僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~


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作:四季の夢
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第二十九話:A組でショッピングモール


お久しぶりです。
世の中は大変ですが、何とか私は元気です(´・ω・`)
現実はやっぱり忙しいです(´;ω;`)


「よっしゃー! 来たよ来たよ! 木椰区ショッピングモール!!」

 

 待ち合わせ場所に響く葉隠の声、そして個性的な私服を纏ったクラスメイトの中に耳郎もいた。

 

――まぁ別に意識した訳じゃないけどさ。

 

 耳郎は内心で言い訳する様に自分の履いている網タイツを見て、その次に迷彩柄のズボンとTシャツを着た竜牙の方を向く。

 

「……日差しが眩しい」

 

「じゃあ堂々と直射日光の方を向くなっつうの……」

 

 相変わらず無表情でマイペースな竜牙に、耳郎は呆れた様に呟くが、気になるのはそこじゃない。

 あくまでも自分の意思だが、望んでた格好をしている自分に一言ないかと思っていると、竜牙は気付いた様に自分の足を見ている事に耳郎は気付いた。

 

「……えっと、なに?」

 

「……ありがとう」

 

――いや、ありがとうも変だろ!?

 

 なんか言われている側が恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じながら耳郎は未だにガン見している竜牙にイヤホンをぶち込もうとした時だった。

 

「あのぉ……皆さんはどちらを回られるのですか?」

 

 そう言って声を掛けて来たのは八百万だった。

 よくよく見ると、周囲は何気にメンバーが固まっており、耳郎も竜牙と障子といういつものメンバーとなっていた。

 

「うちは大きめのキャリーが欲しいんだよね」

 

「俺もキャリーを新しくしたい……障子は?」

 

「俺は靴とかを見たいな」

 

「あの! なら私も一緒に行っても良いでしょうか!」

 

 その言葉を聞いて耳郎は察した。

 何だかんだで八百万は世間知らずに気付いているのか、やはり不安があるのだろう。

 だからUSJで一緒になった自分や竜牙いる方が落ち着くと思い、耳郎達は頷いた。

 

「別にうち達は良いし、一緒に行こうヤオモモ」

 

「俺は気にしないし、既に何人かは行ってるしな」

 

 障子の言う通り、既に何組かは時間を決めて勝手に行ってしまい、残されているのも耳郎達と緑谷と麗日ぐらいだった。

 すると、それを聞いていた竜牙はポケットから何かカードを数枚取り出していた。

 

「他の奴には渡し損ねたな……」

 

「えっ……なにこれ、もしかしてブラックカード的な?」

 

 耳郎達が竜牙から渡されたのは黒いカードで、『雷狼寺グループ』の社紋が刻まれていた。

 まさかの戦車も買えるあれかとも思ったが、竜牙はそれを否定する。

 

「違う……が、雷狼寺グループに関係のある店で買うなら使え。普通に得できる」

 

「まぁ、何か分からないけど一応、貰っとく」

 

 価値は分からないが、別に害がある訳でもないと思い耳郎達は受け取ると、取り敢えずそれぞれの目的の店へと歩き出した。 

 

 

▼▼▼

 

 ショッピングモール内では人で溢れかえっていた。

 振替休日の自分達とは違う筈だが、それでも人は多く、耳郎達は迷わない様にキャリーのある店を訪れていた。

 

「……うわ~やっぱ良い値段するんだよねぇ」

 

 耳郎は気になったキャリーを見付けるが、その値札を見て悩んでいた。

 

――予算は親から3万だけど、値段は5万4千……きついかなぁ。

 

「やっぱり無理かなぁ……_?」 

 

「耳郎さん、なら隣のレーンのがセール中らしいですわ」

 

「そっちも見たんだけど、使うなら長く使いたいしさ……」

 

 長く使うなら、やっぱり見た目にも拘りたい。

 本当はCDやマニキュア等を買う為に小遣いも持ってきているが、それを合わせれば買える。

 

――頻繁に使わないと思うけど、いざって時に後悔しそうだし……。

 

 耳郎は内心で無理して買う決意した時だった。

 隣から竜牙が現れ、そっと先程渡してきたカードを見せてくる。

 

「この店でも使えるぞ?」

 

「おぉっ!? ビックリした……気配を消すなっつうの。それで、このカードは何なの?」

 

「実践して見せてやる。――すみません」

 

 竜牙はそう言って手を上げると、店員は近くへ呼んだ。

 

「は~い、いかがなさいましたか?」

 

「……これ、会計で使いたいんですが?」

 

「!?――畏まりました。この度はご来店、誠にありがとうございます」

 

 竜牙がカードを提示すると、店員の雰囲気が一変し、竜牙と自分達に深く頭を下げて来た事に耳郎達は困惑するが、その理由は店員の口から語られた。

 

「雷狼寺グループ発行の超会員証を確認しましたので、今回の支払いは全て()()とさせて頂きます」 

 

「えぇ!? 半額って、このキャリーもですか?」

 

「いえキャリーだけではなく、店内全ての商品が半額となります。――では、私はこれで失礼します。どうぞ良いショッピングをお楽しみ下さい」

 

 店員はそう言って下がって行き、呆気になる耳郎と障子へ竜牙は何事も無い様に見て来る。

 

「言ったろ、得するって」

 

「言ったけどさぁ……半額って」

 

「逆に申し訳ないな……」

 

 本音を言えば嬉しいが、やはり申し訳なさもあるのは性なのか。

 耳郎と障子は何とも言えないような表情をすると、隣で見ていた八百万も思い出した様に財布からカードを取り出していた。

 

「そういえば私も持っていましたわ!」

 

「あぁ……八百万なら普通に持ってるか」

 

「ですが自分で使った事はないので、少し不安でしたから……丁度良いのかも知れません」

 

――そうだった、この二人は普通にセレブだったわ。

 

 勉強会で家に言ったから八百万の家は知っており、竜牙も両親との関係はさておき、大企業の息子だ。

 だから耳郎は、金持ち同士の会話を始める二人の間に割り込むことを諦め、そのまま遠慮せずに会員証で半額でキャリーを購入する事を選ぶのだった。

 

▼▼▼

 

 

 その後、キャリーや靴、水着などを購入した耳郎達は店を出たが、申し訳ないという理由で竜牙へ超会員証を返却していた。

 

「気にする必要なんてないぞ?」

 

 竜牙はそう言い、八百万もあまり顔色が良くない耳郎達を心配していたが、根本部分がズレている以上、耳郎と障子は真顔で教える事を選んだ。

 

「いや、うち達の価値観も考えて欲しいんだけど」

 

「お前と八百万は少数派の人間だぞ?」

 

 要約すれば、皆が皆、お前達セレブだと思うなと言う事であり、耳郎と障子の言葉を聞き、竜牙と八百万は互いに首を捻りながらも、何となく納得するのだった。

 

 そして現在、林間合宿に必要な物を購入したが、待ち合わせ時間までかなりあり、4人は自由なショッピングで時間を潰す事にした。

 ゲームセンター・家電・楽器等、色々と見て何処へ行くかと相談しながら耳郎達が歩いていると、不意に()()()本屋の前で足を止めた。

 

「!……こ、これは――」

 

「ん? なに雷狼寺? なんかあった――」 

 

 不審に思った耳郎が本屋の入口で足を止める竜牙、その視線の先を追うと、その原因を見て納得した。

 

「……女性プロヒーロー達の写真集」

 

「しかも、真夏の水着特集だな……」

 

「……特設コーナーまでありますわね」

 

 耳郎達の視線に写ったのは、大々的に特設コーナーに並べられている『女性プロヒーロー・水着写真集』の山だった。

 ミッドナイト・リューキュウ・ミルコを筆頭に、数々の女性プロヒーロー達が表紙を飾り、竜牙の様な特定の者達の足を止めさせていた。 

 またモデルが凄まじいだけあり、その着ている水着も派手・大胆な物が多く、竜牙は身体は耳郎達に向けていたが、顔だけは写真集に固定されており、そんな彼を見て耳郎達は思い出す。

 

――雷狼寺 竜牙、A組で唯一峰田と趣味の話が出来る猛者である事を。

 

「あぁ、その……欲しいの?」

 

 首だけ固定している竜牙へ、とりあえず耳郎は聞いてみたが、竜牙はハッとなった様子で首を戻して振りながら否定する。

 

「……別に欲しくねぇし」

 

「無理があるぞ雷狼寺……!」

 

 興味ねぇよ、そんな態度の竜牙へ、どの口が言うんだと、自分の今の姿を見てから言えと、そう言わんばかりに障子がツッコミを入れ、耳郎と八百万も死んだ目で頷いた。

 相変わらず無表情だが、あからさま過ぎる竜牙の様子に耳郎達は呆れながらも溜息を吐き、友人達の前では買えないでいる、情けない憧れのヒーローに助け舟を出す事にしてあげた。

 

「いや、あのさ雷狼寺……別にうちら否定も軽蔑しないし、普通に理解できるからさ、欲しいなら買って来なよ」

 

「!……良いのか?」

 

 耳郎の言葉に竜牙の表情が明るくなった様な気がした。

 一見、今も無表情だが何となく耳郎達も察せる程に理解は出来ており、耳郎の言葉に続くように障子と八百万も頷き、背中を後押ししてあげた。

 

「俺達の前だからって遠慮するな。お前の事は分かっているつもりだ」

 

「えぇ、雷狼寺さんは峰田さんと違って、常識がある方ですから」

 

「……そうか、俺は友に恵まれていたんだな」

 

――このタイミングと状況で聞きたくなかった。

 

 良いセリフなのに、それを友人達の前でグラビア雑誌が買えないヘタレとの会話で言われえると思わず、耳郎達は内心で何とも言えない気持ちを抱いてしまった。

 だが、竜牙はどこか嬉しそうな雰囲気で本屋の方を向き、耳郎もそんな彼を見守っていた時だった。

 

「……なんだかんだで大丈夫そうだな」

 

 隣に来てそう呟いたのは障子だった。

 同時に耳郎も障子の言葉と、今の竜牙の姿を照らし合わせて頷いた。

 

「……確かにね。実技の時に比べれば――」

 

『――俺は強くなったか?』 

 

 耳郎と障子は実技授業の時、竜牙が見せた“黒い雷狼竜”の腕を思い出す。

 

――同時に、黒い雷も。

 

 数日間は荒れていたとも言えるが、日常に戻れば血の滾りも収まるのか、いつもの竜牙だ。

 

「うちさ、少し調べてみたんだけど……動物系の個性には結構多いみたいじゃん。喧嘩とか、試合とか、そう言う戦いになると好戦的になる人がさ」

 

「えぇ、私も存じております。動物の個性は、その人の性格ありますが、個性の動物の影響も大きいと聞いておりますから」

 

 ライオンを筆頭に肉食系は戦いとなれば、その獰猛な一面を発揮する。

 けれど草食動物の個性の者達も決して例外ではない、牛の様に一見臆病な性格でも、一度暴れてしまえば、とんでもない個性の力を発揮する者もいる。

 ちょっとした肉体の一部、それが最初から備わっている異形系ならば例外はあるらしいが、竜牙の場合は発動する度に変身するタイプ。

 しかも、変身すると雷狼竜の性格も諸に影響してしまう。

 

「……日常では雷狼寺だが、闘いとなれば雷狼寺は()()()()なってしまうか」

 

「けど、普通に体育祭まで性格に影響とかなかったじゃん。USJの時だって、ヴィランにだって過剰な敵意も、攻撃もしなかったし」

 

「……やはりインターンの、ヒーロー殺しとの接触等が影響しているのでしょうか? 影響力の強いヴィランは、他者に強い影響を遺すという実例もありますから」

 

「……ヴィランの影響かぁ」

 

 八百万の話を聞いて耳郎は、内心では半信半疑だった。

 入学テストの時も、単身で0pヴィランに挑み、除籍を賭けたテストでもブレず、けれど内心で己の個性に悩んでいた一人の少年。

 けれど竜牙が、誰かを守る時には必ず信念を貫く強い心を持っているのを耳郎は知っている。

 だから直にヒーロー殺しを見ていない事もあるが、耳郎が竜牙が簡単にヴィランの影響を受けると思えない。

 

「……まぁ、それに関してもおいおいか。濃い付き合いとはいえ、俺達はまだ雷狼寺とも数ヶ月しか付き合いがない。焦らず、ちゃんと時間を掛けて知っていこう」

 

 障子が焦りそうなになっている耳郎を察してか、落ち着かせる様に現実的な言葉を掛ける。

 そして、それが功をそうし、耳郎も納得する様に頷くと八百万も理解している様に肩に手を置いた。

 

「恐らくですが雷狼寺さんは少々、周囲の環境や個性の発達で困惑しているのかも知れませんわ。ですから、私達は雷狼寺さんと普通の日常を過ごしてあげるのが、最も為になると思われます」

 

「ハハッ……確かにね。あんなに試験で荒れてたのに、今は女性プロヒーローの水着に夢中だし」

 

 耳郎も確かにと納得し、思わず笑ってしまった。

 少なくとも目の前にいる竜牙は、試験の時の彼ではない。

 八百万の言う通りだと思いながらも、まずは竜牙の好きにさせようと考えた。

 

「じゃあ、まずはこの後からだね。思う存分、写真集買わせてあげよう」

 

「だな」

 

「えぇ!」

 

 耳郎の言葉に、障子と八百万も思わず口元を緩ませながら頷き、まずは一人の買い物を済ませてやろうと気を利かせ、近くの自販機で時間を潰そうと耳郎達が竜牙へ背を向けた。

 

――時だった。

 

「ん……?」

 

 不意に耳郎達は、服を掴まれた様に後ろに引っ張られる感覚を覚えた。

 けれど、実際それは間違いではない。

 

――まさか……。

 

 耳郎達の脳裏に過る、ある予感。

 このタイミング、そして背後にいる人物はただ一人。

 顔に影を残し、錆びた機械の様に耳郎達はギギギっと、首だけで振り向くと、そこには自分達の服の裾を掴む者がいた。

 

――()()()の様な雰囲気と、捨て犬が飼い主へ何かを訴えかける様な目をした竜牙がそこに。

 

 相変わらず無表情だが、それでも耳郎と障子は勿論、八百万も慣れたのか訴えかける何かに勘付く。

 

――捨てないで……置いて行かないで……。

 

 まるで自分達が悪いかの様に、良心に確実に狙い撃つ様な悲壮感からの直接攻撃。

 それを放つ竜牙を見て、耳郎達は思い出した。

 

 雷狼寺 竜牙、唯一峰田と趣味の話が出来る猛者。

――だが、その内心はムッツリ。

 

「……まさかうちらに」

 

「……写真集を買うのに」

 

「……付いて来て欲しいと?」

 

「……!」

 

 三人の言葉に竜牙はコクリと頷くのを確認し、耳郎達は確信して内心で叫んだ。

 

――そうだ雷狼寺は、普通にヘタレだったぁぁ!!?

 

 結局、見捨てる事が出来ず、耳郎達は八百万に変装道具を作って貰って4人全員が変装し、同じ写真集を4冊ずつ買う竜牙へ付き合うのだった。

 その姿はまるで、息子の初めての御遣いを見守る保護者の様だと、店員は思ったそうな。

 

 因みに余談だが、日頃、竜牙がこの手の買い物をする時は変装か猫折さんに頼むのだが、最近は体育祭で有名になった事で難しくなり、もっぱらネット通販か猫折さんに頼っている。

 そしてその度に、土下座までされる猫折さんは耳まで顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに尻尾や耳を動かしながら買い物をしている事は竜牙は……知っている。

 

――確信犯だ。

 

 

▼▼▼

 

 その後、クラスメイトの女性プロヒーロー水着特集写真集、その大人買いを見守った耳郎達は辺りをウインドショッピングをしていた時だった。

 スポーツ用品店の前を通おると、障子が不意に足を止め、竜牙達の方を向いた。

 

「すまない、少し筋トレのグッズを見て行きたいんだ」

 

「……そうか、普通に付き合うぞ?」

 

 書店で付き合って貰った恩もあり、竜牙は提案するが障子は首を横へと振った。

 

「いや、じっくりと見てみたい。だから悪いし、待ち合わせ時間まで俺はここにいるから、雷狼寺達はそのまま行ってくれ」

 

 自分に長く時間を取られることを悪いと思った障子がそう言うと、その隣で八百万も申し訳なさそうに手をあげた。

 

「す、すみません……私もちょっと、あそこの古本屋に寄ってみたいので……」

 

 そう言って八百万の視線の先にあったのは、洋風の古本屋だった。

 古い日本の本もあれば、外国語で書かれた表紙の本もあり、雰囲気と彼女の性格から察するに八百万も長い時間、その古本屋にいたいのだと分かる。

 

「あぁ、そう言う事ね。普通に気にしなくて良いよ二人共。うちも個人で見たい店もあるし、雷狼寺も行きたい店あれば行って良いんじゃない? 何かあれば連絡取れる様にしたら良いし」

 

 耳郎なりに気を遣い、竜牙達に気を遣わせない様に言ったのだが、障子と八百万とは違い、竜牙にはもう目的はなかった。

 

「……そう言っても、もう目的も無ければ買い物も満足した」

 

 先程買った大型のキャリーを早速使い、その中に大量の水着写真集を入れている竜牙は普通に満足していた。

 だから良いのであれば、三人の内の誰かに付いて行くのも有りと思っており、少し悩む素振りを見せていると耳郎が髪を弄りながら、少し照れ臭そうに口を開いた。

 

「あぁ……その、だったらさ雷狼寺? うちと一緒に行かない? マニキュアとか、楽器とか色々と見たいんだけどさ」

 

「別に良いが、俺はファッションも音楽も詳しくないぞ?」

 

「いきなりそこまで期待しないって。ただ、一人で行くのもなんか勿体ないから誘ったの」

 

「……そう言う事なら別に構わない」

 

 竜牙が頷いた事で耳郎も少し安心し、顔の熱が冷めるのが分かった。

 意識した訳じゃないが、流石にこんなにストレートに誘うのは大胆だったかとも思ったが、当の竜牙も気付いた様もなく、まずは一安心。

 そして、話が決まった所で障子と八百万も頷いた。

 

「じゃあ決まりだな。1、2時間したらここで集合、何かあったら連絡――で良いか?」

 

「分かりましたわ」

 

「じゃあそれでいこっか」

 

「また後でだな」

 

 そう約束をした後、竜牙達は分かれ、それぞれの目的の店へと足を運んでいった。

 

▼▼▼

 

 分かれた後、竜牙は耳郎とマニキュア等を扱う化粧品店へ向かい、化粧品の独特な匂いが過敏に感じる竜牙が、少し険しい表情をしていると、耳郎は店頭に並ぶマニキュアに早速近付いて手に取っていた。

 

「へぇ……結構色々と出てるじゃん」

 

 試供品を手に取り、耳郎は爪を染め始め、良い感じに塗り終えると竜牙へ感想を聞く為、青色に染まった爪を見せつけた。

 

「どう、どんな感じ?」

 

「……青か。耳郎は黒が多い、だから無難に赤が似合いそうだ」

 

「あぁ~確かに。でも、赤は結構使ってるからたまには別のも見てみたいんだよね」

 

 そう言って耳郎は色々試供品を見ていると、不意に竜牙の爪が目に入る。

 雷狼竜と違い、鋭利ではないにしろ綺麗な形の竜牙の爪。だが、マニキュアは疎か、ネイルオイルも塗られた様子もなく、耳郎は少し勿体ないと感じてしまう。

 

「あのさ、雷狼寺もなんか塗ってみない? 綺麗な爪してるし、勿体ないって」

 

「……男がマニキュアってへんじゃないか? マニキュアって女性用だろ?」

 

 ファッションへの興味が最低限の竜牙はそう言って、困惑の雰囲気を纏った。

 けれど仕方ないとも言える。ファッションが最低限と言う事は、流行は疎か、化粧品は女性用というイメージの認識が強い。

 それを耳郎も察したが、いやいやと否定しながら言い始めた。

 

「いや、今じゃ普通に男性も使ってるって。マニキュアじゃなくても、ネイルオイルとか、身だしなみに使う人もいるし。良い機会だと思って、少し塗ってみたら?」

 

「……じゃあ、耳郎が選んでくれ。俺には想像もつかない」

 

 竜牙にとって化粧品に触れる事自体が冒険であり、どっちの足から踏み出すべきかレベルで迷う事だった。

 謂わば、右も左も分からない子供。

 耳郎はまるで、小さな子供が不安がって自分の服の裾を掴んでいる様な感覚を覚え、思わず苦笑するが言った以上は責任を取るつもりだった。

 

「じゃあさ、うちに任せて貰っても良い?」

 

「……選んでもらえるなら、そうだな。任せた」

 

 自分で言った事とは言え、竜牙に頼られるのが少し嬉しく感じた耳郎は楽しそうな笑みを浮かべ、背を向ける彼女を竜牙は見守りながら日常の楽しさを自覚し始めていた。

 

――なんか楽しい、そして落ち着くな。

 

 肩に何か背負う必要もなく、常時血を滾らせ、闘争を燃やし続ける必要も、血を求める必要もない。

 

――また会いに来るよ?

 

 オール・フォー・ワンの声が竜牙の脳裏に蘇るが、今はそこまで恐怖もない。

 友人達との日常、それにより竜牙は確かに落ち着きを――

 

『……お久しぶりですね。USJの時はどうも』

 

「――!?」

 

 反射的にバッと振り返った竜牙の眼に写るは、日常を生きる大勢の市民。

 笑い、何かを食べ、今を楽しんでいる人々。

 

――だが不純物がいた。

 

 確かに竜牙には聞こえた、声が、そして匂いも感じ取った。 

 あいつだと、USJにいた“奴”だと。気付けば竜牙の瞳だけは“雷狼竜の瞳”に変化していた。

 

「あれ……雷狼寺?」

 

 そして耳郎が気付いた時には、キャリーだけが残されて、竜牙の姿は既になかった。

 

 

▼▼▼

 

 ショッピングモール、店と店の間によって生み出された路地裏の様な確かな空間。

 湿気臭く、埃っぽい中、化粧品店から少し離れたその場所に竜牙は足を踏み入れていた。

 

「……いるな?」

 

 湿気、誇り、ネズミ・虫の糞や腐敗の匂いに紛れ、確かに存在する圧倒的“異物”の匂い。

 

『……ご名答』

 

 そして姿を現す闇に紛れ込む一人の男が、その姿を現すと竜牙は男の名を呟く。

 

「“敵連合”――黒霧……!」

 

『――そして()()()()

 

 黒霧はノートパソコンの様な、折り畳まれた小さな端末を開くと、一人の男の映像が映し出される。

 

『……やぁ! 元気そうだね、怪我はもう大丈夫かい?』

 

 まるで他人事、仲の良い親戚の子供のお見舞いをするかのような能天気な声。

 だが竜牙はその声と、その姿を見た途端、瞳が血走った。

 

巨悪(オール・フォー・ワン)……!!」

 

 仇の様に睨み、絞り出すように声を出す竜牙の反応に黒霧は特に反応せず、画面の向こうのオール・フォー・ワンもまた、嬉しそうに口を歪ませる。

 

『やぁ……また会えて嬉しいよ、雷狼竜(可愛い教え子)

 

 両者は再び出会う。片方の、一方的な感情で。

 

 

 

END

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