雄英学園夏休み――林間合宿開始。
今日までの間にも濃い内容で過ごしてきた緑谷達だったが、多少の変化はあった。
あまり竜牙に深く追求しなくなった。
戦闘訓練以外ならば比較的普通な以上、下手に刺激しまくるのも竜牙に悪いという判断からであった。
それが最近になって口数も減り、髪に赤と黒の不気味な色に染まってもだ。
「……結局、うちは何もできないんだなぁ」
A組・B組に分かれたバスの中、耳郎は景色を眺めながら思わず呟いた。
今日までの間、耳郎も障子も竜牙への接し方は変わっていない。他のメンバーも同じだ。
だがそれまで。良くも悪くも安定。悪化もなければ以前の竜牙に戻ってもいない。
憧れたのに、うち何やってんだろ。耳郎は端末機器で曲を聞きながら、友人達とも騒ぐがちょっと一息入れるとブルーな気持ちになってしまう。
竜牙にとって何でもない存在であるのが嫌なのもあるが、憧れたヒーローが悪い方に変化するのを見ているのが、変わったと分かっていながら止められない自分が嫌だった。
「雷狼寺、何か飲むか? 一応、コーラもあるぞ?」
「……貰う」
当の原因である竜牙は、隣の座席の耳郎の悩みなど知らない。
気を遣って通路挟んだ座席に座る障子が、竜牙へコーラ缶を投げ渡し、竜牙もそれを受け取って口を付けた後は、目の前のドリンクホルダーに置いて再びサポートグッズの<雷光虫の巣>を弄り始める。
「折角の林間合宿なのにずっとサポートグッズ弄ってるつもり?」
「……時間は有限。やれる事をするだけだ。到着場所も分からない以上、何をしてようが変わらない」
「別に目的地がどこだろうが周りと普通に駄弁ったり、ゲームしたりで良いじゃん。お菓子の交換とかも普通に良いんじゃない?」
「……欲しいなら欲しいと言えば良いだろ」
竜牙はそう言って手を止めると、鞄から飴の袋を取り出した。
袋には『スーパーレモン飴3G』と書かれており、それを耳郎へと差し出すが、竜牙は彼女からキレのあるチョップをお見舞いされた。
「いや要らないから! つうかそれ酸っぱすぎて舐められないんだって」
以前貰った時、恥ずかしながら耳郎は吐き出してしまった事があった。
吐き気止め、眠気覚ましなら効果は抜群だろうが、普通に菓子として食べるにはキツイ。
「……好き嫌いが多いな」
「好みに分かれるって言えって!」
やれやれと言った竜牙に対し、耳郎は心外だと言わんばかりに抗議する。
そんな二人の様子を障子はどこか久し振りな感じだと思っていたが、やがて熱が冷めた様に竜牙は再びサポートグッズを弄り始める。
発目やパワーローダーに頼み増産してもらった物で、竜牙はそれを全部持って来ていた。
その内、少しだけ微調整が必要なやつを移動中に調整する竜牙だが、不意に耳郎は話しかけた。
「ねぇ雷狼寺……あんたさ、今は何を見てヒーローを目指してんの?」
「……一人のヴィランだ。アイツがいる限り、俺は不安でしかない」
その不安の感情も最近ではよく分からなくなった。
ヴィランの言い分も分かってきたのが怖くなり、正常な内に対処したい。自分自身の手で。
「……ふ~ん。ねぇそれってさ、雷狼寺が変わったのって、そのヴィランのせい? だったらさ、その手伝いってうち達にできない?」
「できない。普通に殺される」
耳郎の心配しての言葉を竜牙は一蹴した。
竜牙がオール・フォー・ワンを特別視しているからもあるが、やはりオール・フォー・ワンにクラスメイトやプロヒーローが挑んで勝てるヴィジョンが浮かばない。
可能性が――唯一の希望でもあったオールマイトも終わりが近い今、もう誰も頼る事はできない。
「そんな事だってやってみないと分からないじゃん」
「分かる。――もう良いだろ。その話は終わりだ、放っておいてくれ」
「あっそ! もう良い……!」
流石にカチンときた耳郎はそう言って顔を竜牙の反対側に向ける。
けれど、その表情は少し涙目で悔しくて、悲しみがあった。
「……なんなんだよ」
顔を逸らす耳郎に罪悪感を抱いた竜牙だが、仕方ないだろうとしか思えなかった。
オール・フォー・ワンに慈悲はない。下手に刺激すれば耳郎達と、家族にまで被害がでる。
ならば遠ざけるしかない。少しで助けを求めれば、それをオール・フォー・ワンが知れば、また餌として耳郎達を利用するのが分かっているから。
「……どうすれば良いんだ」
障子の一言言ってやれという視線が刺さるが、竜牙は気付かない振りをして再び雷光虫の巣を整備し始める。
少しだけバスに重い空気が流れる中、相澤は静かに竜牙の事を見ていたが、それに気付く者はいなかった。
「……一時間後に一回止まる。それまで身体を休めておけ」
当たり障りのない事を相澤は全員に言うが、その言葉は学生のイベント特有のテンションにかき消されてしまう。
「まっ……嫌でも分かるか」
そう言って相澤は少し仮眠をとる為、静かに目を閉じた。
▼▼▼
「到着だ。全員降りろ」
有言実行。相澤が言った通り、約一時間後に、A組のバスは停車した。
「休憩か……」
ずっとサポートグッズを弄っていて景色も見ていなかった竜牙も、相澤の言葉に従って下車した。
観光客とか一般人と、その車。そしてよくある出店や土産店とかコーヒー自販機が竜牙達を出迎える――訳がなかった。
「……パーキングじゃない。どこだここ?」
竜牙を出迎えたのは騒がしいパーキングではなく、無駄に広い敷地。車が一台だけ止まっているだけで、あとは自然の景色があるだけ。
だが普通のパーキングだと思っていたA組の面々は困惑し、ザワつきが強くなっていく。
「おい、なんか変だぞ?」
「ケロッ! B組も一般の人達もいないわね」
「なんか……いやな予感してきた」
切島が落ち着きなく辺りを見回し、蛙吹と芦戸も少し警戒をし始めると最後に相澤が降りてくる。
「何の目的でもなく……では意味がない。――
「よーう!
突如、相澤が頭を下げたと思った瞬間、その彼の前に派手猫なコスチュームを身に纏った女性二人と、小さな少年が立っていた。
そして竜牙達も彼女達を認識すると、彼女達は激しくポーズを決める。
「煌めく眼でロックオン!! キュートにキャットにスティンガー!!――ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」
「わぁぁぁぁぁ!! す、凄い!! 本物のプッシーキャッツだよ!」
そして彼女達の正体に真っ先に気付いたのヒーローガチ勢の緑谷で、目を輝かせながら知識を披露し始めた。
「連名事務所を構える4名1チームのベテランヒーローだよ! 主な活動は山岳救助で、キャリアは今年で12年にもなるんだ!」
――ピシリ!
全員、何かが割れた様な幻聴を聞いた。
特に緑谷がキャリア12年と言った辺りから。
最初のキレッキレの登場シーンが嘘の様に、錆びた様な動きをしながらプッシーキャッツの二人が緑谷の方を向いた時だった。
「……けれど去年、メンバーの内2名が腰痛でダウンしてサイン会やイベントが中止になったんだよな」
ボソリと言った竜牙の一言は、二人の理性を完全に破壊した。
――瞬間、プッシーキャッツの金髪女性は緑谷へ掴みかかり、黒髪女性の方は竜牙へと掴み掛かる。
「心は18!!」
「生涯現役!!」
彼女達にとって年齢の話題はタブーだった。
若い頃はアイドルの様に扱われ、そこからヒーロー活動を本格的に行い結果を出す人生。
しかし気付けば活動12年間、ファンはいれど、恋人がいなかった。
気付けば年齢やら行き遅れの話題に敏感になる始末。ハッキリ言って悲しかった。
「さぁ言ってみなさい……心は?」
「じゅ、18……!」
「生涯?」
「げ、現役……!」
二人は緑谷と竜牙に誓いをさせるかのように言わせる中、峰田だけは羨ましそうにハァハァしていた。
そして竜牙達が言うのを確認すると腕を放し、黒髪女性――マンダレイは深呼吸しながら絶景の景色の一部である、山々を指差した。
「フゥ……! えっと、やり直すけど……まずここら一帯はプッシーキャッツの所有地! 今回はイレイザーヘッド達に頼まれて合宿先として貸出ます! でも――」
マンダレイはそう言って指差した山々の方の、若干下の方に指を移動させた。
「あんたらが泊まる場所は、あの山の麓!」
「さて質問です。ここから3時間近く掛かる場所が宿泊施設なのに、何故に君達はここにいるのでしょうか?」
『ッ!?』
マンダレイ、そして金髪女性――ピクシーボブの言葉にA組全員が何かを察し、悪寒が彼等の全身を駆け巡った。
「まさか……マズイ!」
「バ、バスに戻れ!」
瀬呂や切島達がまず先に動いてバスに走るが、竜牙は雷狼竜の個性で耳と鼻を変化させ、すぐに周囲の異常に気付いた。
「地面が揺れ……いや動いている? そうか、確かピクシーボブの個性は――」
「土を操る……『土流』だよ!?」
竜牙に代わり、緑谷がそれを答えた時だった。
地面が一気に土の大波となって緑谷達を呑み込み、その刹那に緑谷達は相澤の声を聞いた。
「すまんな諸君……合宿はとっくに始まってる」
その言葉を最後に緑谷達はそのまま崖下に落ちて行き、そのまま森の中へと呑まれた。
やがて相澤とマンダレイ達しかいなくなり、静かになった時だった。
不意に相澤は溜息を吐いた。
「……お前等も早く行け」
そう言って相澤がバスの上を見ると、そこには脇にポカンとした耳郎と障子を抱えた竜牙の姿があった。
手足は雷狼竜に変えており、土が完全に動いた時に素早く耳郎と障子を抱えてバスの上に避難していた。
「……これも合宿の内容ならそう言ってください」
「言ったら意味がない。良いから早く――」
「へぇ~やっぱりヒーロー科の中でも良い動きするね。 覚えてる? 私達も君のこと指名したんだよ?」
相澤の言葉を遮り、前に出てきて竜牙を興味深そうに見て来たのはピクシーボブだった。
実際、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツから指名が来ていたのは事実で、竜牙もそれは覚えていた。
「覚えていますよピクシーボブ。個性の共通点が無いあなた方が、俺に何を教えてくれるのか興味はありましたが俺はリューキュウを選びました」
「まっ、今のヒーロー社会で君の個性に合うのは彼女ぐらいだしね。どの道、過ぎた事だから何とも思わないけど、私達が君に教えたかったのは間違いなくリューキュウには教えられない事だったよ」
「……何なんですかそれは?」
「さぁてね。一度誘いを蹴ったんだから簡単には教えない。けど、もし3時間で辿り着けたら教えてあげるよ。この【魔獣の森】を突破してね」
――この人。
ピクシーボブのどこか挑発めいた表情を見て、竜牙は察した。
指名を断ったからだけじゃなく、そして合理主義な相澤が合宿まで散歩させるだけで満足する訳がない。
何かあるのだ。そして試そうとしている。自分達を。
「3時間で良いんですか? なら俺は更にその先に行く……この受難に感謝。――行くぞ耳郎、障子」
「えっ!? ちょっ、待っ――」
「うおっ!?」
助かった矢先、結局は落ちていく二人は声を上げながら竜牙に抱えられながら崖を下って行った。
途中、ピクシーボブがちょっとした悪戯で少し土の壁を作って邪魔をしたが、竜牙は特に気にせずに下る崖を蹴りあげて飛び越えて緑谷達の下へと向かい、消えて行った。
「へぇ……体育祭の時よりも使いこなしてるね。将来は有望そうだし、早めに唾を付けようかな?」
竜牙の姿が見えなくなるまで見送ったピクシーボブは感心していると、マンダレイが呆れた様子で見ていた。
「馬鹿言ってないで私達も行くよ。それと土獣の配置は?」
「そっちはもうスタンバイOK! 見た感じ、殆どが困惑してるみたいだから奇襲して驚かしちゃう。――良いよね、イレイザー?」
「……えぇ、合宿所への3時間。それはあくまでも我々プロなら可能な時間。経験は確かに積んでいるとはいえアイツ等はまだまだ未熟ですので、貴重な時間を無駄にはできません。――ですので遠慮なくやってください」
「よっしゃ! じゃあ遠慮なくやるよぉ~!」
イレイザーの言葉にピクシーボブは、悪戯めいた笑みを浮かべながら両手をわしゃわしゃと動かし始める。
自身の個性の真骨頂を見せる。個性の使い方を学ぶ、その見本の様なものだし担任の許可もある以上、遠慮もしない。
ただ一つ、気になる事があるのを除けばピクシーボブに迷いはなかった。
「……さっきの雷狼寺って子、あの子は本当に3時間以内で到着しそうだけどね」
「確かに雷狼寺はクラスでも頭一つ抜き出ていますが、最近は少し不安定です。本来のアイツなら可能かもしれませんが、今の状態では……」
ピクシーボブの言葉に相澤は少し悩む。
最近の竜牙は雷狼竜化を頻繁に行っている。だから肉体的な疲労も多い筈だし、居残り訓練やサポート科の発目ともコソコソと何かをやっているのを相澤は知っていた。
――今の雷狼寺は完全にペース配分が出来ていない。今回も下手な行動すればあっという間にガス欠になる。
やや暴走気味の竜牙を心配する相澤だが、同時にそうなってもクラスメイト達が見捨てる事がない確信もあった。
あまり合理的ではないが、それでもそんな時に助けてくれる仲間の存在によって認識を前の様に戻ってくれると良いんだがと、相澤が思っていた時だ。
ピクシーボブは何かを確信しているように笑みを浮かべていた。
「それはどうかな……どれだけ私の妨害にあっても、結局はこの
「……どういう事です? 寧ろこの森は方向感覚も狂わせて寧ろ自然の妨害ギミックにしかならないはず」
「妨害ギミックか……確かにね。でもそれはあくまでも人の話だよイレイザー」
――
ラグドールから
少なくともピクシーボブとマンダレイは竜牙の状況を相澤以上に理解した上で分かっている。
「まっ……少し落ち着いて合宿できると思うから。雷狼竜達のガス抜きが上手くいけばね」
ピクシーボブは笑みを浮かべたまま個性を発動させ、土獣を生徒達へ移動させ始めた時だった。
――竜牙達が降りた場所付近で落雷の様な光と衝撃が走った。
「始まったか」
相澤が何かを察するとピクシーボブも腕を鳴らし始める。
「さぁて、やりますか!」
雄英高校林間合宿――開始。