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ゆう
【番外編】インゲボルグくんといろいろ! - ゆうの小説 - pixiv
【番外編】インゲボルグくんといろいろ! - ゆうの小説 - pixiv
35,673文字
【番外編】インゲボルグくんといろいろ!
002
2024年4月16日 19:59


叔父さんなう!

 とある平々凡々、地獄のような練習がブルーロックで行われている日常の一部。俺はとっても髪が長いオシャくんと出会った。
 そこで、彼はこう言った。

「非常にオシャだ。」
「ほんとぉ?俺オシャ?」

 そりゃ俺はオシャさ。なんてったって俺の超優秀な秘書であるローゼがすべてやってくれるからね、どれだけグショグショでヘロヘロな状態でもローゼなら完璧に仕上げてくれる。服も彼女が選んでくれたやつさ!あくまでローゼが自主的にやってくれてるだけで俺の生活能力がゼロなわけじゃないよ!

「ああ…この俺が、お前をオシャと認めよう。」
「嬉しい!ありがとう!でも、俺じゃなくてローゼのセンスがいいんだよ。」
「お前のやり口、俺は気に入った。まさに神の御業。俺は俺自身で輝きオシャであることができるが、お前は周りをオシャにした上で、そのさらに上から圧倒的なオシャを発揮できる。悔しいが俺にはまだできない。お前はオシャ確定。」
「俺オシャ確定なんだ…。」
「だが!いただけないことが一つある!!」
「なぁに?」

 三秒ごとに手を変え品を変えポーズを変え、究極のオシャを体現していたオシャくんは俺をビシリと指差しこう言った。

「俺の"美"を保持し続けるためのケア用品の種類が!!少ない!!オシャじゃない!!!!」
「っ!!!」

 俺は空気を読んで息を呑んだ。

 U-20戦後、なんでもない休暇中の、そんな出来事。だが俺が自分を問い直すには十分な問答だった。なぜなら、俺はブルーロックのために何もしていないから。
 俺は一応PIFA会長であり、過大評価はされているものの金銭面にだけは強い自信があった。給料が馬鹿みたいに高いから賄賂とか受け取らないし、真面目に寄付とかするし、変な買い物はローゼが止めてくれるし。ちゃんと俺はサッカーと俺のスイーツのためにお金を使うようにしていたのだ。

 それなのに、もし俺がブルーロックのためにお金を使わないとなればどうだろう。U-20戦の時俺はちょっとでも売り上げに貢献しようとコーラをたくさん飲んで腹を下した。役立たずである。なんてこったい。今の俺、ブルーロックでゴロゴロのんびりしているだけのただの穀潰しじゃん!
 はたしてこんな気持ちを抱えたままそろそろやると噂の次のプロジェクトに、俺は突っ込んでいいのか?答えは否!なんかしよう!!

「ねぇねぇ不審者さん、金銭面の支援って…」
「手を出すなこのクソ君主」
「ガイドさーん、俺何か手伝うこと…」
「大丈夫ですなにもないですそこから動かないでください」
「もしもしブラツタさ…え、今忙しい?すごく忙しい?そっか、電話かけてごめんね。」
「ろーぜぇ…?」
「連盟のお仕事であれば、山のように」

 フラれた。フラれまくった。悲しい。連盟の仕事なんてやりたくない。

「どうしたもんかなぁ」
「どうしようもねぇよ」
「そんなことないよ。俺だってブルーロックの役に立てるさ。」
「ふは、無理無理」
「インゲボルグ様、昼食を…!?!?」
「あ、ありがとローゼ」
「おいオレの分は?」
「半分こする?」
「いらねー」

 ぺし、と軽く頭を叩かれ俺は拗ねながらサイコロステーキにフォークをブッ刺した。

「インゲボルグ様の頭を叩かないでください!!それだけはダメです!!他のところならいくらでも叩いてもいいので、カルロリヒ様!!!」
「いくらでもってこたぁねえだろ。ローゼちゃん。」
「いくらでもってことはないよローゼ。叔父さんブロッコリーいる?」
「いらん」

 叔父さんは顔を顰めて俺を突き放した。ブロッコリー…大分苦手克服したけどやっぱり嫌いなものは嫌いなんだよね。食感がマジきもい。

 なぜ俺の叔父さん、カルロリヒ叔父さんがこんなところにいるか?話は簡単。叔父さんは今アメリカにセフ…恋人がいない。彼は恋人全国家踏破を目指している生粋のクズであり女たらしのヒモ男。直で行けよ、とは思うが叔父さんは一度日本を経由してアメリカに行く方を選んだ。しかしそこは欲望多き国、ニッポン。彼はフラッと立ち寄ったパチンコにハマってしまった。あの謎だらけの三店方式を爆速で理解し、1パチよりハイリスクハイリターンの4パチを選び、最初は勝ったものの最後は見事に大敗。夜を彩る負け犬の一人になった。

 で、頑張って俺がいるブルーロックに辿り着き恥も外聞もない駄々捏ねをしようとしたので俺が部屋に入れたのだ。

「言語体系が全く違うのに、よくもまぁそんなことするね?ここに俺がいなかったらどうしてたの?馬鹿なの?」
「うるせぇ!姉さんと同じ顔で正論を言うな!」
「はいはい、で?この国に叔父さんを泊めてくれそうな人は?」
「いたんだがよぉ…なんか、たまたま他の女といたところに鉢合わせしてぶっ叩かれてそのまま外にほっぽり出された。まだ冬だぜ?信じられるか?」
「叔父さん日本語喋れるの?」
「おう、喋れるぜ。練習したからな。『愛してる』と『金がない』と『泊めてくれ』だけ。」

 俺とローゼは顔を見合わせ、そして叔父さんを見た。不幸なことに叔父さんは顔だけはいい。めちゃくちゃ胡散臭くはあるが、俺よりも長い黒髪をハーフアップにして、うっすら笑みが浮かんだ口元と甘ったるい垂れ目の奥から紫色の瞳をギラギラ輝かせているその姿はどこぞのモデルと言われても納得するだろう。まぁこの人の姉で俺の母はトップモデルなんだし、叔父さんがブサイクなわけないんだけど。

 にしてもクズすぎでは?

「それじゃ…とりあえず、叔父さんがここにいていいか不審者さんに聞いてみようか。ローゼ、ここで待っててくれる?」




「ダメに決まってんだろ」
「おい!なんだこの不審者は!!お前こんなのと一つ屋根の下かよ!!終わってんな!!」
「ねぇ叔父さんほんと黙って。あのね、この人は俺の叔父さんで悪い人じゃないんだよ。うん、迷惑かけないから….ちゃんとお世話するから…。」
「拾ったところに捨ててこい。ウチの檻は選手用だ。」

 どうしよう、ダメっぽい。助けてローゼ。いや!俺はローゼに頼りすぎだ!頑張って一人でも解決してみよう!

「待って待って不審者さん!俺考えたんだけどさ、ほら、ブルーロックって人手足りてないでしょ?そうだよね?彼女すっごく大変そうだったし。どう?うちの叔父さん使ってみない?働くよ?」
「は?オレ働きたくな、ヴッ」

 耳に紫色のイヤホンをつけ、ムッツリと拗ねた叔父さんに俺は肘鉄を喰らわせた。彼の細長い体がくの字に折れ曲がる。俺は無視した。

「お前がソレを言うのか?お前がここにいるせいでどんだけ儲かっても全部強化費用行きだ。人件費なんぞに回すぐらいならブルーロックマンだのなんだのをアップグレードした方がいい…って、まぁ会長様にとっちゃどうでもいいか。」
「お前めっちゃ嫌われてるじゃん」
「ねー。ま!それなら好都合でしょ?ほらほら、宿とご飯さえ保障してくれれば叔父さんは無限に働くよ!」
「は?オレロボットじゃな、ヴッ」
「はぁ…じゃあ三日様子を見てやる。」
「やったーー!!!」

 両手をあげて喜ぶと俺に叔父さんと不審者さんは揃って冷え切った目を向けた。ノリが悪いったらありゃしない。


 わくわく!俺と叔父さんのブルーロック雑用物語!
 そんな思いを抱えて俺は彼とツーショットを撮って『叔父さんなう!』とネットの海に放流した。ふんふん、俺も慣れてきたね。まだまだ若いもんには負けんぞ。

「なんだこのツナギ」
「はいガイドさん質問です!俺たちは何をすればいいんですか!」

 今この場にいるのは四人。俺、叔父さん、ローゼ、ガイドさんである。男性陣は深い青色の無機質なツナギに身を包み、女性陣はそんな俺たちを見て何故か顔を両手で覆い何かに絶望していた。

「私、私…あのインゲボルグ・フォン・ファーレンハイト様に、なにを…」
「俺が君の上司なことは気にしないでほしいな。俺だってブルーロックのために何かしたいって思いはあるんだよ?」
「インゲボルグ様、せめて、せめてそのラバーカップは手放していただけませんか?」
「なんでさ!トイレが詰まってるかもしれないじゃん!!」
「そーだそーだ。トイレ担当お前な。」
「え、叔父さんもやってくれるよね?」
「……おぉーーー……マジか…トイレか…」

 やる気いっぱいでガイドさんの指示を仰ぐ俺に、何故か手で顔を覆う人の数は三人になった。

「この場所ガイドさんとローゼ以外に女性がいないからきっと男子トイレ汚れてるよ。一緒に頑張ろう叔父さん!」
「ウワ、クソみてェな環境だな。まぁ二人とも美人だからいいか。」
「それじゃぁ…トイレはこちらになります…」

 と、いうわけで最初の掃除場所はトイレ!人間である以上どうしても使う場所の一つだ。ブルーロックのトイレはかなり綺麗で機能性重視な感じだがどこか汚れてるかもしれない!今までメイドさんがやってくれてたから久しぶりの掃除だ!よぉし、頑張るぞー!
 完全に萎えた様子でぶらぶらモップを揺らす叔父さんを引っ張りつつ俺は手早く指示を出した。

「叔父さんは奥から!俺は手前からやるね!終わったら洗面台やろう!」
「うーい」
「あ、ここトイレットペーパー切れてる。ロリおじー、そっちある?」
「テメェ次その略し方したら便器に頭突っ込むからな。あるぞ。」
「ありがとー」
「あー…清掃員さん、使っても…」

 人だ!そうだ、俺『清掃中』の看板出すの忘れちゃった!次から気をつけないと…とりあえず、後ろから聞こえた声に飛び退いてすぐに場所を譲った。俺が心を込めて綺麗にしたトイレを使ってくれそうな人第一号!気持ちよく使ってもらうためにも俺はとりあえず叔父さんの方へと走って行った。

「どうぞどうぞ!俺どくね!」
「………………は???」
「ちょっと何してんの叔父さん。トイレでマッチングアプリ使うのやめてよ。」
「チッ、バレたか…」
「な、何やってんだお前ェ!!!!!」
「「うるさ」」

 肩あたりまで伸びた紫色の髪の毛、紫色の目。叔父さんがピク、と顔を動かすのがわかった。扉の前に立っている整った顔立ちをした年下の青年に俺は首を傾けた。俺、この子とどこかで会ったことあるかも。でもどこだろ?日本の子と接点なんて無いと思ってたけど…。

「何してんだって…見ての通りトイレ掃除。」
「は?いや、は??あ、ん"んっ、ゴホン、お久しぶりですインゲボルグ・フォン・ファーレンハイト殿。覚えておいでですか?何度かお会いしましたよね、御影家の長男、御影玲王です。」

 咄嗟に他言語に切り替えることができたあたり、多分彼はすごく優秀な子だ。みかげ、ミカゲ…ハッ!!超絶手広い仕事ぶりで有名な、あの御影コーポレーション!!!た、たしかにイギリスの夜会で会ったような気がしないでもない…!俺の記憶力がクソザコナメクジすぎて思い出せなかった!不覚!すみませんパパママ!俺に人脈作りは無理です!

「久しぶり御影くん!君もここにいたんだね!サッカーやってたの?知らなかったなぁ!」
「っ」
「あんま苛めんなクソガキ」
「いじめてなんかないよ」

 何言ってるんだろう叔父さん。ただの世間話のどこがいじめに見えたっていうの?

「相変わらずなようで…ブルーロックにいると知った時からずっとご挨拶がしたいと思っていました。こんな形でお会いできるとは思いませんでしたが、またお会いできて光栄です。」
「俺もこんな風に再会するとは思わなかったな。でも会えて嬉しいよ御影くん」
「皮肉だアホ。貴族のボンボンがトイレ掃除してるなんて思わねぇだろ。」
「そちらの方は…カルロリヒ・シュレヒト殿ですね。お久しぶりです。」
「うーげ覚えてやがるこのガキ」
「俺、一度会った人間は忘れないので。」

 凄いな…俺と対極の存在だ…。おかしい、同じVIPの長男なはずなのにこんなに人格形成が変わるものなのか?なぜぇ?
 ささ、と俺を後ろに追いやった叔父さんは立派に胸を張って御影くんに舌を出した。

「見ての通りオレたち仕事中なワケ。トイレ済ませたらとっとと出てけよ。」
「インゲボルグさん、一年ほど前にお話しした御影コーポレーションの最新鋭技術を応用した新しいスタジアムの構想、考えてくれました?それから試合中の広告としてウチの商品の宣伝をするという約束も、」
「だから!出すもん出したら出てけってオレは言ってんだよ!!!」

 そ、そんな話したっけ…。でも、ここで俺が知らなーい、わかんなーいなんて言おうもんならまた俺の人脈作りは失敗する。父様はいつもコネは大事だよーとかなんとか言ってるのに!

「う、うんうん大丈夫考えてるよ。特にその…広告なんかはさ、近いうちに大々的にやろうかなーなんて、ね。」

 広告なら俺の権力でわりとどうにかなりそうだし…あれ、これ不正かな!?癒着だったりして!!大丈夫!?

「えっ!ほんとですか!?」
「あ、うん…多分?」
「黙ってろ甥っ子ォ!!」
「叔父さんこそ黙ってよ!!ほら!!母様そっくりの俺の顔だよ!!」
「チッ…」
「ありがとうございますインゲボルグさん!!言質は取りましたから!!」
「なぁコイツもしかしてオレのこと見えてないのか?」
「ただ、」
「おい、見えてるか?見えてないな?」

 御影くんは好青年然として柔らかな笑みを浮かべて俺を見た。アレだ。なんかこう、ちょっと貼り付けた感じの嫌な笑み。そのままふらふらと伸びてきた彼の右手を叔父さんは反射で掴み取った。

「なんだ、お前」
「いえ、次は御影とファーレンハイトではなく、玲王とインゲボルグでお話ししたいなと思って。」
「保護者を通せよガキンチョ。いくらお前が年上のおにーちゃんに懐いてんのを知っててもな、甥を商売の道具に使われんのは腹立つ。」
「まぁまぁ叔父さん、少なくともトイレでする話じゃないから。だよね御影くん。」
「……そうですね。」

 そんなこんなで一悶着あったが、彼はちゃんと納得して足早に出ていった。家のこととか利益とか人脈とか…多分彼は俺の数倍、いや数十倍はしっかり考えてる人だ。俺もちゃんと見習って生きていかないと。今度講習会とか開いてくれないかな?金持ち一家長男による金持ち一家長男のための世渡り方法講習会とか。

「はぁ゛ー…」
「なに、どしたの?」

 俺は天井を向く叔父さんに目を向けた。ツナギでもイケメンなあたりちょっとイラッとこないでもない。まぁ俺も同じ血引いてるから!俺もイケメンだから!これでシスコンと女たらしを拗らせてなければもっといい人なんです、信じてくれないかもしれないですが。

「オレは大っ嫌いだけど、お前、サッカー好きじゃん。」
「?」

 え?何言ってんの叔父さん?俺別にサッカー好きでもなんでもないよ?ただノリと惰性でトップやってるだけだよ?
 あまりに別方向からの衝撃に、俺は一瞬言葉を失くした。その間も叔父さんの独り言ともつかない何かは進む。

「別に、素直に楽しめばいいじゃねえかよ。策謀も謀略も政治もやらずに。利用したり利用されたり、しんどくね?そりゃお前は天才だけどたまにはなぁ…もうちょいガキっぽいことすりゃいいのに。どいつもこいつもお前を巻き込むんだよな、めんどくせぇ。」
「そうでもないよ、俺、しんどいなんて思ったこと…ないとも言えないけど、自由にやらせてもらってるし。」
「あ、そ。」

 叔父さんはものすご〜く不快そうな顔をして俺の柔らかい髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。叔父さんはいつまで経っても俺を十二歳の子供だと思ってる節がある気がする。

「叔父さん…」
「あ?」
「次俺の頭をそのトイレ掃除した手で撫でたら怒…ちょっと!!こっち来ないで!!ニヤニヤしながらこっち来ないで!!!」



 ブルーロック中のトイレを長い時間かけて掃除したあとは、お風呂に入って体を綺麗にしてからガイドさんに呼ばれるまま食堂裏に来た。

「本当に本当にすみません!!」
「いいよいいよ!やりたくてやってるからね!そうだよね、叔父さん!」
「いややりたくはねぇ。美人が呼んだから来ただけ。」
「カス。ごめんねガイドさん、無視していいよ。それで…俺たちは料理をすればいいの?俺結構不器用な方だよ。大丈夫?」
「ええ、はい、あのー…ローゼさんはいらっしゃらないんでしょうか?」

 俺は慌てて手を振った。彼女は料理下手だ。それもとびっきりの。ローゼとガイドさんはこの場所で数少ない女性、しかも優秀なシゴデキお姉さんということもあってよく一緒に仕事の話をしているところを見かける。そんな彼女にとってローゼは仕事同様に料理もできるものだと思っていたんだろう。

「いないよ!ローゼは、そのー、下手なんだよね…料理…うん。本人も気にしてるみたいだから…。」
「えっ」
「ど下手くそだぞ。あんなパイ食ったことねぇ。どこ出身だろうな?イギリス?」

 一生懸命になりながら錬成した黒いクッキーの作者であるローゼを思い出す。死ぬ気で三つ食べたがそこから先の記憶は曖昧だ。多分気絶した。

「ローゼは生まれも育ちもスイスだよ…大学はイギリスらしいけど。さ!料理作ろうか!何をどれだけ作ればいいの?」
「あらかじめメニューは決まっています。作る量も。毎日同じなので。メニュー表はこちら、量はここに記載されてます。」
「わぁお男子高校生。」
「うげ、作んの?こんだけ?」
「基本的にご飯や味噌汁、簡単なおかず類は既製品を使うので盛り付けるだけでもかなり助かりますね…。」
「わかった!頑張ろう叔父さん!」

 しゃもじとおわんを伴い、俺は強い意志を持って語りかけた。やるぞ!俺が思春期の男の子達に美味しいご飯を届けるんだ!

「おい」
「はい」
「コイツ上司だよな?」
「トップオブ上司ですね。」
「止めろよ」
「私が連盟に入った時に誓わされたのは、どれだけ会長が突飛な行いをしても絶対に疑問に思わないということです。なので止めません。」
「狂信者どもが…」
「あ!ダメだよ叔父さん、ガイドさんを口説いちゃダメ!」

 なにか隅の方でヒソヒソ話している二人に俺は急いで近寄った。叔父さんはすぐ女性を口説く。ラテン生まれか?とばかりに口説く。目を離した隙に見知らぬ女性とカフェでお茶していた、なんてのも日常茶飯事だ。別に俺に害は無いので基本放置だがガイドさんとなれば話は違う。彼女は部下だ!

「口説かねぇよ、オレは決めてんだ。」
「何を?」
「お前の関係者には手を出さねぇ。」

 ここで彼はチラリ、とガイドさんに視線をやった。

「明日無事な女かわからんからな。」
「ひっ」
「驚かさないであげてくれる?その言い方じゃまるで俺が無差別殺人者じゃん。ほら、料理の支度しよ?」
「へいへい」


 わりとみんな好きな時間に来るんだなぁ。 
 受け取り口の隙間からぱらぱらと人のいる食堂の中を見る。あまりにも男子高校生って感じの子もいれば、うーん…男子高校生?って感じの子もいる。青春だね。

「お、イサギくんが俺の盛り付けしたご飯食べた。」
「おいおい、それ絶対言ってやるな。オレ変なことに巻き込まれたくねぇぜ?」
「え!なんかめっちゃ可愛い子がいる!!赤い髪の長髪の子!!」
「なに!?!?!?」
「まぁ男の子だけど。」
「クソが…!」
「叔父さん何しに来たの?」
「少なくとも雑用ではないはずだった。」
「そ。人生ってままならないし。」

 やわやわと話しているのが悪かった。俺は右手を受け取り口の側に置いていて、そこから手がにゅっと生えてくるなんて夢にも思わなかったのだ。

 いや、普通思わないでしょ。

「あ、いた。誰?」
「!?!?!」
「ア!?ンだコイツ!!!」
「な、ちょ、え、我牙丸くん!?!?」
「えー…なに?」

 右手を掴まれたまま一周回って冷静になった俺、焦る叔父さんとガイドさん、めっちゃ手が長い、が、ガガマル?くん?
 俺は視線を下ろした。何を考えているかわからない深淵の瞳がパッチリと受け取り口から俺を見上げている。うーん、It?それが見えたら終わりなのかな?やめてよ、人間が怖い系のホラーは苦手なんだ。

「どしたの?君誰?」
「なんかー、いつもと匂い?みたいなのが違ったから。」
「ブルーロックってちゃんと野生児もいるんだね。ごめんよ、今日俺とこの叔父さんがヘルプに入ったから匂いは違うかも。」
「フーン、そなんだ。じゃあいいや。」
「ばいばーい」
「ばいばーい」
「…ブルーロック経営も大変なんだなぁ…」
「申し訳ありませんファーレンハイト様!」
「お前は!もうちょっと!危機感を!もて!」
「いたい!叔父さん痛い!マトモな大人みたいなこと言わないでよ!」
「マトモな大人なんだよ!!」
「ギャンブル負けて女に追い出されて十五歳下の甥っ子にお金たかりにくる人がマトモなわけないでしょ!!」
「正論やめろ!!!」

 ぷりぷりする俺と叔父さんのやりとりに途方に暮れるガイドさんをずっとそのままにしておくわけにもいかず、俺は叔父さんを残して先に食堂を出た。怒ってるよの意思表示だ。もうご飯は全部盛り付け終わってたしいいよね!?

「まっ、待ってください!」
「あ、ごめんよ」
「会長も怒るんですね…」
「え?」
「あんなに声を荒げて怒るのを初めて見たので。」
「あぁ、そりゃ俺も人間だからね。」
 
 何故かガイドさんはギョッと目を見開いた。もしかして俺人間じゃないと思われてたのかな?悲しい。

「次は?洗濯とか?」
「は、はい…会長は何かやりたいことはないのでしょうか。」
「俺?うーん…クッキー作りたいな。ローゼほどじゃないけど俺も結構不器用で料理下手だし料理の練習しておきたかったんだ。作ったらローゼにもあげるつもり。」
「ファーレンハイト様の料理…商売になりすぎる…」
「えっ?売るの?ダメだよ!俺のチョコチップクッキーだから!」
「いえいえいえ!ただ、設備はお貸ししますので作る際は一言お声掛けください。少しやってみたいことがあるので。」

 もしや俺のチョコチップクッキーが奪われて売られるのかと思ったがどうやら違うみたいだ。俺は部下の自主性を大事にする(丸投げともいう)タイプなので何かチャレンジしたいなら止めずにやらせてあげよう!

「うん!作る時は言うね!にしても大変だなあ…今後は俺もちょくちょく手伝うね。」
「ウッ」
「え?」
「いえすいませんちょっと胃が」
「大丈夫?胃薬飲む?」
「ストックがあるので」
「そか。君も苦労してるんだね。」

 それからは俺もガイドさんも叔父さんものんびり遅めの昼食をとってランドリーに向かった。叔父さんはあとでこっそりプリンをくれたので俺は彼の全てを許した。ぷりんおいしい。

 一度不審者さんがいるはずの管理室から、

「どこに!!トイレ掃除をする!!国際サッカー連盟会長がいるんだよ!!!」

 という渾身の叫びを聞いてからは近寄ってない。叔父さんもちょっかいかけに行ったらダメだよ。アレは細っこいけどお腹を空かせたライオンみたいなもんだからね。

「げぇ、男の服を触んのかよ。」
「我慢して叔父さん!むしろローゼやガイドさんの服を触ろうもんなら叔父さんを警察に突き出すからね。」
「わかってるって」
「俺のもてる全ての力を使って叔父さんを制裁するからね。」
「うい」
「よぉし!頑張ろう!」

 顔の青いガイドさんを横目に俺はせっせとみんなの服やタオルを洗濯機に突っ込んだり、乾いた服を畳んでみたりした。うん、大変。スポドリの補充もしてとてんやわんやだ。いつもこれだけやってるなんてブルーロックは大分カツカツみたい。でも俺の援助はいらないらしいし、あんまり口出しもできないよね。

「ねぇ」
「あれ!さっきの野生児くん!どうしたの?迷った?」
「潔に喋ったらすげぇビックリしてすぐ連れてきてほしいって言うから探してた。」
「ダメだよ、俺見ての通りお仕事中だからさ、君の服も洗濯しなきゃだし。」

 いつのまにかランドリールームの真ん前に立っていた野生児くんは、俺を見て、そして後ろでだらだら仕事をする叔父さんとテキパキ仕事をするガイドさんを見た。

「俺も手伝う?」
「ええっ、ほんと?うーん…でも君ブルーロックの収監者なんだしサッカーの練習の方がいいんじゃない?」

 しばらく彼は首を回しながら考え、納得したのかコクンと頷いてくれた。よかった、目が怖いだけでいい子だ。

「俺潔に怒られるかな。」
「そんなことないよ。野生児くんいい子だし、君の友達とかも助けてくれるって。」
「クマはここにいないぜ?」
「……ク……マ…?」

 ああ、あだ名かな?熊野とか熊田とか、そういう名前の。強そうな子だなぁ。
 野生児くんは振り返らず行ってしまった。まさに野生児。自由人って感じ。

「洗濯物は…あと半分くらいか!終わりが見えてきたね!」

 俺は気合い十分で洗濯物の山を持ち上げた。



─────────────────────────



「アンリちゃん」
「はい」
「伝えた?」

 リピート。キュルキュルと音を立てて巻き戻ったのはトイレ掃除中でのワンシーン。
 そもそもあのインゲボルグ・フォン・ファーレンハイトにトイレ掃除をさせているというだけで頭が痛くなる展開だ。だが問題はその先にあった。

『広告なんかはさ、近いうちに大々的にやろうかなーなんて、ね。』

 へらへらと手を振りながら笑う青年を見て、アンリは息を吐き出すようにして声を絞り出した。

「いいえ」
「ファック」
「…」
「どこから漏れた?ブルロTVの開発はまだどこにも漏らしてないぞ。こんの…あ"ぁーー、またアイツに出し抜かれたか…御影の試作品イヤホン渡した時点で勘付いてたのか?」
「会長に知恵比べで勝負を仕掛けるのは無謀ではないでしょうか?」
「ンなこと百も承知だ。でもなぁ、日本のサッカーがインゲボルグのサッカーに塗りつぶされるよりは遥かにマシ。」

 御影玲王との会話。たった数分にも満たない会話で彼はこちらに釘を刺した。見られていることを知っている上で、次に起こるプロジェクトが一体どのようなものかわかっているぞとばかりに広告の利用をぶち上げた。

「彼との会話のためにわざわざトイレ掃除をしたんでしょうか?」
「さぁな。トイレ掃除がしたかっただけかもしれない。」
「それはないでしょう。…しかし、本当に彼は人間なんでしょうか?」

 人の形をした何か。例えば神の子。例えばバケモノ。少なくとも彼が起こす行動、言動が全て美しく収束していくサマは人離れしているとしか言いようがなかった。

「なぁー…アンリちゃん。」
「はい?」
「これ、何に見える?」
「リンゴです」
「そう、俺のおやつ」
「はぁ」

 ぷらぷら揺れる真っ赤なリンゴ。アンリは何度かそのリンゴと絵心を見た。いったい何の意味があるのか。

「俺やアンリちゃんみたいな凡人は、これを見てリンゴという。で、アイツはこれを見て青森県産の秋に採れた糖度が高いリンゴだという。みたいな違い。」
「…洞察力ですか?」
「うん。観察、推測、情報収集。アイツは人間ができる行為を極限まで高めただけの人間だ。皮のハリ、色艶から産地を当てるみたいに、ポロッと溢れた言葉一つで何が起こるか研究して察する。そんだけ。」
「どちらにせよバケモノじゃないですか…。」
「でも神様じゃない。」

 深海に沈められたような沈黙が落ちた。
 神様じゃない。神様じゃないのだ。今までのことを思い返してみても、正直アンリの上司であるインゲボルグは神様としか思えない。だが彼は二十一歳の男の子なのである。

「俺達が証明できたのは今のところここまで。」
「そうですね、日本のサッカー界が総力をあげて二十を数えたばかりの少年に必死に抗ってる真っ最中ですけど。不乱蔦会長があそこまで懸命に仕事に励む様子は初めて見ました。」
「そーですね。だけどアイツは神様じゃないから。」

 絵心は何度も何度も繰り返しとある命題を頭の中に思い浮かべていた。

 絶対君主は人間だ。それでもなお今のサッカーは、誰も抵抗すらできずあの男に支配されている。ならばインゲボルグに興味を持たせ、研究し、できるだけ長くこのブルーロック留めて行動パターンを知ればいい。

「そーゆー意味ではこの叔父さんとやらには感謝だな。インゲボルグについて知れる。」
「なぜそこまでして?」

 なぜ?なぜか。簡単だ。

 背もたれに体重を預け、天井を見た。インゲボルグはなんとしてもこのブルーロックに閉じ込めておかねばならない。なぜなら、

「俺の目標は日本のW杯制覇。日本が新しいサッカーを作る。そのためには、インゲボルグが作ったサッカーをぶち壊さなきゃいけない。サッカーに人生を捧げたコイツをブッ殺すんだよ。人間なら殺せるだろ?」
「大人げない…」
「どこにコイツがガキだと思ってる奴がいるって?」

 ピロン、と音が鳴った。同時にアンリのポケットに入っていたスマホが音を抑えて振動する。二人は同時にスマホを開いた。

「……少なくとも一人いましたね。」
「はぁ…収監者にスマホは渡すな。あとマスコミが来ても追い返しといて。」
「わかりました。」





─────────────────────────



 オレは捻くれているという自覚がある。嫌いなものが多いもんで。

 シンデレラストーリー、ってヤツ。そこまで裕福でもない母子家庭で姉とオレは助け合って生きていた。母親が死んでからはより一層。オレは優しい姉が好きだった。大切だった。守って守られて暮らしていた。だが大金持ちのファーレンハイトのクソ男は、たまたま目に入ったモデル雑誌の表紙の隅にポツンといた姉に一目惚れし、そのまま二人は呆気なく恋に落ちた。恋ってのはすごいもんだ。姉はグングン綺麗になって光り輝くスポットライトを浴び(多分あの男の圧力もあったんだろう)、後には暗いところに一人ぼっちのオレだけ取り残された。

「男の子よ」
「あ、そ。おめでとう姉さん。跡取りだな。」
「えぇ、名前は…夫が決めたの。インゲボルグよ。」
「女につける名前じゃねえか。」
「男の子にも使えるわ。」

 世界で一番嫌いな男の血を引く甥っ子は、世界で一番大切な人の腕の中で眠っていた。すやすやと、何も知らずに。

「聖書から取ったらしいの。百合の花が意味なんですって。私、学がないから知らなかったわ。とっても素敵じゃない?」

 さぞや大切にされているのか、姉の周りはいろいろなベビー用品やファーレンハイト印のマタニティグッズが置かれている。そばにはベルも。鳴らせばすぐ誰か来るんだろう。

「ちげぇだろ、そうじゃない。」
「…そうね。でもこの子にはそれが最後にしたいの。」
「家を背負うのは?はは、無理無理。ファーレンハイトに生まれたからには、無理。」

 ファーレンハイト家の家紋なんて、スイスの人間なら誰でも知ってる。百合だ。赤い百合が蔦に絡まった悪趣味なシンボル。姉の結婚でカルロリヒの嫌いな花は今のところぶっちぎりで百合。
 要するに、この哀れなガキは生まれた瞬間からファーレンハイトという消えない呪いが刻み込まれた。カワイソウなことだ。

「名前と家柄はどうにもできないけど…生き方は私たちが縛りたくはないの!お義父様はきっと反対するでしょうけど、私と夫はこの子がやりたいと思ったことをやらせてあげるつもりよ!もし家を出たいと言っても反対しないわ!嘘!寂しい!」
「へーへー、で、アイツは?」
「ダーリンならこの子が生まれたのが嬉しすぎて気絶したわ。」
「一生覚めなけりゃいいのに…」
「うふふ。それにね、百合の花って私好きよ。花言葉は『純粋』『無垢』『威厳』。この子がそれに相応しい子になるといいわよね!それにね、聖母マリア様のアトリビュートでもあるのよ?この子にはマリア様がついてるの!」

 姉さんの屈託のない笑顔にオレは黙り込むしかなかった。今なら言える。この名前は呪いは呪いでも最低最悪に分類される呪いだ。アイツはそりゃもう名前にピッタリのヤツに育ったさ。純粋に踏み躙って、無垢に愛して、威厳そのものになった甥っ子。神様にキスされたとしか思えない天才っぷり。あー腹立つ。しかも姉さん似。せめてあの男似であれば無視もできたものを。

それなのに、

 あまりにも無邪気に笑うものだから。

 あまりにも無邪気に懐くものだから。

 可愛がってやらなくもねぇな、なんてガラにもないことを思ってしまったのだ。

 どれだけ天才であったとしても、オレの甥っ子は人間である。からかえば怒るし、甘いものをやれば喜ぶ。バカっぽく。

 せめて本当にバカであればよかった。さっさと国際サッカー連盟会長という座から引き摺り下ろされちまえば。あるいは、世渡りやおべっかが天才的とか、そういう違う才能があれば。だが不幸なことにオレの甥は異様に頭が良い少年だった。サッカーが好きなだけの少年だった。
 甥はサッカーに手を出す全てを叩き潰し、サッカーに生きる全てに満遍なく目を配り、サッカーに相応しいと思ったものだけを育てあげた。
 あぁ誰しもが黙るしかない才能だ。クソジジイの後継者である甥っ子への悪意は驚異に変わり、その感情は次第に分割された。未知への恐怖や嫌悪。盲信的な崇拝。興味、憧憬。エトセトラエトセトラ。
 不幸なことにアイツの両親はそういう人間じみた感情にとんと疎く、どれだけ息子が人外じみた扱いをされても、ああうちの子は凄いんだ。とそう喜ぶことしかしなかった。姉さんもあの男も人の善性を信じきっているから。

『インゲボルグは神様だ』

 オレの甥は、いつのまにか人間ではなくなっていた。

「違う」

 違う、違う、違う。勝手にオレの甥を神様にするな。勝手に祀りあげるな。子供だ。ガキなんだよ。そんな感情向けられてマトモに育つわけないだろ。姉さんになんて謝ればいい。また黙って家族を奪われろってのか、クソが。
 どれだけ頭抜けた天才だったとしても、十二の頃から悪意と謀略と政治のど真ん中に放り込まれて、それでもサッカーを愛して、サッカーを守るだけの力があってしまったがゆえにオレの甥っ子は一生それに囚われる。

 ジジイの膝の上に座ってサッカーを見ている甥っ子を見かけたことがある。飾り棚の上にあるトロフィーのレプリカがなんなのか楽しそうに問いかけていたことも。そうだ、あの御影の息子。一度か二度会った時だって、アイツらはサッカーの話ばかりしていた。

 サッカーが好きなだけの頭のいい男の子を、オレたちみんなでよってたかってバケモノにした。

 嫌いだ。

 オレは赤百合の花とサッカーが大嫌いだ。




「おい、寝たのか?」

 ぶす、と指を柔らかな白い頬に突き刺す。いつもなら文句の一つも飛んでくるはずが甥っ子は何やらムニャムニャ言った後動かなくなった。

 気分がいい。なにせあのファーレンハイトを象徴する赤い目を見なくて済む。寝てるだけなら姉さんそっくりだ。
 鼻歌を歌いながら、甥っ子のスマホを取り出す。顔認証。眠る甥っ子の顔を写してやれば一秒もかからずロックは開いた。パスコードにした方がいいんじゃねえのか。

 パシャリ、と一枚。クソガキなコイツを保護者に黙って大人にしたサッカー界にちょっとした意趣返しをしてやろう。

「ざまーみやがれ」


 その日、唐突にインゲボルグ・フォン・ファーレンハイトのアカウントに一枚の写真がアップされた。それ自体は大したことじゃない。彼はよくその内容は置いておいて、のんびりとした日常を投稿することが多い。
 だが今回は少し違った。
 珍しいことに寝顔である。しかも、完全に本人が撮ったとは思えない画角の。

 絵心甚八はこの時点でこれから先起こることを察知してスマホの電源を落とした。現実逃避である。ブルーロックの危機管理を問われたところで絵心の責任ではないため。

 真っ白のシーツの上に溺れるようにしてあどけない顔で眠るインゲボルグと、散らばり放題のお菓子。長い間掴まれていたのかインゲボルグの体の側に置かれた誰のものとも知れぬ腕の裾はくしゃくしゃに皺が寄っていた。
 そんな写真に添えられたメッセージは一言。

『こんなガキに必死になっちゃってw』

 完全に威嚇であった。



「何してるの叔父さん!!!!」
「オレは悪くない」
「朝起きたら!!アカウントが炎上してるんだけど!?!?叔父さん!!!」
「お前パスワードつけろよ」
「開き直らないで!?!?」

 通知がすごい!止まんない!いやいつもわりとこんな感じだけど!俺のスマホがここまで『縁を切れ』のメッセージで埋まったことがかつてあろうか!?老若男女関係なく縁を切れコールが凄い!!

 いやもうほんと縁切ろうかな…。

「ほら…もう…ローゼも怒ってるよ…?」
「なんて怒ってる?」
「ちゃんとロックかけろって」
「お前が悪いジャーン」

 クソ!叔父さんの善性を信じた俺が馬鹿だったんだ…!人は愚か。

「お前さぁ、女とやり取りとかしろよ。ローゼちゃんと姉さんしかいないじゃん。」

 俺は無視した。モテないわけじゃない。決して違う。俺だってイケメンだし。…なんだ?オーラか?オーラがないのか?

「お前、もしかしてED?」
「違う」
「ロリコン?」
「違う」
「…男が好き?」
「違う」
「まぁ、多様性の時代だからな。」
「フォロー入れないでくれる?」

 舐めるなよ。俺の夢は会長を引退してラスベガスで悠々自適に生バニーガールを見ることだぞ。

「あー、どうしよ。一回謝ってから説明しなきゃ。乗っ取りって怖いよね叔父さん。」

 俺はちょっとブルーな気持ちになりながら、ぽちぽち画面を操作して叔父さんがここに来た経緯(嫌がらせでギャンブル大負け甥っ子金たかりカス叔父さんであることも含めて)を説明した後、もちろんあの忌まわしい写真は消して最後に叔父さんとツーショットを撮ってあげ直した。『叔父さんイケメンですね!』という純粋無垢なコメントがあったがゆえに期待に応えたのだ。どう?俺もイケメンでしょ?めちゃくちゃドン引きの顔してるけどイケメンだよね?負けてないよね?

「んもー、一日目でコレぇ?」
「へっへっへっ、お前を困らせるために来た。」
「さいてー、よくな、」

 じゃじゃじゃーん♪

「うるっさ、なんだよ」
「あ、俺の着信音だ」
「意味わかんねぇお前ロック好きなの?」
「別に」
「はぁ?」

 片眉を跳ね上げた叔父さんよりも、俺は画面に気を取られて動けなかった。母様だ。え、母様?
 極限まで腕を伸ばしてスピーカーに設定。その間も曲名すら知らないロックが流れ続けている。叔父さんはなんとなく悟ったのか、顔を水族館の照明に照らされたみたいに青白くして立っていた。

「おい、まさか、」

 ぴ、と電話を取った。

『……もしもし、ギルちゃん?弟はいるかしら?』
「あ、はい……」

 叔父さんが全力で首を横に張っているのが見えた。

「いないです…」
『そう。カルロリヒ?』
「申し訳ございません」

 即負けだった。叔父さんは俺以外誰も見ていないって言うのに何度も頭を下げながら母様と話している。すごい、昔の俺と上司の会話みたい。こういう声のトーンの母様は怖いって身にしみてわかっているのだ。我が家の男勢は全員。

「あの、母様、叔父さんは、いや確かに全部叔父さんが悪いんだけど…」
「黙れクソ甥」
『カルロリヒ、ギルに迷惑かけてるのね?…帰ってきなさい。今。すぐに。』
「はい喜んで!」
「わぁ。健闘を祈る。」

 叔父さんは捨てられた子犬のような目をしながら部屋を出ていった。可哀想に…因果応報だよ…。流石に一文無しのまま出て行かれて死なれるのも困るので旅費だけは渡したが、またパチンコですったりするのかな?そこは彼を信じよう。

 そんなこんなで叔父さんなう!事件は幕を閉じた。叔父さんはドクズだが面倒見はいい、と思う。もし俺が会長やめたーい!なんていうわがままを言って助けてくれるかは別問題だけど。

「叔父さん、またねー!母様によろしくー!」



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女体化なう!

 ロレアスには、女性が権威ある地位につく難しさはわからない。なぜならロレアスは優秀な男性であり、女性ではないから。しかし優秀すぎるというのも考えもので、ロレアスの優秀さやとんとん拍子の出世を羨んだ同僚により陥れられた。疑うことを知らなかった駆け出しの青年はまんまとその罠に落ちることになる。

 祖父にPIFA次期会長の座を与えられた、哀れな十二歳の少女のお守り役。

 それがロレアスの次の仕事であった。

 インゲボルグ・フォン・ファーレンハイト。少し古めかしい名前だ。ロレアスは半ばヤケクソになりながら彼女に会いに行った。どうせ数ヶ月の付き合いである。高い給料と権力を望む幹部に、ロレアスのように陥れられるのがオチ。だが元来の性格が真面目で厳格な家庭により行儀良く躾けられたロレアスは手ぶらで行くことに少し抵抗感があり、ファーレンハイトの屋敷に向かう途中で年頃の女の子が好きそうな薔薇の花を何本か買った。

『薔薇?』

 彼女との初めての会話。
 甘やかされて育った生意気盛りであろうと予想していた少女は予想に反して案外おとなしく、ロレアスの持っていた薔薇の花束を見てコロコロと鈴を転がすように笑ったのだ。

『ロレアスか…じゃあ、ローズを持ってきたから、君は今日からローゼだね!』
『はぁ』

 男につけるにしてはメルヘンすぎるあだ名だが、ロレアスはローゼという新しいあだ名を受け入れた。どうせ短い付き合いだから。
 早く終われ、と願いながら。



 そしてその少女は神になった。


 ロレアスは、ローゼは無神論者である。神はいないし、ありとあらゆる偶然は必然。手を尽くして転がり込んできたものが結局のところ全てなのである。

 インゲボルグはそんなローゼの考えを全てひっくり返した。

『ローゼ、全部偶然なんだよ。』

 困ったような笑顔で、不可思議そうな声で、彼女は足元に散らばる死体を気にもせず玉座に座り続けた。

一年目、彼女はノエル・ノアを連れてきた。
二年目、彼女は組織に蔓延っていた不正資金のやり取りを一掃した。
三年目、彼女は世界選手権で史上最高額の興行収入を記録させた。
四年目、彼女は自身の給料の八割を寄付して世界中の子供達にサッカーボールを与えた。

 次第に彼女に逆らうものは減っていき、その代わりとでも言うように幼すぎる少女を神と崇めるような集団が連盟内で増加した。全て偶然ならばそれは神様の仕業で、全て必然ならばそれはインゲボルグが神であることの証明になってしまう。ローゼの主人はいつのまにか可哀想な老人の孫から誰もが従うべき女帝になっていた。
 彼女が微笑めば天国へ、睨めば地獄へ。それが世界の常識になるのに五年もかからなかったように思う。

 もちろん彼女を憎むものは山のようにいる。不正を見抜かれた元連盟職員、見限られたサッカー選手、取引を打ち切られたスポンサー。世界的に有名なモデルが母で、貴族のファーレンハイト家の貴公子らしく凛々しい顔立ちの父の血を引いたインゲボルグはこれまた整った顔立ちをしている。手を伸ばすものがひっきりなしに現れるように。それらから彼女を守り、彼女の仕事の後始末をするのがローゼの仕事であった。

「インゲボルグ様、貴方は自分が何人殺したかお覚えですか?」
「!?!?、こ、ころし?そんなのやったことないけど…!?」
「はは、そうですか。」

 彼女はこれでいい。自分が轢き潰してきた敵にもならない有象無象なんて、気にかけずにいて当然なのだ。ファーレンハイト家の象徴である赤い瞳を手に入れることができる人など、この世の中にいなくて当然なのだ。

「よしローゼ!」

 ある日インゲボルグはニコニコと朗らかにローゼに向かって語りかけた。頭の中でザッとここ最近の出来事を洗うが彼女の気を引きそうなニュースは無かった。ならば何か始める気なのだろう。

「なんでしょうか。」

 内心を押し隠しながら柔らかく微笑む。それに応えるように、彼女はゆっくりと口を開いた。


「あのね、結婚しない?」





「……………………へっ?」






 俺、インゲボルグ・フォン・ファーレンハイト、二十歳!ファーレンハイト家の一人娘!気軽にギルちゃんって呼ん、でほしくないなぁ。俺一応前世冴えないサラリーマンやってた記憶があるんだけど…。
 そんな俺は今現在ピチピチのラブリーキュートガールとしてとある協会の会長をしている。意味がわからないヨ!え?嘘でしょ?生まれ変わったら男から女になってしかもあれよあれよという間に責任者?

 いくら現実逃避したところで目の前の事実は変わらない。俺は孫溺愛ジジイによって国際サッカー連盟会長にさせられたのだ!しかも性別が変わって女として!!


 一年目、どうせドッキリだろ!とたかを括っていた俺は一向にネタバレの気配が無いことにビビり後継者を探しまくった。結局見つからなかったが。そんなこんなで俺はもうすでに八年近く会長をやっている。俺的には次期会長さえ見つかれば…という感じなのだが、みんな何故か俺のことを過大評価して会長の椅子に縛り付けてくるので俺にはもうどうしようもない。愛想笑いだけは得意な会長として名を馳せてやろう。

 そうなってくると問題がもう一つある。なんと会長問題だけじゃない。これだけで俺が将来禿げることは決まったようなものなのに、驚きだね。
 そんなにも一応天下で名を知られた知謀の持ち主(なにも心当たりがない)である俺を悩ませる問題。

 それすなわち、結!!婚!!

 ある日胸が大きくて美人な母様はこう言った。

『無理に好きでもない名家の方と結婚することはないわ、ギルちゃん。私たちのように愛し合える人を見つけてくれると母様は心の底から嬉しいの。』

 俺は衝撃を受けた。全く意識のなかった結婚という恐ろしい将来。それが生々しい実感を伴って俺の頬をぶん殴った。なにせ、今の俺は女である。子をなし、ファーレンハイト家を継がせるとなれば子を産むのは誰か?俺だ。現在ファーレンハイト家の血筋を受け継いでいるのは誰か?俺だ。俺なのだ。前世男で恋愛対象が女な、俺しかいない!
 優しい母様と父様を困らせたくはない。好きな子いるの?ねぇねぇ好きな子いるの?と頬を突いてきたお茶目な母様をこれ以上失望させたくはない。だが、男とぉ?由々しき事態だ。

 そこで大天才の俺は気がついた。いるではないか!事情を知っていて、優秀で、優しくて、しかも両親とも仲がいいとびっきりのイケメンさん!!



「というわけで私と結婚してほしい、ローゼ」
「まっっってください」
「母様ーー!!私ローゼと結婚しよかなって思ってるーー!!」
「インゲボルグ様!インゲボルグ様ッ!!!」
「まぁっ!ロレアスさんなら安心ね!アナタ、アナター?ギルちゃんが結婚するわよー!」
「ゴッ」
「あ、父様が死んだ」
「あら、死んだわね」

 俺はその後なんとかローゼとの結婚の約束を取り付けた。彼は泣いていた。もしや結婚を考えている人が!?となり聞いてみたがどうやら違うようだ。インゲボルグ様の問題ではなくてこっちの心境の問題ですとも言ってたし。なら嬉しすぎて泣いてるんだろう。光栄だね。
 いい歳こいてどったんばったん暴れ回りながら俺の結婚を拒否った叔父さんと父様をなんとか言いくるめ、俺は条件付きで結婚できることになった。条件とは、何が何でも絶対に浮気しないこと。我が家の男勢はそれで納得し、母様はぷんぷんしていた。母様は俺のこともローゼのことも大好きだから条件付きってのが気に食わなかったんだろうな。

「よろしくねぇローゼ」
「はぁ……」
「一旦公表しとく?」
「も、もうちょっと待ってください!!まだ死にたくないので!!!」
「え、しぬの…?い、一応自由意志だから、もし私が嫌いとかなら全然、はい…」
「違います!!!!」
「よかった!」

 嫌われてはいないらしい!いや、まだお世辞の可能性がなきしもにあらずだけど長年お世話になっている大事な秘書だ。信じてあげよう。

「ロレアス・フォン・ファーレンハイトか…」
「長いですね。」
「私よりマシだよ。」

 さてさて、問題が一つ片付いた。
 超大天才ガールことインゲボルグ・フォン・ファーレンハイトには策がある。俺の考える問題は二つ。それは結婚問題と会長問題。これ実は…一緒に解決できるんじゃね?閃いた時は流石の俺も天才ではないかと思った。

 名付けて、一石二鳥作戦である!

 俺は全くやりたくもなんともない会長を惰性で八年続けている恐ろしい生物だ。そろそろ二十一歳の誕生日を迎え、迎えついでにかつての故郷日本にでも行こうかと計画している昨今。日本旅行を終えたら俺は、会長を辞めようと思う。
 そう!結婚を盾に!!!!

 俺の考えた作戦はこうだ。

 まず俺が結婚する。次に結婚を理由にして今まで通りの業務を行うことが難しいと主張。最悪子供が出来たとかなんとか言ってオサラバする。

 これでどうだ!完璧だ!俺はすごい!パーフェクトな結婚相手をゲッチュしついでにブラック(俺にとっては)組織まで辞めることができるなんて…!俺天才すぎ。

 ようし!そうと決まればやるぞ!俺はすごい!俺はできる子!目指せ円満退陣!!





「ケッコン」
「そうとも!!私、そろそろ結婚するんだ、報告が遅くなってごめんね…ローゼがダメって言うから。相手は…」

 俺はチラリとローゼを見た。ローゼは全力で首を横に振った。

「言えないけど、とても優しくていい男性だよ。私には勿体無いぐらいにね?」
「に、にんげんですか…?」
「何言ってるの。普通に生きた人間だよ。」

 まさか特殊性癖だと思われてるのか、俺。完全に口を開いたまま固まる女性記者に向かってこんこんと語る。フラッシュは不思議なことにシンと止まりいつも質問の嵐を投げかけてくる記者たちは不思議なことに沈黙を保っていた。
 時期はそろそろ春も来ようかという季節。俺はなぜか巻き込まれたブルーロックプロジェクトという企画を一度抜けた。もちろん責任役のどう見ても不審者にしか見えない不審者さんこと絵心さんには謝り倒し、たまには実家に顔を見せたい俺の願いは叶えられた。
 だが俺の実家の前には大量にマスコミの方々が詰め込まれており、久しぶりに帰った俺を取り囲んだのだ。せっかく飼ってるエリザベス一世のために美味しいジャーキー買ってきてあげたのに…。早く遊んであげたい。
 なぜ帰ってきたのか?その問いに俺は笑顔で答えた。結婚!!ああ素晴らしきかな大義名分!ありがとうローゼ!ありがとうパパママ!

 この後はすぐにでも引退を発表してオサラバしてやろう!!楽しみだなぁ!!





 その日、世界が揺れた。インゲボルグ・フォン・ファーレンハイトの結婚。それはまるで神様が死んだような衝撃を世界にもたらした。サッカー界にたった一人で殴り込み周りを焼け野原にしながら発展させたまだ幼い少女。彼女は国際サッカー連盟会長であり、誰にも膝をつかない女帝であり、そしてサッカー界の絶対君主。結婚なんてしないと、誰のものにも彼女はならないと、誰もがそう思っていた。思い込んでいた。
 だが結婚した。あ、じゃ明日結婚するんで。みたいなノリで結婚した。は?としか言いようがない。結婚の予定日やその他諸々は未定だとか。この時点で世界中の結婚プランナーは受話器を手に取った。
 
 特に顕著なのはサッカー選手である。彼らはもとより諦めていた。確かに焦がれた。確かにこの女だけは、という思いがあった。自分の人生をめちゃくちゃにしやがったあの最低で最高な俺の神様を、神の座から引き摺り下ろして俺の横に立てたいと。願ったことがゼロですか?と問われれば、エ、ゼロで、うーん…と唸らざるを得ない。しかし彼らは待てをされた犬のように手を出さなかった。

 なぜなら彼女が愛したのはサッカーでありサッカー選手ではない。それが彼らの共通認識。抜け駆け禁止の不文律。

 どれだけ焦がれ手を伸ばし並び立とうとしたところで、彼女の知謀の道具としてサッカーへの捧げ物への一つとして扱われるだけに過ぎない。どいつもこいつもエゴイストなのでこの扱いは普通にめちゃくちゃムカつくのだが。
 どちらにせよ、彼女はサッカーを愛している。それ以外は視界にも入らない。インゲボルグはサッカーと結婚したのだ。そうである以上、彼女を手にするのは難しい。サッカーには勝てない。逆に言えば、その事実だけが彼らの抑止力であった。

で、インゲボルグは結婚した。

しかも、人間の、男と。


ハ?????


結婚したのか…?サッカー以外のやつと?


結婚したのか?????


 荒れた。大荒れである。ニュースを見た瞬間全力で壁に頭を叩きつけたランニング中のジュリアン・ロキの動画は瞬く間にいいねが三万を超えた。
 あまりにもカオス。当たり前だ。彼女はサッカーを捨てた。サッカーの神様は、いきなり、何の前兆もなく、愛したサッカーを捨てた。そこに生きた神様を愛する人間に謝りもせず。

 俺たちの神様は、どこの馬の骨とも知らないクソ野郎に神の座から引き摺り下ろされた。

 彼女は由緒ある家柄に生まれた一人娘。いつか誰かと結婚するのは半ばわかっていたこと。
 それはそれとして、こちとら憧れをはちゃめちゃにされた者もいれば初恋を笑いながら踏み躙られたものもいる。それでも相手がサッカーなら…と涙を飲んだのだ。

そして結婚した。インゲボルグは人間の男と、結婚した。


にんげんの


おとこと


ここで一旦誰しもが思考をショートさせ、何度も何度も言葉を反復させた。男?人間の?サッカーの擬人化とかではなく?


いや、話が違う


 一度ならず二度までも、二度ならず何度も何度もファーレンハイト家の家紋にも描かれている百合の花束を持ってインゲボルグに会いに行ったことのある選手は、こう叫んだ。

じゃあ俺にもワンチャンあったんじゃねぇかよクソがァ!!

 奇しくも、サッカー界に生きる全員がそう思った。
 
 ならばやることは簡単。

 サーチ・アンド・デストロイ見つけ次第殺せである。


 ローゼは泣いた。かかってくる電話の八割がインゲボルグの結婚相手を聞く電話。まさか自分ですなんて言って殺されるのも嫌なので、機密情報ですとだけ言って切った。一番怖かったのは開口一番誰をやればいい?とだけ聞いたクリス・プリンスだった。ヒーローがヴィランに堕ちる瞬間を見たくもないのに見せられた。
 ちなみにあのニュースが流れて丸一日。ファーレンハイト家を訪れる人の列は途切れそうにない。

「ローゼっ!私丸一日考えたんだけどさぁ、」
「もう何も考えないでください…」
「新婚旅行ドバイとハワイどっちがいい?オーストラリアもアリだよね、私生カンガルー見たことないから!」
「ちょっ…待って。落ち着、落ち着いてください。」
「あ、ブルーロックに戻るの来週だっけ?母様たちが東京ばなな美味しかったからまた買ってきてほしいって言ってたよ。私忘れちゃうかもしれないから東京に着いたら教えてね。」
「戻るんですか!?!?あの蠱毒に!!!?」
「えぇ?なんか不審者さんとかがさ、『頼むから三日で戻れ。ブルーロックが壊れる』とかなんとか…。私お金ならあるから壊れかけてる部分があるなら予算とか出してあげなくもないかなって。」
「ダメダメダメダメダメ!!逃げましょう!?南極とかに!!!」
「こらっ!職務放棄だよローゼ!」
「急にまともなこと言うのやめてください!」

 ノートパソコン片手に荒ぶるローゼを見つつインゲボルグはニッコリ笑った。結婚しよう、と世迷いごとを宣った時とまったく同じ笑顔。ローゼは自分の口の端が引き攣るのを感じた。

「私はいつでもマトモだよ。ほら、飛行機の用意して?」





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「うっ………わぁ」

 なにこれ。死体の山?俺がブルーロックに帰ってきて最初に寄ったのは食堂だった。だってお腹空いたから。いつもは持ってきてもらうけどなんだかローゼはとっても疲れており、俺は一人でのんびり昼食に来た。お昼は和風定食だ。実家に帰ってたから久しぶりの日本食。スマホを持って死んでいる死体を乗り越え、これまたスマホを持って死んでいる死体の横に腰を下ろした。

「いただきまーす」

 お、この漬物美味しい。隣の人何見てんだろ。

「へぇーー…インゲボルグ結婚するんだ…」

 なんだ、私の結婚発表記事か。大したアレじゃないな。それにしてもみんな死んでる。ブルーロックってそんなに練習ハードなのかぁ。ナンマンダブナンマンダブ。サッカー選手じゃなくてよかった。

「いっ、いたーーーーー!!!!!」
「あれ、えと、」
「ネスですこんのクッッッッソ会長!!!!」

 扉を蹴破る勢いで入ってきた青年は可愛らしい顔に似合わない鬼の形相で周りの人間を踏み荒らしながらこっちまでやってきた。彼はいつもカイザーと一緒にいるかなりギャップの強い人物だ。信奉者って言えばいいのかな?わかるよわかる。俺も自分のカルト宗教とかあるし。早めに解体してほしいけどね。

「アンタのせいでカイザーが使い物にならなくなったじゃないですか!?責任取れこの、こんのッ、ドアホーー!!!」
「落ち着きなよ。味噌汁飲む?落ち着くよ。」
「レッドカードです強制退場ですバカイチョウ!!」
「ちょっとご飯終わるまで待って。終わったら退場するから。」

 ガァン!と凄い強さで隣に座っていた死体を蹴っ飛ばし、ネスくんは俺の隣に乱雑に座った。この死体に恨みでもあったのだろうか。サッカー選手の脚力をそんなところに使わないでほしい。

「あんたは…なにものにも囚われないと思ってました。」
「何言ってるの?」

 囚われてるよ。全然囚われてる。会長の座にめちゃくちゃ囚われてる。ぺったり頬を机につけふてくされたようにジト目で俺を見るネスくんに向かって俺は笑いかけた。

「私なんて囚われまくりだよ。強いて言うならサッカーにね。」

 そう言い終わった瞬間、俺のほぼ食べ終わりかけの食器がひっくり返った。え、ひっくり返った?
 からんからんからーん、と軽快な音を立ててプラスチック製のお椀が床を転がった。もう食べ終わった漬け物のお皿がネスくんの力強い右腕によって振り払われたのだ。慌てて味噌汁を遠ざける。直後に振り下ろされたネスくんの腕が机を揺らした。

「アンタが!!アンタが、そうあるから、僕は、…っ、ざっけんじゃねぇですよ、くそ…。なんでサッカーを、すてたんですか」

 ゆらゆら揺れる情緒不安定気味のネスくんをポカンと見つめる。気分はUMAを見た科学者だった。なにこの生物。俺はサッカーを拾った気も無ければ捨てた気も無い。勝手に懐に入り込まないでほしい。あとなんでこの子情緒イカれてんの?また俺なんかやっちゃいました?

「サッカーを…捨てた気は無いけど。私マルチタスク苦手だし、」
「うそです」
「嘘じゃないよ!?」
「うそです」
「嘘じゃないって!ほんとほんと!」
「ファーレンハイトですか。」
「え?」
「貴方がファーレンハイトの人間だから、サッカーを捨てさせられるんですか。僕はわかりませんけど、そういうのって貴族だと当たり前みたいなこと聞きます。」
「えぇーー……」

 まぁ、確かに?でも正直母様と父様は俺にゲロ甘だから結婚しなくても許されるとは思う。養子とか取ればいいし。これは何としても会長を辞めたい俺のワガママに理由をつけるための口実なのだ。

「そだねー、ファーレンハイト家の一人娘だしねー私、ほら、忙しいからさー、あ!じゃあちょっといろいろやることあるから、ね?退場するよ!ばいばい!」
「はっ?おい、ちょっと待て、おいっ!!」

 ごちそーさまでした!と手のひらを打ち合わせ、俺はさっさとその場を去った。


 わりと死体が多い。
 ブルーロックという施設はいつの間にかデスゲーム会場になっていたらしい。いや、薄々そうなんじゃないかな…とは思ってたが、不審者さん本気出したの?まだ彼ら若いのに…。

「あ、結婚した人だ。」
「まだ籍入れてもらってないよー…誰?」
「凪」
「ナギくん?ふーん、ねぇ、不審者さんどこにいるか知らない?いつも焼きそば食べてる人。」
「あっち」
「めちゃくちゃアバウトだね。」
「んー…じゃあ案内する。道案内とかめんどーだけど。」
「ありがとー」

 そう言ってやたら背の高い白髪の男の子はふらふら揺れながら俺の一歩前を歩き始めた。デケェな。腹立つ。猫背だからもっと胸張ればもっとデカいってこと?デカい人って威圧感あって苦手なんですよね。

「ねえなんで結婚するの?」
「私?」
「うん」
「おうちのじじょーと私のじじょー」
「じゃーレオでもいいの?」
「…だれ?」

 レオくんって誰?みんなさ、俺が知ってる前提で話するけど全然知らないからね?やめて?俺が知ってることなんて精々明日の天気ぐらいだから。

「玲王。世界一になるにはアンタの力が必要だって、アンタの話ばっかしてた。」
「ふ、ふーん…」

 いや誰だよ。結局誰なんだよレオ。

「家の事情ならレオでいいじゃん。ダメなの?」
「ダメだよ、私が認めてないからね。」
「結婚する人は認めたの?」
「もち!」
「へぇ。ね、レオは?」
「いや君それしか言わないね?ダメダメ、レオくんがどういう人かわかんないけど私に相応しい人かは、ほら!家格とかもあるから!」
「レオは御影の長男だし、インゲボルグに帝王学?も教えてもらったって言ってたよ。」
「ちょっと待って話が変わってきた。」

 え?レオくん?もしや俺の友達?俺は友達を忘れているドクズ?話が急旋回してる。待って、俺はどうすればいい?どうしよローゼ、流石の我が家もあの御影に圧をかけられたらやばいかもしれない!

「御影…みかげ、みかげ、れいおー…ア!!!も、もしかして紫色の髪の毛だったり?」
「うん」
「紫色の目だったり?」
「うん」
「コミュ力高かったり?」
「うん」
「わぁ知ってるかもその子。」

 イギリスかどっかの夜会であったわ。いたいた、まだちっこくて英語が話せない日本人がいたから覚えてたんだよね。よく日本語でお喋りしてたなぁ。でも多分今会っても雰囲気変わってるだろうし気づけないかも。

「どーなの?」
「ん、んー…でも、ほら、えー、惚れたので!惚れた弱みなので!他の人は考えられないかな!?」
「そっか。じゃあ諦めるね。」
「うん、そーして。」

 へへ、俺ローゼにベタ惚れってことにしとこ。ごめんローゼ、キモかったら言ってほしいけど今の俺美女だから許してくれたりしない?しないかな。

「インゲボルグ様はそんなこと言わない」
「アレは誰?」
「あー、イガグリ?無視していーよ、もう着いたから。」
「ほんと?ありがとー、バイバイ!」
「ん」

 こくん、と小さく頷いて白い彼はまたふらふら消えていった。なんというか、見ていて不安になる子だ。その辺でぶっ倒れそうで怖い。これが…庇護欲?
 子供、いいよなぁ。産むビジョンが全く見えないからいっそのこと養子とか取っちゃおうか。分家とかから貰って…うーむ、難しいぞ。

「座れ」
「挨拶もなし?」
「最悪な挨拶かましやがって、会長サマは世界を引っ掻き回すのがご趣味なんですか?」
「そんなことないよ。二日ぶりぐらい?不健康そうで何よりだね、不審者さん。」
「誰だ?」
「結婚相手?」
「それ以外あるのか?」
「口止めされてるんだよ。だから教えない。」

 相変わらず不健康な部屋に不健康な体。こんな部屋でブルーロックの運営なんてしてるからそんな不審者っぽいオーラが出るんだよ?ガイドさんが一生懸命掃除してくれてるっていうのにさ…。

「お前を口止めできるヤツね…王族?」
「いや、一般ピーポーだけど。」
「……はァ??」
「全然普通に一般男性Aさん。あ、私と結婚してファーレンハイトになるから一般ではなくなるのかな?貴族男性Aさん。」
「うっっっそだろ。弱みか?弱み握られたのか?」
「私のことなんだと思ってる?」
「人間性が破綻した人間」

 不審者さんにそう思われていたことがあまりにもショックで、俺は愛想笑いのまましばらく声を失った。はは、人間性が破綻した人間か…はは……。焼きそばしか食べてるの見たことない不審者にそう思われてるのか……。

「なんの、きっかけで?」

 馴れ初め!俺はウキウキでローゼが初めてド緊張しながら我が家を訪問した時のことを思い出した。懐かしいな、あれ十年前?時の流れは速い。

「馴れ初め?しょーがないね!聞かせてあげよう!アレは彼が薔薇を持って私に会いにきてくれた十年前…」
「は?は??おま、マジで恋??お前が??」
「ふっふー、愛です。」
「サッカーボール以外を愛するインゲボルグ・フォン・ファーレンハイト…?」
「あれ、そんなに変?」
「あ!ファーレンハイト様!ご結婚おめでとうございます!」
「ガイドさん!ありがとう、結婚式に呼ぶよ!どこでやろうかまだ決めかねてるんだよね…オススメある?」
「まず結婚をしない方がいいのでは?」
「全否定」

 まさかそこまでとは。そっと差し出してくれた砂糖たっぷりのコーヒーを飲みながらのんびり考える。まぁ俺可愛いからな。俺のこと好きな人もいるだろう。そういう人には諦めてもらって、新しい恋見つけてネ!とエールを送ることにする。
 新しい恋!見つけてネ!俺にはパーフェクトイケメンボーイことローゼがついてるので!諦めて!

「するよするする。結婚はする。彼を逃したら、ほんとにもうダメな気がしてさ…ほら、私を受け止める度量のある人なんてそこらに転がってないじゃん?」
「転がってたら俺は吐く。」
「でしょ?」
「そんなに、あー、いい人なんですか?」
「とってもね!そもそも分家のよく知らないおばあちゃんとかからも圧かけられてたんだよ。さっさと結婚して後継のことも考えろって。」
「時代錯誤だろ」
「名家なんてどこもそんなもんでーす。あ、チーズあげる。スイスお土産。じゃあそろそろ行くね?挨拶済んだし。」
「送ります」

 お礼を言ってから二人で並んで自室へと向かい始めた。ブルーロック唯一の女性。仲良くできるかな?と思っていたが、やはり上司と部下ということもありなかなか話す機会が無かった。しかし今!今がチャンスなのではないか!?恋バナできるじゃん!!

「ねぇねぇ付き合ってる人いる?」
「い、いないです」
「そっか」

 終わった。苦しい。会話ってこんなに難しいものだったっけ?

「えと…」

 ガン!!!

「!?」
「な、なに!?」

 すごい音を立てて目の前の壁に何かが激突した。人だ。少なくともこの瞬間だけはボルトより速かった気がする。浅黒い肌の好青年。俺が暇つぶしに連盟内で始めた『〇〇にしたい系選手ランキング』で集計したところ見事『後輩にしたい系選手ランキング』上位に毎回食い込む爽やか坊主ことロキくんだ。俺的にはもうちょっと落ち着きを持った後輩が欲しいかな。

「インゲボルグさん!!!!」
「ハイ!」
「ひ、ひさっし、ぶりです!!」
「はい、久しぶりです。」

 一度グルグル顔を真っ赤にした神速ボーイは、深呼吸し、そして死刑宣告を聞くような面持ちでそっと聞いた。

「結婚は何かの冗談ですよね?」
「え、するけど…」

 彼は固まって死んだ。仰向けにぶっ倒れようとしたので慌ててガイドさんと一緒に支えたが、彼はもうダメそうだ。ご冥福をお祈りしよう。

「あのねロキくん…私だって人間だから。結婚ぐらいするよ。」
「グッ」
「む、むごい…」
「ここに寝かせておこう。そのうち目を覚ますかも知れない。おやすみロキくん」

 さて、死体も増えたことだ。久しぶりにみんなの様子でも見に行こうかな。どうやらかなり練習がハードみたいだから差し入れでもしてあげちゃおう!



「殺すぞ」
「地雷です」
「人の心」
「あのクソ会長が!!精神踏み躙って遊ぶ人が!!結婚なんてできるわけないだろ!?」
「あの人ホモ・サピエンスのこと愛せたの?」
「誰だよ相手」
「さっかーだとおもいます」
「そうじゃねえから荒れてんだろうが」
「落ち着け、一旦殺してから考えよう」
「死体埋めるなら手伝う」
「なめんなよプロサッカー選手。山ぐらい買えるわ。」



「ねぇ、もしかして私って意外と愛されてる?」
「愛憎、ですかね…」

 こっそり覗いた練習コートはかなり荒れていた。ドン引きのガイドさんを連れ、鬱憤をサッカーボールに込めて蹴り上げる選手たちは鬼気迫る形相である。へへ、俺ってば愛されてるんだね。憎?知らない言葉だなぁ…。

「困ったな、スイスお土産のこのチーズどうしよう。」
「さっきのチーズですか?」
「うん、アルプスの恵みチーズ。どう?いる?」
「じゃあ一つだけ…」
「ありがとね。まだまだいっぱいあるから誰かにあげないと。」

「インゲボルグ!!!」
「ハイ!…デジャヴだな。」

 先ほどよりスピードはやや劣るもののしっかりとした筋肉量を持つ体がドン!!!と勢いよく目の前の壁にぶつかって止まった。ガイドさんが、壊れる…と言ったのが印象的だった。可哀想に。

「何かの間違いだな!?あれは!!!!」
「結婚はするよ、プリンス」
「ヴッ」

 その時点で一度彼は崩れ落ちかけたが、そこは世界トッププレイヤーの意地。なんとか踏ん張って立ち上がった。流石だ。

「……相手を聞いても?」
「ないしょー。チーズいる?」
「ありがたく貰おう!!…ハッ!待て、こんなことでは流されない!聞かせてくれインゲボルグ、その、ソイツのどこがいいと思ったんだ?」
「え?うーん」
「俺より顔が良くて俺よりサッカーが上手くて俺よりフィジカルが強くて俺より高給取りでないと認めないぞ。」
「勝てる場所でしか勝負しないのやめな?…強いていうなら、」

 ローゼの好きなところ。そんなのいっぱいあるけど特に一つ挙げるとするならば…

「私を見限らないでいてくれたこと?」
「グァッ」

 ちょっと照れ臭くて目をうろうろさせながらそう言うとプリンスは勝手に死んだ。へへ、人の好きなところを言うって結構恥ずかしい。可哀想だからクリス・プリンスは廊下の隅に置いておこ、いや重。何詰まってんの。筋肉と夢と希望?

「すごい、歩くだけで人が死んでる…」
「みんな私を拗らせすぎなんだよ。たかだか二十歳の小娘によくもまぁこんな…。その点彼はすごい!純粋に尊敬があるもんね!」
「えぇ、会長のそばにいて感情を拗らせないなんてその人本当に人間なんですか?」
「だから私特殊性癖じゃないって。」

 この熱烈な人間を好きにならない人間認定はなんなんだ。俺だって人間が好きだよ。無機物とかには興奮しないって。
 てくてく歩いて久方ぶりの我が部屋に着くと、扉の前に見たことある人がいた。えと、名前覚えてないけどU-20戦にいた。確か日本のキャプテン、だよね?

「オッドアイくん」

 うっすら疲労が残るどう見てもアンダー20には見えない彼は軽薄な調子で右手を上げた。

「どーも我らが会長」
「オリヴァ・愛空…一体何の用でしょう。」
「こんにちは。どうしたの?そこ私の部屋。」
「知ってる。いやー、会長が帰ってきたって聞いていてもたってもいられずに?アンタの結婚のおかげでウチの閃堂なんてテンションダダ下げで。他の奴らも似たようなもんだし、これはキャプテンの俺が代表して聞きにいってやらねーとですよね。」
「ふーん、もしかしてワンチャン狙ってた?」
「不敬?」
「まさか。私可愛いもんね。わかるよわかる。その気持ち、痛いほどわかる。」
「そ、可愛い可愛い俺たちのクソ会長をまんまと奪いやがった幸せ者は誰かなーって。」
「形容詞にクソいる?可愛いだけでよくない?」
 
 可愛い可愛い俺という事実だけでよくないか…?そんなことないのか…?なんでみんな純粋な好意じゃなくて何かしらの怒りや憎悪を含んでるんだよ。俺こんなに可愛いんだぞ!?

「まぁこちとらサッカーの神様にいいようにされたもんでして。しかもアンタは結婚なんてしないと思ってたしな。」
「立場的に無理かなー、それは。」
「立場とか抜きにしてもベタ惚れらしいじゃん?」
「エ」
「ブルロTVで見たぜ?惚れた弱みだとか他の人は考えられないとか見限らなかったとか。」
「ふぇえ」

 ピロピロスマホを揺らすオッドアイくんに頭を抱える。そだった…忘れてた…。てかこの会話も全部聞かれてるんでは?

……ごめんローゼ!!俺のために死んで!!

「てかさぁ」

 ニヤニヤした笑みが引っ込み、彼は幾分低いトーンで舌打ち混じりに言い放った。

「アンタを見限らないとか…ソイツ何様?」
「それは本当に思います。」
「うわ二対一か、よし、ガイドさん!上司命令で帰ってください!」
「わかりましたが…あとからロレアスさんになんて言われても知りませんからね。」
「う、ウンウン」

 よし、これで一対一!運が良ければイーブンに持ち込める!俺が口喧嘩で勝てるわけないし俺がシンプル殴り合いで勝てるわけないし俺が死ぬ未来しかないけど、運が良ければ引き分けに!持ち込める!!

「で、お相手誰よ。」
「ないしょー。今日だけでこの言葉何回言うんだろうね?」
「さあね。ソイツがサッカー選手かだけ教えてくんない?」
「違うよ」
「へぇー…なるほど」
「君は私のこと嫌いなの?」

 なんというか、言葉の節々に刺々しいものを感じる。雰囲気も刺々しい。痛い。君から嫌われるようなことしたっけ。覚えてないなぁ。
 しかしどうやらどこかでやらかしたようで、彼は側から見てもわかるほど目の奥が笑っていない目をこちらに向けた。
 うん、多分地雷踏んだ。

「もちろん、俺は貴方様のことが嫌いで嫌いで大好きです。他の奴らと同じように。アンタは俺を殺して俺を生き返らせた。サイテーだよな、俺は自分がクズだって自覚はあるけど会長様よりはマシですよ。」
「死んだの?」

 おいおい転生仲間か?テントモ?日本すご。何でもいるじゃん。…いや待てなんかとんでもない冤罪ふっかけられてないか。殺し?やってないって。俺そんな両親に顔負けできないことやらないって。

「アンタの視界に入らなきゃサッカー選手としては死んでるも同然だろ。」
「そんなことないよ。私がサッカー選手のほとんどを殺してることになっちゃうじゃん。」
「あ?何が違う?FWとしての俺は死んだ。日本のプレースタイルに潰されて死んだ。なのにインゲボルグ、お前は日本に来て、」

 ずい、とオッドアイくんが前に出る。すごい威圧感だ。デカい。思わず俺も一歩後ろに下がった。

「日本のサッカーをぶち壊して、」
「ね、ねぇ」
「俺の理想を目の前にハイドーゾとばかりに差し出して、」
「ちょ」
「またあのユートピアみたいな地獄に引きずり上げやがって、あー…尊敬してるよ。アンタのことは殺したくなるほど尊敬してる。」
「ち、近い近い近い!」

 日本人のパーソナルスペースってこんなに狭くはなかったよね?!俺、俺のことは、そう、クマだと思って!?半径二メートルを保ってほしいなぁ!!くそ、力じゃ勝てない…ローゼ!!助けてローゼ!!

「せめてノエル・ノアとかなら俺も…諦めるか?俺蛇より諦めわりーし掻っ攫っちまうかも。なのにサッカー以外を選んだもんなぁ、相手ぐらい聞かせてくんない?」
「私君より尊敬と嫌悪がごちゃ混ぜになってる人見たことないよ。てかそこどいて?部屋入れない。」
「いやでーす」
「いやかぁ。チーズいる?」
「は?」
「私今チーズ配りお姉さんと化してるから。チーズをあげよう。アルプスの恵みだよ。」

 彼は一度ドデカいため息をついた後、しぶしぶ、しぶっしぶチーズを受け取り顔を歪めながら扉の前からどいてくれた。やはりチーズ。チーズは全てを解決する。

「クズ同士うまくやれると思いますけどね。年も近いし。」
「やれないよ。なぜなら私はクズじゃないからね!あと君なんだか浮気しそうだから嫌!」
「はは、バレてた」
「あと年下はちょっと…」

 あまりにも子供に手を出してる感が半端ないのでね。そもそも男という時点で諦めてほしい。ローゼ、ローゼでギリ。やはりローゼ。ローゼは全てを解決する。…ローゼって本当に理想の男性ではないか?いや、クリス・プリンスも凄く理想的な男性ではあるんだろうけど…ほら、なんか…プリンセスにされそう。気づいたらお城とかありそうで怖い。
 部屋に入り、ソファの上で無惨な屍しかばねになっているローゼにそっとチーズを差し出し、俺はのんびりテレビをつけた。

「ローゼ、私モテ期来たよ。殺意とか憎悪とか嫌悪とかに目を瞑れば私モテモテかも。」
『インゲボルグを出せ。他の男に殺される前に俺がこの手で殺してやる。』
「ほら、モテモテ。」
「………もっと、違う言い方が……」
「あそこにチーズ差し入れてこようかな。しまったなぁ…ロキくんにもあげればよかった。すぐ死んだからあげる暇がなかったんだよね。」

 むくりと体を起こし、格闘していたらしい手紙や書類を全て傍に退けたローゼはむっつりとこちらを向いた。

「インゲボルグ様、これ以上面白半分に遊び潰すのはおやめください。確かに会長の結婚という事実だけでもかなりのニュースになります。インゲボルグ様のことですから何が深い狙いがあるのでしょう。ですが、どうか自分を大切に…」
「え?別に彼らはどうでも…よくはないけど、ローゼのことが好きなのはホントだよ!もちろん家族としてね!」
「あぁぁあああ……うれじいでずありがどうございまず」
「濁点がすごい」

 イケメンが悶え苦しんでる…俺のせいで。

「でも、正直インゲボルグ様には違う目的があるのだと思っています。それが何かはまだわからないですが、何かするなら事前に一言お願いします。」
「!?」

 な、なんだと…!?バレてる!!どうしよう!!俺の会長引退計画〜結婚を添えて〜がバレてる!?!?まずいぞ、どうしたもんか。だ、だけどだけど、ローゼなら言っちゃっていいんじゃない?ローゼとは長い付き合いだし、彼も俺のことなら全部受け止めて上手いことしてくれるはず!

「もし僕のせいで会長引退なんてことになったら自殺を考えてましたよ。」
「ゔぇぁあ?」
「インゲボルグ様!?!?!?」
「ごめんなんでもないちょっとバグった。」
 
 い、言えねー!!!言えねーよ!!!どうしよう!どうしようかこれ!ローゼが死んだら俺は終わりだ…。結婚はするとして、会長引退の件はなんとか収拾つけないと。ローゼが自殺しない方向で!

「ウンウン、私にね、一個計画があるから。」
「っ、そ、それは…?」

 ねえよそんなもん。


「な、ないしょー」





─────────────────────────


「いろいろと計画してたことがあったんだけど。」
「それって俺が聞いていいの?」
「うん、いいよハチくん」
「そっか!」
「先方の都合によって計画が変更になってしまった。」
「えー!あのインゲボルグの計画が!?すげー、その人ってそんなにすごいの!?」
「もちろん」
「ほへーー…」
「それでどうしたもんかなぁって。人生ってままならないもんだね、ハチくんはいい案ある?」

 なぜ俺がわざわざトレーニングルームに来ているかというとチーズを渡したかったからである。美味しいチーズ、アルプスの恵み。俺はチョコレートとか甘い物の方が好きだけどチーズもまぁまぁ好きだ。お土産にするならチーズの方がいいかなって、あんまり甘いの好きじゃない人多そうだったし。

「インゲボルグに考えつかないならムリ!」
「そっ、かぁ…じゃあチーズあげる。」
「ありがと!ねね、プロポーズってどっちから?」
「え?あ、あー私。」
「うぉー!やるぅ!」
「へへへ」

 瞬間、ハチくんの後ろでランニングマシーンに乗っていた金髪の巻毛さんやダンベルを持ち上げていた何人かがもんどりうって転がった。大分痛そう。

「今誰か死んだ?」
「気にしない気にしない、どうでもいいよ!それでそれで、指輪は?」
「まだ買ってないよ、買わなきゃね。」
「その人はどこに住む予定?」
「え、一緒に住む…そっか、そだよね、多分ウチじゃない?空き部屋結構あるし広いし。」
「…愛してるって言われたことはー?」
「んへへ、まだない」
「別れたら?」
「なんでぇ!?!?」
「多分ね、そいつクズかも」

 な、なんてことをハチくん!ローゼほど素晴らしい人間はいないぞ!?そもそもこれは偽装結婚のようなもの、愛してるなんて言われなくて当然なのだ。でもちょっと言い方がまずかったかな…。

「そんなことないよ!!ちゃんと愛は伝わってるからね!それにすごくいい人だしイケメンだし優しいし優秀だしイケメンだし、」

 慌てて言い募る俺の視界が急に三十センチばかり上がった。なんぞや。誰だよ可愛い可愛い俺を抱き上げたのは。最近ちょっと甘い物食べすぎて太ってきたからやめてよ。

「だぁ♪」
「うわっ、ロレンツォ?」
「わー!インゲボルグが!」

 金歯がキラキラ輝くロレンツォくん。今日も絶好調に目のクマがひどい。彼の育て親ことスナッフィーとは最近ちょっといろいろありすぎて顔を合わせるのが気まずいので、彼ともあんまり話したくなかったのに捕まってしまった。不覚。

「あーあ、スナッフィーがスマホ三つダメにした、これ弁償問題OK?」
「オッケーじゃないよ、私関係ないじゃん。あ、チーズいる?スイスお土産。」
「貰う貰う!いくら?」
「さぁね、安くはないよ。」
「やりぃ」
「じゃあチーズも渡せたことだし私はこれで…」

 逃げよう!!そう考えてモゾモゾロレンツォから降り、身を翻して颯爽とトレーニングルームの扉まで行ったはいいが、俺は出られなかった。扉の前に十五年ぐらい放置した池の底みたいな目をしたイサギくんが立っていたのである。

「……クズ男と結婚するって本当ですか」

 俺は扉を閉めた。
 なんだろう、彼は扉を開けたところにいるのが趣味なのかもしれない。

「インゲボルグー、絶対そいつクズだよー。」
「だからクズじゃないって、むしろ聖人だよ。」
「スナッフィーと俺と三人暮らしするぅ?」
「胃が痛くなりそうだからやだ。あと私イタリア語話せないし。」
「オーナー会長の頭なら三日で習得OK?」
「オッケーじゃない!できない!」

 ぐっ、後ろはダメだ。これ以上この魔のトレーニングルームにいたところで最悪な状況は変わらない!ならイサギくんにチーズをあげてからローゼのところに戻ろう!頑張れ俺!チーズ一人で消費するの大変なんだよ!

「あ、どもどもイサギくん、チーズあげるね。」
「なんで、ギルさん、俺…アンタの視界に入りたかったのに、なんで…」
「その話長くなりそう?長くなりそうだよね、ごめん君の後ろにいる人が怖いから退散するね。」
「このアバズレクソビッチがァ……」
「カイザー、チーズあげるよ!!カルシウム豊富!!あと私清く正しく生きてきたからそういうのやめて!!」

 チーズを投げたら、よし、退散!!!走れ俺!!もー、なんでチーズ買っちゃったんだろう。チョコなら一人で消費できたのにさぁ…無駄にするのはもったいないからみんなに配るしかないじゃん。

「逃げろ逃げろー!!」

 だがサッカー選手という脚力と持久力が自慢の奴らに勝てるわけがない。どこかに逃げ込まないと。あ、カメラだ。俺知ってるよ、最近指ハート流行ってるんだよね。俺はまだまだ若いものとやりあえるということを示すためにもやってあげよう。くらえ指ハート!
 ドンガラガッシャーン!と後方から聞こえる音にビビりながら、俺は手頃なお部屋に飛び込んで、

「わぁ…おひさノア」
「別れた方がいいんじゃないか?」

 お久しぶりのノエル・ノアと出会ったのだ。






みたいなのが読みたいってハナシ。



─────────────────────────


そういえば主人公のプロフィールをのっけてなかったので興味があれば

名前  インゲボルグ・フォン・ファーレンハイト
誕生日 5月21日
年齢  21歳
星座   おうし座
出身地 スイス・ジュネーブ
家族構成  父・母・自分(時々叔父さんもいる)
身長  174cm(サバ読んでいつも175にしてる)
足のサイズ 26cm
視力  両眼2.0
血液型 O
利き足 右
好きな選手 特に無し
サッカーを始めた歳 会長になったのは12歳
座右の銘 人間万事塞翁が馬
自分が思う自分の長所 人に優しい
自分が思う自分の短所 忘れっぽい
好きな食べ物 甘いもの全般(特にチョコレート)
嫌いな食べ物 唐辛子、ローゼの手料理(マジでごめん)
BESTご飯のお供 ほぐした鮭
趣味  昼寝
好きな季節 春と秋
好きな音楽 クラシック(よく寝れる)
好きな映画 お化けが怖いタイプのホラー映画全般
キャラカラー 赤
好きな動物 犬!
得意科目 数学(計算だけなら得意)
苦手科目 国語(筆者の気持ちとかわかんない)
何フェチ 胸一択
されたら喜ぶこと 甘い物をくれる
されたら悲しむこと 暴言を吐かれる、冷たい態度を取られる、圧をかけられる、エトセトラ…
好きなタイプ 優しい人、俺のことを見限らない人
昨年のバレンタインチョコ数 ダンボールで来たからわかんない
睡眠時間 7時間+昼寝2時間
お風呂で最初にどこから洗うか 頭
コンビニでつい買ってしまうもの コンビニスイーツ
きのこ派orたけのこ派 きのこ!
最近泣いたこと 対!人!関!係!
サンタからのプレゼントは何歳まで?
18になってもくれようとしたけど頑張ってそこで止めた
サンタからのプレゼントで要求したのは?
高級チョコレートが欲しいって言ったら本店の人がトラックと一緒に家に来た
地球最後の日に何をする? 家族とのんびりする
1億円もらったら何をするか もうあるから多分何もしない
休日の過ごし方 昼寝か飼い犬のエリーと遊ぶ





【番外編】インゲボルグくんといろいろ!
002
2024年4月16日 19:59
ゆう
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