pixivは2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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「学園内で刺客に狙われたことなんか入学以来一度もないだろ」
「それはそうだが」
なァんて話をした数時間後、ジャミルに言わせれば"趣きのある"オンボロ寮の食堂ではもう夕餉終わりのティータイム。寝る前にはリラックス出来るノンカフェインのハーブティーがいいのよ、とはヴィルの言。
良識的な量の砂糖が入った紅茶をぐるりとスプーンでかき回しながらカリムは対面に座るジャミルへ話しかけた。
「昼間の話の続きなンだけど」
「ン」
「この間のホリデーで実家帰った時さァ、ヤベエ色のスープ飲んじまってその場で吐いたじゃん」
「ああ」
「ぶっちゃけあれよりクル先の10月の単元で飲まされたヤツの方がヤバかったんだよな」
「あー…」
去年同じ授業を受けたヴィルも流石に物騒ね、とは一蹴出来ず静かに俯きルークも困ったように微笑んだ。
たかだか一月のホリデーで帰省する間にカリムは両手で数えきれない程命を狙われるがハイスクールにもなってそんなことで死にかけたことなど一度もない。それよりも入学して一年と半分足らずの在学期間の授業で死に目を見た回数の方が圧倒的に多いのだ。
カリムが話題に挙げたのはクルーウェルが担当の毒薬精製だった。勿論一年次からの必修科目、去年あらかた基礎を叩き込まれた二年生達へ進級して一月後に"今作成した毒薬を俺が言う相手に材料を告げずに飲ませろ"とクルーウェルは言い放つ。
ザワつく教室。そりゃそう、だってそんなこと聞いてないもの。授業の内容は課題として出されていたオリジナルの毒薬の精製を5限目に、6限目ではピクシーに飲ませて毒の成分を観察しその場で解毒薬を調合する話だったはずじゃないか。まさか同じ授業を受けている者に飲ませるつもりでは無かったし、この毒薬はどれも妖精用に調合したから種族の異なる人間にどんな効果が出るかなんて分からない。あまつさえ教室内には人間のみならず人魚も獣人も存在する、故に事前に考えていた解毒薬が効くかどうかも不明。そんなんアリ?NRCだからアリなんだな〜これが。
最低なことにクルーウェルはなんとなく何をしていたか見えていた近い席の生徒同士ではなく敢えて遠い席同士のペアを指名した。
震える指で自分の作った毒薬の瓶を持ち黙って席を移動する生徒達、勿論毒薬の内容は相手に伝えてはならないのでクルーウェルは早々消音魔法をかけて生徒のどよめきすら殺してしまった。
対面に座り顔を上げれば顔色の悪い見知った顔、ああこんな、こんな授業なんて知らなかった!
だって去年の毒薬精製は座学をメインに軽い痺れ薬の精製のみだったろうよ。たかだか二月前までそんなぬるい授業を受けていて、今日毒を飲ませるつもりだったピクシーは悪戯好きな妖精として有名で、NRCでも檻から逃げ出しては生徒をおちょくる迷惑なヤツとして認識されていて、だから普段の仕返しとして、そりゃもう好奇心を多少のスパイスに思いつくまま遠慮も配慮もない毒薬を作ったもんだから。
後悔してももう遅いのだ、目の前の友人を救う為には死ぬ気で解毒をしなければならない。
毒薬を飲ませる側も飲む側も冷や汗だか脂汗だかでじっとり制服を濡らしたっぷり五分の沈黙の後背筋を伸ばして覚悟を決めた。
"始め"の合図で毒を服用する側を指示された生徒が何が混ざってんだか分からない毒薬を煽り飲み干す。運が良ければきっと効果が出ないかもしれないね。それは万に一つの神の気まぐれだろうけど。
カリムは飲む側だった、合同授業で一緒に受けていたラギーが作った毒薬を。
大きな耳をぺそりと倒して、空色の瞳に涙をいっぱい浮かべて覗き込んでくるもんだから辛気臭い顔だな、なんて場違いな感想を抱いたのも束の間、突如早くなっていた鼓動に合わせるように疼く痛みが身体中を走る。それから燃える用に胃が熱い、熱い、熱い。息も絶え絶えに目の前のルーズリーフに症状を書き込んでいく。もう既に声が出せる余裕なんて無い。喉に手を突っ込んでカリムは無理矢理胃の中の物を全部出した。
全身の疼痛、灼熱感、発声困難、書き連ねられていく簡潔な症状名は一年次の授業の賜物か、はたまたとうに慣れてしまった毒を盛られた経験か。
飲んだ分は全部吐き戻したはずなのに。涙はぼろぼろと頬を伝い、緩んだ口元からはぼとぼとと涎がこぼれ落ちる。
見た事のない友人の姿にラギーははらはらと涙を零しながら必死に自分の混ぜた材料の何が作用しているのか紙に書き殴っていく。
「待って、待っててカリムく、ごめんなさ、ごめんね、待っててね、今なんとかするから」
ラギーだけじゃない。飲ませた側は罪悪感でいっぱいいっぱい、だって彼らはまだ16.7の少年だもの。
何が症状として出てる、なんだ、カリムの手首を触りながらラギーは必死に一時間前の自分を思い出す。混ぜたモノは夕焼けの草原にいた動植物を何種類か。ヘビかサソリか多肉植物か。
こんなことなら地元の生物なんか使うんじゃなかった!
熱砂の国や大陸の各地に生息する動植物なら嫌な話ではあるもののカリムに耐性があったかもしれない。
何度も洗濯物を荒らすピクシーに良いお灸だと地元でも有数の毒を持つ生物を理論も理屈もなくこれでもかと混ぜ合わせたのも、進行を促すまじないをかけたのも全部ラギーだ。
手首から触れる脈は次第に数えることも出来ず、たまらずカリムを引っ張り倒し頸動脈に指を当てた。
頻脈や不整脈はサソリ毒とヘビ毒の共通症状、カリムの口を無理矢理開ければ小さな傷跡。ヘビ毒が回ったな。自分の頬を引っ叩いて無理矢理涙を止める。だくだくの汗をだぶついた袖で拭い汗で重くなった白衣を床に脱ぎ捨てて解析まで正味5分でラギーは解毒薬の精製に取り掛かった。
マジカルペンを一振りしてカリムのバイタルが可視化出来るようにする。
脈は130を超え血圧は収縮期が70を、拡張期が40を切っていた。低血圧はヘビ毒のみの症状だ。筋痙攣を起こし始めたカリムは虚ろな瞳で机に突っ伏して止まらない涙と唾液に溺れかけている。
マジカルペンをまた振って目星をつけた材料と器具を無理矢理魔法で机に並べていく。突如現れた夕焼けの草原のみに生息しているダイダイナハシュの頭をラギーは押さえ付け躊躇うことなく胴体を釘打ちにした。
人間を筆頭に魚や家畜、勿論ヘビも含めて生命体の錬成は国際法で禁止されている。それは生命への冒涜であり、先の戦争での非人道的な行いを繰り返さない為に。国家を名乗る全ての国と地域はこの法律を遵守せねばならなく勿論違反すればそれは極刑に値する。しかしクルーウェルは何も言わない。ラギーだけじゃない、他の生物の毒を選んだ生徒達も抗体を作る為に法なんて忘れた顔して虫や魚を錬成していくがやはり彼は止めない。
NRCは国家ではなく独立した教育機関だからだ。国家間の諍いも種族も宗教も関係なく、教育機会の平等をうたうNRCには当然守らねばならない校則は存在しても守らねばならない法律は存在しない。故に国からの補助金も無いのでそりゃまあアジームさん家の寄付金にすり寄ることだってある。許して欲しい、今年も予算はカツカツなのだ。
学外なら当然ぶん殴ってでも止めに入るクルーウェルはこの教室内ならば静観を貫く。
学生時代、同じように静観を貫いた錬金術教師を舐め腐り、人体錬成を企てて2秒で床に沈められたのは苦い思い出だ。退学の二文字から鼻差で逃げ切る為に5徹1休5徹1休5徹を繰り返し膨大な量の反省文や課題に雑用をこなした時は流石に本気で死ぬかと思った。生きてて良かった。酒が美味い。
釘に打たれながらも机の上で暴れ狂う大蛇の頭から毒を絞り出す。
ペンを一振り、量を増やす。
ペンを二振り、毒を凍らせ濃縮させる。
ペンを三振り、山羊を錬成。
毒を注射しもう一振り。山羊の体内の時間だけを無理矢理進ませる。
山羊の錬成なんて初めてだ。夢みたいな魔法じゃないか、これなら誰もが食うに困らない。勿論それは一歩学外へ出れば禁忌に他ならないのだけど。
べろべろに泣きながら自分が作った山羊の中で抗体を作っていく。そうか、魔法生物学はこのためか。
魔法は想像力なのだ。蛇なら蛇の、山羊なら山羊の骨格から臓器の場所から細胞に至るまで理解をしなければ生物の錬成など出来ない。あやふやな知識のまま造られた生物は果たして生物と言えるのか?
大戦時武器として量産された出来損ない達は大陸の果ての谷底へ沈められたと言われている。
今までの授業をキチンと活かし、追い詰められた状態で120%を出したラギー達は今日限りの奇跡を起こし完璧な生物を創り出した。
時間にしてわずか二分で山羊の体内は数ヶ月分時計の針を進めた。
血液の採取のために針を刺した瞬間ピシャリと顔に生温い血がかかる。刺し方をまずったらしい。震える手を押さえ付けて深呼吸を一つ、刺した針はしっかりと動脈に刺さり多量の血液を真空にした入れ物にいれていく。
黙々と血液を搾り取るラギーの肩がポンと叩かれ振り返れば真っ赤な顔して滝のような汗をかいた同郷の友人がいた。声は未だに聞こえない。彼はカリムからルーズリーフをひったくりサラサラと文字を連ねていく。
"終わったから手伝う、血清か?"
コクリと頷くラギーを確認して彼もペンを一振り。
赤と黄色に分離していく血液の上の部分だけを掬い取りもう一振り、別の容器の中で遠心分離にかけていく。
毒をもった生物がうろうろとしてる割に治安が悪く、ろくな医療機関もないスラムでは誰もが生きる為に血清の作り方を知っている。わざわざ指示を飛ばさずとも先を読んで行動してくれる友人が本当にありがたかった。
二本のペンが振られれば不純物が除かれた液体は更に透き通りラギーは一も二もなくそれをカリムに打ち込んだ。
息を荒らげながら更に回復魔法をかけようとペンを振りかぶった瞬間ゴツゴツとした大人の手が髪を撫ぜる。消音魔法は相変わらず作用しているがラギーには"Good boy"と聞こえた気がした。
背後から注ぐ魔法の煌めき、どうやらクルーウェルが回復魔法をかけてくれたらしい。悔しいことにラギーは医療系魔術がそんなに得意ではないので眩いばかりの光でカリムが包まれるのを目にして溜息を一つ。助かった。
一体何種類の呪文を混ぜたのか分からないが血清が回りきり体力も回復させてもらったカリムはケロリと目を覚ます。勿論自己治癒を促されたから疲労感はたまったもんじゃないのだが。
宝石みたいな真っ赤な瞳を太陽みたいに覗かせた彼がググ、と思い切り伸びをしてからラギーと友人とクルーウェルの顔を見て南風のようにふわりと笑えば
さあ今度はカリムの番だ。周りの卓をグルリと見渡し未だ解毒薬の作成に手こずっているクラスメイトの元へと飛んでいく。
腰が抜けて床に座り込んでしまったラギーもクルーウェルに背中を蹴られて他の卓へ手伝いに。
カリムは兎に角メジャーな毒に明るかった。それから熱砂の国での危険生物にも。ざっと周りを見渡して自分が手伝えそうなところへ顔を出し散らばったルーズリーフに材料と手順を書いて渡していく。時にはユニーク魔法で水を出し、無理矢理飲ませて吐かせて胃の中を空にする荒治療も何度か行った。人間は反射で吐ける生き物だけど吐くに吐けない時だってあるのだ。自分の指を突っ込んで嘔吐反射を起こすのに躊躇いがない10代なんて早々いてたまるか。
そんなカリムの後ろでつい数分前まで墨を吐いてぶっ倒れていたアズールは口の周りをべたべたにしたまま解毒薬の精製をウンともスンとも言わずに行っている。彼は海洋生物の毒に明るかった。
アズールの隣ではジャミルが毒を飲んだ側にも関わらずフラッフラの足に鞭打って自力で調合していたし、窓際の席ではシルバーが寄ってきた動物達の助言を聴きながら材料を混ぜ合わせている。
時間が経つにつれ助かる生徒が増えていく、その生徒がまた別の生徒の手伝いを、更に動ける生徒が増える。普段はクラスメイトと言えど課題の手伝いなんかしないのに。
ラギーに手伝ってもらい動けるようになったリドルは教室の真ん中でペンを振るい調合や精製に必要な器具を大量に用意してくれた。それぞれがそれぞれの出来ること、知識があることに携わればこんなに効率的なことはない。1コマ50分の授業時間を10分余らせ毒薬を飲んだ生徒は全員解毒に成功した。
「イッテぇ!」
「痛いです!」
ぐちゃぐちゃになった教室を片付けながら毒を飲んで顔や白衣をドロドロにしたままのジェイドとフロイド他数名はクルーウェルに呼ばれ教卓の前でハードカバーの参考書の角で思いっきり頭を殴られた。
「俺はピクシーを殺すような毒は作るなと言ったはずだが」
冷ややかな声に生徒達は押し黙るしかない。心当たりがありすぎる。
「好奇心は大いに結構だがピクシーは学園の管理生物だと教えたはずだぞ。殺生の権利はお前らに存在しない。それが揃いも揃って致死性の毒薬を作りよって…反省文4000字とバルガス先生の補習だバカ犬共」
フグ毒を始め未だ解明されていない魚の毒を興味本位であれもこれも混ぜ合わせたフロイドの毒薬も、劇症肝炎を引き起こすキノコをメインに好奇心を満たす為だけに作られたジェイドの毒薬もきっとピクシーを殺したろうし飲まされたクラスメイトも五体満足で戻って来られなかっただろう。
だからそんな馬鹿みたいなモノを作った生徒は軒並み飲む側に指定した。不必要な程の効果を持つ毒薬はいずれ自分を殺す。それは毒に限らず魔法全般に言えること。
用法用量を守って初めて毒は薬となり得、きっといつか誰かを救うだろう。
自分の受け持ちの生徒が殺人でしょっぴかれるなんて真っ平御免なのだ。何でもやってみたい年頃なのは理解している、だから校内ならば作るところまでは許そう。使う側になる等、使われる側になる等俺の目が黒い内は許さない。
終礼の鐘が鳴っても片付かない教室でタラタラと動く生徒達を後目にクルーウェルはそれぞれの授業評価表にA判定を付けた。
薬剤耐性訓練( novel/13216857 )と同じ世界線。
⚠嘔吐描写