モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
「……どれだけ優れているか、か。じゃあ僕から教えよう」
言って、集団の前に躍り出る。
「森崎くん!」
「やってやれ、森崎!」
好き勝手なことを言っていた2人が、またも無責任な物言いをしてくる。
内心で辟易しながらも表情には出さない。あれでも一応クラスメイトなのだ。性根から腐っているわけでもなし。円満な学校生活のために子供の面倒くらいは見よう。
全員の視線を受けながら、レオとエリカの前で立ち止まった。
二人の顔に好戦的な笑みが浮かんだところで、僕は回れ右をして振り返る。
視線の先にはA組のクラスメイト。
援軍の登場で綻ばせた表情のまま、目元は動揺で開かれている。
同様に、背後からは戸惑うような気配と視線を感じた。
困惑に揺れる中へ、一石を投じる。
「――少なくとも、常識を弁えているという点で、彼らの方が優れていると僕は思うよ」
唖然とした顔が並んでいた。誰もがそんなことを言われるとは思っておらず、だからこそ思いがけない方向から来た、一見するとズレた発言に気勢が削がれている。
焦ったように男子の一人が口を開いた。
「い、今はそんなどうでもいいことじゃなく、ブルームとして優れてるってことを」
「ブルームとして、ね。それは具体的に何を指しているんだ。魔法実技の成績か? それとも実戦能力か? 前者であればさっきも言われた通り、入学したばかりの僕らと彼らの間にそう差はない。そして後者であれば――」
言って、僕はエリカに目を向けた。
「司波さんを除くA組の誰よりも、そこの彼女の方が強いと思うけどね」
エリカは一瞬驚いたように目を見張るが、すぐに挑戦的な笑みを浮かべる。
「あら、どうしてそう思うの? ただ大口叩くだけの落ちこぼれかもしれないわよ」
あくまでか弱い二科生を演じるかのように、エリカは自らを抱く。表情や声音とは裏腹に、目だけは笑っていなかった。
冗談だろと、呟いた上で述べていく。
「姿勢が良くて重心がブレない。歩くときの繰り出しも特徴的だ。これは歩法を学んだ影響だろうね。思うに、君は何かしらの武術に精通しているんじゃないか」
エリカの表情が変わる。それまでの挑戦的な、よく言えば友好的な眼差しが鋭くなり、刺すような冷たさが載せられた。殺気というほど濃密ではないが、これ以上踏み込めば斬られるような険のある雰囲気だった。
「……へぇ。よくわかったわね。確かにあたしは剣術に通じているけど、どうしてわかったのかしら」
「実家がボディガードの仕事をやっている。お陰で多少は、ね」
嘘だ。真実はただ僕が原作を知っているからってだけで、そうでなければ彼女の些細な癖なんてすぐに見抜けるはずがない。
だから彼女が自分から剣術経験者だと明かしてくれたのはありがたい。お陰でこれ以上、原作知識を分析の結果だとこじつけずに済む。あんまりやり過ぎて達也に目を付けられるのはごめんだ。
「僕はA組の森崎駿。差し支えなければ、名前を伺いたい」
姿勢を正し、腰を折って一礼する。
こちらから先に名乗り、礼を尽くすことで彼女の譲歩を引き出す公算だ。エリカは気分屋だが、剣術家だけあって礼儀作法には真摯なはず。
「……一年E組、千葉エリカよ」
渋々ながら、エリカは名乗ってくれた。
そして、名前を引き出した時点で目的は達成したも同然だった。
「なるほど。百家本流、『剣の魔法師』と呼ばれるあの千葉家の。なら実力も相当なものなのだろう。やっぱり、下手に手を出して痛い目を見るのはこっちだったわけだ」
観念した風を装って言う。
すると後ろの方で「『剣の魔法師』だって?」、「千葉家って、『
どうやらクラスメイトも彼女がただの二科生ではないとわかったようだ。それまでのウィードと侮る色から、警戒するような色へと眼差しを変えている。
一方、正面ではエリカが苦々しげに俯いていた。
家名を持ち出されるのは嫌なのだろう。彼女の生い立ちや立場を思えば、嫌な顔をされることは予想がついていた。
それを承知で当てにさせてもらったのだ。裏事情を語ることはできないにしても、真摯に謝罪することはできる。
「すまない。知らなかったとはいえ、軽率な真似をしたようだ。気分を害したなら謝る」
「いいわよ。別に隠してるわけじゃないし、二科生なのはあたしが力不足なせいだから。謝られる理由はないわ」
「そうか。そう言ってもらえると助かる」
そうは言いつつも、彼女は憮然とした顔で淡々と口にするのみだった。
これ以上突っ込んでも藪蛇にしかならない。ここは素直に申し出を受け入れておくべきだろう。
ともあれ、これで衝突は回避できたはずだ。
達也たちを二科生だからと侮るクラスメイトに、一科生=強者ではないと知らしめる。こうすることで原作のような衝突は避けられるし、それに伴う生徒会長と風紀委員長の介入も防げる。この場での衝突と介入を防げれば、達也たちの心証も原作よりはマシになると思う。
後は同じA組である僕が彼らをとりなせば丸く収まるだろう。そう思いたい。
僕は振り返って、A組の面々に解散を促そうと近付いた。
そのときだった。
「なんで……」
絞り出すようにそう言って、A組の男子の一人が俯いていた顔を上げた。
裏切り者を糾弾する鋭い眼差しが飛んでくる。
「なんでだよ森崎、どうしてウィードなんかと仲良くやってんだよ! 俺たちが、俺たちブルームが優れてるのは間違いないだろうが!」
そいつは錯乱したように叫んで、ブレスレットタイプのCADを取り出した。
魔法を撃ち出そうと伸ばされた手は、まっすぐに僕へと向いている。
指がCADのテンキーを叩いた。
組み込まれたシステムが作動し、起動式の展開が始まる。
CADから出力された起動式が術者の無意識領域に送られるまでの時間は1秒未満。
瞬きする間に過ぎ去る刹那の間隙だ。
考えるまでもなく、自然と動いた手がホルスターに挿さったCADの引き金を引いた。
ごく小規模な起動式がコンマ2秒で組み上げられ、圧縮されたサイオンの弾丸が展開中だった男子の起動式を撃ちぬいた。
起動式を乱された、或いは破壊された魔法は効力を発揮することなく霧散する。
展開中だった起動式が砕け、男子生徒はよろめき、戸惑いの声を漏らした。
「なにが……くそっ」
もう一度と言わんばかりに男子がCADへ指を叩きつけた。
体内のサイオンがCADへ注入され、起動式が構築される。
CADの周囲に起動式が展開され、無意識領域へと送られようとして――。
そこへ、撃ち込む。
同じ光景が繰り返されて、男子はようやく何が起きたのかを悟ったようだ。
「っ森崎ぃ!」
憎々しげに、苛立たしげに叫んで、男子は僕に掴みかかろうと一歩を踏み出した。
「止めなさい!」
瞬間、横合いから声が響き、男子はびくりと身を震わせて止まった。
「風紀委員の渡辺摩利だ。そこの生徒はCADを地面に置き、両手を頭の後ろで組め」
立っていたのは生徒会長と風紀委員長の2人だった。
会長は表情こそ真剣ながら雰囲気は穏やかだ。CADこそ手にしているものの、テンキーに指を添えていないので一応念のためといったところだろう。
対して渡辺委員長は厳しい顔つきで手をこちらへ伸ばしていた。いつでも攻撃、制圧できると言わんばかりで、その威圧感にA組の女子が一人腰を落としてしまう。
魔法を使おうとした男子は渡辺先輩と僕の間で視線を行き来させていたが、やがて観念したのかCADを置いて言う通りにした。
男子のCADを渡辺委員長が拾い上げ、会長へと手渡す。会長はCADを受け取ると一つ息を吐き、男子に向かって「念のため話が終わるまでは預かります」と言った。
それから僕たち一同を見渡して続ける。
「皆さんも知っての通り、自衛目的以外での魔法の行使は犯罪行為に当たります」
会長の言葉は脅しでもなんでもない真実で、いくら魔法科高校に在学しているといっても、許可された場所以外での魔法の行使には厳格な規則が設定されている。
今いるのは校門前でギリギリ魔法科高校の敷地内なため街中よりはまだ緩い部分もあるが、申請もなしにいきなり魔法を他人に向かって放つのは明らかなルール違反だ。
彼の行動はふつうに考えたら校則違反並びに条例違反で、下手をすれば停学になる可能性もある一大事。
とはいえ、そんな事態になれば後々大きなしこりを残すことになるわけで。
「先程の場面、私には彼が攻撃性の魔法を放とうとしていたように見えたのですが……」
「いえ、魔法の行使はありませんでした」
誰に何かを言われる前に即答する。
自然、全員の視線がこちらへ向いた。
ここで彼が罰せられる結果になるのは好ましくない。彼が逆上したのは僕の態度のせいだし、そうして見咎められた彼を見捨てるのは温情に欠ける。
別にA組の人間が嫌いなわけでもなければ、恨みがあるわけでもないんだ。一年間同じクラスで過ごす仲間を、この程度で切り捨てようと思うほど薄情ではないつもりだった。
「あなたは?」
「失礼しました。1―A の森崎駿と申します」
会長からの誰何に腰を折って答える。
そうして初めて、僕という個人を会長が認識したような気がした。
「そうですか。私は生徒会長の七草真由美です。それで森崎くん、あなたは今、魔法の行使はなかったと言いましたね」
「はい。正確には魔法が発動することはなかった、というべきですが」
七草会長の言葉に姿勢を正して答える。
すると、続く問いは隣の渡辺委員長から投げられた。
「森崎。それはお前がサイオン弾で起動式を撃ち消していたからだろう?」
「仰る通りです。魔法が効果を及ぼす前に起動式を破壊しました。故に魔法が発動されることはなかったため、現行法における魔法の行使には当たらないと考えます」
魔法の使用に関する法律では、『魔法の発動』を魔法使用の定義としている。
魔法の発動とは、CADから取り出した起動式を無意識下に存在する魔法演算領域に読み込み、魔法式を構築、外部の情報次元に投射し、対象の情報を一時書き換えることで行われる。
術者からCAD、CADから術者の無意識領域、無意識領域から対象の情報へとプロセスを経ることで発動されるのがCADを使った現代魔法だ。
さっきの場合、起動式をCADから読み込んでいる段階でその起動式を破壊した。
これによって魔法式は完成に至らず、結果、情報次元に投射された魔法式は対象の情報を書き換えることができなくなる。
情報の書き換えができないということは、事象の変化が起きることがない。つまり魔法が効果を発揮しないということになる。
これは現在の法律における『魔法の発動』を満たすものではないため、男子生徒が魔法を使用したと見做すことはできない、と解釈することができるのだ。
少々強引な法解釈に、渡辺委員長は腕を組んで唸る。
「確かにそういう解釈も可能だが、事実として人を傷つけかねない魔法を放とうとしたんだ。これは罰せられるべき事案だと思うが?」
「それは……」
痛いところを突かれた。
確かに法解釈を利用することで、魔法の無断使用に関する法律違反を免れることはできるが、他の生徒を故意に傷つけようとしたという点については否定できない。
他人を傷つけるのは魔法の有無に関係なく『傷害罪』にあたる。未遂とはいえ、風紀委員として見過ごせることではないだろう。
どうしようかと考えていると、不意に近付いてくる足音があった。
「その必要はないと思います」
――正直、期待していなかったと言えば嘘になる。
七草会長と渡辺委員長に問い詰められ、このままだと男子生徒は連行されてしまうという状況下、原作と同じように司波達也が助け舟を出してくれるんじゃないかと、期待をしていたのは紛れもない真実だった。
2人の先輩の前に進み出た達也は泰然と先輩方に向き合った。
七草会長はそんな達也に楽しげな笑みを浮かべ、渡辺委員長は訝しげな視線を向ける。
「達也くん、どうしてそう思うの?」
「彼が使おうとしていた魔法は収束系の風魔法です。強度も強いものではなく、精々が強風を起こす程度に留まっていたでしょう。不意打ちならまだしも、目の前で強風を起こされた程度で怪我をする事態にはならなかったと思います」
会長の問いにつらつらと答える達也。
背後に控えた深雪がニコニコと笑みを湛えているのが印象的で、なんなら会長も達也の説明を面白そうに聞いていた。
唯一感心したように声を漏らして、渡辺委員長が笑みを浮かべる。
「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」
面白いものを見つけたと、瞳が雄弁に語っていた。
展開された起動式は膨大なデータの塊だ。アルファベットで数万から数十万字に相当する不規則な文字の羅列から出来ている。
そんな起動式を展開中の僅かな時間で読み取り、発動する魔法を予想するなど普通はできない。
原作主人公である司波達也は、数少ない例外に当たる人物である。
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「誤魔化すのも得意なようだ」
値踏みするような、睨みつけるような、その中間の眼差し。
事実、疑ってはいるのだろう。発動しなかった魔法の起動式を読み取れたのは達也一人。怪我をするような威力ではなかったと言ってはいるものの、それを確かめる方法はないわけで、だとすれば達也が嘘を吐くだけで事実の隠蔽ができてしまう。
渡辺委員長の前に立ち、じっと視線を受け止める達也。
そんな兄を庇うように、妹の深雪が進み出た。
「兄や森崎くんが申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
真正面から素直に頭を下げる深雪。
僕が彼女に倣って腰を折ると、他のA組メンバーも慌てて頭を下げた。
「摩利、もういいじゃない。怪我もなかったんだから、これからはちゃんと注意してくれればそれで構わないでしょ」
七草会長の言葉に諦めたように「わかった」と頷く渡辺委員長。
会長は僕らA組一同と達也たちE組の面々を見渡すと、真面目くさった表情で頷いた。
「魔法の行使に関わる規則は、校内のものについても法解釈についても、一学期の内に授業で教わる内容です。それまで魔法の使用については控えた方がいいでしょうね」
「……会長がこう仰っていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことが無いように」
居住まいを正した渡辺委員長の言葉に全員が頭を下げる。彼女はそれきり踵を返して一歩踏み出すと、思い出したかのように顔だけを振り向け、達也へ問いかけた。
「君の名前は?」
「一年E組、司波達也です」
「覚えておこう。……ああ、あとそっちの森崎は委員会でみっちり使ってやるから、覚悟しておくように」
「承知しました」
淡々と答えた達也にそう言った渡辺委員長は、去り際に釘を刺して行った。
次はないという警告と、見逃す代わりにしっかり働けという脅迫だろう。結局目を付けられる結果になってしまったなぁ……。
「すまない。さっきは助かった。ありがとう」
会長と委員長の2人が校舎へ入っていくのを見届けて、僕は達也へ腰を折る。
達也は一瞬面食らった後、淡々とした口調で応じた。
「気にするな。それに、決め手になったのは俺じゃなく、深雪の誠意だからな」
「お兄様ときたら、言い負かすのは得意でも、説得するのは苦手なんですから」
「違いない」
本当に仲の良い兄妹だことで。
当人たちは全く意識していないだろうイチャイチャに自然と苦笑いが浮かぶ。
「それでもだ。絡んできた相手を助けるなんてことはそうできることじゃないし、本当に助かった」
一つ咳払いをして姿勢を正す。
始めは関わらないつもりだった相手だが、こうなってしまったからには友好関係を築いておく方が得策だろう。本音を言えば原作キャラと仲良くできるのは嬉しいわけだし。
「改めて、僕の名前は森崎駿。森崎の本家に連なる者だが、そう大したものじゃない。一科生だとか気にせず接してもらえると助かる」
「司波達也だ。同じクラスということで深雪が世話になることもあるだろう。妹共々よろしく頼む」
「こちらこそ」
差し出した手を握られる。
これはつまり原作ではあり得なかった司波達也と森崎駿の和解が初対面から為されたわけで。必死で表情には出さないよう取り繕っていたものの、内心は感無量だった。
握手を止めて手を離すと、達也の後ろでエリカとレオが何やら騒ぎ始めていた。仲裁に回った美月がどうしたものかとあたふたしている。
達也はやれやれと2人の方へ振り返り、そんな兄を見て深雪が笑みを零す。兄妹は友人たちのもとへ歩いていった。
賑やかな達也たちから目を離して振り返る。と、A組のクラスメイトたちはどうしていいのかわからず、所在なさげに静まり返っていた。
無理もない。
深雪に近付きたくて二科生に突っかかって、
見下していた二科生に理屈で押し負けて、
実力ならと思っていたら僕に現実を突きつけられて、
暴走した挙句二科生の達也に助けられたんだ。
気まずいどころじゃない。早くここから離れたいはずだ。
けれど謝罪も礼も言えてなくて、素直になるにはまだプライドが邪魔をする。
結果、彼らは立ち去ろうにも立ち去れない心境になっているんだろう。
「……今日のところは解散にしよう。これ以上揉められると、僕はクラスメイトを連行しなくちゃならなくなる」
渡辺委員長が言っていた言葉はみんなも聞いていたはずだ。であれば、僕が風紀委員に内定していることは察しただろう。
苦笑いで言ったことに彼らは顔を見合わせ、それからぽつぽつと背を向け去っていった。
A組のメンバーが立ち去った後には女子生徒が二人だけ残っていた。
光井ほのかと北山雫。後に深雪と仲の良い友人となる二人で、達也グループの一員となる二人だ。だからこそ彼女たちがこの場に残るだろうことはわかっていた。
二人はちらっとこちらを見た後、達也と深雪の方へ歩いていった。
横を通り過ぎる時に、ほのかからはおずおずと、雫からはジーッと見られたんだけど、何か気に障るようなことでもしただろうか。
ふと、同じようにこちらを射抜く視線があった。
視線の正体はエリカで、彼女はこっちに来なさいとでも言いたげな眼差しで視線を向けてきていた。
お呼びとあれば行くしかないだろう。ついでに家名を引き出した件についてやっぱり謝っておこうか。
エリカの方へ歩いていく。
彼女はじっと僕を観察するように見ながら、腕を組んで待ち構えていた。
目の前まで来て立ち止まる。何か話があったのかと思えばそれもなく、少し待っても何も言われないので、ならばとこっちから切り出すことにした。
「さっきの件、ああ言ってもらったけど、やはり謝らせてくれ」
「必要ないって言ったでしょ。あたしが二科生なのも、簡単に見抜かれたのも、全部あたしの責任。だから気にしないで」
「しかし……」
尚も食い下がると、エリカは軽くため息を吐いて苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、この後一緒に帰らない? 途中、アンタのことを根掘り葉掘り聞くから、それでチャラ。どう?」
「願ってもない。付き合わせてもらう」
こうして、入学二日目にして原作メンバーとの関わりが生まれるのだった。
◇ ◇ ◇
駅までの帰り道は、微妙な空気だった。
メンバーは達也と深雪、エリカにレオに美月、ほのかと雫に僕を加えた8人。互いに自己紹介を済ませ、各々の呼び方が固まるまでは自然な流れだった。
空気が微妙なのはほのかの立ち位置だ。自己紹介をしたばかりの間柄にも関わらず、彼女は深雪の反対側、達也の隣に陣取っていた。
とはいえ、それで会話まで気まずくなるかといえばそんなことはなく、起動式を読み解いた達也の分析能力への驚きから、派生してCADの話題に移っていった。
「……じゃあ、深雪さんのCADを調整しているのは達也さんなんですか?」
「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」
ほのかの質問に対して、我が事のように得意げに深雪が答える。
「少しアレンジしているだけなんだけどね」
「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識がないとできませんよね」
達也が苦笑い気味に謙遜したが、深雪の横から顔を出した美月によって流される。
「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」
「本職に頼めばしっかり料金を取られる作業だ。魔工技師要らずとは恐れ入るな」
レオに続いて当たり障りのないことを言うと、雫がうんうんと頷いた。
再度苦笑いを浮かべる達也。なんとなく雰囲気が弛緩したところで、エリカが矛先を変えるように問い口にした。
「あたしとしては、森崎くんが使ってた技が気になるんだけど」
おっと。ついに来たな。
根掘り葉掘り聞くと言われた手前、いつか来るとは思っていたけど。
「起動式を無効化した魔法のこと?」
「それもあるけど、どっちかと言えばCADを抜かずに撃った技の方を知りたいわね」
ほのかの疑問に頷き、エリカは興味津々な眼差しを向けてくる。
「エリカちゃん、ひとの魔法を詮索するのはマナー違反なんじゃ……」
「構わない。答えられることには答えるよ」
おずおずとマナー違反を指摘する美月を制する。
なんせ先にエリカの立場を明らかにしたのはこちらなのだ。
原作ではもっと関係を深めてからわかる彼女の生家を早々に暴いてしまったからには、こちらも誠意をもって応えないと仁義に欠けるだろう。
「あれは『ドロウレス』といって、CADを格納したまま魔法を発動する技術だ。咄嗟の場面や抜く時間が惜しいとき、さっきみたいな対抗魔法を発動するのによく使う」
言うと、エリカは顎に手を当てて首を捻った。
「つまり速度重視で魔法を発動するためってこと? でもそれじゃあ折角の照準補助機能が活かせないし、それであんなにピンポイントな狙撃ができるの?」
エリカの疑問は尤もだ。
特化型CADの銃身に当たる部分には照準補助システムが搭載されていて、それが魔法を発動するときの座標計算に役立っている。
これがなければ魔法が当たらないというわけではないが、使うのと使わないのとでは精度が段違いだ。魔法を高速で発動しようとするなら尚のこと。
ではなぜ、ドロウレスという照準補助機能を使わない方法で、起動式という小さな的を素早く撃ち抜くことができたのか。
その疑問に答えをもたらしたのは、達也だった。
「恐らく、森崎の使った魔法がサイオンの弾丸だったことが理由だろう」
「……どういうことですか?」
ほのかが問いかける。深雪を含め他の誰もまだ答えに至っていないようで、達也はこちらへ目配せをした後、説明役を丸投げした僕の代わりに続きを口にした。
「あれは圧縮したサイオンの塊を、イデアを経由せず直接対象へぶつける無系統魔法だ。
その特性上、サイオン弾は術者のゲート、つまり身体に近い位置から射出されることになる。
だから射出点を狙いの付けやすい場所、例えば眉間とかに設定しておけば、照準補助機能を利用しなくてもピンポイントな狙撃ができるというわけだ」
説明を終え、ちらっと目を向けてくる達也。
全員の視線が集まったところで、僕は肩を竦めて見せた。
「ご名答。けど驚きだ。まさか一度で見抜かれてしまうとは」
「偶然だよ。前に似たような魔法を見たことがあったからな」
またまたご謙遜を。こっちは達也が『圧縮サイオン弾』の上位互換にあたる魔法を扱えることも知っているのだ。
「なるほどな。無系統魔法の性質を逆手に取ったってわけか」
「サイオンの塊を撃ち出すだけなら起動式も最小限になる。だから相手の起動式の展開を見てからでも間に合ったんですね」
「だとしても、条件反射で動くのは相当訓練しなきゃできないことよね」
順にレオ、美月、エリカの言葉だ。
納得顔で持ち上げてくるのに悪い気はしないが、身に付けるまでの経緯はとても褒められたものじゃない。
「否定はしない。実際、この技を身に付けるのに2年は掛かったからな」
「へー、2年も」
そう。2年だ。
完成系を知っていて、理論を知っていて、再現する難易度もそう高くはない術式で、にもかかわらず会得するのに2年も掛かったのだ。
愚直に練習を続けたお陰でどうにか習得には至ったが、カンニングした上でこの体たらくだからな。つくづく森崎駿には才能がないのだと思い知らされる。
だから、続く深雪の称賛も素直に受け取ることができなかった。
「森崎くんは努力家なんですね」
努力家、ね……。
「そんな大層なものじゃないんだけどな」
ただ、自分に取れる選択肢が多くなかっただけだ。
この兄妹を前にして、努力家だなんて口が裂けても言えない。
自嘲気味な口調のせいで、空気はなんとも言えないものになってしまった。
どこか気まずさの残る雰囲気の中、駅の目前まで来ていたのが唯一の救いだった。