僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~


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作:四季の夢
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第三十三話:止まない咆哮


友人が「メガトン級ヤマト」欲しいなぁって言ってたんですが、検索しても『メガトン級ムサシ』しか出てきません。
これは何か試されているのか……!(;゚Д゚)


 緑谷は昼休みが終わった後、更衣室へと向かってコスチュームに着替えていた。 

 クラスメイトと着替えていると、途中で竜牙も合流し、コスチュームに着替えていると障子が竜牙へと話しかけた。

 

「雷狼寺、昼休みは緑谷と何をしていたんだ?」

 

「……特に何も。ただ昼食を食べていただけだ」

 

 まるでそんな事は気にするな、と言わんばかりに障子に返すと、着替え終わった竜牙は先に出て行った。

 一見相変わらずにも見えるが、もうA組の仲間はそれがいつもと違う事が分かっていた。

 

 だからこそ、男子全員の視線が自然と緑谷へ向かうのは自然な流れであった。

 

「えっ……えっと、なに?」

 

「……緑谷。お前、昼休みに雷狼寺と何を話していたんだ?」

 

「普通に考えて、君達二人だと話が盛り上がると思えないからね!」

 

 障子はともかく、青山からは酷い言われ様だった。まぁ緑谷も冷静に考えれば確かに納得してしまうが。

 けれど、だからといって話せる内容ではない。自分はその場にいたが、少なくともただ立ち会っただけ。

 内容もそうだし、竜牙に関する事を自分の物差しで測って話す事を緑谷は出来なかった。

 

「ごめん……言えないんだ。これは雷狼寺くんにとって大事な事だから」

 

「そうなのか……けど、ならなんで雷狼寺は、そんな話を緑谷に話したんだ?」

 

「うっ……」

 

 尾白は普通に疑問を抱き、ただ何となく呟いた言葉だったが、それはシンプル故にグサリと緑谷の胸に刺さった。

 

――ま、まずいかな……?

 

「確かにそうだよな……」

 

「なんで緑谷君だけに言うのだろうか?」

 

「ハッ! 白髪とクソデクが何しようがどうでも良いだろうが!!」

 

 尾白の言葉を皮切りに砂藤と飯田も反応し、爆豪は相変わらずの暴言をぶちかます。

 ただ轟は様子見に徹している様で、たまに視線を向けるだけで留まり、口は開かなかった。

 

 しかし、徐々に更衣室内が騒がしくなっていくのは止まらない。

 皆がそれだけ最近の竜牙を心配してるのもあるが、爆豪に関しては嫌いな二人の話で盛り上がっているのが気に入らないだけだろう。

 時折、殺意を込めた視線を緑谷に向けており、周囲の視線もあって緑谷に限界が迫った時だった。

 

「もう良いだろその辺で。緑谷だって話せねぇって言ってるんだし、本人がいない所でごちゃごちゃ言うのは漢らしくねぇ」

 

 そう言って一石を投じたのは切島だった。

 今までの流れの中、着替えに集中していた彼だったが、流石にこのままだとマズイと思い口を出した。

 

「また体育祭の時を繰り返すつもりかよ。あの時だって後悔して、俺等が悪いのに雷狼寺にケツ拭いてもらったじゃねぇか」

 

 切島は今でも体育祭の時の事を後悔していた。

 一線を越えた。まさにそれを体験したからだ。しかも下らない理由で。

 今回はその二の前になる前に止めたのは、彼なりの罪滅ぼしでもある。

 

「……確かにそうだな」

 

「……また俺は、雷狼寺君の想いを踏みにじる所だったよ」

 

 上鳴が頷き、飯田も反省する様に呟いた。

 こうなれば仕方ない。そう思う事で意外と全員が納得し、急いでコスチュームに着替えるのだった。

 

「……今回はそれでも聞くべきだと思うんだがな」

 

 ただ、轟だけがそう呟いた事には誰も気付く事はなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

「やあ諸君!! 今日もヒーロー基礎学に私が来た!!!」

 

 来ない方が問題だろと思う台詞を叫びながら、オールマイトは指定した訓練場で生徒達を待っていた。

 相変わらず画風の違いや限定コスチューム等を纏い、緑谷が目を輝かせていたが、竜牙はその姿が偽りである事を分かっている。

 

――オールマイト、あなたは限界だろうが№1であり続けようとするんですね。

 

 見方が変わった。

 この人がいれば安心できる、誰もが求めるヒーロー。――ではなく、見ていて不安。

 いつ限界が来るか、いつ万が一が来るか見ていてヒヤヒヤする存在となってしまった。

 

 けれど、当のオールマイトは竜牙にそう見られているとは微塵も思っておらず、そのまま授業の説明に入った。

 

「さぁ有精卵の諸君!! 合宿が始まる前におさらいと行こうか!! 体育祭、職場体験……色々と学んできたからこそ、敢えて再びこれをやってもらおう!!!」

 

 そう叫んだオールマイトの手にはリモコンがあり、そのスイッチを押すと目の前の地面が割れる。

 そして地面から出て来たのは、A組で見覚えのあるビルとミサイルだった。

 

「ケロッ! これって……最初にやった実戦訓練のやつね」

 

「あぁ……おさらいってそう言う事ね」

 

 蛙吹の言葉に続々と記憶が蘇るA組メンバー。

 耳郎もおさらいの意味を理解し、納得した様でも前回の結果もあってか少し面倒そうだった。

 無論、その思いは前回で負けた者達に共通していた。

 

「う~ん、前回は相性もあって活躍してないし、あんまり良い印象はないなぁ」

 

「――チッ!」

 

 地味に負けた尾白や、緑谷にしてやられた爆豪の表情も良くはない。

 ただ例外も存在した。

 

「あの時と同じルールなら、運が良ければリベンジはできそうだな」

 

 そう言って竜牙へ視線を向けるのは轟だった。

 今思えば、あの一件で轟は完全に雷狼寺を意識した切っ掛けだ。

 だから今は心配よりも、リベンジへ心が燃え始めており、それは周囲へ伝染し始める。

 

「確かに前回の反省を活かせるようになったか、良い機会だ! 緑谷くんや麗日さんに負けてしまったが、リベンジ出来るならしたい!」 

 

「私だって負けないよ飯田くん!」

 

 負けた者、勝った者、関係なく授業への意欲が燃え上がっていた。

 あの時よりも自身の実力は成長している、その自覚は全員にあった。

 ならば試したい、そう思うのが性だ。故にオールマイトもそんな教え子達の表情を見て、内心で嬉しさが込み上げていた。

 

――フフッ! 皆良い顔をする様になったね……そして緑谷少年、雷狼寺少年。君達の更なる成長も見せてくれよ!

 

 オールマイトがそんな事を考えていると、耳郎はただ静かに佇んでいる竜牙の傍へと来ていた。

 

「全く……こんなにやる気出されて、ウチだけ変化無しだったらロックじゃないね。――あんたも燃えてる雷狼寺? まっ、敵か味方か分かんないけど、そん時は宜しく。ウチだって前よりは成長している自覚はあるからね」

 

「……そうか。せいぜい頑張れ」

 

「……雷狼寺?」

 

――あんた、何処を見てるの?

 

 感情の籠っていない竜牙の言葉に耳郎は違和感を抱いた。

 目線はオールマイトへ向けられ、一切自分に――否、クラスメイトに意識が向けられていない。

 道端の石ころ、自身の後ろにいる有象無象。そんな扱いだ。

 

――ウチ達を見なよ?

 

 耳郎は内心で怒りそうになったが、竜牙を前にすると口にする勇気がなくなる。

 まるで権利を奪われたような理不尽な感覚。けれど自身がそれを認めてしまう悔しい思い。 

 耳郎が言葉を飲み込む様にし、必死に耐えているとオールマイトが大きな声で説明に入った。

 

「HAHAHA!! 既に勘付いていると思うが、その通り!! 最初に行った実戦訓練をしてもらうよ! 流石に組み合わせは再びくじ引きだが、ルールは同じさ! ヒーローとヴィランに分かれ、核防衛か奪取。それかどちらかの戦闘不能か捕縛で勝負を決めてもらう!――さぁ! 早速引いてくれ!!」

 

 オールマイトは古臭い箱を前に出すと、番号順に竜牙達は引いて行き、竜牙は自分の引いた文字を確認する。

 

「……Bか」

 

「あっ、雷狼寺もBなのか。ちょっと安心したよ、雷狼寺とは一回は組んでみたかったからさ」

 

 安心した様に言いながら来たのは尾白だった。

 尻尾を活かせる者同士である為、尾白からすれば竜牙とは一度で良いから近くで見たい相手。

 けれど、竜牙は視線で尾白を確認しただけで、すぐに対戦表のモニターへ顔を向けてしまう。

 

【VILLAIN B:尾白・雷狼寺 VS HERO E:切島・八百万】

 

「……切島、八百万か」

 

 硬化・創造の個性を持つ二人が竜牙の相手。

 普通に見れば強力な相手であり、しかも二人は竜牙へのリベンジに燃えていた。

 

「よっしゃ! 相手は雷狼寺と尾白か! 雷狼寺……体育祭の続きしようぜ!」

 

「私も騎馬戦での借りを返させて頂きますわ。あの頃と同じと思えば痛い目に遭いますわよ」

 

 二人共実力は高く、今回に限っては竜牙が相手と言う事もあってやる気に満ちており、今までの比じゃない実力を示すのが予想できる。

 尾白も苦戦必須と思い、その表情は既に決意を固めていた。 

 

「切島に八百万……これは苦戦するかもな雷狼寺。今の内に少し作戦とか話さない――」

 

「――いらない」

 

――えっ?

 

 その竜牙の言葉は短いながらも、周囲にハッキリと聞こえた。

 拒絶するかの様に物言いであった為、尾白は困った様に冷や汗を拭う中、竜牙は周囲が呆気になりながらもその中を静かに歩いて行く。

 そんな後ろ姿を切島と八百万はただ黙って見送り、竜牙が遠くに離れた後にようやく口を開いた。

 

「……なんつうか、あれだな。昔の轟みたいだな」

 

「私達は眼中になし……って感じですわね」

 

 そんな様子だ。切島と八百万にも多少の悔しさはあったが、同時に当然なのかもという仕方なさも感じていた。

 入試1位突破から始まり、USJ襲撃・体育祭優勝。トップヒーローの下での職場体験。

 どの要素を見ても竜牙は既に頭一つ抜けている。それも雄英高校という狭き門、その中を勝ち抜いたヒーロー科の中でもだ。

 

 常人ならば到達するだけで何年、それか一生を費やさないと得られない力。

 切島達も爆豪の言葉を鵜呑みにしたくはないが、自身よりも弱い奴の意見や、意識を向けない理由が分かる。

 何のプラスにもならなければ意味もない経験。それは時間の無駄でしかなく、有限の中でトップヒーローを目指すならば寧ろ尊敬に値する。

 

――故に。

 

「教えてさしあげましょう。見るべき存在がいる事を」

 

「おう! こっちは武闘派のヒーローにしっかりと揉まれて来たんだ!」

 

 二人も成長していない筈がなく、経験によって格段に成長している。

 だから自信があった。雷狼寺 竜牙――個性【雷狼竜】を持つ№1に自分達の存在を知らしめることに。

 

「それじゃ! そろそろ始めるぞ!!」

 

 オールマイトの声に全員が一斉にそちらを向き、気合をいれなおす。

 嘗ての自分への挑戦とも言える授業が始まる。

 けれど、竜牙だけはどこか別の方を見ていた。ただただ空を眺め、授業が始まってもモニターに見向きもしない。

 

「……まだだ」

 

――檻が開かない

 

 

▼▼▼

 

 

「勝者! ヴィランチーム!!」

 

 授業は順調に進む。

 今もヴィラン側の轟・蛙吹がヒーロー側である峰田・上鳴を行動不能にし、決着が付いたところだった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! だから言ったんだ!! 轟の初見殺しに勝てる訳ねぇって!!」

 

「……すまん」

 

 怖いぐらいに泣き叫ぶ峰田の姿に轟も思わず謝罪。

 前回と同じくビルを速攻で凍らし、侵入する峰田と上鳴を凍らせたのだ。

――しかし、峰田にトドメを刺したのは蛙吹だ。

 

「よく言うわね峰田ちゃん。上鳴ちゃんを見捨てて、もぎもぎで飛び跳ねて凍らなかったじゃない?」

 

「て、てめぇ……み、峰田ぁ……覚えてろよぉ……さ、さみぃ……!」

 

 その後の峰田は核を無視し、蛙吹のおっぱいをガン揉みしまくったのだ。

 結局、最後は蛙吹が感情を殺した表情で峰田を追いかけ回すという馬鹿らしく、どっちがヴィランか分からない展開となった。

 そんな事もあって、未だに震える上鳴から恨みの目で見られてもいる。

 

「HAHAHA! 轟少年は頭一つ出ているからね! けど、それでも相手の個性との相性も何とかしないといけないよ上鳴少年!――あと、峰田少年は職員室に来るように」

 

「オールマイト……オイラ、いくら№1のでも男のおっぱいに興味ねぇんだ」

 

「……凄いね君」

 

 上鳴へのアドバイス。そして峰田への注意。けれどオールマイトの堂々とする峰田の姿に、もう何も言えなかった。

 

「ゴホンッ!――では次のチームスタンバイするんだ!」

 

 気を取りなおしたオールマイトはそう言ってモニターを操作すると、次のヴィランチームの名には尾白と竜牙の名前が映される。

 

「いよいよだな雷狼寺……」

 

「……関係ない」

 

 不安そうにする尾白を無視し、竜牙はビルへと入って行き、尾白も参ったなと思いながらも苦笑しながら後を付いて行く。

 そんな二人の後ろ姿を見送った切島と八百万は、静かに闘志を燃やしていた。

「10分後だな……この時間が長く感じるぜ」

 

「なら今の内に作戦の予習をしましょう。雷狼寺さんが前回の様に個性でゴリ押されても脅威ですから」

 

 まだかまだかと思う二人に緊張はない。寧ろ、成長した自分達がどれだけ竜牙に通用するか、強いては勝ちたい。

 そんな強い想いを宿し、気付けば二人はビルの入口前で佇む。

 

――あと1分。

 

 その時が来た瞬間、切島と八百万の顔から笑みが消える。

 表情は真剣そのものであり、凶悪な事件に挑むヒーローにも劣らぬ険しい表情となっていた。

 竜牙――【雷狼竜】の個性という大きな壁に挑むと同時に、設定通り強大なヴィランとの激闘が待っているなら当然の態度。

 

『時間だ! ではスタァァァァト!!!』

 

「行くか!」

 

「えぇ!」

 

 オールマイトのスタート宣言と共に二人はビルへと足を踏み入れた。

 二人は本気であり、切島に至っては既に肉体の一部一部を硬化させ、いつでも八百万の盾、またはヴィランへの矛になろうとしていた。

 それに気付いている八百万も頭をフル回転させ、いつでもすぐに何かを創造できるようにしていた。

 

――必ず勝つ!

 

 その想いは決して揺るがない。

――だが、真剣過ぎた二人は気付いていない。

 

『ッ!? な、何をしているんだい! 雷狼寺少年!!』

 

『雷狼寺くん!?』

 

 外から見ている者達の異変に。

 

 

▼▼▼

 

 それは開始一分前に遡る。

 最上階のフロアで核を設置し、その前で立つ竜牙と尾白。

 けれど竜牙は間もなく始まるというのに、ずっと目を閉じて佇むばかり。

 

「……どうするかな?」

 

 そんな様子に尾白は不安でしかなく、ずっとソワソワと尻尾を揺らしていた。

 相手は接近戦に強い切島と、何だかんだでオールラウンダー寄りの八百万だ。

 きっと苦戦する。それどころか寧ろ劣勢だ。竜牙も負けてはいないが、相手のバランスと手札が多過ぎる。

 

「あくまでも俺の物差しだ……けど、かなり上手く立ち回らないと勝てないだろうな」

 

 弱気ではないが、不安が尾白に独り言を呟かせてしまう。

 前回は活躍できなかった以上、今回は成長している事を示したい、負けたくない。

 そんな風に尾白が不安を止めようとしていると、不意に竜牙が呟いた。

 

……少しだが檻が開いた

 

「えっ? なんて言ったんだ雷狼――」

 

『時間だ! ではスタァァァァト!!!』

 

 不意打ち気味に開始が宣言され、そのオールマイトの叫びに尾白はしまったと感じていた。

 

「マズイ、切島達が来る! 雷狼寺、通路に行って前みたいに奇襲とか――」

 

「――関係ない。俺一人で終わらせる」

 

 相談しに近付いた尾白を迂闊と思いながら、竜牙は巨大な血に染まった様な“黒い尻尾”を出し、そのまま核と尾白を包んだ。

 そしてオール・フォー・ワンに授けられた【作成】の個性を使い、尻尾を素材にして巨大な殻を作成した。

 これで核の安全と、尾白が巻き込まれる事はなくなった。

 

『ッ!? な、何をしているんだい! 雷狼寺少年!!』

 

 オールマイトの声が聞こえたが、竜牙は気にしない。

 これは貴方の為だ、贋作に期待しても本物にはならない。

 だからこそ№1を終わらせない為、竜牙は嘗てオール・フォー・ワンに傷を付けたこの個性――【雷狼竜】の全てを解放させる道を選んだのだ。

 

「……雷狼竜」

 

――さぁ、人狩(ひとか)り行こうか

 

 人間は忘れている。狩りは人間だけの特権ではない事を。

 

 

▼▼▼

 

――気味が悪い。そして妙だ。

 

 ビルに入った切島と八百万が抱いた感想はそれであり、同時に共感していた。

 構造は同じだが、前回よりも中は広くなっている。緑谷や爆豪も前回派手にしていたし、少し余裕を以て似たビルを作ったのだろう。

 だが、二人の感想の理由はそんな作りやらの微々たる違和感ではない。

 

「……なんだよこれ? 静か過ぎねぇか?」

 

「えぇ……何と表せば良いのでしょう? ビル内の雰囲気そのものが静かと言えば良いのでしょうか。音とか、そん単純なものでない静けさ……少し怖く感じてしまいますわ」

 

 自身を恥じる様に八百万は最後にそう言ったが、切島は別にそうは思わなかった。

 何故なら切島自身も怖かったのだ。

 空気が寒く、轟の残り香ではなく単純に嫌な予感という意味で悪寒がする。

 

「なんでしょう……不安が拭いきれませんわ。こんな気持ちは初めてです」

 

「……あぁ、漢らしくねぇけど同感だ」

 

 ビルを進めは進む程に負の気持ちが強くなる。

 二人共、八百万が作った絶縁のマントを身に纏っており、竜牙対策はしているが不安は一切消えようとしない。

 額から嫌な汗が流れる。無駄に力んでしまい疲れていく。

 一体、なんなんだろうか、この変な感じは。切島と八百万は精神を削りながら、自問自答しながら次の階、次の階へと昇っていく。

 

「結構、昇って来たよな?」

 

「えぇ、少なくとも半分ぐらいの筈ですわ」

 

 丁度、半分のフロアに足を踏み入れた二人。

 けれど光景も雰囲気も大して変わらず、この不気味さにも慣れてきたが不安は増していく。

 

「雷狼寺と尾白の二人……そろそろ仕掛けて来てもおかしくねぇよな?」

 

「寧ろ遅すぎますわ。どちらかといえばお二人共、接近戦を得意としていますから、わざわざ私達をここまで進ませる理由はありませんわ」

 

 それが不安要素の一つ。竜牙達が全く、仕掛けてこないこと。

 困惑する切島へ、八百万は冷静を保ちながら思った事を口にするが、相手の作戦なのかアクシデントなのかは分からない。

 自分達を想像以上に警戒しているのか。そう思えば救われるが、今の竜牙を思い出すと納得はできない。

 

「取り敢えず、慎重に進もうぜ」

 

 弱気は漢らしくねぇ。そう言わんばかりに切島は頭を切り替え、少しずつ通路を前進する。

 八百万も後に続き、二人が進んで行くと不意に、フロアに似つかわしくない赤黒い光が視界に入り、足を止めた。

 だがそれは、自然にではなく磁石の様に強力な存在感によって足を止めたのだ。

 

「これって……!」

 

 八百万はフロアの壁に張り付く物体と、それに纏わりつく赤黒い光から目が離せなかった。

 

――白い体毛。それに纏わり付く赤黒い光を放つ、謎の虫。

 

 なんでこんな物がフロアの壁に付いているのだろう。

 少なくとも、自然に付いたものではない事は八百万は分かっていた。

 

「おい、これって……雷狼寺のサポートアイテムの虫だよな?――イテッ!?」

 

 八百万が考えている間に切島は、興味本位で赤い電気を放つ虫に触れてしまうが、感電とは違う痛みに驚いて手をすぐに引っ込めた。

 

「切島さん! 迂闊ですわよ!?」

 

「お、おぉ……俺もそう思った。けど、見た目以上に強力だぜこいつ」

 

 八百万の注意に切島も素直に反省し、今度は注意深く確認しながら距離をとった。

 

「……なんだこの虫?」

 

 見た目は少し変な虫だが、切島の虫への困惑は発する電撃にあった。

 触れた場所の脱力感に、痺れのせいなのか触れた部分の硬化が出来ない。

 入学時には間違いなくなかったもので、切島はやや劣等感を抱いてしまった。

 

「……雷狼寺の奴、なんか最近変だったけどよ。間違いなく、俺等より強くなってんな」

 

「そう……ですわね」

 

 何とも言えない表情の切島の言葉を聞いて、八百万も頷いてしまう。

 明らかに個性が成長している。身体的な事ではなく、その事実は二人に力の差を感じさせるのに十分だった。

 特に職場体験では望んだことが出来なかった八百万は、リューキュウの下に向かった竜牙へ尚も劣等を感じてしまう。

 

(――今思えば、入学当時から雷狼寺さんは雰囲気が違いましたわ)

 

 耳郎や障子とは話していたが、それ以外とは若干の距離があったと八百万は覚えている。 

 けど余裕もあった。自信とも言える。後から不本意で知ってしまった過去も踏まえれば当然だったのかもしれない。

 推薦組で自信も八百万にもあった。だが同時に甘さもあったのかもしれない。

 プライドか何かか、原因は分からずともただ慢心を生んでしまっていた自身と、帰るべき場所がない背水の陣の竜牙。

 当然の結果だったのだろう。八百万は努力で負けている気はしていなかったが、努力も比較にするのは卑怯と思い口にはせず、落ち着こうと深呼吸した時だった。

 

「ところでよ、なんで雷狼寺はわざわざ毛と虫を残してったんだ? 作戦か何かなのか?」

 

 切島は壁の体毛と虫をずっと見続けながら、不思議そうにそう言った。

 罠にしてはシンプル過ぎて分からず、意図も想像がつかない。

 体毛や虫を壁に付けて何がしたいのか、八百万も利があるとは思えず切島に同意した。

 

「!……え、えぇ、そうですわね。確かに不思議ですわ。何かの罠なのかも知れませんが、それにしても露骨過ぎです。ここは構造的にも必ず通りますし、これでは作戦というより、まるで自身の存在を教えているよう――」

 

――自分の存在を()()()()()

 

 それは優秀な八百万だからこそ気付いた事だった。

 創造という、知識量が必要な個性を扱うからこそ、その彼女が持つ知識がとある答えへ繋げたのだ。

 竜牙や尾白が存在を知らせる理由はほぼない。だが、相手を雷狼竜として見るならば――

 

「ッ!?――いけません切島さん!!」

 

 気付いた瞬間、八百万は全身に電流が走った様な感覚に陥りながらも、必死に切島へ叫んだ。

 

――ここにいてはいけない! この場の雰囲気、そして目立つ体毛の配置。その意味は一つだけ!

 

「この体毛はマーキングです!! 雷狼竜の()()()を意味している――」

 

 

――AOoooooooooN!!!

 

 

 この体毛の答えを出した瞬間だった。その咆哮と共に、赤黒い雷を出す蟲――蝕龍蟲を引き連れて牙竜が姿を現したのは。

 壁をぶち破り、巨大な口で切島を捉えると周囲の壁や柱を破壊しながら巨大な肉体を旋回し、そのまま勢いで切島を床に叩き付けた。

 

「切島さん!!」

 

 ビル全体が揺れる。亀裂が走り、衝撃の余震がまだ残る。

 どれだけの衝撃を受けたのか、八百万はあまりの光景に仲間の名を叫ぶと、切島は何とか素早く立ち上がり、雷狼竜から距離をとった。

 

「だ、大丈夫だ! けど、なんだよこれ……!」

 

 身体への痛みはある切島だが、目の前に君臨する雷狼竜の姿に驚愕していた。

 

――半分が黒に侵食されている原種雷狼竜。

 

 言葉で目の前の雷狼竜を現すならば、まさにその表現だ。

 徐々に蝕む様に原種の身体が、甲殻が、爪が、体毛が、雷が変化、変形していっていく。

 現在進行形での変化。それは困惑しか生まず、未知への対応をどうすればよいかと、二人に混乱すらも生んでいた。 

 

「雷狼寺さん……なんですよね?」

 

『Grrrrrrr!!』

 

 八百万が落ち着く為に適当な言葉を発したが、帰って来たのは今にも襲い掛かりそうな唸り声。

 徐々に放電を強め、自分達に意識を向けている事に気付いた切島と八百万は我に返り、すぐに戦闘態勢へ入る。

 そして切島は硬化した肉体で飛び上がり、雷狼竜の顔に強烈な蹴りを繰り出した。

 

――先手必勝!

 

 伊達に武闘派のヒーローの下に行ったわけではない。

 技術、個性の使い方を学んで帰って来た。

 

――少なくとも、体育祭のままの俺じゃないぜ雷狼寺!!

 

 竜牙は強くなっている。それは目の前の光景を見る以前に分かっていた事だ。

 けれど、そこまで差は広がっていない。切島は自身の成長を信じており、そう疑わず速攻を挑んだ。

 轟が体育祭で怯ませた顔への一撃。それに習い、今度は自分が決め――

 

 

――AOoooooooooN!!!

 

 

 瞬間、切島の身体は強い衝撃を感じながら吹き飛んだ。

 壁を、柱を自身の硬化した肉体で破壊しながらフロアの端まで。下手をすればそのままビルを突き破っていた程に。

 

 その理由が、旋回した雷狼竜の尾による一撃であったのに切島が気付いたのは一瞬薄れた意識の中。

 また八百万が気付いたのはニ三テンポ遅れての事。ある疑問が彼女の思考を遅らせたのだ。

 

「何故!? 切島さんの方が出が早かった筈……!」

 

 八百万の言う通り、切島の方が出が早かった。常人ならば間違いなく攻撃をくらう程に。

 人で例えるなら相撲の“後の先”である。けれど雷狼竜の反応速度は、その比ではない。

 

――自然の掟こそ強者への道。

 

 日夜、命のやり取りを強いられる天敵との弱肉強食。

 刹那の変化を見せる大自然による環境変化。

 それらによって得た力。

 

 安全圏でしか生きられない人と違い、雷狼竜の住む場所は大自然。

 強者との生き残り戦。自然災害、環境変化に備える為の危機回避能力。

 その全てを持ちし、大自然で生き残った限られた種族――牙竜種。

 それこそが竜牙の持つ個性の真髄――雷狼竜の個性の正体。

 

 リスクだけの世界。だからこそ、個ではなく種族に対して天は恩恵を雷狼竜へ与えた。

 派生の種――『亜種』への道を。

 

――動きも力も体育祭の比じゃねぇ……これが雷狼竜状態の雷狼寺なのか!?

 

 壁に叩き付けられた切島だが、意識はあった。

 けれど硬化状態でも感じる全身への激痛が、切島に地力の差を痛感させた。

 体育祭の時の真正面の戦闘の比ではない。轟はこんな相手に戦ったのか。

 

「く、くそ……フォースカインドさんの所で……俺は何を学んだ……!」

 

――Grrrrrrrrrrrr……!

 

 学んだ事を活かせない自身に怒りを覚える切島だが、後悔する時間すらなかった。

 唸り声が近付いて来る。足音、その振動も徐々に大きくなってくる。

 

「グゥッ……一撃で終わるなんて……漢らしくねぇ!!」

 

 目の前にここ一番の好敵手(受難) がいる。

 一撃で終わるのは勿体ない。諦めたくない。

 全身、そして身体の節々に痛みを走らせながら切島は立ち上がり、自身へ鮮血の眼光を向けながら迫る雷狼竜へ身構える。

 

「待ちなさい! 私を甘く見ないで下さい!」

 

 そう切島は一人でない。八百万という相棒がおり、自分を無視して横切る雷狼竜へ八百万は叫びながら、個性で作った盾とバズーカ砲を向ける。

 そんな八百万へ、雷狼竜は横目で視線だけを向けた。

 

――

 

「――!?」

 

 野生の殺意。けれど、雷狼竜にしては弱き殺意が八百万を襲う。

 お前にはこれで十分。身体を一瞬震わせ、身体が固まる八百万にそう言うかの様に雷狼竜は再び視線を戻し、切島へと歩みを進める。

 

「……わ、私だって雄英高校のヒーロー科ですわ!」

 

 なんて屈辱。轟と同じく推薦組である八百万は、まるで眼中にない扱いをしてきた雷狼竜へ怒りを示し、盾を前に出しながら八百万流の簡易的バズーカ砲を発射した。

 けれど強力な火器の発射を見ていて、雷狼竜が何も考えない筈がなかった。

 

――お前は受難じゃない

 

 雷狼竜は巨体に似合わない動きでバズーカ砲を避け、俊敏な動きで八百万へ前脚を振り上げた。

 その時だった。

 

「掛かりましたわね!!――切島さん! 目を閉じてください!!」

 

 前脚を上げた瞬間、八百万は切島へ叫ぶと自身のコスチューム。その胸元を恥じらいもなく広げた。

 

『おぉぉ!!! ズームで見せろ!!! オイラのリトル峰田がビッグ――』

 

『峰田ちゃん、うるさいわよ』

 

 映像を見ていた峰田が叫び、蛙吹が制裁している事など竜牙達が知る事はなかったが、現れたのは彼女の持つ“発育の暴力”という色っぽい物ではなかった。

 胸部分から出て来たのは筒状の物体が二個――閃光弾。そして八百万の顔にはサングラスが付けられており、それを見た瞬間、雷狼竜は気付いた。 

 

『ッ!?』

 

 自身に害がある物体だと。同時に辺りに強烈な光が放たれ、フロア全体を光が包み込んだ。

 そして雷狼竜の視界は強烈な光によって、闇に包まれた。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 フロア全体が揺れた。窓ガラスは砕け散り、建物が悲鳴を浴びる。

 何があった、人間が何をした。雷狼竜は八百万からの攻撃を察したが、何が起こったか分からず混乱し、強烈な遠吠えを放った。

 

「ッ!!? な、なんて鳴き声ですの……!」

 

 それは、このパターンを想定し耳栓を付けていた八百万ですらダメージを受ける程の遠吠えだった。

 だが八百万は揺れる身体に鞭を打ち、遠吠えが若干収まると耳栓を捨てて切島の下へと駆け寄る。

 

「お立ち下さい切島さん! 態勢を整えますわ!」 

 

「お、おぉ……! そ、そうだな! 良し!」

 

 閃光から身を守れても、遠吠えのダメージまでは切島は防げず大きなダメージが残った。

 だが気合で態勢を整え、八百万の手を借りながら呼吸を整えながら雷狼竜を見た。

 

「……Grrrr」

 

 雷狼竜は小さな唸り声を出していたが、それは先程の遠吠えとはあまりに差がある小さな声。

 同時に二人は察した。雷狼竜は冷静になっている事に。

 その光景を見て、八百万は険しい表情を浮かべながら嫌な汗も流れていた。

 

「もう正気に戻るなんて……なんて生物なんでしょ……!」

 

「まぁ見た目はアレでも中身は雷狼寺だしよ、そりゃあそうだろ」

 

「……えっ?」

 

 肩で息をしながらみ平然と言う切島の言葉に、八百万は思わず呆気になるがすぐにハッと気づく。 

 見た目は雷狼竜でも、あれは竜牙の個性による姿に過ぎない事に。

 まるで野生の獣みたいな思考と動きのせいで、八百万はすっかりアレが竜牙である事を忘れ、雷狼竜という生物として対峙していた。

 

「そ、そうですわよね……あれは雷狼寺さんですし、私ったら何を――」

 

 どうも認識にズレがある。自分らしくない冷静じゃない思考だと八百万は反省した時だった。

 

「Grrrr……!」

 

 雷狼竜は赤い放電を発しながらも静かに動き始めていた。

 しかし、何やら様子がおかしかった。切島と八百万の二人から間合いを取る様に歩き、鼻はヒクヒクと、耳も落ち着きなく敏感に動いていた。

 そんな違和感がない程に野生動物の様な仕草。そんな動きに八百万は何かがおかしいと再度を思考を巡らせると、切島も同意見を抱いた。 

 

「……さっき、あぁ言ったばかりだけどよ。なんか、人の動きじゃないよな? まんま動物っていうかよ」

 

「えぇ、あんな動きや仕草。まんま動物のそれですわ。それに――」

 

 困惑気味に話す二人だが、更に共通している事があった。

 そして、それを思考を巡らせて余裕のない八百万の代わりに、切島が代弁する様に口を開いた。

 

「あぁ……コイツだ。ずっと建物内に入った時から感じてるプレッシャー! ずっと息苦しい感じだった原因は!」

 

 間合いを取る様に動く雷狼竜から放たれる絶対の圧。

 止まらぬ冷や汗、ずっと神経を研ぎ澄ます事を余儀なくされた事への負担。それを存在するだけで二人に与え続ける絶対的な強者。

 

「すげぇ個性だな……漢らしくねぇけど、弱音吐いちまう」

 

「確かに恐ろしい個性ではありますわ。――ですが、それ故の弱点もございますわよ!」

 

 八百万には策があった。両腕を同時に振ると一斉に飛び出し、地面に設置される円盤型の物体――地雷。

 それは人間相手には巨大だが、相手が雷狼竜ならば寧ろ丁度良い。

 そんな地雷が20近くも双方の間に設置され、雷狼竜が下手に動けば必ず踏む形となると、その光景を見ていた芦戸は驚きの声をあげた。

 

 

『すっご!! ヤオモモってば創造の速度や個数多くなってるじゃん!?』

 

『……やれば出来る奴だぞアイツは』

 

 芦戸の言葉に対し、共に相澤と戦った轟は静かに呟く。

 創造の個性は難易度の高い個性だが、使い方を極めれば自身は疎か、竜牙すらも倒せる個性だと轟は思っていた。

 

『よし! この地雷原ならば流石の雷狼寺君も迂闊には動けない筈だ!』

 

『まだまだ勝負はこれからだな!』

 

 飯田と砂藤が手に汗を握り、二人の言葉に他のメンバーも勝負はまだ終わらないと確信する。

――とある4人を除いて。

 

『……馬鹿が。どんだけお気楽に考えてんだ? 頭湧いてんのかッ!』

 

 最初に周りに異を唱えたのは爆豪だった。

 画面をずっと睨み付け、竜牙の姿の歯を噛み締めながら嫌な汗を流す彼の姿に周囲は唖然となる。

 

『おい、なんだよ爆豪、いきなりキレて……』

 

『うっせぇっ!! あんな見え見えの地雷見せて、あれがビビると思ってんのかっ!!』

 

 あんな埋まってもいない地雷なんぞ、一体なんの脅威があるというのか。

 それで倒せるならば、体育祭で自身が倒していると爆豪は理解していた。

――実際、その通りになった。モニターから強烈な爆発音が聞こえ、一斉にA組は視線を戻す。

 

「な、なにが……!」 

 

 八百万の目の前で、創造した地雷が一斉に爆発した。

 同時に雷狼竜の周囲に飛ぶ蝕龍蟲に気付き、その虫達は一斉に八百万と切島目掛けて突っ込んできた。

 

「やべぇッ!?」

 

「これは……!」

 

 二人は横に飛んで回避するが、そのまま壁を突き破る程の破壊力を見せる虫の特攻に嫌な汗を流す。

 だが理解した。地雷を一斉に破壊した正体。この黒い虫達だと。

 

「ハァ……ハァ……こりゃあ、気合を更に入れねぇとやべぇな」

 

「えぇ……驚きはしましたが、まで勝てない訳ではありませんわ」

 

 硬化した腕をぶつけ合って気合を入れ直す切島に、八百万はまだ心の折れていない真っ直ぐな瞳で頷く。

 地雷が処理されたのは驚いたが、地雷だけが切り札と思われるのは心外。

 手札はまだまだあると、二人は雷狼竜へ構えた時だった。

 

『……()()()も贋作か?』

 

「……えっ?」

 

 不意に聞こえた人の声。雷狼竜の鳴き声ばかりで麻痺していたが、自分達以外にも人がいるのは当然。

 それでも二人が驚いた理由は、相手が()()だからだ。

 全身に雷狼竜を模した鎧フル装備の竜牙。爆豪戦でも見せた、完全な人型の姿があった。

 

『爆豪ん時に見せた人型!?』 

 

『けどよ! さっきまで雷狼竜だったろ!? 変身が早いぞ!』

 

 芦戸と砂藤が周りの声を代弁し、全員がそれぞれの思考の下、息を呑んでモニターに釘付けになる中、爆豪は屈辱感を露わにした睨みで見ていた。

 そして歯を食い縛り、絞り出す様に呟く。

 

『馬鹿が……あの時よりもヤベェだろうが』

 

 まだ上があった事に、爆豪ですら内心で焦りが生まれていた。まだ追い付けない、コイツには勝てないんじゃないかという不安。

 それは八百万、切島という多少でも認めている二人の姿があっても、爆豪は更にこう呟くしかなかった。

 

『……勝負ついてたんじゃねぇか』

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 だが爆豪の言葉を知らず、切島は竜牙へと突っ込んで行く。

 武闘派ヒーローの下で学んだ技術。相手が人型ならば通用する。全身硬化し、これで決めると言わんばかりの勢いで切島は接近戦を挑む。

――だが竜牙の間合いに入った瞬間、切島は上から強烈な重圧を受けた。

 

「ぐっ――」

 

 声を出す暇もなく切島は沈む。床にめり込み、壊して下の階、下の階へと一瞬で叩き落とされた。

 残ったのは轟戦で見せた巨大なハンマーを持つ竜牙と、唖然とする八百万だけだった。

 

「ッ!――切島さん! 切島さん! ご無事なんですか!?」

 

『――』

 

 我に返り、無線で切島へ連絡する八百万だったが、無線からは何も返ってこない。

 切島はもう1階フロアで瓦礫に埋もれながら気絶しており、返す事は出来なかった。

 

『……終わらせる』

 

 竜牙は次の標的を八百万に決めると、今度は竜牙から彼女へと向かって行く。

 その速さは凄まじく圧のある走りで、まるでクマや猪を彷彿させる野生の走りが八百万に迫る。

 

「くっ!」

 

 対し、八百万は両腕から自動小銃を創造。そのまま竜牙へ問答無用に引き金を引く。

 一斉に飛ぶ弾丸の嵐。だが竜牙はまるで雨に当たっているかの様に速さを落とさず、怯まず、そのまま迫り続けた。

 雷狼竜の鱗・甲殻。高火力でもなければ傷もつけられない鎧では、たかが豆鉄砲では怒りしか買えない。

 

「――っ!?」

 

 目の前でハンマーを振り下ろす竜牙へ、八百万は横に飛びながら撃ち続けながらも、効果がないと分かると銃を捨て、今度は全身から布を創造して竜牙の全身に巻き付けた。

 これは相澤の拘束布の八百万アレンジ版。巻き付けた布を自身から引き離し、距離を取ろうと試みるが直後、背後から強烈な咆哮に襲われる。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 人型から再び雷狼竜化した竜牙は、一瞬で拘束布を引き千切った。

 

 

「そんなっ!?」

 

 八百万は恐怖する。雷狼竜の個性だけじゃなく、その判断の速さに。

 そんな判断力まで合わされば、本当に勝てる要素がない。

 

「どうすれば……あっ――」

 

 八百万は態勢を整えようとした矢先、無意識な強烈な圧を感じ取る。

 分かる。来る。雷狼竜がそのまま自身を攻撃しようと。

 一矢報いるのも無理。受け身を取れ。ダメージを減らせ。願え、竜牙が手加減する事を。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

「っ!」

 

 咆哮を認識した直後、八百万は瞳を閉じた。怖いからだ。

 そして、せめて衝撃が弱い事を祈った時だった。

 

「私が来た!!!」

 

 八百万を庇う様に現れたのはオールマイトだった。

 仁王立ちし、雷狼竜もオールマイトに触れる直前に停止するが、オールマイトの表情は何とも言えないものだった。

 

「雷狼寺少年……! 何故だ、何故ここまでしてしまった! 尾白少年の件と言い、君ならば、もっと――」

 

 怒り、されど悲しみが濃い。ついさっき伝えた筈なのに何故と。

 けれど直後、オールマイトは確かに聞いた。

 

アナタ ヲ オワラセナイ

 

「!……今のは――」

 

 雷狼竜から確かに聞こえた竜牙の声。

 オールマイトは何か言おうと手を伸ばすが、雷狼竜はもう用はないという様に静かに歩いて行ってしまう。

 途中、壁でも壊したのか破壊音と、屋上に向かったらしくビルが大きく揺れた。 

 

「……私のせいなのか雷狼寺少年。もう君にとって私は№1ではなく、守る存在に見えるのか」

 

 オールマイトは、いつの間にか背後で気絶していた八百万を抱き抱えると、尾白と切島を救出する為に歩き出した時だった。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 また咆哮が聞こえる。雷狼竜の咆哮が。

 まるで何かを伝えるかの様に、誰かに自身の存在を知らしめるかの様に、ずっと咆哮は止まない。

 そんな姿を見て、緑谷達は何も言えなかった。どうやって竜牙を止めるかが分からないからだ。

 

――俺は此処にいる!!

 

 

 咆哮は止まず、授業が終わるまで竜牙は吠える事を止めない。

 そして人に戻った後、竜牙の白髪には薄っすらと赤みと黒が混じっていた。

 

 

▼▼▼

 

 

ア~ハッハッハ!!!

 

「おぉ!? どうしたんだい先生?」

 

 とあるドクターのラボでイカレた様に突如、大笑いを始めたオール・フォー・ワンの姿にドクターは驚愕する。

 けれど返答は返ってこない。ただただ笑い続けるオール・フォー・ワンに、ドクターは諦めて作業に戻った。 

 だが内心では、オール・フォー・ワンは心が躍っていた。

 

「あぁ……! 分かっている……分かっているさ。確かに()()()()()! 本当に成長が早い……いや()()()()()のかな? まぁどっちでも良いか……ククッ……クククッ――」

 

ア~ハッハッハ!!!

 

 オール・フォー・ワンの笑い声。それは偶然なのか、オールマイトの授業が終わる頃まで続いたのだった。

 

――社会は荒れる。内心で誰もが不安がある中、竜牙達の林間合宿は訪れようとしていた。

 

 

END

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