと汗をかいた。
蝉の声響く街路樹を抜け、近道をしてアパートに戻り。お蝶さんはふうふう言いながら、一階の自分の部屋ではなく二階に上がった。
鉄骨階段をカンカン登っていき、フロイドの家の前に立つ。
息を整えて、寂れた扉のチャイムを鳴らした。

早足から突然立ち止まったので、心臓がドクドク鳴っている。一気に夏の暑さが体に纏わり付き、服や髪が汗で肌に張り付いているのが分かった。
口の中が燃えるように熱い。
指先で顎の下を拭って、フロイドを待った。

「、」

すると中からドン、と何か重いものが落ちるような音がする。
それはよく聞けば足音であった。
ドン、ド、ドス、と重い足音が続き、お蝶さんは慌てて背筋を伸ばす。

『だぁれぇ?』

低い声が聞こえた。
お蝶さんは「あ、えっと、桂木です」と髪を耳にかけながら答える。

『え』

声が聞こえ、ドアが開いた。
彼女はビクッとして上を向く。
…知っているのに驚いた。出てきた男の身長があまりに大きいから。
見るたびいちいち驚く大きさだ。

「…ど、どうも」

そして僅か、見惚れる。
というのもフロイドが、ワイシャツとスラックスを着ていたからだ。いつもはラフな格好をしているのに今日はキッチリとした姿をしていた。
それは目を見張るほどの男ぶりである。
街で歩いていれば、思わず立ち止まって遠くからしげしげと見てしまうような完成度だった。
頭身の高さも垂れ目の甘いマスクも、彫りの深さも見事な造形なのである。
彼女だって顔がハンサムな男を見たことは沢山あるけれど、ここまで完成されたスタイルは見たことがない。
テレビで見たことのある一流俳優や、ハリウッドスターはきっと間近で見るとこんな感じなのだろう、と思った。
腰の位置がこんなに高くて、ちょっと立ったり歩いたりするだけで空気が変わるほどカッコいい。
お蝶さんはそんな彼にドキッとして、それから自分の身なりを気にして髪を耳にかけた。

「………」

しかしフロイドもフロイドで大変だった。
だって彼の目の前には今もっちもちの体が汗だくで立っているのである。
白いシャツは汗でぴったり体にくっ付いて、ゆるくまとめた髪が僅かに乱れて毛先が首筋にくっついている。気弱そうな、色っぽい顔が赤く熱くなっていた。
どういうつもりなのか(どういうつもりもないのだろうが)今日のお蝶さんはスカートを履いているのだ。そのスカートは安っぽくて生地が薄く、お蝶さんの大きな熱いお尻に明らかにフィットしていなくてパツパツだった。
彼女の体の周囲には「むわっ♡むちっ♡」と効果音が付いていて、立っているだけで脳味噌を噛みちぎられるような官能なのである。
もっちもちがツユだくというわけである。
フロイドはドアノブを強く掴んだまま、ゴキ、と体の何処かから変な音が出るのを感じた。
普通の男なら、いやどんな男でも腕を引っ張って部屋に引き摺り込み、めちゃくちゃにキスをしたくなるような美貌と体だった。

「い、いきなりごめんなぁ。お仕事やった?」
「あ…いや。…どしたの?」
「あ!えっと、そのな。…仲直り…」
「あ?」
「仲直り、できたんよ。パートの人と…。フロイドくんのおかけで。うち、嬉しくて」
「え?あ…。ああ、」
「お礼しに来たんよ」
「オレイ」
「あ、お礼って言うのは、…あ、英語でなんて言うんやろ…。えっと、センキューしに来たん…。ちゃうな、なんやろ」
「いや、お礼は分かるけど…」

フロイドはおっぱいを見ながら、ほとんど頭が働かない中で受け答えをした。
汗だくのおっぱいが目の前にあって、それが「お礼をしにきた」と言うものだから。男にとって非常に都合の良い・セクシーな話かと思って心臓が強く鳴ったのであった。
彼は口を開けてボーッとおっぱいを見つめ続け。

「…フロイドくん?」
「あっ」

正気に戻った。
フッと顔を上げ、「あ、あぁ」と珍しく動揺し、「お…礼ね?なに、お仕事の人と仲直りできたの?」と慌てて付け足した。
するとお蝶さんも安堵して、「そうなんよ」と肩の力を抜く。

「話したら、分かってくれたんよ。優しい人でな…。あっ、それで」
「うん」
「フロイドくん、もうお夕飯食べた?」
「え。…食ってねえけど」
「そか」
「うん」
「その、もしよかったらなんやけど」
「うん、」
「ご飯…お礼に作ります。た、大したもんやないんやけど、色々買うてきたから。ビールもあるし…こんなことしかできんけど」
「えっマジ」
「うん…」

お蝶さんは言っていて恥ずかしくなってきたのか、照れ照れ言った。
靴に見合わない礼だと思ったのだろう。
彼女は今日、いつも意地悪をしてきたおばさんと仲直りができた。何かしてしまったのなら謝りたいといえば、何故かおばさんは怯えた調子で逆に謝ってくれたのだ。これから仲良くしてほしいと言ってくれた。
お蝶さんの機嫌を伺うように。
彼女はそれが嬉しくて、彼のおかげだ!と思い。お礼に何かご飯でも作ろうと思って特に何も考えず早足で帰ってきてしまったのである。
けれど本人を目の前にしてそれを言ってみると、なんだか色々と釣り合わなくて、こんな美丈夫にそんな誘いをするのが恥ずかしくなってきてしまって、しっとりと俯いてしまう。

が、フロイドは気が狂いそうだった。
なに、飯作ってくれんの、と。
飯作るっつったら家だろ。
なに?オレの部屋入んの?それともお蝶さんの部屋?え、オレ今からお蝶さんに「お礼」されんの?
オレ、お蝶さんの部屋で飯食うの?
それなに?AVの導入かなんか?
何?「もち肌Jカップはんなり未亡人のお礼♡〜たっぷり種付け肉弾交尾〜」編とか?
もうそういうことじゃねえと説明つかねえぞ(説明はつく)…と、彼は脳がガタガタ震えるような気持ちでまばたきをした。

「え、なんか作ってくれん、の」
「う、うん。なんでも言うて。あ、スイカも買うてきたんよ」
「…お蝶さんのおうちで?」
「うん」
「上がっていいの?オレ」
「?うん」

お蝶さんは無防備に頷いた。
その頷き方は男を部屋に誘う意味を全く分かっていない風である。
フロイドを本当に単なるご近所さんとしか思っていない…というか。自分をただのおばちゃんとしか思っていない感じだった。
彼女にはきっと、「おばちゃんとご近所の優しい男の子のお夕飯」という、全年齢的かつ健全なものだと思っている。
しかしフロイドからは、いやどの人間から見てもこれは「熟れたむちむちどスケベボディお姉さんと若い男のAV導入」にしか見えない。
フロイドはAV男優になった気分でジッ、と固まってから。

「…オレカレー食いたぁい♡」

と開き直って言ったのだった。

「?そんな簡単なのでええの」
「だって日本のカレーってオレの国のと全然ちげーんだもん。夏野菜のやつ食いたい」
「!それやったらスグ作れるよ。作り終わったら、呼びに来…」
「今行っちゃダメ?」
「?今」
「ウン。今」
「ええけど…ちょっと散らかってるから…」
「いーって。気にしなぁい。お邪魔します♡」
「あ、う、うん。分かった」

お蝶さんは細かく頷き、「あ、あんま見んといてな。スグ片付けるから…」と言って、自分の部屋へ向かった。フロイドはドス黒い顔でパタン…と自分の部屋から出てドアを閉め、彼女の背を追う。
蝉の声を聞きながら鉄骨階段を下りていった。
階段を下りていくお蝶さんの大きなお尻が、たぷ♡ふるん♡むちっ♡と揺れるのを見て気が狂いそうになりながらついて行き。
とうとう部屋に入ってしまったのである。
彼はドキドキしながら玄関で靴を脱ぎ、中に入ることになった。

「………」

部屋の中は自分の部屋の間取りと変わらない。
ただやはり全く違うのは、ガラス戸の向こうの四畳半にちゃぶ台が置かれていて、古臭い小引き出しが壁沿いに置かれていて、砂壁にカレンダーがあること。
昭和の空気のまま止まった、夏の部屋であること。壁掛け時計もせんべい座布団も、丸っこいテレビもそうだ。
柄のはげた押し入れと、蒸し暑い空気も全てが古い映画で見るようなものだった。

「すげー…」

フロイドはなんだか感動して目をキラキラさせた。お蝶さんはちょっと恥ずかしそうにして、「す、座ってて。今麦茶出すわ」と照れ照れ彼を狭い部屋に押し込むのである。

「はぁい」

フロイドは大きな体で窮屈な部屋に座って、「ミニチュアみてぇだな」と思いながらちゃぶ台を眺めた。

「どうぞ」
「ありがと」

麦茶を貰った。
ぬるい風をかき回すだけの扇風機の風を受け、さてフロイドは。
いやいや流石にそんな早く手は出さねぇよ、そんなつまんねぇことしねぇよ。と、脳内で誰ぞかに言い訳してこの時間を楽しむことにした。
というか噛み締めることにした。
というのも、台所でせっせとご飯を作るお蝶さんを居間から眺めていたかったのである。

座布団の上に座り、煙草に火をつけ、狭いキッチンでとろとろとカレーを作るお蝶さんを後ろから眺める。
開いたガラス戸の向こう、玄関のスグそばで「オレのために」ご飯を作る彼女を見れる幸せを噛みしめて。
…いや、まさかこんなに簡単に距離が縮まるとは思わなかった。職場のおばさんを軽く脅しただけでこんなに上手く話が進むとは。
よかった、動いておいて。
次は店長かな。今度スーパーに寄って店長を呼び出してみよう。
そうすればまたお蝶さんと距離が近付くかも。
なんて甘いことを考え、熱い空気の中で彼女を見ていた…のだが。
フロイドはだんだん考え事ができなくなっていった。

料理をしている女性の後ろ姿というのは往々にしてグッとくるものである。
しかもお蝶さんは律儀にエプロンなんかを付けて、背中を汗ばませて野菜を切っていた。
そして。

「あっ、」

野菜の切れ端を落としてしまい。小さな冷蔵庫と台所の隙間に転がってしまったようで、それを四つん這いになって取ろうとしていた。
虫がわいてまう、みたいなことを言って。

「…、……」

フロイドは頬を叩かれたような顔をして、ちょっとだけ背筋を伸ばしてそれを見た。
四つん這いになったお蝶さんは背中をそって、大きなおっぱいを床に押し付け、大きなお尻をこちらに向けて「あかん、奥まで転がってしもた」と困った声を出して取ろうと格闘している。
えっちな漫画以外であり得ないだろみたいなポーズで。
どこのエロ同人誌から出てきたんだみたいなことをやるのである。
フロイドはその、腰の打ちつけがいがありそうなお尻がふるん♡むちぃ♡と動くのを学者みたいな顔で見つめていた。
一周回ってしまったようだった。

「……タイム。」
「?なに…」
「ごめんお蝶さん、仕事やり残してたから一瞬部屋帰るわ。」
「?そか、わかった」
「うん。ごめん。スグ戻る」

いきなりフロイドはすく、と立ち上がって体を横にして狭いキッチンを横切り、靴を履いて黙って部屋を出た。そのまま自分の部屋に帰り、ドアを閉めて。
靴を脱がずに上がって行き、ワイシャツを毟るように脱いだ。…






3発抜いたフロイドは無敵だった。
もうなにも怖くないとさえ思えた。
絶対に襲わない自信があったし、賢者モードだからお蝶さんにもし誘われても「あー、気分じゃねーかも」とさえ言える気がしていた。
だからなにがあっても平気だと頷き、冷たい水で顔を洗ってから。自分の部屋を出て、黙ってお蝶さんの家に入り…。

「あ、おかえりぃ。遅かったなあ」

と、やわこく言われ。
カレーの鍋をかき回している、間近にいるむっちむちのお蝶さんを見て。

「…もう一件仕事あったの思い出した。」

と言って、やっぱり自分の部屋にUターンするのであった。





「オレFANZA同人の竿役だったっぽい」
『大出世じゃないですか』
「ウン大出世っぽい…」

カレー事件からおよそ2日後のことである。

フロイドは一人でこのことを抱え込むことができず、アズールに電話をした。
フロイドはお蝶さんの写真を見せ、あらゆることを話したのだ。
彼女のスペックを。
未亡人であり、貧乏生活をしていて、職場でいじめられていて、自分に自信がなくて自分のことを単なるおばちゃんだと思っていて、押しに弱く、断れない性格で、ドジでとろ臭い。
そしてフロイドのことを優しいご近所さんだと思っていることを。

『役満じゃないですか』
「ね」
『お前は何故手を出さない?』
「だってぇ…手ぇ出したらなんか…いじめられたって思いそうじゃんお蝶さん。その後発展できなさそー…」
『相当だな』
「相当なの」
『えろ同人誌だな』
「えろ同人誌なのーーー……」

フロイドは自分の部屋でビール片手に「あ"ーっ」と頭をガシガシかいた。
打開策が見当たらないのである。
フロイドは今までいろんな女と恋をしてきた。軽いものから重いものまで。遊ばれたことだってあるし、遊んだことだってある。
真剣に恋をしたり不埒に恋をしたり、傷付けられたり傷付けたりした。綺麗なお姉さまに弄ばれたこともあるし、セクシーなお嬢様に遊んでもらったりしたこともある。
逆にセクシーなお兄さんになって遊んであげたり、何も知らない若い男のふりをしてリードしてもらったこともあったし…男の経験がない女の子をシンデレラにしてやったこともある。勿論自分が王子役を買って、日常の中に突然現れた甘い男の役を演じて遊んだことだって…マ、色々あるのだが。

そんな中。
流石にえろ同人誌の竿役はやったことがない。
っていうかえっちな青年向けの漫画に出てくるお姉さんを口説いたことなんて一度もない。
ハーレクインの男にだってなったし、普通の青春ドラマの男にだってなったけど。
あまりにジャンルが違い過ぎてどうしたら良いかわからない。
しかも結構本気で好きだったりするから尚更困るのだ。

『と言うかお前エロ同人誌なんて単語よく知ってますね』
「んぇ?」

えろ同人誌は知っている。
広告でよく見るし、気になってタップしてクレジットカードで買ったことだってあった。
男の子なので。
だから詳しいのだ。
本物の同人誌は知らないけど。
アズールは面白がってイデアにこのことをメッセージすると、イデアからは「いやpixiv男優×FANZA女優やないかい。土俵外のクロスオーバーやめれ」と返ってきた。フロイドには呪文に聞こえて何を言っているのかわからなかったが、取り敢えず笑っておいた。

『あ、すいません。そろそろ仕事に戻ります』
「仕事中だったのかよ」
『24時間仕事をしているんです。商売をしていない時の何が楽しいか分からなくて』
「病院行きな」
『失礼します』
「はいはい」

電話を切る。
フロイドはクアッとあくびをして壁に背中を押しつけ、スマホを枕に投げ捨てた。
久々にアズールと話したな、と思う。
話すことは話すが、仕事以外の会話はしなくなってしまっていたから。お互い忙しくて全然会えないこともある。アズールとジェイドは結構話すらしいが、自分は役割が違うので。

「ん、」

ビールを飲んで、ちょっとこぼした。
少し酔っ払ってきたらしい。
酒も弱くなったなあと思う。
昔も別に対して呑まなかったけど。呑まなくなると一気に弱くなる。
パルクールも全然してないし、最近はスタジオにも顔すら出していない。
仕事が忙しくて…。
あー、オレこのままオッサンになりそう。
そう思いながら酒を置いて、フロイドはうたた寝をすることにした。せっかく今はニートなのだ。何も考えなくて良い。
寝たい時に寝れるし、起きたい時に起きれるので。

というわけで彼は部屋を魔法でキンキンに冷やし、毛布をかぶって眠った。大きな四肢を投げ出して気持ち良く。
お蝶さんのことは後で考えることにする。
というかオレが抱くのを我慢していれば良い話だ。お蝶さんがオレに惚れてくれれば、それで終わる話。なら口説き続ければ良い。さり気なく。直接的ではない言葉で…。


「………ン"」

そんな夕暮れ時のこと。
1時間経って、気持ちよく昼寝していたフロイドは怒鳴り声で目が覚めてしまった。
外から聞こえる怒鳴り声だった。
男が二人。
アパートの一階で、何か言っている。

『桂木さぁん。おーかーね。桂木さん。お金ーっ』

そんな声と、ダンダンダン、と扉を叩く音が聞こえた。フロイドは鼻からスーッと息を吸い込みながら、眉をしかめて体を起こした。
何の騒ぎだ、とぼんやりした頭で考え、怒鳴り声を聞き。

「……あ」

借金取り。
と、思い出す。
そういえばお蝶さんは借金取りに追われてるんだった。怖いお兄さんが来るって言ってたな。
フロイドはそれを思い出し、グシャグシャ頭を掻き。
ちょっと間を置いてから起き上がった。
押入れの中に突っ込んでいた金庫から札束を取り出してポケットに突っ込み、拳銃をケースから取り出して右手に持って外に出る。
出れば、すぐ下の階から大きな声が聞こえた。
やはり二人分の声だ。

「………」
「えろうすんません、ら、来月には払いますから」
「それこの前も聞いたから。もう無理だ。待てない。約束したよね?」
「か、堪忍してください、」
「払えなかったらソープで働くって約束したね?」
「あの、ほんまに、来月には、」

フロイドはジッと会話と声を聞いた。
困り果てて今にも泣きそうなお蝶さんの声と、男の声。30代〜40代、声の感じからして〝仕事〟に慣れている。
車の中にもう一人男がいるが、どうやらアレは下っ端らしい。
拳銃は持っているだろうか。
持っていたとしたらうまく立ち回らないといけない…と、フロイドは寝起きの頭で素早く考えたが。

「じゃ、行こっか」

その声を聞いて、考える暇もないかと思い直してカンカンカン、と赤く錆びた鉄骨階段を降りて行った。
そして一階の薄暗いアパートの前、お蝶さんの元へ歩いて行くと。居るのは金髪のガタイのいい男と、細いけれど落ち着いた顔をした30代後半くらいの男だった。
細い男がお蝶さんの腕を掴んで、何か言っているのが見える。

「…あぁ、なんだ」

フロイドは歩いていきながら、肩の力を抜いた。なんのことはない。
ただの借金取りだった。
警戒し過ぎた。
仕事の関係で色んな人間に会ってきたから、一目見ればどのくらいやるのか分かる。フロイドが一番警戒するのは、強い弱いではなく、どのくらい「捨てて」いるか。
覚悟があるかどうか。
見たところ、二人の男に覚悟は、ない。
だからフロイドは拳銃を出し、安全装置を外しながら歩いた。

「あ、……中村さん。中村さん、」

すると金髪がこちらに気が付き、フロイドを見ながら細い男の肩を叩く。
巨大な外国人が拳銃を持ってこちらに歩いてくるのを見て慄いたのだ。
けれどフロイドは細い男がこちらを見る前に、金髪と細い男にガシッと肩を組んで細い男の耳の上に銃口を当てた。

「!…」

真正面に立っているお蝶さんがビクッ!と肩を跳ねさせ、フロイドと、拳銃を見た。
目を丸くして固まってる。
フロイドは誰の目も見ずに息を吐いた。

「──お前さ。なんで今から殺されるか分かる?」

細い男はスグに動かなくなった。
拳銃を当てられていることに気が付き、きっと目をギョロギョロさせ、突然やってきた背後のフロイドに全身の神経を集中させているのだろう。
ジワジワ蝉の声が響き、全員が汗をかいている。熱がこもったアパートの一階は外に面していて、外壁がフロイドの腰のあたりに影を落としていた。

「えっ」

やっと細い男が言った。
フロイドはイライラするくらいゆっくりした動作で、男の顔を覗き込んだ。
身長差があり過ぎて、子供と大人みたいだった。フロイドは今196センチあるのだ。

「オレの昼寝邪魔したのと、オレの女に手ぇ出したから。」

彼はほとんど唇を動かさずに言った。
細い男は全く動かず、鼻の脇にビッシリ汗をかいて黙りこくっていた。金髪は案外小心者らしく、俯いて手を変な形にしたまま固まっている。

「え、な、助…」
「受け入れろよ定めだ死ね」
「、」

3人はフロイドの迫力に圧されて誰も動けない。
誰も喋れない。
少しでも動いたら撃たれるという本物の殺意があった。本当に「やる」人間の圧があったのだ。

「………」
「………」

物凄く重くて、恐ろしい沈黙が漂っていた。
フロイドはしかし大して脅している顔はせず、寝起きの顔のままだ。
眠そうに立っているまま。
それがさらに恐ろしいのであった。

「…アハッ。なぁんちゃって。殺すわけねーじゃん!」

しかし、
彼は突然ニコ!と笑い、二人から手を離した。右手を開いて肩まで上げ、拳銃も上に向ける。
そして細い男を手でドンっ、と押し、「ジョークだってぇ。日本人って固いよねえ」とアハアハ笑う。

「あはは」

男2人は顔を真っ白にして固まったままだったが、だんだん本当にジョークだったのかと気が付いて空気を押し出すように、躊躇いがちに笑い始めた。
フロイドの笑顔に合わせるように、媚びるように恐々と笑い始めるのだ。

「アハハハ」
「はは、は」
「…は、は…」
「マァこれは本物だけどぉ」
「キャアァッ」
「うギャッ」

2人が安堵に笑い始めた時。
フロイドはいきなり無表情になって拳銃をいきなり上に向かって発砲した。
ダァン!という破裂音にも似た爆音が響き、銃口が一瞬白くなった。
煙が上がる。場が一気に静まり返る。
男2人は、周囲が無音になったように錯覚した。突然大きな音を聞いてそれが止むと、静寂を強く感じるのである。
3人は驚いて叫んだ格好のまま固まった。
フロイドも無表情になったまま、拳銃を片手に首を傾げる。

「で?」
「………ぇっ」
「桂木蝶子にいくら貸してんの?」
「…ぇっ、あっ」
「同じこと言うの嫌いなんだけど。」
「あっ。えっ、あっ。に、二百万っ」
「は?」
「に、にひゃく、にじゅう、ろくまんえん」
「利子含めて?」
「り。利子含めて」
「フーン」

なんだ。たったそれだけか、とフロイドは思った。しかしきっとお蝶さんにとっては、途方もない額なのだろう。
フロイドは軽く頷き、尻ポケットに入れていた札束を取り出した。

「これ」
「え」
「多分300万あるから。そっちで勘定してくんね?数えるのめんどくせぇし。あげる」
「…あっ」
「残りはいらねえやる。金さえありゃ文句ねえよな。お前らのボスにもなんも言われねえな。もう桂木蝶子には関わんねえな。な?」
「…はっ、あ、はい。はい」
「…えへ。大丈夫。仕事だってわかってるしぃ。怒ってないよ。暑いのに大変だね?」
「あ、は、はい」
「気を付けて帰ってねぇ。お仕事お疲れ様♡」

フロイドはやっとニコニコして、金を押しつけて手を振った。
男2人は僅かにまごつき、金を見たり、彼を見たりと忙しなかったが。フロイドに「失せろ」と言われてもう一発発砲されれば、弾かれたように背中を向けて去って行ったのである。
車に乗る音、発進していく音。
フロイドは自分の背後にあったアパートの外壁に肘を引っ掛けてそれを見守り、完全にいなくなったことを確認した。

「…お蝶さん、大丈夫?」

そしてフロイドはニコッと彼女を振り返った。
お蝶さんはと言えば。腰が抜けていて、ペタンと玄関に女の子座りをしてこちらを見上げている。
白い顔をして、大きなおっぱいの間を小さな手で押さえながら。

「…あ、あぅ…」

怖がって震えているのである。
フロイドはそれを見て、まさか自分に怯えているとは全く思わなかった。ああ、あの借金取りたちがよほど怖かったのだろうと思う。
怖い男に囲まれて腕を引っ張られたのだ。怒鳴られたのだ。乙女にとってはそれがどれほど恐ろしいことか。
女の子はとにかく暴力的なものに耐性がない。
可哀想に、と的外れなことを思った。

「怖かったねぇ。もう大丈夫だよ」

フロイドはしゃがんで、片方の膝を地面につき。ちょっとドキドキしながらお蝶さんをグッと抱きしめた。
抱きしめる行為に緊張したことなんてないのに。
日本人はハグの習慣があんまりないから、特別な意味を持たれるかもしれないと思ったのだ。でも、怖がっているから安心させたかった。
…他意はない。
ので、フロイドはあっさりとした表情を装ってお蝶さんの背中に腕を回し、力強く抱きしめたのであるが。

「……!!…」

当然。
たゆたゆの熱いおっぱいが、フロイドの胸板にもちぃっ♡と押しつぶされて形を変えた。ブラジャーを付けている筈なのだが、硬い感触があまりしない。というのも、お蝶さんの使っているブラジャーは長年同じものを使っていてくたびれているのだ。バストの重みに耐えきれずにたゆんと伸びてしまったブラジャーはもうほとんど彼女の胸を守っておらず、柔らかい感触をダイレクトにフロイドへ伝えてしまったわけである。
汗でわずかに体は湿っている。
それに、平べったくて肉もついていないと思っていた背中も指が沈むほど柔らかいのであった。
今日の気温は35度。
そのせいでなにとも言えぬ女の良い香りがして、汗の匂いがしている。
少し抱きしめただけで2人の間に夏の熱がこもって充満していた。

「、」

お蝶さんもまた、巨大で力強い体に抱きしめられたことに恐怖し、また、ときめいていた。
フロイドは手足や体が長いので細く見えるのだが、腕を背中に回されればガッシリと骨太であるのがわかり、筋肉がキチンと付いていることがわかる。
何もかもが大きく固く、柔和な顔や態度からは想像も付かないような無骨さがあった。
爽やかな整髪剤の香りと、汗をかいた男の香りがするのである。
お蝶さんはこんなに大きな体に抱きしめられたことがなかったので、流石にドキドキしてギュッと拳を握ってしまった。
誰かとハグをするなんて何年ぶりだろう。
しかもこんな若くてハンサムな男の子と。
そう思うとカッ、カッ、と顔が赤くなり、体が固まってしまうのであった。

「…だいじょーぶ?」
「あ、ぁう、だ、…大丈夫です」
「あは、なんで敬語?」
「へ、平気やから」
「ほんとに?」
「う、うん」

フロイドはそれを聞いてゆっくり離れた。
それからお蝶さんの赤くなった顔を見て、「熱かったかな」と勘違いする。
フロイドは時折信じられないくらい鋭くて、信じられないくらい鈍くなるのだ。今は後者だった。それはきっと、その実自分という人間にそれほど興味がないからなのかもしれない。

「お蝶さん」

フロイドはじっとり汗をかいて彼女を見つめた。お蝶さんはその低い女殺しの声にドキッとして、おずおず彼を見る。

「なんか困ったことあったら、オレに頼って」
「………」
「オレにさぁ、お蝶さんのこと助けさせてよ」
「…ぁ」
「お願い」
「…な、なんで。…た、助けてくれるん」
「…なあに。言って欲しい?」
「あう」
「言わないで欲しい?」
「、」
「オレは言いたいけど」

お蝶さんはさらに真っ赤になって、黒目を震わせた。つまさきがキュッと丸くなり、目の前のハンサムな男から目が離せなくなる。
可憐な心臓に甘い痺れが走って、体が重たくなるのだ。彼女は何も言えず、ただ顎を震わせていたが。
やがてハッと正気に戻り。
彼から目を逸らし、コンクリートの地面を見た。砂利と蟻の歩く地面を。

「お、…お金っ」
「?」
「お金…。さ、三百、万円も」
「…え〜。その話ってしなきゃダメぇ?」
「あ、あかんやろ」
「あかんかぁ」
「か、返します。時間かかるけど、なんとかして…。どないしよ。あ、えっと、うち、もっと働くわ。夜も。それでなんとか、」
「お蝶さん」
「、うん」
「お家上がっていーい?喉渇いたし」
「あ、う、うん」

そう言われて、そうだ、こんな玄関先で、と彼女は冷静になる。なれていないけど。
家に彼を上げて、座らせ、麦茶を出した。
お蝶さんはちゃぶ台を挟んで彼の前に正座し、困った顔を向ける。
そしてとにかくまずはお礼を言おうとして、頭を下げようとしたが。
喋り出すのはフロイドの方が早かった。
先手を打たれたような感じだ。

「お蝶さん」
「ぁ、」
「心配ごと、なくなった?」
「?……」
「職場で虐められなくなってぇ、借金取りからも虐められなくなって。心配事なくなったでしょ。…他にもある?」
「ぇ、あ」
「あるなら言って」
「…な、ない、けど」
「そ」

彼は麦茶を半分飲んで、うだるような四畳半の熱に顔をわずかに熱くした。
一瞬口の中は冷たくなったけど、肌の内側はズッシリと熱いまま。

「じゃあ、何にも考えなくて良いね」
「………」
「オレと一緒にいる時、余計なこと考えなくなれたねぇ」
「、……」
「あぁ、そーだ。金なら返さなくて良いよ」
「えっ」

フロイドはこの問答をとっとと終わらせたくて、俯いて煙草のフィルターにフッと息を吹きかけた。そのまま火をつけ、煙草を咥えたまま煙を吐く。

「分かった?」
「う、…けど…!」
「ケチケチ女から金受け取りたくねぇんだって」
「、」
「一回出したもん引っ込めたくねぇの。男にみっともない真似させないでよ」
「…あ、ぇと…」

フロイドの声音は優しかった。
お蝶さんは正座をしたまま小さくなって彼を覗き見るような目で見詰める。
どうして良いかわからないのだ。お礼を言おうとすると目で制され、二進も三進もいかない。
借金がなくなったのはものすごく嬉しいことだ。肩の荷が降りて、本当にホッとした。
だからと言って手放しで喜ぶわけにもいかないが。

「せめて…その、お礼させてもらえんかな。大したこともできんけど…」
「お礼?」
「なんでもする」

お蝶さんはコク、と頷いて真剣な目で言った。

「家事手伝いくらいしかできんけど、えっと、なんか…他には…仕事のことで手が足りんとかやったら、なんでもします。あとは使いっ走りとか、ウチにできることならなんでも」
「、…なんでも?」
「ひゃ」

フロイドはそれを聞いて突然前のめりになった。ちゃぶ台に片手をついて顔を彼女に近づけるのだ。
お蝶さんはびっくりして背後に手をつき、フロイドを見つめ返す。
彼のコメカミには青筋が浮いていた。

「そのなんでもってさあ、どこまで含まれるわけ?」
「へっ、あ、ど、どこまで」
「そお、どこまで?」
「え、あ、ウチにできることなら、全部」
「お蝶さん、それ意味わかってる?」
「あっ、す、ごめん。ほ、法律違反はできん」
「言えば抱かせてくれんの?」
「へ」
「抱かせてくれんの?って聞いてんだけど」

お蝶さんはそれを聞いて動きを止めた。
緩くゆった髪がほろりと一房落ちるに構わず、ハンサムな彼の顔を凝視して黙り込む。
そしてキョトンとまばたきをしてから、フロイドから少しだけ離れて。

「い、嫌やわ。あんまりおばちゃんからかったらあかんよ」
「………」
「驚いた…」

そう言って少し笑った。
彼の言うことをまるきり冗談だと思っているのだ。
フロイドはこれに息もできないほどカチンときたが。カチンときた途端、自制も働いた。
からかってねぇよと思い切り押し倒してめちゃくちゃにしようと左手が出そうになったが、同時に冷静になったのである。
ダメだ。ここで手を出したら本当に三日三晩でも襲うことになってしまう。
そうしたら今まで我慢した日が水の泡だ、と。
だって自分にしてはよくやった。
いじめをやめさせたり、情報を集めたり、我慢したり靴を買いに行ったり借金取りを追い払ったり。
そこまでやったのに、今ここで襲っては取り返しがつかない。お蝶さんはきっと怖がって、築き上げた信用をゼロにしてしまうだろう。
それかもしくはいじめられっ子らしくビクビクするばかりで、従順に目を伏せて涙花を咲かせるのかもしれない。

「…………」

フロイドは青筋を立てたまま、出そうとした手を止め。引っ込めて、ストン、と畳の上に座り直し。
暫く葛藤して、瞳孔の開いた目を部屋の隅に向けてから。

「…帰る」

と言って、一度も振り返らずに部屋から出ていくのだった。





「それでお前見返りなしで金そっくり渡してやったの?江戸前だねぇ〜!威勢がいい」
「江戸っ子じゃねぇしぃ…」
「良いのかそんなに払って」
「いーよぉ。やっぱり返してなんて男じゃねぇじゃん…」

フロイドは喉の奥に引っ掛けて置いた煙草の煙を壁に吹っかけて、背中を丸めた。
たまたま入った赤提灯の灯る小さな居酒屋、隣に座った初対面のおじさんと話込んでいるのだ。
おじさんは太っていて歯が全部金歯で、目が弱いらしくて奇妙なサングラスを付けている。
フロイドは酔っ払ってグラグラ体を揺らし、冷たい手で熱くなった自分の顔を冷やしながら丁寧にゆっくりまばたきをした。
少し眠くなってきていたから。

「オレもさぁ、取り立て生業にしてたこともあるから分かるわけぇ。向こうの商売もさあ。でも好きな女が困ってんだもん…」
「それでどうだった?金払ってやったんだろ。そりゃお前、ちょっとくらいは良いとこいけたんだろ。そいつ聞かせてくれよ」
「うぁ"ー、うぜぇ〜」
「なんだ上手くいかなかったのか」
「いかねーも何もねーよ金払って懐くんだったらいーよぉ?けどなんか、困ってるだけ。オロオロしてるだけ。逆にビビってやがん、の、ほんと……。…女将さんカラんなった、おかわり」
「外人さん、水飲みな」
「いらねーよ…」

フロイドは首まで赤くして日本酒を手酌で延々呑み、酔っ払った手付きでタバコに火を付ける。
狭いカウンター席からはブラウン管テレビが見えて、その隣に埃の積もったダルマが並んでいた。
女将さんはウチワを片手に花火中継を観ている。
隣に座ったおじさんはフロイドの話しを肴に呑み、「うまくいかねぇもんだね」と酒臭い息を撒き散らして笑った。

「んあぁ〜。…お蝶さんに会いたぁい…」
「酔っ払って会ったらロクなことにならないよ」
「やだぁ〜!」

彼はいきなり大きい声を出してカウンターに顔を転がし、暫く起き上がらなかった。けれど突然顔を上げて水を飲む。
もうベロベロなのだ。

「いーよいーよ、分かったから。もうアンタ帰んな。このままじゃ財布落として帰るよ」
「ハァ?客帰らすわけぇ?」
「ウチももう終いなんだよ」
「やだあ、まだ呑む…」
「いいから」

しかし時間が経って、彼は追い出されてしまった。フラフラ立ち上がって曖昧に揺れて金を払い、「二度と来ねえ」とデカイ声を出す。
すると「いつでもおいで、話聞いてやるから」と温かい声を背中に投げられ、フロイドは「ウン…」とちまこい声で言って夜の町を歩いた。

「う。オエ」

そして結局電柱の近くで少し吐く。
吐くほど酔っ払ったのはいつぶりか知れない。
彼はベロベロよろよろ歩き、自販で水を買ってアパートまで歩き。

「、」

酔っ払い過ぎて鉄骨階段から落ちた。
打ち所が良かったのと、低いところで転んだのが良かったのか全然痛くなかった。暗くて怪我をしたのかもわからないが。

「ざけんな、マジ、ンな設計にすんなっ」

まるきり酔っ払いの声を出し、フロイドは仰向けに寝っ転がったままガインと長い足で階段を蹴った。
そうしてそのままメルトダウン、何もかも面倒くさくなって地面で眠ってしまうのである。



「わああ」

朝。
お蝶さんはお仕事に行こうとしていつも通りドアを開け、地面にフロイドの巨大な体が転がっているのを見つけた。彼は寝ていたようで、お蝶さんの声を聞いてうっすらと目を開ける。
気温は32度、人魚が干上がる温度。
炎天下、ジリつく太陽の音。あとはセミの声。

「………」

フロイドは寝ちゃったかぁ、と思って太陽を見た。
体が汗で気持ち悪く、頭はボーッとしている。
幸い頭は痛くない、が、具合は悪い。

「ど、どないしたん。怪我しとる…」
「………」
「も、もしかして、アレか。昨日の人らにやられたんか。あぁ、どないしよ」
「……?」

お蝶さんが駆け寄ってきた。
フロイドは薄く目を開けて彼女を見上げて、あー、と働かない頭で思う。
お蝶さんは勘違いしていた。彼は単に酔っ払って階段から落ちて寝ただけだが、お蝶さんは傷だらけで寝転がっている彼を見て借金取りにやられたものと思い込んだのだ。
強そうな彼がこんなふうになっているということは、拐われて囲まれてボコボコにされたのかもしれない。
お蝶さんは青くなってフロイドの横でおろおろして、「あ、救急車、警察?」と慌てる。
フロイドは本当はそのまま適当に返答して自分の部屋にぶっ倒れて寝てしまいたかったが、まさか自分が喧嘩に負けたなんて思われたくなかったので。

「…ちげーよ、酒…。酔っ払って…」
「お酒呑んでそんなボロボロにならんやろ、」
「階段から落ちたの…」

言いながら、なんとか上体を起こした。
起こした途端頭が痛かった。
あ、クソ。時間差かよ…と思って後頭部を押さえる。そのまま事情を説明すると、お蝶さんはなんとか納得してくれた。

「だ、大丈夫?階段登れるん」
「アー…うん。…だいじょーぶ」
「また落ちそう…」
「落ちねーってぇ…」
「そしたら、あれ、えっと。ウチおいで。お水とお薬出すから。な。平気ンなったら勝手に出て行ってええから。ウチ仕事行くけど…」
「………」

フロイドはスーッと歯の隙間から息を吸い込んで頭を抑えた。痛くて一瞬黙ってしまったのである。そうしていると、お蝶さんは母のように心配して家に上げてくれた。
布団を出してくれて、水と薬を出してくれて、「お昼には帰ってくるから。な。大丈夫?1人で居れる?」と言うのだ。
まるで風邪を出した息子を看病するように。

フロイドは布団に転がされたまま、片手を上げて「だ、だいじょーぶだから。帰ってこなくて…大したことねーし」と呟く。けれど母国語で喋ったものだからお蝶さんは首を傾げるだけで、「なんか欲しいもんあったら電話してな。あんまり深酒したらあかんよ」と彼の肩を優しく叩いてパタパタ仕事に行ってしまった。

「………」

ドアの閉まる音。
去っていく足音。
酒臭い自分。
蝉の声しか聞こえなくなる室内。
彼は顔が浮腫んでいることを何となく肌の感覚で知りながら、何の気力もなく四肢を放り出して横向きになって転がっていた。
お蝶さんの布団に入っているという喜びを感じる余裕も無い。

彼はそのまま、ボーッとまばたきをして、やがて汗をかきながら眠るのであった。




…【以下、夢の中】


「なぁフロイドくん、ビール呑んだやろ」
「呑んだけど」
「補充してぇな」
「え、お蝶さん呑むの?」
「呑むよぅ。せやから入れて置いたんやろ」
「オレのかと思ったあ」
「ウチの!」
「…フーン。ごめぇん。後で買ってくるぅ」

お蝶さんは小さな冷蔵庫の前に座って困った顔をした。いや、眉が下がっているからいつも困っているように見える。多分あれは少し怒っているんだろう。
全くそうは見えないが。
声も細いから付き合いが長くないと分かりにくい。お蝶さんは怒りの感情を出すのが物凄く下手なのだ。

「麦茶しかあらへん…」

彼女は(多分)ぷりぷり怒って作って置いた麦茶を取り出し、グラスにちまちま注いだ。それを持ってちゃぶ台に持って行き、暑そうに顎の汗を拭ってから飲む。
夏蝉の声が外からやってくる中、扇風機が室内のぬるい空気をかき回す。ジメジメした暑い夏の一室で、頬にグラスをくっつけるお蝶さんを見て、フロイドはなにだか堪えられないくらい欲情した。

暑さは人をだらしなくする。
体が伸びて、シャンと座っていられなくなるのだ。だからお蝶さんも女の子座りをして、気怠げに小箪笥に寄り掛かっている。

「…オレの手、冷たいよ。体温低いから」
「さよか」
「あは、怒ってる」
「怒るよぉ。楽しみやったのに」
「口ン中冷やしてあげよっか」

フロイドはジョークのつもりで言った。
するとお蝶さんは伏し目がちの目をほろ、といつもより大きく開けてこちらを見る。
驚いたのだろう。
…いや、というか多分意味を分かっていない。
どういうこと?という顔だ。かき氷でも買うてくれるんやろかという期待の目。

「…ハ」

フロイドはそれを見てなんだか笑えてしまい、「オレより年上のくせに」と思う。子供みたいな顔しやがる。
頬に張り付いたメッシュを耳にかけ、深く煙を吸った。灰皿に押し付け、吸っていたタバコを長いまま消す。彼はそのまま立ち上がり、冷蔵庫の中にあった氷を勝手にガラガラコップに出し、口の中に含んだ。
水道水の味がする氷は、熱い口の中でスグに形を変える。

「?なんやの」
「なにって…」

フロイドは自分でも自分の本心がわからなかった。これから何をするのか自分にも見当が付かなかった。けれどやめた方がいいということくらいは分かる。
分かるのだが、夏に脳がボヤけて、正常な判断ができない。大きなフロイドを見上げるお蝶さんの目が、雨の中みたいにしっとり濡れているから。
汗だくでキョトンとしている彼女があんまり煽情的だから。

「冷やすんだって」

何がトリガーになったのかは分からない。今まで散々我慢してきたのに、どうして突然アッサリ線を飛び越えてしまったのかは分からなかった。
フロイドは氷だけが入ったグラスをちゃぶ台に置き、お蝶さんの前にスッとしゃがんだ。お蝶さんの顔に僅か風圧がかかり、彼の香りも同時にする。

「え、なん…」
「おぼこいんだねぇ。わざと?」
「フロイドくん?」

ああ畜生。
なんか、小さい子供にイタズラしてる気分だ。
この女はまさかオレに欲情されているなんてちっとも知らない。こんなに良い女な癖、自分はとっくに枯れていると思っている。
近所のおばちゃんに手を出すわけがないと思っている。
馬鹿野郎。
だからここまできても拒絶できねぇんだ。
この先が想像できないから。

「…いややわ怖い。なんやの、」

お蝶さんは汗をかいてちょっと笑い、少しだけ下がろうとした。フロイドの顔があまりにもシンとした無表情だったからだ。

「わ、分かった。ビールはええから…後で自分で買うてくるわ」
「お蝶さん」
「、なに」
「ごめんねぇ。我慢してたのに。台無しにして」

フロイドは彼女の二の腕を掴み、自分に引き寄せた。初めて触った二の腕は細い癖に信じられないくらい柔らかくて、指が沈む。汗を纏ってしっとりして、脳が痺れるほど気持ち良い感触だったのだ。
近付いたお蝶さんに、彼はいきなり冷えた唇でキスをした。ちゅ、とくっ付けて、彼女の小さくて熱い唇に吸い付いた。
フロイドの大きな口はアッサリお蝶さんの唇を覆う。彼女は驚き過ぎて一切動かなかった。

「、」

蝉時雨の音以外になにも聞こえない。
あとは汗で湿ったように感じる畳が少し軋む音。
フロイドはお蝶さんの唇が自分の口の中にあることに痺れるほど感じて、心臓が思い切り鳴った。左手をその小さな頭に回して固定してしまえば、あとは好きにできる。

「くちあけて」
「……」
「開けてよ。できるでしょ」

お蝶さんはびっくりした小動物みたいな顔をしていた。受け入れるでもなく拒絶するでもなく。訳がわかっていないのだろう。
ここまできても。
この表情はちょっとリアルじゃない。
普通キスをされたら一瞬でなにかしら理解するはずだ。
…多分、彼女は何でもかんでもとろとろと遅いから、ここでもそうなんだろう。
フロイドはこれを随分かわゆく思って、なんだかんだ想定通りだなとも思った。

「ン」

何か言おうとして、小さな唇が開いたので。
そこに氷で冷えた分厚い舌を突っ込んでさらにこじ開けた。お蝶さんの口の中は物凄く熱かった。熱でふやけた四畳半よりよほど。
小さな平べったい歯が唾液に濡れていて、舌が縮こまっている。感触だけでその輪郭が分かり、フロイドはハッ、とここで初めて燃える息を吐いた。
気持ち良くて骨が溶けそうだった。
興奮し過ぎて体がズシ、と重だるくなる。
思わず抱き締めると体は信じられないくらい柔らかかった。大きなまろい胸が胸板にもっちり押し付けられて潰れるのだ。

「ふ、」

お蝶さんはここに来て初めて抵抗らしい抵抗を見せた。と言っても、突き飛ばすわけではなく、フロイドの肩に手を乗せて小さな力で押し返そうとするばかりである。
「やめろ」というより、「なんで」が聞きたいのだろう。なんでこんなことするん、って言いたいんだろう。

なんでも何も。
オレはずっとこのつもりだったのに。
ちょっと今更なんじゃないの。
なんでわかんねーの。お前鏡見たことねぇのかよ。と、思って、多少腹立たしくなる。

フロイドは彼女の舌を吸い上げて、「ん、」と低い音を出しながらその背中を小箪笥に押し付けた。両腕で強く抱きしめれば、二人の体の間に熱が篭ってうだるほど暑くなった。
彼は一瞬目を開けたが、汗が滲みて痛くて、結局強く両眼を閉じた。
自分の舌がお蝶さんの舌にねちねちじゅくじゅくこすれているだけで、鳥肌が立つほど感じて、肩甲骨の間を一筋の汗が流れる。

半端に溶けた氷を小さな口の中に突っ込んで、舌と舌の間で舐めて擦って溶かす。冷たい氷水が唾液に混ざって互いの口から溢れ、唇と顎を濡らした。それが喉仏を伝う。

「ぁ、う」

長い、黒薔薇の花弁みたいな濃い睫毛がフロイドの頬をかすった。背中を支えていた手をするする首筋に移動させれば、自分の手はもう冷たくもなんともなく、お蝶さんと同じくらい熱い。
だからフロイドはちゃぶ台を見ずにグラスから雑に濡れた氷をひとつ掴み、掌で溶かしながら彼女の首筋にくっ付けた。

「あっ」

びっくりした声が上がる。
気にせず掌で押し付け、ぬるぬる氷を滑らせた。その溶けた水が彼女の背中を濡らしている。
口の中の氷が溶けて、水だけが残る。
二人の口の中は冷えた。けれどどうせすぐに熱くなる。体がこんなに熱いから。

「あ、ぁ」

彼女のやわこいお腹がヒクヒク震えていた。
浅く息を繰り返しているからだ。察して一瞬、ちゅっとキスをしてから顔を少し離してやる。するとお蝶さんは彼の胸板に片手を乗せたままいきなり横を向いて、ハアハア息をした。

真っ白なもち肌に玉の汗が浮かんでいる。顎から糸を引いて落ちた、二人分の唾液が大きな胸の谷間に流れ込む。きらめきながら服の中に潜り込んで小さなシミを作った。
フロイドはそれを見て意味のない笑いが顔に浮かぶほど高揚し、黙ってグラスを傾け、口の中に氷をもう一つ入れる。そうしてお蝶さんの顔をこちらに向けさせた。
キスをしようと思ったから。

「い、いやや、かんにんしてぇな」

彼女の顔は驚くほど真っ赤だった。
伏した目はじわじわ涙が浮かんでいて、息が荒い。男殺しの顔だった。
限界まで下がった柳眉が悩ましく、夢に見るほど甘いのである。

「…あは。入れて」
「きゃっ」

フロイドは彼女の小さな膝小僧を片手で掴み、ガバッと足を開かせた。その開いた空間に自分の体をねじ込み、胴を密着させてさらに胸を押しつぶす。
首筋の氷が溶けたので、背中に手を回し、服の上からブラのホックを外した。するとお蝶さんは「あ!あかんて、」と彼の口を掌で覆う。

「あ、」

けれどフロイドは目を閉じてその柔らかい手のひらにガブっと噛み付き、目を開いてお蝶さんをジーーーッと見詰めた。
カロン、コロン、とガラス製の風鈴の音が鳴る。
お蝶さんは赤い顔で物凄く困って、痛む掌をしかし退けられずにいた。退けたらキスをされると分かっているから。
色違いの瞳に強請られても、どうしようもなかったのだ。

「うう」

フロイドは決して自分でその細腕を退けない。
目で「早く退かせよ」と訴えるばかりだ。お蝶さんはそれにあっさり追い詰められ、ヒクヒク喉を震わせた。

「ご、ご近所さんやろ。あ、あかんよ」
「………」
「お。…おばちゃん忘れたるから。な?」
「………」
「おっ、お店の子ぉに頼みや。それか、ふ、フロイドくんやったら、女の子、くるやろ。こんなんで済まさんでも、…」

フロイドはお蝶さんが職場でいじめられている意味がよく分かった。この女は本当に人の加虐心をくすぐるのが上手いのだ。
いきなり襲われている癖に、被害者の癖に、なんとか笑って終わらそうとする。スグに許そうとする。抵抗としては困った顔で華奢に首を振るだけだ。
汗と氷水でびしょびしょになった体を恥ずかしがって隠そうとしながら、「しんぼうして」と目を逸らす。

この色気、この風情。
フロイドは掌を思わず噛みちぎりそうになりながら、下瞼を痙攣させた。
一体どうすればこの女はオレの番になるんだ。どうすればオレのものになる?
どうすれば理解する?

「よっ、酔うとるんやろ。しゃあない子…」
「お蝶さん」
「勝手に呑むから」
「お蝶さんさぁ」
「な…なんやの」
「どうやったらオレの女になってくれんの」
「な」
「毎日気ぃ狂いそうなんだけど。つか、ここまで我慢したオレ偉くね。褒めてよ」
「がま…」
「すき」
「、」
「お蝶さんがすき。ずっと」
「よ、って、」
「酔ってねえよ。一杯くらいで酔わねえよ」

…嗚呼言っちゃった。
どうしよう。明日から。
日本人の女って強引な男嫌いなんだっけ。
小エビちゃんはなんて言ってたっけ。
クソ、わかんねえ。
日本人の男は女を褒めないし告白もしないんだっけ?それでどうやって口説くんだよ。
雰囲気作ってキスしろっての。
そんなやり方知らねーよ。

「ねえ、すき」
「……」
「お蝶さん」

もう解放されたい。
フロイドは掌を外して、彼女にキスをした。
もうなんか、全部どうでも良かった。


【以上、夢終了】



「う。……」

目が覚めれば、汗だくだった。
頭皮から汗が滑ってこめかみを伝い、体が気持ち悪い。フロイドは薄く何度か瞬きをして、目を強く閉じ。

「ンン"……」

うつ伏せに寝返りを打って、「夢かよ」と物凄く落胆した声を脳内で出した。
こんなところで寝たせいだ。
頭痛と暑さの中でゆっくり頭をさすり、腕を伸ばしてスマホを手に取れば、随分眠った気がするのにたった40分しか寝ていなかった。
多分もう眠れないだろう。

「………」

我慢のし過ぎでおかしくなってきてるな、と暗く笑った。そのままマジカルペンを振って二日酔い用の魔法薬を出し、一気に飲む。
この魔法薬はテキーラの味がするから最悪だった。彼はスグにキッチンに歩き、水道水を蛇口から直接飲んで濡れた唇で息を吐く。
そのままキッチンに手をついて俯いて大人しくしていると、だんだん症状がマシになってきて、時間が経てばほとんど全回復していた。

「は〜……」

フロイドは、お蝶さん、お昼に帰ってくるんだっけ。とやっと働き出した頭で思う。
オレ、こんな精神状態でやっていけるんだろうか。貞操帯とか買っておいたほうがいいかも知らん。
つーか朝のお蝶さんの対応、完全に息子に対するアレだったな。オレもしかしてガキとしか思われてなかったりする?
意識すらされてない?
そんなの初めてなんだけど。…

「…んん…」

壁に寄りかかり、片足を立てて膝に肘をつき、顔を擦りながら目を閉じた。
こういうのは引き際が肝心。
ダメだと思ったらさっさと諦めて次に行け。
これは自分でいつも決めていることで、引き摺らないうちに他の女か仕事で誤魔化してしまうのが一番良いと大人になってから知ったのだが。
フロイドはどうにも諦められず、昼に帰ってくるお蝶さんを素直に待ってしまうのだった。






一方その頃お蝶さん、実はというか、当然彼を強く意識していた。
最初はなんてハンサムな人だろうかと思っていたのだが、彼がどうしてか構ってくれているうち、反射的に胸がときめくようになってしまった。

だって、一緒に裸足で歩いてくれた。
迎えに来て、靴を履かせてくれた。
魔法をかけてくれた。
借金の肩代わりまでしてくれた。
優しくて困っている人を放っておけないタチなのかと思っていたが、どうやら多分そうでは無い。
お蝶さんは彼をほんわかしたお兄さんなのだと思っていた。
が、あの拳銃とプロの手つきで印象は全てスッカリ変わってしまっている。本当は怖い人だということもわかった。
けど。

『オレの女に手ぇ出したから。』

彼はそう言った。

『言えば抱かせてくれんの?』

とも言った。
お蝶さんは彼に抱きしめられた感覚が体から抜けず、ずっとそのことばかり考えてしまうようになったのだ。
お金はいらないと言われたけど、やっぱり返さなきゃとも思ったし。あんな大金を払わせてしまうなんてとも思った。そしてどうしてここまでしてくれるのだろうと考えて、自惚れて、きっとそれが的中しているかもしれないことまで分かってしまった。
彼は直接的なことは言わないが、全身からヒシヒシと伝わる熱の塊のようなものがある。
そのエネルギーが肌を焼くのだ。
四畳半、真夏の夕刻、お蝶さんは汗をかきながら考えないではいられない。
もしかして彼は自分のことが好きなのでは無いかと、自惚れないではいられなかった。

こんなおばちゃんの自分を、どうしてあんな美男子が好いてくれているのかは分からないが。
…母親に似てるから、とかと違うよな。
せやったらあんなこと言わんし。

「………」

仕事中も心ここに在らず、彼女は悶々とそればかり考えてしまう。
仕事から帰ってきて食事を作っている時も、寝る前も、延々言葉の意味をさがしてしまうのである。
もし彼にキスをされたら?
好きだと言われたら?
またあんな風に抱きしめられたらどうなるんだろう。

と、いう風に。
ドキドキしていたというわけである。
お蝶さんにはほとんど男性経験がない。若い頃に見合いで結婚した、優しくなくて平凡な不幸を巻き散らす男と平凡な結婚をして、浮気されて放ったらかしにされて酔って暴れて死んだ彼以外に男を知らぬのだ。
彼女は前の夫に義理はあれど愛はなかった。
少女時分に恋は人並みにしたけれど叶わなかった。

だからあんなにハンサムで、優しくて格好良くて、ちょっと悪い雰囲気がするセクシーな男を相手にどうして良いか分からない。
両手を広げて恋ができるほど若くもない。
だってからかわれていたとしたら必ず終わりが来るし、そのとき自分がどうなるか分からないから。
嗚呼でも…と揺れ動いてむちむちドキドキしていたのである。
因みにお蝶さんはえっちな同人誌出身なので、もしフロイドがここで全てをかなぐり捨てて抱いてしまえば即堕ちする。フロイドのこと以外に考えられなくなるし、最終ページでは調教済みになった姿が大きなコマでうつされて終わるようになっていた。
が、残念ながらフロイドはそれを知らないので真っ直ぐな恋愛をしようとしているのだ。

「うぅ…」

お蝶さんは今日も今日とて「むち♡むち♡たぷ♡」とえっちなオノマトペを全身から出しながら仕事をして、昼になったのを見てから慌てて食材を買って、いそいそもちもちアパートに帰った。
二日酔いになったことがないからどんなものが必要なのか分からなかったけど。
ドキドキしながら暑い夏、汗をかいて鍵を開け、自分の家のドアを開ける。
彼はきっと寝ているはずだった。
だから起こさないようにご飯を作って、揺り起こして食事を置いてまた仕事に戻るつもりだったのだが。

「おかえり♡」
「わ」

フロイド・リーチはそこに居た。
玄関に一番近い場所、キッチンの前に立ってニコ、と笑っている。
部屋はどうしてかとても涼しく、彼はスッキリとした顔をしていた。
お蝶さんは背中に夏の熱を背負いながらビニール袋を二つ持ち、ボーッと彼を見詰めてしまう。ただ立っているだけで物凄く格好良かったからだ。

「…ふ、フロイドくん。もう体平気なん」
「うん。薬貰ったからもう大丈夫。ごめんね、忙しいのに」
「あ…ううん、平気ならええんよ。ただいま…」
「お疲れ様。ご飯作ったよ」
「えっ」

フロイドは食事を作って待ってくれていたらしい。お蝶さんはそれをジッと見て、キッチンを見て、パチパチまばたきをした。
この子、ご飯作れるんや。と。
男の子だからあまりそういうのはしないのだと思っていた。
フロイドは薄く笑いながら作ったものを皿に出し、「なに好きか知らねーから適当だけど」とちゃぶ台まで運んでくれた。

「わ…。…お、お洒落や」
「そお?」
「フロイドくん、凄いなぁ。お料理上手なんや…」
「意外?」
「ちょっと」
「アハ。オレ家庭的なの」
「贅沢ご飯や」
「よかったねえ」

お蝶さんはちゃぶ台の前に正座をして、意味もなく両手を合わせながらお洒落なご飯を見下ろした。
皿とちゃぶ台と畳が全くマッチしていないが、お洒落なカフェご飯みたいなソレは彼女がほとんど食べたこともないようなものだったので。自然と目が煌めいてしまうのである。

「ありがとう、こんな…。ウチが作るって言うたのに。逆になってしもた」
「別に。暇だったし」
「?フロイドくんは食べんの?」
「さっきちょっと食ったからいいや」

フロイドはよいせ、と壁に寄りかかって座り、窓の外を眺めながら煙草に火をつける。

「いただきます」
「どーぞぉ」

お蝶さんは嬉しくなって箸を取った。
洋食を食べるのは久しぶりだったから。
そしてテレビを付けて食べながら、フロイドの横顔を時折見て。
やっぱりなぁ、と思う。
こんな見惚れてしまうような人がこの家にいるだけでも不思議なのに、更に惚れられているなんて。
そんな少女漫画みたいなことあり得るだろうか。
ある日突然現れた美男子が全てから救ってくれて、更に愛してると言ってくれるなんて乙女の夢でしかない。

けれど夢を見るだけなら。
夢だけなら覚めるから、良いだろうと。
彼女はこの美男子に思わせぶりな態度でハートを嬲られることに高揚して、決して外には出さない夢を見る。
彼に今スグにでも腕を引っ張られてキスされるシーンを考えたり、彼の大きな体が自分にかぶさる熱を肌に再現したのだ。
もし彼が自分のことを本当に好きだったらどうしよう、と思って。
自分のことを考えて夜を過ごしたりしているんだろうか。
もしかしたら、エッチなことをする想像とかもするんだろうか、と。
お蝶さんはちょっともじもじして、あの大きな体に欲をぶつけられたら、とピンク色の想像をして目を伏せる。

「…なぁ、フロイドくん」
「ん?」
「フロイドくんって、恋人とかお…」
「いない」
「早いなぁ…」
「居たら女のコの家とか上がんなくね?」
「女の子って、そんな年齢とちゃうよ」
「じゃーお姉さん?」
「ふふ。せやね、その辺で止めておいて」
「えへ。そうだねぇ。お姉さんじゃないとそんなメス顔しないよねえ」
「…、へ?」
「ん?」

突然そんなことを言われて、お蝶さんは箸を持ったままピタッと固まった。
そしてフロイドを見上げる。彼はニコーッと暗く笑って首を傾げていた。

「さっきからなーに?オレのことそんな顔で見て」
「へ、…えっ」
「自覚ねーの?」
「………」

お蝶さんはそう言われて、カッ!と顔を赤くした。バレていたと知ったからだ。
メス顔。自分はそんな顔をしていただろうか。
どうしよう。否定しなきゃ。
でも、嗚呼、なんて言ったら。
そんなつもりなかったのに。
お蝶さんは一気にオロオロして、「そ、そんなこと、」とあっちこっち見て唇を小さくした。
どんな風に思われているか、見られているか分からなかったから。

「っ」

するといきなりフロイドが立ち上がった。
そのまま向かいにドス、とあぐらをかいて座り、ちゃぶ台を挟んで彼女の顔を見下ろす。

「…!」

お蝶さんは顔があげられなかった。彼がどういうつもりなのかも分からない。
ただ、大きい体が真向かいの物凄く近くに座った。ジーッと見られていることは分かる。

「どしたの。食べなよ」
「あ、う……」
「美味しくなあい?」
「お、おいしい」
「そっか。…食わねーならアーンしてあげよっかぁ?」
「あ、だ、大丈夫…」

シューッと赤くなって、彼女は彼の真意がわからなくて大混乱しながら、震える手でせめて食事を続けるしかなかった。
フロイドはどうしてか間近に座って動かず、ジッとこちらを見ているだけで何も話さない。
あるのは沈黙とセミの声のみだった。
罪人になった気分である。
こちらからは彼の太い腕と胸板が少し見える程度。

「あっ、」

そんな圧迫感の中だから、当然ドジをして食事を卓にこぼす。お蝶さんはこれしきで動揺してしまい、ティッシュを取ろうとしたが、その手をフロイドに抑えられた。

「、…」

大きくて熱い手だった。
ただこれしき、触られただけで体が跳ねる。
俯いたまま体を固めると、フロイドはニコーッと笑ったまま「あは」といつも通り声を出した。

「どん臭いねえ。溢しちゃったの?」
「あぅ…」
「食べさせてあげる♡」
「え、」
「早く食べて行かないと遅刻しちゃうでしょ」

畳の軋むような、甘くて重い声で言われた。
毒性の声である。
フロイドはそうしていきなり長い指でニンジンを直接摘んで「はい♡」とお蝶さんの口元に差し出した。
まさか、手から直接である。
アーンされるとは聞いたが。

「へ、」
「あーん」
「……」
「食えよ」
「、」

声のトーンが下がった。
彼女はビクッとして、トマトのソースを纏ったニンジンを見つめた。
まさか。
せめてスプーンとか箸とか、それ越しだと思ったのに。指で。直接。
ソースがぽた、と皿に落ちる。
これを、食べろと。

「………」
「あーん♡」
「!?ぉむ」

まごついて只管困っていると、無理矢理口に入れられてしまった。
硬い指も一瞬口の中に入る。
心臓がドンっ、と跳ねた。

「んぐ」

味がしない。彼の指の、人間の皮膚の味はクッキリしたけれど。

「食べて」

言われて、彼女は目をまんまるにして固まったままだったけれど。
目で促され、とにかく咀嚼するしかなかった。
彼の顔はもう見れなかった。
まさかこんなことをされるなんて思わなかったから。
これ以上ないほどドキドキしながら目を泳がせて口の中のものをなんとか飲み込むと、間髪入れず次を指で摘んで差し出される。

「あ、だ、だい、大丈夫、やから、1人で食べれ、」
「はい♡」
「あ、あう、ふ、フロイドく、」
「なんでも言うこと聞くって言ったろ」
「……!」
「あは。これ楽しーねぇ。今日から毎日こうやってご飯食べる?」
「ひ、…」
「あーん」

退路は無かった。
だから彼女は顔を真っ赤にして、半ベソをかきながら食べた。

「良い子だねえ」
「……!…」

そう言われて、彼女は反射的に腰のあたりに火がつくのを感じた。
体が熱くなって、指が震える。
年下の男の子に、手で直接ご飯を食べさせられた。食べれば「良い子」と褒められ、嫌がれば怒られる。
…人生でこんなことをされたことがないから、これは強烈だった。
きっとこれから先焼き付いて離れないだろう事柄である。

フロイドはそうして指にバケットにソースをつけて食べさせたり、ジャガイモを指で潰さないように持って口に入れさせたり、自分もたまに食べたりして時間を過ごした。
そして最後に彼女の唇を優しくティッシュでポンポンと拭って、

「美味しかった?」

と、優しく聞く。
お蝶さんは足の指を限界まで丸め、辛うじて頷いた。
いじめられたせいで、体はどこまでも小さくなってしまっていた。

「あは。そっかぁ。良かった」
「……」
「もう時間じゃない?そろそろ行かないと」
「……」
「オレのために帰ってきてくれてありがと」
「……」
「なあに?送って行こうか?」
「い、いらん"…」
「いらんかぁ。残念」

半泣きである。
眉がハの字になって、お蝶さんは小さな手をギュッと膝の上で握ったまましとどに汗をかいていた。
どこに行ってもいじめられる彼女はこうしていつも強く主張できず、じっと黙り込んでしまうのだ。

「夜ご飯も作って待ってよっか?」
「…ぃ、いやや…」
「えー。だめ?」

ドキドキしすぎて泣きそうになった顔で頷く。するとフロイドは同じように頷き、「そっか」と残念そうに言った。

「わかった。嫌われたくないしやめとく」

そんな風に引き下がるのである。
だからお蝶さんは結局何も言えず、不満を漏らすことも特にできず…おずおず鞄を持って、もう自分の爪先しか見れなくなりながら「い、行って……きます…」と誰にも聞こえない声で言った。

「気を付けてね」

優しく言われて、彼女は震える足で玄関を出て。何も見ずにドアを閉め。
スグに歩き出し、アパートが見えなくなった瞬間。

「〜〜〜〜っ」

真っ赤っかになって顔を覆ってしゃがみ込み、暫く動けなくなってしまうのであった。













とりあえずここまで
手は尽くしました


エロ同人出身vsソシャゲ出身
エッチな同人誌にしか出てこないようなムチムチどすけべボディの未亡人とフロイドの我慢限界恋物語のラクガキ。

捏造過多。
なんでも許せる人向け。
フロイドが25歳です

なるべく調べましたが、あまりにもなんちゃって京言葉です。全然違いましたら本当にすいません。殺してください。
京言葉だったらこうだよって言うのがあったらこっそり教えて殺してください。
本場の方ごめんなさい。

蛇足↓

全ての男性向けエロ漫画に出てくるお姉さんが幸せになってほしいと思っている気持ち悪いオタクです。
このアカウントはフロイドさんにラノベ出身のかわゆいハーフエルフとかえっちなサキュバスとかツンデレ金髪ツインテ幼なじみとか、えっちな同人誌出身の爆乳ドジっ子メイドとかそんな丈あるわけねぇだろってくらい短いスカートのナースとかそんなわけねぇだろってくらいおっぱいの大きいJKとかとCPになって欲しいという欲求が一年前くらいからずっとあったので、やっと落書きしました。
FANZA同人でフロイドが竿役で居ない意味がわかりません。
たくさん検索したけど出てきませんでした。目線入っててもいいし、寝取り役で出演してもいいし、挿入の時は体が透けてていいから見たかったです。でもないから自分で書きました。
世知辛いですね。

早くフロイドさんがラノベの主人公になる話が読みたいです。ピッコマによくあるなろう系で2ページ目にはハーレム築いて欲しいです。
もしフロイドさんが銀髪ハーフエルフお嬢様と付き合ったってフロイドも人魚だし魔法使いだしバーテンダーだしヤクザだし属性勝負じゃ負け無いわけですし、なんの問題もないと思いました。
これ誰にも共感してもらえないんですけどね。

でも前回もフロイドがNetflixに出てない意味がわからない、俳優じゃない意味がわからないって暴れた時も共感してもらえなかったけどロスデュラン家の花婿書いたら納得してもらえたので今回も黙って書くことにしました。
少しでも布教できたら嬉しいです。
ボケが
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11,77711,454150,513
2021年8月17日 15:01
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