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みーこ

古代呪文語特別課題

古代呪文語特別課題 - みーこの小説 - pixiv
古代呪文語特別課題 - みーこの小説 - pixiv
10,155文字
習った事を忘れるなよ
古代呪文語特別課題
一番授業の内容が気になるので幻覚を書き起こしました。
⚠虫

感想くれると嬉しい🤔
https://odaibako.net/u/tottmr

ルーキー3位ありがとうございます〜🙌🙌
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3,8883,91447,618
2020年10月29日 15:26

「残念、もう一度提出しなさい」


トレインから返されたC評価のレポートを片手にジャミルは大きな溜息を吐いた。これで4度目の再提出が決定したことになる。
なんでも出来るジャミル・バイパーが困り果てているのは得意の古代呪文語。別に必修の課題ではない、寧ろ行わない生徒がほとんどだろう。
これは図書室の禁書の棚の閲覧を認めてもらう為の課題なのだ。
NRCの図書室はとても広い。うずたかくそびえる書架には数多の資料が積んであり、勿論生徒閲覧禁止の資料も置いてある。
古代、言葉は魔法そのものだった。口に出す音、紙に綴られる文字全てが魔法そのもの。そんな魔法について書かれた昔の、それまた昔の資料が安全に閲覧出来る保証はない。開いただけで噛み付く本、音読した瞬間錯乱魔法が飛んでくる本、触っているだけで操られる本エトセトラエトセトラ。兎に角そんな危険なモノが学校に置いてあるのは授業を円滑に進める教師の為であり、ひいてはその授業を受ける生徒達の為だった。
書架の中でも古代呪文語に関する閲覧制限資料は段違いに多い。ただ、絶対に閲覧出来ないという訳でもなくて年齢制限だとかマア、そういうのもあるけれど、一番はトレインが教鞭をとる古代呪文語の授業で9割以上の点をとったりだとか、あとは冒頭の課題で合格点を貰ったりとか、マ、色々あるのだ。
ジャミルはそれに3度落ちていた。

いやだって!レポートに必要そうな資料は閲覧制限かかってんじゃねーか!

出された課題に関する資料はすぐに目処がついたがこの本、なんと先の課題で合格が貰えないと読めない。ちなみに無理矢理開こうとすると図書室で丸一日昏睡するはめになる。
どうしろってんだ!
ジャミルは憤るがこれは古代呪文語を学ぶ者が通る道なのだ。
要は先に合格を貰った人に助けを求めればいいだけ。さてもジャミルが気付かない筈はないけれどなんせ古代呪文語を得意として、あまつさえこんな課題を自主的に提出する輩は知り合いにはいなかった。トレインに聞いても「自分で調べなさい」と言うし他の教師に聞いても「ア〜」と濁される。

不機嫌を隠せずに今日も彼は図書室に通って禁書の棚の前に立つ。
ただ、珍しく先客がいた。
レオナ・キングスカラー、ダブりまくってる3年生。普段は植物園にいて、ラギーが引っ張ってこないと授業にも出ない問題児。いやこの学園問題児以外いないわ。
レオナがゆるりと尾を揺らしながら禁書を閲覧していたもんだからジャミルは目を疑った。だってそれは、自分がドン詰まってるこの課題で合格を貰い、トレインの課外授業を受け、更に後二つの課題を提出しないと手に取ることすら叶わない資料だったから。

なんとレオナは古代呪文語が得意だった。授業では寝ているがちゃんと定期考査の成績も良く、勿論実技の点も良くて、あまつさえクソめんどくさい課題をこなしトレインの小間使いに近い課外授業をこなし年齢制限も二十歳になったので無くなり、今や古代呪文語に関わる資料を全て閲覧出来る程度には。

しめた、と思ったが同時に詰んだ。快諾してくれる気がしない。接点はないことはないけれど…先のフェアリーガラで彼とは何度も額を突き合わせヴィルに尻をスっ叩かれた仲である。

声、かけてみようかしら。いやでもキレられそうだな。
17歳らしい顔で悩み、所在なさげに髪をいじるジャミルをレオナは勿論気付いている。腐っても三年生なので。
彼が古代呪文語を得意としているのは知らなかったがどうやら例のクソ意地の悪い課題で詰まっているようだ。何故分かるってレオナも詰まったから。ただ、あの時は頼れる先輩がいた。
もうとっくに卒業してしまったけれどやたらと面倒を見てくれる人がたまたま古代呪文語が得意で、たまたまトレインの課題もクリアしていて、本当にたまたま、やめて、恋なんかじゃないったら。
そんな甘くて酸っぱい過去を思い出し、横に立ついじらしい後輩をほんの少し可愛いな、なんて思った。だってラギーだったら間違いなくユニーク魔法で操って横から覗いてくるだろう。俺にページを捲らせて。ハ?第二王子に本のページ繰らせるとかある?

ジャミルはいっぱいいっぱい考えて、チャンスは今しかないと腹をくくった。
失敗したら切腹しよ、そうしよ、介錯はラギーに頼も、慣れてそうだし。
ゆら、と遠ざかろうとするレオナのベストの裾をきゅっと掴み「あの!」とひっくり返った声で彼を呼ぶ。一から十まで説明しようとして思った以上に口が回らなくて諦めた。精一杯困った顔をして少し背の高い輝く翡翠を黒曜石を宿した瞳で見つめる。
コレはリドルの十八番であった。普段口が回る大人っぽい子が眉を寄せて口を噤むと覿面に効くのだ、年上に。トレイが都合良く使われてるのを何度も見たので真似してみた。

勿論レオナが無視出来るはずもなくて何も聞かずにコッチに来いと空いてる自習机に誘われる。
ジャミルに席をとらせて、防音魔法をかけさせて、レオナは必要な資料を片っ端から腕に抱えて。なんて甲斐甲斐しいのだろう、ラギーが見たら泣くかしら。
兎に角一世一代のオネダリを成功させたジャミルに切腹の必要は無くなった。



「レポート」と短い言葉で言われ渋々C評価の課題を渡す。代わりにジャミルが閲覧したくてたまらない資料を開いてくれた。ルーズリーフを広げて必要な文面を書き写す。ページを繰って欲しい時は例のリドルの顔をする。レオナは何も言わずに繰ってくれた。



端的に言うと懐いた、何ってジャミルもレオナもお互いに。会うのは決まって禁書の棚の前。お互い昼寝に家事に忙しく会えない時の方が多いけど、それでもトレインの課題の度に禁書の棚に通うジャミルの為にレオナはわざわざ時間をとった。最早十八番でもあるリドルの真似は意図がバレバレだけど彼はなアんにも言わずに手助けしてくれる。トレインの課題をこなす度に面倒な呪いの書物に触れる機会が増えていくが、本に噛み付かれた左手を彼は黙って治癒してくれたし炎を吐く本のせいで火傷を負った時は呪文でアロエを出してくれた。一通りのギミックがちゃんとジャミルを襲いその後レオナがフォローしてくれる。一体誰がジャミルの成績を押し上げてるのか気になって見に来たトレインは驚いたものである。ちなみにレオナの成績に多少の色は付けた。




「質問があるんですけど」
「ン」
「2000年前頃の書籍に一切呪文が載ってないのはどうしてなんですか、曖昧で抽象的なイメージ描写しか書かれていない」
「………来い」
「エッ」
ガタ、と椅子を揺らしてレオナはジャミルを振り返ることなくズンズン進む。図書室を出て、雨上がりで露を被ったツツジがキラキラ光る渡り廊下を進み、旧校舎の壁にかかったカビくさい額縁をくぐり抜け、埃っぽい階段を降りていく。響くのはサンダルのぺたぺたした音とカツカツとした硬い靴音の二つきり。暗い通路を抜けて眩しい陽光に目を細めればそこは植物園だった。
ハア、こんな抜け道があるのか。フンフン感心しながらレオナの背中を追いかける。

植物園の裏側から、やっぱり知らない道を通って辿り着いたのは魔法史の準備室。気だるげにレオナがドアを四つ叩く、なんだなんだと飛び出してきたのはトレインだった。
「おっまえは…!」
急用でもないだろうに四つ打ちされてスっ飛んできたトレインはこめかみに青筋を浮かべていた。ぽけっと様子を伺うジャミルの手を引いてレオナは我が物顔で中へと入る。背後では大きな深呼吸、いやため息かしら。兎にも角にも落ち着いたらしいトレインは後ろ手で扉の鍵を閉めてジャミル達の後を歩いた。



見かけによらず広い準備室の中央でジャミルの手はパッと離される。
円形の壁に囲まれた室内は物に溢れ、紙と紙の間からは文字がこぼれ落ちていたり、やけにキラキラした天球儀は物凄い早さで回っていたり、興味を隠せないジャミルはキョロキョロと周りを見渡す。

「無声呪文に興味があるんだと」
トレインが追いついたのを確認してレオナが切り出せば流石のジャミルも視線を二人に戻す。
「オッ!あ、失敬失敬。」
一瞬目をキラリと光らせたトレインが慌てて咳払いを一つ。
この男、NRCでは文系科目をいくつも受け持つオールラウンダーではあるが専攻は古代呪文語だった。学生時代から熱を上げて研究し、若者達にも古代呪文の素晴らしさを伝えたいと内定を全て蹴って教職へ。今でこそ彼の代名詞は魔法史だが古代呪文への情熱を失ったワケでは無い。

なんて久しぶりだろう、キングスカラー以来だから2年ぶりかしら。真面目な生徒だと思っていたがまさか禁書から無声呪文に興味を持つとは。ジャミル以上に心臓をバクバクと鳴らしながら、さも落ち着いた様子でトレインはレオナの胸ポケットからマジカルペンを引き抜いた。代わりに渡すのは2Bの鉛筆。
「オレこれ苦手なんだが」
苦い顔をするレオナにジャミルは話の流れが全く掴めていない。
無言で促せばレオナはふっと鉛筆を振った。卓上に溢れかえる資料の束がパタパタと動き出し、小さな小さな旋風が確かに鉛筆で起こされた。
エッ、エッ、なんで、と子供みたいに騒ぐジャミルに「バベルの塔は知っているか」とトレインが話しかける。


愚かにも神に挑戦した哀れな人の神話。
その昔世界の言語は一つだった。学内で故郷の違う生徒達が意思の疎通を問題なくとれるのは勿論魔法のおかげなのだが確かに大昔は共通言語しか存在していなかったと言われている。
そんな人間達は神と並び立とうと塔を建設し始める。大樹の背を越し、山々の頂を越し、雲を突き抜け天まで届け。うめよ、ふえよ、地を満たせと神から生み落とされた彼らは実に愚かに地を捨て天を目指した。怒った神々はあっという間に塔を壊し尚且つ人々の言葉をバラバラにしてしまう。昨日まで同じ民族で、味方だった筈なのに、顔は勿論知っているのに。言葉の壁は分厚く、結局塔は中途半端に崩れたまま、また人々は地に降りてそれぞれの営みを再開した。
が、しかし、その頃から魔法はあったのだ。勿論聞き分けの良い魔法士もいただろうが諦めが悪くて高慢で自信家なのが魔法士の本懐だろう?一度天に指をかけた彼らが一度で諦めるはずがない。コミュニケーションはとれずとも、かつての呪文を唱えられなくとも、見返してやるの一心で魔法士は再び集まり崩れた塔に手をかけ足をかけ登っていった。
無声呪文の歴史はそこからだと言われている。例え身体の一部のような杖がなくとも、声が出せない状況でも身近にある物を杖代わりに、意思の力を呪文の代わりに。社会に出ればそれこそ反社会的組織や違法生物を扱う研究団体に乗り込む特務警察官には必須のスキルだった。呪文で魔法を悟らせるな、挙動で発動を悟らせるな、生きるか死ぬかの現場では破壊音と悲鳴しか響き渡らない。ただマアそんなこと、一般市民は知る由もないのだ。世の中表面的には平和だし大きな戦争も無ければ命を脅かされる天災もない。神を信じるか否かは個人次第であり一歩間違えれば精神病棟行きであり、無声呪文で戦う者達もバベルの塔を知ってはいても半数以上は存在ごと疑っている。
しかし確かに2000年前を境に、書物からは呪文そのものの文字が消え抽象的な言い回しが増え、それ以後の書物は多様な言語でそれぞれの国の歴史と共に綴られているのだ。



年甲斐もなく目をキラキラさせたトレインがジャミルに熱弁を振るうのを傍目に2年前の自分を思い出す。あの流れで行けば多分課外授業になるだろう。トレインの教育方針は獅子は我が子を千尋の谷に落とす、である。転移魔法で思い切りヤバイところにブッ飛ばされて、後は無声呪文が使えるようになるまで帰れない。追い詰めて追い詰めて追い詰めて無理矢理成長させるのだ。そんなトレインが担当だからいつまでたっても古代呪文語は必修科目になりゃしない。それでも「知ってることばっかで退屈な授業だ」なんて悪態をつきながらも彼が教鞭を振るう魔法史に顔を出すのは一重に尊敬しているから、だったりする。言わないけど。


トレインがおもむろに取り出す藁半紙には課題による外出届、と書いてあった。
「やる気があるなら今からでも」
どんな課題か話もしてないのにこの教師は…とレオナは呆れるが何も言うまい。もう古代呪文を学びたい生徒、にしか目がいかないんだろ。
「ウ、ウス、カリムにLINEします」
慌ててスマホを取り出して操作するジャミル、返事は早かった。「いいぞ!気を付けてな!」


「よし、よし、では行くぞ」
展開される魔法陣が煌めけばあっという間に二人は準備室から消え去った。ア、キングスカラーに用紙書かせるの忘れたな、マいっか。



「なんっで俺まで飛ばされてんだよ………」
あのクソ教師!お前、お前、俺の時は一人きりで転移させただろうが!
広大な平原でおとぎ話みたいな巨体の魔法生物に追いかけ回されたことが記憶に蘇る。狩る側のライオンが狩られる側に成り下がる、音一つ、呪文一つ唱えれば居場所を把握される、ギリギリの中駆けずり回った三日三晩。齢18のレオナは死ぬほど泣いたし死ぬほどトラウマになって帰ってきてからも1週間程トレインの部屋で寝泊まりした。

あの時握りしめていたマジカルペンは準備室で抜き取られたまま。レオナの手元には鉛筆が一本と狼狽えるジャミル、目の前は平屋の建物がポツンと一軒。どこまで飛ばされた、月が煌々と照らす様子を見れば昼間だった賢者の島からは大分離れた場所だと考える。
フクロウの声、風の音、生活を感じられない建物には確かに何かいる。
ゾワ、と走る悪寒に思わず尻尾を内ももに巻きつければ「レオナ先輩…?」と不安な声。バカヤロウ!誰が声出していいって言った!


チリ、と鈴の音が鳴ったかと思えばガタンと引き戸が勢い良く開き、おどろおどろしいバケモンみたいなのが飛び出してくる。毛という毛を逆立ててレオナは必死に鉛筆を振る。手首も肘もいわしそうな勢いで振られた鉛筆は七度目にやっとキラキラ輝いて二人を転移させた。


ガタゴト音を立てながら無理矢理転移したレオナはジャミルの口を手で塞ぎ荒い息をなんとか整えようとする。尻尾の毛は依然逆立ったまま。アア失敗した、なんでよりによって建物の中に飛んでしまったのか。フクロウの声が遠くに聞こえ、立て付けの悪そうなガラス戸が風に煽られてガタガタ音を立てる。
真っ暗な室内でジャミルの黒曜石にパチリと目を合わせそのまま額と額を合わせる。
(絶対に声を出すなよ)
ジャミルの頭に響くのはレオナの声そのものだった。
(あの、ここって、さっきのって)
(知るか、なんだあのバケモン。お前ゴーストとかユーレイとかそういう類は平気か)
(多分…人並みには平気ですけど、あの、)
(なんだ)
(虫が…苦手で…)
ハア、アッソ、マそういうこともあるよね。レオナは仕方なくジャミルの背後で糸に垂らされている蜘蛛を弾き飛ばした。夜目の利く目で見渡せばそこかしこに蜘蛛の巣が広がっている。蜘蛛だけで…済めばいいなあ。可哀想になあ。

(トレインの課外授業はいつでも現実だ。幻覚や仮想空間じゃなく実在の場所に飛ばされる。だからマ、さっきのバケモンもガチだし俺らは三日飲まず食わずが続くと動けなくなる。分かるな?)
(アッ、ハイ)
(お前が無声呪文を使えるようになるまで俺様も帰れない、死ぬ気で出来るようにしろ)
(はひ)
(さっきのバケモンは声に反応するからな、絶対声出すなよお前、ほんと俺鉛筆しか持ってないからな)
(ハヒ)
グングン顔色を悪くするジャミルの視線の先には大きな百足、レオナは心底呆れた顔をしてサンダルで踏み潰した。


お前とりあえず明かり出せ、レオナの命令でジャミルは必死にペンを振る。簡単な魔法だ、一年の最初に習うのに
どうして、どうして、ペンの先は光らない。
光れ、燃えろ、光れ、走れ、光れ、繋げ、光れ、光れ、光ってくれ!
イメージを電気から燃える炎へ、空を照らす雷へ、陽光に煌めく水面へと変えども変えども。
うんともすんとも言わないペンの代わりに、目の前を通り過ぎた大きな蛾に慄いたジャミルはギャ!と大声を上げた。


チリ、と鈴の音。二人がいた部屋の扉がスパンと開き外の風が吹き込んでくる。
「馬鹿野郎!」
ついぞ怒鳴ったレオナは構わずジャミルの脳天を鉛筆で刺した。
また力任せに鉛筆を振り、からがら二人はその場から転移する。


ガチン!と骨に響く程の勢いで再び額を合わせる二人、レオナは怒っていた。いやだって普通に怖いもの。何あれ、馬鹿じゃないの?何?ハ?あんなもん魔法が普通に使えても嫌だわクソッタレ死んでしまえあのクソボケジジイ!


次に飛ばされたのは階段の下だった。外観の見かけによらず中は存外広いのな、と翡翠の瞳で周りを見渡す。ジャミルはそんな彼にピッタリくっついて必死にペンを振っていた。

いけない、持病の好奇心が。
腰を上げたレオナは緩慢な動きで階段の先を見詰める。
一階建てに見えたがなあ……。拡張魔法でも使ってんのかなあ…。
降って湧いた興味に導かれゆったりゆったり、足音を立てないように階段に足をかければギシ、と派手に板が鳴るが鈴の音は聞こえない。
やっぱり声に反応すンだな。
寄り添っていたレオナが横にいないことに音で気付いたジャミルは慌てて後を追う。絶対に転げ落ちる自信しかないので虫が出てこないことを必死で祈る。
ギ…ギシ…ギ…と音を立てながら今にも壊れそうな階段を上り切れば天井の低い二階、いや屋根裏って言うんだったかな。窓も明かりもなく床には埃が分厚く溜まっている。

ヤ、何かありそうじゃん。

瞳孔をこれでもかと大きくしてレオナは空間を見つめ続ける。
視線の先4m程に箱のような物が見えた気がするもこの埃の山に足を突っ込むのははばかられる。後ろのジャミルと無理矢理上下を変え、あの箱を魔法で引き寄せるように顎をしゃくった。

文句を言いたそうなジャミルだが声を出せば鈴の音が黙っちゃいないだろう。虫も怖いが幽霊も怖い。だって17歳だもの。殴る蹴るで制圧出来る生身の人間の方が幾分もましなのに。

カラッカラの口内で無理矢理生唾を飲み下す。先程まで光れ光れと無闇に振っていたペン先の魔法石を見詰め、今度は物を引き寄せるイメージを思い浮かべる。
軽い箱がフワ、と浮かんで寄ってくるイメージ、もしくは埃を掻き分けて床を這ってくるイメージ。なんなら足が生えてもいいかもしれない。未だに震えが止まらない手でペンを振れば………ズ、と一瞬箱が動いた気がした。
サア、と血が下がる。魔法が使えたと喜ぶべきことなのにジャミルの本能がソレを否定する。だって手応え全然無かったもん!!!!!
慌てて振り向いて今すぐ降りるようにレオナに身振り手振りで示す。ア?と不機嫌そうなレオナの顔も奥から聞こえる鈴の音で一変した。

転げ落ちるように階段を下る。鳴り止まない鈴の音。間取りも出口も分からない屋内を二人はドタドタと足音を立てながら駆け抜ける。開けっ放しの引き戸は潜った先からスパン!と小気味良い音で戸が閉まる。鈴の音は尚鳴り止まない。延々延々走っているが同じ内装の部屋は二つとして無かった。そんなに広い建物だったか!?もう埒があかないとばかりに焦れたレオナが磨りガラスから月の光が差し込む飾り扉を蹴破った。


縁側の段差に気付かず二人は地面へ転げ落ちる。生垣に囲われた狭い庭には小さな池と灯篭が一つ、どうやら中庭のようだった。
ゼイゼイと乱れた息をむりやり整える。未だに聞こえ続ける鈴の音に諦めたレオナはジャミルに向き合った。
「お前虫とアイツならどっちがやり合える!?」
見ないふりをしたかった池の中からゾワゾワと這い出てくる虫の大軍に、「バケモンどうにかしてみせます!」とジャミルは叫んだ。

はずだった。キュウと喉の奥が閉まる。
怒鳴るように上げたはずの声も、風の音も、フクロウの鳴き声も何も聞こえない。唐突に訪れた静寂の中響き渡るのは鈴の音だけ。


ゆっくりではあるが近付いてくる鈴の音は最早けたたましい。
ジャミルはもう池なんて無かったことにして必死に考える。

人を追い回す、建物に縛られる、物を操れるがすり抜けることは出来ない、ならアレは未練を残した幽霊やゴーストじゃなくてただの生き物だ。趣味が悪いことこの上ないがあの類の、寄ってきた人間を食う生物は確かにいる。
夜闇を愛する彼等は陽光が苦手で、燃え盛る炎も苦手で、何より煙の匂いを嫌うのだ。教えてくれたのは去年のトレインだった。

いくら魔法だって昼と夜を変えることは不可能だ。なら残された可能性は一つだけ、目の前の建物ごと焼いてしまえるような炎を出すしかない。
何度願っても祈ってもスンとも言わないペンをぎゅうと握る。
見えないが背後ではレオナが鉛筆一本で風を起こし虫を追い払ってくれている。
蹴破られたガラス戸の穴から白い影がボウと浮かぶ。ジャミルの背骨を大粒の汗が伝った気がした。





魔法とは想像力だ。
何度も聞いた言葉だった。ある意味で創作物である魔法は当然自分の想像の範疇に収まるものだろう。だから枠を広げなさい、と大人は口を揃えて言う。

作家は経験したことしか書けない。
確かにそうかもしれない。あくまで根っこの自分自身は変えられないのだ。自分を形成してきた過去の延長にしか今はない。
だがどうだろう、いつだって人類の創造は想像が先行なのだ。種族を超えた会話だって、空を飛ぶ夢だって、尾鰭を足にすることだって!全て人は叶えてきただろう……人間の想像力を舐めるなよ!



蝋燭に灯る火じゃ足りない、パチパチと音を立てる竈の火でも足りない、フランベした際の火も、ナトリウムによる爆発も、そんなもんじゃまだ足りない。出来る出来ないはどうでもいい。魔法使いだろ!根性見せろ!

相変わらず喉の奥はギウと閉まって声一つ出ないし魔法石はキラリともしないけど、ジャミルの瞳はチカリと光った。


レオナの目の前で火柱が上がる。炎の熱に仰け反れば慌てたように振り向いたジャミルと目が合った。
コイツ、ノーコンか?
目の前にあった池は干上がってしまい相手をしていた虫ごと消えた。
尚もコントロールしきれないと困った顔をするジャミルを引っ張り火柱を挟んで化け物と対峙出来る場所まで移動する。
手汗でベタベタの鉛筆を振って炎を煽ってやれば察したジャミルがペンを掲げる。
二つの黒曜石は炎に照らされて橙色から黄色へ、黄色から白へとチカチカと光を宿す。
風に煽られた炎の津波は建物を囲うように大きく大きく体を揺らし、ついぞ化け物ごと飲み込んでしまった。
家屋に燃え移った炎は橙色へと色を変え辺りを黄色く照らしている。いつの間にかパチパチと木が弾ける音が耳に届くも鈴の音は一切聞こえない。
ゴウゴウと吹き荒んでいた風を止めて、レオナは顔の汗を拭いながら「明かり出してみろ」と声をかけた。
コクコク頷いてペンを振ればペン先に明かりが灯る。
出来た出来たと瞳を輝かせるジャミルにハアと大きな溜息を吐けば二人の周りが輝き出して気付けば世界は元通り。



準備室ではトレインが優雅にカップを傾けていた。
制服は汗と埃と煤でドロドロ、髪はほつれてボサボサの二人を彼はにっこり迎え入れる。
「良くやった!」
「ハア」
「シネクソボケジジイ」
準備室に備え付けのシャワーを借りて、卒業生が勝手に置いていったTシャツに袖を通せば昼下がりの準備室で遅めのランチが始まる。
二人がシャワーを浴びている間に配達を頼んだらしく物が溢れていた机にはケータリングが所狭しと並べられている。途端に鳴るのは腹の音。マ、ほら、まだまだ伸び盛り食べ盛りの成長期ですから。
サラミとチーズとハラペーニョを耳までのせてこんがり焼かれた香ばしいピザ、カリカリの薄衣に包まれた胡椒の効いたフライドチキン、ゴロゴロと形の残った野菜にほうれん草が足されたカレー、梅肉と大葉をささみで包んで揚げたもの、エトセトラエトセトラ

トレインは二人の話を肴に、二人は目の前の湯気が立ち上るご馳走と共にアイスティーを煽る。くし切りの凍ったレモンが氷代わりにされていてキンと喉を通るのが心地よかった。

一頻り食べ、はち切れんばかりに膨れた腹を擦りながら本で溢れるソファーにレオナが寝ころべば、最早遠慮もクソもないジャミルが乗っかってくる。どかすのも突き飛ばすのも面倒なレオナはそのまま眠ってしまったがジャミルは未だに興奮覚めやらず眠れなんてしなかった。





数ヶ月後、無声呪文以外の魔法を禁止された対戦形式の大会にトレインから勝手に申込をされた二人はブッチギリで優勝し、魔法史準備室で盛大に祝杯をあげた。

古代呪文語特別課題
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2020年10月29日 15:26
みーこ
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