バーベキュー
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「――お前はやり過ぎた」
「反省してますって」
指導役の騎士に怒られた俺は――いや、俺たちは、パーティー会場の外でバーベキューをしていた。
本来なら室内でパーティーに参加するはずが、前日の余興をぶち壊しにしたとして外に追い出されたのだ。
俺と同じ扱いを受けていた子弟たちも、外でバーベキューをしている。
「でも、スカッとしたよな」
「あいつらが目を覚ました時の顔は傑作だったよな」
「まぁ、どうせ室内にいても、扱いなんてたいして変わらないって」
全員、何だかんだで楽しんでいる。
バーベキューのセットは、なんというか安物ばかりが揃っていた。
まぁ、ただ追い出されたところに、指導役が憐れに思って色々と自腹で用意してくれたんだけどね。
クルトがお肉を焼いている。
「焼けたよ」
串に刺さった肉やら野菜を、俺に手渡してきた。
「ピーマン抜けよ。嫌いなんだ」
「好き嫌いはよくないよ」
子爵家の領地にあるピーマン、って苦いんだよ。
まずいんだよ。
指導役が笑っていた。
「まぁ、色々とあったが、最後くらい笑顔で終わろうじゃないか」
その意見には賛成だ。
◇
パーティー会場。
招待されたヘンフリー商会のトーマスは、挨拶などを済ませると会場でリアムを探していた。
「リアム様の姿が見当たらないな」
連絡しようと考えたところで、軍服姿のニアスが近付いてくる。
「トーマスさん、リアム様を見かけませんでしたか?」
かなり急いでいるようなニアスに、トーマスは首を横に振るのだった。
「見当たりません。まだ来ていないのでしょうか?」
ニアスも不思議がる。
「時間にルーズな方ではないですし、何か理由があるんでしょうか? 困りましたね。早く商談に入りたいのに」
「――この場で商談ですか?」
ニアスは視線をそらし、笑って誤魔化す。
すると、ドレス姿のユリーシアが優雅に登場した。
「あら、第七兵器工場の方も来られていたんですね」
「――あんたも来たのね」
二人の間で火花が散り始めるが、ユリーシアは余裕を見せている。
「えぇ、実はバンフィールド伯爵に機動機士を大量に購入していただきましてね。この際ですから、空母――要塞級も購入してもらおうと思いまして」
それを聞いてニアスが焦る。
「な、なんでそっちが要塞級を売るのよ」
「最近、新型を発表しまして、その販売に色々と声をかけているんです」
リアムに買って貰おうと、二人の間で火花が散っているのだ。
トーマスは視線をそらした。
(リアム様も大変だな。それはそうと――本当にどこにおられるのか?)
トーマス、ニアス、ユリーシア――三人だけではない。
これを機会に縁を持とうと、パーティーに参加した人間が多かった。
会場内でリアムを探している人物が多い。
すると、ランドルフの声が会場に響く。
『皆様、この度は当家のパーティーにお越しいただき――』
最初は簡単な挨拶、そして、娘の婚約を発表しはじめる。
ただ、その相手がおかしかった。
『娘、カテリーナの夫となるペーター・セラ・ピータック殿です』
紹介されたのが、あのピータック家だ。
ニアスは知らないのか会場の雰囲気に合わせて拍手をしており、トーマスは唖然とする。
「修行に来た子息と、娘の結婚なんてあるあるですね」
「え? いや――え?」
理解が出来なかった。
(どうして、レーゼル家がピータック家と縁を結ぶんだ? どう考えても、結婚など考えられない相手じゃないか)
ピータック家の内情を知っているトーマスからすれば、不思議としか言いようがなかった。
それは、ユリーシアも同じだ。
「ピータックとは――ピータック伯爵家ですよね?」
「は、はい。そうだと思います。ピータック伯爵家のご子息に間違いありません」
会場の空中に、ペーターとカテリーナの姿が映し出されていた。
ユリーシアは信じられないという顔をしている。
「ピータック家で、何かレアメタルが発掘されたのでしょうか?」
トーマスは首を振る。
レーゼル家は資源採掘や加工業が主流だ。
ピータック家でレアメタルが発掘されれば、婚姻関係を結ぶこともあり得る。
あり得るが――そんな話は聞いていない。
「そんな話は聞いたことがありません。私も仕事の関係で色々と調べさせていただきましたが、レーゼル子爵が結婚を認めるなど考えられませんよ」
参加者たちの中にも、不思議そうにしている人たちが多かった。
ニアスが周囲の雰囲気に気が付き、そして――。
「あの? ところでリアム様はどこでしょうね?」
三人とも、リアムなら何か知っているかもしれないと、給仕を捕まえて話を聞く。
給仕は修行中の貴族の子弟だった。
「リアムさんですか? 昨日、特別扱いを受けていた連中を全員倒して、高笑いをしていたんで子爵様に会場を追い出されたんです。これから飲み物を差し入れするので、案内しましょうか?」
給仕はリアムと同じ待遇を受けている後輩だった。
「あの時のリアムさん、凄かったですよ」と笑っていた。
トーマスが顔を青くする。
「――リアム様を会場から追い出した?」
ヘンフリー商会にとって、リアムは後ろ盾になってくれる人物だ。
更に、自分はバンフィールド家の御用商人。
目眩がしてくる。
ニアスが給仕の肩を掴み、
「は、早く案内して!」
「え? いいですけど」
ユリーシアは、何やらどこかに連絡を取っている。
そんな中、トーマスは給仕から場所を聞くと駆け出すのだった。
「リアム様ぁぁぁ!」
◇
バーベキューをしていると、トーマスが駆け寄ってきた。
「リアム様ぁぁぁ!」
俺は食べ残したピーマンを皿に盛って、トーマスに手渡した。
「久しぶりだな、トーマス。お前も来ていたのか。まぁ、食えよ」
クルトが「リアムは酷いよね」とか言っているが、悪徳領主たるもの好き嫌いは必須だ。
だから、残しても許されるのだ。
「い、いただきます。――苦っ! はっ! そ、そうではありません! いったいどういうことですか! 何故、リアム様が会場の外にいるのです!」
騒がしい奴だ。
「子爵に嫌われたんだ。アレだな。俺には子爵家のやり方は合わなかったよ」
まったく――真面目で善良なレーゼル家に修行に来たのは失敗だった。
トーマスが安堵している。
こいつ、もしかして、俺が真面目になるかもしれないと不安だったのか?
やっぱりこいつは越後屋――違った、悪徳商人だな。
「すぐに子爵様に抗議します。中に入りましょう」
「嫌だよ。今更どんな顔をして中に入れば良いんだ? それより、何か食べる物を持って来いよ。飲み物も用意しろ」
トーマスが自分の船に連絡を入れていた。
「ぞ、贈答用の品にいくつかございます。酒の類いは、どれも高価な物ばかりになりますが?」
昨日の件もあって気分がいい。
俺はトーマスに金を支払う。
「贈答用でも何でもいいから、ここに持って来い。おっと、世話になったおっさんに酒でも渡すわ。とびきりの酒も持って来いよ。ほら、金だ」
提示された金額を一括で支払うも、残金の桁は変わらなかった。
俺の口座には、いったいいくら入っているのだろうか?
「す、すぐにお持ちします!」
トーマスが部下とやり取りをはじめると、会場から外に人が出てくる。
クルトが気になったようだ。
「あれ? もう終わったのかな?」
「まだ始まったばかりじゃないか。もしかして休憩か? いや、トラブルかな?」
心配していると、今度は肩で息をしているニアスとユリーシアがやってくる。
「リアム様、お久しぶりです! それから、要塞級を買ってください!」
挨拶と同時に空母を売ってくるニアスを、俺は冷めた目で見ていた。
汗を拭うユリーシアが、呆れた様子だ。
「――挨拶と同時に商談なんて、どうかしているわね。伯爵様、こんな第七兵器工場の頑固者は放っておいて、私とお話ししませんか? 今日は新型の要塞級についてお話があるんですよ。第七兵器工場の古いタイプとは違って、最新式ですよ」
お前も変わらないじゃないか。
呆れていた俺は、ドレス姿で着飾ったユリーシアを見る。
俺が見ていると、ユリーシアは意識したのか笑顔を向けてくるのだが――。
「――興味ない」
思い出すのは前世の元妻――出かける際に着飾っており、今にして思えば浮気をする度にばっちり化粧をしていた。
どうにも――萎える。
「え?」
俺の態度が意外なのか、ユリーシアは固まっていた。
対して、ニアスの方はユリーシアを笑った。
「残念でした~」
そして、汗をかいたのか上着のボタンを外して前を開ける。
色仕掛けではなく、本当に暑かったようだ。
随分と走ったのか、シャツが汗ばんでいるのだが――下着はスポーツブラとかそんなタイプだった。
俺に見られたと思い、慌てて隠して恥ずかしそうに笑っていた。
「い、いや、これはその――売り上げの成績が悪いので、給料が悪いとかそんなことではなく、最近はほら、あれですよ――健康を意識して、こういうタイプを――」
言い訳をはじめたニアスに、俺は近付いて――。
「いくらだ?」
「え?」
「お前のところの要塞級はいくらだ?」
「か、買ってくださるんですか!」
「仕方のない奴だな。ほら、契約書を出せ。一隻か?」
「駆逐艦や巡洋艦も買ってください! 新型なのに売れ残っているんです!」
「しょうがない奴だな。三百隻までだぞ」
泣いて喜んでいるニアスが万歳をしており、その度にシャツが透けて中の色気のない下着が見えていた。
こっちの方がグッとくる。
いいものを見せてもらったので、要塞級を買ってやることにした。
ユリーシアが俺の腕を掴む。
「ま、待ってください、伯爵! どうしてですか? まだスペックの確認もしていないじゃないですか!」
「――お前も残念な子だったな」
というか、兵器工場関係の女性軍人は、この手のタイプしかいないのだろうか?
すると、二人の他に商人やら兵器工場関係者が俺に挨拶をしてきた。
「リアム様、お初にお目にかかります」
「リアム様、是非ともうちの兵器工場をご利用ください」
「リアム様、是非とも私共に融資を――」
いつの間にか、長蛇の列が出来ていた。
◇
パーティー会場――ランドルフは唖然としていた。
招待客のほとんどが外に出てしまったのだ。
残っているのは三割ほど。
ガラガラになった会場は、見ていて寂しかった。
周囲も何が起きたのかという顔をしている。
「ど、どういうことだ?」
何が起きているのか?
そう思って誰かに調べさせようとすると、部下が報告に来た。
「ランドルフ様! 会場の外が――外で!」
「何が起きた?」
急いで外へと向かうと、そこでは――バーベキューが行われていた。
追い出した者たちが何かしているとは聞いていたが、招待客のほとんどを奪われていた。
その中央にいるのは――リアムだった。
「どういうことだ? 何故、あんなにもバンフィールド家の子息に人が集まる?」
人とはとても素直な生き物だ。
落ち目の貴族がいれば、人はすぐに離れていく。
ただし、逆に――上り調子ならば人は集まる。
一人や二人ではなく、商人たち――利にさとい者たちまでもリアムに集まるのなら、何かがあるということだ。
「――バンフィールド家についてすぐに調べろ」
「は? ですが、既に調査は行って――」
「いいから調べろ! すぐにだ!」
◇
レーゼル子爵家領にある宇宙港。
到着したバンフィールド家の艦隊は、整列して待機している。
港にはシャトルが到着し、リアムの出迎えの準備をしている。
指示を出すのは、ティアである。
宇宙港の役人と話をしていた。
「絨毯の許可は出来ないと?」
「マットを敷いていますから勘弁してください。立体映像で雰囲気を出すくらいの許可なら出せますよ」
「それでは味気ないわね。三年間の修行が終わったのですから、もっと盛大に出迎えたいわ」
整列している騎士、兵士――。
緊張した様子で待っていた。
「地元で盛大に出迎えてください。それにしても、ピータック家の艦隊は見事ですね。子爵様がかなりの数で出迎えに来ると仰っていましたが――え?」
直後、物腰柔らかに対応していたティアが、目を見開き役人の首を掴み持ち上げた。
「――貴様はリアム様のバンフィールド家の家紋すら分からないのか? その程度の者を対応に寄越す子爵は、何を考えているのだろうな?」
周囲にいた子爵家の騎士や兵士たちが、慌てて駆け寄るとバンフィールド家の騎士たちが武器を抜く。
ティアは役人を締め上げつつ、言う。
「いいか、我々はバンフィールド家の艦隊だ。間違えるなど許されない。これは、抗議する必要があるな」
「は、放して――」
「駄目だ」
ティアが笑みを浮かべ剣の柄に手をかけると、宇宙港のエレベーターのドアが開く。
「あれ~? 俺様の出迎えは~?」
間延びしたペーターの声に、その場の空気が固まった。
ペーターはティアを見て、
「もしかして、うちの新しい騎士かな? 随分と美人だね。よし、僕の護衛にしてあげるよ。ほら、さっさと帰るから準備をしてくれ」
ティアが役人を手放し、落としてしまった。
◇
宇宙港。
ベンチに座って迎えを待つ俺とクルトは、空中に投影されている動画を見ていた。
子爵家で人気のドラマが、丁度最終回だったのだ。
エンディングが流れると、
「迎え――来ないね」
俺は溜息を吐く。
「まぁ、気になっていたドラマが見られたからいいが、主人を待たせるとはいい度胸だ」
苛々していると、エレベーターのドアが開いてそこからティアが駆けてきた。
床を蹴って飛ぶと、そのままスライディング土下座して俺の前に到着。
――ちょっと面白かった。
「も、ももも、申し訳ありません、リアム様! 宇宙港の者が、手違いで我々を別のエリアに案内したもので――あいたっ」
顔を上げて言い訳をしてくるティアに、デコピンをする。
「言い訳をするな。お前が俺を待たせたのは事実だろうが。まったく――」
呆れると、この世の終わりのような顔をするティアは――何というか大げさな奴だな。
これで有能というから、世の中は分からないものである。
俺の周りにはこんなどこか抜けている奴らばかりだ。
「い、今すぐ、自分で首を落として謝罪いたします」
剣を抜いて自分の首筋に当てていた。
こいつは頭のいい馬鹿なのだろう。
「アホか。そんなことよりも荷物を持て。さっさと帰るぞ」
荷物を渡すと、慌ててティアが受け取り立ち上がる。
「ゆ、許していただけるのですか?」
「船旅中もこき使ってやるから覚悟しろ。クルト、お前の荷物も持たせようか?」
クルトに尋ねると、
「――リアム、僕は女性に荷物を持たせられないよ」
「馬鹿だな。俺を待たせた罰だよ。なら、さっさと行くぞ。というか、俺たちが乗るのはどの戦艦だ?」
ティアが背筋を伸ばして答えた。
どうして頬が赤いんだ?
「はっ! 総旗艦――ヴァールでございます」
第三兵器工場で建造されたヴァールが、ゆっくりと近付いてくる。
――こうして見るとでかいな。
特別大きく建造されたようで、相応に性能も高い。
「お、大きい。これ、もしかして超弩級戦艦かな?」
クルトも興味を持ったようだ。
やはり男だな。戦艦とか人型兵器が大好きだ。
「お前も買えば?」
「買えないよ。それに、買うなら維持費を考えても、駆逐艦や巡洋艦がいいかな」
そういえば、ニアスから買ったな。
うちの軍事に関する計画では、俺が買う必要もなかったんだけど――ノリで買ってしまった。
衝動買いというやつだ。
しかし、戦艦を衝動買いできるこの世界って凄いな。
「なら、うちで余ったのをやるよ」
俺が勝手に購入すると、天城が「軍事計画がまた狂いました」と怒るのだ。
クルトに押しつけてやろう。
「え? いいの。助かったよ。中古でも整備をすれば使えるし、数が少しでも揃うならありがたいよ」
――あれ? こいつ中古をもらうつもりなの?
ティア(*´∀`)「首をかっさばくほどの罪を、荷物持ちで許してもらえました。リアム様は優しいです」
ブライアン( ´・ω・`)「すぐに首をかっさばこうとする危ない騎士が、うちの筆頭騎士とか――辛いです」