モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
いつも沢山の感想ありがとうございます。
前話は特に多くの感想を頂き、悶えて頂けたようで作者冥利に尽きます。
というか、雫好き多すぎでは……?(盛大なブーメラン)
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途中で思わぬ事態に巻き込まれたものの、一高選手団を乗せたバスは正午過ぎに無事寄宿先のホテルへと到着した。
選手団の内、突発的な緊張に加え嫉妬と糖分過多による胸焼けに呻いていた多くの男子は、果報者の駿へおざなりな軽口を添えてバスを降りていく。
一方女子の場合は特に囃し立てるようなことはなかったものの、代わりに意味深な視線や表情を雫へ向けてホテルへ向かう者が多かった。
首を捻る雫と、そんな雫を見て苦笑いを浮かべるほのかと駿に一言声を掛けて、深雪はバスを降りた。
自分の荷物を受け取った後、深雪はホテルの入り口ではなく少し離れた作業車両の方へと向かう。
作業車両では既に荷物の搬出が粗方終わっていた。
元々大型の機器は車に載せたまま使用するので運び出す必要はなく、部屋へ持っていく必要があるものは予めコンテナにまとめてあった。当のコンテナも運搬しやすいようサイズの控えめなものを用意していたので、やることといえば車から台車へ載せ替える程度だ。
コンテナを載せた台車を押す達也を見つけて、深雪は兄の下へ駆け寄った。
離れていた時間は待ち時間を含めても4時間程度。しかし深雪にとってはそれなりに長く感じられ、晴れ晴れとした顔で達也の下へ向かう深雪の姿は、二人が兄妹だと知らない者からは『恋人との再会』染みて見える程だった。
箍が外れたような妹の姿に、達也は苦笑いを浮かべた。
一体バスの中で何を
ため息を呑み込んだ達也は当たり前のように深雪からボストンバッグを受け取り、台車ではなく肩に掛けて歩き出す。
深雪は達也の細やかな意地にクスっと笑いを零し、彼の隣に並んだ。
仮にここへ来るまでが何事もない旅路だったのなら、話題はバスの中での出来事が並び、一緒にバス旅ができなかったことへの愚痴を深雪は零していただろう。苦笑いで応対する兄が最終的には妹を甘やかすまでが兄妹のお決まりの流れだ。
だが、あわや大事故に繋がりかねない一件があった今回は、さすがの二人もそのことに触れずにはいられなかった。
深雪が事故についての所感を訊ね、達也がそれへ正直に答える。
現場の映像記録を残し、残骸を退かす手伝いをしていた達也の言葉から、事態は深雪が思っていたよりも深刻だったことが判明した。
「では、先程のあれは事故ではなかったと?」
達也の口にした推察を聞いた深雪は、眉を
それに対し、達也は視線を前方へ固定したまま答える。
「あの自走車の跳び方は不自然だったからね。調べてみたら案の定、魔法が使われた痕跡があった」
達也の声はいつもより小さいものだった。他人に聞かせるには不穏当な内容だったからで、だからこそ応じる深雪も声を潜める。
「私には何も見えませんでしたが……」
言葉の上ではそう言いつつも、深雪は達也の分析が間違っているとは欠片も思わなかった。
信頼しているからという曖昧な理由でではなく、達也の持つ『目』が情報次元における様々な記録やその残滓を視ることができるという事実に由来した確信だった。
「小規模な魔法が最小の出力で瞬間的に行使されていた。魔法式の残留サイオンも検出されない高度な技術だ。恐らく、専門の訓練を積んだ秘密工作員だろう。使い捨てにするには惜しい腕だ」
「使い捨て、ですか?」
その単語の不吉な響きに、恐る恐る訊ねた深雪へ達也は頷き答える。
「魔法が使われたのは三回。いずれも車内から放たれている。魔法が使われたことを隠すためだったんだろう。実際、お前を含め、優秀な魔法師があれだけいたのに誰も気付かなかった。俺もあの時はわからずに、現場を調べてようやく気付くことができたんだ」
深雪は明かされた真相に息を呑み、意図せず小さくなった声で呟いた。
「では、魔法を使ったのは……」
「犯人は運転手。つまり自爆攻撃だよ」
足が止まる。おのずから視線が落ち、肩が震え、握った手に力がこもった。
「卑劣な……!」
漏れ出る言葉は怒りが故のもので、けれど怒気の源泉は一つではない。
達也はそんな深雪の憤りを抑えるのではなく、寧ろ表面的な同情に陥らなかったことへ安心したように頷いた。
「元より犯罪者やテロリストなどという輩は卑劣なものだ。命じた側が命を懸ける事例など稀だという点でも然り。だから一々怒っていたらきりがないぞ。それより、何が狙いだったかが気になるところだ」
達也が宥めるように深雪の背中に手を添える。
ハッと達也を見上げ、深雪は取り乱していたことを自覚して恥ずかしげに俯く。頬を薄く染め、もじもじと手を揉んでいた深雪だったが、ふと何かに思い至ったように表情が
言い出すことを躊躇う深雪を、達也は急かさなかった。
深雪が考えていたのは事故に対処した時のことだった。
魔法の相克によって事象改変が妨げられていたあの瞬間、バスに居た誰もが相克を収めることができるなどと考えなかっただろう。
けれど深雪だけは無秩序に張り付けられた魔法式が消えると確信していた。最終的には兄である達也が対処する。それがわかっていたからだ。
しかし、実際に対処したのは達也ではなかった。
あの時、魔法式をどうにかすると言った時点で駿が『術式解体』を使おうとしているのは察せられた。一度派生型を目にしている上、彼の性格なら危機に対してあらゆる手を尽くすだろうというのは予想がつく。
意識を失ってしまうほどのリスクを躊躇いなく呑み込めることには納得いかない気持ちもあるが、その判断自体は間違いなく英断だった。
推定で十人以上の魔法式が重ね掛けされていたあの状況では、サイオン弾で一つ一つそれらを破壊するのは難しく、また破壊した後も魔法式の破片であるサイオンが滞留し、後続の魔法発動に影響を及ぼしてしまう。
その点、『術式解体』であればサイオンの奔流が破壊した残留サイオンをもまとめて押し流すため、深雪や克人が魔法を使いやすい状況を作れる利点もあった。
だから駿が『術式解体』を使い、あの危機的状況に対応しようとしたことは理解できる。
深雪が気にしているのは、リスクを冒す必要のある駿にそれを使わせたことだ。
実のところ、『術式解体』は達也も得意としている魔法だ。寧ろサイオン保有量が桁違いに多い達也にこそ使いこなせる魔法ですらある。
一撃で意識を喪失するリスクを負う駿に対し、達也は十数回に渡って連続で撃つことができるのだ。適性がどちらにあるかは、誰の目にも明白だろう。
だが、達也には力を隠さなければならない理由がある。
『術式解体』だけなら、明らかになっても左程問題はない。
だがそれ以上、達也が持つ固有の魔法については絶対に明かすことはできないのだ。
そこへ繋がる可能性のある魔法も可能な限り秘さなければならない。
達也の秘密が守られたという意味では、駿があの場面に対処したのは喜ばしいことだった。駿がやらなければ達也がやっていただろうし、そうなった場合、真由美や克人の関心を逃れることはできなかっただろう。
兄が活躍することは深雪にとっては望外の喜びだが、二人の属する『家』にとっては不都合になりかねない。最悪の場合、達也が深雪の傍を離れることにも繋がるかもしれない。
だからあれは好都合だった。
そう思ってしまう自分がいることが、深雪は罪深いと感じていた。
身体を張って周囲の人間を守った駿に対しての冒涜だと感じていた。
深雪はしばらくじっと悩んだ末に、おずおずと口を開いた。
「その、お兄様はあの『術式解体』を使った方のことを……」
尻すぼみになった深雪の質問に、達也は少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「ああ。視ていたよ。まさか森崎があの魔法を使えるとは思ってもみなかった」
達也の答えに、深雪は罪悪感を隠すことなく腰を折った。
「申し訳ありません。私は彼が、森崎くんが『術式解体』を使うことができることを知っていたのです。知っていて、これまでお兄様にお伝えしていませんでした」
それが駿との約束であったことは確かだ。
同時にブランシュの差し向けた暴漢の一件で八雲を頼ったことを秘密にするためでもあったのだが、どちらにせよ深雪が自身の都合のために達也へ隠し事をしていたのは事実。
達也へ隠し事をし、剰えそれで要らぬ動揺を与えたのだ。深雪は達也へ合わせる顔がなかった。
その上、駿への罪悪感も相まって、今回の一件は深雪の心を締め付けていた。
沈痛な面持ちで押し黙る深雪を見て、達也は腑に落ちた表情を浮かべた。
「気にしなくていいよ。深雪には深雪の考えがあってのことだったんだろう? 俺もお前に黙って動くことはあるし、お互い様だ。森崎についても、『術式解体』が使えるからといって体のいい隠れ蓑にするつもりはない。あいつに対して不誠実な真似をしたくないのは、俺も同じだからね」
自嘲するように肩を竦め、それから表情を改めた達也を見て、深雪は口元を綻ばせた。
駿への罪悪感に由来する痛痒は未だ消えないものの、打算ではない情を口にした兄の姿に、深雪は胸を暖かくするのだった。
◇ ◇ ◇
九校戦の日程は、競技が始まる二日前の今日から予定が組み込まれている。
8月1日を迎えた今日の午後3時までにホテルで点呼を受けるのが一つ。
そしてもう一つが、各校の選手やスタッフが勢揃いする懇親会だ。
夜の懇親会はホテルの最上階をワンフロア丸ごと使用して開かれる立食形式のパーティーとなっている。高校生が主体のパーティーなため当然アルコールはなく、食事に関しても食べ盛りが多いせいか、大皿いっぱいにたくさんの料理が並べられていた。
幸い、懇親会が始まるまでには自由に歩けるくらいには回復した。走り回ったり魔法を撃ったりなんかはまだ厳しいが、料理に舌鼓を打つくらいはできる。
雫を初め、深雪やほのか、五十嵐に香田なんかからは心配もされたが、折角の機会をふいにするのも惜しい。他の同期や先輩らに弄られるのは覚悟の上で、懇親会の会場へ足を運んだのだった。
短い開会の辞の後、しばらくは一年男子メンバーと一緒に料理を楽しんだ。
案の定、バスでの一件をネタに罵倒され、嫉妬され、散々に小突かれては皿を落とさないよう必死で堪える羽目になったが、気付けば誰の顔にも笑みが浮かんでいたので不快には感じなかった。
一方で、一年女子チームからは多くの称賛を受け、それがまた男子連中にとっての燃料になるのだから苦笑いしか浮かばなかった。
中でもエイミィは完全な確信犯で、殊更褒め称えるような台詞を口にしては、男子から制裁を受ける僕をさも面白そうに眺めているのだ。里美スバルが止めてくれなければいつまでも終わらなかっただろう。
揉みくちゃにされた僕はその後、少し休憩すると告げて集団を離れた。
壁際に設えられた椅子に向かうと見せかけて、何処かの壁際にいるであろう達也を探す。
さりげなく視線を巡らせると、テーブル近くの一角にその姿を見つけた。
傍らにはエリカともう一人、ウェイター風の衣装に身を包んだ男子がいて、これ幸いと三人へ歩み寄る。
「会場の端で従業員相手に何をしているのかと思えば、相手は千葉さんだったのか」
言いつつ近付くと、三人が銘々に振り向いた。
「森崎か」
「ハァイ、森崎くん」
「こんばんは。千葉さんは随分と瀟洒な装いだな」
「あ、わかる? 可愛いでしょ、この服」
エリカがその場でクルッと回って見せる。純白のエプロンの下で黒いワンピースのスカートがふわりと広がり、スレンダーなエリカの魅力を引き立てていた。
「よく似合っていると思う。――となると、彼も一高の?」
エリカへ賛辞を贈った後、もう一人の男子へ視線を送る。
それだけで、達也が進み出て仲介役を務めてくれた。
「ああ。紹介しよう。彼は――」
「いや。自分で言うからいいよ」
彼は達也の言葉を遮ると、姿勢を正してまっすぐに目を見てきた。
「初めまして。僕は1―Eの
「1―Aの森崎駿だ。吉田というと、期末の理論成績で学年3位だったあの?」
言うと、幹比古は苦い顔で頷いた。
「確かにそうだけど、理論だけ良くても意味はない。実技ができる君が羨ましいよ」
自嘲するように言う幹比古。
表情は苦笑いながら、瞳の奥に仄暗い炎が灯っているようだった。
幹比古の生家は古式魔法の大家『吉田家』だ。現代魔法が確立される前から魔法を伝えてきた由緒正しい家系で、中でも幹比古は『神童』と謳われた天才だった。
しかし、ある日行った儀式が失敗し、後遺症で魔法の感覚を狂わされてしまったのだ。以来、上手く魔法が使えなくなった彼は自信を喪失し、二科生として第一高校へ入学した。
幹比古は失った(と思っている)魔法力を補うため、現代魔法やCADを含めた様々な分野に亘って勉強し、知識を蓄えている。
その結果が理論学年3位という好成績に現れているのだが、本人としてはあくまで実技に拘っているらしい。
「知識こそ努力が如実に表れる部分だと思うんだが、この話は今は置いておこう。ともかく、よろしく」
「……確かに、そんな話をする場でもないか。こちらこそ、よろしく」
差し出された手を握る。
細身の身体付きにしてはしっかりと握られ、見た目通りの体力ではないことがわかる。今日は僕の方が参っている分、余計にそう感じられた。
「それはそうと、聞いたわよ。バスで無茶して雫のお世話になったんですって?」
幹比古との握手を終えると、待っていたとばかりにエリカが意地の悪い笑みで訊ねてきた。もう何度目かわからない話題に、すっかり言い慣れた台詞を返す。
「サイオン消費の酷い魔法を使ってへたばってね。お陰で随分と癒されたよ」
「ふーん。否定はしないのね」
顔色一つ変えずに言ったからか、エリカは少々つまらなそうに唇を尖らせた。
エリカからすれば動揺する姿を見たかったのだろうが、生憎と散々弄られた後だ。期待には添えないな。
「
ふと、達也がヤレヤレとでも言いたげな表情でそう言った。
そこに打算は見受けられず、思わず唖然としてしまう。
けれどそれが彼なりの案じ方なのだと思い至り、口角が持ち上がった。
「ああ。忠告として受け取っておく」
達也は微妙な顔で頭を捻っていたが、やがて「まあいいか」と呟いた。
ちょうどその時、不意に後ろから声を掛けられた。
「森崎、ちょっといいか」
振り返ると、渡辺委員長がグラスを両手に持って立っていた。
何やら底冷えのする笑みを浮かべていて、悪寒が背中を走る。無性に逃げたくなり、けれど目の前まで詰め寄られた時点で委員長から逃げ果せることなどできるはずもなかった。
「なんでしょうか」
潔く訊ねると、委員長は唇の端を持ち上げる。
「なに、第三高校への挨拶に付き合ってもらおうと思ってな」
表情と口調と断片的な発言の時点で、もうすでにお断りしたいと思った。
第三高校といえば、原作でもお馴染みの九校戦における一高のライバル校だ。
尚武の校風を掲げた実力主義の学校で、実戦的な魔法の訓練を重視する傾向から特に九校戦においては一高と並ぶ優勝候補として毎年話題に挙がる学校でもある。
渡辺委員長は七草会長や十文字会頭と並ぶ三巨頭の一人。過去の九校戦は二度とも出場してきたのだろうし、三高とも何度も渡り合ってきたはずだ。
幾度となく競ってきた相手となれば、懇親会で『挨拶』に行くこともあるだろう。そこへ新人戦に出場する後輩を連れていき、同じく新人戦に出場する相手選手と火花を散らさせる。好戦的な委員長が考えそうなことだ。
人選としても納得できてしまうのがなんともまた。風紀委員に所属する一年生は僕と達也の二人だけで、達也は新人戦には出場しない(ことになっている)から、僕がお供に選ばれるのは当然の成り行きというわけだ。
「……わかりました。お供します」
ため息を吐きたくなる衝動を堪え、表情を変えずに腰を折る。ここで嫌な顔をしたところで委員長は面白がるだけだしな。
達也たち三人には手を挙げて別れを告げ、渡辺委員長と共に会場の中心へと繰り出した。
人の間を縫って歩き、やがて第三高校のメンバーが揃った場所へとたどり着いた。
ワインレッドの制服に身を包んだ集団が一斉にこちらへ視線を送ってくる。
探るようなものから敵意を宿したものまで、方向性は違えどポジティブな色はほとんどない。ずっとこんな視線に晒されようものなら、それだけで疲れてしまいそうだ。
一方で、委員長はそんな視線もお構いなしに三高の三年生らしき女子集団へ近付いていく。見知った顔を見つけたのか、その中の一人へ声を掛けた。
相手は天災にでも遭ったかのように頬を引き攣らせていたが、委員長はそれに構うことなく話をし始めた。
こうなると必然、僕は一人で三高生集団の中に取り残される形になる。
十中八九、委員長はこうなることを予期してわざとやったのだろう。圧倒的アウェーなこの場で、それでも堂々としてみせろとでも言いたいのか。或いは探りの一つでも入れてみればいいのだろうか。
どうしたものかと考えながら、手を後ろで組んだ姿勢を維持する。
すると、集団の中から三人の生徒が歩み出てきた。
藤色の髪のスレンダーな少女。
藍色の髪の小柄な少女。
そしてブロンドの髪のシャープな印象の少女。
三人は揃って女子生徒で、三人ともが一筋縄ではいかなそうな雰囲気を纏っていた。
魔法師として優秀な血筋の者は容姿に優れる傾向があり、そういう意味では三人が三人とも血に優れた容姿の持ち主だった。
特に中心に立つブロンドの女子は容姿もさることながら、立ち姿に気品があり、眼差しにも自信が溢れていた。
三人は僕の前まで来て立ち止まると、例のブロンドの少女が一歩進み出てきた。
「私は第三高校一年、
危うく驚愕を漏らすところだった。
それほどまでに、彼女の名乗った『一色』という家名に衝撃を受けていた。
更に名乗りは続く。
「同じく
今度こそ、息を呑んだ。
師補十八家の『一色』に加え、『
原作だけでは知り得なかった三高戦力の充実ぶりに、戦慄せざるを得なかった。