鋼のクラウディア
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ロゼッタは心が折れそうになっていた。
祖母、そして母が心折れたように、ロゼッタも幼年学校での生活に心がすり切れそうになる。
「――私は――私は出世して――こんな惨めな生活から抜け出したかったのに」
終わらない地獄から抜け出したかった。
だが、現実は非情だ。
周りと自分との差を見せつけられる日々。
二年生が終わろうとしている頃には、もうクラスメイトたちの背中すら見えなくなっていた。
授業では何を言っているのか分からない。
武芸では自分よりも小柄な女子に手も足も出ない。
勉強をいくら頑張っても、自主練に励んでも追いつけない。
同じ人間なのか疑わしくなってくる。
ベッドの上で膝を抱えていた。
「もう嫌。こんな惨めな思いをするくらいなら、生まれてこなければよかった」
祖母と母が、幼年学校に自分を送り出す時の悲しそうな顔を思い出す。
とても辛そうにしていた。
それでも、送り出すしかなかった二人は、ロゼッタに「諦めてもいい」と言っていた。
それがロゼッタには耐えられなかった。
負けを認めるようで嫌だった。
だが、幼年学校に来て分かったのは、負ける以前に勝負にならないという現実だ。
ロゼッタの心は折れかけていた。
何かあれば、今にも折れてしまいそうだった。
幼年学校の教職員室。
そこでは教師たちが話をしていた。
「クラウディアさんの件ですが――」
相談を持ちかけられたジョン先生も対応に苦慮していた。
「見ているのも辛い。出来れば、気にかけてやってください」
幼年学校でも、別にロゼッタを徹底的にいじめているわけではない。
だが、これまでの経緯もある。
何より、他の生徒とは明らかにレベルが違うのだ。
本人の問題ではなく、単純な財力や立場の問題だ。
だから、責めるに責められない。
むしろ、頑張っているのは知っている。
だから、どうしても対応は軽いものになっていた。
出来なくても怒らない。
そして、あまり責めない。
それが、ロゼッタには軽んじられているように思われていた。
他の教師が言う。
「もう、しばらく休ませてあげたらどうですか?」
ジョン先生が首を横に振った。
「監視をしている役人からクレームが来ています。これ以上は難しいですね」
長年、クラウディア家を監視してきた連中は、加虐的だった。
いかに心を折るかを考えているような者たちだ。
そうした者が集められ、そして今までもその仕事が続いている。
ロゼッタを休ませようとすると、監視者たちから苦情が来る。
今は亡き皇帝陛下の命令に逆らうのか?
そのように脅されては、教師たちでは逆らえない。
だから、手を貸すことも禁止されていた。
「何か手はないのでしょうか?」
教師たちにはどうすることも出来なかった。
教職員室に、一人の教師が駆け込んでくる。
「た、大変です!」
ジョン先生が顔を向ける。
「どうしました?」
「次の機動騎士を使ったトーナメントです! デリック様が立候補しましたが、リアム様も立候補しているんです!」
それを聞いて教師たちが立ち上がった。
「――すぐに止めましょう」
リアムはデリックを怪我させている。
普段大人しいリアムだが、海賊となると徹底的に叩くことで有名だ。
そんなリアムとデリックが、もしも機動騎士で戦えば大変なことになる。
「リアム様には辞退してもらいます。そうしないと――」
だが、情報を持ち込んだ教師が首を横に振る。
「デリック様が必ず出場させろと言って来ました。そうしなければ、許さないと」
ジョン先生がすぐに上司に報告することに決めた。
「一体何を考えているのか!」
幼年学校からの報告を受けたのは宰相だ。
「――ふむ、面白い。やらせておくか」
そして、報告を持って来た部下は――ティアだ。
正式に役人として宰相の部下に配属された。
「リアム様もお喜びになります」
笑顔のティアを見ながら、宰相は帝国の直臣にならないかと誘う。
それは、ティアがとても有能な証拠だった。
「ところで、クリスティアナ。帝国の直臣になる件は考えてくれたかな?」
ティアは即答する。
「考えるまでもありません。お断りいたします」
それを聞いて、宰相は引き下がる。
「残念だ。有能な部下は一人でも多く欲しかったのだがね」
「私の主君はリアム様だけですから」
「有能な騎士にこれだけの忠誠心を抱かせる。なるほど、その他大勢とは違うらしい」
「当然です」
役人となり働いていたティアだが、その能力が評価され宰相に引き抜かれていた。
専門的に百年も仕事をすれば、頼もしい部下になっただろうに、と宰相は残念に思うのだった。
「――さて、これでバンフィールド家とバークリー家は本格的に争うことになる。覚悟は出来ているだろうね?」
ティアは自分たちの勝利を疑っていなかった。
「当然です。リアム様の決断に間違いなどございません。仮に間違っていたとしても、私が勝たせてみせますよ」
(頼もしいが、盲信が過ぎるな)
ティアに危険な臭いを感じ、これは引き抜かなくて正解かと考える。
「大変結構だ。存分に暴れ回るといい。帝国は勝者を受け入れる」
バンフィールド家とバークリーファミリーの戦いだ。
どちらが勝つか?
それは宰相にも分からなかった。
(規模で言えば、バークリーが圧勝だ。だが、伯爵は常に不利な戦いに勝利してきた。今度もそうなると、個人的には信じたいところだな)
内心で応援しているのはバンフィールド家だが、それでは帝国の宰相など務まらない。
(いずれにしろ、これから長い戦いになるな)
貴族同士の戦いだ。
まずは静かに争いあう。
戦争になる前から、両者が激しく戦うことになる。
バークリー家が勝つことで利益を得られる者たちも、きっとその戦いを支援する。
そうなると、リアムには勝ち目がない。
いくらリアムが強くとも負けてしまう。
(――気骨ある者たちが、伯爵を支援するかが問題だな)
勝ち筋があるとすれば、バークリー家とは反対の気骨ある貴族や商人たちの支援が必要だった。
『も、申し訳ありません!』
モニターの向こうで謝罪をしてくるのは、ブライアンだった。
俺は報告を眠い目をこすりながら聞いている。
『クラウディア家の当主、先代共に、リアム様のお気持ちを疑っておりまして、婚約の交渉は進んでおりません』
汗を拭っているブライアンを見つつ考える。
物腰柔らかいブライアンだ。
上から目線で「婚約してやる」などとは交渉しないだろうし、させないだろう。
そうなると、本気で俺を嫌っているのか?
落ちぶれても、心までは折れない鋼の精神を持つクラウディア家は――最高だな!
「丁寧に交渉を続けろ。ゆっくりと溶かしてほぐすような交渉が必要だ。そうだろう、ブライアン?」
『も、もちろんでございます。た、ただ――クラウディア家は、リアム様がロゼッタ様を見初めたとしても、正妻に迎える理由はないだろう、と』
一目惚れをしたのは仕方ないにしても、結婚するとか舐めてるの? うちは歴史ある公爵家なんだぞ!
――みたいな感じだろうか?
クラウディア家――本当にお前らは俺を楽しませてくれる。
『リアム様、本当にロゼッタ様を奥方として迎え入れるおつもりですか?』
心配そうなブライアンを見ていると、何を言いたいのか分かった。
俺のような悪徳領主が、鋼の心を持つ正義の塊みたいなクラウディア家の娘を迎えいれてもいいのか、ということだろう。
クラウディア家は凄い家だ。
ねちっこくて悪い皇帝に逆らい、おまけに何千年と嫌がらせを受けても耐えている。
おまけに女性当主――男なんてゴミだと思っているような連中だろう。
そういう女を屈服させたら、きっと楽しい。
たとえ、どれだけ時間がかかってもいいのだ。
むしろ、どれだけ耐えるのか見てみたい。
「ブライアン、俺の決定に不満か?」
俺の決定に文句を言う奴は基本的に許さない。
だが、ブライアンは譜代の家臣みたいなものだ。
多少の文句くらいは許してやる。
『――ハッキリと申し上げるなら、不満でございます。クラウディア家の借金は、以前のバンフィールド家よりも酷いものでございます。縁を結んだとしても、得られるものが少なすぎます』
金ならどうにでもなる。
実際、このまま開発が順調に進めば、自力での返済も可能だと天城が言っていた。
天城が言うから間違いない。
「これは決定事項だ」
そう伝えると、ブライアンが肩を落としていた。
『承知いたしました。ですが、個人的には――このブライアン、リアム様を応援しておりますぞ』
通信を切る。
立ち上がって背伸びをした。
「ブライアンも俺の気持ちが分かるようになってきたな。少しズレている気はするが、ブライアンだから仕方ないか」
その頃、第七兵器工場では試作機のテストが行われていた。
マリーが乗るのは、贅沢に作られた試作機の内の一体だった。
宇宙空間――デブリが漂う宙域を全速力で駆け抜けている。
その様子を船の中から見ていたニアスは、うっとりと頬を染めていた。
「いいわ。贅沢に作った私の機動騎士は最高ね」
予算を気にせず、レアメタルをふんだんに使った機体は試作機というよりも芸術品に近い。
テストを終えたマリーが戻ってくる。
『ニアスさん、反応が少し遅いですわよ。リアム様がこの程度で満足すると思っているのですか?』
そして、テストパイロットとしての腕も一級品だ。
テストパイロットとしては問題も多いが、マリーは間違いなくエース級である。
難しい機体を手足のように操れる貴重なパイロットだ。
タブレット端末を操作しつつ、ニアスは答えるのだった。
「アヴィドの反応速度には気を付けますよ」
『この子の調整にも気を使いなさい。この子は、私の専用機になるのよ』
試作機だが、マリーが気に入っておりこのまま専用機とするようだ。
「実験機として預かりたいんですけどね」
『同じ物を何体も作っているでしょうに。あまり欲張ると首を飛ばすわよ。それはそうと、試作機のカラーは嫌いよ。私専用にホワイトとパープルで塗装しなさい。私のパーソナルカラーなの』
自分色に専用機を染める。
エースパイロットの特権だ。
ニアスが手配しようとすると――。
「あら? マリーさん、残念ですけど許可が出ません。クリスティアナさんのパーソナルカラーに設定されていますね」
すると、マリーの雰囲気が一変した。
これまで丁寧な口調だったのに、急に――。
『あのミンチ女が! 私のパーソナルカラーを無断で使いやがった! 元の姿に戻してやろうか、糞女が!』
口汚くティアのことを罵りはじめた。
「え、えっと――マリーさん?」
『おっと、失礼。それはそうと、あの女はどこまで図々しいのかしらね。筆頭騎士などと自称する恥ずかしい女は、リアム様に相応しくないわね。そうは思わない?』
自称ではなく、リアムが決めたことなのだが――マリーは納得していなかった。
(これ、どう答えたらいいのかしら? それより、この人――リアム様が婚約を決めたと知ったら、暴走するかな?)
しかし、伝えないわけにはいかない。
「そ、それよりも――リアム様が幼年学校で気になる女性を見つけたそうですよ。婚約者にすると言っているそうで、相手の家と交渉中だそうです」
『なっ! あ、相手は! リアム様に相応しいお相手など、帝国中を捜しても簡単には見つからないわよ』
マリーの中で、どこまでリアムの評価が高いのか――ニアスは呆れるのだった。
「えっと――クラウディア公爵家のロゼッタ様ですね」
それを聞いて、マリーは叫んだ。
『それは素晴らしい! すぐにお祝いの準備をしなければ!』
「あれ? 怒らないのですか?」
『やはりリアム様は私の理想の主君でしたわ。まさか、クラウディア家をお選びになるとは――これも運命なのですね』
答えは返ってこなかった。
一人で興奮しているマリーを放置して、ニアスはタブレット端末を操作する。
映し出されたのは、改修中のアヴィドである。
レアメタルを大量に使い改修されているところだ。
その姿に涎を垂らす。
「あ~、素晴らしいわ。とくにこのラインと、このギミックが最高よね。帰ったら頬ずりしてあげる」
第七兵器工場の持てる全てをつぎ込んで改修されているアヴィドに、ニアスは愛情のようなものを感じていた。
――母性に近い。
盛り上がっているマリーとニアスを、他のスタッフたちはドン引きした目で見ている。
「あの人たち大丈夫ですか?」
「妄想中だ。話しかけるな」
「ニアスさん、アヴィドに自分の子供みたいに話しかけていましたよ」
アヴィドの改修は順調に進んでいた。
タブレット端末に、ニアスが頬ずりしている。
「あ~、強化ミスリルの輝きが私を狂わせる」
ブライアン(´・ω・)「クラウディア家との婚約は辛いですが――リアム様が一目惚れをしたらな仕方がないと、このブライアンは思うわけです」
ブライアン(`・ω・´)「ですから、このブライアン! リアム様のために頑張りますぞ」