舎弟
セブンス8巻は今月末に発売です。
よろしくお願いします!
幼年学校での日々が三ヶ月を過ぎた頃だ。
俺は気が付いてしまった。
――なんだ、この環境は?
学生寮の自室で、あまりの環境に考え込んでしまった。
「――幼年学校って楽過ぎ。これなら寄付金とかいらなかったな。いや、ジョン先生のターゲットにならないためにも必要だったか?」
とにかく厳しいジョン先生だが、俺には一度も注意をしてこなかった。
だが、それ以外は他の生徒と同じ扱いだ。
朝起きて、軽く運動して、仕事もせずに勉強して、武芸を学んで――帰ってきて寝るだけ。
周囲はそれでも文句を言っていたが、楽過ぎて不安になってくる。
そもそも、授業も簡単だ。事前に知識を教育カプセルで得ているからな。
強化した肉体には、生半可なトレーニングなど準備運動にしかならない。
――あまりにも予想外すぎた。
「嘘だろ。簡単すぎて、逆にこれでいいのかって悩んでしまうなんて」
悪徳領主を目指す俺にとって、体を鍛えるのは重要なことだった。
世の中、暴力など無意味。
学校の勉強なんて社会に出れば必要ない。
そんな話は全て嘘だ。
確かに一個人の暴力など、この世界では無価値に等しい。
だが、前世で暴力がいかに重要かを俺は学んだ。
悪い奴らが暴力を振るい、善人が怯える。
暴力も力なのだ。
そんな暴力を得るために鍛えてきたのに、こんなぬるま湯のような環境では俺の実力が錆び付いてしまう。
「駄目だ。それは駄目だ。というか、さすがに三ヶ月もすれば本格的な訓練が始まると思ったのに、その気配すらないぞ」
最初は周囲の連中がなれてくるのを待っているのかと思ったが、三ヶ月も過ぎたのに内容はあまり変わらない。
準備運動に毛の生えた程度の内容だ。
どうしよう――不安になってきた。
すると、実家から連絡が入る。
相手はブライアンだ。
――なんだ、天城じゃないのか。
ベッドに横になり通信を受けると、ブライアンが泣いていた。
『リアム様、定期的にご連絡して欲しいとあれほどお伝えしたではありませんか!』
こいつ、過保護すぎないか?
「一日連絡を忘れたくらいで泣くな。何か問題があったのか?」
『いえ、こちらは順調でございます。それよりも、リアム様が心配で、心配で』
俺って信用されていないのだろうか?
「こっちも問題ない」
『それはよかった。あ、それから、侍女長が心配しておりましたぞ。ウォーレス殿下とのご関係はどうですか?』
「ウォーレス? あぁ、あいつか。あいつは――まぁ、仲良くやっているよ」
『――え?』
ブライアンが唖然としていた。
ウォーレスという男は、背景が色々と面倒である。
そのため周囲は距離を置いているのだが――あいつの場合、性格にも問題があるので周りに距離を置かれていた。
次の日の学生食堂。
一年生たちも幼年学校での生活に慣れはじめる頃だ。
食堂では仲の良いグループがお喋りをしている。
俺は、悪徳領主仲間のクルトと二人で話をしていた。
「ブライアンの奴が連絡をしろと五月蠅いんだ」
「実家の執事だよね? 連絡くらいちゃんとしてあげなよ」
「話すことなんかないんだよ。ここでの生活なんて、代わり映えのしないつまらない日常だぞ。精々、学生寮から抜け道を探すのに成功したとか、そんな話しか出来ない」
幼年学校を囲む高い壁を抜け出し、街へ出かけて遊ぶために抜け道を探している。
休日以外も遊ぼうと思えば、どうしても抜け道を探す必要があるのだ。
門番に賄賂を渡せば解決する問題だが、暇すぎてやることがないので抜け道を探している。
「リアムは真面目なのか不真面目なのか分からないよね」
「真面目なお前から見れば不真面目だろうさ」
「そ、そうかな?」
真面目な――真面目系悪徳領主と褒めると、クルトが照れていた。
俺は食事に戻る。
学生食堂のメニューは、栄養を考えられた食事が大半だ。
別にまずいわけじゃないし、俺は満足している。
毎日、豪華な食事というのも苦痛だからな。
すると、他のテーブルから騒がしい声が聞こえてきた。
――ウォーレスだ。
「そこの子猫ちゃんたち、一緒に食事をしない?」
トレーをテーブルに置いて、強引に席を確保したウォーレスに女子たちが引きつった笑みを浮かべていた。
「ところで、ここに婿養子を探している家はいないかな? もしくは、娘婿を独立させてくれるくらいの実家を持つ人は?」
露骨な婿入り狙いに、女子たちは視線をさまよわせている。
「わ、私は次女なので」
「うちは兄が跡取りですから」
「お、弟が生まれる予定です」
三人目の女子――それ、つまりは現時点では跡取りの男子がいないという意味じゃないか?
だが、ウォーレスはその言い訳に納得した様子だ。
「そ、そうか。それは残念だ。む! 君たち、失礼するよ」
急に立ち上がったウォーレスは、新しく発見した女子に声をかけていた。
「そこの君! 婿養子はいかがかな!」
そんなウォーレスを見て俺は思うのだ。
「――あいつ、皇子として間違っているよな」
皇子のイメージを破壊してくれるウォーレスは、とにかくナンパを続けていた。
第一校舎で手当たり次第に女子に声をかけている。
「ウォーレス殿下にも事情があるからね」
「事情?」
クルトが話してくれるのは、多すぎる皇子たちの進路についてだった。
「正直、百番台以降の皇子たちの扱いは悪いらしいよ。上から三十番台くらいまでなら、後ろ盾も付くらしいけどね。それ以外は下手をすると貧乏貴族よりも酷い状況になるって聞くね」
「皇子様も大変だな」
「貴族以外の道はないし、何もしなければ役人や軍人になるしかないよ。他の分野で活躍されている方も多いけど、ウォーレス殿下はそっちのタイプじゃないからね」
芸術家とか、とにかく多方面で活躍している皇族は多い。
だが、ウォーレスが選んだのは――独立だった。
「婿入りして当主になりたいんじゃないかな」
「独立か? 帝国に支援させればいいだろうに」
「独立なんてそんなに簡単じゃないよ。後ろ盾がいないと一人じゃ何も出来ないし、ウォーレス殿下はそれも考えているんじゃないかな?」
――それでいいのか、帝国の皇子様?
ナンパで独立って――笑うしかないわ。
トレーを持ってナンパしまくるウォーレスを見ていると、今日も全て失敗に終わっていた。
中には、二度目、三度目と声をかけられた女子もいたようで、段々とウォーレスの扱いが雑になってきている。
肩を落としているウォーレスに声をかけた。
「おい、ウォーレス、こっちに来いよ」
すると、ウォーレスが振り返って俺たちに言うのだ。
「何だ? 私に男色の趣味はないぞ」
俺がムッとする中、クルトの奴は少し顔を赤らめていた。
クルトも怒ったようだ。
「リアム、なんで声をかけるんだい!?」
焦っているクルトに、俺は笑って答える。
「面白そうだからだ。――ウォーレス、お前の体に興味なんてないからさっさと来いよ」
ウォーレスが渋々という感じで俺たちのテーブルにやって来た。
「失礼な奴だな。優等生だと思っていたが口が悪い」
こいつはやっぱり馬鹿だった。
俺たちを見て優等生だと思っていたらしい。
まぁ、クルトは一見すると真面目なので、優等生で間違いないか。
「ナンパ野郎よりマシだろ」
「ぐっ!」
ウォーレスが眉間に皺を寄せているが、言い返さないところを見ると色々と自分でも思うところがあるのだろう。
「う、五月蠅い。これも将来のため、恥を忍んで頑張っているためだ」
「恥を忍んで、ね。結構楽しそうに見えるが?」
「――今まで住んでいた後宮だと、女子との会話なんて滅多に出来ないんだぞ。いるのは母の侍女か父の女で、後はみんな血の繋がった姉や妹だ」
こいつも苦労しているんだな。
だが、クルトが思い出す。
「え? 侍女の人たちは女性だよね?」
言われてウォーレスが視線をそらした。
「――彼女たちの主人は母たちであって私じゃない。それに、手を出すなんて母が許さなかったからな」
「お前、そんなに独立したいのか?」
俺が問うと、ウォーレスは「当たり前だ!」と叫んだ。
周囲の視線が集まるも、すぐに騒いでいたのがウォーレスだと分かると興味をなくしていた。
そんな俺たちの横を、ロゼッタが通り過ぎる。
ただ、ウォーレスは見向きもしない。
「あれ? ロゼッタには声をかけないのか?」
そんな俺の疑問にウォーレスは――。
「――あの女では私を養えない」
――何でこいつは、自信満々に恥ずかしい台詞を言えるんだ?
「そもそも、私の希望は独立だ」
「独立?」
ウォーレスは独立して一人前の男になりたいらしい。
「宮廷貴族でも、領主貴族でも構わない。自分の力で生きていくだけの力が欲しい。お前たちには分からないだろうが、皇子という立場は何をするにも不自由だからな」
「人に頼っている時点で、独り立ちにはほど遠いな」
「わ、分かっている! だが、それしか方法がない。このまま役人になろうが、軍人になろうが、待っているのは飼い殺しの人生だ。そんなのは――嫌だ」
クルトが何とも言えない顔をしている。
「殿下も色々と大変ですね」
「そうだよ。だから、いっそ君が私のパトロンにならないか?」
「そ、それはちょっと――遠慮します」
「何故だ!」
利用価値のない皇子様のパトロンになるほど、クルトは甘い奴ではない。
だが――実に面白い皇子様だ。
独立のためにあがいている姿が面白い。
俺はウォーレスに話をする。
「小領主や小役人の家に婿入りしないのか?」
ウォーレスも悩んでいる。
「私自身はそれでもいいが、これでも皇子だ。宮殿が認めない。婿入りするにも決まりがあって、男爵家以上、もしくは五位の階位以上を持つ家が前提だ。小領主になるために、自ら開拓に乗り出すのはありだが――宮殿が認めてくれないからな」
選べる選択肢が随分と少ない中で、こいつもあがいている。
実に面白いじゃないか。
「そうか。なら、この俺がお前のパトロンになってやる」
「リアム!」
クルトが俺を止めようとするが、無視してウォーレスと話をする。
「バンフィールド伯爵家がお前を支援してやる。辺境でいいなら、独立のために手を貸してやろうじゃないか」
唖然としていたウォーレスが、立ち上がって制服を正し――。
「今日からお世話になります!」
両手を高々と挙げて声を張るウォーレスは、何とも馬鹿っぽい。
「リアム、こんなことを簡単に考えたら駄目だ。ウォーレス殿下の後ろ盾になるなんて、簡単なことじゃないんだよ」
クルトが俺を説得してくるが、一度口にした言葉を下げるわけにはいかない。
それに、だ。
俺はこいつに同情したわけでも、努力している姿に感動したわけでもない。
あがいている姿が面白いから、側に置いて見ていたいだけだ。
なによりも――帝国の皇子が俺の子分になる。
実に気分のいい話ではないか。
「俺は伯爵家の当主だ。俺の言葉がバンフィールド家の決定だ。何の問題もない」
「だ、だけど」
心配そうにしているウォーレスに、俺は言う。
「約束は守る。お前の独立を支援してやろう。小領主でよかったな?」
「あぁ、頼む! 後宮での窮屈な暮らしよりはどこだってマシだ! 一国一城の主――いや、小さな家でもいい。自分の力で生きていきたい」
簡単なことではないか。
「任せておけ。修行が終わるまでには、それなりの領地を用意してやる」
クルトは呆れて右手で顔を押さえていた。
「リアム、これからどうなっても知らないよ」
皇子様一人の独立を手伝うくらい、どうということはない。
クルトは心配しすぎである。
帝国の首都星。
宮殿で政務に励んでいた宰相のもとに、ウォーレスの噂の話が届いた。
部下が淡々と報告をしている。
「ウォーレス殿下の後見人にバンフィールド伯爵が名乗りを上げました」
「――何?」
手を止める宰相は、部下が何を言っているのか分からなかった。
「ウォーレス殿下のパトロンになる、と伯爵が公言したそうです。ウォーレス殿下はすぐに手続きに入っております」
皇族の地位を放棄。
皇位継承権を捨てる手続きに入っていた。
リアムは、今後ウォーレスの独立を支援する義務が発生する。
ウォーレスのパトロンになったところで、リアムには何のメリットもない。
ウォーレスではリアムに恩を返すのはほとんど不可能である。
そんな状況でウォーレスの後ろ盾になる貴族などほとんどいない。
「伯爵も酔狂だな」
「ですが、これにより皇子一人が無事に独立できることになります」
「開拓は簡単ではないが、伯爵なら可能だろうな。放っておいても、将来的に何の問題もないというのに――いや、もしや狙っていたのか?」
宰相が深読みをはじめた。
これも神童、麒麟児などと呼ばれはじめている、リアムを過大評価した結果だ。
(伯爵本人はともかく、バンフィールド家の信用はかなり低い。これを機に、帝国に貢献していると見せるためか?)
そのために、毒にも薬にもならないウォーレスの支援をしたのではないか?
それならリアムにもメリットがあると、宰相は考えるのだった。
(二代続いた汚名をそそぐのは容易ではないが、これで多少は貴族社会での信用も得られるか)
ウォーレスが無事に独立できれば、リアムは――バンフィールド家は貴族社会でより信用されるようになる。
それを見越してのことだと、宰相は納得するのだった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が、勝手にみそっかすの皇子のパトロンになって辛いです。――リアム様! こちらにも一言相談して欲しいですぞ!」