三章プロローグ
「セブンス 8巻」は2月28日発売です!
未読の方にセブンスを説明すると、
貴種流離譚の物語となっております。
伯爵家の次期当主であったライエルが、妹のセレスとの勝負に敗れ廃嫡するところから物語が始まります。
そんな家を追い出されたライエルが手に入れたのは、「ご先祖様七人」の記憶を蘇らせた宝玉でした。
ご先祖様たちと共に、化け物になった妹と戦う物語となっております。
ちなみに、ライエルは現地主人公で転生者じゃないよ。
今風のタイトルにするなら「俺のご先祖様たちが酷すぎる!」とか「化け物になった妹と戦うことになったら、ご先祖様たちが蘇った件について!」とか、そんな感じのタイトルになるのでしょうか?
一巻から七巻までは、電子書籍版も発売中です。
興味があったら、是非ともご購入をお願いいたします。
慈善事業など無価値だ。
バンフィールド伯爵家の当主である俺【リアム・セラ・バンフィールド】は、自宅である広すぎる屋敷の応接間で一人の男を相手にしていた。
「俺にパトロンになれだと?」
スーツ姿の男は「惑星再生活動団体」の幹部である。
活動内容は、滅ぼされた惑星の再生活動だ。
人為的に荒廃させられ人が住めなくなった惑星を、元の姿に戻そうとしている集団である。
「はい。我々の活動にご理解をいただき、そして支援していただきたいのです」
真面目そうな男は、いかにも慈善事業に熱心そうだ。
俺に、いかに荒廃した惑星が多いのかを説明してくる。
「戦争や海賊たちの蛮行により、荒廃した惑星は数多い。それらの星をこのまま見捨ててもいいのでしょうか? 流浪の民となった人々も大勢いるのです。そんな彼らのために、再生した惑星を用意して大地で生活してもらいたいのです」
実に素晴らしい考えだ。
「素晴らしい理想だな。感服したよ」
「では!」
男は俺がパトロンになると思ったのか、嬉しそうな顔をしていた。
「荒廃した惑星の再生――実に素晴らしい。だが、俺がお前らのパトロンになることはない」
「――え?」
ソファーにふんぞり返る俺は、男を見てニヤニヤしてやる。
慈善事業? ――反吐が出る。
「好きなだけ人のために活動すればいい。だが、俺に関わるな。俺はお前らの活動に少しも興味がない」
かつて――前世で俺は、募金箱を見ればよく小銭を入れていた。
これで誰かの助けになるのなら、そう思って募金した。
だが、俺が前世で苦しんでいる時には、その小銭すら喉から手が出るほどに欲しかった。
それなのに、誰も俺を助けてはくれなかった。
散々募金をしてきたが、俺が苦しんでいる時は誰も恵んでくれなかったのだ。
俺は理解した。
――慈善事業など自己満足と変わらない。
「俺は、お前らのような奴らが嫌いだ。精々、自己満足のために他人を助けていろ」
そんな俺の言葉に、男が顔を赤くして震えていた。
「そ、それが名君と言われる領主の言葉ですか! 貴方には期待していたのに!」
「勝手に期待でも何でもすればいい。それに俺が応えてやる義理はないけどな。それに、俺がいつ自分のことを名君と名乗った?」
「領民の皆さんは貴方に期待しています。名君だと――なのに、実態はどうです? そのようなことでは領主として失格ですよ!」
こいつは馬鹿なのか?
「領民が勘違いをしているだけだ。それから、先程から随分と図々しい態度だな」
目を細めると、男が冷や汗を流していた。
「わ、私に手を出せば、付き合いのある大貴族の方たちが黙っていませんよ!」
慈善事業に熱心な大貴族たちがいるらしい。
パンフレットには、俺でも聞いたことのある名門貴族の名前が書かれている。
余裕のある大貴族が、こうして慈善事業に金を出すのは珍しい話じゃない。
俺はしないけどな。
「他人の名前を出せば俺が引くと思ったか? ここは俺の領地。そして俺はこの惑星の支配者だ。お前一人を消すくらい、何の問題もない」
いくら他家でも、俺の領地に来て説教をするような男を庇うわけがない。
精々、文句を言ってくるくらいだ。
大貴族の多くは、人の命に価値があると考えていない。
俺たちにとって命など、単なる数字でしかないのだ。
「好きなだけ人助けをしていろ。俺は文句も言わないし、金も出さない。それだけだ。何の問題もないだろ?」
威圧してやると、男はパンフレットを置いたまま逃げるように部屋を出ていく。
その姿を見てゲラゲラ笑っていると、俺の後ろに控えていた天城が視線を向けてきた。
「旦那様、あの態度はいかがなものかと」
天城に言われると弱いな。
俺は言い訳をする。
「そう言うな。慈善事業は嫌いなんだ。だが、お前が言うなら、パトロンにでもなってやろう。金ならいくらでも用意できるからな」
錬金箱などという、とんでもないお宝を持っている。
かき集めたゴミを黄金に変えてくれる素晴らしい道具だ。
おかげで、今の俺は無尽蔵の財宝を持っているに等しい。
そんな状態でも、慈善事業だけは絶対にしたくないけどね。
「慈善事業がお嫌いなのですか?」
天城が不思議そうに首をかしげていた。
「当然だ」
即答しても、天城は納得していない様子だった。
「何だよ?」
「いえ――当家は既に、旦那様の命令の下に慈善事業を行っております。お嫌いだったとは思いませんでした」
「――え?」
天城は淡々と、俺が実行してきた慈善事業について話をする。
「開拓惑星の確保のために、荒廃した惑星を買い取り再生させております。その他、流浪の民たちの受け入れも進めておりますよ」
惑星再生活動団体の活動と、同じ事を俺がしていると知って驚いた。
「いや、ほら――それは、領地拡大のためであって、慈善事業じゃないから」
「はい。ですが、寄子として復活した小領主たちに、援助としてインフラ整備なども行っております。領地のためだけではありませんね」
援助しているね。
いや、だって――あいつら、助けてくれって泣いてすがってくるからさ。
逆らう奴はともかく、進んで子分になる連中だから――少しくらいは、ね。
「――尻尾を振る寄子の連中に、飴を与えているだけだから」
「その他にも様々な活動が――」
どうやら、俺は知らないところで随分と金をばらまいていたようだ。
だが、じゃあ止めるとも言えなかった。
「それに、一番はアレですね」
「アレ?」
「海賊に捕らえられた者たちの治療です。人材の確保、設備投資、その他諸々の費用がとんでもない額になっていますよ」
「あ~、アレか」
優秀な人材を確保するというか――俺の野望は酒池肉林だ。
そのために、海賊が捕らえた美女を救済している。
気に入った女がいれば側に置くし、そうでなければ領地で生活させている。
将来的に美男美女から子供が生まれれば、美女が出現する確率が高くなると思ったからな。
美容整形でどうとでもなるが、俺は養殖物よりも天然物がいい。
悪徳領主は無駄に金をかけて夢を叶えるものである。
ただ、残念なことに――沢山助けても、これという美女がいない。
候補のティアという俺の騎士候補も、有能だがちょっと残念な奴だった。
だから、未だに俺の周りには侍らせる美女がいない。
――天城は別枠だ。
「でも、少し前にクルトの実家で助けた連中は、使えると聞いたぞ。まったくの無駄じゃない。領地のためになっているから、慈善事業じゃない」
天城は俺の言い訳に納得したらしい。
「では、そういうことにしておきましょう」
そう――俺は慈善事業などしない男だ。
全ては下心があってのこと。
だから、これは慈善事業ではないのだ。
「旦那様、次の面会相手は第三兵器工場の新担当の挨拶となっております」
「え? ユリーシアはどうした?」
第三兵器工場の担当が変わるらしい。
残念娘のユリーシアが、俺の担当ではなくなったようだ。
「彼女は、軍学校に再入学し、再教育を受けているようです」
「――え、何で?」
軍を長く離れていた軍人向けに、再教育を施す学校が存在する。
だが、ユリーシアは現役の軍人だ。
わざわざ、再教育を受ける必要などないと思うのだが?
「理由は分かりませんが、既に再教育中です。そのため、担当者の変更と挨拶を行いたいとのことです」
残念娘が一人消えてしまった。
少し残念――いや、もう一人、残念すぎる女がいるし、別に問題ないか。
「それにしても、面会希望が多いな」
「旦那様の幼年学校入学を前に、面会しておきたいのでしょう。幼年学校に入学すれば、滅多なことで面会はかないませんから」
貴族の通う幼年学校。
それは、本格的に大学や士官学校に入学する前の準備期間のようなものだ。
俺の感覚からすれば高校に近い。
ただし、幼年学校は帝国の直轄領――首都星とは別の惑星に存在する。
全寮制の幼年学校だが、毎年入学する人数が多すぎて――リアルで学園を中心とした都市が存在する。
通えるのは貴族の子弟だけ。
まさに貴族のための学校だ。
「――天城、賄賂の準備は出来ているか?」
そんな幼年学校への入学を控えている俺は、天城に大事なことを確認した。
「寄付金ですね。既に多額の寄付を行っております」
「そうか。楽しみだな」
幼年学校に入学金は必要ないが、大貴族は面子もあるので一定額を寄付する。
ただ、中にはその寄付金を増やし、幼年学校で便宜を図ってもらう奴もいる。
――俺のようにな!
「六年間、精々楽しませてもらうとしよう」
金の力は偉大だ。
六年間、幼年学校で楽しく過ごすために多額の寄付をした。
全ては特別待遇を受けるためである。
天城は微笑んでいた。
「旦那様が楽しいようで何よりです」
バンフィールド家の屋敷。
侍女長の部屋。
そこで報告を行う侍女長の【セリーナ】は、空中に浮かぶ宰相の映像を前にしていた。
相手は、帝国宰相。
侍女長は、ブライアンの推薦でバンフィールド家に仕えることになったが、宰相からリアムを探るように言われたスパイでもある。
『幼年学校への莫大な寄付金に関して理由を聞こうか』
「寄付金ですか?」
『そうだ。幼年学校の教師共が、頭を抱えているぞ。これはいったいどういう意味なのか、とな』
「寄付をする貴族がいるのは珍しいことでもないでしょうに」
『ただの貴族なら、子供のために便宜を図れという意味だ。それくらい教師たちも分かっている。だが、その相手が海賊狩りのリアムでは、頭を抱えても仕方がない』
侍女長は、宰相の言いたいことを理解する。
「――幼年学校では、リアム様が
『知っている。知っているからこそ困る。寄付金の額が多すぎて、どうすればいいのか分からないそうだ。君の答えを聞こうか』
「それであれば、簡単なことです。リアム様は、幼年学校での特別待遇など望んでおりません。しっかりとした教育環境をお望みです」
それを聞いた宰相も『やはりそっちか』と納得した。
侍女長は、以前リアムに幼年学校について詳しく聞かれたことを思い出す。
「幼年学校では予算不足を寄付金で補っているというお話に興味をお持ちでした。特別待遇を受けられるために、多額の寄付をする愚かな貴族が多いとお話をすると考え込まれていましたね。きっと、
大貴族というだけでも好待遇を受ける。
侍女長はそれを聞いて考えるリアムを見て思ったのだ。
「そのような環境は、リアム様の望むものではございません」
『若いのにしっかりしすぎているな。屋敷での様子は相変わらずなのか?』
「はい。朝から鍛錬、勉強に励み、政務もこなしております。マナーに関しては私も口を出しますが、その他のことでは一切口を出す必要がありません」
『現実味がなさ過ぎる。何か面白い話はないか? 多少遊んでくれている方が、まだ現実味があるものだぞ』
侍女長がクスリと笑う。
「誰かさんのように、息抜きに宮殿のメイドを口説く、などですか?」
『――あの頃は若かったのだ。伯爵にそういった話はあるのかね?』
話をリアムに戻す宰相は少し照れている様子だった。
侍女長は少し困った顔をする。
「ブライアンとも相談しているのですが、まったく手を出そうともしません。真面目すぎて困る、というのが本音ですね」
自分の屋敷にいるメイドや、修行に来ている寄子の家の娘たちに見向きもしない。
リアムに対する唯一の悩みと言ってもよかった。
『真面目すぎるのは相変わらずか』
「いっそ、幼年学校でガールフレンドでも出来れば、多少は格が低くても正妻として受け入れることも考えています」
『――あまり厄介な家と縁を結ばれては困る。見合いは?』
「バンフィールド家はこれまでの行いが酷く、リアム様個人の信用はともかく家としての信用がほとんどありません。他家も二の足を踏んでおります」
見合いの席を設けようにも、リアムの父や祖父が酷すぎて他家が拒否していた。
リアム個人はともかく、家同士の付き合いと考えると――まだ信用がない。
リアムが心変わりをするかもしれないと疑われていた。
なので、修行が終わるまで様子見をしている家が多い。
この世界では、五十年の実績などその程度の価値しかないのだ。
せめて、百年の実績があれば、見合い話が次々に舞い込んできただろう。
それだけ、リアムの父と祖父が酷かったという証拠である。
『だろうな。わしでもためらう。そのために君を派遣して様子を見てもらっているのだから』
取り込むのか、放置するのか――見極めるために送られたのが侍女長のセリーナだった。
宰相は少し不安そうにしていた。
『嫁取りの問題もあるだろうが、幼年学校には殿下も入学される。その辺りも気を付けて欲しい。伯爵にはそれとなく注意をしていてくれ』
セリーナも思い出し、微妙な表情をするのだった。
「殿下――ウォーレス殿下ですね。まさか、あの方とリアム様が同級生になってしまうとは」
帝国の皇子の一人――【ウォーレス・ノーア・アルバレイト】は、リアムの同級生として幼年学校に入学予定だった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。色々と辛いです。リアム様が、当家の慈善事業を忘れていたのも辛いですが、一番は――出番がなかったことが辛いです」