レーゼル男爵家
一つの貴族が降格処分を受けた。
持っていた資源衛星を帝国に没収され、貴族としての信用を失った。
レーゼル子爵家――いや、男爵家は、修業先として不適切というレッテルを貼られたのだ。
「――どうしてこうなった」
バンフィールド家が海賊に襲撃を受けた際、故意に見逃した疑いがあった。
レーゼル家が幸いだったのは、リアムが海賊たちを全滅させたことだ。
男爵家の本拠地にいた残りの海賊たちは、ランドルフが全て処理した。
帝国の調査が想像以上に本格的で、その他色々と調べられて――このざまだ。
家を残された理由は、急にレーゼル家が滅びても統治が面倒という帝国の事情もある。
あとは、単純にその他の事情が大きかった。
ピータック家は滅ぶのが決まっているような家で、おまけに莫大な借金がレーゼル家に転がり込もうとしている。
理由は、嫁がせたカテリーナにある。
ペーターが死んだ場合、カテリーナが女性当主になる可能性が出て来た。
いっそ全てを捨てて逃げることも出来るが、そうしたら伯爵家を潰したと親族たちに恨まれることになる。
帝国の貴族社会で、白い目で見られることになる。
どう転んでも、明るい未来が見えなかった。
それどころか――。
「商家もみんな逃げ出すとは」
噂を聞いた商家が逃げた。
付き合いのある御用商人たちも、降格処分から冷たくなっていた。元々、海賊との付き合いをあまり良く思っていなかったのもあり、これを機に見切りを付けられたのだ。
目端の利く部下たちも、さっさと次の仕官先を探して出ていった。
残ったのが、融通の利かない連中ばかり。
その中には、リアムを指導していた騎士もいる。
「何が悪かった。私は何を間違えたのだ」
絶望するランドルフ――その様子を見ていたのは案内人だった。
ランドルフの前に立つが、本人は気が付いた様子がない。
「お前にはガッカリした。だが、お前の絶望のおかげで、多少まともになったよ。お前たちの絶望を糧に、私はリアムに復讐する」
ランドルフやらペーターやら――不幸になった人間がいたおかげで、案内人は少しばかり力を取り戻した。
しかし、リアムを不幸にするには力が足りない。
案内人は考える。
「こうなれば、全てを明かしてリアムを絶望させよう。それしか手がない」
忌々しいリアムの感謝の気持ちが、遠く離れても伝わってくる。
ランドルフやペーターがいなければ、自分は危なかった。
――下手をしたら、力尽きて消えていたかもしれないのだ。
こいつら、もっと不幸になってくれればよかったのに。
案内人は本気でそう思っていた。
「お前らの負の感情を糧にして、今度こそリアムを地獄に叩き落としてやるのだ!」
案内人が消えると、ランドルフが顔を上げた。
その顔は少しだけ――スッキリしていた。
案内人に負の感情を吸い取られた後だからだろう。
「今までのツケが回ってきたな。こうなれば、ここから再出発するしかない。まずは、息子に連絡だ。カテリーナとも話をしよう」
子供たちの将来もある。
自分が立ち止まってはいられないと、ランドルフは立ち上がるのだった。
◇
ペーターのペーターが爆発したペーターは、憑き物が落ちたような顔をしていた。
その側にいるのはカテリーナだ。
ベッドに横になるペーターは、力なく笑っていた。
「俺様は――いや、俺は馬鹿だったよ」
「やっと気が付いたの?」
カテリーナが呆れていた。
「カテリーナ、君は実家に帰るんだ。今なら婚約破棄が出来る。俺との間に肉体関係がないことは、ちゃんと証明する。君に迷惑をかけられない」
誰もがペーターを見限る中、カテリーナは首を横に振った。
「戻ったところでどうにもならないわ。父さんにも戻ってくるように言われたけど、帰るつもりはないの。このままあんたを放置しても、うちは破滅よ。なら、少しはピータック家をまともにしないとね」
「――カテリーナ。ごめん。ごめんよ」
「別にいいわよ」
カテリーナは色々と諦めた顔をしていた。
だが、本気でピータック家をどうにかしようとも考えていた。
「ピータック家が多少でも持ち直せば、当主に立候補する人も出てくるわ。そうしたら、譲って私たちは隠居をしましょう」
「あぁ、俺――頑張るよ」
ペーターもリアムと同じ。
両親の愛など知らずに育った。
世間知らずで、そして両親は帝国の首都にいる。
初めて頼れる人が出来て、ペーターはとても嬉しそうにしていた。
◇
帝国首都星。
大学を卒業したティアは、役人となるための研修を受けていた。
研修期間は二年と長く、その間は雑用としてこき使われることになる。
もっとも、将来出世するような者たちは、然るべき部署に配属されて優遇を受ける。
ティアもその一人だった。
スーツ姿で政庁に入ると、作業服を着たレーゼル家の跡取りを見かけた。
先輩から怒られている。
「おい、新入り! お前は何度同じ事を言わせる気だ!」
「す、すみません」
「どうせ、こんな仕事なんか興味ないんだろう?」
「そんなことは――ないです」
「どうだか。お前らみたいな領主貴族の跡取りは、花形の部署以外は外れとか言うんだよ。二年間耐えれば、おさらば出来ると考えているんだろ」
「いえ、そんなことはありません」
「お前のような奴は逃がさないから覚悟しておけよ。最低でも、研修期間の二年間は、便所掃除だからな」
俯いて、口答えをしない彼は手を握りしめていた。
レーゼル家が降格され、その跡取り息子は花形の部署に入れなかった。
ただ、黙々と作業を――清掃作業をしている。
その部署は、貴族の跡取りが配属されるような場所ではない。
それでも、真面目に作業をしている。
(――まぁ、頑張っているなら私から言うこともないわね)
何か言ってくるなら、リアムを冷遇したレーゼル家を許さないつもりだったが、真剣なその姿にティアも毒気が抜かれる。
(さて、研修二年で、四年の実務――その後は士官学校か。リアム様は大学と士官学校、どちらを選択するのかしら?)
それにより、自分も方針を変えなければならない。
ティアは、リアムの将来のために頑張るのだった。
◇
領民共の反発が強い。
ここ数年、やれ権利だとか自由を主張してくる馬鹿共の相手に苦慮していた。
自由も権利も俺の物だ!
お前らに自由も権利もない!
「う○こみたいな髪型にどうしてそこまでこだわるんだ!」
執務室の机を叩く俺は、各地で起きたデモに軍隊を投入してやった。
幸い、髪型を認めろとプラカードを持って練り歩くだけのデモだ。
だが、軍人たちにやる気が見られない。
中には「髪型くらいいいじゃん」とか言っている奴もいる。
ふざけるな!
俺は絶対にこんな髪型は認めないからな!
とぐろを巻いたう○こみたいな髪型に、何年もこだわりやがって!
「領内は平和ですね」
天城の言葉に唖然とした。
「どこがだ! 俺に反発する領民がいるんだぞ!」
テレビ局にもそれとなく「これってよくないよね?」みたいなことを伝えたら、あいつら「髪型を規制する法律がないんで」とか言いやがった。
お前らどっちの味方だ! もっと権力者に媚びろよ!
ふざけんなっ!
無理矢理法律を作ろうとしたら、役人共も「それはちょっとないかな、って」とか言い出しやがる。
実際、どの髪型はよくて、どれは駄目とかなると面倒とか何とか。
分かるけど――分かるけどさぁ!
お前ら、髪型に何でそんなにこだわるんだよ!
あれか? 増税した事への反発か? そうなんだろ!
「それよりも、開拓惑星への第四陣が無事に到着したそうです。開発は想像以上に順調ですよ。増税したことにより、旦那様が本気だと思ったのでしょう。領民たちの意欲が違います」
「それより髪型の問題だろうが! 俺は嫌だぞ。うん○みたいな髪型をした領民が、沢山いる領地なんて嫌だからな!」
俺が幼年学校に入学する前に、なんとしてもあの髪型だけは止めさせてやる!
◇
侍女長が、宰相に報告をしていた。
「――という、状況です。デモ以外はいたって穏やかですよ」
『伯爵の気持ちが痛いほどよく分かる』
リアムの現状を聞いて、宰相が同情していた。
「それよりも、幼年学校への入学時期が近付いておりますね」
『伯爵なら問題ないだろうが、最近は幼年学校も問題児が多いと聞いているな』
幼年学校も問題が多い。
宰相がリアムに期待する理由は、帝国の腐敗が目に余るからだ。
『ところで、伯爵は第七兵器工場から要塞級を購入していたな? 軍備増強を急ぎすぎているようだが、理由はあるのかな?』
侍女長が答えた。
「開拓地の防衛拠点に置いていますよ。本格的な基地を用意するには、まだ数年かかるとのことです。それまでの繋ぎとして利用しているのでしょう」
『なるほど。それが理由だったか。考えているのだな』
◇
リアムの屋敷で世話になっている貴族の子弟たち。
屋敷での生活だが、三年間は厳しく使用人として扱われる。
教育も行われるが、リアムのように幼年学校に進まない彼らがその後どうなるか?
――答えは簡単だ。
リアムの領地で過ごす。
大学なども増えつつあり、自分の進みたい大学で学べた。
屋敷で三年を過ごした二人の女の子が、私服姿で大学の敷地内を歩いている。
「いや~、伯爵様は太っ腹だよね。学費も生活費も面倒見てくれるんだもの」
学費は免除。
生活は一定額を支給され、足りないなら本人たちがアルバイトをするか、実家からの仕送りに頼ることになる。
「地元だとこんなに遊べないからね」
大学なんて存在しない領地ばかりだ。
周辺では、リアムの領地がずば抜けて発展している。
小領主たちが自分の子供たちを留学させる理由は、一番発展しているリアムの領地で学んで欲しいからだ。
「地元に戻りたくないよ~」
嘆く友人に、女の子が笑顔を向けていた。
「あんた、婿を取らないといけないもんね。私はこっちでこのまま暮らすわ」
嘆いていた女の子が友人を睨む。
「いいな~。私もこっちに残りたい。せめて、十年は遊びたい」
「諦めなよ。それより、騎士で婿入りしてくれる人を探した方がいいって」
女の子たちは実に楽しそうだ。
それは、男も同じだった。
大学で学業に、ナンパ――恋にと青春を謳歌していた。
◇
「くそがぁぁぁ!」
激怒する俺は、幼年学校への入学時期が迫っていた。
それなのに――。
ファッション雑誌を手に取ると、あの問題の髪型がより進化して掲載されていた。
ブライアンが覗き込んでくる。
「下手に規制をすると、強く反発するものですぞ、リアム様」
「徹底的に潰してやんよ!」
ここまで俺を怒らせるとは思わなかった。
天城にギリギリまで税金を上げさせた事への反発もあるのだろう。
ならば、どっちが正しいか――いや、どちらが上かをきっちり教え込む必要がある。
「諦めた方がよろしいのではないでしょうか?」
「諦めるのはあいつらだ! 権力者である俺に逆らったことを、必ず後悔させてやるからな!」
「むしろ、領民たちは楽しんでいる気すらしますけどね」
「余計に許せるもんか!」
領民たちを俺が弄ぶのはいいが、俺が弄ばれることはあってはならない。
悪徳領主のこけんに関わる。
「こうなれば武力行使だ。騎士たちを呼び戻して、頭が肥だめの連中をバッサリ――」
そこまで口にして、ブライアンの様子がおかしいことに気が付いた。
時が止まったかのように動かない。
この感覚――そうだ、俺はこれを知っている。
辺りを見渡すと、以前見た時同様――いや、少しくたびれた感じの案内人がいた。
旅行鞄に腰掛け、脚を組んでいる。
帽子を深くかぶり、目元が見えない。
だが、三日月のような口元だけはハッキリと見える。
「お久しぶりですね~、リアムさん」
「お前か」
案内人は、両手を広げている。
「ず~っと会いたかったんですよ。けど、今日まで会うことが出来ませんでした」
嬉しそうにしている案内人に、俺もお礼の言葉を伝える。
「俺も会いたかったんだ。実はお礼を――」
人差し指で口元に持って来た案内人は、黙っていろとジェスチャーした。
「まずは私からですよ、リアムさん。私も色々と言いたかったんですよ」
立ち上がった案内人は俺に向かって淡々と語る。
「おかしいとは思いませんでしたか?」
「何が?」
「色々と、ですよ。まぁ、最近の話題であればレーゼル家ですね。リアムさんは自分が冷遇されたことを不思議に思いませんでしたか?」
「別に」
「思えよ!」
急に怒鳴った案内人は「失礼」と謝罪してから続ける。
「本来であれば、ペーターのように接待されるのはリアムさんだったんですよ。レーゼル家の娘を貰い、有力な家と繋がるチャンスでした。本来であれば、ペーターの立場はリアムさんのものだったのです」
「――嘘だろ」
驚いて目を見開くと、案内人が楽しそうに手を広げて笑い出す。
「なら、どうしてリアムさんが手に入れる全てをペーターに奪われたのか! 全ては黒幕がいるのです」
「黒幕?」
「――私ですよ」
お辞儀をする案内人が、顔を上げて俺を見て笑っている。
「全て私が仕組んだことです」
事実を聞いて俺は思った。
「お、お前――」
「貴方が手に入れる全てを奪ったのはペーターではない! 私のせいで貴方は全てを失ったのです! そして、それは今までのこともそう! リアムさん、貴方は騙されていたのですよ!」
――こいつ。
ブライアン(; ・`ω・´)ナン…ダト!?