準備
2018年最後の更新になります。
それではみなさん、よいお年を!
案内人は歓喜していた。
「ペーター君は素晴らしいですね」
個人よりも、彼の実家であるピータック家が素晴らしい。
何も手を出していないのに、リアムを陥れるために全てが順調に動いていた。
「海賊、ピータック伯爵家、そしてレーゼル子爵家――全てが力を合わせ、リアムを倒そうとしている。これはとても素晴らしいことです!」
様子を見守っていたが、このチャンスに案内人も力を使うことに決めた。
目の前の空間が歪み、そこに手を入れる。
すると、案内人の力が干渉する。
「今度こそリアムを不幸にしてやる」
ただ――案内人の力は既に弱まり、大きく干渉することは出来ない。
精々、悪戯程度しか出来なかった。
それでも、リアムの足を引っ張れると思うと頑張れた。
「いずれ私は力を取り戻し、今度こそリアムを――ふははは!」
案内人を見ていた白い光が、またしても側を離れていく。
◇
さて、修行期間が終わりを迎えようとしている。
修行と言っても、他人の家で世話になるだけ。
特別な接待はなかったが、それなりに楽しめた。
それにしても、とんでもない性病やら、真面目すぎるレーゼル家の方針には辟易している。
もっと遊びたかったのに、ここには遊ぶ場所が少なすぎだ。
領地に戻ったら、そこら辺にも投資しておこう。
「急げ! 今回のパーティーは大事なお客様が大勢お越しになる!」
パーティー会場の設営を行っている俺は、手を動かしながらクルトと話をする。
「随分と張り切っているな」
「今回はお客が多いらしいよ。ピータック家のペーターがいるから、商家以外にも兵器工場の軍人やら色々と、ってね」
俺も成人式のパーティーを開いたら、大勢集まったな。
だが、本物の貴族――縁を持ち、そして実力もあるとそれ以上に集まるのだろう。
羨ましい限りだ。
いつか俺も、毎日のようにパーティーを開いて酒池肉林を楽しみたい。
「それにしても、パーティー会場の設営って――ほとんど改装じゃないか?」
「それだけ気合が入っている証拠だよ」
会場の床を引き剥がし、中央に噴水を用意している。
パーティーでペーターとカテリーナ嬢の婚約発表もあるので、その準備はほとんど内装を総入れ替えだ。
職人もいるが、俺たちまで駆り出して準備を行っている。
そもそも、会場が凄く広い。
いったいどれだけの人数が来るのだろう?
そう思っていると、会場にリングが用意されていた。
「あそこで戦うのか?」
「そうだと思うよ。リアムは不参加だっけ?」
「あぁ、八百長にしても、一閃流の免許皆伝である俺が負けるなんて駄目だからな」
修行の成果を見せるため、ちょっとしたイベントのようなものだ。
クルトは試合に参加して、適度なところで負けるらしい。
こいつも大変だな。
「ここでの生活もあと少しだね」
クルトが寂しそうにしている。
「落ち込むなよ。どうせすぐに幼年学校だ。これから忙しくなるぞ」
「そうだよね」
苦笑いをしているクルトに、現場監督をしている指導役の騎士が近付いてきた。
「クルト、実家から連絡が来ているぞ」
「はい、今いきます!」
クルトは会場から出ていく。
俺は一人で作業をしていると、テーブルや椅子の間に動物の姿が見えた。
――尻尾だ。
「紛れ込んだのか? 追い出すか」
外に追い出そうと探していると、犬のような動物は奥へと逃げていく。
気が付けば、会場を抜けるための通路に来ていた。
「あれ? どこにいった? もしかして、放っておいてもよかったのか?」
会場から出ていったなら問題ない。
戻ろうとすると、クルトの声が聞こえる。
「――海賊が出たからこっちに来られない? うん、分かった。――大丈夫だよ」
話している相手は、実家の親族のようだ。
耳を澄ますと、どうやら海賊が領地に入り込んだので、しばらく迎えを出せないという話だった。
クルトも心配した顔をしている。
通信が終わると、俺に気が付いたのか困った顔をしていた。
「聞いていたの?」
「悪いな。犬を追いかけていたら、聞こえてきたんだ」
「そ、そうなんだ。――実家が大変でね。しばらく帰れないから、子爵に頼んで世話になろうと思うんだ」
実家の様子が気になっているらしい。
ここは将来の悪徳領主仲間として、恩を売っておこう。
「そんなに気になるなら、俺が帰るついでに送ってやるぞ」
「いいのかい? いや、でも、今は駄目だ。海賊たちが――」
「クルト、教えてやる。――海賊は俺の財布だ」
「え?」
「ついでに俺が掃除を手伝ってやる。取り分は俺が七で、お前の実家が三な」
「い、いや、そんなに簡単に決めていいのかい!? 普通はもっと、領内の家臣たちと相談して、色々と――」
「いいんだよ。領地の全ては俺のものだ。俺が命令すれば、それが絶対だからな。覚えておけ――領主は楽しいぞ。俺が言えば黒だろうと白になる。俺が戦えと命令すれば、拒否など出来ないんだよ」
クルトが俺を唖然としながら見ていた。
お前もまだ甘いな。
さて、俺も天城に連絡を入れておくか。
◇
バンフィールド伯爵家。
屋敷の執務室で、天城はリアムと話をしていた。
空中に浮かんだリアムは、とても気分が良さそうだ。
「――艦隊を派遣しろ、ですか? それは構いませんが、子爵家では当家の艦隊を受け入れられないと思いますが?」
『帰るついでに友人の実家による。そこで海賊狩りだ』
「あぁ、なるほど。ご友人に手を貸すのですね」
『悪徳領主仲間だからな。この縁は大事にするぞ』
「よかったですね」
慈愛に満ちた顔をする天城は、今日もリアムが勘違いをしていると思うのだった。
「それで、どれほどの規模をご要望でしょうか?」
『いくらなら出せる?』
以前、バンフィールド家は、ゴアズ海賊団に苦しめられた経緯がある。
そのため、艦隊の増強を行っていた。
「一万二千隻をご用意できます」
『なら、それで。あ、俺のアヴィドも持って来いよ』
アヴィドとは、リアムの機動騎士だ。
通常の機動騎士よりも大きく、扱える騎士が少ないピーキーな機体でもある。
「いい加減に落ち着いたらどうですか? 既に個人の武勲は十分ではありませんか」
『ロボットに乗って戦うのは男の子の夢だからな。安心しろ――今回も稼いでくるから』
「――では、エクスナー男爵家との打ち合わせは、こちらで対応いたします」
『頼む』
リアムが通信を切ると、天城はすぐに関係各所に連絡を入れるのだった。
「――タイミングもいいですし、彼女たちにも働いてもらいましょうか」
◇
第三兵器工場。
そこに並ぶ機動騎士――人型兵器を前にしているのは、ティアたちだった。
大学は卒業前。
既に卒業に必要な単位は得ており、あとは卒業するだけだった。
この後、待っているのは役人になるための研修であるのだが、その前にリアムが領地に戻ってくる。
騎士候補という立場の彼女たちも、このタイミングでリアムの迎えに参加することになった。
――そして、海賊狩りにも参加する。
第三兵器工場に勤めているユリーシアが、最新型の機動騎士について説明していた。
「こちら、正規軍でも特殊部隊が使用するモデルとなっております」
まるで騎士の鎧が巨人となったようなデザインだが、ティアたちの前にある機体はより装飾が多い。
細身で、そして外見重視だった。
「カタログスペックは悪くないな」
ティアの感想に、ユリーシアは笑顔で答える。
「中身にも自信がありますよ。それにしても、伯爵様は太っ腹ですね。機動騎士をこれだけまとめ買いをする貴族様も少ないというのに」
新型を数百機――。
受領したティアは、ユリーシアに注文を付ける。
「私はパーソナルカラーを許されている。白と紫でカラーリングを頼む」
「騎士候補でパーソナルカラーですか。信頼されているのですね」
ティアは笑って見せた。
「違うな。これから勝ち取るのさ」
機体に乗り込んだバンフィールド家の騎士、そして騎士候補たちが一斉に機体に火を入れると機動騎士のツインアイが光った。
ティアが全員に声をかける。
「全員喜べ。リアム様は、我々に最高の機会を与えてくださった。――海賊狩りの時間だ」
◇
修業先での日々が終わろうとしていた。
レーゼル子爵家を旅立つ前日――余興として、預けられた子息たちによる武芸の試合が行われている。
特別扱いを受けていた連中が、次々に勝利して会場は大盛り上がりだ。
今は、クルトとペーターが試合をしている。
「くっ!」
「ん~? どうしたのかな? 同じアーレン流剣術の使い手として、不甲斐ないと困るんだけど~」
ペーターが優勢に試合を進めているのだが――クルトが苦労していた。
あまりの酷さに戸惑っている。
ある程度、周囲には八百長だと悟られないだけの試合をする必要があった。
だが、ペーターが酷すぎて、どうやっても八百長にしか見えない。
クルトが戸惑うはずだ。
「酷いな」
真面目なところがあるクルトは、もう諦めてわざとらしく剣を落とした。
そもそも、同じ流派なのにまったく違う構えをしている。
いや、構えがデタラメというか――こいつ、本当に善政を敷く領主の跡取りなのか?
あれかな? 親が凄いと、子供が駄目になるパターンか?
見ていると、剣を落としたクルトが膝をつく。
「――降参します」
会場の雰囲気は微妙だが、それでも盛り上がっていた。
ペーターは、その盛り上がりに興奮したのかクルトを踏みつける。
「俺様の実力が分かったかな?」
「――はい」
耐えているクルトを見ると、可哀想に思ってしまうね。
それにしても、ペーターもいい悪徳領主になりそうだ。
すると、ペーターが模造刀を俺に向けてくる。
「これで終わりなんてつまらないから、今度はお前と戦ってやる。さっさとリングに上がれ、このマイナー剣術の貧乏人」
ペーターがそう言うと、見ていた子爵が呆れつつも俺にリングに上がるように指示を出してきた。
指導役の騎士が、俺に申し訳なさそうにしている。
「すまんな。当家にとっては大事な方なんだ。出てもらえると助かる」
「マイナー剣術とはいい度胸だ。なぁ、おっさん――本気を出してもいいよな?」
指導役の騎士が何かを言おうとして、俺に笑顔を向けてきた。
「どうせ止めてもやるんだろう? 俺もこの茶番は前から気に入らなかった。いっそ派手にやってこい。――ただ、殺すなよ」
殺すなという部分だけが、やけに真剣な顔付きだった。
当然殺さない。
「任せろ。手加減の練習は出来なかったが、クルトと解決策を見つけたんだ」
「本当か?」
疑い深い騎士に、俺は折りたたみ式の玩具のハンマーを用意した。
未来――というか、異世界にもあるピコピコ音がするハンマーだ。
叩いてもあまり痛くない。
「お、おい、それはいくらなんでも失礼だろう」
「これ以外だと相手次第で死ぬからな。こいつが丁度いいんだ」
玩具のハンマーを持ってリングに上がると、ペーターが俺の格好を見て笑っていた。
レーゼル子爵は、俺を見て眉間に皺を寄せている。
ペーターが俺を煽ってきた。
「ぷははは! 貧乏人は剣も買えないようだ。試合用の模造刀くらい、俺様が買ってやろうか?」
その煽りを聞きながら、俺は開始の合図を待つ。
審判がレーゼル子爵をチラチラと見ていたが、やれと指示をもらったので開始を告げた。
「は、はじめ!」
その直後だ。
ペーターの頭に振り下ろしたハンマーが、「ピコッ!」ではなく――「ドゴンッ!」と音を立てる。
開始と同時に距離を詰め、ただ振り下ろしただけで――ペーターは床に這いつくばっていた。
白目をむいている。
「――たいしたことなかったな」
ハンマーを振って調子を確認すると、壊れてはいなかった。
玩具にしては耐久性抜群だな。
俺がリングの上に立っていると、周囲から――特別扱いを受けてきた子弟が文句を言い始める。
「ひ、卑怯だぞ!」
「文句があるなら上がってこいよ」
真面目で善良な連中に、この世の厳しさってやつを俺が教えてやる。
世の中、正しい奴が強いんじゃない。
強い奴が正しいのだ。
将来、善良な領主様になるお前らに――俺が現実を教えてやる!
「面倒だから全員上がれ。相手をしてやるよ」
「ドマイナー剣術が、いい気になるな――アボッ!」
リングに上がってくるなり、一閃流を馬鹿にした奴をリングの外に吹き飛ばしてやった。
「ドマイナーじゃない。一閃流だ。二度と忘れないように、その体に敗北という名の記憶とセットで刻んでやるよ。かかってこいよ!」
勝利して余裕ぶっていた連中が、リングに上がって俺に群がる。
それを全て玩具のハンマーでリングの外に吹き飛ばし、俺は笑ってやった。
リング中央に立ち、ドン引きしている会場で事実を教えてやるのだ。
「八百長で勝ったくらいで調子に乗るなよ、雑魚共が!」
集まった関係者たちだけではなく、レーゼル子爵も顔を真っ赤にして怒っていた。
やり過ぎたとは思うが――もう、関わることもないだろう。
スッキリした。
ブライアン( ´・ω・`)「リアム様しゅごい」
ティア( ゜∀゜)「流石です、リアム様!」