楽しい幼年学校
セブンス八巻をよろしくお願いいたします!
以上、宣伝でした!
季節は春。
幼年学校の入学式は想像していたよりも地味だった。
貴族の子弟も帝国中から集めれば大勢いるとは聞いていた。
だから、何万人も入る建物で大々的に入学式を行うのかと思っていたら、生徒たちをある程度のランクに分けて別々に入学式を行っていた。
――だから、非常に地味だ。
俺の通う予定の第一校舎は、とにかく幼年学校でも名門を集めたような学舎だ。
多額の寄付金を納めただけはあり、いきなりの好待遇である。
「やはり世の中は金が全てだな」
俺の呟きに注意をしてくるのは、きっとこいつの実家も多額の寄付を行ったであろうと思える男だった。
エクスナー男爵家の跡取りであるクルトだ。
「リアム、静かにしないと怒られるよ」
「お前は相変わらず真面目だな」
レーゼル子爵家で一緒に修行をしたクルトとは、年齢も一緒だから同級生だ。
こいつは真面目系悪徳領主を目指しており、頭脳派で少しでも領民から搾り取ることを考えている。
アーレン剣術とかいうメジャー剣術の免許皆伝も持っている。
顔立ちもよく、そして背も高い。
数年見ない間に、また背が伸びていた。
好青年のような見た目で、中身は悪人――面白い奴である。
周囲に視線を向ける。
「それにしても、どいつもこいつも偉そうな奴ばかりだな」
周囲を見れば金持ちそうな奴ばかりだ。
クルトは当然だと言ってくる。
「第一校舎には入れるだけでも凄いからね。格式とか、才能とか、とにかくここに入りたくても入れない生徒も多いらしいよ」
そんな連中を差し置いて、金の力で入り込む俺は何て悪い奴だろう。
まぁ、だからどうした? という話だ。
世の中、金があれば大抵のことはどうにかなるものだ。
そんな中、一人の女子に目が留まる。
「お、リアルで金髪縦ロールだ」
長い金髪の毛先が縦ロールになっている女子がいた。
背筋が伸びて、いかにもお嬢様という印象がある。
つり目の青い瞳。
小顔で唇が瑞々しく、そして気の強さが顔に出ていた。
年齢の割に胸も大きく、今後も期待できそうである。
腰はくびれて引き締まっており、肉付きもいい。
付くべき所に肉が付いている。
「彼女は――公爵令嬢だね」
「公爵?」
「あぁ、有名人だけど知らない? ロゼッタ・セレ・クラウディアだよ。女系の貴族で有名なんだけど。ただ、僕もそれ以上は詳しく知らないんだけどね」
この世界の貴族はとにかく多い。
帝国の場合、公爵は皇族の分家だが、その数だって非常に多い。
一つ一つを覚えていられないが――俺も名前だけは知っていた。
「クラウディア――名前だけは思い出した」
「女性を当主にする家で、彼女はそこの一人娘さ」
「一人娘か」
一人っ子というのはこの世界では非常に危険だ。
何故か?
死んでしまうとアッサリと血が絶えてしまう。
もっとも、両親がいればまた子供を作ればいいだけなのだが、それを考えても一人っ子というのは危険だ。
「なら、この中で二番目くらいか? 一番はあいつだよな」
視線を変えて、見た先にはストレートロングの青い髪をした男がいた。
見るからに貴公子という感じの男子だ。
彼の名前はウォーレス――帝国の第百二十皇子だ。
――こっちは逆に子供が多すぎる。
百二十番目って何だ。
公爵は一人娘で、皇子は最低でも百二十人はいることになる。
どう考えてもそんなにいらない。
俺には関係ないから、口を出すこともしないけどね。
ただ、こんなに偉い面子が揃っているのだ。
多額の寄付金の効果が早速出ているようで何よりだ。
問題なのは、実家から使用人を連れてこられないことだな。
天城に会いたくてホームシックになりそうだ。
幼年学校の第二校舎。
ここはいわゆる――特別待遇を受ける生徒たちのための校舎だ。
他の校舎から離れており、隔離されているような場所でもある。
そんな第二校舎の近くにある学生寮では、新入生たちの歓迎会が開かれていた。
ただ――。
「いいぞ、もっと踊れ!」
「酒だ。酒を持ってこい!」
「ぎゃははは!」
――娼婦たちを呼び踊らせ、実家から連れてきた使用人たちに世話をされている。
テーブルに並んだ豪華な料理と酒。
新入生たちと共に在校生も飲み食いして、騒いでいた。
その中心人物は、幼年学校の三年生――【デリック・セラ・バークリー】である。
茶髪でチャラチャラした格好で、肌の色は不健康に見える。
痩せた体。
お腹だけが出ている状態だ。
酒を浴びるように飲み続けていた。
「おい、一年坊主共! 俺に従えばいい思いをさせてやるぞ」
デリックはリアムと同じで爵位持ちの当主だ。
辺境領主の男爵である。
だが、金回りは非常によかった。
何しろ、バークリーファミリーの一員だ。
リアムと同じ爵位持ちの生徒だが、海賊狩りのリアムとは逆に海賊貴族と呼ばれる男でもある。
「デリックさん、最高!」
「一生付いていきます!」
「デリックさんに乾杯!」
一年生たちがそう答えると、デリックは気分よく酒を飲む。
「それにしても、貧乏人共は憐れだな。第二校舎に来ることも出来ず、真面目に幼年学校でお勉強をするんだからよ」
幼年学校で勉強をすることを馬鹿にした発言だった。
第二校舎には、デリックのように多額の寄付金を用意して特別待遇を受ける生徒たちが押し込められている。
無理矢理他の生徒と一緒に教育するのは、面倒ごとも多いための処置だった。
帝国が頭を抱えている問題の一つである。
デリックの取り巻きの一人が、新入生について報告してくる。
「デリックさん、一年にあのリアムが入学したそうですよ」
「あ? 誰?」
「リアムですよ。知らないんですか?」
取り巻きのその言葉が気に触ったデリックは、酒瓶を持って取り巻きの頭部に振り下ろした。
酒瓶が割れ、酒や血が周囲に飛び散る。
「てめぇ、誰に向かってそんな偉そうな口を利いているんだ! おい、こいつをボコボコにしろ。次の遊びのターゲットはこいつだ」
遊びと称していじめを行っていた。
ターゲットにされた生徒は、泣きながらデリックの脚にすがりつく。
「す、すみません、デリックさん! 許してください!」
「うるせぇ!」
生徒を蹴ると、デリックは息を切らしてソファーに座る。
生徒が連れて行かれると、周囲は一気に静かになった。
使用人たちが割れた酒瓶などの片付けをはじめる中、デリックは不満そうにしている。
「白けちまった。おい、誰かそのリアムについて話せよ」
「は、はい!」
音楽のかかる中、説明する生徒だけの声がする。
「バンフィールド伯爵のリアムです。ゴアズとか、名のある海賊を討ち取って、二つ名が海賊狩りになっていまして」
デリックは片眉を上げた。
「海賊狩りだ? そいつはアレか? 俺の敵か?」
海賊貴族と呼ばれるデリックにしてみれば、海賊狩りで名を上げているリアムでは敵でしかなかった。
他の生徒がデリックの機嫌を取る。
「そ、そんな! デリックさんの敵じゃありませんよ」
デリックはそれを聞いて笑う。
「だよな! 田舎貴族が調子に乗っているだけだろうよ」
そしてデリックは思い出す。
「そう言えば――今年は殿下も入学していたな」
「はい! ウォーレス殿下が入学されました!」
デリックはニヤリと笑う。
(そいつを俺の前にひざまずかせたら、きっと楽しいだろうな)
皇族に対しての不敬な考えを持つデリックは、今年の一年生は遊び甲斐があると考えるのだった。
第一校舎の教室。
入学式が終わり、ホームルームの時間だった。
「今日から貴様らの担任になるジョンだ! ジョン先生と呼べ!」
教壇に立つのは、まるで鬼教官とでも呼んだ方がいいジョン先生だった。
俺の担任は明らかに特別待遇に不向きな人物ではないか?
そう疑っていると――。
「おい、そこの貴様!」
「俺ですか?」
青髪の殿下――ウォーレスは立ち上がる。
よく見るとピアスのようなアクセサリーをしていた。
「その耳に着けている飾りは何だ?」
「これですか? 入学式前に街で買ったんです。似合うでしょう?」
馬鹿丸出しの回答をする殿下だった。
侍女長が気を付けるように言っていたが――どうやら問題児のようだ。
「ウォーレス生徒、ここは貴族として基礎を学ぶ場だ。そのようなアクセサリーが必要だと本気で考えているのかな?」
「え?」
周囲を見る殿下――流石にピアスのようなものを着けている奴はいないが、首をかしげたくなる格好をしている奴は多い。
竜巻ヘアーをしている男子生徒のトムとか、お前は正気なのかと疑いたくなる。
見ていると苛々してきてしょうがない。
しかし、ジョン先生はそちらに注意をしなかった。
――もしや、金の力か?
侍女長も、皇子も百二十人目くらいになってくると、価値としては微妙というしかないと言っていたからな。
正直、皇子も皇女もまだ沢山いるのではないだろうか?
多すぎてありがたみがないような気がする。
「ウォーレス生徒、腕立て伏せ百回だ」
「ま、待ってくれ! たかがアクセサリーだろ! それに俺は――」
「知っている。君は殿下だ。だが、皇族として相応しい振る舞いが求められているのを理解するべきだな。さぁ、腕立て伏せ百回だ!」
軍隊式の教育か?
しかし、俺には何も言ってこない。
トムの髪型を見ても何も言わない。
――やっぱりお金って偉大だな。
「こんなの間違っている!」
文句を言いながら腕立て伏せをするウォーレスに、ジョン先生は冷たかった。
「間違っているのは君の方だ。幼年学校を何だと思っている? さて、ホームルームの続きだ。最初に、君たちに言っておくことがある。ここは君たちの家ではない。学生寮での生活は共同生活だ。自分のことは自分でしてもらう」
周囲が嫌そうな顔をしているが――全自動洗濯機があるような世界だ。
前世のとは比べものにならない性能で、洗濯物を入れておけば洗濯から乾燥、そしてアイロン掛けまでしてくれる。
入れてしまえば、取り出して終わりだ。
そんな状態で、何でも一人でやりなさいと言われても、そもそも厳しくもなんともない。
「ここでは甘えなど許さない。君たちに求めるのは、帝国の次代を担うに相応しい貴族になってもらうことだ」
この程度で立派な貴族になれるわけがない。
幼年学校もこの程度か。
「ホームルームでは、ここでの基本的な生活を教える。不規則な生活はここでは許されない。覚悟しておくことだ」
規則正しい生活をしましょうって――小学生か?
だが、ここにいる連中には、ちょっと難しいかもしれないな。
「まずは――」
ただ、俺はこの後のジョン先生の説明を聞いて驚くのだった。
俺が想像していた幼年学校の生活とは――違っていた。
ウォーレス・ノーア・アルバレイトは帝国の皇子だ。
だが――何百人といる皇子の一人でしかなかった。
学生寮に戻ってきたウォーレスは、ベッドに倒れ込むと体中が痛かった。
「どいつもこいつも、私を馬鹿にして」
ウォーレスくらいのその他大勢扱いを受ける皇子になると、後ろ盾などない。
母親が大貴族であるとか、継承権が一桁台の皇子ならまだ可能性がある。
三十番台までなら、何とか後ろ盾も付く。
しかし、それ以外の――百番台以降など扱いが雑である。
ウォーレス自身、皇子としての自覚などあまりない。
何しろ、父である皇帝陛下には数回しか会ったことがないのだ。
後宮での暮らしも、その他大勢の一人として扱われてきた。
「そ、それにしても、幼年学校は思っていた以上にハードな場所だな。くじけそうだ」
ウォーレスも教育は受けてきたが、それにしても幼年学校は厳しかった。
入学式から数日。
ジョン先生に目を付けられたウォーレスは、とにかく何をするにも怒られていた。
「朝は五時起きとかおかしいだろ」
起きれば朝からトレーニングで、七時までに身支度を調えて登校だ。
朝から晩まで予定が詰まっており、戻ってくればヘトヘトだ。
何よりも、武芸の鍛錬がきつい。
帝国式の基本的な武芸を学ぶのだが、アーレン剣術を学んでいるウォーレスにも内容は厳しいものだった。
「――こんな環境で私は、目的を達成できるのか?」
ウォーレスには夢がある。
それは――独立して自由になることだ。
そのためには――。
「くじけたら駄目だ。私はここで――絶対にナンパを成功させてみせる!」
――ナンパをする。
冗談ではなく、ウォーレスは真剣にナンパするつもりだった。
それが自分の夢に近付く方法だからだ。
ブライアン(´;ω;`)「――出番」