モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第20話

 

 

 

 新人戦三日目。今日は男女アイス・ピラーズ・ブレイクの三回戦から決勝までと、バトル・ボードの準決勝以降が行われる。

 

 今朝の時点で、新人戦は一高が僅差で首位に立っている。2位はやはり三高で、その差は僅かに5点。昨日のクラウド・ボールで猛烈な追い上げを受けた結果だ。

 三高はクラウド・ボールに男女揃ってエース級を送り込んできたようで、どちらも優勝を含む好成績を収めていた。特に一色愛梨のパフォーマンスは圧巻で、準優勝した里美を全く寄せ付けない実力を示していた。

 

 ライバルにあたる三高が間近に迫っている。相手の勢いは強く、一条将輝や十七夜栞、四十九院沓子といった世代トップクラスの選手も出場が予想される中、ふつうならこの時点で委縮したり気負ったりする者が出てもおかしくない。

 だが実際は一高の士気に衰えもなく、モチベーションの高い状態を維持していた。各選手は気合十分に試合へ臨み、応援団も良い雰囲気で声援を送っている。必要以上の気負いもなく、全員が自分の力を発揮することに集中出来ているようだ。

 

 一高の戦意が保たれているのは、深雪を筆頭とした女子チームの高い実力への信頼はもちろん、彼女らを支える達也のエンジニアとしての能力への期待もあると思う。担当した選手が漏れなく上位入賞し、アイス・ピラーズ・ブレイクでも三人ともが三回戦へ上がっていることを考えれば、彼の技術力を疑う者はもういないだろう。

 

 加えてもう一つ。一高の士気を支えているのは男子チームの奮闘だ。

 原作では『森崎駿()』以外に活躍の描かれなかった彼らだが、女子の活躍にこそ劣るものの、十分以上に健闘を重ねている。

 

 特に昨日のクラウド・ボールで3位入賞を果たした五十嵐の影響は大きい。男子で唯一予選を突破した五十嵐は準決勝で二高の選手に敗れたものの、3位決定戦で追い上げムードの三高選手を打ち破り、三高による逆転を阻止したのだ。

 普段あがり症で人前に出るのが得意ではない五十嵐のいつになく奮戦する姿は、同じ男子メンバーのみならず多くの一高関係者を勇気づけたことだろう。

 

 五十嵐の活躍で最も喝が入ったのは、同じモノリス・コードに出場する香田だ。

 昨夜もアドバイスを求めて僕と五十嵐の部屋まで訪ねてきた。ピラーズ・ブレイクの三回戦に臨もうとする今も、対戦相手の圧力に屈することなく堂々と立っている。

 

 香田の対面で悠然と微笑むのはあの一条将輝。十師族『一条』の跡取りにして、第三高校一年男子の総大将。名実ともに優勝間違いなしと目されるプリンスだ。

 

 一条将輝の操る『爆裂』は、このアイス・ピラーズ・ブレイクという競技において反則級の適性を有している。事実、二回戦までの試合はどちらも数秒で勝利を収めてきたらしい。

 対象内部の液体を気化膨張させる『爆裂』は当然、氷柱内の水分をも気化させることができる。競技に使用する関係上これらの氷柱は急速に生成されており、内部には空洞や細かな水滴が残ってしまうため、『爆裂』の餌食となってしまうのだ。

 

 また、仮に氷柱内部に水滴が残っていなかった場合でも結果は変わらない。真夏の日差しの下で溶け出した水滴は氷柱の表面に数多く張り付いていて、その内のたった一つを使うだけで『爆裂』は氷柱を倒すに足る威力を発揮するのだから。

 

 一条将輝がこの競技に高い適性を有しているのは疑いようがない。新人戦のレベルからは大きく逸脱していて、仮に本戦へ出場したとしても優勝を狙うことができるだろう。対抗できるのは十文字会頭ぐらいなもので、深雪であっても防御を疎かにすれば足を掬われかねない。

 

 そんな実情だからこそ、この三回戦は左程注目を集めてはいなかった。スタンドが他の試合よりも埋まっているのは一条将輝(プリンス)が見たい女性客が多いからで、会場内のほとんど全員が勝負にすらならないと考えているだろう。

 

 フィールドの両サイドに立つポールで、赤いライトが点灯した。

 香田と一条将輝の両者が自身のCADを構え、試合開始の瞬間に備える。どちらも拳銃形態の特化型で、『爆裂』の威力を知る者ほど呆れたようにため息を吐いていた。

 

 これまでと同じだと、そう考えたのだろう。二回戦までと同じく、ほんの数秒で勝敗が決する。一条将輝の『爆裂』によって、香田の陣地に立つ12本の氷柱は同時に細かな欠片に変わるのだと。特化型CADを使うということは一条相手にスピード勝負を挑むということで、一瞬の内に全ての氷柱を破壊できる一条に速度で敵う道理はないのだから。

 

 いっそ憐れむような空気を背中に感じながら、会場がどよめく光景を予想して膝に置いた拳を握る。

 ポールの光が黄色に変わり、やがて青色が輝いた瞬間、一条将輝の身体から強烈なサイオン波が放たれた。全身から揺らめくサイオンが右手のCADへと集められ、導出された起動式を取り込んでいく。

 

 間もなく、『爆裂』が発動。

 12本の氷柱すべてに投射された魔法式は内部の液体を捜索、選択し、瞬時に気体へと相転移させる。温度変化の伴わない相転移によって水は体積を爆発的に増大させ、一粒の水滴が榴弾の炸裂にも似た破壊をもたらす。

 

 直後、轟音と共に香田側の氷柱が砕け散った。

 細かな破片がスタンド前の障壁魔法に押し留められて落ちる。無数の氷片が飛び散る光景に観客は歓声を上げ――すぐに困惑の声が続いた。

 

 香田の正面右側、最も近くにある氷柱がその姿を保っていたのだ。隣接していた氷柱の破片で細かい傷こそ付いているものの、あの一条将輝の『爆裂』を受けて尚健在。

 スタンドが驚きの声に包まれ、一条将輝は息を呑んで瞠目する。対する香田は額に汗を浮かべながら、してやったりと口元を歪めていた。

 

 隣の五十嵐がちらと視線を送ってくる。眉間に皺を寄せた五十嵐にただ頷いて応え、香田の横顔へ視線を戻した。

 CADを突き出した姿勢で、香田は身じろぎもせずに正面を睨んでいる。周囲のどよめきが耳に入っている様子もなく、彼の意識はまっすぐに自身が守る氷柱へと伸びていた。

 

『これは素晴らしい! 一条選手の代名詞とも言える『爆裂』を、香田選手は『情報強化』で凌いで見せました!』

 

 囃し立てるように実況の声が響き渡る。どよめきは囁きに変わり、先程以上の困惑がスタンドへ広がるのが判った。

 

 戸惑うのも無理はない。実況の言う通りに『情報強化』で防いだのだとすれば、それは香田が一条の『爆裂』を凌ぐだけの干渉力を発揮していることになる。『十師族』直系の得意魔法を跳ね除けるだけの干渉力があるということだ。

 

 もしそれだけの事象干渉力を持つ選手がいたのなら、それだけで噂になるはずだ。

 だが実際は香田にそんな噂などなく、前評判でも上位入賞が御の字という評価を下されていた。実力を隠していたにしても、一回戦二回戦で誰の注目も集めなかったのは腑に落ちない。と、そんな感想を抱いているのだろう。

 

 実際、一条の『爆裂』に力押しで勝る干渉力を持つ魔法師など、数えるほどしかいない。制限の解かれた深雪ならともかく、十文字会頭ですら単純な力比べでは難しいかもしれない。

 

 にもかかわらず香田が耐えられているのは、彼の特殊な体質に理由があった。

 

 

 

 CADを用いるのが一般的な現代魔法において、国際的に評価される基準となるのは『処理速度』、『キャパシティ』、『干渉力』の三つ。それぞれ魔法式構築の速さ、構築可能な魔法式の規模、魔法式が事象を改変する強さに相当し、総称して『魔法力』と呼ばれる。

 これら三つの要素は遺伝的な才能で決まっている部分が非常に大きく、後天的に鍛えることは難しいとされている。だからこそ優秀な『血』を持つ魔法師が優遇され、『十師族』などというシステムが作られたわけだ。

 

 魔法力とは生まれ持った才能に依るところが大きい。香田の特殊な体質は、そんな研究され尽くした結論に細やかな抵抗を示すものだった。

 

 香田の処理速度とキャパシティについてはともに平均的だ。一方で、干渉力に関しては他の魔法師と一線を画す特殊性を備えていた。魔法式の規模を意図的に小さくすることで、干渉力の限界を僅かながらに伸ばすことができるのだ。

 聞けば香田の家系には似た傾向の能力を持っている人が稀に現れるらしく、彼の姉も一高の卒業生で、速度を犠牲に規模を高めることが可能だったらしい。

 

 規模を限定することで強度を高める。一見すると強力にも思えるこの特殊な体質は、しかしそれほど便利なものでもないらしい。

 曰く、一定以上の干渉力を発揮しようとすると魔法式を極端に小さくしなくてはならず、その上すぐにスタミナ切れになってしまうのだとか。だから普段は規模を制限しなくても出せるだけの干渉力に留めているし、反動が強いからなるべくなら使いたくないのだと言っていた。

 

 こうした事情をモノリスの練習中に聞いていた僕は、昨晩部屋を訪れた香田が放った言葉に心底驚いた。

 

『一条に勝てないのはわかってる。ぶっ倒れてもいい。その上でどうにか対抗する手はないか?』

 

 負けるのはいい。けれどあっさり負けて今の良い雰囲気を壊したくない。

 だから知恵を貸して欲しいと言われて、鳩尾が苦しくなった。締め付けられるような感覚に一度深呼吸をして、真剣な表情の香田へ応えた。

 

『抵抗することならできるかもしれない。ただ、勝算はゼロになるぞ』

『いいさ。最初っから勝ち目なんてないんだからな。ギリギリまで嫌がらせしてやるよ』

 

 そうして香田が採った作戦こそ、ただ一本の氷柱を『情報強化』で守ること。対象の特定の情報を複製し重ねることで、他者による事象改変から守る魔法だ。

 勝つことは考えず、極限まで規模を絞った『情報強化』で一条将輝の『爆裂』に必須な水の相転移だけを阻止する。

 

 香田の特殊な体質を最大限に活かした、全身全霊での悪あがき。

 それが彼の選んだ作戦で、チームのために示した覚悟だった。

 

 

 

 スタンドのざわめく中、拳銃形態の特化型CADを突き付けて対峙する香田と一条。香田は抜け目なくCADを構えていて、対する一条は動揺から未だに立ち直れていない。

 香田にとっては明確な反撃のチャンスだ。この隙に魔法を放てば、一条の氷柱を一つか二つ倒すことができるだろう。

 

 だが香田が反撃に動くことはない。

 それもそのはず、初めから攻撃に意識を割くつもりなどないのだ。

 

 一条将輝は速度と干渉力に秀でた魔法師だ。12本の氷柱を同時に照準できる演算能力もさることながら、特筆すべきはその圧倒的な速度と、守りを食い破る強力な干渉力。対魔法師戦闘において相手の魔法師が展開する『干渉装甲』を強引に突破する干渉力は、原作に登場した魔法師の中でもトップクラスと言えるだろう。

 

 そんな一条が特化型CADを用いてくるのだ。汎用型を使っては防御が追いつくはずもなく、必然的に香田も特化型を使用せざるをえない。そして、同系統の起動式しか搭載できない特化型では『情報強化』を載せた時点で攻撃の手段が失われる。

 香田はそうした諸々を覚悟した上でこの作戦を採用した。担当エンジニアの先輩からは最後まで反対されたらしいが、香田の意志が固いことを知って折れたらしい。

 

 初撃は凌いだ。問題はここからだ。

 

 標的が12本ある中、それぞれに必要以上の干渉力を割いてくることはない。さすがの一条も余計な力を使う理由はないし、そこまで注力するほど香田は警戒されていなかった。

 だから最初の一撃は耐えられると踏んでいた。実際に耐えて見せた香田の干渉力はやはり驚くほどに強力で、あの一瞬だけ十師族直系のそれを上回っていた。

 

 しかし、ここからは違う。

 固まっていた一条将輝が動き出した。もう一度CADの引き金を引き、香田の陣地に残った最後の氷柱へ魔法式が投射される。内部に残された水滴が照準され、相転移による気化膨張の段階へ移行する。

 

 対抗するように香田の全身からサイオンが湧きだした。最後の氷柱を守る『情報強化』の魔法式へ注がれ、一条の『爆裂』と真向から対立する。表面上は静かな氷の中で両者の力がぶつかり合い、香田の口から言葉にならない唸りが漏れた。

 

 やがて、『爆裂』の魔法式は何の効果も及ぼすことなく霧散した。

 式を構成していたサイオンが空中に溶けて消え、再度スタンドが小さくどよめく。

 

 今度こそ観客も理解したはずだ。先程の撃ち漏らしは一条将輝のミスなどではなく、香田が『爆裂』による破壊を阻止した所為だと。そして十師族直系の得意魔法を跳ね除けることが如何に難しいことかなど、魔法に携わる者に解らないはずがない。

 

 十師族どころか数字付き(ナンバーズ)ですらない魔法師が、世代の頂点に立つ一条将輝に対抗している。

 思わぬダークホースの登場にスタンドが活気付く。一高の応援団はもちろん、時間潰し感覚で試合を眺めていた観客も、興奮した様子で歓声を上げていた。

 

 しかし、下剋上を期待する雰囲気は瞬く間に吹き飛ばされた。

 

 一条将輝が笑った。ただそれだけで、観客の大半が言葉を失った。

 彼の口元に浮かんだのは公に見せるような澄ました微笑みではなかった。年齢相応のあどけなさと強者故の獰猛さが混じり合ったような、新しい玩具を見つけた子どものような笑みだ。

 

 三度、一条がCADの引き金を引く。

 前の二回とは比べ物にならない量のサイオンが注ぎ込まれ、香田も負けじと『情報強化』の強度を高めていく。『爆裂』の魔法式が氷柱の半ばに差し込まれ、内部で激しくせめぎ合うのがわかった。

 

 観客が固唾を呑んで見守る中、一瞬の攻防が決着した。

 

 研ぎ澄まされた『情報強化』を食い破り、『爆裂』が最後の氷柱を破砕した。

 中心から弾け飛んだ氷塊は高く打ち上げられ、やがて香田のコートの中心に落下する。轟音がスタジアムに響き、直後試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

 結果は一条将輝の完勝。

 試合時間こそ若干伸びたものの、誰の目にも明らかな完勝だった。黄色い歓声に応える一条の顔には、普段見せているものと同じ微笑み顔が浮かんでいた。

 

 一方の香田は悔しげに表情を歪めながら、膝に手をつき喘いでいた。息を荒げて足下を睨む香田へ、スタンドからは健闘を讃える拍手が送られる。

 

 勝算はないと知りながら、嫌がらせにしかならないと知りながら。

 それでも全力で抗った仲間の姿を見て、胸の奥の『澱』が揺れ動いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの試合後は着替えを終えた香田と合流し、バトル・ボードの会場へ移動した。

 試合直後は悔しそうに肩を落としていた香田も、控室から出てくる頃には普段の陽気さを発揮していた。香田本人が振る舞う以上はこちらから触れることもせず、道中僕らは翌日に迫ったモノリス・コードについて話していた。

 

 男女で別のコースが用意されているバトル・ボード会場ではそれぞれ準決勝2レースが行われ、女子の第1レースにはほのかが、男子第2レースには稲羽が名を連ねていた。

 午前10時30分に発走した男子第2レースで、稲羽は最後の1周の半ばまで先頭争いをしていたものの、惜しくも敗れて決勝進出とはならなかった。控室から出てきた稲羽はしばらく悔しげに頭を掻いて呻いた後、最後には午後の3位決定戦への意気込みを熱く語っていた。

 

 女子の方はほのかが無事に決勝行きを決めた。何事もなく済んで安心した一方、トーナメント表で対戦相手の名前を見たときには思わず眉を顰めてしまった。

 

 四十九院沓子。彼女がほのかの対戦相手だった。

 

 スピード・シューティングで十七夜栞が決勝まで上がったように、四十九院沓子もまた決勝でほのかと競うことになった。クラウド・ボールで優勝した一色愛梨然り、やはり彼女たち三人の実力は三高の女子代表の中でも抜きんでているということだろう。

 

 ふと、そこまで考えて思い至る。

 十七夜栞はアイス・ピラーズ・ブレイクにも出場していて、午前中の内に三回戦へ臨んでいるはずだ。彼女と対戦するのはエイミィで、勝った方が午後の決勝リーグへと進む。

 原作では深雪、雫、エイミィの三人が決勝リーグを独占する結果になったが、こうも彼女たちの実力を見せられると不安に感じざるを得ない。

 

 嫌な予感を抱きながら昼食を取り、一高の天幕を訪れたところで的中したことを知った。

 

 

 

「明智さんが負けた? 三回戦で?」

「うん。三高の十七夜選手と当たって。あと一歩だったんだけど……」

 

 心なし消沈したように雫はそう零した。彼女の向こうでは深雪も残念そうに口を結んでいて、担当エンジニアの達也は七草会長と何やら話し合っている。

 

 これでスピード・シューティングに続いて二度目の計算外だ。達也がバックに付いている分、才能の差は埋められるかとも思ったが、相手の方が上手だったらしい。

 

「司波のサポートがあった上でとなると、よほど強かったんだな」

「『強い』というより『巧い』かな。攻めも守りも堅実で的確だったから」

 

 なるほど。言われてみれば確かにスピード・シューティングでも驚異的な演算能力をしていた。砕いたクレーの破片を個々に認識、選別して別目標に当てるなど普通はできない。空間把握能力や座標計算能力が高い証拠だ。

 

 十七夜栞はそうした緻密な演算能力に秀でた選手なのだろう。

 そう考えるとクラウド・ボールの方に適性がある気もするが、あちらには一色愛梨も出ていた。バトル・ボードやミラージ・バットは精密さよりもスタミナが求められる競技で、アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する理由はその辺りにあるのかもしれない。

 

 とはいえ、だからといって油断できる相手でもない。

 現にエイミィは敗れてしまったし、雫も警戒している。

 

「試合順はどうなっているんだ? 決勝はリーグ形式だったと思うが」

 

 こうなってくると、重要なのは試合の順番だろう。決勝リーグに進んだ三人が二試合ずつを戦うのだ。間の二試合目で休める順番に入れるのが一番なのは間違いない。

 

 雫が端末を取り出して操作し、目当ての情報を見つけると画面を差し出してきた。

 少し屈んで顔を寄せ、画面を覗き込むようにして見る。

 

「第一試合が深雪と十七夜選手で、第二試合が深雪と私。最後が――」

「北山さんと十七夜選手、か。くじ運は十七夜選手に味方したみたいだな」

 

 呟くと、端末を収めながら雫は頷く。

 そのとき、雫の向こうから七草会長が歩いてきた。

 

「そのことなんだけど、深雪さんも北山さんも少しいいかしら」

 

 雫が振り返り、深雪も会長へと向き直る。

 会長は二人の注意が向いたことを確認して、なにやら苦笑いを浮かべた。

 

「あまり良い知らせとは言えないんだけど……。うーん、なんて言ったらいいのか……」

 

 言い淀む会長の言葉を引き継いで、達也が淡々と告げる。

 

「十七夜選手は決勝リーグの第一試合を棄権したいと言ってきているんだ。第一試合、つまり深雪との試合は棄権して、第三試合の雫とだけ対戦したいらしい」

 

 その内容は七草会長が躊躇うのも仕方のないもので、深雪はムッと眉を寄せ、雫も一瞬だけ肩を震わせた。

 

「随分と虫のいい話だな。それで、大会委員は何と言ってきているんですか?」

 

 何も言わない二人に代わって訊くと、会長は困ったように腕を組んでため息を吐いた。

 

「向こうの要望通りに進めるつもりみたい。体調の回復を待つためという理由だったから、大会委員としても拒否できなかったのかしらね」

「体調不良なら決勝リーグ自体を棄権させるのが筋だと思いますが、運営側がそう言ってきたのであれば文句を言っても仕方ありませんね」

 

 達也も呆れたように、或いは諦めたように息を吐く。

 この時点で大会委員の中に無頭竜の工作員が紛れ込んでいることは知っているはずなので、思惑も透けて見えているのだろう。

 

「北山さんはどう思う? 正式に抗議すれば、或いは覆るかもしれないが」

 

 個人的には馬鹿正直に付き合う理由はないと思う。いくら大会委員に連中の息が掛かっているとはいえ、九島閣下に嘆願すれば公正な判断が降りる可能性は高い。

 

 しかし、当事者である雫は首を振った。

 

「やるよ。十七夜選手とも、深雪とも、二試合ともやります」

 

 ハッキリと答えて、まっすぐに会長と達也へ向き合う。

 達也は僅かに目を細めて雫の視線を受け止めると、念を押すように訊ねた。

 

「第二、第三試合と、一人だけ連戦になってしまうが、構わないんだな?」

「うん。寧ろ、最初からそのつもりだった」

「――そうか。雫がそう言うなら、俺は全力でサポートするだけだ」

 

 雫の答えを聞いた達也はフッと笑みを浮かべ、身体ごと七草会長へ振り向く。

 

「試合時間の変更を打診して頂けますか。第一試合を行う予定の時間に深雪と雫の試合を。そして第三試合の開始時間は予定通りに。僅かですが、これで彼女も休息が取れます」

「わかったわ。大会委員に掛け合っておきます」

 

 頷いた会長は早速とばかりに奥へと向かった。

 その背を見送る雫の横顔を見て、堪えきれずに訊ねてしまう。

 

「体力的にも厳しくなると思うが、いいんだな?」

 

 振り向いた彼女は真剣な表情のまま、口元だけに笑みを浮かべて頷いた。

 

「うん。十七夜選手とはもう一度競ってみたかったし、深雪と本気で競う機会もこの先何回あるかわからない。だから、この機会を逃したくない」

 

 言いながら深雪へ視線を向け、眼差しを受けた深雪も受けて立つとばかりに微笑む。

 

「負けないわよ、雫。エイミィの分も、私たちでワンツーになりましょう」

 

 意気込みを交わす二人を見て、その清々しい姿を見て、身勝手な要望を奥底へと押し込んだ。

 

 

 

 新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグは、こうして始まる前から熱戦の様相を呈していた。

 

 

 

 




 
 
  
 いつも感想、評価、お気に入り登録、ここすき等ありがとうございます。
 
 今話はいつも以上に話が進まずやきもきさせたかと思いますが、作者的には必要な回だったということでご勘弁ください。



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 更新報告をメインに、創作関連や趣味について、本作の裏話、設定等呟くことも。



 過去作

・やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。
 →https://syosetu.org/novel/141671/
 『俺ガイル』×『SAO』のクロスオーバー。エタって久しいですが、いつかは完結まで持っていきたい二次創作処女作です。更新の合間等、お手隙の時にでも。

・名もなき英傑の詩
 →https://syosetu.org/novel/190090/
 『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の独自解釈モノ。思い付きと勢いで書いた短編。
 
 
 

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