僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~


メニュー

お気に入り

しおり
作:四季の夢
▼ページ最下部へ


26/37 

第二十五話:不老命雷


悪よりも、歪んだ正義が恐ろしい。


 運動場γ――工場密集地であるこの場所に再び竜牙と蛙吹は足を踏み入れ、相手である根津から特殊な手錠と共に細かいルール説明を受けていた。

 

「制限時間は30分。その間に“どちらかがステージから脱出”・この“ハンドカフス”を私に掛ける――このどちらかを達成したら合格なのさ!」

 

「手錠は分かりますが……」

 

「逃げても良いのね……」

 

 脱出というまさかの逃げ道に、竜牙と蛙吹は意外そうに呟く。

 対人戦と言っていたので、戦闘不能か一定のダメージを与えなければならないとまで考えており、撤退は許されないと勝手に思っていた。

 しかし、根津はそんな二人の考えを見通す様に首を横へ振る。

 

「逃げる事は悪い事じゃないのさ。プロヒーローといえど、ヴィランとの個性の相性や力の差もある。そうなれば、応援を呼んだ方が賢明なのさ。――少なくとも、雷狼寺君達はこれがどういう事か分かる筈なのさ」

 

「……」

 

 つぶらな瞳だが、その雰囲気はマジの根津の言葉に竜牙は特に何も言わなかったが、誤魔化すように視線を逸らし、事情が分からない蛙吹は不思議そうに二人の様子を見ていた。

 

「無論、勝てる相手と判断して戦闘をしても良いのさ。――けれど、この制限時間の30分。その意味も理解してもらいたいのさ」

 

「ケロ、限られた時間の中での判断力も試されてるのね」

 

 蛙吹根津の言いたい事を理解する。

 試験とはいえ30分は現実の時間。勝てると判断しようが、30分も戦い続けて無駄に長引かせては意味はない。

 この限られた30分で、戦っていてもどれだけ判断力を生かし、脱出の方に志向を変えるか、またはその逆も然り。

 

「分かってくれたなら嬉しいのさ!……じゃっ、私は準備に向かうので、君達は開始まで待っていてほしいのさ!」

 

 そう言って根津はトコトコと工場の隙間を通り、どこかへと消えると、残されたのは竜牙と蛙吹の二人だけ。

 二人は静かに待つことにし、蛙吹が少しだけ席を外したこと以外は特に変りもなく、その時を静かに待っていた時だ。

 

――15分経っても根津は来ず、二人は互いに顔を見合わせた。

 

「……遅い気がする」

 

「そうね……もう始まっているのかしら?」

 

 いつものパターンで既に始まっている可能性もあるが、それにしては時間が中途半端過ぎて違和感しかない。

 何か、本当に準備に手間取っている可能性もあるが、取り敢えず二人はもう少し待つことにした時だ。

 思い出すように、蛙吹が竜牙へ話しかけた。

 

「そういえば、こんな風に雷狼寺ちゃんと二人っきりになるのは初めてね」

 

「……確かに。前に行った時は最初の戦闘訓練、その反省会の時だったか」

 

 その言葉に竜牙も思い出す。

 学校では普通に話したりするが、外で蛙吹と過ごしたのは最初の反省会ぐらいだ。

 職場体験以降は、ずっと自主訓練ばかりで蛙吹以外とも付き合わず、それ故に懐かしいという感覚も抱くが、そんな事を思っていると竜牙は気付く。

 ずっと、蛙吹が自分をジッと見ている事に。

 

「どうしたの梅雨ちゃん……?」

 

「……雷狼寺ちゃん。私ね、思ったことは口にしちゃうの。――職場体験以降ね、雷狼寺ちゃん変わった様に思えるの。緑谷ちゃん達も様子が変だったけど、雷狼寺ちゃんはもっと変だったわ」

 

「……どの辺が?」

 

「……雰囲気ね。全部とも言えるわ。本当に雷狼寺ちゃん変わったわ……こんな事を言うと怒るかも知れないけど、USJに来たヴィラン達よりもね――」

 

――恐かったわ。

 

 蛙吹はそこから思った事を口にする。

 そして竜牙は知っている。蛙吹を含めた数名が、敵連合の主力と戦闘を行っていた事を。

 つまり、蛙吹の言っているヴィラン達と言うのは、その主力――死柄木・脳無達と同じか、それ以上に怖いと思っていたという事。

 ヒーローを目指す為とは言え、クラスメイトからの評価がこれとは、どうかとも思うのだが、竜牙は特にあからさまな反応はしなかった。

 

 寧ろ、冷静でしかなかった。

 

「そう。ヴィランよりも……か。――だけど、所詮は贋作だ。あんな連中よりもと言われても、何とも思えない」

 

 竜牙の心の水面は一切、揺れる事はなかった。

 判明している事でもある。USJに来たヴィラン達、死柄木・黒霧・脳無以外の者達は、ヴィランとも呼べないただのチンピラ集団。

 ステインから言わせても、粛清対象でしかない者達。

 

――雷狼竜も見向きもしないレベル、そう今の竜牙も分かる程度の存在達。

 

「……雷狼寺ちゃん」

 

 蛙吹は特に言葉を挟まなかったが、今の言葉を聞いて心配の色を濃くしながら竜牙の名を呟く。

 

「それは……その考えはヒーローとして――」

 

 蛙吹がそこまで言った時だった。

 周囲に地響きの様な振動が発生し、同時に周辺から何かが崩れ落ちる音が響き渡る。

 貯水タンクも崩れたのか、大量の水が落ちる音も聞こえる。

 更にいえば、振動が徐々に自分達に近づいてくるのを竜牙と蛙吹は感じ取り、素早く態勢を整えて音のする方へ身構える。

 

 ビルを薙ぎ倒しながら迫ってくる何か。

 振動から察するに“巨大”な何かだろう。一定の振動音――機械、巨大な機械。

 やがて、建物の隙間から点字の様なカメラ・センサーを付けた機械――0Pヴィランが現れた。

 

「ケロ……0Pの仮想敵?」

 

「……いや違う。形状や武装が追加してある。――“発展型”だ」

 

 現れた0pの姿に変化に竜牙は気付いた。

 下半身がキャタピラなのは同じだが、所々に迎撃用の機銃・小型ミサイルの様な武装が追加され、腕も自由が利く様に関節や大きさを調整し、小型シールドも装備。

 しかも背中の方からは更に二本の腕があり、その先に巨大な鉄球・ブレードが装備されていた。

 

 よくよく見れば、全体の大きさも通常機よりも大きく、1.5倍は少なくともあるだろう。

 その中で、流石にカラーリングは変わっていなかったが、頭部には何故か根津をモデルにしたであろう、可愛いネズミのマークが描かれていた

 そして、案の定。0pのスピーカーから根津の声が放送される。

 

『――その通りなのさ! 入試の0p仮想敵を改修し、費用は通常の2倍も掛かっている“0p改”を操作しているの私なのさ!』

 

「……そう来たか」

 

「校長先生がどう戦うか想像できなかったけど、ケロ……これは納得ね」

 

 二人は腑に落ちた様に頷き合う。

 ハイスペックの個性とはいえ、根津自身はただのネズミだ。

 単純な力押しではまず勝てないが、機械操作ならばハイスペックが最大限に発揮できるだろう。

 遠隔操作をしているので身の危険もあまりなく、落ち着いて操作する以上は根津の本領発揮。

 

――そして、同時に刻も訪れる。

 

 エリア周辺のスピーカーからリカバリーガールの声が全てに放送され始めた。

 

『……さて、どうやら他の生徒も位置に着いた様だね。それじゃあ、試験を始めるよ……レディィィ――』

 

――ゴォォォ!!

 

「――!」

 

 合図と同時に竜牙と蛙吹は背後に飛ぶ。

 間違いなく攻撃が来る。――その考えが正しいと証明するかのように、二人が立っていた場所に機銃が一斉射。

 立っていた場所に灰色の何かがこべり付き、二人は弾丸が特殊なものである事を理解した。

 

『HAHAHAHA!――プロも使用している“セメント弾”なのさ! 発射からの固まる速度は速く、重さも合わさって動きを一気に制限、からの拘束しちゃうのさ!』

 

――更に!

 

 攻撃を回避した二人の背後――本来ならありえない方向から轟音が響きわたり、二人は顔を横に向けて背後を確認すると驚愕した。

 なんと背後の建物が倒壊し、冷却塔や貯水タンク、鉄骨などが道を塞ぐかの様に降り注いできたのだ。

 

 そこは丁度、二人の着地地点付近。

 明らかに狙った様な事態に二人は即座に判断しなければならかったが、二人は冷静を貫けた。

 変化させた腕・伸びる舌を生かして振ってきた残骸を掴むと、回転しながら残骸を登って行く。

 そして、0p改と同じ目線の高さになる場所で二人は、貯水タンクの残骸の上へと立った。

 

「ケロ……凄いわ」

 

 目の前に広がる光景に蛙吹は思わず呟いてしまう。

 密集の工業地帯を、一切怯まずにキャタピラで進撃し、四方八方に向く機銃やセメントミサイルを撒く0p改の姿はまさに兵器そのもの。

 油断が出来ず、大きな建物に囲まれた場所では視界も遮られ、しかも0p改以外にも気を配らなければならない。

 

「……おそらく校長先生はロボットの操作以外にも、何かしてると思うわ。実際、ここの建物が崩れたんだもの」

 

「……だからこそのハイスペック。――だが」

 

 竜牙は反撃の為に雷光虫を展開、パワーローダー・発目に頼んで“巣”を増設してもらい、その数は最初の比ではない。

 雷光虫だけで二人の姿を隠せそうな程であり、竜牙はその雷光虫達を弾をとして一斉に0p改へと向かってゆく。

 

「行け雷光虫……!」

 

『おっと、そうはいかないのさ!』

 

 だが根津もこれに対応。

 素早くレバーを引き、同時にスイッチも素早く操作で対応すると、セメントミサイルが一斉発射。

 雷光虫弾と接触するとセメントをまき散らしながら爆発し、他の雷光虫を巻き込んで攻撃を防ぎ切ってしまった。

 

「……面倒だ」

 

 その光景に竜牙は決断する。

 雷光虫もそうだが、装備を作って突撃しても機銃等の迎撃、根津のもう一つの攻撃によって体育祭の様にいかず、無駄な足掻きになるのが目に見えている。

 

――ならば、取るべき手段は一つ。

 

「梅雨ちゃん……離れてくれ」

 

「ケロ……?」

 

 前かがみになりながら、雷狼竜化する態勢に入った竜牙は蛙吹にそう言うと一気に放電を始めた。

 それは無論、0p改のカメラでも捉えており、溶接の光の様に輝く姿を見て根津はミサイルのスイッチを押す。

 

『……それは“悪手”なのさ』

 

 根津は少し叱る様な口調で呟いた。

 崩れた残骸の上なのもそうだが、ここは狭い工場地帯。 

 進めば周囲を壊せる機械とは違い、壊せて進めてもダメージが残る雷狼竜ではどっちが有利かは分かり切っている。

 自棄になったのと同意義の行動したところで、どうだというのか。

 そんなんじゃ、合格はあげられないなぁ。――根津は優雅に“紅茶”を飲みながら評価を下していた。

 

 そもそも、0p改を()()()()()()()合格ではないのだ。

 脱出か、ヴィラン役である自分を捕える事が条件。

 

 だが、根津は知能犯ヴィランよろしく高みの見物中。

 そう、根津がいるのは0p改の中ではない。この広大な運動場γの端に位置する“ハンマークレーン”の運転席に座っていた。

 しかも、運転席は改造されており、シェルターではないが、それが過言ではない程の外見、内装もモニター等を設置されてかなり広く、ハイテク化されていた。

 

(流石に雷狼竜化した彼に殴られれば壊れるが、0p改に意識を固定されている以上は絶対に捕えられないのさ)

 

――それに、ここは広い工場密集地。ヒーロー側には不利なのさ。

 

 広い工場密集地を、巨大ヴィランと戦闘し、周囲の建物も壊される。

 そんな事をされれば間違いなく方向感覚が狂い、冷静に敵の本元を探る事などできない。

 二重三重の罠を張り、更には保険も掛ける。

 ヴィランかぶれのチンピラならばともかく、指名手配されている知能犯ヴィラン程ならばこれぐらいは普通に行う。

 更に言えば、根津は今回、教師としているので“逃げ道”も残している。

 

――絶対に倒さないと決めている地帯。

――四方八方から発射しているようで、実は機銃やミサイルにはダミーが存在し、それを見抜けば簡単に接近し、0p改の周辺に設置されている“停止スイッチ”に気付いて止められるだろう。

 

(目には目をなのさ……知能犯に対抗するには冷静を貫かなければならないのさ。少しでも熱くなって、智の武器を少しでも減らせばまず勝てない。だからこそさ――)

 

――癇癪みたいに暴走しただけで勝たす程、雄英高校は優しくできないのさ。

 

 そんな事を思いながら根津は紅茶を口にした時だった。

 竜牙に変化が起きる。――雷狼竜化の前兆だ。

 

「一思イニ……!」

 

 竜牙は理性を消そうとする。

 オール・フォー・ワン。――絶対的巨悪に比べれば、目の前の存在等に何を恐れる要素がある?

 

 堕ちろ。堕ちろ。堕ちようか。

 人を捨てなければ勝てない存在がいる。

 断片的に思い出している記憶。その中に眠る巨悪との戦いの記憶、その時に確実に言えることは当時の自分には理性がなかった事。

 

 邪魔なのだ。個性を、雷狼竜を真に発揮させるには人の何かが。

 だからこそ捨てる。巨悪に立ち向かう為に、竜牙は捨てるのだ。

 

「――!」

 

 迫りくるミサイルへ向かう様に、竜牙も飛び出し、その力を解放――

 

――しようと思った時だった。

 

 不意に飛び出した竜牙を捕まえる様に、竜牙の腹部に“長い何か”が巻き付くと、やや強い衝撃を受けながら引っ張られるように竜牙は後ろへと戻されてしまう。

 

「駄目よ雷狼寺ちゃん」

 

 その犯人――蛙吹梅雨はそう言いながら、ミサイル回避の為に竜牙を舌で捕まえたまま無事な方のビルへと飛んだ。

 人一人を下で抱えたままだというのに、その動きは一人の時と変わりない。

 この数ヶ月、蛙吹は肉体を鍛えた事で、自力が上昇。

 更には蛙の異形系個性故に、自力と共に蛙としての能力も大きく上昇。

 切島と同じく、個性自体はシンプルなのだ。そこに蛙吹の良い所が上手く合わさり、その結果が特に欠点がないという評価を先生達は下していた。

 

 そんな蛙吹の咄嗟の判断。

 ミサイルは誰もいなくなった残骸に衝突し、辺りをセメントまみれにする。

 そして、隣りのビルに移った蛙吹だったが、彼女は動きを止めずに次々とビル等を伝い、0p改の視界から竜牙と共に姿を消してしまう。

 

『ふむぅ……』

 

 この蛙吹の行動に根津も、0p改の操作を中断。

 ハンマークレーンの方に操作を変え、素早く計算してから鉄球を建物へとぶつける。

 すると、まるでドミノ倒しの様に建物が次々と倒れて行き、蛙吹と竜牙逃げたであろう方向に建物が崩れて行った。

 金属、水、粉塵などが混ざり合い、周囲を巻き込んで倒壊するが、やがてそれが収まっても二人の反応はない。

 すると、根津は周囲の監視カメラの映像を映しながら、懐中時計の様な丸いセンサーを取り出した。

 そのセンサーには二人の生体情報が表示されており、その情報を根津は満足そうに見ていた。

 

『当然ながら怪我した様子もないのさ。態勢を整える為の撤退も悪い訳じゃない……が、今と同じじゃ絶対に私を捕まえるのは無理なのさ』

 

 そう呟きながら根津は再びマグカップに口を付け、余裕の態度を保ち続けるのだった。

 

――そして、その当事者達はというと。

 

 

「……何故、邪魔をした?」

 

「別に邪魔をした訳じゃないわよ雷狼寺ちゃん……」

 

 0p改より離れた工場、その周辺にある大きなパイプの上で竜牙と蛙吹は対峙していた。

 内容は無論、先程の蛙吹の行動だった。

 相変わらずの無表情だが、竜牙の雰囲気はどこか怒っている様にも見える。

 しかし、蛙吹は全く動じていなかった。

 

「冷静になりましょ……校長先生は強いもの、この狭い工場密集地じゃ、雷狼竜になる方が不利になるわ」

 

「……ならない。――今の雷狼竜ならそれは問題にならず、密集地だろうが動く事はできる」

 

 蹂躙すれば良い。ただそれだけ。

 必要ないなら、それに見合った行動を。

 必要ならば絶対的な蹂躙を。

 

 蛙吹からすれば、竜牙は血が上っている様に見えているが、残念ながらそれが違う。

 竜牙は冷静だった。その冷静の中での答えがこれなのだ。

 

「雷狼竜は、()()目覚め始めた。絶好の機会、最高の受難でこそ試す価値がある……!」

 

 内なる力に力む竜牙。それに応えるかの様に、その瞳も赤く染まり始める。

 だが、今回はそれが左目だけだった。右目は別、まるで翡翠の様に輝いていた。 

 

――そう、既に他の雷狼竜は目を覚ましているのだ。

 

 そして、その力が抑えきれないというかの様に、竜牙は右腕を徐々に雷狼竜のモノへと変化させた。

 白い鱗。そして甲殻はまるで翡翠で出来ているのかと思わせるかの様に、美しい輝きを発しながら放電を行っている。

 周りにいる雷光虫も、いつもの様な感じではない。

 まるで蛍の様な儚い輝きを放ちながらも、力強い雷を竜牙へと与えていたのだ。 

 

 今の竜牙は既に体育祭の時と比べ物にならない程に強くなっており、クラスメイトと言えど、生半可な者ではこの姿を見ただけで黙り込むだろう。

 

――だが、蛙吹は違った。

 

「ケロ……変わったわ雷狼寺ちゃん」

 

「変わらざるを得なかった……この現実が俺と雷狼竜をそうさせた。――同時に己の意思でもあった」

 

 蛙吹の言葉に竜牙は最早、何も迷う事なく返答した。

 だからなんなのだ。変わったと言う事は、強くなったとも取れる言葉。

 正しい道。力を得るならば正しかった事を証明しただけ。

 何も間違ってはいない。己を“強者”へと導いているだけであり、竜牙は堂々とした態度を示した。

 

 だが、蛙吹にはそれは理解出来なかった。

 

「……雷狼寺ちゃん。私ね、雷狼寺ちゃんの事“尊敬”していたわ。――私の家ね、共働きの両親に弟と妹がいるんだけど、基本的に家事は私がしているの」

 

「……共働きならそうだろう」

 

 両親が多忙な以上、姉弟の最年長である蛙吹が家事をするのは想像に容易く、竜牙はだからどうしたという感じで返答した。

 試験の時間だって限られており、何よりも己の力を試す時間が潰れているのが不満でしかない。

 そんな竜牙の心情を、蛙吹ならば普通に察せる筈なのだが、蛙吹は敢えて無視している様で、そのまま話を続けた。

 

「……父と母が私達の為に働いている事は感謝してるわ。私も、少しでも手助け出来ればと思って家事の手伝いをしているんだもの。でもね――」

 

――やっぱり寂しい時もあるわ。

 

 弟と妹がいる。それだけでも蛙吹 梅雨が両親に甘えられる時間は短いものだった。

 だからといって何か思う事があるかといえば、それもない。

 ただ時折に感じてしまう当然の悲しみ。

 高校生になったとはいえ、蛙吹もまた一人の子供でもある。

 そんな想いを抱く時もあった。

 

「だけど、両親から愛されてるのも分かるの。雄英の受験の時、家族皆で私の事を助けてくれたりもして、本当に嬉しかったわ」

 

「……本題。何が言いたい?」

 

 竜牙は理解できなかった。 彼女が何を言いたいのかを。

 まあ、何を言おうが、するつもりもないが――

 

「……雷狼寺ちゃん。両親がいる私ですら、こんなに寂しさを抱くんだもの。――両親がいなかった雷狼寺ちゃんは、きっと私じゃ測り知れない程の寂しさだった筈だわ」

 

「……」

 

 竜牙は返答しなかった。

 特に何も言わず、黙ったまま聞き続ける。

 

「そんな中で雷狼寺ちゃんは“個性”を鍛えて、雄英の試験も主席になったんだもの。きっと、本当に努力したのね……そんな雷狼寺ちゃんだからこそ私は“尊敬”したの――」

 

 そう言って蛙吹は続けて行く。

 

 耳郎と八百万から聞いたUSJの時。

 体育祭の騎馬戦で、緑谷達を守る為に雷狼竜になった時。

――そして、その体育祭で盗み聞きしてしまった時も、許してくれた事を。

 

「……私ね、思った事は口にしちゃうから言うわね。――体育祭の時、私達を許してくれた時に見せてくれた笑顔が今でも印象に残ってるの」

 

――これが本当の雷狼寺ちゃん。

 

「……雷狼寺ちゃんと本当に友達になれた。そう思ったわ。でも――」

 

 そこまで言うと、蛙吹は少しだけ黙ったが、何だと問いかけるよりも先に蛙吹は真剣な表情を浮かべながら、その重い口を開いた。

 

「私、緑谷ちゃん達とUSJの時に“敵連合”の主犯を見たわ。その中で、明らかに雰囲気が違うヴィランがいて……そのヴィランと、今の雷狼寺ちゃん――」

 

――()()()()()()()

 

「だからなに……?」

 

 竜牙は一蹴するが、蛙吹はそんな彼から目を逸らす事はしなかった。

 

「私ね、見ちゃったの。雷狼寺ちゃんがB組の子と揉めてたのを……流石に危険だと思って相澤先生を呼んだのも私なの」

 

 蛙吹の言葉に竜牙は思い出す。

 先日の物間との一件で、相澤がタイミング良く現れたのは蛙吹という目撃者がいたからだ。

 別に気にもしていなかった事だが、取り敢えずは竜牙は意味のない納得をする。

 

 しかし、当たり前だが蛙吹が言いたいのはそんな事ではない。

 

「理由があるのかも知れない。でも、あんな風に誰かを攻撃する事はいけない事よ? ヒーローを目指している私達なら尚更そう思わなきゃダメ。――こんな事を言うと怒るかもしれないけれど、雷狼寺ちゃん……このままなら――」

 

――雷狼寺ちゃんのお父さんとお母さんが、あなたを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 蛙吹は臆することなく、そう言い切った。

 

 ただ力を振るうのはヴィランがする事であり、無暗に振るえない――否、振るわないのがヒーロー。

 他者の為に振るい、弱きを守る善意の為の存在。

 しかし、物間だからといってその力を無暗に振るった竜牙に、蛙吹は不安を抱いてしまった。

 その特殊な個性だからといって、その力を恐れた両親。

 だが、竜牙が今のまま己の思うままに雷狼竜の力を振るえば危険でしかなく、両親の判断が正しかったと認めてしまう。

 

 蛙吹は何とか竜牙が考えを改める事を願ったが、当の竜牙はそれに対し何も言わなかった。

――ただ、顔を影で隠しながら開く口が語るのは、全く別の事。

 

「――梅雨ちゃんは……“真の悪”に会った事はあるかい?」

 

「……?」

 

 蛙吹は首を傾げた。

 どういう意味なのか? 真の悪――つまりはヴィランじゃないのか?

 

 蛙吹は理解できなかったが、竜牙は気にしてはいない。

 

「俺はある……寧ろ、あの巨悪が俺の始まりだった。――今、世の中の大半は“贋作”だ。ヴィランも、ヒーローも両方ともだ」

 

――本物は二人しかいない。

 

「オールマイト……そして“巨悪”……この二人しか本物がいない。つまり、意味がない……贋作(ヴィラン)はオールマイトには勝てない。贋作(ヒーロー)は巨悪には勝てない。これが現実、贋作は贋作にしか勝てない」

 

――エンデヴァーもリューキュウも、他のトップ達も同じ。

 

「所詮は()()()()でしかない。贋作は贋作にしか勝てない。偽物ばかりの世の中」

 

――だが、オールマイトは永遠じゃない。

 

「オールマイトはいつか死ぬ。人である以上、絶対に避けられない。――なら、残された後はどうなる? 巨悪には誰が勝てる?」

 

「ケロ……それが、自分だって言いたいの雷狼寺ちゃん?」

 

 圧迫させる雰囲気を纏う竜牙を前に、蛙吹は額に汗を流しながらそう問いかける。

 だが、竜牙は首を横へと振る。

 

「いや、俺自身も本物にはなれていない。――だが、抗う力は持っている」

 

――俺は一度は退けた。

 

「俺の個性はまだまだ眠っている……! だが、巨悪と再会した事で()()()()()()()()。――NO.2のエンデヴァーですら絶対に勝てない、リューキュウや他のヒーローも同じ。そんな現実だ、力を持つならば俺はそれを受け入れる」

 

――両親の選択が正しい?

 

「正しいさ……! 両親が俺へ対して、そう選択したから今の俺がいる! 巨悪に出会った事、両親が俺から逃げた事、その全てが()()()()()()()!」

 

「ケ、ケロォ……!」

 

 蛙吹は息を呑んだ。

 竜牙は無表情だ。だから言葉や態度にしてもらわなければ、その内なるものが分からない。

 だからこそ、こうやって内なるものの存在の威力が強すぎる。

 

「無論、志は変わっていない。だが、その為に歩む道が誤ってしまうなら、梅雨ちゃん……俺は()()()()()()ならば、()()()()()()()()()()!」

 

「……雷狼寺ちゃん、その考えは――」

 

 蛙吹が全てを言う事は叶わない。

 巨大な揺れや倒壊の衝撃音。根津校長が再び動き始めた事を意味しており、二人がいた建物も崩れ始めた。

 蛙吹は特に過敏に反応し、ジャンプと同時に舌を伸ばして竜牙を連れ行こうとするが――

 

「!?」

 

――弾かれた。蛙吹の舌は竜牙の腕によって阻まれ、竜牙を連れ行くことが叶わなかった。

 

 蛙吹は別のパイプの上に立ったが、竜牙はそのまま倒壊に飲まれてゆく。

 何故にと絶句する蛙吹だったが、当の竜牙からすればこれでよかった。

 

『君はまだまだ強くなれるんだよ?』

 

 またあの男の声が聞こえる。歪んだ笑みの口が思い出してしまう。

 何を期待しているのか、明らかに何かを願っている巨悪の態度。

 だが、望んでいるならみせてやろう。何かを犠牲にして、内なる檻の鍵を開けばいい。

 

――命は捨てず、捨てるは生。

 

「――!」

 

 瞬間、倒壊する場所で琥珀の様な美しい輝きをした雷が轟いた。

 

 

▼▼▼

 

『おや?……やっぱりそうくるみたいなのさ』

 

 崩壊させた建物の一つから天に伸びる雷。

 それを確認した根津は竜牙が雷狼竜になった事を察した。

 だが、それはやはり悪手でしかなく、根津は少し気合いを入れ直すようにカップを置き、コントローラーに手を添える。

 

『……挫折を味わうのは悪い事じゃないのさ』

 

 0p改のカメラを雷の方へ固定し、いつでも対処できる様に根津は構える。

 機銃もミサイルも準備完了。飛び出した瞬間にセメントで固定し、そこに攻撃で試験は終わる。

 強者となったと錯覚した者達に現実を見せる。

 それも教師としての仕事であり、根津はその仕事を全うしようとしていた。

 

――だが。

 

『AOooooooooN!!』

 

『っ! これは……!』

 

 咆哮と共に姿を見せた雷狼竜。

 しかし、根津はその姿を捉えられなかった。

 閃――まさにその言葉があう。電光石火と呼ぶに相応しい雷を纏った動き。

 速すぎる。カメラでは捉えきれず、オートで動いている機銃も反応がかなり遅れて的になんて当たりもしない。

 

 今までの動きとは違う雷狼竜に根津は冷静に対処しようとするが、一手を打つのが早かったのは竜牙の方。

 

――0p改を閃光が横切った瞬間、何かが大きく宙を舞った。

 

 巨大な何か。それが地面に落ちると同時に周囲のモノを破壊する巨大な鉄。

 そう、0p改の四本ある腕の内の一本。

 あったであろう場所は根から抉られ、放電して異常を示している。

 

『……これはどういう事なのさ?』

 

 根津は恐る恐るといった様子で、最後に閃が向かった方角へカメラを動かすと、それは確かにいた。

 

『GRRRRRR……!』

 

 ビルの上に君臨する四足歩行の雷狼竜。

 その眼光が己を捉えていた。圧倒的な圧を与えながら唸り声を出して。

 

 だが、捉えた同時に根津は気付く。

 衝撃で画面が乱れていたカメラが、徐々に正常になるにつれて雷狼竜のその“変化”に。

 

――鱗は白い。

――甲殻は翡翠の様に輝いている。

 

 原種ではない。それは“新たな解禁”。

 生を捨て、不老を得た雷狼竜の変種。

 

『AoooooooooN!!!』

 

――『命狼竜』の解禁である。

 

 

 

 

END

26/37 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する