僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~


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作:四季の夢
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第二十七話:弱者無用


ご無沙汰しております。
現実が忙しく、書く暇がなかったのです。

それでも今日から数日は投稿できるかな?
取り敢えず、宜しくお願い致します。


――試験から二日後。

 

 A組では既に4名が目に涙を浮かべ、全てを諦めていた。 

 切島・砂藤・芦戸・上鳴――実技で条件を達成できなかった者達だ。

 

「うっ!  ひっぐ! ……み、みんなぁ……土産話ぃ……楽しみにぃ……!!」

 

「おれらのことなんてぇ……気にせずに楽しんできてくれぇ……!」

 

 その中でエクトプラズムに敗北した芦戸・上鳴が一番悲しみの声が濃い。

 青春なんて楽しめない。学校なんて悪魔だ。

 切島と砂藤は観念しているが、この二人の異常な悲しみは逆に諦めきれていない。

 

 そして、そんな姿を見ていたたまれなくなり、緑谷がなんとか慰めようと声をかけていた。

 

「だ、大丈夫だよ!  きっとどんでん返しがあるって!  皆で林間合宿に行けるよ! ――たぶん」

 

「緑谷、フラグを折るなって……言ったらフラグが折れるパターンだぞこれ?」

 

 瀬呂は気まずい様子で緑谷に肩に手を置き、事態は既に手遅れである事を悟らせる。

 この学校ならばやる。事前に赤点者は連れて行かないと言っている以上、本気でそうする。

 それを根本では理解しているから、緑谷の言葉に上鳴と芦戸が心の叫びと共に指を突き付けた。

 

「馬鹿野郎ぉ!  赤点者は居残り補習授業!!  そして俺達は実技で赤点採った!  これがどういう意味か分からんのならお前等の頭は猿以下だ!!」

 

「猿以下だー!  どうせ私達の事なんてカラス以下だって思ってるんでしょ!!」

 

「ええぇ!!?  そんな事思ってないよ!?  そ、それにカラスの知能って小学二年生レベルって聞くし、だから大丈夫だよ!!」

 

「お、おう……緑谷、意外に追い打ちかけるタイプか……!」

 

 深く考えていないのか、それとも必死すぎてテンパっているだけなのか。

 瀬呂は緑谷の意外な一面を目にしてしまうが、ハッキリ言えば彼自身も自分が他人ごとではないと感じていた。

 

「……まあ、現実的に言えば俺もお前らの事を他人事に思えねよ。実際、ほぼ眠ってただけだし、峰田におんぶで抱っこだったからどうなるか分かんねえって」

 

 瀬呂は実技試験時、峰田と共にミッドナイトと対峙した。

 だが、彼女の個性『眠り香』によって瞬殺されてしまい、峰田が一人で必死に喰らい付いて条件を達成したのだ。

 故に、瀬呂は何もしていない。だからそんな結果では最悪のパターンもあり得る。

 

 明らかに5人の周囲から負の空気が発生し始めたと同時、教室のドアが勢いよく開く。

 

「予鈴はなったぞ、早く席に付け」

 

 相澤登場。

 席に座っていない事でやや機嫌が悪くなった相澤だが、上鳴達には担任でも慈悲を奪いし処刑人にしか見えていない。

 そして、教卓に着くと相澤は罪状を知らせる様に話し出した。

 

「……残念ながら、このクラスから赤点が出ました」

 

 ――!?

 

 全体に話す様な相澤の言葉。

 しかし、当事者達はそれが確実に自分達を狙い撃ちにしている様に聞こえ、思わず顔を下げた。

 

「事前に言っていた様に補習対象です」

 

 やめてくれ。そんな事は分かっている。

 相澤の復唱に切島達はいっそ殺してくれと、悲痛の表情で聞いていた。

 

 ――そして。

 

「――ですが、林間合宿は()()()()()()()

 

『大どんでん返しキタァァァ!!』

 

 まさかの大逆転。こんなに嬉しい事はない。神様、ありがとう神様。

 切島達は涙が止まらず、感謝、圧倒的感謝……!

 素晴らしい表情の相澤の言葉を聞き、切島達はただただ叫ぶしか出来ない。

 

「良いんですか私達!  本当に行っていいんですか!!」

 

「元々、林間合宿は強化合宿だ。赤点を取った者こそ連れて行かなければならん」

 

「じゃあ!  学校で居残り補習ってのは!」

 

「合理的虚偽ってやつさ」

 

 ――マタ ゴウリテキキョギィィィ!!?

 

 芦戸と上鳴によって判明した新事実。

 相澤の伝家の宝刀――合理的虚偽。

 何度目かという合理的虚偽にクラス全員からも声があがるが、相澤は慣れた様子でスルーする。

 

「因みに……今回の赤点者は――切島・砂藤・上鳴・芦戸……そして瀬呂だ」

 

「だあぁぁ……!  やっぱりか……なんもしてなかったからなぁ」

 

 瀬呂は納得と同時にやはりショックを抱きながら机に身体を預けるが、そんな瀬呂とは正反対に峰田は最高潮のドヤ顔だ。

 まさに勝者の顔であり、クラスの8割はイラッとしているがミッドナイトを突破したのも事実。

 少なくとも赤点組は何も言えない。

 

「しかし、そうなると採点基準は一体なんだったんですか?」

 

「……課題にどう向き合うかだ。我々はそれを見ていた」

 

 相澤は簡単に説明した。

 敵側であった教師陣とガチの戦いをすれば、生徒側に勝ち目なんてなく全員が赤点になってしまう。

 だが、今回は条件付き・ハンデを課した事で勝ち筋を残し、それに対して生徒側がどう動くかを重点に採点していた事を。

 

「だが赤点を回避した者も安心はするな。ハッキリ言ってギリギリ回避の者もいた……まだまだ課題が多い者もいるのが事実。それは自身が一番分かっている筈だと思うがな」

 

 その言葉に赤点者以外も背筋を伸ばして息を呑む。

 それぞれが思う所はあるのだろう。

 どこにハンデや手心があり、本当の戦いならば自分達が負けていた事に。

 

 ――竜牙を除いて。

 

(……温い。命の危機を感じもしなかった)

 

 竜牙は試験で()()()()()が、理想の成長・能力向上はできなかったと実感していた。

 根津が加減をしていたのも分かっている、罠も種類や数を仕掛けられていたならば戦況も結果もあらゆる変化があっただろう。

 無論、竜牙にも変化があったかもしれない。

 

 ――命狼竜以外の力が。

 

(あの時とは違う……)

 

『取り戻さねばぁ……! 誰かが血に染まらねばぁ……!!』

 

『――可哀想に、そんなに震えて』

 

 真の存在達。信念、巨悪、それらを持つ真の敵との命のやり取りは確かに己を強くした。

 

 ステイン、オール・フォー・ワン

 

 彼等は竜牙の命を奪うつもりはなかったが、その戦いは確かに命に照準をずっと向けられた戦い。

 引き金をただ引くことはせず、命のプレッシャーを与えられた故に、竜牙は己の命を守る為に眠りし限界をこじ開けた。

 

 死地こそ、生物の進化の分岐点。

 

 竜牙は更なる変化、成長を欲していた。

 それは内なる雷狼竜が望んでいる事でもある。

 死地を、命のやり取りを、滾る野生の血を抑える事を望まない。

 

 ずっと、ずっと滾っている。

 雷狼竜故の誇りを持ち、仕留めなければならない敵と認識した絶対敵。

 竜牙は当時の一時的な記憶を忘れていたが、雷狼竜達は一度たりとも忘れてはいない。

 

――手を出す事なかれ、敵対する事なかれ。雷狼竜の逆鱗は厄災なり。

 

「……まぁ、今は良いか」

 

 竜牙は今は冷静になる事にした。

 無駄ではない、日々過ごす毎に力は徐々に上がっている実感はある。

 最近は傷が絶えなかったからか、命狼竜が先に目覚めたとはいえ、もう一つの牙竜も間もなく目覚めるだろう。

 

(どんな事でも良い……切っ掛けがあれば、後は俺の力になるだけだ)

 

 その時を竜牙は静かに待つだけ。

 そして竜牙が考え事をしていると、相澤は全体を見渡していた。

 

「厳しく言うと、ハッキリ言って君達は()()()()()()()()()()()()()()。それを忘れない様に……そして最後に、言っておく事がある」

 

 ――雷狼寺。

 

「……?」

 

 相澤は竜牙へその目を向けた。

 

「……今回の試験内容でお前は条件を達成したが、赤点回避はギリギリだったからな?」

 

『っ!?』

 

 相澤の言葉にクラス一斉にザワつき始めた。

 見てない者もいるが、モニターで見ていた者達からすればなんで圧倒した竜牙が赤点ギリギリだったのかが分からないのだ。

 しかし全員という訳ではない。緑谷を始め、耳郎、轟、そして蛙吹は何とも言えない表情をしているが驚いた様子はない。

 直感的に分かっていた。あの戦い方はヒーローではない事に。

 

 だが気味が悪いのは、当の竜牙が微塵も驚いた様子がないと言う事。

 分かり切っていたと言わんばかりの態度に、相澤は察したのかどうかは知らないが、周りのざわつきを無視して話し出した。

 

「何故だとか聞くなよ雷狼寺? ……そんな事も分からない奴なら、最初の把握テストで()()にしている」

 

「えっ!……あ、あの相澤先生!  あの時の除籍は皆のやる気を出す為の虚偽だったのでは――」

 

「……見込みがないと判断すれば本気だった。あの時は諸君等が可能性を出した事で合格にしたが、今後も迫る選択肢の中で見込みがないと判断すれば、俺は例え体育祭1位だろうが、推薦組だろうが、某ヒーロー達に目を掛けられていようが除籍にするつもりだ」

 

 八百万の戸惑いの声を相澤は一蹴するが、その言葉の内容にクラスの空気は死にかけた。

 

 やっぱり除籍は本気だったんだ。

 除籍なんて嘘に決まっていると思っていた。

 どちらにしろ関係ない。

 

 それぞれの心中は困惑と冷静に分かれていたが、相澤は一切触れず、その視線は竜牙にずっと固定していた。

 

「……雷狼寺、お前の身に何があったかは聞かん。だが先程も言った様に、我々は課題にどう向き合うかを見ていた。その結果であるお前の行動を採点した答えがこれだ」

 

 0p改の撃破や根津の追い込み。

 あれがなければ条件達成が難しかったのも事実だが、竜牙による周辺被害が大きかったのも事実。

 これは実戦形式、ヴィラン撃退の為とは言え竜牙は壊しすぎ、そして暴れ過ぎてしまった。

 

 大半は0p改だが根津はヴィランとして動いている為、そんな事は問題ではない。

 しかし、竜牙はヒーロー。仕方ないで済む範囲ではなく、命狼竜で己の意思で周囲を破壊してしまった。

 それが減点箇所、ヒーローはヒーローであり活動の為とはいえ無用な破壊は許されない。

 

「お前の実力は評価している……だが、今後は力の制御を頭に入れろ。ヒーローには必ず結果が求められる、ヴィランを捕える為に周囲を犠牲にする存在は誰も求めていない――」

 

――ヒーローを目指すなら考えを改めろ。

 

「……以上だ」

 

「……はい」

 

 相澤の言葉に竜牙は意外にも素直に返事をする。

 だが、その声を聞いて心の底から反省したと感じた者は一人もいないだろう。

 マニュアル通りの挨拶、それが聞いた者達の印象。

 

 それは相澤も感じている筈なのだが、相澤はそれ以上は何も言わず、ホームルームはそれでお開きとなった。

 

▼▼▼

 

 午前の授業は終了し、昼食の時間。

 それぞれが弁当を出したり、食堂に行くかと話している中、竜牙は一人で教室を出ようとした時だ。

 そんな彼を呼び止める者が一人――

 

「雷狼寺くん……」

 

 それは緑谷だった。

 緑谷は不安そうな、そして緊張した様子で竜牙を見ていた。

 

「……なんだ緑谷?」

 

 竜牙は振り返り、そんな緑谷と対峙すると場の空気の異変に気付いた周りも視線を二人に向けてしまう。

 特に耳郎、障子、轟、そして蛙吹は何かを直感的に感じ取ったのか、思わず机から立ち上がって見守り始める中で緑谷はオールマイトとの会話からずっと感じていた疑問を口にした。

 

「……雷狼寺くん、何かあったんだよね? ――試験の時、僕達も二人の試験を見ていたんだけど、あれじゃ駄目だと思うんだ……ヒーローじゃないよ、以前の雷狼寺くんだったら絶対にあんな風に戦わないよ!」

 

「……頭で整理してから口にしろ。 ――何が言いたい、緑谷?」

 

 若干、パニックになっている緑谷に対して竜牙は冷静に対応する。

 感情が前に前に出ようとしてしまう緑谷だが、竜牙は問われている立場でありながらこの冷静さ。

 戦う前から軍配が上がっている状況であり、緑谷もそんな雰囲気を無意識に察したのか、頭をすぐに冷やすと言葉を選びをやめ、本当に聞きたい事を口にした。

 

「――なんで変わっちゃったの雷狼寺くん?」

 

 その言葉に周囲が急激に静かになった。

 気付いていて息を呑む者、何を言っているのか分からず首を傾げる者、それぞれが反応をする中である意味で第三者の立場になっている爆轟も珍しくこの話を教室の隅で聞いていると、竜牙はその問いに答えた。

 

「変わった訳じゃない……()()()()()だけ、つまり()()()んだ」

 

 雷狼竜の個性を受け入れた、今まで恐れていた力を受け入れる様に己を変えただけ。

 自分の意思で決めた事、誰かにとやかく言われる筋合いはない。

 少なくとも竜牙は緑谷が何を言いたいのか察し、その眼光を光らせた。

 

「何か言いたそうだな……緑谷?」

 

「……雷狼寺くん、あんな戦い方はダメだよ。自分をあんなに傷付けて、周りだってあんなに……あれじゃ誰も安心できない。ヒーローじゃないよあれじゃあ!  雷狼寺くんも分かる筈だよ!?」

 

 緑谷のその言葉はモニターで見ていた者達も思い出させた。

 あの竜牙の戦う姿を見て、自分達が追ってきたヒーローの姿なのか?

 そう問われれば見ていた者達は頷く事はできず、口が出せないまま二人の様子を見守っていると竜牙が動く。

 

「だからなんだ? ……俺はただ己の個性を伸ばしているだけだ。個性を受け入れ、嘗ての事を思い出した俺が選んだ答えに、なんで一々お前が口出そうとする?」

 

「心配だからだよ!  雷狼寺くん言っていたじゃないか!  雷狼竜の自分でも認められる様なヒーローになりたいって! ……なのに、最近の雷狼寺くんはそれとはまるで正反対だよ!」

 

 一蹴されないように必死で緑谷は竜牙へ食いつく。

 オール・フォー・ワンの事もあるが、それは友としても見逃せなかったのもある。

 だが、竜牙は納得しようとはしなかった。

 

「個性の影響か……雷狼竜に身を委ねてから色々と変化したのは気付いていた。だが、それでも俺は不安を抱いてない。――昔の忘れていた記憶が、雷狼竜を通じて俺に流れている。そして思い出した……俺の中の本当の“原点”を、いつか対峙しなければならない敵を――」

 

――だから俺はこの道を歩む。

 

「事実、間違っているなら何故に俺は成長している? 何故に個性が急激に伸びている? ――俺の中の雷狼竜が教えてくれる。どうすれば俺の為になるのか、どうすれば個性の力が目覚めるのかを」

 

「だからって……その道はヒーローじゃないよ!」

 

 緑谷は受け入れない。受け入れてはならないと考え、竜牙を止めようとする。

 雷狼竜だけじゃない、オール・フォー・ワンとステインが竜牙の何かに触れてしまった。

 それを分かっているからこそ、このままでは竜牙は絶対に後悔すると分かって緑谷は止めにかかる。

 

「だからなんだ? ……ヒーローは誰かの価値観通りにしなければいけないのか? ――それに梅雨ちゃんにも言ったが、俺は夢や理想の為なら夢や理想を捨てられる。だから一々迷いもしない」

 

「オイオイ待てってッ!?」

  

 流石に段々と聞き捨てならなくなり、切島がここで待ったを掛ける様に二人の間へと入った。

 熱くなっているのか、冷静なのかは関係ない。

 しかし、流石にこれ以上は止めないとマズイと思った切島は止めに入ると、他のメンバーも騒がしくなりながらも竜牙を落ち着かせる様に本人の方を向く。

 

「雷狼寺も流石に言葉選べって!?  そんなのまるでヒーローの夢すら捨てるって言ってんだぞ!?」

 

「必要ならそうする」

 

「――ハァッ!?」

 

「ちょっ!  雷狼寺、なに言ってんの!?」

 

「どういう事だ?」

 

 竜牙の言葉に耳郎と障子も驚き、慌てて三人の下へ向かうが当の竜牙はそんな状況でも冷静を揺るがせなかった。

 

「……個性の成長にヒーローの何かが邪魔になるなら、俺はそうする。――俺はこの雷狼竜の個性の全てを引き出してみせる、その為に選んでいる道だ」

 

「成長は良いけどさ、少し急ぎすぎだって……なにがあったらそうなんの?」

 

 一周回って耳郎も冷静になり、竜牙に呆れと心配を抱きながら取り敢えず理由を聞いてみた。

 なんだかんだで峰田とコレクションを交換している以上、根本部分はまだ影響が弱いと思い、期待はできる。

 

――そして耳郎の思惑通り、竜牙は普通に返答した。

 

「――巨悪」

 

「ケロ……?」

 

 その呟きに真っ先に反応したのは蛙吹だ、彼女は試験でも同じことを竜牙に言われていて覚えていた。

 だが、知らない周りのメンバーは首を傾げているだけで、竜牙は関係ない様に勝手に話を続ける。

 

「いるんだよ緑谷……この世にはオールマイトの様な圧倒的な悪の象徴が。そしてその象徴はまた俺の前に現れる。――だから必要なんだよ、雷狼竜の本当の力が。だから緑谷、俺の邪魔をするな」 

 

「……じゃ、邪魔したいわけじゃないよ!  僕は今のままじゃ君が後悔すると思って――」

 

「余計なお節介にも程があるな緑谷……お前、一々他人のやり方に口出す暇なんてない筈だろ?」

 

 ここで竜牙の反撃が緑谷を捉える。

 

「今までのお前は、超パワーの代償に身体を壊していたが職場体験で何かを学び、僅かながらもコントロール出来るようになった。――だが、それでようやくスタートラインに立ったとも言える、まだまだ自身の課題も多い中で他人の事にばかり口を出したところで、そんなお前の言葉を誰が受け入れる?」

 

「! ……そ、それは……」

 

 緑谷は反論しようとはしたが、それよりも納得できる部分もあって言葉が詰まってしまう。

 元々、頭で考えるタイプの緑谷、自分が正しいと思って行動するが反論された中で、多少自分でも納得してしまう部分があると黙ってしまう。

 無論、それは彼の性格も影響しているのだが、どの道言葉を詰まらせてしまってはもう遅い。

 

「人の事に口出すなら、まずはお前自身をどうにかするんだな。俺は、お前のお節介という名の自己満足の為に納得なんてするつもりはない」

 

「自己満足だなんて……僕はただ――」

 

「おいおい雷狼寺も言い過ぎだって、緑谷はそんなつもりで言う奴じゃねえって」

 

「そうだよ~?  お友達にそんな事言っちゃ駄目だよ?」

 

「おう、その人の言う通りだ。友達にそんな――ん?」

 

 竜牙の言葉に切島がフォローしている中、何やら不思議な事が起こる。

 共に竜牙を止めてくれる存在が現れるが、何やら聞き覚えない女子の声。

 またそれを感じたのは切島だけではなく、緑谷や他のメンバーも気付いたのか声の主の

方を向いた時だ。

 

「!」

 

 ここで竜牙は背後に幸せを感じ取ると同時に、誰かに後ろから首に手を回されて簡単に抱きしめられた。

 そして背中から、丁度肩の下あたりに当たる柔らかい二つの物体。

 それが接触しているだけで幸せを感じる事ができ、竜牙は思わずビクッと身体を振るわせて動きが止まる。

 同時に感じる嗅いだことのある良い匂いもする、落ち着く、まるで“安心”の権化に抱きしめられている様に。

 

「あれ?  どうしたの竜牙くん?  動かなくなっちゃったけど?

 

 周りが存在に不思議がる中、彼女は竜牙の背後から不思議そうに顔を出した。

 薄紫色の長髪、どこか子供っぽさもあるが大人の様な凛々しさも微かに感じる顔の女子――『波動ねじれ』の登場だ。

 

「あっ……雷狼寺と一緒にリューキュウ事務所にいた――」

 

「確か、三年生の波動先輩?」

 

「うんそうだよ!  私は雄英ヒーロー科三年の波動ねじれ、よろしくね!」

 

 轟と緑谷が気付き、ねじれは皆に手を振りながら挨拶をすると、周りも困惑気味に「あっ、どうも……」的な挨拶で返していると峰田と上鳴が気付く。

 

「ああぁぁぁ!!  この天然系美人は!?」

 

「職場体験で雷狼寺を抱きしめていた女性ヒーロー!!?」

 

「あっ……確かにこの人じゃん」

 

 耳郎も思い出す、その写真ではコスチュームを着ていたがマスクを付けていた訳ではなく、顔は見間違う事はない。

 まさか三年生の先輩とは思わなかったが、雄英の三年生、しかもヒーロー科ならばトップヒーローの事務所にいるのも納得。

 ただ一年でトップから指名されている一部のクラスメイトが異常なだけで、その内の一人である竜牙は困惑した様子で皆に手を振っているねじれに問いかけていた。

 

「……それで、なぜここにねじれちゃ――波動先輩が?」

 

「うん? ……そうそう!  竜牙君をお昼に誘いに来たんだよ?  本当ならもっと早く会いに来たかったんだけど、テストがあって忙しかったから。――リューキュウからも色々と話しとか預かってるし、お昼一緒に行こう!」

 

「いえ、俺は訓練室で軽く食べて少しだけ自主練習するつもりなので一緒には……」

 

「えぇ~!  一緒に食べたりお話したかったのに駄目?  先輩なんだよ、後輩なんだよ?  一緒に過ごそう?」

 

「い、いえ……だから……」

 

「えぇ~」

 

「……むぅ」

 

 今一言い包められず、逆に追い詰められている竜牙。

 そんな困った様子の彼の姿に、緑谷達は珍しい光景だと思いながらも、そんな竜牙を押しているねじれの凄さを思い知った。

 

 そして、ねじれが無意識だろうが上目遣いや悲しそうな仕草や表情を浮かべながら説得していると、やがて竜牙は折れた。

 

「……分かりました、ですが次からは事前連絡してください」

 

「やったー!  うんうん、じゃあ行こう! ――皆も来る?」

 

『――えっ!?』

 

 ねじれの突然の提案を受け、不意打ちの様でビクッとしてしまう緑谷達。

 てっきり竜牙だけに意識を向けていたと思っていたが、ねじれはちゃんと周りも見ていて親睦を深める為にと誘ったが、今さっきまでの竜牙との事もあって断る事にした。

 

「い、いえ大丈夫ですから……」

 

「えぇ……じゃあ、次の機会にだね。――それじゃあ竜牙君行こう!」

 

「……引っ張らないで下さい」

 

 そう言ってねじれは人攫いの様に竜牙の首根っこを引っ張りながら行ってしまい、竜牙もそのまま連れられて行った。

 これで残されたのは緑谷達だけであり、まるでちょっとした嵐が過ぎ去った様に困惑が晴れていくと、飯田と緑谷は一息入れながら話し出した。

 

「なんか凄い人だったな、三年生の先輩とはいえ、あの雷狼寺君を有無を言わさず連れて行くなんて……」

 

「そうだね……でも、逆に言えばそれだけ雷狼寺くんも、波動先輩を認めているって事だよね」

 

「そりゃそうでしょ、雄英高校、ヒーロー科の三年生じゃん。経験とか実力がうちらと一緒な訳ないって」

 

 二人の会話に耳郎が口を挟む、入学して実感が薄れ始めていたが雄英のヒーロー科は狭き門。

 その中の三年生なのだから、卒業と同時にプロ入りが約束されている様な実力者ばかり。

 将来的には自分達はもっと上に行くとは言いたいが、それでも現状は自分達の方が弱いとしか言えない。

 

「ケロ……それに雷狼寺ちゃんと一緒って言ってたものね。つまり、それはリューキュウ事務所って事でしょ?――だからさっきの先輩は最低でもトップヒーローに認められているって事よ?」

 

「あぁ、確かにそうだよな……トップ10入りのリューキュウに認められて、しかも俺等よりも先輩だろ? 流石に雷狼寺でも認めるしかねぇよな」

 

 蛙吹の言葉を聞き、切島は実力差が浮き彫りになるような会話に参った様に頭を掻いていると、蛙吹は何か言いたそうな様子で緑谷を見つめていた。

 

「えっと……どうしたの蛙吹さん?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。――ねぇ緑谷ちゃん、聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」

 

「えっ? ――う、うん……僕で良いなら答えるけど」

 

 調子を直し、緑谷は落ち着いた感じで蛙吹からの問いを頷きながら待つと、すぐに蛙吹は口を開いた。

 

「ニュースで見たんだけど……確か、緑谷ちゃん達は雷狼寺ちゃんも含めて4人でステインと接触して、その時にエンデヴァーとリューキュウに助けられたのよね?」

 

「う、うん……そうだよ」

 

「それに何かあんのか?」

 

 ここで黙って様子を見ていた轟も会話に混ざる、ステイン関係は一部真実が隠されているのもあって色々と面倒があるからだ。

 緑谷が口走る様な軽率さがないのは理解しているが、当事者である以上は轟も口を挟まずにはいられず、同様の理由で飯田も口を出した。

 

「蛙吹さんはあの事件に気になっている事があるのかい?」

 

「……えぇ、あるわ。 私、思った事を口にしちゃうから単刀直入に聞くわね?――緑谷ちゃん、轟ちゃん、飯田ちゃん……もしかしたらだけど、ヒーロー殺しと接触した時に、公表されていない何かがあったんじゃないのかしら?」

 

 彼女の言葉を聞くと、三人は相談する様に向き合った。

 三人とも動揺とかしていないが、やはり話すべきかは悩む。

 公表をしないかわりに守られた自分達の身だが、話すか話さないかは相手への信頼もある。  

 口の軽い人間に言えば、この間の事が全て無意味になるので他の大人達の顔に泥を塗る事になり、はっきり言ってそれは避けたい。

 

「殆どはニュースになった通りだよ……一体、蛙吹さんは何を思ってそんな質問を?」

 

 だからこそ、緑谷達は安易に口にしなかった。

 蛙吹の真意も分からない中、簡単に言うのは三人の心が許さなかったのだ。

 そして、蛙吹もそんな三人の心を察したのか、少し考える仕草をすると質問を変えた。

 

「質問を変えるわね、ねえ緑谷ちゃん……その職場体験で雷狼寺ちゃんに何かあったんじゃないかしら?」

 

「それは……何て言えばいいか」

  

 直球の問い、それを聞かれた緑谷は言葉が詰まる。

 言わなくても何かあったのはバレるし、正直に言っても解決にはならない。

 しかし、これ以上隠すのも限界でもあった。

 それだけ竜牙が変わり過ぎてしまったのもあるが、緑谷自体が皆の意見も聞きたいのもあるのだ。 

 

 そして悩んだ様に表情を暗くする緑谷を見れば、何かがあったと言っている様なものだった。

 蛙吹は納得した様に頷くと、三人に背を向けて教室から出て行こうとした。

 

「えっ、蛙吹さん……?」

 

「もう大丈夫よ、緑谷ちゃんのそんな顔を見たら何かがあったのかは分かったわ。――でも、それでも緑谷ちゃん達が言わないって事はきっとそれなりの事だったのね。なら、私も無理には聞かないわ……色々と知りたかったけど、三人を困らせたい訳じゃないもの」

 

 これが彼女の利点、指揮官に向いているとも先生達に言わせる程の存在。

 緑谷の様子で言いたくても言えないのだと理解し、同時にそれだけの事があったのだと思えばすぐに身を引いた。

 

「ケロケロ♪ みんなで食堂に行きましょう、早くしないと混んじゃうわ」

 

 そして最後は雰囲気が重くなるのを止めるように、いつもの笑顔を浮かべながら皆の雰囲気を戻す。

 委員長、副委員長よりも仕事をしているとも言える蛙吹の姿に毒気を抜かれたわけじゃないが、緑谷達も少し落ち着いたのか、それ以上の言葉を出さなかった。

 

 しかし、雰囲気を変えようとしているのは皆も分かっており、耳郎や障子、上鳴達も笑顔で三人の肩を叩いた。

 

「まあ……今はお昼にしない?  雷狼寺も先輩と行っちゃったしさ」

 

「この話は後々だ……少なくとも、雷狼寺抜きで話しても仕方ない」

 

「だな……まずは飯だ飯。食ってから考えようぜ?」

 

「そう……だよな、俺等もまずは落ち着こうぜ?  雷狼寺だって、飯食って落ち着けば俺等の話だって聞いてくれるって」

 

 三人の言葉を聞いた切島もその案に賛成した。

 テスト明けだから皆も冷静になっていない、竜牙も色々あって熱くなっているだけ。

 落ち着けば、きっと話を聞いてくれるだろう。切島はそう考え、周囲の空気が良くなるのもあって納得した時だ。

 

「馬鹿がッ……聞くわけねえだろ」

 

 空気に一石が投じられる、そしてその一石は確実にヒビを入れたと言える。

 少なくとも、緑谷達全員はそう直感した。

 

 ――そして、そんな事を普通に言える存在は一人しかいない。

 

「……かっちゃん」

 

 かっちゃん――爆豪だ。

 能天気な話してんじゃねえと言わんばかりに不機嫌な様子で、爆豪は母特製弁当――クソババァ弁当を乱暴に食べながら咆えた。

 

「アイツが、お前等――雑魚の言葉に一々、耳傾ける訳ねえだろ!」

 

「ちょっ! かっちゃん!」

 

「爆豪!?  なんでんな事言うんだよ!?  流石に空気読めって……!」

 

 和み始めた空気に亀裂を確実に入れた爆豪の言葉を聞き、緑谷と切島が口を挟み、他の者も空気読めとブーイングをしているが当の爆豪は怯まない。

 ちゃんと弁当を呑み込んだ後、その言葉の意味を爆発させる。

 

「うっせえぇっ!!  雑魚が群れになった途端に騒ぐんじゃねぇ! ――ちゃんと考えてみろや、なんで自分よりも弱い野郎の話を一々聞かなきゃなんねんだ!?」

 

「よ、弱いって……別に俺達は友人として雷狼寺君を心配して――」

 

「それが意味ねえって言ってんだっ!!」

 

飯田の甘すぎる言葉に爆豪が更に咆え、その場で箸を弁当の蓋に叩き付けた。

 

「そのクソみたいな脳で考えてみろや……体育祭でトップになり、周りをぶっ殺した中で更に強くなろうとする奴が、なんでテメェ以下の雑魚共の意見聞かなきゃならねぇんだ!!  なんも得るもんがねぇんだよ!  だからあの白髪野郎は既に“格付け”してたんだ俺等によ!!」

 

「か、格付け……?  ど、どういう事、かっちゃん?」

 

 

「そのままの意味だろうが……あの白髪野郎の目には……!」

 

 ――俺達の事なんざ、映ってもねぇんだよ。

 

 

 爆豪は最後の言葉を飲み込むと、緑谷達をガン無視して弁当を再開させた。

 その胸の淵には打倒雷狼寺を決めて。

 

 

 

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