モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 お待たせしました。
 
 
 


第12話

 

 

 突如、轟音が鳴り響き、講堂に満ちる音が拍手から悲鳴へと変わった。

 

 会場内に潜んでいた(とはいってもバレバレだった)『同盟』のメンバーが一斉に立ち上がる。各々がCADを取り出そうと手を伸ばしたところで――。

 

「ぐっ……」

「大人しくしてください」

 

 一人残らず風紀委員によって拘束された。

 

 僕も張っていた生徒を取り押さえ、両手首を後ろで固定した。

 呻く男子生徒を膝で押さえながら、舞台の方へ目を向ける。

 

 丁度その時、ガス弾が窓を破って投げ込まれ、白煙をまき散らし始めた。

 単なるスモークか催涙ガスか、はたまたより危険な毒ガスか。

 効果のわからない白煙は、しかし効果を発揮することなく弾頭に吸い込まれ(・・・・・・・・)、窓の外へと吐き出されていった。

 

 生徒会副会長、服部先輩の魔法だ。

 

 服部副会長はガス弾が撃ち込まれ発煙が始まった一瞬の内にCADを操作し、収束魔法で煙の周辺の空気ごと弾頭へ収容、移動魔法でまとめて放り出したのだ。

 発動速度もさることながら、術式の選択の早さが段違いだった。その発動速度も、特化型ではなく汎用型でと考えると十分以上に早い。

 

 直後、講堂の扉が音を立てて開かれる。

 見るとガスマスクを装備した闖入者が数人、サブマシンガンを構えて立っていた。

 

 咄嗟にCADを抜いて構える。が、介入の必要はなく、闖入者は全員が渡辺委員長の魔法に倒れた。

 

 苦しげに喉元を押さえていたあたり、マスク内の気体成分を操作したのだろう。

 ガス弾を撃ち込んだ連中がガスマスクを着けていることを予想し、それを逆に利用しようとは委員長の考えることは恐ろしいな。

 

 ともあれ、これで講堂内の襲撃者は全滅した。

 上級生二人の見事な手際により、怪我人もなければ体調を崩した人もいない。

 滑り出しとしては上々だろう。まあ、僕自身は何もしていないのだけど。

 

 ふと、倒れたテロリストの拘束を終えた渡辺委員長に達也が歩み寄る。

 

「爆発のあった実技棟の様子を見てきます」

「お兄様、お供します!」

 

 達也の隣に深雪が並び、二人は真剣な表情で委員長を見つめる。

 渡辺委員長は少し考え、それから頷いた。

 

「……わかった。気をつけろよ」

「「はい」」

 同時に答える達也と深雪。委員長に見送られ、講堂の外へ駆けていく。

 

 

 

 この後、彼らは実技棟付近でレオやエリカと合流し、そこで敵の本命が図書館にあることを知らされるのだ。

 図書館には協力者に仕立て上げられた壬生先輩も居り、連中は彼女を利用して図書館の機密データを盗もうと考えていた。この犯行は魔法師排斥を掲げる『ブランシュ』のためのものではなく、その背後にいる国外勢力のためのものだ。

 

 達也は深雪との穏やかな生活を脅かされた報復のため、ブランシュのアジトへと乗り込むことになる。

 協力者と共にテロリストのアジトへ殴り込みをかけ、実弾銃もキャスト・ジャミングも歯牙にもかけず一蹴する達也の姿は、小説でもアニメでも痺れるほどに圧倒的だった。

 

 

 

 このまま同じ流れを辿るのであれば、事件は最終的に達也が解決してくれる。

 だがそこへ至るまでには少なからず戦闘があり、一高側へどれだけの被害が出るかわからない。僕はその被害をできる限り局限したい。

 

 達也たちが講堂から出ていくと、委員長は縛り上げた状態のテロリストへ目を向けた。

 未だに荒い息を繰り返す中から一人を見出すと、委員長はその男を立たせ、舞台袖の控室へと引っ張っていく。辰巳先輩に促され、僕はその後を付いていった。

 

 控室には委員長以下風紀委員7人と、七草会長以下生徒会の二人も詰めかけた。

 

「さて、本来ならあまり褒められた手段ではないんだが……」

 

 全員が揃い、控室の扉が閉じられ、市原先輩が遮音フィールドを張ったところで委員長が呟く。真剣な表情の七草会長が頷いたのを見て、委員長は首肯を返した。

 

 腰を落とし、委員長は懐から色の違う液体の入った小瓶を3本取り出す。

 蓋を開き、軽く揺らすようにしながら、空いた手でCADを操作し始めた。

 そよ風が委員長の短い髪を揺らし、テロリストへと流れていくのがわかった。

 

 男は最初、自分が何をされているのか理解できていないようだった。自身を取り囲む高校生に憎らしげな眼差しを向け、尋問に屈することはないと態度で示していた。

 

 だが気流操作によって小瓶の中身を嗅がされると、男は唐突に目を見開き、立ち上がろうと藻掻き始める。縛り付けられた椅子をガタガタと鳴らし、やがて電池が切れたように動かなくなった。

 

 委員長は俯いた男に近付くと、視線を合わせて問いかけた。

 

「お前たちの目的はなんだ」

 

 すると男は呆然と顔を上げ、ぽつぽつと言葉を漏らし始めた。

 

「……図書館……機密データ……盗んで、こなくては……」

 

 焦点の合わない目をした男は、意志に関係なく自白を強要されたのだった。

 

 思わず舌を巻く。

 なんともまあ、聞きしに勝る効力だなぁ。

 

 渡辺委員長が使ったのは、匂いを使った意識操作の魔法だ。

 複数の香料を気流操作の魔法で直接鼻腔へ送り込み、心理的な抵抗力を低下させて自白剤と同じ効果を生み出している。

 

 言うまでもなく犯罪行為だ。魔法の無断使用という観点からもそうだし、加えてこれはやろうと思えば相手を洗脳することさえ可能となる危険な魔法。

 

 現在進行形でテロリストによる襲撃を受けていて、尚且つここが人目に付かない密室だからこそ見逃されているだけ。

 ここにいる誰かが警察に一言でも漏らせば厳正な捜査が行われるに違いない。ただし、その場合は七草会長や十文字会頭が『家名』を持ち出して握り潰すのだろうが。

 

「なるほど。こいつらの狙いは図書館。なら実技棟は囮か」

「達也くんは実技棟へ向かったのよね? 上手いこと引っ掛けられちゃったのね」

 

 渡辺委員長が顎に手を当てて言うと、七草会長は苦い顔でため息を吐いた。

 

 二人とも達也の実力を間近に見ていて、期待している部分があるのは間違いない。

 一年生にもかかわらず率先して現場へ向かうと口にした達也を、止めることなく行かせたのも渡辺委員長が彼の実力を信頼していたからこそだ。

 

 その当てが外れた。少なくとも初動の段階では。

 

「ともかく、まずは逃げ遅れた生徒の避難が優先ね。彼らの狙いが図書館だというなら、避難場所は準備棟付近がいいと思う。十文字君がいてくれれば守りは万全だし、いざとなれば演習林へ逃げ込むこともできるわ」

 

 七草会長はつらつらと方針を口にしていく。

 土壇場に強いのか、止まることなく対策を口にしていく姿は常と比べとても心強い。

 

 渡辺委員長は七草会長の言に一度は頷いたが、すぐに険しい表情で彼女を見た。

 

「図書館の方はどうする? みすみす奴らにデータをくれてやるのは」

「わかっているわ。けど、この講堂を守る人員も必要で外にばかり人を割くわけには――」

 

 と、七草会長がそこまで言ったところで、委員長が端末を取り出した。

 

「――いや、待て。達也くんからのメッセージだ。……ふむ、実技棟は囮、図書館へ向かう、か。本当に、なぜ二科生なのか不思議なくらいに優秀だな彼は」

「なら、図書館にはバックアップを送りましょう。先生方もいるから多勢に無勢とはならないでしょうけど、戦力は多いに越したことはないわ」

 

 一転して笑みを湛える二人。

 委員長は振り返って風紀委員の二名へ視線を送る。

 

「よし。鋼太郎、沢木、お前たちは図書館へ向かえ」

「了解だ、姐さん」「了解しました」

 

 溌溂と応えて、辰巳先輩と沢木先輩が駆け出していく。

 二人の姿を見送って、委員長へ視線を戻そうとして、そのとき何かが聞こえた。

 

 ぶつぶつと呟くような声。それは未だ俯いたままの男から発せられていて――。

 

「残りは生徒の避難誘導だ。内訳は……」

「委員長、待ってください。この男、まだ何か言っています」

 

 僕が呼び止めると、委員長や他の人たち全員が振り向いた。

 息を潜め、か細い声を拾っていく。

 

「く……ぎ……実験室……隕、鉄……」

 

 さっきよりも聞き取りづらい声で、けれど端々のキーワードは拾うことができた。

 

「隕鉄? 魔法実験用の触媒をなぜテロリストが欲しがる?」

「わからないわ。でも、貴重な触媒を奪われるわけにはいかないし……」

 

 首を捻る委員長に、七草会長が悩ましげに唸る。

 

 一方で、これは僕にとっても未知の情報だった。

 

 原作で語られたのは、実技棟でエリカやレオと合流する場面と図書館前での乱戦、そして図書館内での戦闘のみ。

 それ以外の場所で何が起きていたのかはわからないままだ。

 

 実は達也たちの活躍の裏で、別に狙われていたものがあったなんて知らなかった。

 奴らの狙いは図書館だと断定され、実験棟はターゲットに含まれていないと思っていたんだが……。

 

 数秒程考えていた委員長は、やがて妙案だとばかりに笑みを浮かべて言った。

 

「ではこうしよう。私が実験棟へ行ってくる」

 

 瞬間、七草会長はムッと表情を顰める。ジッと委員長を見つめ、表情に一切の変化が見られないとわかると、会長は諦めたように息を吐いた。

 

「……わかった。けど、くれぐれも無茶はしないでちょうだい」

「わかってるさ。真由美も、こちらは任せたぞ」

 

 そう言って委員長が振り返る。自然、風紀委員メンバーの姿勢が正された。

 表情は真剣そのもの。眼差しは鋭く、口元にも笑みはなく、事の重大さを全身で表しているかのようだ。

 

「お前たちは各個に逃げ遅れた生徒の避難誘導を行ってくれ。通信コードはいつものやつだ。一年に後れを取るなよ。――では、出動!」

 

 一糸乱れぬ動作で胸に手を当てた。

 

 真っ先に飛び出していった達也に、一番の激戦地へ向かった辰巳先輩と沢木先輩。

 そんな三人に負けじと張り切るくらいには、風紀委員の面々は負けず嫌いで。

 

 斯く言う僕も、緊張とは別の理由で胸を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 講堂を出て、準備棟方面へ向かう。

 途中、本棟の前を横切ることになるのだが、案の定そこにもテロリストは押し寄せていた。

 

 校門から本棟へ続くメインストリートは銃撃戦の様相を呈していた。

 自動小銃で武装したテロリストによって撃ち込まれる銃弾に、警備の職員も苦戦を強いられている。反撃の魔法を撃とうにも、柱の影から顔を出しただけで銃弾が雨霰と飛んでくるためなかなか攻勢に出ることができずにいる。

 

 対して、テロリスト側は人数で勝っているせいか、校門に突っ込んできたらしいトラックから徐々に包囲を狭めてきている。

 どうやら配送業者に扮して潜りこんだようで、作業服姿の男たちの手には自動小銃や短機関銃が握られていた。

 

 本棟の壁から様子を探る。

 敵の数はおよそ20人。全員が小銃か機関銃で武装しており、素通りは不可能。

 まあここにいる警備職員を見捨てていくなんて気は最初からないので、だとすればこの状況を打開すべく動く必要がある。

 

 制服の前を開き、右手でCADを抜いた。使い慣れた黒い特化型CADの電源を入れ、同じく腕輪形態の汎用型もサスペンドモードで待機させておく。

 

 ホルスターのカートリッジケースからストレージを取り出し、特化型に装填されたストレージと交換する。

 

 抜き出したのは無系統魔法を含む収束・移動系のストレージ。

 そして差し込んだのは移動の単一系統を収めたストレージだ。

 

 出し惜しみするつもりはない。

 手を抜いて危険な目に遭う、或いは誰かを危険な目に遭わせるようでは元も子もないのだ。

 より確実に相手を打倒する手段があるのなら、それを用いない理由はない。生徒ならともかく、テロリストが相手となれば尚更。

 

 CADの銃口を一番近くにいた作業服の男に向け、引き金を引いた。

 

 発動した魔法は移動系単一工程の『対物障壁』。

 指定した範囲内にある物体の運動状態を静止に変える魔法で、壁を張るように使えば干渉力の許す限り銃弾を通すことがない。

 より大きな干渉力が必要となるが運動の方向を逆転させることもでき、その場合は銃弾を跳ね返す壁を作ることも可能となる。

 

 僕はそんな『対物障壁』を、射撃姿勢を取るテロリストへ向けて放った。

 拳大の障壁が、男の持つ銃の銃身に展開する。

 銃の持ち主が魔法師、或いは魔法的な素養の持ち主だった場合、魔法式が投射されたことに気付いて射撃を止めていただろう。

 

 だが相手は魔法師ではなかった。

 自身の構えた銃に障壁が付与されていることに気付かなかった。

 そして、男はそのまま引き金を引いた。

 

 自動小銃は火薬を燃焼させた際に生じる高圧のガスで弾丸を飛ばす武器だ。

 高圧のガスは弾頭を銃口から押し出し、ガス自体は銃口と、ガスポートからシリンダー内へ抜けていく。

 では銃身の途中に壁を作って弾頭を止め、高圧ガスの逃げ場を失くしたらどうなるか。

 

 その答えが眼前に示された。

 銃身の中程で停弾し、ガスの逃げ場が失われた小銃は、銃身が根元付近で破裂した。

 

「っああぁぁ!」

「なんだ、何が起きた!」

 

 悲鳴を上げる男。隣では何が起きたか分からずに仲間が狼狽している。

 男の手からは血が滴り、足下には直前まで小銃だったスクラップが転がっていた。

 

 呻く男の隣、半狂乱になって銃を乱射するもう一人に向かって再度魔法を発動する。

 全く同じ光景が繰り返され、呻くテロリストが二人に、スクラップが二つに増えた。

 

 すかさずCADからストレージをリリース。

 滑り落ちるストレージを左手の中指と薬指で挟んで持ち、ホルスターから三本目のストレージを取り出す。

 人差し指と親指で引き抜いたストレージをCADのカートリッジに差し込み、掌で押し込んでロック。

 テロリストが態勢を整える前に二度、引き金を引いた。

 

 発動した魔法は加速系の二工程魔法。

 後方への加速と、それを相殺する前方への加速。

 瞬時に切り替えられた二工程の魔法により内臓、特に脳を揺さぶられ、二人の男が悲鳴を呑んで倒れ込む。

 

 再度ストレージを移動系のストレージに入れ替え、次なるターゲットに向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 銃火器を用いる非魔法師のテロリストを、僕は二つの魔法で無力化していった。

 

 一つは自動小銃や短機関銃といった銃火器を無力化するための『対物障壁』。

 もう一つは前後への強烈な加速度で敵を失神させる『反転加速』。

 

 『護衛対象を護る魔法』と『相手を一撃で且つ最低限のダメージで倒す魔法』。

 どちらもボディガードという仕事上必要となる魔法で、森崎家が長年積み重ねてきた研究の成果である。

 

 『対物障壁』はよく知られた魔法だ。魔法師として現場で働く者であれば、大抵の場合使えるというほどにポピュラーな魔法である。難易度もそれほど高くはなく、第一高校にもこれを使うことのできる生徒は数多くいることだろう。

 

 けれどこの魔法を身を守るためではなく、攻撃の手段として用いる魔法師は意外と少ない。触れた物体を跳ね返す『ベクトル反転障壁』なんて、カウンターにもってこいの魔法だと思うんだけどなぁ。

 

 障壁魔法を操る魔法師で、校内で最も有名な人が十文字会頭だ。

 会頭はあらゆる障壁魔法に精通しており、多重に展開した障壁を守りだけでなく攻撃にも転用することができる稀有な魔法師。

 彼の前には原作主人公である達也ですら苦戦を免れず、作中で達也を追い詰めた数少ない人物の一人だ。

 

 相手が魔法力のないテロリストであればこの魔法で銃火器を無力化することができる。

 乱戦になるとわからないが、距離を取った上で戦う場合、銃火器のない者が魔法師に敵う道理はない。

 これは銃を持つ相手に対して過剰防衛を犯してしまうリスクを減らしつつ、危険な銃火器を封じて確実に制圧するための魔法なのだ。

 

 

 

 

 

 

 本棟の東側から西に向かって駆けながら、テロリストを無力化していく。

 付近では僕以外にも戦っている人はいて、それは警備の職員だったり教師だったりとまちまちだが、ジリ貧の状況を破った後はあっという間に制圧していった。

 

 無力化したテロリストの捕縛を教師に任せ、僕は準備棟方面へ急ぐ。

 

 本棟前にあれだけのテロリストがいたんだ。少し距離があるとはいえ、準備棟側にも潜りこんでいる可能性はある。

 

 準備棟辺りには、ほのかと雫がいるはずだ。

 原作では被害に遭ったような描写はなかったが、だからといって危険がないというわけじゃない。

 

 逸る気持ちを抑えつつ、本棟を回り込み、食堂脇を抜けて準備棟へと向かった。

 

 

 

 二人は準備棟の前にいた。

 バイアスロン部のユニフォームに身を包んだ二人を見つけて、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「北山さん、光井さん」

「あ、森崎くん」

 

 声を掛けて駆け寄ると、二人は緊張した面持ちで振り向いた。

 見れば近くの地面が大きく陥没していて、ここで何かしらの魔法が使われたことがわかった。

 

「二人は大丈夫だったか?」

 

 問いかけると、ほのかが落ち着いた様子で答えた。

 

「ナイフを持った男の人に襲われかけたけど、二人とも被害はないよ」

「……そうか。それはよかった。ひとまず安心したよ」

 

 声も表情も落ち着いている。これなら気休めということもないだろう。

 大きく息を吐いて、口元に笑みが浮かぶのがわかった。

 

 と、今度は雫の方から問いかけがあった。

 

「君は大丈夫だった?」

「ああ。僕も被害は受けていない。大丈夫だ」

「そっか……」

 

 ほっと息を吐く雫。心配されていたことに嬉しさと申し訳なさの両方を感じる。

 

 恥じらいを誤魔化すため、話題を変えにかかる。

 

「それにしても、ナイフか……。銃を持ってるのは一部だけなのかもな」

 

 顎に手を当てて呟くと、ほのかが息を呑み、雫も目を見張った。

 

「銃を持ってるのがいたの?」

「ああ。講堂に押し入ってきた連中と、あと本棟側は銃を持った連中に襲われた」

「そんな! 大丈夫だったの?」

 

 ほのかが顔を青褪めさせる。

 血の気の引いた表情に、慌てて僕はできる限り穏やかに状況を語った。

 

「大丈夫だよ、光井さん。講堂では渡辺委員長と服部副会長が、本棟前は先生方が対処してくれた。どちらも怪我人は出ていないし、テロリストも捕まえた」

「はぁ……。よかった」

 

 大きく息を吐く。その肩を雫が押さえ、「大丈夫だよ」と声を掛けた。

 頷き、もう大丈夫と顔を上げたほのかと雫へ、七草会長の方針を伝える。

 

「直に十文字会頭がここへ来る。会頭が目を光らせてくれる限り、ここは安全だ。だから二人はなるべくここを動かないでくれ」

「わかった」

「森崎くんはどうするの?」

 

 ほのかの問いかけには、左腕の腕章を示して答える。

 

「僕は逃げ遅れた人を探して、ここまで連れてくる役目がある。もし二人が誰かそういう人を見たり聞いたりしたら、端末に連絡をくれると助かるよ」

 

 懐から端末を出して、連絡先を示しながら言った。

 同じように端末を取り出した雫がプライベートナンバーを登録し、それから頷いた。

 

「うん。そうする」

「頼んだ。――っと、丁度電話が……」

 

 二人の納得を得た僕が端末を仕舞おうとしたその時、着信を報せる音が鳴った。

 

 差出人を見る。風紀委員の通信コードだ。

 

 僕は二人に断りを入れ、電話を取った。

 

 

 

『各員、聞こえるか…………渡辺だ。……すまない。実験棟に侵入したやつを取り逃がした。至急、真由美と十文字にこのことを……。奴はかなりの手練れだ。付近の者は、先生たち、を……』

 

 

 

 委員会共通の通信コードから流れてきたのは、酷く弱々しい委員長の声だった。

 

 声は一方的に必要なことを語った後、力尽きるように途切れ、以後は何も聞こえてこなかった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 明日の更新もお休みさせていただきます。悪しからず。

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